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2014年6月25日 (水)

遊び声がうるさい?

 毎日新聞(6/25)“水説”
 (論説副委員長・中村 秀明)から、《》内は私見。

 平日午後の新幹線の車内で紙をビリビリと破る音はいうるさいか? 女優の室井滋が、23日朝刊「おんなのしんぶん」のコーナーで、そんな疑問を書いている。

 「私は隣に人がいないことをいいことに、書類の整理を始めた。ドラマ関連の必要事項を台本に記し、済んだものからビリビリ破いてビニール袋に捨てる作業に熱中する。“もうそろそろ富士山”という地点で、突然、車掌さんから肩をポンと叩かれた。

 『あのう、紙を破る音がうるさいと言われるお客様が‥‥‥。それ、破かないでもらえますぅ?』 私は一体、何を注意されているのか意味不明で、ポカンと口を開けた」

《私も当日彼女の一文に目はとおしたが、室井の常識のなさには唖然とした。公共の場と仕事場の違いさえ理解できていない。通勤や出張に利用するものもいようが、もともと汽車は鈍行であろうと新幹線であろうと、限られた時間を利用して、くつろいで自分(たち)だけの空気の中でこの先の旅に期待を抱き、心ときめかしたり、ぐっすり休み我が身を癒す場所のはずだ。そんなとき、仕事でなくても、ビリビリと紙を破る音は、神経を逆撫でされる思いでさぞ逆鱗にふれることだろう。その昔、無神経に映画を観ながらせんべいをガリガリさせたり、袋をごそごそまさぐったり、おしゃべりされて、何度怒鳴りつけたことがあっただろう。》

 人々を悩まし、近隣とのもめごとを起こす原因について調査すると、「騒音」が「ペット」「ゴミ」などを引き離して一番多い。ある音を不快に思うかどうかは個人差があるが、耳慣れない音に接すると、たちまち「うるさいなあ」といら立つ人が増えている。

《自分なりに思い出してみればいいことだが、耳慣れない音だけではない。普通に生活している間にも、うるさいと感じる音はそこら中に転がっている。》

  象徴的なのが、都市部で近所に保育所、幼稚園ができる時の苦情や注文だろう。もはや迷惑施設の扱いだ。子どもの遊び声はもちろん、保護者が送迎する車の通行などに厳しい要求を突きつけられるのが当たり前のようだ。

 その結果、園の庭を半地下ににしたり、民家に面した方向には窓を一切作らなかったり、園側の費用負担で民家に防音窓をつけたりすることもある。また、「外での遊びは1日45分だけ」「プールでは水をかけ合わない」「送り迎え時は親も子どもも私語は禁止」といった規則を設けることも珍しくはないらしい。
 
 参照 騒音訴訟問題 2007/10 
    続 躾け 2007/10
    スーパーは子どもの遊び場か 2005/8/

 騒音問題に詳しい橋本典久・八戸工業大大学院教授は著書「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)で、「騒音に対する日本人の感性が明らかに変質してきている。今までは地域の音として容認されてきたものが苦情対象に変化し、一部では訴訟にまで発展している」と分析する。

《以前も書いたが、夏に涼しい風鈴の音が、「うるさい」と物干竿でたたき落とし、傷害沙汰になりかかったことさえある。》

 子どもの遊び声が昔より大きくなったり、のべつ聞こえるようになたりしたわけではない。むしろ、接する機会が減った結果、ありふれた音ではなくなり、聞き流せない気に障る音になったようだ。

 やり玉に上げて抑え込めば、ますます地域の音から遠ざかる。何より子育ての環境を息苦しくさせ、子どもはのびのびとできない。騒音だと感じる人を「寛容でない」と非難するのは容易だが、解決にはならない。この問題は、予算と時間でなんとかできる待機児童問題よりも複雑な問題である。

《いじめはいじめられたと感じれば「いじめ」とされているようだ。ならば、誰かがうるさいと感じればそれは間違いなく「うるさい」のだ。》

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