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2014年8月 3日 (日)

民間船員も戦地に行くのか

 毎日新聞(8/3)から、

 参照 お遊び と 命令放送 06/10

《いよいよ安倍晋三なる首領が、ヒットラーに見えてきた。心配は8年も前の06年の『命令放送』発言当時、瞬間的に私の頭を駆け巡った恐怖だった。10月14の毎日紙上に載った写真を見た瞬間、彼の顔がヒットラーに見えたのだ。思わずチョビ髭をくっつけが、余りに生き写しのような顔に再び寒気が走った。国民は大変な男を国のかしらに据えることを選んだものだ。沸々と日本の将来を誤らせた軍国主義の怖さが体中を駆け巡った。そして今、いよいよ安倍が本性を現してきた。》

 参照 集団的自衛権 14/05/

 尖閣諸島を含む南西諸島の有事の際、自衛隊員を戦闘地域まで運ぶために民間フェリーの船員を予備自衛官とし、現地まで運行させる方向で防衛省が検討を始めた。すでに先月、2社から高速のフェリー2隻を借りる契約を結んだ。太平洋戦争では軍に徴用された民間船約2500隻が沈められ、6万人以上の船員が犠牲となった歴史があり、議論を呼びそうだ。

《自分が「1番偉いんだ」とうそぶく安倍晋三の命令を受けて、防衛省は早くも戦争準備の支度を始めた。》

 同省が隊員輸送に活用するのは、津軽海峡フェリー(北海道函館市)の「ナッチャンWorld」号と新日本海フェリー(大阪市)の「はくおう」号で、ともに1万トンを超える。同省は2隻を今年度末まで7億円で借り上げたが、来年度以降は両社や金融機関などの出資で設ける特別目的会社(SPC)が船を所有し、平時は民間、有事には防衛省が使う仕組みを目指す。

 乗組員については、有事や平時の演習など年間数十日の運用で現役自衛官を専従させられないとの判断から、自衛官のOBの予備自衛官や、あらかじめ予備自衛官に仕立てた民間船員を充てることを検討している。

 背景には海自出身の予備自衛官不足がある。2012年度の予備自衛官約3万2000人の大半は陸自出身者で、海自出身者は682人。現役海自隊員で艦船に乗り組むのは3分の1程度で、船に乗れる予備自衛官は限られるとみられる。招集時には一刻も早く港へ行く必要もあり、居住地などを考えると条件を満たす者はさらに少なくなる。しかも、海自出身の予備自衛官は新任を退任が上回り、毎年約50人ずつ減少。自衛隊の艦船と民間のフェリーでは操船技術が大きく異なることもあり、2隻の運行に必要な乗組員約80人を自衛隊OBでまかなうのは難しいとみられる。

予備自衛官
 普段は別の職業に従事し、有事の時に招集される志願制の自衛官。非常勤特別職国家公務員。かつては自衛隊での勤務経験が予備自衛官になる条件だったが、政府は2002年、医師や自動車整備士など各種の技能を持つ民間人を、10日間の教育訓練などで予備自衛官にできる制度を導入した。新制度の対象は陸上自衛隊に限られており、今後は海上自衛隊も利用できるようルール改正を検討する構え。

 Photo 同省防衛政策課は、「予備自衛官になるかどうかを決めるのは船員本人で、強制できない」と強調。予備自衛官になるよう船員が強いられる恐れについては「会社側の問題で、省としては関知しない」としている。

 防衛省の2隻借り上げに協力する船会社2社は、取材に応じていない。

《防衛省の話は平時の戯(ざ)れ言で、本当に有事到来にでもなれば、戯言(たわごと)では済むまい。そのためには、必ずそれまでに、国民の側には有無を言わさぬ徴用施策を打って出るのは必定だ。》

 全国の船員で構成する全日本海員組合の元関西地方支部長で、船員の歴史に詳しい新古勝(70)は、「予備自衛官になれと会社に言われたら、船員はたやすく断れない。事実上の徴用であり、太平洋戦争の悲劇を繰り返しかねず、絶対に反対だ」と批判する。

 戦時中の船員の徴用では、悲惨な歴史がある。公益財団法人「日本殉職船員顕彰会」などによると、日本は太平洋戦争前は世界第3位の海運国だった。開戦後に民間商船や船員の大半が徴用され、米潜水艦などに攻撃された結果、約2500隻を失い、6万人以上の船員が犠牲となった。船員の死亡率は推計43%とされ海軍の兵士の2倍以上に達した。年齢制限のある徴兵と異なり、14、15歳で徴用された少年船員もおり、17歳以下の死者は1万人程度とされる。

 「戦地で死ぬと思っていた。戦争では船員などの民間人がまず犠牲になる」。横浜市西区の久我吉男(88)は太平洋戦争中、乗り組んでいた商船が沈められ、奇跡的に生還した体験を語った。

 16歳の時、「船員募集」の広告を見て海員養成所に入所。半年後に商船の甲板員として徴用され、南方で働くことになった。1944年9月、18歳でボーキサイトを積んだ商船に乗り組み、日本に向けてフィリピンを出航した。5隻の護衛の艦船に守られていたが、港を出た翌朝、米軍機の攻撃で沈没した。救命筏で漂流中に、砂浜が見えた。泳いで向かったが、幻覚だった。そのまま気を失い、沈没から4日目にフィリピン人漁師に助けられた。

 一緒に乗船した30人のうち、助かったのは15人。負傷した自分以外は再び商船で日本に向かったが、その船も撃沈され、全員が亡くなった。

 1人帰国を果たし、待っていたのは徴兵検査だった。「今度は軍人か」。入隊直前に戦争が終わった。「1人で海を漂い、どれほど怖かったか。国は守ってくれない。民間人を巻き込む戦争の恐ろしさを、忘れてはならない」

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