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2011年6月30日 (木)

「秩序ある狩猟」

 毎日新聞(6/30)から、
 《随分勝手な言葉を使うもんだ。動物の命を絶つために秩序を重んじよう、ということだ。人間が生きるために、また、裸で生活することを止めてから今日まで、喰らうため、身を飾るためにと、どれだけの鳥獣の命を絶ってきたか。勝手に万物の霊長の座に坐って、人間さまが生きるそのためには森林を伐採し、曠野を開拓し、海を荒らし、鳥獣たちのすみかを奪い、大量殺戮を続ける。その人間の手から逃れて生きる鳥獣が、今度は増え過ぎたからと「秩序をもって殺して行こう」と考え始めた。わたしは元々増え過ぎた鳥獣が、田畑や山林を荒らす場合の「間引き」の必要を説いてきた。》

 参照 猿の群れ,射殺します 06/03
    「命」の授業 2006/03
    増え過ぎた鹿 2007/06

 シカやイノシシなど鳥獣による農作物被害や生態系悪化が深刻化しているとして、官民でつくる「狩猟と環境を考える円卓会議」(座長・梶東京農工大教授)は29日、「一切の殺生を認めない考え方は問題で、秩序ある狩猟が必要」との提言を公表した。円卓会議は、敵対しがちな狩猟団体と環境団体が参画。捕獲の必要性で認識を共有したことは、今後の野生生物保護に一石を投じそうだ。

《何でもかでも殺すことを認めないのは、バカなことで、大量に殺して喰らうウシと山野のシカを殺すのと、どこが違うのか。皮は剥いで靴になり、カバンになり、被服になり、肉は胃袋に入る。ウシはなぜ殺しても良いのか、殺すために産ますからか、そしてなぜシカは殺してはいけないのか、その命にどのような違いがあるのだろうか。》

 農作物の鳥獣被害は全国で年間約200億円に上る。また、知床(北海道)をはじめ全国で貴重な植物が食い荒らされる一方、特定の動物が増え、生態系のバランスも崩れてきた。しかし、ハンターの減少や捕獲に対する社会的な理解不足で、害獣対策は遅れてきた。

 ハンターの全国組織「大日本猟友会」は昨年11月、日本自然保護協会など国内を代表する環境団体、学識経験者、長野県などでつくる円卓会議を発足、5回に亙り議論した。

 その結果、日本では動物愛護の思想から殺生を忌避する考えがあるが、過度な保護や捕獲態勢の遅れが農林業被害の増加、生物多様性の劣化を招いたと指摘し、日本人と野生動物との関係は転換期にあると分析。増え過ぎた動物の命を奪う意味を理解するための教育の充実、捕獲の担い手確保、捕獲した鳥獣の食料や毛皮への活用ーーーなどを求めた。

《遅かれ早かれ分かっていたことだ。ここまで問題が大きくならないと手が打てない現実は、抜き差しならない実態を、わけの分からない鳥獣保護団体に解らせるためだったのだろうか。》

 さらに、食肉などを市場に流通させることは、捕獲に必要な経費の確保や山村の活性化、食料自給率の向上につながると指摘。提言には参考図書や食材の入手先も盛り込んだ。

 梶座長は「このままでは自然も人の暮らしも守られない。早急に行動しなければならない」と話す。環境庁鳥獣保護業務室は「提言を尊重し、政策を充実させたい」としている。

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2011年6月29日 (水)

デジタル読解力

          アガパンサスと百日草P6280589_2

 毎日新聞(6/29)から、
 経済協力開発機構(OECD)は28日、09年度に世界の15歳の生徒を対象に実施した学習到達度調査(PISA)のうち、インターネットを使ってブログ(日記)を読み解いたり、ウェブページを建策するなどの「デジタル読解力」の結果を発表した。希望して参加した19カ国・地域中、日本は4位、トップは韓国だった。文部科学省は「日本は国際的に高い水準にある」と分析しているが、「コンピューターを使った授業などはほとんど実施されておらず、今後の課題も浮き彫りになった。

《後に見るように、文科省のいう「国際的に高い水準」などというような甘い認識でいい状況ではない。》

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  調査は約3万7000人を対象に実施し、日本は109校約3400人が参加した。米国や英国などは不参加だった。PISAは00年から3年ごとに読解力、数学的活用力、科学的活用力を調査しており、「デジタル読解力」は昨年12月に公表された読解力調査(65カ国・地域の約47万人が参加、日本は8位)と同時に初めて実施された。

 平均得点は韓国の568点がトップで、ともに537点(小数点以下で順位決定)だった2位のニュージーランド(NZ)、3位のオーストラリアに大差をつけた。4位の日本は519点で、OECD平均を約20点上回った。日本は得点の上位層と下位層が少なく中位層に固まる特徴があった。

《順位づけを避けた日本の教育の特徴が如実に現れたようだ。皮肉にいえば「みんなといっしょ」が徹底している。》

 同時に実施したアンケートでは、国語、数学、理科の授業でコンピューターを使っている生徒の割合は、日本が1〜2%、全科目でOECD平均の16〜26%を大きく下回り、調査とアンケート両方に参加した17カ国・地域で最低だった。

 東京都立上野高校(台東区、岡田校長)では1年生で、コンピューターを基本から学ぶ「情報」の授業がある。生徒は授業の資料を専用ホームページからダウンロードして予習・復習し、試験範囲の掲示物を携帯電話のカメラで撮影して持ち帰るなど、デジタルツールに精通する。担当する能城教諭(37)は「今回の結果は励みになる。小学校から高校までの取り組みで底上げできたことと、子どもたちが携帯電話などのツールを使いこなしていることも結果に結びついたのではないか」と話す。

 子どもたちが順応力を見せる一方、課題も浮き彫りになった。情報教育に詳しい藤川・千葉大学教授(教育方法学)は、今回の結果について「諸外国に比べて日本のデジタル情報教育の遅れが顕著なことが、国際調査で初めて明らかになった」という。

 特に、国語・素学・理科の授業でコンピューターを使う生徒の割合が、OECD平均の10分の1に満たなかった。「パソコンはあくまで『道具』。教科の枠にとらわれない取り組みが急務だ」と藤川は指摘する。

 一方、トップの韓国。有識者はその理由として、韓国政府のデジタル化の推進と、子どもたちが幼少時から高速ネットに親しんできた「デジタリネーティブ」的な要素が相互作用した、とみる。

 各国の情報教育事情に詳しい白鴎大学教育学部長の赤堀教授(教育工学)によると、韓国は教育のデジタル化に関するマスタープランで、06年以降、デジタル教科書の取り組みを加速させてきた。さらに、家庭教師や塾の費用が負担できない家庭の子どもでも厳しい受験社会で闘えるよう、平等性の観点から、ネットを使って無料で教師に質問できるシステムも導入した。赤堀は「デジタル技術による教育の自由化は世界の流れで、日本でも取り組みを加速させる必要がある」と話している。

《15歳は中3か高1、デジタルといえば日本では携帯が花盛りの世代だ。ゲームやメールでの仲間づくりから抜け出せない段階だ。5年前のブログの記事だが、多すぎる大学 06/06 大学生でもこの体たらくだ。文科省も「国際的に高い水準」などと情けないコメントを出さないでほしいものだ。》

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2011年6月27日 (月)

君が代 起立斉唱(大阪)に強まる警戒感

 毎日新聞(6/27)から、
 《新聞の見出しは『君が代「強制」強まる警戒感』となっている。君が代、国旗に対する私の考えは前にも触れたが、どちらもが戦争と密接に結びつき、身内に犠牲者がでた世代の者にとっては歌うことにも掲げることにも組しないことを表明している。それに、現在の我が身は公務員でもなく、校長の指揮命令下に組み込まれた組織人でもない。それを基盤にもの言えば、敗戦後54年を経過し、復興日本の国歌、国旗として1999年8月に制定された以上、特に教職員として公式の場における校長の命令には服すべきだろう。それを「強制」ととるか「当然」ととるかは個人の思想信条を離れた問題だ。このことは何も公立学校だけに限られた問題ではない。》

 大阪府の公立学校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が13日、施行された。条例案浮上からわずか1カ月で、府議会の過半数を占める首長政党「大阪維新の会」府議団が他会派の反対を押し切り、可決・成立させた。府教委や教育現場は警戒感を強めている。

《戦前生まれの私の世代にはどうしても受け入れ難いものだが、戦争を全く知らない戦後生まれも日本の総人口の7割を超している現在、ドイツ国民のように自らの手で戦争犯罪人を裁くこともせず、曖昧なまま54年間国歌、国旗を持たず、つくろうともしなかった戦前の世代の責任は大きいが、改めて君が代が国歌、日の丸が国旗と決められた以上、国民は国家の象徴として尊敬していくのが当然のことになるだろう。》

 「そこまでやる話じゃないよね」。6月上旬、ある府立高校職員室で、成立したばかりの君が代条例が話題に上った。起立しない教職員はおらず直接の影響はないが、「条例による強制は行き過ぎ」という点ではほぼ全員が一致した。男性教諭(49)は「それでも決まった以上は仕方ない。教諭が条例に従わなければ生徒にも影響するので、起立しないという選択はあり得なくなるのでは」と話す。

 「通常の組織なら管理者交代」「起立して歌わない教員は府民への挑戦」「組織のルールに従えないなら、教員を辞めてもらう」。5月7日午前、「大阪維新の会」の代表でもある橋下知事は、府幹部に一斉にメールを送った。4月の府立高校入学式で不起立の教員は38人。このうち職務命令を受けていた2人が戒告処分になったことを報じる同日付朝刊を読んだ直後だった。維新の会幹部には条例案の議員提案を促した。

 橋下知事は元々、府教委のやり方に不満を抱いていた。99年の国旗・国歌法施行で学習指導要領に日の丸掲揚と君が代斉唱が規定され、府教委は02年、府立学校の入学式や卒業式での日の丸掲揚、教員に対する君が代の起立斉唱を文書で指導。「望ましい形」での実施率は03年度入学式で74・3%、卒業式で81・7%だったが、08年度はいずれも100%になった。

 しかし、実態は不起立の教員がいても校長が実施と看做して報告しており、09年度入学式まで校長は職務命令を出さずに厳重注意でとどめてきたため、食命令違反による懲戒処分は今回の2人を含め2件6人だけ。思想・良心の自由にかかわる問題の上、命令を出すことで職場の人間関係がぎくしゃくするのを避けたかったためとみられるが、知事には生温いと映った。

《ここでは教諭の問題としてとらえているが、これを生徒の思想信条に置き換え、生徒の多くが憲法を楯に起立斉唱を拒否することになれば、(これは実際に起こりうることで、いじめなどという平和な時代の出来事ではなく,敗戦後の混沌の時代、葉隠れの生き様を信条とし、死を覚悟していた旧制中学の少年たちの心はこれからどう生きて行くのかを模索し、路頭に迷っていた。そんな中、教室の中では少年たちを戦場に送り出すことを説いた教師が一転して民主主義を説くその背反に怒り、しばしば教員を立ち往生させるような問答を繰り返すこともあったのだ。)起立に不本意な教師はどのように生徒たちを指導するのだろう。》

 条例提案を前に知事と府教委幹部が開いた会議で、府教委は一貫して条例化に消極的だった。あくまで信頼関係を重視する中西教育長は「教委と校長が力を合わせたマネジメントで徹底したい」と強調。府議会本会議での「条例は必要ない」と答弁した。

 6月中旬、条例制定を受けて開かれた知事と府教育委員の意見交換会では、百マス計算で知られる陰山教育委員長が「条例は100%の民意を受けているわけではない」と慎重な対応を求めた。だが、知事は「最後は組織のルールに従うかどうか。府教委が努力しても、起立は徹底していない」と必要性を強調した。

 橋下知事は9月府議会で、職務命令違反を繰り返した公務員の処分条例案も提案する意向も示し、成立すれば学校現場が混乱する可能性もある。

 大阪にはアジアにルーツを持ち、日の丸・君が代の強制に抵抗を感じるとみられる教員も少なくない。橋下知事は「教員は公務員である以上、どんな思いがあったとしても起立斉唱すべきだが、子どもや保護者は別」と説明する。だが、小学校の女性教諭(24)は「教師が起立を強制されながら、子どもには『いろいろな考えがあっていい』とは教えられない」と話しており、児童・生徒への影響が及ぶ可能性も出ている。

 一方、八王子市の元中学教諭、根津(女・60)は今春の定年退職までに6回処分を受け、そのすべてで都との裁判を争う。大阪府条例には「東京と同様、教委が萎縮してものを言えなくなるのではないか」と危惧し、「自由な意思表示を認められない教員が、どうして子どもに自由を教えられるか。心ある教員は沈黙せず、条例の問題点を発信してほしい」と話してる。

《東京にしろ。大阪にしろ、公務における君が代の起立斉唱を義務づけるが、それ以外の場でのそれぞれの教職員の「思想・良心の自由」を規制し束縛しているとは思わない。どこで何をしゃべろうが自由だ。東京・大阪ともに、公務の公式の場での決めごとをいうに過ぎない。逆に教職員の不起立は、生徒たちに命令には従わなくても許されることを教え、生徒たちが守らなければならない学校規則の存在意義を危うくするものとなる。子どもには勝手気侭な自由は教えるべきでない。自由とは責任と同義語だ。こどもには責任を教えてこそ自由の本質を理解させることができるのだ。実(げ)に自由とは不自由なものと心得よだ。》

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2011年6月26日 (日)

「スポーツ権」とは

 毎日新聞(6/25)から、《 》ないは補足と私見。
 超党派の議員立法として提出された「スポーツ基本法」が今月17日に成立した。50年前に制定されたスポーツ振興法*に代わる、国のスポーツ施策の基本方針を示す重要な法律である。

 《* 東京五輪開催を控えて1961年に制定された 》

 メディアの関心は全般に低く、法案の提出と成立時に注目したに過ぎない。朝日新聞は、法案提出時にそれまでの経緯や内容などについて解説したほか、社説でも取り上げ、基本法の意義と課題を示した(5月31日、6月17日)。産經新聞は、基本法の最大の果実は「カネ」の裏付けと切り捨て、法案に盛り込まれた法令の遵守や運営の透明性などの課題を突き付けられることになると指摘した。読売新聞は法案提出と成立を淡々と伝えただけだ。毎日新聞は、法案提出後の6月7日から5回の連載記事を掲載した点で異色である。経緯や法案の目玉である「スポーツ権**」をはじめ、法案の背景にあるスポーツ庁やその財源、五輪招致への期待などについて関係者取材をもとに詳述した。

 《** 1978年のユネスコ第20回総会で採択された「体育・スポーツ国際憲章」の第一条で、「体育・スポーツの実践はすべての人にとって基本的権利である」と宣言された (2001、2、8「アカハタ」》

《先の事業仕分けで強化費の削減をされたとき、参照:オリンピック選手強化費縮減に憤り 09/12 を書いたが、スポーツ基本法では等しくすべての国民にスポーツ権があり、オリンピックや各種選手権に参加できる人たちだけにスポーツ権はあるのではないことが分かることと思う。》

 基本法の背景をみると、財源やスポーツ行政の一元化を求めるスポーツ組織だけでなく、経済界のもくろみや国力を顕示したい政治的意図が読み取れる。勝敗や順位などに読者が一喜一憂する裏側で、スポーツにまつわるビジネスや政治がうごめいている。

 メディアは読者のニーズがなければ記事にならないというが、取り上げないことの政治性には無責任である。トップ選手の一挙手一投足には注目し、人気チームの勝敗に焦点をあてることで、スポーツが公正中立であるかのような錯覚を与え、スポーツ人の非政治性を照射する結果を招く。スポーツへの熱中は、する側だけでなく、見る側や読む側の非政治性を招くのだ。

 基本法の成立とこれに基づくスポーツ施策は東日本大震災からの復興と歩みをともにする。法案提出と五輪招致の浮上とが重なる背景には、国内的には大震災の痛みから人々の目を逸らせ、国外へは国力の誇示という意図が見え隠れする。

 毎日新聞の連載は基本法にまつわる政治性に切り込んだ点で評価できるが、この法の目玉である「スポーツ権」について、その主体である普通の人々の目線が描き切れていないことを物足りなく思う。世論の無関心は「どうせ私たちには関係がない」という人々の諦念の反映だ。巨大なスタジアムの周囲をウオーキングしても、その施設に足を踏み入れることから遠い存在である「普通の人々のスポーツ権」が議論の俎上にない。「みんなのスポーツ」の「みんな」が法案を成立させるための看板でしかないことを見抜いている「無関心」なのだ。(大阪発行紙面を基に京都教育大学教授:井谷恵子が論評)

 井谷の記事を裏づけるように22日の毎日jp〔記者の目)は書いていた。<要約>
 今回のスポーツ基本法は、「スポーツ団体にとっては手足を縛られる。耳が痛い法律かもしれない」。法案の策定過程で実施したヒアリングで、日本弁護士連合会の弁護士が発した言葉だという。

 基本法にはスポーツ権という単語はないものの、権利について前文の中で「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、すべての人々の権利であり、すべての国民がその自発性のもとに、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境のもとで日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、またはスポーツを支える活動に参画することができる機会が確保されなければならない」と書かれている。

 ここまではいいのだが、話は一気に「みんなのスポーツ」であることを無視し、五輪や選手権レベルのスポーツ選手とスポーツ団体の関係に移る。それが「スポーツ団体にとって手足を縛られることになる耳が痛い話だというのだ。

 その一つが、日本のスポーツの中にある服従的、封建的な体質だ。先輩と後輩、レギュラーと控え、さらには競技団体と監督,選手などという上下関係が築かれた。そのような構造の中で暴力行為やセクハラ、パワハラなどの問題も起き、団体と選手の間では五輪や選手権代表の選考会では不当、不公平とみられる扱いもあった。

 旧来の振興法にはなかったスポーツの権利利益の保護が記されたのだから、これまで弱い立場にあった選手たちは自分の不利益になることについては声を上げやすくなるだろう。そして、上の立場の指導者や競技団体はそれを受け止める必要がある。たとえ、裁判で認められなくても、これまでは届かなかった選手たちの声は社会の中で「運動」につなげることができる。

 これが、最初に書いた弁護士の「耳が痛い」との指摘の理由だ、という。(記事:東京運動部)

《スポーツ基本法は、『「みんな」が、各々の関心、適性に応じ、スポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、またはスポーツを支える活動に参画する権利を有する』とあるが、「記者の目」がいうのは、普通にスポーツをする人々は、選手たちを支える活動をしてくれるだけでいいということか。》

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2011年6月25日 (土)

小笠原諸島 世界遺産登録が決定

 毎日新聞(6/25)から、要約と 《 》内は私見。
 《ここ数日、小笠原と平泉の観光協会やガイドが頻繁にテレビに顔を出す。決まったも同然のコメントをまじえながら、笑顔がほころぶ。嬉しいニュースに水をさすわけではないが、どちらもこれから先、わんさと押しかける観光客の傍若無人の振る舞いで、ゴミの山、貴重な自然遺産の破壊が間違いなく訪れることが心配だ。日本がいち早く候補に上げた富士山は「ゴミの山」と指摘されて以来、10年以上も浄化運動が続けられているが、未だに認められていない。パリからは小笠原諸島の決定が先に報じられたが、メディアも環境の悪化を懸念する意見が付いて回るようだ。》

 国連教育科学分化機構(ユネスコ)の第35回世界遺産委員会は24日夜、小笠原諸島(東京都小笠原村)の世界自然遺産登録を決めた。他地域では見られない固有種の多さなどが評価された。日本の自然遺産は白神山地(青森、秋田県)、屋久島(鹿児島)知床(北海道)に続き4カ所になる。

 小笠原諸島は、南北約400キロに及ぶ大小30の島々で構成される。大陸と地続きになったことのない「海洋島」で、動植物が独自の進化を遂げ、「東洋のガラパゴス」と呼ばれている。カタツムリなどの陸産貝類106種中100種(94%)、植物441種中161種(36%)、昆虫1380種中379種(27%)が固有種だ。国際的に貴重で絶滅が心配される野生生物は、オガワラオオコウモリやクロアシアホウドリなど57種に上る。登録地は、自衛隊基地がある硫黄島などを除く陸海合わせ約7940ヘクタール。

《今回の世界遺産登録でもなければ、学者や専門家、趣味の人でなければ詳しくは知らずにいたかも知れないことだ。ここ数年観光客が減少していた小笠原が、「登録」をきっかけに再びどっと集まることになれば、地域の活性化は期待されるだろうが、固有種の生息を脅かす外来種持ち込みの危険性も高まる。》

《屋久島の縄文杉も、世界遺産に指定される以前は、だれでも杉に近づき、手を広げて樹を抱えることも可能だった。それが現在は遠くから眺めることしかできないものになった。何故かは語らずとも分かろうというものだ。現実問題は次ぎのようになっている。》

 屋久島町は今月、島の象徴である縄文杉などへの観光客立ち入りを制限する条例案を提出したが、全会一致で否決された。縄文杉は樹皮をはぎ取られたりと損傷が絶えないが、町は制限すると宿泊料などで年2億3000万円の損失が出ると試算しており、経済効果を優先させた格好だ。

 《世界の遺産というよりも、島国日本の中での単なる金蔓に成り下がるのだ。小笠原もどれだけ手を尽くしても、不特定多数の観光客が押し寄せれば、絶滅種のより早い絶滅の時期を迎えることを覚悟しておかねばならないだろう。》

 現在、小笠原諸島では登録後も生態系に大きな影響を与えないとの意見が目立つ。本土との交通手段が約6日に1回の船便(片道25時間半、定員約1050人)に限られているのがその理由だという。

《だが、逆に観光客からその交通手段の不便さの改善を求められた場合、現行以上の利便をはかることを拒否し通せるのか。屋久島のように経済効果を優先させるような機運が起らない自信でもあるのだろうか。また平泉でも、今頃になって「泥棒見て縄」のガイド養成を急遽始めたようだが、金色に輝く建物や、庭園巡りに終わらず、世界遺産登録への切り札とした『浄土思想』の解説にどれだけ踏み込めるのか、課題の方が大きい。》

 ※追記(6/27)
 ユネスコの世界遺産委員会は日本時間26日未明、「平泉」(岩手県平泉町)を世界文化遺産に登録することを決めた。
  登録されるのは、中尊寺をはじめ、
          毛越寺
          金鶏山
          無量光院後
          観自在王院後 の計5資産

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2011年6月23日 (木)

沖縄 戦没者慰霊の日

      葉がきれいなハート型のカタバミ
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 毎日新聞(6/23)から、
 《朝刊を手に、広島、長崎は記事になるが沖縄は無視か。国民を守るはずの自国の軍隊から、死ぬことを迫られた多くの民間人を巻き込んだ沖縄の悲劇は、広島,長崎の犠牲者の悲劇以上に大きく取り上げられ、弔われて然るべきではないのか。例年のことながらメディアの両者への比重の置き方にはわだかまりが残る。そう思っていたが、昨日、70日間の国会の会期延長を決めたばかりの菅総理の出席もあり、夕刊でやっと形ばかりの記事になった。今年は米軍基地の飛行場拡張問題や大江健三郎の「沖縄ノート」判決もあり、国民の目は例年以上に沖縄を向いていたのだが。》

 参照 沖縄 「慰霊の日」 2010/06
    沖縄戦 2007/06

 1945年のこの日、激しい地上戦となった沖縄線で、旧日本軍の組織的戦闘が日本軍の投降で終結した。慰霊の日直前の21日、日米両政府は米軍普天間飛行場の移転問題で、沖縄県名護市辺野古のに造る代替施設を滑走路2本のV字形に決定。米軍基地の過重な負担に苦しみ、両政府から普天間の県内移設を迫られ続ける現実を前に沖縄は怒りと不信の声が満ちている。

 同県糸満市摩文仁の平和記念公園ではこの日、県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が営まれ、菅首相や遺族ら多数が参列、正午に黙祷を捧げた。仲井眞知事は平和宣言で基地負担軽減が進まない現状を強調。その上で「基地負担の大幅な削減と、危険な普天間飛行場を一日も早く県外に移設することを日米両政府に強く訴えていく」と述べ、追悼式で初めて県外移設要求に言及した。公園内にある平和の礎は、沖縄戦で亡くなったすべての人を対象賭しており、今年、205人の名前が追加刻銘された。総刻銘者数は24万1132人となった。

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2011年6月22日 (水)

国会70日延長議決へ

 トライアンフェター
P6200580 何やかや言いながら違う角度から見れば、一番曲げない確たる信念を持っているのは菅総理だということか。周りの取り巻きも、まして野党の下らない連中も、この非常事態において何が一番優先されなければならないかを問われれば、会期延長しかないことを理解していないようだ。にも拘らず、与野党含めての駆け引きのみの醜い右往左往の体たらくは、遠く海外の国々からも賞賛された被災地の人たちの一糸乱れない行動と比べ、余りにも貧しい日本国国政の惨めさだ。今、旧政権にあった自民党が、過去の幻想にしがみついて何を言っても元に戻ることを期待している国民は一人もいないだろう。

 野党は菅首相が退陣時期を明確にすれば引き換えに、第2次予算案や赤字国債発行のための法案審議に応じるというが、首相はすでに一定のめどがつけば退陣する、と明言した。その揚げ足を取るように、退陣表明をした一国の首相をどこの国が相手にするか、何時辞めるのかはっきりしろと詰め寄るが、考えてみれば良い、例えばだ、任期4年の国の代表が、あと半年から2,3カ月で辞めることが明確な時期、大事が発生した場合、「大事は後の代表にお任せする」で何もしないで済むのか。

 国会は野党が反対しても、22日の本会議で、これも旧政権の常套手段だった数の論理で議決されるだろう。野党の取る態度は決まっている。大震災の復旧・復興のための協調体制への参画以外にはない。それもできないようでは誰のための政治なのか、よく考えて、頼むから国民のための政治をやってくれ。

 

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2011年6月18日 (土)

KARAなど、露出に歯止めを(韓国公正取引委員会)

 毎日新聞(6/18)から、
 《ロシア,カナダに続いて今度はお隣の韓国から、女性の刺激的な露出についてクレームがついた。参照(韓国 芸能界の実態調査 2010/10 ) でも触れたが、未成年女子の煽情的な踊りなどについて人権問題の面からも問題提起していたが、国会でも取り上げられた。》

 少女時代やKARAなど、韓国のガールズグループが日本で人気を得る中、韓国では若手芸能人の過度な肌の露出が問題になっている。国会でも取り上げられ、17日には公正取引委員会が規制に乗り出した。背景にセクシーさを求める視聴者の声があり、衣装やダンスの「過激さ」には歯止めがかかりにくい状況だ。

《以前にも書いたが、敗戦後売春宿や裸を売り物のストリップ小屋が乱立した時代があった。ダンサーたちは当然踊ったが、流行歌一曲(約3分)の終わり近くになって裾をはだけるか上半身裸になるぐらいで、全裸になることもなく、踊っても特に腰を回転させるグラインドは「卑猥である」ことを理由に禁止されていたし、警察も取り締まった。また、「飾り窓の女」よろしく額縁の中で、絵画のように裸(勿論下半身は出さない)を見せたが、動くことは禁止されていた。当時の男たちはそれでも十分興奮もし、満足していた。ところが現在の日本は、戦後の荒れ果てた世情以上に性モラルなどかなぐり捨て、まだ尻の青いのも取れてもいないような幼稚園児や小学生まで、踊りと言えば腰を振ること、とでも勘違いしてか、テレビで踊る下着もあらわな少女たちの真似をして腰を前後に、横に、また回転させようとする。ただの肉の塊に過ぎない身体でだ。ただただ、ニガニガしいだけだ。その影にはブームに乗ってこれら少女たちをプロデュースし、時代の寵児の名を恣(ほしいまま)にする男がいるからだが。韓国の問題は、たまたま日本のそのようなエロブームに巻き込まれて突っ走った結果のようなものだ。》 

 同委は17日、芸能事務所が未成年の芸能人に過度な露出を求めることを禁止し、通学や休憩などを保障することを盛り込んだ「標準専属契約所」の改正を発表した。

 若手芸能人をめぐっては、女性家族省が昨年8月、小学生から高校生までの芸能人88人に対する実態調査を公表。約9割が「露出を経験した」とし、事務所から強要されたり整形手術を勧められたりしたケースもあるとした。

 同委は、改正で「芸能人が不当な要求を拒否できる根拠となる」とし、速やかに適用するよう各事務所や業界団体に勧告するとしている。しかし、法的な強制力はなく、その効果は未知数だとしている。

《歌(曲)は耳で聴き、耳で楽しむものと考えているものには、下手な歌だが裸同然の姿で踊らないと聞いてもらえない少女たちには何の興味もない。レコードやCD、FMで聞くことが多くなった現在はコンサートから遠ざかっているが、コンサートでも目を瞑って楽曲を奏でる楽器たちのハーモニーや音をゆったりと聴くことが多かった。》

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2011年6月17日 (金)

「モンスター」母ら中学担任を恐喝

 毎日新聞(6/17)から、
 《さすがやくざの街福岡の出来事だ。事の起こりが親としての躾けもできていないわが子の他人への暴力であっても、悪いのは他人としか思わない。一人では叶わないからと、後ろ盾に怖い男を引き連れて、わが子の間違いを糾してくれた教師を逆恨みの末恐喝し、落とし前を要求するとは。》

 担任教諭から体罰を受けたと因縁をつけて福岡市南区の私立中学校から金銭を脅し取ろうとしたとして、福岡・南署は、当時同中3年だった男子生徒の母親(46)と知人の男(29)の2人について、恐喝未遂容疑で逮捕状を取って行方を追っている。学校に非常識な要求や苦情を繰り返す保護者は「モンスターペアレント」と呼ばれて社会問題化しているが刑事事件に発展するのは異例だ。

 容疑では、3月上旬、男子生徒が昨年10月に担任教諭から平手打ちをされたことに因縁をつけて「誠意を見せろ」などと言って中学から金銭を脅し取ろうとしたとしている。

 同署によると、男子生徒は昨年10月、校内で騒いで担任教諭に注意されたことに腹を立て、教諭の腹を蹴るなどした後、教諭から平手打ちされた。母親は男子生徒が病院で診察を受けたなどと学校側に抗議。学校側は診療費などとして1万数千円を支払っていた。

 さらに、男子生徒は今年2月下旬にも他の生徒を蹴るなどして軽傷を負わせるトラブルを起こした。教諭が母親に注意したところ、母親は知人の男を伴って学校側に抗議。昨年10月に平手打ちされた件も持ち出して金銭の支払いを要求していたという。男子生徒は今春、同中を卒業している。

《モンスターを取り上げる前に、学校の情けない事なかれの腰砕けの対処の方が問題ではないのか。男子生徒への平手打ちは、教育的指導として許される範囲のものだ。まして教師への暴力をそのまま見過ごしてはしめしもつかず、教師の権威は失墜する。そうでなくても非常識なモンスターの出現から、教師たちは手も足も出せない窮地に置かれているのが教育現場の実態だろう。何故、凛として突っぱねなかったのか。悪ガキの横っ面を張り飛ばすほどの気骨のある教師がいるとは、学校にとっては誇りでもあるだろうに。ただ、後になって金銭を巻き上げられるようでは逆に情けないことだが。メディアの取り上げ方も教師側の正当性をもっと強く支持する論調にするべきだが、どこを向いての記事なのか、日和見的なものだ。》

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2011年6月15日 (水)

止まらぬ少子化

 毎日新聞(6/15)から、要約と《 》内は私見。
 2010年、一人の女性が生涯に産む子ども数に相当する合計特殊出生率は、前年比0・02ポイント増の1・39だった。出生率は05年の1・26を底に、上昇傾向にはある。それでも現在の人口を維持するのに必要な2・07には遠く、今のペースでは少子化傾向に歯止めを掛けるのは難しそうだ。

 合計特殊出生率は,世界保健機関(WHO)が「出生可能年齢」とする15〜49歳の女性の出生動向を見るもので、日本は長期減少傾向にある。敗戦直後の47年は4・54だったが、第2次ベビーブーム(1971〜74年)後の75年以降はずっと2・00を下回り、全体の出生数も減り続けている。

《男性は戦争に出て、女性は男性のいない銃後(男が戦争で留守の国内をそう呼んだ)をそれぞれ性から遠ざけられ、敗戦を機に戦地から生きて戻ってきた男と女が出会えば、夫婦生活も戻り、出会いもある。爆発的なベビーブームが起きるのは当然のことだった。このような特殊事情のあった数年のデータで出生率が高かった、を言うのは参考にはならない。》

 同出生率を算出するには、例えば30歳の人が10年に何人子どもを産んだかを調べ、30歳の女性人口数で割れば、30歳の出生率が出る。14歳以下の女性が産んだ子どもは「15歳」女性の出産とみなし、50歳以上の女性が産んだ子どもは「49歳」女性の出産とする。

 10年は25〜29歳の出生率が0・4352、30〜34歳は0・4847。これら15〜49歳の年齢別出生率をすべて足し上げたものが合計特殊出生率だ。詳しくは「期間合計特殊出生率」と言う。

 「期間」とは別に、同一年生まれ(コーホート)女性の各年齢(15〜49歳)の出生率を過去から積み上げる「コーホート合計特殊出生率」もある。「期間」は「その年」の動向を表すのに対し、「コーホート」は「その世代」の傾向を示す。「15〜49歳」という年齢層のデータであるため、「特殊」という言葉がつく。

 少子化の原因として、晩婚化と、それに伴う晩産化が指摘されている。妻の平均初婚年齢は90年の25・9歳から10年の28・8歳へ、第一子出生時の母の平均年齢も27・0歳から29・9歳へと、いずれもこの20年間で約3歳上昇している。

 90年、出産の中心は20歳代が担っていたが、10年は30歳代に移っている。年齢が高くなれば出産の機会が少なくなるから、晩産化が進めば一人の女性が産む子どもの数は減る。近年の出生率の上昇傾向は、晩産化が定着し、一人目の出産を先送りしてきた30歳代のデータが反映され始めたことが一因だが、夫婦2人で2人以上の子を持たないと少子化傾向は覆らない。

 未婚化も少子化の要員といえる。生涯未婚率は、90年には男性5・6%、女性4・3%だったが、05年には男性16%、女性7・3%に増加している。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、20年には男性26・0%、女性17・4%に達する。

 さらに「母親」の数も減っている。10年の15〜19歳の女性人口は2649万人で、前年より3万9000人減少している。90年は3145万人だから、20年間で約15%、496万人も減少している。10年後にはさらに180万人以上、20年後には600万人近く減ると推計されている。10年に約107万人だった出生数も20年後には70万人を割り込む見通しだ。1人当たりの出生率が少々増えたぐらいでは、総出生数は伸びないのだ。

 05年、日本は死亡数が出生数を上回る「人口減少社会」に突入した。第2次ベビーブームに生まれた「段階ジュニア」が40歳代になるまでの間が出生数や出生率回復の最大のチャンスと言われてきたが、団塊ジュニアは今年、40歳にさしかかる。

          【参考資料】
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《どこかで具体的な歯止めが掛けられないと、いよいよ日本という国がなくなるか、どこかの国の植民地か属州にでもなりそうな気配だ。参照:2020年 1人暮し世帯(単独世帯)が34・4%に 09/12、「子どもは減っていくのだろうか? 10/01》

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2011年6月13日 (月)

スラット・ウオーク(あばずれの行進)が拡大

 《今年1月にはロシア正教会の有力者によるロシア人女性の服装の乱れに対し「ドレス・コード」の導入を提案するニュースが入ってきた⦅参照:「女性の服装に規制を(露)」2011/01⦆が、今度はカナダの警察官の演説が女性たちを過激なデモにまで発展させたようだ。また、この警察官ほど強い言葉ではないが、私も何度も日本の女性の服装の乱れは、痴漢を呼び寄せる誘蛾灯の役目になっていることを指摘してきたし、他にも日本の女性読者(44歳)からも、同様の意見の投書(参照:「スカート丈の短さも痴漢の一因」2010/05)が寄せられている。》

 毎日新聞(6/13)から、
「性的被害に遭いたくなければ、あばずれのような服装はしないことだ」と語ったカナダの警察官の演説が怒りを買い、全世界に「スラット・ウオーク(あばずれの行進)」が拡大。

《「全世界」がどこまでを指しているのか知らないが、少なくとも日本にはまだ上陸していないようだ。あるいは、日本女性には「怒るほどのことでもないわよ」で軽く聞き流しているのだろうか。》

 英ロンドンでは11日、女性ら数千人が「ASS(性的対象としての女性)とASSAULT(暴行)は別」などと記したボードを掲げデモ行進した。

 AFP通信などによると参加者は自らを「SLUT」(あばずれ)と表現し、身軽なドレスを纏った。「何を着ようと自由」というボードのほか「私たちはホテルの女性従業員」と、ホテル従業員に性的暴行をしたとされる国際通貨基金(IMF)前専務理事のストロスカーン被告を風刺したものもあったという。

《確かに彼女らの言う通りどのような服装をどのように着ようと彼女たちの勝手で自由には違いない。それが痴漢を引き寄せる原因なり遠因だとしても。街に溢れるそのような服装の女性の一人一人に警察官が張り付き、ガードできないことを知っての上ならだ。どんなに厳しい警戒網を布(し)いても網の目を潜る痴漢は絶えることなく生きのびている。痴漢被害に遭って泣くのは自分たち自身なんだが、今の所海の向こうの女たちには忠告が余計なお世話でしかないのか、自己責任で処理できるようだ。》

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2011年6月12日 (日)

風力発電訴訟

 毎日新聞(6/12)から、

一般的なプロペラ型とダリウス・サポニウス連結型
Images_5 Images1_2 茨城県つくば市が市内の小中学校に設置した風力発電機(写真・右)が計画通りに発電しなかったとして、予測発電量を算定した早稲田大などに賠償をもおt目他訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷(桜井裁判長)は9日付きで、市側の上告を棄却する決定を出した。早大に約8958万円の賠償を命じた2審判決(10年1月)が確定した。

 市は04年、学校に風車を設置して環境教育に生かしながら売電する事業を計画。発電量の調査を早大に依頼した結果、採算が合うと判断し、約3億円をかけ19校に23基を設置した。しかし、ほとんどの風車が回らず、発電量は予測の約4分の1にとどまり、採算が合わないため事業を凍結。大学に工事代金約3億円の賠償を求めて提訴した。

 1審の東京地裁判決(08年9月)は早大の過失を7割、市の過失を3割と認定し、早大に約2億9000万円の賠償を求めた。

 これに対し、双方が控訴。東京高裁は「市は電力会社などから風力不足を指摘されたのに、計画を再検討しなかった」として過失割合を逆転させた判決となった。

《原発の危うさが再認識された今回の東日本大震災は、原子力に代わる電力源を何に求めるかを考える良い機会だ。原発反対を唱えることは易しい。それではこのまま原子力に頼るのか、改めて再度火力なのか。その場合の資源をどう確保するのか、できるのか。太陽光発電(耐用年数は家庭規模では高々20年が精一杯だ)や風力発電では国土の狭い日本では制約がありすぎる。地熱利用、波の波動を利用する発電は規模は小さいが実用化もされているようだが、日本は周りがすべて海に囲まれている。部分的な波動規模ではなく、もっとでっかく列島に沿って流れる暖流、寒流といった潮流を利用することはできないのだろうか。こちらは地球に激変でも起らない限り潮の流れは変わらないだろう。》

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2011年6月11日 (土)

虐待防止「親権停止2年」

 児童虐待の深刻化を受け、親権制度を見直す改正民法が5月27日に成立した。虐待する父母の親権を最長2年間停止できる制度を新設するなど、現場が長年求めてきた内容が盛り込まれた。改正で何が変わり、狙い通り機能するのか。

 Photo 西日本の刑務所に服役中の30代男性は無銭飲食などで受刑を繰り返してきた。軽い知能障害があり、幼い頃母親が蒸発、小学一年で児童養護施設に保護された。10代半ば、無免許運転のバイク事故で頭の骨を折って一時意識不明となり、このころ暴力団員の父親が10年以上の服役から出所。事故保険金を受け取り男性を引き取った。男性は事故の後遺症で障害が重くなっていたが、十分世話を受けられないまま、父親は犯罪に手を染め再び服役。その後男性は無賃乗車で警察に保護され、施設長が迎えに駆けつけた。

 30歳を過ぎても行き場のない青年を支援するグループホームで暮らしてはいたが、無銭飲食などを繰り返し、刑務所と行き来する生活だった。施設長は「目配りがきかない父親の元では、彼の状態が悪化するのは目に見えていた。当時、親権停止の仕組みを使えて私たちと暮らしていれば、状況は違ったかもしれない」と嘆く。

 従来の制度では親族か児童相談所(児相)所長、検察官が申し立て、家庭裁判所が「親権喪失」を決定する。だが、一度失った親権回復は困難で、事実上、親子関係の断絶になり、踏み切るのは容易ではない。要件も、親の親権乱用や「著しい不行跡(極端に悪い行い)」などがある場合に限定され、手続きのハードルも高かった。

 改正法は、家裁が2年以内で期限を定め親権を停止する制度を創設。親権停止で子を安定的に保護でき、その間に親もカウンセリングを受けるなどして虐待を改めることが期待される。親の改善後に親権を回復させ、子と再び暮らすことを目指す仕組みだ。

 親権喪失の要件も見直して「子の利益を著しく害する」(親権停止は「利益を害する」)場合などとし、子の福祉の観点に立つことを明確にした。「親の病気や養育能力不足による劣悪な生活環境でも『やむを得ぬ親の事情がある』として従来は申し立てが難しかったが、対応可能になる」(法制審議会専門部会で改正内容を検討した磯谷文明弁護士)。

 子ども本人が申し立てられるようになったことも大きい。密室での性虐待では親からの事実確認が難しく、小学生を保護できなかった例もあったからだ。

 課題も残る。一つは「裁判所による親の指導」だ。現行の児童虐待防止法などでも親は児相の指導に応じなければならないが、強制力はない。防止法では知事が親に勧告できるが、効果は疑問視されている。児相や施設関係者は「裁判所が直接言えば効果的」と強く求めてきた。だが、司法当局は「司法の役割を越えている」として実現しなかった。

 一方、親権停止後に想定される、親権者のいない子の法定代理人となる「未成年後見人」については要件を緩和し「私人1人」に限られていたのを法人や複数でもなれるようにした。施設を出た子が虐待する親と接触を避けてアパート借りるような場合、親権停止が認められて出身施設の社会福祉法人などが未成年後見人に選任されれば、契約できる。ただ、親との死別などで元々親権者のいない施設出身者には、ほとんど未成年後見人がいない。「こうした子全員に後見人をつけるべKだ」との要望も現場にはあったが、導入は見送られた。

 民法改正にあわせ児童福祉法も改正され、施設入所中や里親家庭の子について「生命または身体の安全確保のため緊急の必要がある時」は、親権者の意に反しても施設長らが親に代わり親権を代行でき、親権者は施設長らの日常の親権の代行を「不当に妨げてはならない」とされた。ただし、何が「不当」にあたるのか、戸惑う声は多い。

 《ここ4,5年は年間4万件を越す虐待件数が発生し、その数はますます増加する傾向にある。近年はとくに目立つ生さぬ仲の両親からの虐待が増えている。記事の冒頭のような例は普通にあることか、特異なケースなのか。身体的、性的、育児放棄、心理的な虐待などのそれぞれについて家庭環境、両親と子の関係や年齢構成など、個々の事件は報道されるが社会問題の割には総括的な詳しいデータが余り知られていない。「虐待」と一括りで表現して「悪いこと、いけないこと」としての認識の域を出ないのが実情だ。これだけ増え続ける事件の当事者の親たちに、果たして2年の親権停止で虐待の防止に効果があるのか怪しいものだ。》

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2011年6月 9日 (木)

AKB48の「総選挙」って?

 毎日新聞(6/9)『なるほドリ』から、
 国会では内閣不信任案が否決され、ひとまず総選挙は避けられたが、9日に“もう一つの総選挙”の結果が発表されるとテレビなどでもくそ真面目に取り挙げ、街頭では道行く人に『そのこと」についてインタビューまでする始末だ。AKB48(エー・ケー・ビー・フォーティエイト)の選挙のことだそうだ。私は回りくどいので「AKB」を「あかんべ」と何の意味かも分からずに呼んでいるのだが。なんでもすごい人気のある女の子(平均年齢18・6歳)の踊りながら歌う集団のようだ。日本人男性の平均寿命年齢に達する爺さんには、歌詞カードでもないとどんな歌を歌っているのかも知らない別の世界の話のような賑やかな女の子たちだ。

 Q 何を選ぶんだろか

 A 姉妹チームの、名古屋のSKE48と大阪のNMB48を含めた総勢150人の中から、次の22枚目のシングルを歌う上位21人のメンバーを選ぶ。トップ当選者は、最前列の真ん中の一番目立つ場所で歌う「センター」になれる。今年で3回目で、AKB48の最新シングル「Everyday,カチューシャ」を買った人やファンクラブ会員らが専用サイトで投票する。音楽情報会社オリコンによると、「Everyday」は発売一週間で133万4000枚売れている。一人一枚買ったとすると、神戸市の選挙以上の規模になる。

 Q すごい人気だ、活動はいつから?

 A 80年代に高校生アイドルグループ「おニャン子クラブ」を手がけた、プロデューサーの秋元康がプロジェクトをつくり、05年12月にオーディションで選ばれたメンバーが初舞台を踏んだ。AKBは東京・秋葉原の地名から(ああ、そうだったの)、48という数字は語呂がいい(分からなくても仕方なかった)ので選んだという。メンバーは現在80人いる

 Q 今までのアイドルとどこが違うのか

 A これまでは、アイドルはただ遠くから眺める‘高根’の花(以前も見たが、校正もしないでひどい誤字を使うものだ。「高い根っこ」の花は地中に咲く花か、どうしたら眺められるのだろう。『高嶺の花』と、漢字くらい知っていてほしいものだ。)だった。でもAKB48は「会いに行けるアイドル」を掲げている。秋葉原の専用劇場で毎日公演(そうだったの)している。ここは定員250人と規模も小さく、息づかいを近くに感じられ、公演終了後はメンバーがハイタッチで見送ってくれる。人気が出たメンバーは、テレビや映画への出演や、雑誌などに優先的に登場できる。つまり、ファン一人一人がお気に入りのメンバーのプロデューサーとなり、熱心に応援して育てる感覚を持てる。

 Q ところで選挙情勢は?

 A 10年は大島優子が前年覇者、前田敦子を破る政権交替があった。今回も政変。再編があるかも知れない。

《日本国の国政ごとが、女の子たちの人気投票に絡めて漢字も知らない記者の手で揶揄的な記事になろうとは、これから先の日本、一体どうなるのだろうか。》

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2011年6月 8日 (水)

高齢社会白書(平成23年版)

 毎日新聞(6/7)から、
 政府は7日の閣議で2011年版「高齢社会白書」を決定した。

 昨年10月1日現在のわが国の人口1億2806人に対し、65歳以上の人口は2958万人。総人口に占める割合を示す高齢化率は23・1%で、前年比0・4ポイント増加した。このうち75歳以上の後期高齢者は1430万人で同0・4ポイント上昇して11・2%になり、いずれも過去最高を更新した。

 白書では今回の東日本大震災による高齢者への被害状況にも言及した。岩手、宮城、福島の3県で大震災発生の日から4月11日までの1カ月間で年齢が確認できた死者1万1108人のうち、60歳以上の高齢者が7241人と、全体の65・2%を占めた。

 高齢者増加に伴って、身寄りのない高齢者が社会問題になっている。昨年は公営団地での孤独死した人が1191人、実の息子や娘の高齢の親の虐待が取り上げられた。また、住民基本台帳などに記載されていながら所在がわからない高齢者の問題もクローズアップされたが、それでも白書は「日本の高齢者は血縁中心に人間関係を構築しており、近所や友人との関係が希薄」と分析している。

 高齢者の社会的なつながりを国際比較した結果、日本は血縁以外に頼れる近所の人や友人がいる割合が最も少なく、国際的にみて社会的孤立が進んでいる実態が明らかになった。

 内閣府は、日本と米国、ドイツ、スウェーデン、韓国の60歳以上の人を対象に意識調査した。困った時に同居の家族以外で頼れる人を複数回答で尋ねたところ、日本で「友人」を挙げたのが17・2%、「近所の人」は18・5%で、5カ国中最低だった。逆に「いない」との回答は20・3%で最も多かった。最も少なかったのはドイツで5・4%。

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 「家族以外の人で相談し合ったり、世話をし合ったりする親しい友人」の有無を聞いたところ。「いない」と答えた人の割合は、日本は26・2%と韓国につ次いで高い。また、そのような友人がいる場合でも、アメリカ、ドイツ、スウェーデンと比較して、「同性の友人」だけがいると答えた人の割合(53・2%)と高く、「同性と異性両方の友人がいる」割合(19・5%)は低くなっている。

 世帯構成は、日本は他の4カ国より単身世帯の割合が低く、同居の家族がいる世帯の割合が高くなっており、困ったときに頼るのは、同居の家族以外では友人や近所の人より別居の家族・親族であることから、日本の高齢者は家族・親族とう血縁関係を中心に人間関係を構築しており、近所の人や友人との関係がやや希薄である様子がうかがえる、としている。

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2011年6月 7日 (火)

パチンコ業界、節電作戦

 毎日新聞(6/7)から、
 東京電力福島第1原発事故の影響による電力不足で、自動販売機とともに石原東京都知事から「電力の無駄遣い」と槍玉に挙げられたパチンコ業界が、汚名返上に躍起になっている。ネオンの終日消灯や新台入れ替えの自粛などに努めて来たが、知事の発言を受けてさらに対策を強化。25%以上の節電に、7月からはパチンコ店の代名詞とも言える「年中無休」の看板を下ろし、各店が月3回以上輪番休業も実施するという。

 「『暑い』とお客さんからはもうクレーム。先が思いやられる」。都内のパチンコ店の従業員はそうこぼす。店では「全日本遊技事業協同組合連合会」など5団体の合意に従い、24度にしていた店内の設定温度を28度に引き上げた。だが、パチンコ台自体が熱を帯びるため、店が客で埋まると、設定よりも3,4度は高くなるという。

 業界には震災発生直後から「この非常時にパチンコか」という批判の電話やメールが多く寄せられ、計画停電実施後はさらに増えた。このため同会などは
 ▼ネオン・外壁照明の消灯
 ▼営業時間短縮
 ▼広告の自粛
を各店に要請。「震災対応に忙しい警察の手を煩わさないため」と、警察署への申請が必要となる新台購入の自粛も期限を延長していた。

 だが、そこへ「日本は、パチンコ屋と自動販売機で1年に1000万キロワット近い電力が使われ、ちょうど福島の原発の電力と同じくらい」「ほとんど無駄に近い電力消費を抑制しなければ」。4月に4選された知事の発言でさらに風当たりは強まったという。

《たまたま原発の電力とパチンコ屋、自動販売機の消費量が同じくらいなのが運の尽きのようなものだ。パチンコや自動販売機がいけないのなら、同じく野球や娯楽、遊び、飲酒、飲食の場などでも同様のことが言えるだろう。パチンコが日本で始まってほぼ60年、私がパチンコ屋に入ったのは初期に2、3度あるだけだけだが、それこそタマを一つ入れては指先でレバーを1度はじく、また次のタマを入れてははじくだけののんびりしたものだったが、それでも当時としてはそれで十分なスリルを味わえたものだった。初物に飛びついたのだが、これは「麻薬だ」と瞬間悟っていた。貧乏育ちには踏み込んではならない博打の世界と感じた。それほど人を引きつける魅力のある娯楽であり、いっときの興奮と安らぎを得る場所であることは間違いない。石原が「無駄」と呼ぶ電力は、あくまでも石原個人の価値観だけのことであり、名指しでその場を攻撃するほど無駄呼ばわりすることでもない。》

 同会は都知事あてに「東電管内の約4000店のピーク時最大使用電力は84万キロワット」とする要請書を出す一方、対策を強化。7月から9月まで店が月に3回以上、順番で休業することにし、パチンコ台1台当り200円を集め、既に28億円余を拠出した。

 千葉県のパチンコ店経営者は「取り組みを機に業界を見直してもらいたい」と話すが、都心店の従業員は「叩かれやすい業界だが、新台も入らず輪番休業では、人員整理が心配だ」と打ち明ける。業界専門の調査機関によると、関東のパチンコ店経営者の約67%が震災後、客が減ったと回答している。


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2011年6月 4日 (土)

「君が代起立」条例成立(大阪府議会)

 毎日新聞は5月30日、最高裁判決で東京都の公立学校行事の君が代斉唱時に起立を命じた校長の職務命令は、「思想・良心の自由」を保障した憲法19条に違反しないと、最高裁が初めての判断を示したことを報じたが、一方、人権制約という負の側面にも明確に言及している。結論は4人の裁判官全員一致の意見だが、補足意見で「教育は強制ではなく、自由闊達に行なわれることが望ましい」などと指摘した裁判官もおり、教育現場における過度の「強制」やペナルティーを牽制したともいえる。

 別に、大阪府では国歌斉唱時には、公立学校教職員に起立することを義務づける条例案を府議会に提出していた。参照:「君が代起立」条例案(大阪府議会)11/05

 毎日新聞(6/4)から、
 大阪府内の公立学校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける全国初の条例が3日、府議会本会議で成立した。橋下知事が率いる首長政党「大阪維新の会」府議団が提出。公明、自民、民主、共産は反対したが、過半数を占める維新や、みんなの党などによる賛成多数で可決された。橋下知事は、不起立を繰り返す教職員の懲戒免職を盛り込んだ処分基準を定める条例案を9月府議会に提出する方針を示している。

《アメリカ大リーグを初めスポーツの開催時などで、国歌吹奏時には選手をはじめ観客の殆どが起立し、胸には脱いだ帽子を捧げて軽く口ずさみ、楽曲の終了を待つ姿をしばしば目にする。自国の民衆だけに限らない。日本から加わっている選手たちも他国の国歌に対する敬意から、歌わなくても同様に起立はしている。ただ、起立は強制でも義務でもないから勿論、腰掛けたままの観客がたくさんいるのも見える。これは公式の場ではないからだろうが、議会や学校教育の場ではどのようになっているのだろうか。》

 条例は「我が国の郷土を愛する意識の高揚」などを目的に掲げ、府立と政令市を含む市町村立の小中高校、特別支援学校の教職員を対象としている。「学校の行事において行なわれる国歌の斉唱にあっては起立により斉唱を行なうものとする」と明記し、府施設での国旗の常時掲揚も義務づけた。罰則規定はない。

 討論で、維新は「模範となるべき教職員が繰り返し職務命令違反する行為が子どもに与える影響は計り知れない」と必要性を強調。これに対し、公明は「条例よりも職務命令など管理監督を徹底すればすむ」、自民、民主も「条例化の必要はない」などと反論した。自民が提出した国旗の常時掲揚だけを義務づける条例案は否決された。

《国旗、国歌が戦争と直接結びつき、家族にその戦死傷者がいる我々世代には、君が代も日章旗も歌いたくないし、見たくないが、君が代が「大相撲の歌」との認識しかない時代に育った世代には、それが国歌と定められた段階から長い年月を経れば、自然に尊敬の念や敬愛の心も育ってくるのではないだろうか。それを個人の思想や信条で、子どもたちの前で命令違反の姿を見せることは子どもたちに思想の一面だけを見せることになり、教育者としては取るべき立場ではないだろう。だからといって、最高裁でも付言しているように、過度に義務づけることもまた行き過ぎたことになる。》

 解説では触れているが、国会でも自民党政権時代にしばしば見せつけられた数の暴力、数の論理が支配した模様だ。条例案が議長に提出されたのは5月25日だが、同日未明に所属議員全員に内容が知らされ、提出前の約2時間、非公開の協議をしただけという。「反対意見はなかった」というが、維新内でさえ十分に議論された形跡はない。他会派も継続審議を求めたが、維新は教育常任委員会の審議を1日で打ち切り、議論は深まらなかった。
 

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2011年6月 1日 (水)

携帯電話の電磁波、癌発症の限定的危険性を指摘

 毎日新聞(6/1)から、
 携帯電話の電磁波と癌発症の関連性について、世界保健機構(WHO)の専門組織、国際癌研究機構(本部フランス・リヨン)は31日、「聴神経腫瘍や(脳腫瘍の一種である)神経膠腫の危険性が限定的ながら認められる」との調査結果を発表した。WHOの組織が携帯電話に関して発癌性を指摘したのは初めて。

《これまで携帯電話の使用環境について、心臓ペースメーカーへの影響から乗物の中での電源オフ、病院などでは医療機器への影響から使用禁止、或いは飛行機の無線への影響など、携帯電話から発する電波の問題が取り沙汰されてきたが、遂に使用者本人へ影響が問題となった。携帯からの電磁波の発癌性が指摘されることになったのだ。》

 国際癌研究機関は危険性の数値化はしておらず、「(最終的な結果を得るためには)今後、携帯電話の長時間使用について調査を続ける必要がある」としている。

 当面の対策としては「(耳に触れずに)携帯電話のメールを使うなど直接電磁波に触れないような使用方法が重要だ」と指摘。なるべく携帯電話本体に触れる時間を短くするよう提案した。

《時にアンケートでも見られるように、若年層の極端な携帯依存には危惧される要因を多く含んでいる。また、耳から離しても聞き取れる音量では、勢いお互いの話し声も大きくなったり、携帯から漏れる音量も大きくならざるを得なくなり、今以上に周りへの迷惑が増えるだろう。》

 国際癌研究機関は、1日30分間、10年以上続けている場合、神経膠腫の発症危険性が1・4倍になるとした過去の研究結果を紹介。

 発癌性の評価については
 ①臨床的に十分な実証がある
 ②臨床的には限定的な実証しかないが、動物実験では十分な実証がある
 ③動物実験でも実証が十分とはいえない
といった段階分けをしており、今回は③に分類されるという。

 国際癌研究機関は昨年5月にも、日米欧など世界13カ国で脳腫瘍患者と健康な人、計約1万3000人を対象とした最大規模の調査結果を発表。この時点では「携帯電話の使用が脳腫瘍の発症の危険を増やすとは認められない」としていた。

 調査は、過去の欧米での研究や動物実験などを14カ国31人の研究グループが検証した結果をまとめたもので、近く医学専門誌に掲載されるという。

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