部下を上手に褒める
毎日新聞(7/7)から、
《両親が働きに出、留守がちの家庭で育ち、託児所、保育所と回され、両親が家庭で揃えば、留守中与えられなかった愛情を過剰に受け、叱られることは滅多になく、家庭教育はおざなり、社会に出てから存在する厳しい規律や制約を教えられず、そのまま年齢を重ね、甘やかされて育ってきた世代だ。》
大卒者の今春の就職率は94%と3年連続でアップしたが、3年以内の離職率も上昇傾向にあり、昨年は31%に達した(いずれも国の調査)。下手に叱ってやめられては大変と、書店には「褒めて育てる」指南本があふれる。あなたの職場では上手に褒めて若手の心をつかんでいますか。
東京・新橋駅前。インフラ関連企業に勤める男性(29)「うーん、あまり記憶にないですねえ」。 病院勤務の男性「人員不足で職場では皆イライラしてるよ。褒めたり、褒められたりなんて余裕はとても・・・」。
一方、地方銀行勤務の女性行員(42)は「一生懸命やっても結果がでないことの方が多いじゃないですか。でも日頃の頑張りは無視されて、偶然の結果を褒められたりすると、やっぱり上司って結果しか見ていないんだとがっかりしちゃう」。出版社の女性編集者(36)は「礼儀正しさや言葉遣いを褒められることはありますが、そんなことより仕事を褒めてほしい」。地方公務員の男性(31)は「上司は『頑張ってるよな』『よくやってるな』と言ってくれるが、どこが評価されているのか分からず、戸惑う」と。
一方、上司世代のサービス業の男性(64)が多少ヤケ気味に言った。「俺は褒めも叱りもしないんだ。褒めるのはわざとらしいし、叱って恨まれるのも嫌だからね。でもね、成長するヤツは何も言われなくても成長するもんなんだよ」。
「上手に褒めることは職場の雰囲気をよくするだけでなく、社員のやる気を高め、業績アップにもつながるのに」と嘆くのは、一般社団法人「日本ほめる達人」協会理事長で、全国の企業や官公庁で褒め方の研修を実施している西村貴好だ。西村によれば、職場での褒め方の基本は「事実を挙げ。それが仕事にどう役立ったか」を指摘することだという。例えば、部下が書類をホッチキスで丁寧に留めていたら「体裁がきちんとしていると、資料そのものの信頼性も高まるものなんだ。ありがとう」、会議中に問題なくお茶を出した部下には「いいタイミングでお茶を出してくれたね。ありがとう」といった具合だ。
「事実を基にしているので『本心かな』という疑いを抱かせません。そんな小さなことを褒めると部下にナメられないか、との心配は不要。今の若い人の心はガラスのように繊細。むしろ『こんな細かい部分までみてくれているのか』と受けとめます。それでも部下が本気にしなければ『XXさんもそう言っていたよ』などと第三者の評価を挟んだり、『少なくとも私はそう思う』と主観を全面に出したりするとようでしょう」
子どもだましと侮るなかれ。ある大手生命保険会社が管理職と営業社員約140人に「ほめる達人」研修を行い、部下の指導や営業活動に生かしてもらったところ、研修前に1・97件だった月間平均契約数が、3カ月後には3・54件に伸びた。
調査会社「サーベイリサーチセンター」が全国の管理職と一般社員計660人を対象に行なった調査では「褒められるとやる気が高まる」と回答した人は8割に上る一方、管理職の7割が「部下を褒めにくいと感じたことがある」と回答。さらに「褒められている方だと思う」「そう思わない」の二つのグループを比較したところ、前者の51%が「少々困難な目標でも挑戦したいと思う」と答えたのに対し、後者では30%にとどまった。褒める効果は確かにあるようだ。
とはいえ、かつでの日本は新入社員をちやほやしなくても経済成長を成し遂げた。若者気質が変わったということなのか。「打たれ弱い若者の増加は事実だと思いますが、それ以上に、1990年代半ばからの産業構造の変化が大きいと思います」と指摘するのは、組織論が専門の太田肇・同志社大政策学部教授だ。「90年代後半からのIT化の進展で、事務職場でも単純作業はコンピューターに任せ、社員は自らアイデアを出したり、新たな価値を創造したりすることを求められるようになりました。単純作業の時代には厳しく叱ったり強制したりすることが通用しましたが、今はやる気を持って自発的に取り組まないと成果が出ないのです」。そこで「褒める」が注目されるようになったというわけだ。
それでも「褒めるところが見つからない」と嘆く上司はどうしたらいいのか。
昨年、「ほめる力『楽しく生きる人』はここがちがう」(筑摩書房)を出した齋藤孝・明治大教授は「相手に要求する基準を下げること」「自分と比べない」「変化を見逃すな」の3点を挙げる。
「求めるレベルが高すぎると『まだまだ』と思っているうちにタイミングを逃してしまいます。また、上司は部下より仕事ができて当たり前。自分と比べていたら『ダメ出し』にしかならない」。三つ目の「変化」は「成長」と言い換えられる。「メールの文面が大人っぽくなったとか、課題の提出が少しだけ早くなったというような、以前のその人との違いを見つけることです。それには部下一人一人と向き合って、よく観察していなければなりません」。
団体職員の男性(43)は駆け出しの頃、鬼上司にスパルタ教育を施された。「書類の原稿を出せば『全然なってない』と丸めて叩かれた」。ところが、ある冬の夜、遅くまで残業していたらその鬼上司がケーキを持ってきた。はっと気づけば、その日は自分の誕生日。「いや、びっくりするやら感激するやら。あの出来ごとは忘れられません」。今もその上司とは信頼関係が続いているという。
この話を西村に紹介すると「これはすごい。よく部下の誕生日に気づきましたね」と絶賛した。「褒めて部下をコントロールしようと思うとうまくいかない。実は『褒めるか叱るか』よりも『誰に言われているか』の方が重要なんです。皆さんは部下のフルネームを漢字で書けますか。褒めるのは目的ではありません。円滑な人間関係のための手段。そうやって築いた人間関係は、きっと上司の人生も豊かにしてくれます」。
齋藤は「褒める習慣をつけることは自分のストレスやイライラを減らすことにも役立つ」という。「嘘やお世辞は不要。気づいたことを照れずに口にする。それだけで、自分自身も気持ちが軽やかになるはずです」と。
「情けは人のためならず」というが、現代は「褒めるは人のためならず」が新常識なのかもしれない。
《褒めるにも、TPOがある。のんびりと成長を待っていては間に合わないことも多い。尻を叩くことも必要な時だってある。褒めるのは結果が実ってからでいい。冒頭近くのサービス業の上司世代の声にあるように、仕事について「何故」「なぜ」と、考えることができる社員は、特に褒めも叱りもしなくても、どんどん成長して目についてくる。》
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