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2014年10月23日 (木)

続 道徳を「特別教科」

 毎日新聞(10/22)“なるほドリ、クローズアップ”から、『』内は私見

 戦前は「修身」という科目が小学校であったが、戦後の教育改革でなくなった。道徳が授業に入ったのは小中学校とも1958年度からで、当時から「教科外活動」だった。児童・生徒会活動といった「特別活動」も教科外活動だ。一方、教科は小学校なら今は国語、社会、算数、理科、音楽、図工、家庭、体育の八つで、1、2年生は理科と社会がなく生活科。中学は9教科(「国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保保健体育、技術・家庭、外国語」)。

道徳がなぜ「特別」に?

 Q 教科と教科外活動の違いは何?

 A 教科の定義は法律で決まっているわけではないが、一般的に ①教科書がある ②専門の免許を持つ教員がいる ③数値による評価 ― の3要素を満たすものとされている。道徳は教科書もなく、通信簿でも成績欄はなかった。道徳が教科になると、他の教科と同様、国の検定を通った教科書を使うが、道徳の免許新設は当面は予定していない。教員養成大学のカリキュラムを変えるなど環境整備が大変だからだ。授業は基本的に学級担任が担当し、評価は数値ではなく記述式の予定。そのため「特別の教科」という呼び名を使うことになる

 Q 小学校は英語も教科になるんだよね

 A 2011年度から小学5,6年で「外国語活動(英語)」が必修になるが、今の道徳と同じ「教科外活動」だ。しかし、これまでの英語教育では「使える英語力」が身につかないとして、文部科学省は、小学5年から英語を正式教科へ格上げする計画を進めている。早ければ18年度から一部の学校で始まる見込みだ

 Q 「特別の教科」は道徳だけ?

 A そう。道徳の教科化を文科相に求めた中央教育審議会(中教審)の答申は「特別」の意味を「学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の『要』として位置づける」と説明している。つまり、教科の中でも道徳の位置づけを重視し、充実させる意図があるのだ

《では、道徳とは何をいうのか。〖広辞苑〗では、次のようにいう。
 ①人のふみ行なうべき道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為を規制するものとして、一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものでなく、個人の内面的なもの。→道徳性
 ②老子の説いた恬淡(テンタン)虚無の学。専ら道と徳とを説くからいう。
 ③小・中学校における指導の領域の一つ。1958年学習指導要領改訂で特設。とある。》

 中教審が21日、小中学校の道徳の教科化を答申し、2018年度にも国の検定教科書を使った道徳の授業が始まることになった。第1次安倍内閣の時には個人の道徳性に成績をつけることへの慎重論の前に教科化を断念。首相はリベンジを果たした形だが、専門家からは、首相がこだわる「愛国心」教育の加速を懸念する声も上がる。先行して教科化に取り組む自治体では規範意識の向上など効果が出ている一方で、成績評価への戸惑いや不安も聞かれる。

 「道徳教育は、人が人として生きるのに必要な規範意識や思いやりの心など豊かな人間性を育むものだ」。下村・文部科学相は21日、中教審の安西会長から答申を受け取った後、教科化の意義をそう話した。

1道徳の教科化は首相の宿願だった。06年からの第一次安倍内閣時代。戦後教育のひずみを自らの内閣で直したいと「愛国心」条項を盛り込んだ改正基本教育法を成立させ、08年3月告示の小中学校の学習指導要領の総則には「愛国心」が盛り込まれた。道徳の教科化や「徳育」への名称変更も検討した。

 だが実現しなかった。成績評価がハードルになった。通常、正式教科の場合、数値による評価が必要になる。当時の中教審の議論では「道徳は数値評価になじまない」と見直しに慎重な意見が多く、見送られたのだ。

 そして今回、第2次内閣では過去の経緯を踏まえ「周到な計画」で教科化を進めた。

 契機は11年の大津市中2いじめ自殺事件とされる。中教審答申も「発端はいじめの問題への対応だった」と明記するように、政府の「教育再生実行会議」(座長・鎌田勲早稲田大総長)を儲け、13年2月に対策の一環として教科化を提言。いじめ対策とリンクしたことで反対しにくい空気ができた。

《いじめへの対策に特化して、学校教科で何とかしようとするのは、益無き効果と見えている。これまでもいじめ問題はメディアも数繁く取りあげ、問われ、姦しく話し合われてきたが、却ってその数は増える方向にあるのが実態だろう。そこにある問題は、敗戦後の時代の変遷と古い価値観の破壊による家族制度の破壊の影響が見逃せないことに眼を向ける識者のいないことだった。敗戦をきっかけに、古いものをすべて悪とし、それに代わる時代に合った価値基準の創成に、心を配った学者が声を上げようとして来なかった背景があるのだ。》

《今では神話として嘲笑われる子育ての神髄「三つ子の魂百まで」が、働くことが善であるとされ、「子どもは産むだけで育てるのは社会」の子育てがメディアも含めての育児法となった。これで、生まれた子が情操豊かな成員に育つことを望むのは無い物ねだりというべきだろう。すでに物心ついてからの道徳教育など、手遅れも当然、これからも、いくらお題目を並べても、いじめは減ることはないだろう。》

 さらに、文科省が有識者会議を設置。教科化賛成派委員でほぼ占められた会議では、懸案だった評価の問題を突破するために「特別の教科」という新たなアイデアを打ち出した。有識者会議の委員からは、児童生徒の自己肯定感や社会参画の意識が低い ▽今後複雑・多様化する社会の中で自ら問題解決していく力が求められる ▽諸外国でも道徳教育は大切にされている――などの意見が出された。中教審の専門部会でも反対意見は出なかった。

 下村文科相は21日の朝の閣議後の会見で「今回は抵抗感なく答申をいただくことになった」と満足した表情を浮かべた。だが、ある中教審委員は「教科化が既定路線だった。今の中教審は毅然とした独立性のある審議ができていない」ともらす。

 道徳の教科化で、いじめ問題が解決するのか疑問の声もある中、なぜ首相は教科化にこだわるのか。教科化に反対する大森・東京学芸大准教授(教育学)は「愛国心教育推進のための土台づくりではないか」と指摘している。

 課題は成績評価
 道徳の評価で最大の課題は成績の評価だ。06年度から独自教科「市民科」を導入している東京都品川区は小中9年間の一貫教育を実施し、教科書も独自に作っている。同区教委によると、正しい生活習慣の定着や暴力行為の減少傾向の効果が出ているという。成績評価は記述式。子どもの良い点を評価することが基本だが「継続して子どもの日常から見ることが難しい」(村尾・指導課学校支援担当課長)と話す。

《先ず、起床して学校に来るまで、校門を出て帰宅して就寝するまでの間の教師の眼の届かない時間がある。教師の目が届く学校内生活の7、8時間の集団生活の中の観察可能な児童個人の限られた面を見ただけで、果たして公平な評価が出来るのだろうか。加えて、一枚の紙にも表と裏がある。担任が評価するというが、それぞれの児童のその両面を公平に見ることのできる担任ならいいが、思い入れや、いや、担任その人たちの、道徳律に主義主張や信条の違いはないのだろうか、それらを揃え、評価する側の間違いがないようにするために、どのような方策を考えているのだろうか。
 「愛国心」に踊らされて、敗戦と、敗戦後の苦しみを味わわされてきた世代には、「愛国心」の響きには拒否反応の方が強い。教科書検定には疑問は幾つもある。》

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