2010年10月27日 (水)

吐き捨てガム

 毎日新聞(10/27)から、《》内は私見。
 《敗戦後と言っても既に60年以上になる。それまで道徳心に溢れ、マナーを守ることにかけては世界でも屈指の国民と思われていた。だがしかし、あの汚らしいガムという奴がアメリカGIとともに日本にやってきて以来、これほど日本人を道徳心のかけらも持たない民族に貶めたものはないだろう。道を歩きながら、乗物の中、ベンチの上、コンビニやスーパーの出入り口、昔は電柱の根本は犬が掛ける小便で汚れる場所だったが、現在は人を待つ間のタバコの吸い殻と、ガムの吐き捨ての場所となった。日本中の駅の階段を上下したわけではないが、少なくともこの年までに上り下りした駅の階段やホームには、踏みにじられて黒くなった吐き捨てられたガムがへばりついていない駅に出会ったことがない。おそらく日本中の駅の階段や線路上、駅舎内には、ところかまわずに吐き捨てられたガムは、至る所にへばりつき、見事なまでのまだら模様を見せつけているだろう。或いはシーズンになれば各地で行なわれるプロ野球、あのベンチでの選手たちのくちゃくちゃと動かす口と同時に音まで響いてくるようで吐き気を催す(アメリカ大リーグのベンチ内のくちゃくちゃ、ぺっ、ぺっ、は噛みタバコらしい)。私はもう30年以上も一粒、一枚のガムも口にしたことはないが、このように書く私とて、ガムを口にしたことがない訳ではない。初めて口にした時から最後に噛んだ時まで、1度も吐き捨てた記憶はない。包み紙をポケットに入れ、噛み終わると必ずそれに包んでゴミ箱に入れた。》

 《ガムを口にするまでの日本人は、歩きながら物を口にすることを恥ずべきこととして、ほとんどしていなかった。もちろん飲み物とて同じこと、公然とやっていたことといえば、歩きたばこぐらいだったろう。今ではパンあり、コロッケあり、アイスあり、果物ありで口に入れられる物は何でもありに近い状態だ。》

 この吐き捨てガムには数え切れないほどの細菌が含まれている、という記事が目についた。

 つくば国際大医療保健学部の熊田薫教授(食品衛生学)らが路上に吐き捨てられたガムを調べたところ、1グラム当り100万〜1000万個の細菌が検出された。28日の日本公衆衛生学会で発表し、マナー向上の啓発に役立てる。

 ガムはがしのボランティア活動をするNPO「環境まちづくりネット」(東京都新宿区、荻野善昭理事長)が共同調査した。ネットのメンバーは昨年5月以降、週1回、新宿・歌舞伎町の歩道でガムを採取。平均309個、198グラム採れたガムのうち、毎月5個のサンプルを食用油で溶かし培養して調べた。

 熊田教授によると、同量の唾液には通常、1億個前後の細菌が存在するため、ほとんどは捨てた人の口内にあった菌と見られる。熊田教授は「気温に関係なく毎回必ず細菌が確認された。細菌は路上では紫外線のため死滅するはず。ガムが紫外線を防いだのでは」と推定。「今後は菌の特定にも取り組みたい」としている。

 荻野理事長は「たばこの値上げに伴って禁煙のためガムを噛む人が増えているようだ。歩道の清掃は行政が関与しないケースがほとんど。公衆衛生上も問題と分かったからには、行政も対策に取り組むべきだ」と話している。

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2009年9月15日 (火)

チューインガム

 毎日新聞(9/15)から、要約と《 》内は私見。
《敗戦後、いち早く進駐軍のアメリカGIが持ち込んだものに、チョコレートとチューインガムがある。戦争に負けても意味の分からない無邪気な子どもたちは、ジープの後を追いかけてギブミー、ギブミーを連呼した。昭和一桁にとって今日はその忌まわしいチューインガムの話。

《チューインガム、恐らく口にする嗜好品で、これほど日本人のマナーを低いところまで落としたものは歴史上にもないだろう。幼い子どもたちは別として、少なくとも人前や電車の中で、大人がくちゃくちゃと口を動かす食し方のものは且つてなかった。まして1度口に含んだものを所構わずペッ、ぺッと吐き出すに至っては虫酸が走る光景だ。吐き出したものは駅の線路やホームに、階段に、道ばた、店の出入り口、停留所やベンチの下に、踏みつけられて汚らしい跡を数え切れない数残す。

《大リーグの中継を通して見たことはないが、ニュースやハイライトでベンチの中やバッターボックスの選手を写すことがある。ベンチやバッタボックスで選手が吐き出しているのは主に噛みタバコと聞くが、それならば、足元は余計に汚らしいだろう。日本から出かけた選手の中にも毒されたのか、くちゃくちゃが写ることがある。

《チューインガムは歯の健康にはよいとされる。タバコ以上にポイ捨ての多いチューインガムだ。噛む前に剥がした紙は、捨てずに噛み終わったものを包んで捨てるようにとのコマーシャルは、1度は見たような気がするが記憶は薄い。

 人前でくちゃくちゃもみっともないが、人と面と向かった状況下で、チューインガムを口に入れたまま会話を交わす不心得者が公式の場に出現した。その場所は11日の奈良市議会の本会議場、チューインガムを口に入れたままの人物は、その街の市長仲川げん(33)だというのだから呆れて口が塞がらない。人と話しをする時、口にチューインガムを頬張ってするなど横柄極まる無礼千万な態度だ。仲間同士の気心知れた間柄ならまだしも、マナー云々以前の、子どもの頃からの人と接する礼儀作法の常識すら身につけていない。

 この男、何でも議場でガムやアメを口にしながら答弁し、終了後に議長から口頭で注意されていたことが分かったのだという。仲川は「のどをうるおすためだった」と謝罪したという。仲川にとっては就任後初の定例会議だった。

 この日は一般質問があり、仲川がガムやアメなどを含みながら答弁しているのを複数の市議が目撃していた。市議から話を聞いた議長が仲川らを呼んで確認したところ、仲川は事実を認めた。取材に対しても「咳き込んで議会を中断させてはいけないと思った。今後は水を沢山置くなどして代用した」と話している。

《さしずめ、幼児におしゃぶりの必要なレベルの人物のようだ。》

 山本議長は「全国で2番目に若い市長として市民の期待も大きい。議会の権威を損なうようなことは慎んでほしい」と苦言を呈した。

《人を見下す無礼な行為であることに全く気がついていないようだ。》

 同市議会は会議規則で市議の行動について「議員は議会の品位を重んじなければならない」と規定。議場での傍聴規則でも「傍聴人は飲食・喫煙してはならない」としている。ある市議員は「仕事中にガムを噛むこと自体、信じられない。規則で定める以前の問題だ」と苦り切った。

《跡になって問題にするよりも、その場で叱りつけるほどの硬骨漢がいなかったのだろうか。私は現役時代、禁煙パイプを咥えたままの人間を叱りつけたことがある。

 仲川は7月12日の市長選で民主の推薦を受けて初当選。10日の本会議では、副市長への質問に勘違いして答弁し、市議員が慌てて止めに入った場面もあったらしい。

《民主も粗製濫造でひどい浅はかな人物を推薦したものだ。》

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2009年8月21日 (金)

「紳士」って?

 毎日新聞(8/21)「論説ノート欄:中島章隆」で、先日行なわれた国内ゴルフでの石川遼とジョーンズとの試合を観戦していたゴルフ狂たちの、石川を応援する贔屓の引き倒しのような情けないマナーを取り上げている。

 書き出しはこうだ、
 「心が洗われる思いがするニュースだった」だ。続けて、国内ゴルフツアーを主催する日本ゴルフツアー機構(JGTO)の山中博史専務理事が12日、全米プロ選手権が開かれる米ミネソタ州のゴルフ場にオーストラリアのブレンダ・ジョーンズ選手を訪ね、日本国内で開かれた大会での日本の観客のマナー違反を謝罪したという。

 問題のマナー違反が起きたのは2日まで北海道・小樽CCで行なわれたサン・クロレラクラシック最終日。石川選手とジョーンズ選手が16アンダーの首位タイで迎えた最終18番ホール。ジョーンズ選手が約3メートルのバーディーパットを外すと、心ない一部のギャラリーの間から拍手が起きた。

 直後に石川選手がバーディーパットを沈めて優勝を飾ったのだが、石川選手も心穏やかではなかったようだ。表彰式で「ジョーンズ選手がいたからここまで戦えた」と涙ながらにジョーンズ選手を讃えた。

 ギャラリーが石川選手に肩入れしたくなる気持ちはわからなくはない。しかし、「ゴルフは紳士のスポーツで、(相手が)外したことを喜ぶ応援のスタイルはない」。これは石川選手が後に語った言葉だ。石川選手も小樽での観客のマナー違反に、いかに心を痛めていたかがわかる。

《この程度のことはどんなスポーツでも大なり小なり起こっていることだ。ファン心理としては相手の失敗を願っているのが普通だろう。それが声になり行動になるだけだ。ファンとは狂信者(ファナティック)が語源との説もあるくらいだから、プレーする人間がいくら「紳士」を崇め奉っていても、ファンには届かなくて当然のことだ。》

《そして又、紳士とは現在では男性一般の丁寧な呼び方であるだけで、何も中世の特殊な下級地主層(ジェントリー)をいう言葉ではない。だが、確かにジェントリーの名残りとしては、キャディという労働者に遊具を運ばせて引き連れて芝を歩く姿として残っている)。男を丁寧に言う言葉(尊敬後:広辞苑)が紳士なら、あなたも私も、兄(あん)ちゃんも、ニートや怖いお兄さんも、丁寧に言えば皆んな紳士の仲間に入ることになる。》

 東京が立候補している2016年五輪からゴルフが採用される可能性が高まった。JGTOがジョーンズ選手に直接謝罪したのは、この動きと無縁ではあるまい。

 もう一つの教訓。相手のミスを期待しているようではゴルフの上達は望めない。私が上達しないのも、たぶんこの辺に原因があるにだろう。

《五輪にゴルフのようなゲームが入ることには反対だ。日本中のゴルフ場は、「北の国から」の倉本聡が富良野で試みているように、ゴルフ場を緑豊かな森林に戻すことが、環境破壊から地球を守ることにも役立つことになる。いつまでもイギリスを紳士の国と強迫観念のように押し頂いているようでは、普通のファン心理も理解できないだろうし、自分の下手は素直に下手と認めることだ。最後に、冒頭の「心が洗われる思い」などという中島の思いは到底理解できない。》

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2009年5月19日 (火)

深夜に騒ぐ若者に不快高周波

毎日新聞(5/19)から、
 深夜の公園で騒いだり物を壊したりする若者を撃退しようと、東京都足立区が21日、若者にしか聞こえない周波数の高い音を発する装置を実験的に設置する。深いな金属音に聞こえ、作動後、早ければ2〜3分で若者がいたたまれなくなるという。

 設置されるのは足立区鹿浜3の区立鹿浜公園。区によると、深夜に若者が集まって騒ぎ、近所から苦情が絶えないうえ、洗面所の蛇口が壊されるなど年70万円もの被害がある。区は07年度から、年300万円で区立公園の深夜パトロールを警備会社に依託してきたが、職員の発案で装置の設置に踏み切った。

 《設置される装置は、英国の会社が「モスキート」の商品名で、セキュリティーシステムとして2005年から地元商店などに販売。小型スピーカーから17キロヘルツという、非常に高周波数のブザー音を流すものだ。

 《高周波の音は、年齢とともに徐々に聞きにくくなるため、おおむね20代後半以降の大人には、全く聞こえないか、若しくは殆ど気にならない。しかし、聞こえる若者にとっては、かなり耳障りである。

 《ただし、高周波数の可聴範囲は個人差が大きく、若年層以上でモスキート音が聞こえる人もおり、その人が機械の設置を知らない店員や周囲に不快感を訴えても、理解してもらえない状況に陥ることがある。

 《応用例として、
 ▽ファミリーレストラン、ファーストフード店、書店など、店内に長く居座っている若者客を追い出せる。
 ▽スーパー、パチンコ店、パーキングエリア、公園など、店頭や駐車場などでの迷惑行為をする若者を、排除できる。
 ▽レパート、スーパー、書店など、万引きをする若者に対して、牽制することができる。(Wikipediaより)

 人は加齢とともに高い周波数の音が聞こえにくくなり、一般的に、17キロヘルツ以上は10代〜20代前半の若者にだけはよく聞こえる。これを利用し、キンキンと金属音に似た高周波の音を出して、迷惑行為をする若者を撃退する。音は前方60度の範囲で最大約40メートルまで届く。区公園管理課が実験したところ、40代以上の職員は耳を当てても聞こえなかったが、20代前半の職員は約20メートル離れても聞こえたという。

 蚊が飛んでいるようにも聞こえるので、装置名は「若者たむろ防止装置 モスキート(mosquito・蚊)」。1台約20万円だが、総代理店「メルク」が宣伝効果を期待して1年間、区に無料貸与した。区はタイマーを使って午後11時〜午前5時ごろに作動させる考えだ。

 特定の世代をターゲットに公共空間の使用を制限するだけに反発も予想されるが、増田治行・公園管理課長は「地元は本当に困っている。設置するしかない」と説明する。区は効果と地元の意向次第で他の公園でも設置を検討しているが、既に「近所の公園にも」と要望が相次ぎ、他自治体や警察からも問合せがあるという。

 05年に装置を開発した英国人研究者は06年、ユーモアがあり独創的な研究を讃えるイグ・ノーベル賞を受賞している。

《公共のマナーのかけらも持ち合わせない悪ガキどもだ。愛を語るのに場所もなかった敗戦後の時代と異なり、今さら静かになったところで公園で語らうアベックもいまいが・・・。また、悪ガキどもの反発は当然予想されるが、実力行使での排除もやむを得まい。後はただ装置が壊されないことを見守ることだ。》

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2008年12月27日 (土)

キャリーバッグにご用心!

毎日新聞(12/22)から、 《 》内は私見
 JR東海は帰省客などの荷物が大型化する年末年始に向け、後ろ手に引く車輪付き「キャリーバッグ」に絡むトラブルを未然に防ごうと、エスアKレーターの速度を落としたり、ポスターを掲示して注意を促すなど対策に乗り出した。「混雑時には周りを気遣い、譲り合いの気持ちでお願いしたい」と呼びかけている。

同社は、他の鉄道事業者の駅でエスカレーターから旅行用大型スーツケースが滑り落ちる事例があったことをきっかけに、約3年前からバッグの取り扱いに注意を促すポスターの掲示を始めた。特にこの1年、キャリーバッグを引く乗客が多くなったという。

キャリーバッグを巡っては、気づかないうちに他人の足を踏みつけたり、ぶつけたりするケースが増えているが「個人間のトラブルで終わることが多いため実数はつかめない」(長西宣英・新幹線鉄道事業本部営業課担当課長)という。当事者が直接、警察に通報して処理する例もある。乗客からは「持ち手が必要以上に長いなど周りへの気遣いのない人がいる」との声がよせられている。

《周りへの配慮のなさは、キャリーバッグに限らない。混雑する電車の中に大きなリュックを背中にしょったまま乗ってくる人、そのまま電車の中を歩く人、或いは大きなカバンを肩から脇に抱えたまま乗り込んでくる女、雨の日の雫がたれるこうもり傘を腕に掛けるのはいいが、必ずといえる動作だが、隣の人に向けて傘を突き出して雫を垂らす人。自分の身体の寸法しか頭になく、所持品の大きさが周りにどれだけ影響するかを考えられない人たちだ。》

《日常の出来事ではスーパーやコンビニでの女たちのカートを停めた立ち話だ。行き来の激しい店内での井戸端会議だ。キャリーバッグどころの話しではない。また、静かに鑑賞できない展覧会場の音高い靴音。これらの殆どは女性の専売特許のようなものだ。へいぜいの生活の中で、他人への配慮に心配る気持ちを、男も女も現在の日本人は忘れてしまったようだ。》

このため、怪我などの事故を未然に防ごうと、同社は、下りエスカレーターの速度を低速にし、落下事故を起こさない工夫を始めた。

また、7月からは、キャリーバッグが他人の足にぶつかるトラブルをイラスト化した新たなポスターを作製して新幹線の駅などに貼っている。

《足にぶつかるケースは、電車内での座り方が格好の例だ。組んだ足を前に突き出し、前に人が立とうが横切ろうが、引くことを知らない。また、特に女性の組んだ足の横に倒す座り方は、男の大きく開いた座り方以上に隣の人の邪魔になる。いずれも周りへの配慮など全く考えてもいない。》

年末年始は、帰省客や旅行客ら長距離移動の乗客が増えるため、キャリーバッグの携行はますます増加すると見込まれる。東海道新幹線東京駅の駅長は「構内には狭くて乗降客が交差する場所もある。年末年始は移動に不慣れな方の利用もある」と注意を呼びかけている。

《が、そのような呼びかけの効果が期待できそうにないのが、自己中の現代日本人なのだろう。》

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2008年4月26日 (土)

北京五輪

長野市内に赤い旗が林立し、並走する間を警官に囲まれたランナーたちが、見え隠れする聖火を持って走った。スポーツの祭典の華やいだ感じからは遥かに遠い行事だった。

今手元に「まっかなホント」シリーズ全22巻(マクミラン ランゲージハウス 1999年刊)の本がある。その中の第五巻がJ、C、ヤン著『中国人のまっかなホント』だ。なかなか面白い内容だ。
♢中国人は、外国人アレルギーを持たない。外国などそもそも眼中にないのだ。
♢中国人は、外国人が中国語を話すと、「中国語ができる悪魔」だと考える。
♢中国人は、親類や友人の緊密なネットワークを最大限に活用する。
♢中国人は、静かだと居心地が悪い。
♢中国人にとって、ギャンブルは娯楽ではない。真剣勝負だ。
♢病気になった時、中国人がほんとうに好きなのは注射だ。
♢中国人の朝は、せき払いと痰を吐く音から始まる。
♢中国人の気配りの対象は、肉親、友人、紹介された相手、自分より地位が上の人間だけ。
♢中国人は男の客に美人の娘をほめられると、「うちの娘が狙われている」と考える。ほか

毎日新聞(4/25)から。
五輪開催を機に、北京市政府などが躍起になっているのが、市民のマナー向上だ。地下鉄やバスでの割り込み乗車、路上での所構わぬ痰吐き、スポーツ試合での過激な応援など、これまで横行していた良からぬ行為を改善し、マナーでも世界水準にしようとしている。

《記事を見て思い出したのが、上の本のことだった。記事の続きにはマナー改善進行中とあって「痰袋」をチラシで作製とある。市東部の朝陽区では、警察官が市民に広告チラシを折り畳んで作る「痰吐き袋」の作り方を指導する活動が始まったとある。昨日今日北京でのオリンピックの開催が決まったわけではないだろう、付焼き刃もいいところだが、何ごとにつけ大陸的な鷹揚さなのだろう。「痰袋」もいいが、後始末まで教えているのだろうか、後生大事にポケットに捩じ込むことになるのか、屑篭は用意されているのだろうか。ひょっとすると「痰袋」のポイ捨てになる気がするが。日本の街や地下鉄や多くの駅などでは、麻原のオウム真理教の事件以来そのような篭は完全に撤去されてポケット以外に仕舞うところはなくなったのだが。》

その他北京市内ではマナー改善を呼びかける標語や活動を、あらゆる場所で見かける。桜で有名な公園には3月下旬、園内の通路に「文明礼譲 順序通過(譲り合い、順番に通ろう)」という横断幕も掲げられた。

地下鉄や駅やバスの車内でも、あちこちに「文明乗車(マナーを守った乗車)」や「お年寄りに席を譲りましょう」などの標語が溢れている。朝夕のラッシュ時には駅のホームに指導員が配備され、乗客に整列を促したり、割り込む客を厳しく叱る。だが、いざ電車が来ると一気に客が押し寄せ、おりる客と押し合いへし合いになることも少なくない。

《もう随分前になる。日本でも戦後の復興期、中央線、山の手線、京浜東北線など、全く同じような通勤ラッシュ時の混雑ぶりがあった。皆が血相変えて怒号混じりの喧嘩腰で乗り降りしていたものだ。新宿や池袋の喧噪はそれは凄かった。実際に喧嘩も至る所で発生していた。今でこそ落ちついたように見えるが、ほんの10年15年前まで日本も同じだった。今でも混雑時には相変わらずの血相変えた走り込みや、割り込みはなくなってはいない。電車の中のマナーは却って悪くなったようだ。化粧する女は常に見かける。携帯はいまでも止めない。ガムの吐き捨てはいたるところで見かける。中国とは恐らく同列だろう。》

「数年前に比べれば皆、よく並ぶようになった。でもおとなしく並んでいたら乗れないことがあって困る」と女性利用客は話した。北京の地下鉄やバスは、乗客の乗り降りが済むのを待たずにドアが閉まるため、列の後ろにいると乗りそびれることも少なくない。だから皆、何とか乗ろうと必死なのだという。

《日本の応援団の“にっぽん、にっぽん”も結構五月蝿いが、中国の応援は、黄色いビニールのスティックを打鳴らしながら、掛け声をかけるのが基本とされている。だが、しかしだ、04年に開かれたサッカーのアジアカップで観客がグラウンドに物を投げ込んだり、騒ぐなどして観客の応援マナーの悪さが問題視されている。》

北京五輪組織委員会は、五輪では「文明的」な応援を強く呼び掛けている。応援団の活動でマナーの指導も重視しており、協力企業などに配布された活動方針にも「五輪を通して文明や礼儀を知り、汚れ、うるささ、乱雑さ、非道理な行動などを直そう」と記されているという。

企業や大学で礼儀作法の講師を努め、社会生活や試合観戦のマナーを幅広く記した本「奥運礼儀(オリンピックマナー)」も出版した石咏□*(*変換不能、玉へんに奇)さんは「中国人にも伝統的な作法や礼儀があり、本来は厳しい」と言う。

「中国が世界に開かれてからまだ年月が浅い。それまでは自分の国しか知らなかった。市民も政府も他国の文化や考えを知り、一人一人の意識を変えることがマナー改善につながる。北京五輪や(2010年の)上海万博はいい機会だ」と期待している。

 《他人(ひと)の振り見て我が振り直せ、だ。》

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2008年2月23日 (土)

「ロートレック展」で

久し振りに都心まで出かけ、ロートレック展(防衛庁跡、東京ミッドタウン内:サントリー美術館)を観てきた。若い頃から大好きで、何枚も模写をして筆の運びを学んでいたロートレックの絵をたっぷりと堪能してきた、と書きたいところだが、とても絵を鑑賞する気にはなれなかった。電車(約1時間強)に乗る度に、恒例のように書くことになるマナーの悪さを見た気分を引きずったままで展覧会場に入ったが、その会場での入場者のマナーの悪さは、展覧会場に入ってから出るまでの間、電車の中以上に尋常でない。(昨年のミュシャ展は差ほどでもなかったのに。)

20年前まで毎日通っていた青山から六本木、さま変わりした様子にただただお上りさん気分で地下鉄六本木駅から美術館まで歩いた。六本木交差点角にあった友人の兄が経営していたはずの書店は姿を消し、別の佇まいになっていたり、ギリシャ語を学んでいた頃友人たちと飛び込んだギリシャ料理の店‘バッカス’は3年前に店じまいしていた。直ぐ近い西麻布の通いなれた富士写真フィルムの本社ビルには、イメージング事業とメディカルシステム事業を残して、ロートレック展を見に向かった美術館のあるミッドタウンのガレリアビルに隣接して、二つ目の東京本社ビル(富士写真フィルム、ゼロックス)を創っていた。

気がついたことだが、この防衛庁跡に出来上がった幾つかのビル群、どうも安っぽくていけない。気を衒ったような外観で、特に富士写真フィルムのビルは貧相なものだ。西麻布の本社ビルがどっしりとした建築物であるのに比べ、弱々しい外観は扁平で、見窄らしい。他のビルも同じだ、デザイン画では良かったのだろうが、針金細工の寄せ集めのような物体が不揃いに並んでいる。最近のビルはコンクリートを使用しないのが流行なのだろうか。外観は金属とガラスで出来上がっていて見るからに弱々しいものになっている。

さて、肝心の展覧会に話を移さなければ。土曜日でもあることで、ある程度は覚悟して臨んだが、予想以上に人が集まっていた。美術館の会場が大きい方ではなかったから、混雑に輪をかけた格好だ。1フロアが狭いため、階段を使って会場を移動することになる。会場から階段まですべて床は木が敷き詰められている。展覧会に慣れた人ならすぐにピンと来るだろうか。そう、床を蹴って歩く靴音の響くこと。階段を降りてくる音は凄まじいとしか言い様がない。例外はない、耳に入り目にした限りでは、100パーセント女性が足を運ぶ度に響かせる音だ。連れ立って来た知り合いがいると、靴音にお喋り、笑い声が加わる。会場に足を踏み入れた途端に、床に木が敷かれていれば、己の靴を考えれば歩き方にはおのずと神経が行くのが普通の人間だろう。街なかの雑踏を歩くのではない。場所を考えない歩き方は、どこででも見る現在の女性たちに一番欠けている他人への配慮だ。

会場は、多くの展覧会がそうであるように、ロープや柵を張り巡らして対象に近付けないようにはしていなかっただけに、流れが悪く、人ごみができ、その間をかき分けて移動する人、思いきり人の目の前に頭を突き出す人。また、絵に近づいた不作法な人間が、絵を手で触って監視員から注意を受ける姿も散見できた(これは必ずしも入場者だけの問題ではなく、会場設営側の問題点でもある)。2メートル程もある絵をくっついていては何も分からないが、隣には一辺が30センチ程の小さい絵が並んでいる。絵は理想的にはキャンバスの対角線の長さ離れた位置で見るのが理想だが、今日の人ごみでは全く無理だ。総じて、余りにも展覧会を見にくるには値しない失格者が多いことに驚いた。ぱんぱんに膨らませたカバンを肩からぶら下げていたり、同じように膨らんだリュックを背中にしょっていたり、自分の身体以外に付属物でふくらむ範囲の想定ができず、周りに迷惑をかけることに全く無頓着は、電車の中でも幾らでも目にする風景だが、まさか展覧会場でその姿を目にするとは思いもよらなかった。

イライラしながら見終わり、記念に何か買いたい、という妻に誘われて、並んでい順番が来た時だった。若い女性が割り込んで先にレジに商品を突き出した。「並んでるんだ!」声を荒げて嗜めた。続いて私の目の前を、私が半歩下がらなければ痴漢と間違われそうな窮屈な隙間をすり抜けるように縫って中年の女性が横切った。「おい、女!」声を出したが無視して去った。「何、あの女」は様子を見ていた妻の声だ。最後の最後まで気分の悪いロートレック展だった。

家路につき、乗り物を降りて外へ出た瞬間、春一番に見舞われた。砂埃が顔に当って痛い。散々な一日で終わった。

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2007年12月19日 (水)

洋式便器では男性の4割が座る

西洋式になった便所では、以前から、しばしば男性の小便のことで家庭内でいざこざの原因となることが取り上げられる。大抵は夫婦間でのことになるようだが、妻からの苦情がそのすべてだ。日本の各家庭には昔は大と男性用には小の使用別に個室が設けられていた。簡単な仕切りだから男女どちらが使用中であっても用を足すことはできた。しかし、現在のように西洋式になって個室1室だけになってからは、テレビドラマでもしばしば出現するように家庭内の朝の先陣争いのラッシュ風景がみられるようになっている。

わが家でも建て替えをするまでは、小用専用のあさがおと呼ばれる壁掛けタイプの小便器で用足しをしていた。現在は二世帯用に1、2階ともに西洋式を設置したが、トラブルは皆無だ。主に使用するのは1階だが、妻も日中は殆どこちらを使用する。私は立ってする方だ。注意はしていても、当然のように飛沫は散ることもある。しかし、心配はしない。30年近く便所と風呂場の掃除は100パーセント私がする。どんなに仕事が忙しい時でも、夜勤の時でも、便所の掃除と風呂場の掃除は私がする。好きでやっているわけではないが、嫌だと思ったことはない。床と周りの壁は腰の高さまで(浴室は天井まで)タイル貼りだが、便器も含めて素手で雑巾がけをする。普通なら30年近くも経てば特に浴室のメジは、黴で真っ黒になるが、わが家は新築時と変わらず真っ白のままだ。

まだ旧制中学に上がったばかりの頃だ。敗戦で、軍隊にいた少年兵や幼年兵だった先輩たちが、復学してきた。下級生への軍隊式のしごきが始まった。前にも書いたが、当時の和式の大便器だが、床からは簡単に取り外せる。便所に整列して外した糞便で汚れた便器を手に持ち(勿論素手でだ)、校庭に並べる。バケツの水を掛け、1メートルほどに切った荒縄(米俵、炭俵などを縛る)を丸め、即席のたわしを拵える。「よし、始め」の号令で全員がゴシ、ゴシこする。毎日ではないが繰り返し行なわれた。習慣は恐ろしい。便所掃除には抵抗感を持たないでとことん綺麗にする癖が身についた。わが家の便所は家の中でも1番綺麗な空間だと言える。

【閑話休題】
1)松下電工が12日発表したインターネットによるアンケート「トイレ使用実態調査」によると、洋式便器で座って小便をすると答えた男性が40%を占め、99年の初調査時の15%から3倍近くに増加した。「女性が飛び跳ね汚れを嫌い、座って用を足すようお願いすることが増えている」と松下電工は分析している。

30〜50代の夫婦1036人(男女518人ずつ)を対象に男性の振る舞いを尋ねた。男性の年代別の回答は、
   30代が  46%
   40代が  38%
   50代が  37%
と、若い年代ほど座って済ます男性が多かった、という。

特に男の子の放尿は、大人と違って包茎が原因でどこへ飛ぶか分らない時がままある。テレビコマーシャルで「男の責任だから」などと躾けを教えているスナップがあるが、それでも飛沫は飛ぶ。なぜ世の女性たちがトイレの掃除を嫌うのかは分らないが、男も汚した箇所ぐらい自分で始末すれば何でもないはずなのに。掃除が嫌いな女房どのと亭主どの。結果は亭主が折れて尻をはしょることになったようだ。

テレビで引っ張りだこの松居一代、彼女の綺麗好きは有名だが、男でもタレントの薬丸くん、彼もトイレの掃除はこまめにやるようだ。座る必要のない1人だろう。

2)情けない男の投書から(毎日新聞)12/18
「最近の若い男性は便座に腰掛けてオシッコすると聞きます。私は散らしてしまうので時々注意されます。立ってする時は、どうしたら周りに散らないのですか」自営業H・M

《「私」の年齢が定かでないが、職業・自営業とあるから一応大人とみていいだろう。小用とも小便とも言えないで「オシッコ」と幼稚な文章だが、頭脳の方も幼稚のようだ。そんなに心配なら誰かに横からでも後ろからでも手伝ってもらえばいい。大の大人が何の工夫もできないで小便の仕方まで他人さまに相談することか。返事を書いてるのは高橋クリニック(東京都)院長・泌尿器科の高橋知宏医師(55)で、次のようなことになる。》

「尿道は水道のホースと同じで、1本の筋で出るのが本来の姿。飛び散りが多い人は尿道などに何らかのトラブルがある可能性がある」と話す。《随分と人を怖がらせることを言う人だ。男なら誰でも思い当たることがあるはずだが、飛び散るのには尿道のトラブル以上に幾つも条件があるはずだ。飛び散り防止は「座ってする派」に転向するのが早道のようだが、どうしても座りたくない人はいる。》

どうしたらいいのか。松下電器産業広報チームの秦慶治(40)は「便器にもよりますが、水面の中央部分にするのがベスト」と言う。同社の調査では、洋式便器の水面より手前に落とした場合は311滴、奥でも207滴が便器外に散ったが、水面中央だと85滴に抑えられたという。

これも基に、同社は水面中央部分を「エチケットポイト」と名付け、ライトで照らして示す便座を開発した。さ昨年発売して・・・、あとは宣伝になる。

一方、「ライオン」(本社・東京)の調査によると、男性が1日の平均回数である7回小用すると、壁や便器周辺などに約2300滴もはみ出ていた。直径2ミリ以下の目に見えない霧状のものもあり、乾燥すると悪臭が発生するという。「トイレの汚れの主因は男性の尿です」とは同社広報部、下谷由紀(38)の悪意の臭う弁だ。

《ブログにも書いたが、以前駅で働くトイレ掃除のおばさんの言を思い出す。「男性のトイレは女性のトイレに比べれば、どれだけましか分りませんよ」と。いずれにしても、自宅であれ、公共のものであれ、汚さないように気をつけることが先ず1番、自宅なら、汚したと思ったときには男でも女でも自分で始末することが肝要だ。》

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2007年11月14日 (水)

携帯のマナー

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 Ken's trio(ジャズ)を聞きに
 第一生命ホールへ行ってきた
(東京都中央区晴海
  トリトン・スクェア・4F)


 敗戦後GHQがあった皇居前の第一生命ホールから2001年、現在のトリトン内に引っ越した。座席数767のこじんまりしたホールだ。昨夜の聴衆は老若男女が集まってほぼ満席の状態。年輩の女性(わが妻は1人ぽっちで留守番はいやだとて、ついてきただけだが、も含め)があちらこちらに散らばっているのには驚かされた。

トリオということで、ジャズとはいえ、室内楽的な雰囲気に浸るつもりが、共演のその他ビッグ・バンド(国立音大管・打楽器のメンバーが中心)の大音響で鳴らすスピーカーから地を震わすように流される音に、胆を冷やす騒音公害に遭う羽目になった。

その音たるや、いかにも若者が好く無闇に低音の強調されたボコ、ボコした音づくりになって、左右バランスの音像定位が不安定で、センターマイクで紹介するKen(金子健・ダブルベース)の声はくぐもってぼそぼそと歯切れが悪く左(客には右)のスピーカーに偏り、当然会場全体の音の膨らみも偏った。姿は見えるけれど、可哀相に上段左に位置していたギター、ベースギターの音は(エレキギターで増幅していたにも拘わらず)只の1音すら聞き取ることは不可能だった。致命傷はピアノ(田村和大)の音だ。1音1音の粒立ちが悪く、音に音が被さって、全くピアノらしくない音を聞かせた。動いて(演奏して)いるのは見えても時々金属的な響きでビブラホーンは鳴るだけ。いけなかったのは爆弾でも落とされた錯覚を感じたドラムの大音量だ。すべての音楽的センスが台無しになった。コンサートを通して言えるのは、小さな会場に増幅させた音は必要ないことだ。

わざわざマイクの前に出てきてのバリトン、アルト・サックスやトランペットのソロまで聴かせることはない、それほど卓越した技術でもない。このビッグバンド「ニュー.タイド」は今年の学生コンクール(山野ビッグバンド・コンクール)で優勝しているが、これからのバンドだ。楽器の音を聞きたかったのに、耳には割れるようなスピーカーの音だけが聞こえていた。客席前の両サイドの壁近くのスピーカー間の距離と正3角形を成す頂点の位置に、席を取ることができ、左右バランスは絶好の位置と思ったのだが・・・。そのような条件は吹っ飛んだコンサート(?)に終わった。ついて来た妻は、会場入りする前に立ち寄った寿司の味に満足し、騒音の中、腹膨くるるは何んとやら、で半分は眠る豪傑振りを発揮した。コンサートは音楽性を云々するレベルのものではなかった、勿論拍手を贈るなどもってのほかであった。

1部、2部と分かれてのコンサートであったが、2部を聴く勇気はなく、ほうほうの体で逃げ出した。

さて、本題の携帯の話に入ろう。
家を出て凡そ1時間、地下鉄「勝どき」駅について会場入りするまで。ホールを逃げ出してわが家に戻るまでの道のり、これほどまで酷い日本人の携帯のマナーの悪さを目にしたのは初めてだ。数日前、喫煙者のマナーの悪さを指摘した投書があったが、反論しておいた。だが、携帯に関しては、誰も反論の余地はないだろう。

電車内ではシートに並んでの携帯の砲列、右も左も前の席も、一様に睨めっこをしてるのは女子高生や若者だけではない。小父さん、おばさんたちまでが一斉に睨めっこだ。しきりに指先を動かしているもの、手を前に突き出して幼稚園児のような飾り物をぶら下げた女子高生たち。以前異様な車内風景を書いたときよりも、その数、何倍にも増えている。年輩の男が停車駅が近づくとやおら立ち上がり、ドアの近くに来ると、大声で喋り始める。数秒、十数秒待って車外に出て話せばよいものを。続いてその会話を聞いていたやはり中年の男がシートに座ったまま、突然大声で話を始めた。マナーもくそ(おっと失礼)もない。車内では電源を切るように指導しているが、そんなことどこ吹く風だ。

電車の中以上に異様な風景を見た。私の現役時代にはおかげさまでこのような不様な人たちの姿を見ないで済んでいた。2人に1人といえるほどの凄さの携帯使用だ。‘歩きたばこ’が公害というなら‘歩き携帯’という公害があってもいい。勝ちどき駅から第一生命ホールまで行く路上で、1人、ホールからのエスカレーターで降りてきた1人、少なくとも勤め帰りの女性2人とぶつかった。どちらも何の挨拶もない。携帯から目も離さずにすれ違って行く。あまりのその異様な風景に感動(?)すら覚えて言葉も出ない。夕方6時頃のことだから、そのいずれの男女も退社する思慮も分別もあるはずの年齢の人たちだ。携帯片手に下を向いたまま歩き、行動している。兎にも角にも多すぎる数の携帯片手の人とすれ違う。

気分の悪いことが重なった。帰り道、人身事故の影響で、乗り換え1度のところ混雑した電車と、3度の乗り換えが発生した上に、まだ重なった。長く履かなかった靴の底が風化による劣化で踵が剥がれそうになり、途中訪ねた靴修理店で、“4日預かり、6000円”と聞いて、依頼しないでびっこを引きながら恐ごわ歩いて帰る体たらくになった。奇跡のような結果になった。玄関のドアを開けて敷居を跨いだ途端に踵がポロリと剥がれ落ちた。上り框(がまち)に越し掛けてひっくり返して眺めて見た。風化は左右両方にいき亘って進んでおり、全体に亀裂も生じ、全く修理の効く状態にはなかった。よく家まで歩いて帰れたものだ。とても“もったいない”と言える代物ではない。またまた、年金暮しの身に金のかかることが起った。

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2007年11月10日 (土)

夜間運転の基本はハイビーム?

地域によっては危険な情報だ!
毎日新聞(11/10)から
茨城県警が昨年5月に始めた、夜間に車のヘッドライトを原則上向き(ハイビーム)にする指導が、全国に広がり始めているという。同紙が47都道府県警に聞いたところ、13県警が本部が中心となって取り組んでおり、ほかに2県警も「将来的に指導する」と回答した。一方で「対向車の多い都市部では逆に危険」という声もあり、対応が分かれている。

《私が教習所(都内)で習ったのは、対向車のドライバーの目に入ると眩しくて前方が見えにくくなるから、車の流れの少ない郊外では使用するのも良いが、対向車を認めた際は素早くロービームに切り替えること。と教えられた。私の場合は、車の前を数台の仲間同士の自転車が広がって徐行して危険な時に、後ろに車が近づくことを知らせるサインとして、ハイビームを使うことが度々ある程度で、20年近い間、殆どハイビームを使用したことがない。》

同紙は10月下旬〜11月初めに各都道府県警本部に電話で問合せをした。本部レベルでの指導は青森、秋田、富山、福井などであった。また、千葉、兵庫が将来的に取り組むとし「問合せがあれば上向きを指導」(埼玉県警)というケースもあった。

7月に指導を始めた青森県警は6月に検証実験を実施した。ハイビームは約100メートル先まで照射できたが、ロービームは約40メートル先までで、運転手が黒っぽい服の人を認識できたのは約26メートル手前だった。時速60キロで走行時は急ブレーキを踏んでも間に合わなかった。

茨城県警は06年4月に夜間事故の傾向を分析、ハイビームの事故防止効果に着目した。県警本部が中心となって、テレビ、ラジオや道路の電光掲示板で「上向きが基本」と呼び掛ける取り組みを始めた。「比較できるだけのデータはまだないが、夜間の対人事故が減った手ごたえがある」としている。

一方で、「歩いていて眩しくて転倒したら責任を取るのか」(山口県警)など、取り組みを始めた各県警には苦情も寄せられているという。道交法は、対向車とすれ違ったり前に車がいる場合は「ライトを消すか減光するかロービームに切り替えなければならない」としており、都市部では頻繁に切り替えねばならず、「却って危険」(神奈川県警)という声もあった。警察庁広報室は「地域の現状にあわせて安全な方を選んで指導すればいい」としている。

《好きなように勝手にせい?、道路交通法の「灯火」について、現状の6項目の内容を地域別に書き換えることが必要になるのだろうか。それとも運用面で対応しろ、とだけ? 長距離運転中に、地域を通過する度に、規則が変わったのでは混乱を招くことになる。「却って危険」と思うのは至極当然の心配で、車同士のすれ違いでは眩しくなって、目を瞑ったり逸らせでもすれば事故の危険がある。逆に事故発生率が上がるのではないか。特に雨天運転時、油膜が残っていたりすれば、対向車のハイビームは前方確認に困難を極める。眩しいだけではなく、互いに重なる光で、雨でなくても歩行者が見えなくなることも起こりうる。そうでなくても運転マナーの悪くなっている現状から考えても、こまめにハイ・ロウを切り替えることに期待は望めない。茨城県警も、まだ比較できるデータはない、と言うように不確かな実験でしかない。長期的には必ず失敗すると思うのだが。》

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