« 子ども遺棄・置き去り891人 | トップページ | アルコール依存の女性急増 »

2014年8月19日 (火)

中学校に警察 是か非か

 毎日新聞(8/19)から、

 今年4〜6月、埼玉県内の中学生6人が、教諭への暴行や傷害の容疑で同県警に相次いで逮捕されていたことが分かった。いずれも「胸ぐらをつかんだ」「胸を殴った」などで学校側が通報し、警察官らが現行犯で逮捕した。被害の程度が軽いケースでも学校への警察介入を進めるべきなのか、構内の問題は現場の責任で解決すべきか⎯⎯⎯。識者らの意見も割れている。

 4月15日、草加市の中3男子2人が暴行容疑で逮捕されたケースは、同級生への指導が「気にくわない」と50代男性教諭の胸ぐらをつかみ、壁に押しつけるなどしたのが逮捕容疑となった。教諭に怪我はなく、同市教委は「複数の教諭で対応しても制止が効かなかった」と通報理由を説明する。

 5月7日には、さいたま市の中3男子が頭髪を注意されたことに腹を立て、30代男性教諭の胸を殴るなどした暴行容疑で浦和西署に逮捕された。市教委は「以前から段階的に指導を積み上げてきた(が改善しなかった)と強調。同署は「証拠隠滅の恐れがあるなど(法的な)要件が揃えば逮捕する。決して逮捕権の乱用ではない」とした。

 1 中学生の逮捕は全国で散見され、今年2月に札幌市で教諭の顔や胸を殴るなどし3週間の怪我をさせた例や、同3月には兵庫県朝来市で教諭の顔付近を拳で殴った例などがある。しかし暴行の程度が軽く、短期間に逮捕が集中した点で埼玉県は異例だ。

 同県では、これまで積極的に学校と警察が連携してきた。2002年度に全国に先駆けて「スクールサポーター」制度を導入。県警の非常勤職員が要請を受けて構内をパトロールしたり、問題を起こす生徒とその保護者への指導を行なったりしてきた。現在は元警察官37人と元教員3人の計40人が活動する。03年度には、学校と警察が「必要に応じて協力する」と明記した協定が結ばれた。

 1980年代に放映されたテレビドラマ「3年B組金八先生」は、主人公の生徒が逮捕されるシーンが話題を呼び「問題生徒を『腐ったミカン』のように排除すべきではない」とする教育論が優勢だった。しかし近年は体罰が社会問題化し、いわゆるモンスターペアレントなど保護者対応もより難しくなった結果、教諭による生徒への抑止が利かなくなっている事実がある。

 中2の息子がいる同県内の50代男性高校教諭は「暴力を目撃した他の生徒のショックは大きいし、自分の子が被害に遭わないか心配。警察の介入は仕方ない」としつつ、教諭の立場から「大人に暴力を振るうのはそれまでの不信感や不満が積み重なった結果。日頃から生徒とコミュニケーションがとれる関係を作るべきだ」と話す。

 「夜回り先生」で知られる水谷修・花園大客員教授は「もう学校だけでは対応できなくなっている。教諭にゆとりはなく、礼儀などを含む全ての指導を求めるのは無理がある。子どもを育てるのは社会全体の責任。学校が警察を含む各機関と連携しながら子どもたちを良い方向に導こうとするのは、間違いではない」と理解を示す。

 一方、教育評論家・尾木直樹は「生徒の評価権という絶対的権限を持つ教諭が、さらに警察権力を使うのは安易ではないか。学校の自殺行為でとんでもない話だ。背景には教諭の力量不足があり、他生徒への『見せしめ』の意味もあるのだろう。心の琴線に触れるような指導をせずに、生徒が更生するとは思えない」と厳しく批判している。

《尾木は勝手なことを言い過ぎる。現場を直接担当する責務もなく、小姑よろしく責任不要の評論家の論評で小言だけを宣(のたま)う。暴力を振るうガキどもには、他の生徒への見せしめでも何でもなく、他者への暴力に対する当の本人たちへの懲罰が必要だ。それを「教諭の力量不足」だの、「絶対的権力者」だの、これはもう誹謗の域で批判ではない。》

《学校の先生たちから最低限必要な悪童たちへの譴責(けんせき)する指導権を取り上げ、徒手空拳にしておいて、教師が大きな声を出して叱責することもバカ親たちの突き上げの対象となる。「義務教育」とは親が子どもに教育をうけさせる義務を負うことなのだが、親は悪童たちを中学生になるまで、家庭で学ぶための初期の躾け教育も身につけず、小学生時期から全てを学校に丸投げするだけだ。「夜回り先生」の言う礼儀などというものは、幼稚園から一年生になる小学校への入学前に、親が家庭内教育で教えておくものだ。中学生になってからでは手遅れだ。》

《中2の息子がいる高校男性教諭が教師の立場から「大人に暴力を振るうのはそれまでの不信感や不満が積み重なった結果」の鬱積と説明するが、悪童たちの暴力がそのような筋道の通ったものとは限らない。友達同士の問題、親子や家庭内の問題、女の子の問題などなんでもいいことだ。それこそただのウサ晴らしでもあるだろう。そんなものが教諭の処理しなければならない学内問題とは考えられない。》

《現在の教師たちは、丸裸で悪童たちと向き合っているのだ。警察介入を積極的に依頼することが、現時点で学校の、そして教師たちの責務であり、自らを守るために欠かせない防衛となる。》

《教育は社会がするものだとは、そのことを口にした時点ですでに無責任の論評となる。なぜか、現在は、社会そのものが病んでいるのだから。》

|

« 子ども遺棄・置き去り891人 | トップページ | アルコール依存の女性急増 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107998/60176282

この記事へのトラックバック一覧です: 中学校に警察 是か非か:

« 子ども遺棄・置き去り891人 | トップページ | アルコール依存の女性急増 »