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2012年5月28日 (月)

吉田秀和死去

 毎日新聞(5/28)から、

 日本に近代的音楽評論を確立した評論家で文化勲章受章者の吉田秀和が22日午後9時、急性心不全のため神奈川県鎌倉市の自宅で亡くなった。98歳の大往生、彼の声はほとんど毎週聞いてきた。昨日の夜も、名曲の楽しみ<私の試聴室>で彼の解説による『シューベルトの交響曲第1番全曲と第2番の第1、2、4楽章』を聴いたばかりだ(勿論録りだめたものだろうが)。

 彼の声を初めて耳にしたのはNHK-FM。1980年4月13日(日)にスタートした毎週1回、有名作曲家の生涯の作品を作曲順に網羅して紹介する番組のスタートからだ。<その音楽と生涯>で最初に取りあげられたのがモーツアルト5歳の時のアンダンテ・K1a〜K1fまでの5曲と,6歳の時のメヌエットK2〜K5aの5曲。モーツアルト時代の音色に近いハープシコードとヘブラーのピアノで比較して聴かせる試みだった。幼児のモーツアルトが採譜できなかったのを、姉が書き留めたものと解説していた。それから未完の「レクイエム」ニ短調K626の放送を終える1987年2月24日までの7年間、毎月最終日曜日には話題の試聴盤を流した。モーツアルトのライブラリーは音楽テープで91巻になっている。
 それから昨日までの32年間、途中放送日が現在の土曜に移ったが毎月1回の試聴室の構成はそのままだ。最近では高齢のためか時として聞きづらい時もあるが、演奏会や放送でいつも演奏されたり、決まりきった評判の曲だけでなく、作曲家の作品を網羅していくことで、掘り出しものの名曲に巡り会えることも度々あった。

        モーツアルト集(K番号順)
Mozart
            最終(K626)巻
Mozart2

 【閑話休題】
 東京都生まれ。東京帝国大学文学部仏文科卒業。戦後すぐの1946年、「モーツアルト」などの評論でデビュー、美術や文学の評論も行なった。48年、桐朋学園大音楽学部の前身となる「子どものための音楽教室」を指揮者の斎藤秀雄らとともに創設、小沢征爾らを育てた。88年、勲3等瑞宝章。96年文化功労者、2006年文化勲章を受章した。

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