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2011年8月31日 (水)

男性向けサービスが広がっている

 毎日新聞(8/31)から、要約と《私見》
 《女性化し、草食化する男性に向け「レディーズデー」の向こうを張った「メンズデー」が好評のようだ。昔の男たちが、「女どもと一緒にするな!」と一喝する声が聞こえそうな内容だが、名目は「男への『不公平』解消」だという。不公平感をなくするのなら、レディーズデーなどというサービスを一切合切すべてなくする方が余程公平だと思うのだが、甘えることに慣れてしまった女性から、既得権のようになったものを取り上げることは最早不可能とみての対策となって、妬み心の男たちへのお裾分けのようになったものと思われる。》

 映画館やレストラン、美容サロンなどで女性客に特典がつく「レディースデー」に対し、最近は男性客を優遇する「メンズデー」を設ける店舗が増えている。「女子会」ならぬ「男子会」プランを提供する飲食店もある。消費の分野では脇役扱いされてきた男性向けさービスが広がる背景とは・・・・。

 東京・銀座のポルトガル料理店「ヴィラモウラ銀座本店」で男性(34)会社員ら4人組がビールを飲んでいた。今月から月曜が「メンズデー」となり、男性客は生ビール(680円)1杯が無料。メンバーの1人(45)は「電車の女性専用車輛など、世の中は女性向けばかりで不公平。今日はラッキー」と笑顔だった。デザートには男性客にだけプリンも出る。冨島店長(35)は「女子会プランはあったが、男性客のサービスがなかったので、夏を機にビール提供を始めた。映画館でも女性だけ1000円の日があり、メンズデーがないのはおかしいと思っていた」と話す。

 水戸市のカフェ&レストラン「ラミ・デュ・アクシーヌ」は5月から、月曜をメンズデーにした。ランチのライス、パスタが大盛り無料で、スープ(200円)も無料。店は女性客が9割以上を占め、男性客の掘り起こしが狙いだ。

 フロア責任者(27)は「スペアリブなどボリュームのあるメニューを注文するので客単価が上がる。リピーターになってもらえれば、ディナーの集客にもつながる」。導入後、男性の来店が徐々に増えているという。

 一方、中華「重慶茶楼本店」(横浜市中区)や居酒屋「高田馬場応援団」(東京都新宿区)などはコース料理と飲み放題付きで「男子会プラン」を設け、揚げ物など男性向けのメニューを揃える。

 こうした動きについて、中央大学文学部の山田教授(社会学)は「今の若い世代は雇用が不安定。不況で小遣いが減ったサラリーマンも多く、男の沽券にこだわらず、割引サービスへの志向が高まっているのでは」と分析する。

《何でも「不況」が引き合いに出されて同情的に判断するのが今風の分析だ。市場の8割が女性を対象にしたシナモノで埋められているところに、女性に比べて絶対的にパイの小さい男性群を対象にした、「損して得取れ」の商売が期待通りに成功するかどうか見ものだ。》

 カラオケチェーン「シダックス」は木曜をメンズでーにした。携帯電話で登録した「ケータイ会員」が対象で、ルーム料金が2時間無料。男性のケータイ会員は20万人増えたが、広報は「デディースデーに比べれば利用は少ない」と言う。

 タイマッサージ「ヒーリングスペース・オアシス」(東京都杉並区)は、レディースデー(水曜)が利用料20%引きに対し、メンズデー(金曜)は10%引きと差をつけている。店長(35)は「差をつけた方が女性客に納得してもらえる。女性の方が割引サービスにシビア」とみる。

 男女の心理の性差に詳しいコラムニストの織田隼人(34)は「女性は『お得』に反応しやすいが、男性は本来、自分がしたいことをするもの。ところが近年は、女性が元気なのに比べ、男性は仕事でも消費者としても不遇で、幸福感が減っている。メンズデーの広がりは、企業や店舗が男性の不備を解消しようという模索の表れでしょう」と語る。

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2011年8月30日 (火)

飲酒運転控訴審と夏の終わりの水難事故

 毎日新聞(8/26、30)から、
 ◎飲酒運転死傷
 熊谷市で08年に起きた9人死傷事故で、事故車に同乗し飲酒運転を黙認したとして危険運転致死傷幇助の罪に問われた同乗者2人の控訴審第1回公判が25日、東京高裁(村瀬裁判長)であった。懲役2年の1審・さいたま地裁裁判(今年2月)に対し、弁護側は、検察官調書を証拠採用したさいたま地裁の訴訟手続きについて「不公平だった」などとして1審判決の破棄を求めた。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。判決は11月17日。

 1審判決は、ともに同市の飲食店手伝い、大島巧(48)とアルバイト、関口淳一(46)の両被告が、当時同じ会社の後輩で一緒に飲酒していた玉川清受刑者=(35)危険運転致死傷罪で懲役16年確定=の車に同乗し、運転を了解、黙認したと認定した。

 弁護側によると、1審のさいたま地裁の裁判員裁判で、田村真裁判長は「証拠が足りない」との裁判員の意見を理由に、証拠請求されていなかった関口被告の検察官調書の提示を命令、採用した。これについて弁護側は「不十分な検察官の立証を補填するもの」で、裁判所の公平性を定めた憲法などに違反すると主張している。

 事故は08年2月17日に発生。玉川受刑者はビール1杯と焼酎7杯を飲んで乗用車を運転し、時速100〜120キロで走行中にカーブを曲がりきれずに対向車2台と衝突した。行田市の夫婦(いずれも当時56歳)が死亡。玉川受刑者と両被告を含む7人が重軽傷を負った。

《スピード感もなくした酔眼で運転する玉川受刑者と同様、同乗の2人の飲んべえも、危ないという意識もなく朦朧としたままで乗り込んだのだろう。現役時代、衝突事故で1年近く入院をした部下がいたが、治療を終えて出てきて再び運転を再開した際、「事故のことは何も覚えていない。瞬間だったから恐怖感などはなにもなかった。だから運転を再開することに怖さはないし、何も不安はない。」と語ったのを覚えている。》

 公判には事故で死亡した遺族が、被害者参加制度を利用して出席していたが、公判後に会見した亡くなった被害者の妻の長男(34)は「法律の詳しいことは分からないが、事故から3年半経った今も(被告の)2人には被害者への罪の意識がないのだろう感じた」と話したが、恐らく2人は同乗した車の中では気持ちよく寝込んでいたことだろう。私が聞いた上の彼のように、事故に出くわしてから目を覚まし、何の恐怖感も味わっていないのだと思える。そのために、起ったことの理解もできず反省のしようもないのだろう。また、長男の妻(30)は「飲酒運転をさせない環境を作るためにやってきた。1審の裁判員の下した判断を尊重して、納得のいく結果を出してほしい」と11月の判決に期待を寄せた。

《2006年8月、福岡県海の中道大橋で起きた事故以来、飲酒運転は従来以上に厳しい法規制が布かれ、酒飲みたちにも知れわたっているはずだ。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」と同時に、酒を提供した人や同乗者にも罰則が科されるようになっている。懲役2年の実刑は求刑8年に対して下された刑期だが、なぜこんなに軽い刑で済ませるのか、この1審判決に対して弁護側は更に破棄を求めたが、職務がらとはいえ、8年が2年に短縮されてなおも無罪までも主張するつもりなのか。》

 ◎水難事故多発。
 毎年毎年繰り返し、学習能力のないこと夥しいが、あちらこちらの海で波にさらわれたり死亡したりの事故が発生している。特にここ数日は太平洋岸は颱風の接近に伴い海が荒れる日が続いている。このような天候下で泳ぎにいくこと自体が無謀なことだが、余りに自然を侮った態度だ。今頃のシーズンは昔は「210日」(立春から数えて210日目で9月1日か2日))といって颱風シーズンを指すくらい天候は変わりやすいシーズンとされていた。また、今では「うなぎ」が出回る頃にしか見られなくなった言葉、「土用」の頃が目安になる海の天候の変わり目でもあった。現在では一発大波と表現しているようだが、むかしは大人や親たちは、8月15日ころを境に「土用波」があるから海には行かないで、と子どもたちに教えたものだ。そのような知恵を持つ大人が周りから消え、今では大人たち自身が自然が理解できていない。大きな波が寄せれば当然引く波(離岸流)がある。その理屈も理解できずに高波と戯れる。巻き込まれて当然で、監視員が居ようがいまいが、溺れても、沖に流されてもこの時期、そんなところで遊ぶ方が愚かだ。いい加減に、せっかく頭がついているんだったら、学ぶことだ。

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2011年8月29日 (月)

自ら墓穴を掘った愚かもの

 毎日新聞(8/29)から、
 《暑さで思考回路が故障したのか、笑い話のようなお粗末な出来事が起こっている。》

 27日午後10時ごろ、石川県かほく市大崎の大崎海岸の浜辺で、金沢市湖陽1、会社員、出村裕樹さん(23)と妻で事務員の里沙さん(23)が、波打ち際から約30メートルの砂浜に掘られた穴(約2・4メートル四方、深さ約2・5メートル)に転落。2人は約2時間後、駆けつけた救急隊員に救出されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。県警津幡署によると、里沙さんと友人が落とし穴として掘ったという。死因は砂に埋まったことによる窒息死とみられるという。

 同署によると里沙さんは同日午後から、友人の男女と遊びに来ていた。友人の話では、裕樹さんが来月上旬に誕生日を迎えることを機に落とし穴で驚かそうと、里沙さんと友人が昼過ぎに掘り、シートをかけて上から砂をかぶせたという。

 一度、金沢市内の自宅に戻った里沙さんが裕樹さんと現場に戻り、落とし穴まで案内したが、浜辺が暗いため誤って2人で転落したものとみられる。シートの上にかぶせてあった砂が、転落に伴って穴に向かって落ち込む形となり、2人は砂び埋まったらしい。同署は、友人から事情を聞いている。

 2人が転落した際、友人らは近くにおり、悲鳴を聞いて現場に駆けつけたという。約45分後に119番通報し、数分後に救急車が到着。隊員らは、すでに砂を掘り始めていた友人らと一緒に救助を進めたが、救出までに到着から一時間かかったという。

《最初から落とす予定の夫と一緒に仲良く落ち込んで、妻は満足だろうが、まかり間違って彼らのようなふざけた連中には関係のない町の人が落ちていたら、どうなっていたか。このような悪ふざけは昔からよくやっていたことだが、掘ったその場で結果を確認するのが遊びだ。周りが判別も難しい暗闇になるまで掘った穴を放置するのは、山中の狩猟(それにしてもここでの大きさは、猛獣クラスの捕獲用になる)ですることだ。関係のない人を巻きこまずに済み、自分で準備した穴に、夫を連れて無理心中の結果となったのは、まさにボケツを掘ったといえる珍事だ。》

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2011年8月28日 (日)

児童ポルノ、あいまいな「単純所持」

 毎日新聞(8/27)から、

 与野党で児童ポルノ禁止改正法案が議論されている。焦点はいわゆる「単純所持」の禁止で、他人が作製した児童ポルノを個人で収集したり、保管したりすることをどのように規制するかだ。しかし、このような改正の方向は妥当なのか。

6歳女児に対する強制猥褻事件の弁護人から、被告が撮影した
  女児の下半身を裸にし開脚させた写真①と、
  精液をかけた顔の写真②が、
 児童ポルノかどうかについて、専門家の立場から意見を求められたことがある(園田教授・甲南大法科大学院=刑法・情報法)。しかし、これらの写真が「児童ポルノ」であるかについては現状では問題が生じるのである。

 現行法では、性器等が写っているか全半裸の場合は、「性欲を刺激・興奮」させるという要件が付されている。この「性欲」は、小児性欲者ではなく一般人が基準になっている。

 《参考:1951(昭和26)年、敗戦後世に溢れたカストリ雑誌の一つ「サンデー娯楽」の記事の猥褻性が争われ、続いて「チャタレー夫人の恋人」の日本語訳(伊藤整)と、出版元の小山書店の社長に対して刑法第175条*のわいせつ物頒布罪が問われ、最高裁まで持ち込まれた。わいせつと表現の自由の関係が争われ、最高裁判所は1957(昭和32)年3月13日大法廷判決は、以下の「わいせつの三要素」を示しつつ、「公共の福祉」の論を用いて上告を棄却した。

 *・・ 刑法175条・「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする(第1項)。有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする(第2項)。」と規定する。

 わいせつの三要素 (最高裁判所:昭和32年3月13日大法廷判決)
1. 徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、
2. 且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し
3. 善良な性的道義観念に反するものをいう
(なお、これは最高裁判所昭和26年5月10日第一小法廷判決の提示した要件を踏襲したものである)》
 
 さもなくば、どこの家庭にもある、わが子の裸の写真が児童ポルノになってしまうからだ。幼児の裸や性器を見て「一般人が性的に興奮するかどうか」を基準に、判断を行なわなければならないのである。裁判所は写真①については一般人は性的に興奮するとして強引に児童ポルノとしたが、写真②については否定した。どちらも児童に対する性的虐待を半永久的に記録していながら、現行法では児童ポルノであることに共に疑義が生じるのである。

 児童ポルノかどうかは、それを見たものが性的にどう感じるかという問題ではない。児童に対して性的虐待が行なわれ、それが記録されているかどうかである。

 18歳未満時の有名女優のヌード写真集が「児童ポルノ」かどうかが議論される一方で、②のような写真が放置されているのはどうにも納得がいかない。現行法の定義を前提に単純所持を禁止するならば、表現の自由と児童の性的被害からの保護の両面において問題を残した法律になりかねないと心配するのである。

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2011年8月27日 (土)

「やるべきことやった」

 毎日新聞(8/27)から、要約と《 》内は私見。
 菅直人首相は26日、退陣条件としていた再生可能エネルギー固定価格買い取り法と特例公債法が成立したことを受け、民主党両院議員総会で「本日で代表を辞任し、新代表選任後、内閣総辞職の段取りを取りたい」と退陣表明した。《退陣時期に付いてはいろいろと取り沙汰されてきたが、見事な粘り腰であった。》
 
 参照 国会70日延長議決へ 11/06

《首相に就いてから、退陣まで、特に大震災後の総理の去就について、メディアは好き放題の論陣を展開してきた。それが適正であったかどうかについて、山田奨治・国際日本文化研究センター教授(情報学)が『メディア時評』で菅総理の政治「姿勢」を取り上げることに汲々とし、肝心の「政策」チェックを怠ったのではないかと指摘した。》

 メディアはこのところ、菅直人首相への批判の方向性を見失っていた。政策を検証する大切な役目を放棄していたと言ってよい。それは菅首相の方針が、国民の少なからぬ意見を反映していたからだ。脱原発はいうまでもない。消費税率の引き上げにしても、それが避けて通れそうもないことを、国民の多くが感じ取っている。

 菅首相の政治感覚は、市民運動家という異色の経歴を通して鍛え上げられたものだ。サイレント・マジョリティー《もの言わぬ多数派》の声を拾う力は、最近のどの首相よりも優れていた。彼の政策は、国民の感覚に近いがために、それを批判することは政官財の旧態にすり寄ることになってしまう。そこで多くのメディアは、菅首相の政策そのものではなく、政治姿勢や人格に批判を集中させた。辞任表明しながらいつまでも辞めない、事前の調整もせずに思いつきで方針を乱発する、などなどだ。

 菅よりも前に首相を務めた3人の世襲議員のことを、「政権投げ出し」と多くのメディアは厳しく批判した。それならば、政権に執着し、驚異的な粘り腰を見せた菅首相のことを、評価しなくては矛盾する。

 宰相の役割は、国民のための政治の大方針を打出すことだ。思い切った方針を発表する前に、官僚や既得権益者に配慮した「事前の調整」が必須だというのならば、報道姿勢そのものが疑われる。新しい方針を次々と出すことが、首相の政治への「積極性」ではなく、「乱発」と負の評価をすることの正当性も、メディアの多くは説明していない。

 8月2日から毎日新聞で「菅流事典」が連載された。絶妙なネーミングが示す通り、菅首相の政治姿勢に焦点を当てた企画だ。記事は首相の特徴的な行動を淡々とまとめたものだが、見出しは「名誉欲・歴史にこだわる」「四面楚歌・安易な接近で墓穴」と、首相の政治姿勢への批判が強調されていた。

 メディアが嵌り込んでいた状況が、ここによく表れていた。すなわち、政策ではなく政治姿勢に注目し、それに負のレッテルを貼ることによってしか、「権力の監視役」のポーズを見せられなかったことだ。

 菅首相の政策は、妥当なものだったのだろうか、メディアが彼の政治姿勢に気を取られ、政策チエックがおろそかになっている間に、いくつかの重要な法案が通った。それはまさに、メディアが菅首相の術中にはめられたとは言えないか。

《山田のメディア時評は、メディアの世論操作の常套手段を衝いたものだ。》

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2011年8月26日 (金)

フィルタリング、保護者を調査

 毎日新聞(8/26)から、
 《これまで口を酸っぱくして言い続けてきたが、いじめにしろ、ケータイにかかわる性被害にしろ、諸悪の根源は親の子どもへの保護監督責任の放棄にあることを指摘してきた。保護者の意識変革がないかぎり、親が親としての責任に目覚めない限り、被害はますます増え、広がり続けるだろうことが推測できると。いじめや性被害が取り上げられて久しいが、調査は常に数字を追いかけるばかりで、なぜそうなのか、については全く関心がないような報道に終始してきた。今回、やっと親の関わりについて調べる気になったようだ。しかし、発表された数字を見て愕然とするしかない。18歳未満の子をもつ親の5割がフィルタリングを利用させていないのだ。何度も書いてきたが、これでは親がわが子に鈴を持たせてオオカミのいる野に放っているのと何ら変わらないことになる。被害に遭ってもそれは保護監督責任を放棄している「親の責任だ」ということになる。》

 参照 子どもの性被害、フィルタリングを全員が設定せず 11/02

 警察庁は25日、携帯電話での有害サイト閲覧を制限する「フィルタリング」について、18歳未満の子どもを持つ保護者の利用状況などを調査した。利用していると回答したのは53・5%にとどまった。

 調査は今年2〜5月、小学4年以上で学校に通う18歳未満の子どもを持つ全国の保護者6万6000人を対象に実施。家族との共用を含め、子どもが携帯を持っていると答えた保護者約3万2000人に制度について質問した。

 小中高校それぞれで見ると、高校生では地域でフィルタリングの利用率にばらつきがあり、インターネットを利用できない携帯電話の機種などを含めた割合では、最も高い石川県が76・4%で、最も低い和歌山県は30・9%。奈良県は34・4%、北海道が34・6%だった。

 また、子ども用の携帯電話を購入した人のうち、「販売業者から制度の説明を受けた」と答えた保護者は68・6%にとどまった。

 参照 ケータイで試される親の力 09/09/28
    ケータイで試される親の力 -2- 09/09/29

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2011年8月25日 (木)

都教育委員、会議欠席でも満額支給

 毎日新聞(8/24)から、要約
 東京都が昨年、教育委員に対し、教育委員会の会議に一度も出席しない月分も月額報酬を満額支給していたことが分かった。都教育庁は「条例に従っている」とするが、神奈川県や大阪市など各地で勤務日数に応じて支払う日額制の導入が進んでおり、都民からは、見直しを求める声が上がりそうだ。

《改善するのに他の自治体の例を持ち出す必要はない。他がやっているから都も倣え、では知恵がなさ過ぎるだろう。》

 都教育庁によると、教育委員会の会議は月1〜2回開かれ、昨年は計21回あった。教育行政や職員の処分などについて30分〜2時間程度話し合う。 月額報酬は、
       教育委員長が 52万8000円
     4人の教育委員は 43万2000円となっている。

 教育委員のうち、元伊藤忠商事常務で日本漢字能力検定協会理事長の高坂節三(今年3月に辞任)は昨年7月の会議(2回)を、元副知事の竹花豊は同11月の会議(同)をすべて欠席。竹花はこの他に3回欠席した。元マラソン選手で日本陸上競技連盟理事の瀬古利彦や脚本家の内館牧子も3〜2回ずつ欠席。教育委員長の東京工業大名誉教授、木村孟も2回欠席した。

《口では「子どもは国の宝」といいながら、彼らは教育委員という職責を片手間程度にしか認識していないのだ。委員の受諾に当たっては、自己都合で会議を欠席しなければならないような職務なら、選任されても受けるべきではないし、逆に言えば、そのような人間を委員として任命するべきではない。単なる名刺の肩書きの数が増えるだけの人間であってはならない。》 

 【教育委員会は、都道府県および市町村(特別区を含む)等に設置される行政委員会の一つで、合議制の執行機関です。教育委員会は、人格が高潔で幅広い見識を有する5人(条例で定めるところにより、都道府県・市の場合は6人以上、町村の場合は3人以上も可能)の非常勤の教育委員をもって組織されます。

 これらレイマン*である教育委員の合議により大所高所から基本方針を決定し、その方針の決定を受け、教育行政の専門家としての教育長が、教育委員会の指揮監督の下、事務局を統括して執行する仕組みとなっています。これをレイマンコントロールと呼びます。このように、教育委員会は、会議を通じて意思決定をします。

 ※・・レイマンとは、単なる「素人」ではなく、一般的な学識、経験が豊かであり、人格が高潔な人であるが、「教育や教育行政の」専門家ではないという意味で用いられているものです。教育委員会は、教育行政や学校運営が、教員など「教育の」専門家だけの判断に偏ることがないよう、レイマンである委員を通じて、広く社会の常識や住民のニーズを施策に適切に反映させるための制度です。

(2)教育委員

 任命 教育委員は、地方公共団体の長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育、学術および文化に関し識見を有するもののうちから、地方公共団体の長が、議会の同意を得て任命します。
 その他教育委員の任命にあたりましては、委員の欠格条項が定められているほか、委員の任命に当たっては、委員の年齢・性別・職業等に著しい偏りが生じないよう配慮するとともに、保護者である者が含まれるようにしなければならないとされています。】(西東京市 教育委員会)

 しかし、教育委員会の報酬を定める都条例には欠席時の減額規定はない。都教育庁の八田教育政策課長は「教育委員の主な仕事は会議への出席だが、事前に資料に目を通してもらうなどさまざまな形で仕事をお願いしている。トータルな意味での報酬と考えている」と説明する。

《教育委員の主な仕事が会議への出席なら尚更自己都合で欠席するような人間は選任するべきではない。各委員は、欠席しても報酬をもらったことについて、それぞれに言い訳するに忙しいようだ。》

 木村は「会議以外にも年間200〜300時間も委員長の仕事に費やしている」と話し、
 高坂は「会議以外の場での活躍を含んで支給されているととらえている」
 瀬古は「規定に従っていただいている」と貰って当然のよう
 内館は「都教委にきいてほしい」
 竹花は「回答はさし控えたい」と逃げだ。

 一方、神奈川県は昨年4月に・・・と東京・市民オンブズマンは他自治体のことを引き合いに、日額制にしたとか、報酬金額を下げたとか,大阪も同様で、ほかの行政委員会も含めると、約8000万円の削減になるなど、よその自治体を後ろ盾に使って、自説を認めさせようとする。

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2011年8月22日 (月)

看護学生への患者からの暴力

 毎日新聞(8/22)から、
 《行き場のない鬱憤からか、実習中の不慣れな看護学生に向けて当り散らす患者が続いているようだ。》

 参照:医師、看護師らへの病院内暴力、暴言 08/04  

 看護学生が実習中に患者から受けた暴力の実態を、筑波大の江守教授(看護科学)らの研究チームが調査した。学生の6割が暴力を受け、うち性的暴力が精神的暴力と並んで4割を超えていた。日本看護協会の調査では看護職員への暴力は約3割とされ、学生は2倍もあった。看護学生への暴力の実例に基づいた本格的な調査と分析は初めてという。

《協会の調べでは看護職員への『暴力は約3割とされ』とは、あって当然とも取れる問題意識のない暢気なものだ。参照に示した3年前の時点で(調査は07年)、全日本病院協会の会員の計2248病院のうち1106病院の調査でも、職員への暴力・暴言、セクハラなどが数多く発生しているが、その当時、対応マニュアルのある病院は2割弱、4割は職員からの報告体制すら確立していない実情だった。》

 関東地方の看護専門学校、短大、大学計15校の看護学生712人を対象に07年度に調査した。593人(約83・3%)が有効回答した。

《「参照」の調査と殆ど同時期の調査だが(発表は翌年)、今回の筑波大の小規模な調査が発表までにこんなにも時間を要したのは何故か。発表までの4年間に、どのように病院側に変化が生じたのかを考えると、発表の中身の信頼性は色褪せてうすい。》

 暴力を受けたと答えた学生は352人(59・4%)で、総件数は1498件。
 種類別では 精神的暴力 44・7%
       性的暴力  43・1%
       身体的暴力 12・2%
  性的暴力では「胸を触られた」
        「手を握られ、お尻を触らせてと言われた」
        「後から抱きつかれ、頬にキスされた」
        「声を掛けられ、ずっと追いかけられたり、猥褻な発言があった」などの被害があった。

 最も困った事例について具体的に記述した95人のうち20・0%は、暴力を受けた際、誰にも相談しなかった。「怒り」「嫌悪感」を覚え、「辱めを受けた」「人格を否定された」と感じたという。

 研究チームは、担当看護職員に向けられた不満やストレスのはけ口として経験が浅い学生が攻撃対象となったと分析。

《この程度のことは「分析」などと言わなくても、素人でも想像することは簡単なことだ。それだけに色褪せた報告には「ああ、そうだったの」の感情しかない。》

 三木准教授は「暴力は弱い立場の者に向く。患者との距離感の取り方など暴力防止の実技講習を行い、まず予防が大切。防犯ブザーを持たせるなど暴力を受けない環境作りも必要だ」と話している。

《患者だから、と甘やかす必要はない。「暴力防止の実技指導」で何を学ばせるのか分からないが、患者に対しては毅然とした態度こそ信頼の始まりだ。》

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2011年8月21日 (日)

HPパソコン分離検討

 毎日新聞(8/20)から、
 《IT産業界に、風雲急を告げる時代が到来したようだ。》

 米コンピューター大手ヒューレット・パッカード(HP)が世界首位のパソコン事業の分離検討を発表したことは、IT事業の主役が、パソコンからスマートフォン(多機能携帯電話)などに交代しつつあることをあらためて印象づけた。一方、日本の主要メーカーは企業の合併・買収(M&A)による事業拡大や高機能化などによってパソコン事業の生き残りを図る。だが、世界的にパソコンの落日が明確になる中、その戦略は岐路に立たされている。

 It_2「タブレット(多機能端末)の影響は本物だ」。HPのレオ・アポテカー最高経営責任者(CEO)は18日、パソコンの売り上げが減った要因として多機能端末の普及を上げた。

 筆頭は米アップルが昨年春に発売したiPad(アイパッド)だ。持ち運びがしやすいうえ、タッチパネルで簡単に使えることから「パソコンの買い控えを招いた」(米アナリスト)。iPad人気がHPにパソコンの分離検討への引導を渡したことになる。

 米IT企業では、老舗のIBMが05年にパソコン事業を中国の聯想(レノポ)グループに売却し、企業向けITサービスにいち早く特化した。パソコン通販で一時代を築いたデルも企業向けサーバー事業などを強化し、事業転換を急ぐ。HPも企業向けビジネスに集中する方針だ。

 HPがパソコン事業を切り捨てる判断に傾いたのは、世界的な競争激化でパソコンの値下がりが進み。利益が出にくくなっているためだ。

 「パソコンは世界トップの規模を持つHPでも苦戦している」、日本メーカーの担当者は危機感をあらわにした。日本のメーカーでは、国内市場トップのNECが、中国のレノポとの合弁会社を今年7月に発足させるなど、規模拡大によるコスト削減を目指している。

 ただ、これだけでは価格競争から抜け出せず、いずれじり貧に陥る公算がある。HPのパソコン事業がアジアなどのメーカーに買収され、巨大パソコンメーカーが誕生するという観測も出ており、実現した場合、日本メーカーには脅威となりそうだ。NECや東芝は動画や音楽などを高画質、高音質で楽しめるなど機能を強化したパソコンを開発し、海外勢との違いを出そうとしている。

 調査会社IDCジャパンの片山アナリストは「技術革新で使い勝手をよくしたり、独自性のある新しいパソコンを提案できるかが(生き残りの)ポイントだ」と話す。

 さらなる規模拡大か、パソコンの新しい価値の創造か、若しくは撤退か。日本勢は選択を迫られている。

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2011年8月20日 (土)

天竜下り転覆事故

 天竜下りと聞けば、市丸が歌った「天竜下れば」を思い出す。本来は山から切り出した原木を藤蔓を使って筏に組み、下流まで運び下る作業を歌った労働歌だが、市丸が歌うと川下りの涼しい風物詩となった。その天竜川を、今では木造船が多勢の観光客を乗せて、短い距離で涼を売り物に商売をしている。そんなところで今度の事故が発生した。メディアは格好の餌に飛びついて、袋だたきにしようと記事にし始めた。現在の川下りの事業を初めておよそ60年、これまで1度も発生しなかったという安全な乗物であったがための油断を責める。

 毎日新聞は社説(8/19)まで書いた。「もしもへの備えが必要」と。
 浜松市の天竜川で川下りの船が転覆し、船頭と乗客23人が川に流され、死者・行方不明者は5人にのぼった。天竜下りは、6キロの区間を小型の木造船で約50分かけて下るもので、観光コースになっている。

 事故当時は好天で強風もなく、水量も多くはなかった。ただし、転覆現場付近は流れが急な難所だった。経験の浅くはない船頭が乗りながら、なぜ転覆という最悪の結果になったのか。船を運航する天竜浜名湖鉄道側は18日の会見で「渦に舵を取られてしまったのではないか」との見方を示した。

 国土交通省運輸安全委員会は、事故調査官を派遣し、事故原因の調査を始めた。川下りは全国各地で行なわれている。しっかり原因を解明して今後に生かさねばならない。

 それにしても、乗客の安全を確保できなかったのは残念だ。船には救命胴衣が備えられていたが、法律上着用の義務づけは12歳未満の子どもだけだ。運航会社は、「12歳以上の乗客にも着用させるように努める」との規定を作っていたが、大人の乗客の相当数は身につけていなかったようだ。船頭は日頃から乗客に着用を促していたのか。また、運航会社は船頭を指導していたのか。着用実績が無ければ規定はないに等しい。

 子どもの多くも胴衣を着けていなかったという。杜撰な対応と言わざるを得ない。

《後になって落ち度を数え上げることは易しい。乗客の乗船に当たって船頭は、大人には「暑いから救命胴衣は着けなくてもいいですよ」と説明していたという。救命胴衣の着用実績がなければ規定はないに等しいというのは、たしかにその通りだが、決められた規定が守られていないものは世の中に数え上げれば切りがないほど存在する。子どもの命がかかわる道路交通規則をみても、信号無視、スピード違反、チャイルドシート未着用(これなど50%に満たない実績だ)に、規定はないに等しいと言い捨てるだけでいいのか。攻撃するだけの記事こそ杜撰というべきではないか。》

 舵取りなど操船の指導や救助態勢が十分だったのかも含め、問われるのは運航会社側の日頃の管理体制だ。静岡県警は業務上過失致死容疑で運航会社の捜索に乗り出した。しっかり捜査してもらいたい。

《一方で、全国で、チャイルドシート未着用率5割以上に対して、交通法規を守らせなければならない警察側の、杜撰すぎる指導・取締りをメディアは口を封じて見過ごしているのだ。》

 国交省は18日になって、すべての乗船客への救命胴衣着用を義務づけることを決め、全国の川下り事業者に対して指導すると発表したが、遅きに失した感は否めない。

《起きてみなければ対応できないことがあってもおかしくはない。60年間何事もなければ努力目標レベルの注意や心がけで十分だったのだろう。しかし、そこにメディアが指摘する油断があったことは否定できないが。》

 座布団状の救命クッションなどで代用している例も少なくないようだが、いざ転覆した場合、手にする余裕はないだろう。泳ぐことができない乳幼児が川下りの船に乗っていた点も課題を残した。一義的には親の判断だが、運航会社も乗船年齢について一定のルールを検討してもらいたい。

 増水すれば砂が削り取られるなど川の地形は日々変化するともいわれる。自然が相手だ。同じ状況で毎日運行できるわけではないだろう。いざという時にどう人命を救うかが最も肝心な点だ。全国の川下り運航会社には、事故の教訓を受け止めてもらいたい。また、利用する側も危険と背中合わせのレジャーだと改めて認識したい。

《亡くなった人たちには惨いことだが、この事故を他山の石として、人命を守るための対策、具体的な法整備を講じてほしい。》

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2011年8月18日 (木)

魚を食べれば糖尿病予防(但し男性のみ)

 毎日新聞(8/18)から、

 Th_ 魚を多く食べる男性ほど、糖尿病になる危険性が低くなるとの調査結果を、国立癌研究センターなどのチームが17日、発表した。

《肉食人種のように肉を多く食べている男性諸君、ここら当りで日本人本来の魚介類と野菜の食習慣を取り戻したらどうだろうか。》

 調査は95年と98年に実施。対象は45〜74歳の男女計5万2680人で、魚介類を食べる頻度や量、種類を尋ね、摂取量が少ない人から順番に並べ4群に分類。各群の真ん中に位置する人の1日当りの摂取量は、男性の場合
 ① 36・6グラム
 ② 65グラム
 ③ 100・8グラム
 ④ 171・7グラム となった。

 追跡調査の結果、それぞれ5年後に糖尿病を発症していた人は男性572人、女性399人。各群の発症者の割合(発症率)は、男性で
 ① 2・9%
 ② 2・5%
 ③ 2・4%
 ④ 2・2% となり、
摂取量が多い群ほど発症率が低い傾向があった。発症リスクを計算したところ、摂取量が最多の④は最少の①より約3割低かった。一方、女性は摂取量と発症リスクに相関関係がみられなかった。

 魚の種類によっても違いが見られ、小・中型の魚(アジ、イワシ、サンマ、サバ、ウナギなど)と、脂の多い魚(アジ、イワシ、サンマ、タイ、類など)を多く食べる男性ほど発症リスクが低下することも分かった。マグロ、カツオ、タラなどに代表される、大型で脂が少ない魚では、摂取量と発症リスクの関連は確認されなかった。

 チームの南里明子・国立国際医療研究センター栄養疫学研究室長によると、魚の脂などに多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、ビタミンDなどが、糖尿病を防ぐインスリンの量や効きやすさに良い効果を与えた可能性がある、という。女性で差がみられなかった理由として、糖尿病発症を抑える栄養素が男女で異なることや、女性は男性に比べ体脂肪が多いため、魚に蓄積された水銀などの環境汚染物質を体内に取り込みやすく、魚の栄養効果を打ち消した可能性もあるとしている。

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2011年8月17日 (水)

AEDはどのくらい広まっているのか

 毎日新聞(8/16)『なるほドリ』から、
 頭から横文字嫌いの私にはAEDが何であるのかも解らない。そこで記事を読みながら勉強してみる。

 先日何だかサッカーの元日本代表の選手が心筋梗塞で亡くなったとか、AEDがあれば助かったかも・・・と言っていたが、どれくらい広まっているのだろうか(というよりも、どんな機械で、どれくらい知られているのだろうかと訊いた方がいい)。

 AEDは、正式名称を自動体外式除細動器といって、強い電流を流して心臓にショックを与え心臓の状態を正常に戻す器具だ。もとは医師しか使用できないものだったが、04年7月から誰でも使えるようになった。厚生労働省によると、当時は全国で7151台だったが、09年には27万2020台になっているという。今は30万台を越えているという。

 Q どんなところに多く置かれているのか

Aeda_5 A 駅や空港、スポーツ施設などでよく見ます。JR東日本は06年度中に新幹線全48駅(当時)に、東京メトロは08年に全170駅(同)に置いている。Jリーグは04年から試合会場と練習場に設置を義務づけ、大相撲も全部屋に置いている。ルートインホテルズ(242店舗)やコナミスポーツクラブ(205施設)など傘下のすべての施設に置いている企業もある。


《随分前から設置されているようだが、注意して探したこともなく、未だに目にしたことが一度もない》

 Q 実際にはどれくらい使われているのだろうか

 Aed A 消防庁のまとめでは09年、心臓が原因で心肺機能が停止した瞬間を一般の人が目撃した症例が2万1112件あった。このうち、一般市民がAEDを使ったケースが583件で。一カ月後の生存率は44・3%だった。AEDが使われなかったり、使ったものの機械が「必要なし」と判断して作動しなかったのは2万529件で、生存率は10・5%だった。

 Q やっぱり役に立つんだな

 A AEDに詳しい京都大学健康科学センターの石見拓は「日本におけるAEDの普及は、販売台数で1位の米国とほぼ並んでいる」と話している。しかし心臓突然死では年間6万人が亡くなっていて、普及はまだ不十分だ。

 AEDは音声で指示してくれるので、初めての人でも使えるが、混乱した状況下で行動するのは難しい。「学校教育や講習会などトレーニングとセットで普及させていくことが大切」(石見)と言えそうだ。

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2011年8月16日 (火)

セサミストリートの人気キャラに同性婚させて、と署名活況

 【訃報】二葉あき子(96歳)死去
 15歳になった敗戦後間もない昭和22年、兄が買ってきたSPレコードを聴いたのが始まりだった。「夜のプラットホーム」。勿論オリジナル・キーで歌う綺麗なソプラノだ。何時帰るか分からない人を見送る悲しい場面は、出征兵士を見送る姿と重なって、発表当時の昭和14年には発禁になった歌(因みにこの時の歌手は淡谷のり子)だった。現東京芸大を出ていた歌唱力は、そんなことなど知らないながら聴く幼い私の胸を痛いほど締めつけた。現在のように俄か仕立ての素人集団のものではない本物の歌手だった。5分と保たない蓄音機のゼンマイを、一面(一曲)終わる度に巻き上げ、一枚終わるごとに針を交換し、それでもどんどん激しさを増すスクラッチ・ノイズにもめげず、毎日毎日、何度も何度も聴いていた。その後の「フランチェスカの鐘」「水色のワルツ」も同様だった。後年、キーをおとして歌ったが、歌唱力だけは衰えなかった。(合掌)

 毎日新聞(8/12)から、
 【ロサンゼルス共同】米国の幼児向け教育番組「セサミストリート」の人気キャラ2人について、インターネット上で、男性同士という結婚させてほしいという署名運動が盛り上がり、番組を製作する団体が否定コメントを出す騒ぎとなっている、という。

 2人は、いたずら好きで丸顔のアーニーと、まじめでやさしい面長のバートだ。

 署名の呼びかけが行なわれているのは、同性愛者や移民の権利擁護などで署名を集め、支援するサイト「チェンジ・ドット・オルグ」。米イリノイ州の人物が、結婚すれば同性愛者に対する偏見をなくすのに役立つと訴えている。12日までに8000人以上が署名した。

《同性愛者に偏見を持つ者がいても当然で何も不都合はない。人間は一人一人考えることのできる能力を持っている。その考えがそれぞれ他人と違う考えであることの方が健全だ。皆が皆同じ考えなんておかしいのだが、「みんなが言うから」「みんながしてるから」「みんなが、みんなが」と右に左について回る付和雷同の日本人なら、署名はもっと多く集まるのだろうか。》

 一方、番組を製作する非営利団体「セサミ・ワークショップ」は11日、交流サイトの同団体のページに「違う者同士でも仲良くなれることを教えるキャラクター。性的志向はありません」との声明を掲載した。

《時は、米軍隊では、同性愛者であることを名乗っても入隊することが可能となる法律が成立したこととも重なる。同性愛者が男女共通のことなのかどうかまでは記されていないが。これまで入隊後除隊処分になった同性愛者は1万3000人以上に上るといわれる。》
 

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2011年8月15日 (月)

戦時中「国を守れ」と教えた教師

 毎日新聞(8/14)敗戦の日を今日に控えた14日の記事から、
 焼け跡で悔いたあの日が忘れられない。元小学校教員の早乙女菊王(87)=千葉県我孫子市=は戦時中、東京の国民学校高等科(現在の中学1,2年)の生徒に「国を守れ」と教えた。学校は空襲で焼け、戦後の街に教え子の多くが戻らなかった。「過ちは繰り返してはならない」。間もなく、迎える66回目の終戦の日。教え子を捜し歩いたあの夏の日を思う。(記事:長野宏美)

《今でこそ侵略戦争と意味づけられているが、「国を守れ」と教えた当時の教師たち、「聖戦」を謳い、国が国是として掲げて開いた闘いだ。「国など守らなくてもいい」と教える非国民教師がいる筈もない。また、「過ちは繰り返してならない」の反省は、戦争に突き進んだ国家の過ちと、その国の方針に反対しなかった教師個人の過ちと二つの意味とがあるが、早乙女は、戦時下の小学校の教師が、検挙、拷問、死すら覚悟して、反戦を教えるべきであった、或いはそうすることが正しかったと主張できるのだろうか。戦争を知らない世代が、現在の価値観・価値基準で当時のことをいろいろと指摘するが、その通りにできるものなら、世界中の国の争いは疾うに地球上からなくなっていることだろう。》

 早乙女が師範学校に進んだのは日本軍が真珠湾を攻撃した1941年。日本が戦争に突き進む中、教師の言葉に服従し、柔道や剣道で身体を鍛えた。戦争を疑ったことは一度もなかった。

 第一大島国民学校(現東京都江東区)に赴任した後は、教え子たちが将来、志願兵に応じてくれればいいと思った。間もなく自らが海軍に召集された。「おれに続け」。44年4月、全校生徒の前で演説し、横須賀海兵団に向かうのが誇らしかった。

《レマルク原作の「西部戦線異常なし」の映画、冒頭のドイツ国内の教室で学生たちに前線へ行くよう、熱弁を振るう教師がいるが、当時の日本の教室もその通りだったろう。》

 海軍では掃除や整列が遅いとバットで尻を殴られた。B29を撃ち落とす任務に就いたが、既に船はなく大砲を構えるのは山の上だった。ある晩、突然樽酒が振る舞われ、迎撃に成功したと知った。喜び、浴びるように飲んだが、祝杯はその一回だけだった。戦闘機の銃撃を受け、防空壕に飛び込んだこともあった。

 終戦の日。近くの農家の人も集まってラジオを聞いた。とにかく終わったことにほっとした。

 東京・向島の自宅に戻り、「聖戦」を信じて子どもたちと向き合った国民学校の様子を見に行くと空襲にあった校舎は消えていた。記憶を頼りに焼け野原を歩き、教え子を探し求めた。リヤカーを曳く見覚えのある顔に出会った時も、「どうしてる?」と声を掛けるだけで、何もしてやれなかった。空襲にあったのか、それとも戦地で命を落としたのか。ほとんどの教え子の消息は掴めなかった。「間違ったことを教えてきた」。焼け野原で悔やむしかなかった。

《平時の反省も、一旦緩急の際は反戦運動も虚しく、誰もがその波に呑み込まれ、過ちとされる道を行くことになるだろう。左の頬を殴られれば右の頬を差し出せ、と教える宗教も、歯には歯を、目には目を、とも教え、第一、二次大戦には参加し、究極的な殺戮兵器の原子爆弾さえ投下するに躊躇しないのだ。これが戦争だ。その国の国民として、「国を守れ」と教えるのは、過ちと知ってもしなければならない教師の義務とされるのだ。軽々しく教師を聖職者とは呼べないのだ。》

 戦後、小学校の教員となり、同僚と結婚して2児をもうけた。一時は組合活動をしたことを理由に職を追われたが、3年後に教壇に戻った。声高に「戦争と平和」を唱えても理解してもらうのは難しい。喜びや悲しみを共にすることを心掛け、作文指導に力を注いだ。「自分の考えをしっかり持てる大人になってほしい」。国の言いなりになり、戦争に突き進んだあの時代の反省だった。

 84年に退職した後も教え子たちとの交流は続いている、という。(後略)

 参照 1945(昭和20)年 8月 05/08

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2011年8月14日 (日)

「イクジイ」「ソフリエ」って?

 毎日新聞(8/14)から、《 》内は私見。
 共稼ぎ世帯の増加と保育施設の不足を背景に、「孫育て」するシニア世代が増えている。中でも注目はおじいちゃんの孫育て。育児に主体的に取り組む父親=イクメンが一気に浸透したように「イクジイ(爺)」「ソフ(祖父)リエ」は広がるか。

《世を挙げて軽佻浮薄なカタカナ文字で、流行を創り上げるメディアの策略を利用して、今度は『立ってるものは親でも使え」と、日本の復興に向けて働き続け、やっと己の趣味や長年持ち続けてきた夢の実現に向けて利用できる時間が生まれた爺さんたちを、甘言でうまくおだて上げ、肉体的には衰えの目立ち始める年齢には動き回る孫の世話は重労働に相応しいのだが、それをやらせようとの目論みが進められているようだ。》

 東京都内のホールで6月末、「イクジイ養成講座」が開かれた。参加したのは、幼い孫を持つ男性たち。千葉県習志野市の佐藤敏明さん(70)は、5歳と1歳の孫の世話を娘に頼まれることが増えたのを機に、孫育てを学ぼうと思ったという。若いころは仕事一筋で、娘のおむつ一つ替えたことがなかった。「この前、うんちのおむつを替えて娘に感心された」と笑う顔がちょっと誇らしげだ。

《私はこの男性の1世代近く上の世代だ。彼が取り替えたというおむつは使い捨てで済む紙おむつか、または洗わなければならない布おむつなんだろうか。私が彼らよりも一層厳しい環境下にあった現場で勤めていた時でも、当たり前のこととして夜勤明けの時でも布おむつの替えもやったし,沐浴もやっていた。手伝うという感覚ではなくごく自然に肌に触れ子の温もりを感じたかっただけだった。ただ、上の男性のように孫の面倒はみていないが。》

 この日の講座では、NPO法人「孫育て・ニッポン」の棒田理事長が「今トラブルが多いのは、嫁姑より娘と実母」と仲立ち役の祖父の大切さなどを伝えた。

《確かに実母をいじめる娘や息子のことは事件となってメディアを賑わす格好の種にもなっていることがある。祖父が孫の面倒をみることで、養育にかかわるその意見の食い違いが、却って親との仲を縺れさせる原因となることもあるだろう。参照:高齢者虐待の86%が同居家族 08/10 その後も増加傾向にある。》

 祖父母が読み聞かせるのにお薦めの本も紹介され、佐藤さんは「昔は絵本なんて読んで育てなかった」と世代の差を実感していた。

《「昔は絵本なんて」は世間知らずというものだ。彼が言う「昔」の我が家では、EPレコードやソノシート(セルロイド状の柔らかい録音媒体でEPレコードと同型。)などが付いたイソップ,アンデルセンや日本昔噺など東西の童話などを、読んで聞かせるのが子どもの大のお気に入りだった。本を読んで聞かせるのは時代の違いなどではない。親が子どもをどのように育てるかの基本的な育児方針、情操教育の問題だ。》

 主催したNPO法人、ファザーリング・ジャパンの安藤哲也代表は「この世代の男性は天敵だと思っていた」と明かす。長時間残業に休日出勤が当たり前だった世代に共通するのは「家のことは妻まかせ」で育児経験が乏しいことだ。育児休業を取りたいという男性にも、渋い顔をする人も多かった。ところがNPO活動の中で、孫や学校、地域とかかわる男性たちにも思いのほか巡り会い、考えが変わったという。こうした男性たちの存在を世間に広め、祖父の育児参加を促そうと始めたのが「イクジイプロジェクト」だ。「会社の定年は、社会的リタイアじゃない、と強く言いたい」として、体力勝負で外遊びをするのではなく、知恵や経験を生かした伝承遊びや絵本の読み聞かせを勧めるという。

 NPO法人「エガリテ大手前」の古久保代表も「引退したら遊んで暮らすというのが今の老後のイメージ。でも、そば打ちや旅行はもっと年を取ってからできるでしょう」と促す。育児する祖父をソムリエならぬ「ソフリエ」と名付け、数年前から「ソフリエ講座」や「ソフリエ検定」を実施。定年後の緩やかな働き方として孫育てを勧める。

 男女共同参画に取り組むエガリテ大手前の特徴は、おむつの替え方や」ミルク・離乳食の作り方など、乳児のケアを集中的に教えることだ。背景には、祖父母の協力で母親の出産退社を防ぎたいという思いがある。

《ここまで書いてきて、何か胡散臭いものを感じていたが、やはりだ、乳飲み子まで人任せにして働くことが女性の働く姿だということに尽きるようだ。私は反対意見の持ち主であることは繰り返しブログで書いてきた。乳飲み子は、乳離れが済むまでは(カラシを塗ってまで無理に乳房を取り上げることではない)母親が付き添って育てることが正しいと考えている。人間の母親も動物である以上、幾つかの例外を除いては地球上の動物はみな、雌が子を育てるのが普通のことだ。よって出産に伴って女性が2〜3年間の育児休暇を取れる制度を作るように国に働きかけることの方が正しいことだと考える。男性の育児休暇は母親の手が離れてから1年でも2年でも取れるような制度を作ることだ。また、企業には子連れ出勤が可能になるよう、企業内保育所を作ることを義務づけ、母とのスキンシップが途切れないように心配りができる体制を作るべきだ。母親の温もりを十分に与えられていない子たちが、成長しては情緒不安定な子になり、学級崩壊やいじめなどを惹き起こす現在の世相を作り上げる原因となっているのだ。イクジイやソフリエがいくら頑張っても母親の役割の代わりはできるものではない。》

《後書いてあるのは爺さんに孫育てを任せ、母親が安心して仕事を続けられることを期待したい、ということだ。そして、爺さんを持ち上げる。「一般的に爺さんは包容力があり、遊ぶのも上手。反面、おもちゃ、ジュース、お菓子などを買い与え過ぎて父母に嫌がられる人も多い。また「爺さんは夢を持つことが多い。孫とやってみたいことについても、具体案をぜひ家族に伝えてほし。そうすれば家族が応援してくれるようになり、絆も深まる、と。やはり、諺の持つ本来第1義の、緊急時に必要な立ってる者は親でも使えではなく、ご都合主義の『立ってる者は親でも使え』ということだ。》
 

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2011年8月13日 (土)

五山の送り火使用、陸前高田の松再び中止

 毎日新聞(8/13)から、
 これが政府の対応なら、一体何をやっているのか、朝令暮改だ、となるところだ。京都は長い間天皇在所があり、公家政治が続いた土地柄だ。きらびやかな着物を纏い、浪速の食い道楽に京の着道楽と比べられ、着ている物で身分の貴賤を推量することの長く続いたところだ。今でも京都の旧い人は東京へ行くことを上京とは言わず、東下りと東京を下にみる。五山の送り火は死者の霊をあの世へ送り届けるとされる宗教行事だが、今回の二転三転したドタバタ劇は、見栄の上っ面に隠された陰険な心根の旧い京都人の本心だろうか。一方で、陸前高田の被災地で、亡くなった20歳になる息子への思いを薪に刻んだ草野一剛さん(51)は「残念だが、割り切らなきゃいけない。被災地のためにと考えてくれた人がいる。それだけで十分ありがたい。これからも見守ってほしい」と静かに語る。

 【閑話休題】
 当初、大文字保存会が単独で送り火を燃やす計画だったが、放射能汚染を懸念する声が京都市などに寄せられ、断念。すると、「風評被害を助長する」などの批判が市に殺到し、門川市長が別の薪約500本を取り寄せて燃やすことを五山すべての保存会に要請し、いずれも了承していた。

 京都市によると、松から切り出した薪(長さ約30センチ)の表皮から放射性セシウムが1キロ当り130ベクレル検出された。表皮を除いた幹の部分からは検出されなかった。野焼きの際の放射性物質に関する基準値はなく、市が専門家に問い合わせたところ、「国の基準がない以上、安全と言う見解は出せない」との回答だったという。

 今回の薪500本は11日に陸前高田からトラックで運ばれ、京都市の検査会社「島津テクノリサーチ」に移送。12日午後、市に結果が報告された。500本すべてから表皮のかけら計1キロ分を集め、検査したという。

 門川市長は会見で、「陸前高田市を始め東日本大震災で被災したみなさんに心からお詫びもうし上げます」と陳謝。「放射性物質が検出されないとの前提が崩れたから中止する。被災地の薪が安全か否かを判断したのではない」と説明した。幹の部分だけを燃やすことは「議論していない」とした。

 薪は現在、京都市内の民間の倉庫に保管されているが、処分方法は決まっていない。市長は「送り返さず、京都で対処したい」と話した。

 ♢陸前高田市長
 岩手県陸前高田市の戸羽市長は12日、「関係者の善意が結果的にこういうことになり、市民にも心配をかけている」と遺憾の意を示した。京都市に対しては、「風評被害を広げ、他の被災地にも京都市民にも迷惑がかかっている。もっと慎重にやっていただきたかった」と苦言を呈した。門川京都市長から陸前高田市を訪ねる意向が示されたが、同市は「お気持ちだけで結構です」と答えたという。

 ♢専門家
 測定結果の数値について、専門家は「問題となるようなレベルではない」と話す。国際放射線防護委員会の主委員会委員、丹羽・京都大名誉教授(放射線生物学)は「仮に表皮を1キロ食べ、すべて身体に吸収されたとしても取るにたらない線量」と指摘した上で、「意味のないクリーンさを求めた今回の判断は被災地の方々の気持ちを踏みにじるものだ」と指摘する。

 また、安斎・立命館大名誉教授(放射線防護学)は「五山の送り火は伝統的神事と言う性格を持つ。放射線が穢れのようにとらえられたのではないか。今回の件は科学の問題ではなく、文化の問題となっている。解決も文化的に行なうべきで、犠牲者への追悼のセレモニーをやった方がいい」と提案する。

《当初は送り火の放射能を含む灰が琵琶湖に降り注ぎ、その汚染水を生活水として使用することを心配する40本ばかりの問い合わせから始まったものだ。これにあたふたした市当局の対応がまずく、騒動として広がっただけで、「文化」として問答することではない。懸念されるセシウムの数値を明確に捕らえ、専門家の意見と合わせて対応しておれば、何ら問題とはなり得なかったことだ。それにしても、メディアも発生から5カ月も経過して発表され続けてきた放射性物質の数値と人間の身体への影響の関係を、風評を抑えるためにも記事にする前に、しっかりと把握し消化して分かりやすく、せめて現在バラバラな単位(シーベルト、ベクレル、マイクロ、ミリ、/年、/月、/時間など)の数値で発表される含有線量の単位を、風評に流されやすい一般市民にも理解できるように極力統一して表記するように心掛けることだ。》

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2011年8月10日 (水)

高齢者医療

 毎日新聞(8/10)から、
 《そろそろ80歳が目の前にきた。これまで医者にかかった数を指折れば、自覚できる年齢以降、記憶しているところでは(幼少時に麻疹は経験したが自覚なし。1病名1件として)片手の指でこと足りる。遮二無二働いた若いころから納め続けた健康保健料はどれだけの額になるだろうか。これらの殆どは老若男女の身体の弱い人たちの治療費の助けになっていることだから、考えてみれば多くの人助けをしてきたことにはなっている。高齢者医療費が問題になるたびに、なぜ、そうまで老人に金がかかるのか、長寿に比例するかのように嵩む医療費が腹立たしくもある。生まれてこのかた、大怪我せず病気に罹らず、自分自身が使わない掛け捨てのような保険料が恨めしくなる反面、虚弱児ながら将来に亙っては長持ちする身体に産んでくれた亡き両親に感謝している。いずれは己も年老いることを考えないで、年寄りを疎ましく思う若者にも、団塊の世代が積み重ねてきた保険料で治療を受けた若者も多くいようし、保険料を納めるだけで己は治療を受ける必要もなく、或いは機会もなく亡くなって行った先輩たちのいることも忘れてはならない。》

 75歳以上の高齢者を対象に、08年4月に始まった後期高齢者医療制度は、「後期」という名称や、年金からの保険料天引きなどが年寄りのも猛反発を買い、「うば捨て山」などと批判された。制度廃止を訴えていた民主党は政権交替後すぐに新制度作りに着手し、厚生労働省は昨年末に改革案をまとめた。しかし、野党側の賛成が見込めず、実現の見通しは立っていない。

《未納問題が顕著化している現在、なけなしの年金から奪うように天引きで取り上げるものには、私の場合、介護保険料、後期高齢者医療保険料、所得税、個人住民税など年間合計およそ43万円ほどにもなる。生活が苦しいからと、未納、滞納を同情してもらえる人たちが羨ましくなる。》

 後期医療を導入した背景には、高齢化や医療の高度化による高齢者医療費の膨張がある。厚労省によると、高齢者の医療費は97年には10兆円を突破し、08年度は11兆4000億円だった。「高齢者医療」の対象年齢は03年9月までは70歳だったが、同10月から1歳ずつ引き上げられ、07年10月から75歳と対象が狭められている。それでも厚労省の推計では、団塊の世代がすべて75歳以上となる25年度には高齢者医療費が24兆円」を超え、国民全体の医療費に占める割合が46・1%(08年度は32・8%)に達する見通しだ。

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 後期医療導入前は、高齢者は現役世代と同じ市町村の国民健康保険(国保)や企業の健康保険組合(健保組合)といった医療保険に加入し、高齢者医療費は各医療保険の拠出金と税金で賄っていた。しかし、これでは高齢者の少ない健保組合に取っては「持ち出し」が多くなり、「現役世代の負担がどこまで増えるのか分からない」との不満が強まった。

 そこで75歳以上を後期医療という別制度とした。高齢者の保険料(1割)と税金(5割)、現役世代からの支援金(4割)で賄う仕組みとし、高齢者と現役世代の負担割合を明確にした。保険料を都道府県別にして地域の医療費が増えれば当該地域の保険料もアップする仕組みを取り入れ、年寄りや自治体に医療費抑制の意識を持ってもらうようにした。

 ところが、制度が始まると、子の扶養を受けて保険料を払っていなかった高齢者も負担を求められ、年金からの天引きで一層の「負担増」を実感することになる。しかも、「後期高齢者」という名称が「人生の最後」をイメージさせたり、家族と保険証が別にされるなど差別的と感じられる取り扱いが不満を増幅させた。

 そして政権交替後の09年11月から1年にわたる議論の末、厚労省は昨年末に新制度案を発表した。後期医療は廃止し、無職や自営業の人は国保に、働き続けている人や扶養を受けている人は健保組合などに戻るなどの内容だ。

 ただし、国保に戻る75歳以上の人の保険財政は、現役世代とは別に都道府県単位で運営する。というのも、75歳未満の1人当たり医療費が18・6万円(08年度)なのに対し、75歳以上は86・5万円(同)。小さな市町村で高齢者が一気に加入すると、財政が立ち行かなくなるためだ。高齢者本人、現役世代、税金の費用負担割合は今と変わらない。

 年寄りへの配慮も盛り込まれた。高齢者の保険料が現役よりも伸び率が大きくなる今の仕組みは改められる。扶養を受ける高齢者の保険料はなくする。ただ、こうした配慮は結局、現役に負担を廻すことになる。また、子の扶養を受ける高齢者は比較的恵まれた人も多く、高齢世代内の公平性を損なうとの指摘もある。

《高齢世代内の公平性で言えば、70歳を過ぎて10年間に限っても、1円の医療費もかかっていない私のような高齢者は、利息も返って来ないこの制度、どう考えればいいのか。》

 政府は新制度の13年度施行に向け、秋の臨時国会までの法案成立を目指している。しかし、財政責任を負うようになる都道府県側は納得していない。「年齢による線引き」は新制度案でも変わらないため、自民、公明両党も「制度変更の必要性は認められない」と反対している。政権交替の大きな原動力となっただけに、感情的な反発も《国政が下らない感情で左右されては国民はたまったものではない》根深いようだ。

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2011年8月 8日 (月)

壮年パラサイト

 毎日新聞(8/5)“くらしの明日”私の社会保障論(山田昌弘・中央大教授) から、
 <要約>
 60年前、男性の平均寿命は60歳を切っていた。子が成人するころには親がいつ亡くなってもおかしくない時代だった。親をいつまでも頼れないと実感できたから、結婚が早かったともいえる。年金受給前に約半分の男性が亡くなるから年金財政も心配なかった。

 時が移って2011年、男性の平均寿命は80歳まで延びた。昔のように、56歳の親がもうすぐ死ぬから早く結婚しろ、と言っても説得力はない。

 日本では1人暮しの独身者は少ない。男女とも20〜34歳の未婚者の80%は親と同居している。90年代は私(山田)がパラサイト・シングルと呼んだように、親に依存しながらリッチな生活を楽しむ余裕があった。しかし、21世紀に入り、若年失業者や非正規雇用者が増え、独立や結婚するお金がなくて仕方なく親と同居し続ける未婚者が増えている。今、親と同居する未婚者(20〜34歳)は約1100万人で、同年代の半分弱。日本で少子化が進むのも当然だ。

【パラサイト・シングル】
 学校を卒業した後も親元で豊かに暮らす未婚の人をさす言葉で、90年代後半に流行した。自立に必要な生活費や家事にかける時間を趣味や高級品の消費にまわし優雅な独身生活を楽しむもので、親に寄生(パラサイト)しているようにみえることから、山田氏が名付けた。

 そして、今増大しているのが、壮年の親同居未婚者である。35〜44歳の親同居未婚者は09年には280万人まで激増した(統計研修所の西文彦氏の分析。80年は39万人)。同居する子どもの経済状態は悪く、失業者、非正規雇用者とも約一割。もう親はほぼ70歳、つまり年金生活をしている場合がほとんどだ。分析では、80年代は正社員の子が親を養う形が多かったが、00年代に入ると、実質的に親の年金で低収入の子がなんとか生活できるケースが増えている。

 つまり、ここ20年、年金制度の充実で高齢の親世代の経済力は強化される一方、経済状況の変動で、子世代の経済力が低下した。つまり、現役の子が親を養うのではなく、逆に、年金をもらっている親が同居の子を養う時代になってしまったのだ。

 親が亡くなったらどうなるか。未婚の子どもが正社員なりで経済力があれば問題ない。しかし、収入が少ないから結婚せず、親と同居し続ける場合が多いことを考えると、親の年金なしでは生活できないケースが増える。10年くらい前から、親の死を隠し年金を詐取して逮捕されるケースが報道され、昨年のミイラ化事件で話題になった。10年後からは、親が亡くなり生活ができなくなる親同居未婚者が年数万人も出てくることは間違いない。今から対策をしておく必要があるのだ。

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2011年8月 7日 (日)

居所不明の小中学生大幅増

 毎日新聞(8/5)から、
 《子どもからも,家族からも見捨てられ、人知れず死んで行く老人問題がクローズアップされた日本社会。文部科学省4日発表の学校基本調査によれば、今度は、虐待、家庭内暴力、貧困など過酷な環境にある子どもたちの居所不明児が1183人に上ることが明らかになった。》

 家庭内暴力による被害者や経済的に困窮する母子世帯を多く受け入れている近畿の母子生活支援施設では、数年前、40代後半の母親と小学1年の長男が突然、行方不明になった。母子は住む家もなく、行政の窓口を頼って入所。当時、長男は通学していなかった。施設に入って生活は安定したかに見えたが、母親は生活費の使い道などを巡って職員らと度々トラブルになった。結局4カ月後、長男を学校に迎えに行き、そのまま所在不明になった。部屋には衣服や食卓が残ったままだった。施設の職員は「親が周囲との繋がりを断つと、子どもも行方が判らなくなる。笑顔で遊んでいたあの子はどこに行ったのか」と案じた。

《この母子が何故母子世帯になったのか。離婚なのか、最初から父親はいない母と子の生活なのか。どちらにしてもこの母親に育てられることになった男児は不幸な星の下に生まれてきたとしか言いようがない。記事の書き出しが「DVによる被害者や・・」と、暴力の被害者であることを臭わせて世相を写し出す。私は常々、DVを男の側の一方的な悪とはみていないことを書いてきた。喧嘩両成敗とまではいかないまでも、そして、暴力は許されないことと分かってはいても、最後には手を出すことになる男の立場は、その男に聞いてみないとわからない、と思うからだ。》

 「そういう人は何年もここには住んでいませんよ」。埼玉県内の中学校の教頭は09年4月、訪問先のマンション管理人からこう言われ絶句した。住民登録上、4月に入学する子どもがいるはず。だから教頭は2月から家庭訪問を繰り返し、呼び鈴を押し続けた。結局、地元の教育委員会が伊痔頃不明と判断。教頭は「住民登録がある以上、いつまでも不明扱いになってしまうのが心苦しい」と話す。

 「『親が子どもの利益を代弁している』という教育の前提が既に崩れている」とみるのは児童虐待に詳しい西澤・山形県立大教授(輪唱福祉学)。「自治体は(居所不明の)数字の持つ意味を見失ってしまった。もっと子どもに何が起きているのかを、国がきちんと究明するべきだ」と指摘する。

《数字の持つ意味など深く考え、究明したたアンケートや調査などついぞ見たことない。いじめ、学級崩壊、暴力行為事件、ネットにかかわる性被害問題などなど、どれをとっても、数字を連ねるだけで何年も増えた増えたと嘆くばかりだ。》

 また社会的弱者の自立支援に詳しい藤木・龍谷大短期大学部准教授は「貧困や虐待などの過酷な成育歴、精神的な疾患などにより対人関係が築けず、各地を転々とする母子は以前から存在する。負の連鎖を断ち切るため、子どもを社会全体で育む仕組みが必要」と話す。

《冒頭の母親が、藤木のいう精神的な疾患の患者だろうと想像できる。また、「社会全体」が出てくるが,ここで先に進む話が進まなくなる。社会全体となると、曖昧模糊として責任の所在さえ不明確な話で終わることになる。》

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2011年8月 6日 (土)

いじめ件数増加

 毎日新聞(8/5)から、
 10年度に全国の国公私立小中高校などで認知されたいじめの件数は、前年度比2517件(3・5%)増の7万5295件で、現在の調査方法となった06年度以来初めて増加に転じたことが、4日発表された文部科学省の問題行動調査で分かった。特に小6女児の自殺問題が起きた群馬県では、件数が約8倍に急増。文科省は昨年9月、子どもの自殺が全国的に相次いだため、アンケートの全校実施を求めており、アンケート実施率向上が増加の主な要因と見ている。

 調査は、全国の国公私立小中高校など約3万7000校を対象に実施。東日本大震災で大きな被害を受けた3県(岩手,宮城、福島)のデータは復興を優先させたため含まれていない。

 文科省はいじめの被害者の声を反映しやすくするため、06年度からいじめ認定の定義を変更。あおれまでは「一方的」「継続的」「深刻」の3要件を満たさない場合は、いじめと判断されないケースもあった。06年度以降は、同年度の約12万5000件をピークに、減少し続けていた。

 校種別の認知件数は、
  小学校    3万5988件(前年度比1222件増)
  中学校    3万2348件(  同  237件増)
  高校       6617件(  同  975件増)
  特別支援学校    342件(  同  83件増)
   と全校種で増加。

 アンケート実施率は前年度比24・5ポイント増の90・4%に上昇した。群馬県内では昨年10月、桐生市の小学6年女児がいじめを訴え自殺。同県の実施率は78・9%から95・8%に上昇し、認知件数も前年の331件から2510件に急増した。

 いじめ発見のきっかけは「アンケートなど学校の取り組み」の26%が最高で、「本人の訴え」(23・1%)や「学級担任が発見」(19・9%)を上回った。

《「学校の取り組み」でいじめの発見があったというが、具体的にアンケートが取り組んだ内容はどのようなものだったのか。まさか、大人の世界にあるような告げ口をそそのかす項目もあったりするのだろうか。》

 一方、自殺は前年度比18人減の147人で、いじめが原因だったのは4人。10年の警察庁調査では19歳以下の自殺者は552人で差があり、文科省は新たな実態調査を進めている。

《これだけ全国でいじめが問題になっているのに、まだアンケートに協力しない(文科省のアンケート依頼が届かなかったのか)学校が1割もある。また、アンケート依頼校が増えた分、どの学校も似たり寄ったりが現状なら、認知件数が増えたのは当然のことだ。》

《全国的には増えたといういじめ、同日の毎日紙埼玉版で「いじめ」が4年連続減少の記事が載っている。》

 埼玉県教委は4日、県内の公立小・中・高・特別支援学校の児童・生徒による問題行動について、10年度の調査結果を発表した。いじめの認知件数は前年比267件減の1767件で、4年連続で減った。暴力行為も同560件減の2113件で、調査が現在の方法になった97年度以来、初めて減少に転じた。

 県は「課題の多い学校を、保護者、児童相談所、警察などで構成するサポートチームが支援するなどの対策が奏功したのではないか」とみている。

 いじめは、小学校    580件
      中学校    1072件
      高校     105件
      特別支援学校  10件
 内容は (程度のひどい)冷やかしや、脅し文句などが1233件と大半を占めた。パソコンや携帯電話を通じた誹謗中傷などの「ネットいじめ」は67件で前年比40件減だった。

 自殺は 3人(中学生2人、高校生1人)で、前年より5人減った。教委によると、原因は中学生1人が「家庭不和。厭世」で残る2人は〔不明」という。

 暴力行為の内訳は、生徒間の暴力が1236件で最も多く、器物損壊527件、対教師暴力230件、学校外の対人暴力120件、と続いた。小中学校を30日以上欠席した「不登校」は前年比500人減の6045人だった。

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2011年8月 5日 (金)

改正国民年金法成立

 毎日新聞(8/4、5)から、

 Photo 過去に未払いだった国民年金保険料をさかのぼって納付できる期間(追納期間)について、現行の2年から10年に延長することを柱とする「改正国民年金法」が4日の衆院本会議で、民主、自民、公明などの賛成多数で成立した。無年金や低年金となりそうな人を救済する狙いがある。12年10月までに施行するが、3年間の時限措置となっている。

 国民年金保険料(11年度、月1万5020円)の納付率は、10年度に59・3%と過去最悪を更新するなど低下が続く。将来無年金や低年金となる人の増加が懸念されている。

 国民年金は40年間一度も欠かさず保険料を払い続けると満額(11年度、月額6万5742円)を受給できるものの、未納期間がある人も多く、他の年金への加入歴がない人の平均受給月額は約4万8500円にとどまる。受給に必要な25年の納付期間に足りず、無年金となる人も多い。政府は無年金・低年金対策を当面の最重要課題と位置づけており、昨年の通常国会に10年間の追納を恒久的に認める法案を提出した。

 これに対し、自民党は反対に回った。長期の追納を認めると「後から支払えばいい」と考える人が増え、納付意欲を低下させる可能性があるという。現行法も同様の理由で2年分の追納しか認めていない。そこで与野党で修正協議に入り、10年への延長を3年間の時限措置とすることで折り合った。

《真面目に納付している人たちの皆が、楽々と年金保険料を納めているわけではない。将来の暮らしのためと思えば日々の生活を詰めても納めてきたのだ。失業し、再就職が決まるまでの期間、私も妻と同じ国民年金に切り替え、保険料は納めてきた。現状4割もいる未納者が、「後から払えばいい」で、本当に後から払えばいいが、その「後」の3年目が訪れたとき「今、払う金がない」として、再び救済措置の問題が持ちあがる可能性が多分にある。現在発生している年金に限らない未納問題(保育料、給食費、授業料、奨学金、住民税などなど)には、払えるのに払わない『逃げ得』未納者が現状いくらでもいる。》

 厚労省によると、追納期間を10年に延長した場合、最大40万人が無年金にならずに済み、1710万人の年金額が増えるという。1年分を追納すれば保険料約18万円の負担を要するが、年金は年に2万円程度増える。

 だが、「経済的に余裕がある人しか恩恵を受けられないのでは」との指摘もある。後払いをする際の保険料額は、国際の利率などを勘案して加算される。例えば2010年度から10年間さかのぼって納付する場合、総額は170万円以上だ。厚労省も実際の利用は推計人数の約1割、170万人程度とみる。

 政府は税と社会保障の一体改革案で、低所得の人の年金に月約1万6000円を加算することや、年金受給に必要な加入期間を今の25年から10年に短縮することなどを打出した。月内に具体化に向けた議論を始める方針だという。

 参照 国民年金未納、最悪を更新 11/07
    主婦年金救済案にも拭えぬ不公平感 11/05

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2011年8月 4日 (木)

「子連れパチンコ客 駐車拒否を」

 毎日新聞(8/4)から、
 《育児中の親が自分たちの遊びに夢中になり、海や遊園地では溺死や迷子などの事故,事件は毎年発生する。そのような中の一つ、車で乗り付けたパチンコ店で、子どもを駐車場の暑い車内に閉じ込めたまま時間の経過も忘れ、子どものことさえも失念して親が遊び呆け、熱中症の疑いで子どもを死亡させるバカ親が今年も又いる。》

 石川県輪島市のパチンコ店で7月、長女(1)を駐車場で車の中に放置し、熱中症の疑いで死亡させたとして両親が逮捕された事件を受け、警察庁が、乳児や幼児を含む児童を連れてくるまでパチンコ店を訪れた客について、駐車場への入場を断るよう求める文書を業界5団体に送っていたことが3日、分かった。

 115社が加盟する日本遊技関連協会(東京)は「児童が死亡する事態が起きたら大変なので、反対するような話ではない。対処するよう会員には伝えた」としている。警察庁などによると、要請文は7月27日付。

 パチンコ店側は見回りなど対策をとるが、子どもが車内にいるのを隠すため窓にシートを貼ったり、チャイルドシートをタオルで覆ったりする事例もあるようだ。

 「子どもが車内にいたことに気づかなかった」。石川県輪島市のパチンコ店で、1歳の女児が約4時間半放置され死亡した事件。男性店長はこう振り返る。1時間おきに駐車場の見回りをし、場内アナウンスなどで注意を促していたが、石川県警は「窓ガラスにはスモークがかかっていた。小さな子どもが乗っているかは確認できないだろう」。

 全日本遊技事業協同組合連合会(東京)によると、子どもを乗せたチャイルドシートをバスタオルで覆い隠すケースなどもあり、対応に苦慮している。

《両親揃って遊びにうつつを抜かすとは、はなから親としての育児責任の持ち合わせはなく、子どもを生む資格のない、いや、産んではならない動物以下の男と女だったのだ。このようなバカ親の間に生まれてきた女児は、哀れとしかいいようがない悲しい話だ。》

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2011年8月 3日 (水)

8月15日が近づく

 毎日新聞(8/3)『養老先生のさかさま人間学』から、
 《毎年8月になると、新聞はその季節になったとでもいうように、先の大戦の日本敗北の決定的な日となった広島(6日),長崎(9日)への原爆投下による被害国としての記事で埋まる。しかし、何故そうなったかのことについては、学校教育でも詳しくは教えないわが国の近・現代史の空白に近い時代だ。私は今でも交戦国間の敵国への攻撃手段として、昭和天皇が15日のラジオ放送で流した終戦の詔勅の中で「敵ハ新タニ残虐ナル爆弾ヲ」使用したと言った原爆が投下されたのは、当時の好戦的な日本の軍部を制禦できなかった国政ばかりでなく、開戦当初の戦捷を大々的に国民を煽るように記事にした(事実、国民はバンザイ、バンザイと浮かれ、勝利に酔いしれた)マスメディアを筆頭に、青少年への学校教育でも戦争への参画を呼びかけ、兵士たちの玉砕が続き、沖縄にまで戦火が及んでも、なお最後の一人になるまで戦えと戦争を長引かせ、叫んだ結果だ。原爆投下は、多くの国を巻き込んだ戦禍に明け暮れる世界情勢から判断しても仕方のないことであったと思っている。》

 【閑話休題】
 1945(昭和20)年8月15日、つまり終戦の日、ボクは小学校2年生でした。

 それまで大人たちは一生懸命に敵襲にそなえ、さまざまな訓練をしていました。「鬼畜米英」「本土決戦」「一億玉砕」という言葉がよく聞かれました。

 8月15日がすぎたらすべては一変しました。今度平和憲法」「マッカーサー万歳」です。子どものボクは奇妙な思いでそれを見ていました。世間はこういうふうに突然変わってしまうんだよなあ。

 その気持ちはボクのなかにしまいこまれて、表にでてきたわけではありません。でも長く生きてみると、わかってくることがあります。あのとき以来、ボクは「何を信じたらいいか」、それを自分なりにさがし続けたのです。だって世間はどう極端に変わるか、わかったものじゃないんですから。

 医学を学んでも生きた患者さんをみず、亡くなった患者さんをみるようになりました。だって死んだ人の身体がどうなっていても、それはすべて「私がみる」のです。そこでまちがえても、まちがえたのはボクです。だれのせいでもありません。

 ボクが集団行動が苦手なのもそれです。みんながそうだということが、かならずしもそうではない。それをしっかり学んでしまったからです。

 それがいいことだとは思っていません。でもときに必要なことだと思います。それにボクみたいに思った人たちがほかにもいたにちがいないのです。それは明治維新を、ボクと同様に子どもですごした人たちです。江戸300年の伝統があっという間に消えてしまうのを見てきたにちがいないからです。

 そういうことは、またあるでしょうし、いつでもあるんでしょうね。

《養老孟司は東大名誉教授の解剖学者だ。私より6歳若いが頭脳は月とスッポンの開きで私は劣る。これまでも、敗戦をきっかけに教師の背反をさかいに、軍国少年として「死」ぬことが名誉であると教えられた男の生き方から、疑うことで生きることを学んだ私の生き様を繰り返ししたためてきた。養老は小2ですでに世間を捕らえ、大人の豹変を冷静に観察していたのだ。彼と同様、私も集団行動は大の苦手だ。逆に集団が右に動けば私は左に、集団が賛成することには敢えて反論を、そして、これは明治生まれの父譲りの、長いものには決して巻かれない反骨の気性で生きてきた。損することの多い生き方だが、これも養老のいう自己責任の取り方だ。》

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