« 原発事故、内閣官房参与が抗議の辞任 | トップページ | 続 土曜授業は是か非か »

2011年5月 3日 (火)

土曜授業は是か非か

            フリージア
P4220526_3

 今年は既に3分の1が過去になった。また、東北・東日本大震災も1週間もすれば2カ月が経過する。時間はすべてを飲み込んで過ぎてゆく。

 選挙で大敗した民主党は、自民党政権下で推進され、拡大してきた原子力発電の事故で、前政権の尻拭いのために針の筵に座らされているようだ。野に下った前政権の面々は、己たちの撒いて来た悪政を尻目に、現政権の体たらくを口を極めて罵り、取って変われば日本は良くなるとでもいうような、軽々しい論調に終始している。国民は前政権に愛想を尽かして現政権を選んだ。ここでもう一度自民党の政権を望んでいる国民がいるとでも思っているのだろうか。そのように考えているのならトンでもない勘違いだ。無所属(党名を「無所属」と名乗るのならまだしも)という日和見集団が増えたこともある。

 毎日新聞(4/30)『ニュース,争論』から、
 争論は、土曜授業は是か非かについて、「ゆとり教育」の旗ふり役だった元文部官僚の寺脇研と、現役小学校教師、有田八州穂が論じ合った。立会人は玉木研二専門編集委員。

 ゆとり教育
 小学校  1980年度から2010年度まで
 中学校  1981年度から2011年度まで

 玉木 東京都教育委員会は、公開を前提に月に2度までなら土曜日に授業してもよいと市区町村教委に通知しており、すでに多くの公立小中学校が行なっている。

 有田 37年間教師をしているが、現実問題週5日制になってから、時間が足りない。子どもたちの拘束時間が長くなり、小学校でも授業が毎日6時間ある。一方で教師は授業の後四時から職員会議など常に勤務時間を超えて働いているのが実情だ。子どもたちに丁寧に教えるには土曜日に授業することも必要だ。

 寺脇 都のケースを土曜授業の復活ととらえることに問題があると思っている。都は学校のコミュニティースクール化だ。保護者や地域住民が、子どもたちの学校での学びに関与して行こうとすると平日だけでは難しいので、土曜日を活用しようということだ。
 土曜日に例えば正規の数学の授業をしたらどうなるか。その日、本当は絵を描きたいと思っていた子どもも、学校に行って数学を学ばざるを得ない。それが学校教育の仕組みだ。普段、学校が教えない学習を土曜日に学ぶ。ゆとり教育は、そうした選択肢を広げる教育だ。そこに地域や保護者も参加してほしいと思う。
 週5日制にした趣旨も授業時間が減るからではなく、子どものしつけからご飯の食べ方まで、社会全体が学校に過度に依存している状況を変えて行くためだ。それは今も変わっておらず、新学習指導要領があたかも後戻りしたかのように言われるのは、文科省も本意ではだろう。今回の大震災は、学校と地域の連携の重要性を改めて痛感させる。

《1980年度以前、特に昭和一桁にとって土曜日に授業があることは別段取り上げて議論しなければならないほどの重要な問題ではない程のことだ。昔の子どもは土曜日も授業があることは当たり前のことで、ただ、その日は弁当が要らない午前中だけの授業時間だったが・・・。土曜日に絵を描きたい子どもが数学を学ばされてどこがいけないことなのか。学校は子どもが趣味で好きなことをしてもいいところでいいのか。制約や強制を学ばなくては大人にはなれない。野方図なゆとり教育で育ってきた若者たちが就職してもすぐに退職したり、やる気のない世代を形づくっており、国内企業でも問題になって、海外の若者たちを優先採用しなければならないような実態まで招いているのだ。一方、たしかに保護者の無責任性は「いただきます」も言えない子を平気で学校に送り込み、「それを教えるのは学校であろ」と育児、監督責任を学校や教師任せにして恥じない。》
 
 有田 コミュニティーと言うが、これだけプライベート化している中で、自分の子ども以外の学力、すなわちパブリックな学力をつけることに地域や保護者がどこまで関わろうとするだろうか。在勤の学校でも月に1回は土曜日に公開授業を行なっている。道徳公開講座や学力に関するシンポジウムも開いているが、殆ど参加者がいない。「公開」すれば教師はどうしても外部向けの授業になる。折角土曜日に授業をするのなら、公開ではなく子どもたちのための時間にするべきだ。私立の学校は大半が土曜日にも授業をしており、公立に通わせている保護者の中には受験で不利になるという不安がある。都が土曜授業を容認した背景には受験対策もあるんではないか。

 玉木 保護者からの重圧は感じるか。
 
 有田 子どもたちにしっかりした学力、自力で学習できる学力をつけさせてほしいという期待は感じる。そのための教師の努力は必要だ。子どもたちが自力で解いたり、理解できた感覚が分かる授業、子どもたちの「なぜ?」に答える授業をしないと、能動的な学習にはならない。自分は算数を担当しているが、「面白算数」といって、自分で考えさせる授業にすることを工夫している。
 自分は土曜日に授業をすれば学力がつくと思っているわけではない。月曜から金曜の授業の充実なくして土曜日の授業なんてありえない。授業の質を高めることが根本になる。新学習指導要領では算数的活動の充実をうたっており、その点を評価している。ただしこれにはものすごい手間がかかり、誰にでもできるものではない。

             ーー つづく ーー

|

« 原発事故、内閣官房参与が抗議の辞任 | トップページ | 続 土曜授業は是か非か »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 土曜授業は是か非か:

« 原発事故、内閣官房参与が抗議の辞任 | トップページ | 続 土曜授業は是か非か »