児童ポルノ、あいまいな「単純所持」
毎日新聞(8/27)から、
与野党で児童ポルノ禁止改正法案が議論されている。焦点はいわゆる「単純所持」の禁止で、他人が作製した児童ポルノを個人で収集したり、保管したりすることをどのように規制するかだ。しかし、このような改正の方向は妥当なのか。
6歳女児に対する強制猥褻事件の弁護人から、被告が撮影した
女児の下半身を裸にし開脚させた写真①と、
精液をかけた顔の写真②が、
児童ポルノかどうかについて、専門家の立場から意見を求められたことがある(園田教授・甲南大法科大学院=刑法・情報法)。しかし、これらの写真が「児童ポルノ」であるかについては現状では問題が生じるのである。
現行法では、性器等が写っているか全半裸の場合は、「性欲を刺激・興奮」させるという要件が付されている。この「性欲」は、小児性欲者ではなく一般人が基準になっている。
《参考:1951(昭和26)年、敗戦後世に溢れたカストリ雑誌の一つ「サンデー娯楽」の記事の猥褻性が争われ、続いて「チャタレー夫人の恋人」の日本語訳(伊藤整)と、出版元の小山書店の社長に対して刑法第175条*のわいせつ物頒布罪が問われ、最高裁まで持ち込まれた。わいせつと表現の自由の関係が争われ、最高裁判所は1957(昭和32)年3月13日大法廷判決は、以下の「わいせつの三要素」を示しつつ、「公共の福祉」の論を用いて上告を棄却した。
*・・ 刑法175条・「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする(第1項)。有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする(第2項)。」と規定する。
わいせつの三要素 (最高裁判所:昭和32年3月13日大法廷判決)
1. 徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
2. 且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し
3. 善良な性的道義観念に反するものをいう
(なお、これは最高裁判所昭和26年5月10日第一小法廷判決の提示した要件を踏襲したものである)》
さもなくば、どこの家庭にもある、わが子の裸の写真が児童ポルノになってしまうからだ。幼児の裸や性器を見て「一般人が性的に興奮するかどうか」を基準に、判断を行なわなければならないのである。裁判所は写真①については一般人は性的に興奮するとして強引に児童ポルノとしたが、写真②については否定した。どちらも児童に対する性的虐待を半永久的に記録していながら、現行法では児童ポルノであることに共に疑義が生じるのである。
児童ポルノかどうかは、それを見たものが性的にどう感じるかという問題ではない。児童に対して性的虐待が行なわれ、それが記録されているかどうかである。
18歳未満時の有名女優のヌード写真集が「児童ポルノ」かどうかが議論される一方で、②のような写真が放置されているのはどうにも納得がいかない。現行法の定義を前提に単純所持を禁止するならば、表現の自由と児童の性的被害からの保護の両面において問題を残した法律になりかねないと心配するのである。
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