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2013年7月 4日 (木)

参院選、ねじれは必要

 毎日新聞(7/4)”参院選に望む”哲学者・木田 元 から、《》内は私見

 《22日の投票日まで17日間の選挙戦がスタートした。安倍晋三はねじれをなくそうと躍起のようだが、捻れがなくなると、この先の日本はどんなことになるか分かったものじゃない。今でさえ数を恃んだ好き勝手をやろうとしているが、参院で与党が過半数を獲得すれば、調子に乗った歯止めの利かない暴走が始まる。》

 喫茶店の一角、哲学者は窓からの差し込む明るい陽光の中に腰掛けていた。傍らには歩行器。「最近、足腰が痛くなってね」。少しかすれた声だった。

 この参院選に、私たちはどう向き合うべきなのか。素直に尋ねると、一つ大きく息を吸い込み、振り絞るように語り始めた。「時代には勢いがあります。今ならば、ちょっと右翼寄りの方がかっこいいとか、そろそろ憲法改正が必要だとか、昔日の日本の威光を取り戻そうとか、そういう動きですね。それらに安易に同調したり勝ち馬に乗ろうとしたりすると、とんでもないことが待っているかもしれない。戦前、日本の孤立を決定づけた国際連盟からの脱退*に国民は拍手喝采しました。その愚を繰り返さないように立ち止まって考え、『勢い』をチェックして、場合によっては抑えることが必要でしょうね。賢さと言い換えてもいい」。

《 * ・・ 関東軍の策謀で前年に作り上げた満州国が、1933年2月24日、国際連盟の総会で不承認・日本軍の満州からの撤退を求める勧告案が42対1、棄権1で可決される。松岡洋右(ようすけ)日本代表はこれに抗議し、席を蹴り退場する。3日後、政府は声明を発表、国際連盟脱退について詔書が発令された。以降、日本は外向的孤立の道を歩み出すことになる。この一連のニュースは当時のメディアも同調的に報道し、国民は小躍りして喜んだ経緯があった。》

 政治家の言動にきな臭さを感じている。「彼らは自分たちが兵士として戦場に赴くことはないと思っているから、勇ましいことを簡単に口にする。国防軍などと言うが、軍隊を持つことの意味が分かっているのか。群とは単に自衛隊を拡張させたものではない。そんな生易しいものではないんですよ」。

 青年時代、「死は身近にあった。戦争中、広島・江田島の海軍兵学校に進んで何より驚いたのは「成績が卒業後の寿命にかかわることだった。成績の順に海軍省、戦艦、巡洋艦などと配属先が決まっていき、下位の学生は「人間魚雷「回天」の搭乗員など特攻要員にされた。(中略)

 広島に投下された原爆の目撃者でもある。水泳訓練のため浜辺で服を脱いでいる最中だった。「ピカッと光り、辺り一面が紫色になって10秒か20秒後、爆風に飛ばされそうになった。しばらくして広島の方を見ると真っ白な煙の柱が空に突き刺さっていてね。学校に戻り、後者の二階から見たら、煙の柱が巨大なキノコ雲になっていました」。

 自衛隊の名前が変わっても国民の多くは無縁の話だと思っているかもしれない。「でも、少子化で、若者の数が減れば軍を維持するために志願制から徴兵制に変わるかもしれない。他人事ではないのです」。

 「何かと言えば経済成長。しかも株価の上下に一喜一憂して転‥‥‥。近ごろの日本人、目先のことばかりにとらわれて、少しおかしくなっていませんか」(中略)

 「少子化か進めば労働人口が減る一方、増え続ける高齢者をささえるために社会保障費は膨れ上がる。そうなれば経済成長の維持が困難になることは自明の理だ。「だが、社会の在り方そのものを見直そうと勇気ある呼びかけをする政治家は少ない。お金の使い方を見れば分かります。高度成長期に造られたインフラの多くが耐用年数の期限を迎えているにも拘らず、解体や補修といったもうからない事業よりも、新しい公共事業を進めようとしている。謙虚さを失っている証拠です」。例えば橋。国土交通省によると、地方自治体が管理する全国の長さ15メートル以上の橋のうち、必要とされる修繕を実施した割合は15%にとどまる。
 
 「謙虚さ」の対極にあるのが原発の最稼働だと憤る。「東日本大震災で福島第1原発事故が起き、危険さは十分に分かったはずです。その原発を使ってまで便利な生活にこだわる理由がどこにあるのか。ドアは自動でなくても手で開ければいいし、誰も使わないエスカレーターなど必要ない。福島では炉心はもちろん、汚染水さえ制禦できていないのでしょう。まるで技術が人間のコントロール下から抜け出して、自らの意思で動いており、人間の方がその部品になってしまったようです」。

 敗戦後、東京に辿り着いた木田が目にしたのは一面の焼け野原だった。上野でのホームレスのような生活をしていた時、テキ屋にスカウトされ、闇市で毛布や軍服の生地を旧軍の倉庫から調達した。満州から引き揚げてきた家族と暮らし始めたが、糊口をしのぐために週末になると夜行列車で東京に闇米を運び続けた。

 明日をも見通せない時代を必死生き抜いたからこそ、今の豊かさが実感できる。

 話を冒頭に戻す。有権者に求められる「賢さ」とは何なのだろうか。「政治家の言うことをまず疑ってみることです。調子のいいことを言っているが、本当なのかと。哲学では分からないのに分かった振りをしないことが大切だったから、特にそう思うのかもしれませんね」。哲学の道に進んだのはドイツの哲学者ハイデッガーが著した「存在と時間」を理解したいという一心からだった。コツコツと原書や辞書に当たりながら33年を費やしてハイデッガーに関する論文を書き上げた人の言葉ゆえに、「まず疑うこと」「分かった振りをしないこと」の重みが伝わる。

 政治の停滞の一因になっている「ねじれ国会」の解消を望む声がある。「ねじれていたっていいじゃないですか」と言い切る。「スピード成立が求められる法律は別ですが、即断即決がすべて正しいとは限らない。政治家は大それた変化を言い募るより、10年、20年先を見据えた政策を打出すことが大事です。ましてや憲法をどうするかという問題はもう一度立ち止まって、時間をかけて考えるべきではないでしょうか。それには与野党のバランスが取れていることが重要だと思うのです」。

《私より3歳年長だ。敗戦の事実を真剣に考えた世代には、疑うことの大切さは生きるすべとして骨身に沁みているのだ。浅学の私とは頭脳のできは月とスッポンだが、私も「我疑う、ゆえに我あり」で生きてきた。》

 きだ・げん 1928年生まれ。31年、旧満洲(現中国東北部)に移住。終戦後、山形県鶴岡市に家族と居住。東北大文学部哲学科卒。中央大名誉教授。独仏の現代思想に関する研究と翻訳を続ける。「反哲学史」「反哲学入門」「ハイデガーの思想」「新人生論ノート」「闇屋になりそこねた哲学者」など著書多数。

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