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2011年3月31日 (木)

地震酔い

            スイセン
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 毎日新聞(3/31)から、
 東日本大震災の発生後、地震が起きていない時でも揺れを感じたり、そのせいでめまいや吐き気を訴える人が各地で現れ始めている。余震に怯え、避難所の慣れない環境で不眠に陥る被災者も少なくない。なぜこうした症状が起き、どう対処すべきだろうか。

 「震災以来いつも身体が揺れているようだ」。栃木県のある診療所で70台の女性が訴えた。余震が心配で熟睡できなくなったといい、血圧も上昇した。この女性の症状は、震災をきっかけに多くの人に起きた心身の変調を、象徴的に示しているものだ。

《直接大震災の被害を受け、避難所で怯えながら苦しい生活を強いられている人たちの心労を察するにあまりあるが、その後近県にもしばしば起きる余震は、やはり似たような変調を引き起こしている。子どもの頃から揺れには特に弱く、子どもなら誰でも喜ぶブランコでさえ、座って一揺れしただけで吐き気がしたり、実際に嘔吐までするような体質の私には、以来、繰り返し来る大小の余震は、立っていても座っていても、布団に入って横になっていても舟に乗っているように常にゆらゆらと身体が揺らいでいる感覚に襲われている。学者によれば、余震は半年かそれ以上長い間続くだろうとの予測があるが、80歳近い身体にはとても辛いことだ。》

 病院検索サイト運営の「QLife」が今月末に行なった調査(有効回答252人)によると、震災で心因的に症状が悪化した人の症例は、不眠(32%)、めまい・浮遊感(22%)、血圧上昇(14%)の順に多かった。

 女性が訴えた感覚は「地震酔い」や「後揺れ症候群」と呼ばれ、大抵は地震直後の数分間から長くても2日程度で治まる。メカニズムは完全には解明されておらず、めまいが専門の肥塚泉・聖マリアンナ医科大教授は「病気というよりは生理的な反応に近い」と話す。

 人間は平衡感覚をつかさどる三半規管や、両足の裏で感じ取る加重バランス、視覚などからの情報を総合し、無意識に「今が平常」という感覚を掴んでいる。また脳には、自分が直前に体験した動きや回転の情報を残しておく機能がある。それらが大地震で揺さぶられて狂い、地震酔いに結びついているとみられる。「こうした機能は通常、時間が経てば元に戻るが、今回は余震が立て続けに起きているため治まらない」と教授はいう。

 人間の脳は本来、不必要な情報を無視できるようになっている。しかし今は意識が地震から離れられず、異常な感覚を助長してしまっているらしい。「深呼吸でも体操でもいいから、自分に合った方法でリラックスするのが一番」と教授はアドバイスする。

 横浜中央クリニックめまいメニエール病センターにも大震災の後「寝ても座ってもずっと揺れているように感じる」と訴える患者が訪れている。センター長の高橋医師は「軽い下船病ではないか」とみる。船や飛行機に長時間乗っていた人が、地面に降りた後も揺れを感じるところから付いた病名だ。高橋医師はこれまで、水族館でシャチに乗る調教師や高速エレベーターの乗降を繰り返す清掃員、揺れやすいマンションの居住者らを診てきた。

 重症化すると頭痛や吐き気がして本が読めなくなったり、目を閉じると歩けないほど身体が揺れてしまう人もいる。根本的な治療法はない。今は難しいが、揺れのない環境に身を置くのが最善の策だ。高橋医師は「重症化するのはごくまれ。心配しすぎる必要はないが、余震が治まった後も症状が一カ月以上続くなら受診した方がいい」と話す。

《「下船病」か。汽車の旅では長旅の乗車(短くて3時間、長距離だと8時間、10時間)の都度味わっていた。駅に降り立つと、身体が揺れ、景色が揺れ、まっすぐに歩けない。1〜2日は気分の悪い日が続いていた。しかし、乗り物酔いとはそういうもんだということで子どもの時から現在まで、一度も医者にかかったことはない。自分の車を持って運転するまで、タクシーにしろバスにしろ、車に乗れば1、2分もすれば必ず酔った。船も含めて酔い止めか睡眠薬が欠かせなかった。》

 被災地では不眠に悩む人が少なくない。「また津波がくるんじゃないか」。宮城県石巻市で避難生活を送っている女性(53)は深夜、真っ暗な教室で余震を感じると、怖くて眠れなくなる。配給された睡眠薬を飲んでも、夜中に目が覚める。「ここにいたらおかしくなってしまいそう。けれど、ほかに行ける場所はない」。ストレスはもう限界だ。4カ月前にやめたたばこが手放せなくなった。

 大震災から3週間。不眠への対処法はこの時期から大きく変わってくる。国立精神・神経医療研究センターの栗山医師(睡眠学)は「震災から2週間ぐらいは、大きな余震やきた時にすぐ逃げ出せるように防御本能で脳が覚醒している。その時期に眠れないのは正常だ」。不眠が一カ月以上続き、不安感,悪夢、強い倦怠感を伴えば治療が必要なこともある。

《震源地からは遠く離れた埼玉でも、私の場合、確かに睡眠時間が一晩で2時間以上は短くなった。今まで「年寄りの早起き」は私には無関係なほどよく眠っていた。ただ、不眠とは言えず、3,4時間の短い時間だが熟睡できている。でも、そのせいか今まで味わったことがなかった身体のだるさ、倦怠感がある。》
 
 ストレスを減らすことが重要だが、被災地では簡単ではない。栗山医師は「医師がいれば受診し、いなければ知人と悩みを打ち明け合う。避難所に仕切り板を立てるのも有効。周囲の目に曝されないだけでもストレスは減る」とアドバイスする。また朝は外に出て光を浴びることが求められる。眠りを誘うメラトニンというホルモンが約半日後に分泌されるためだ。

《報道では各避難所で、仕切り板は不自由ながらも工夫しながら立てているのを散見できる。》

 睡眠リズムを崩すが、日中の仮眠が有効な場合もあるという。夜に比べ昼間は眠れなくてもプレッシャーになりにくく、「眠れた」という自信を積み重ねやすいからだ。

 長引く不眠は高血圧を悪化させ、免疫機能を低下させる。鬱病を引き起こすこともある。栗山医師は「心身の健康を保つには休養が大切。日の光を浴びたり昼寝をするなど、できることを試してほしい」と話している。

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2011年3月29日 (火)

原発事故報道 被害 - 5 -

 世も末の有様だ。日本人得意の付和雷同と島国根性だ。毎日々々各局から雑多に流される原発事故報道は、人心を攪乱し惑わせるばかりで、ついに同情と排斥に排他、諸刃の剣のような現実が発生している。所もあろうに、原発のある足元で。

 毎日新聞(2/29)から、《 》内は私見。
 福島第1原子力発電所の事故に伴い避難した人たちが、放射線量を確認するスクリーニング検査で「異常なし」とする証明書を提示しなければ医療機関で受診できないケースがあることが分かった。避難所に入所する際、スクリーニング検査を事実上義務付けられるケースも出ている。専門家は「非科学的な偏見による過剰反応だ」と指摘している。

《テレビに専門家を招いて如何に詳しく解説しようと、詳しくすればするだけ理解不能な専門知識を必要とし、口にされる数字の大きさに肝を冷やす。規制値の何万倍、何千倍との表現は、人体に害はない、と説明されても一度恐怖心を抱いた大衆の耳には、増幅されて恐怖心を増すことになるだけだ。大衆にとっては専門的な数字など知らなくてもいいことだ。最終的に人体に影響があるか無いかだけでいい。原発直近では作業に従事する人たちは死を賭して努力してくれている。狭い湾内の放射線物質が高ければ、専門家集団が対処すればいい。湾内の汚染した魚を漁する人もいないし、口に入れるバカはいない。放射性物質など大洋に出れば浜辺の砂の一粒と変わらない。乳児の水道水も真っ先に東京で問題になったが、これだって発表された数値は、赤ちゃんが1000リットル(1トン)飲んだとすれば規制値のその値になる、ということで何の問題もない数値なのに、首都圏からはミネラルが消える狂気の騒動が発生している。如何に報道被害が広がり、それとともに恐怖も浸透していったかということだ。ましてホウレンソウなど野菜に至っては、洗って食べれば全く問題ない数値なのに、野菜を洗う時間が惜しいのか、洗わずに食べる人間たちが多いのか、生産地では返品の山になっているという。》

 原発から半径20〜30キロの自主避難促進区域にある福島県南相馬市原町区から福島市に避難してきた会社員男性(49)は24日、市内の医療機関で8歳の三女の皮膚炎の治療を断られた。理由はスクリーニングの証明書がないこと。市販薬で何とかしのいだが、彼は「ただでさえ不安な避難生活だ。診療を断られたことが、どれだけショックだったか」と話す。

 福島県は13日、圏内13カ所でスクリーニング検査を始めてた。17日からは、その結果を記した県災害対策本部名の証明書も発行している。しかし、本来は個人が自らの放射線量を知って安心するために行なわれる検査の証明書が、避難してきた人が受け入れてもらうためのお墨付きになっている実態がある。

 南相馬市などから約1300人が避難している福島市の「あづま総合運動公園」の避難所では,17日から入所の際にスクリーニングの証明書提示を求め、証明済みの目印にバッジをつけることになった。避難者が一時帰宅した際には再入場時にも検査を求めており、出入り口には説明文が張り出されている。

 避難所の担当者は「他の避難所から不安がる声が多かったため始めた。疑心を事前に摘み取るために必要だと考えている」と説明する。収容人員の多い他の避難所でも同様にスクリーニング検査を求める所があるという。

 証明書の使われ方について、県地域医療課は「県内外の受け入れ施設から『証明書が欲しい』と求められた。避難される方の利益を考えると証明書は出さざるを得なかった。混乱を招いたが、証明書で利益を受ける人の方が多く、発行を続けざるを得ない」という。

 だが、南相馬市の中心部にある相双保健所の笹原所長は「これまで8000人以上を検査したが、除染を必要とする基準値を超えた人はいなかった。南相馬が汚染地域のように扱われるのはおかしい」と憤る。震災後、福島県に入った広島大病院高度救命救急センター長の谷川教授(救急医学)は「原発での特殊な作業に従事する人を除けば、現時点で基準値を超える放射線量が出る人がいるはずがない。必要な医療を受けられないなどというのは言語道断。過剰反応は厳に慎んでほしい」と話している。

《市内で医療に携わる人の知識が素人以下のこの程度では、治療を受けなければならない患者が頼ることができるのは誰なのか。メディアはこの事実を報道することだけか。このような事実が把握できたのなら、緊急状況下の無知による間抜けな失態だ。市民の不安を取り除くためにも即座に撤回させるべく強く働きかけ、「・・・であったが、現在では撤回されて貼り紙(カット写真では福島県都市公園・緑化協会が出している)も撤去された」と記事にできるまで行動してもいいのではないのか。それに現実問題として情報過多だ。その中から必要なものを必要なだけ選択する知恵を各人は学ばないと恐怖心はますます広がって行くだろう。》

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2011年3月27日 (日)

原発事故報道 - 4 -

 毎週2回の食料品の買い物のため、今日も出かけた。電力不足への協力のため、薄暗くした店内の殺風景なこと。その殺風景に輪をかけているのが陳列棚から姿を消したりまばらになった食品たちだ。殆どの種類に亙るカップ麺、各メーカーの殆どのヨーグルト、食パン、コメなどが棚から消えている。鶏卵が辛うじて通常の4,5割程度、野菜がやはり品薄だが狭くなった売り場で細々と並んでいる。牛乳は何年来、配達で契約しているので不便はないが、スーパーでは一人1パックの制限売対象品になっている。ヨーグルトは牛乳と同時の何年来の家庭にすら配達されない有様だ。

 誇大であやふやな報道に振り回される付和雷同の輩の多いこと。埼玉県南部の我が家では購入したことがないミネラル水など、乳児のミルク調合に使用しても何ら心配ないと言うのに、デマとも呼べるメディアの大げさな情報に踊らされ、今日現在もコンビニ、スーパーから姿を消したままだ。うず高く積まれていたトイレットペーパーなど紙製品も、こじんまりとなって並んでいる。

 関西方面からの製油の供給がはじまったとの情報のせいか、スタンドのガソリン待ちの車の行列の数は少しずつ減り始めたし、同じ街でも私が長年利用しているスタンドは、早くから全く不便することなく給油できている。

 原発近辺の海の汚染も、漁をする海でもないし、施設から離れれば、汚染も希釈されて、獲れる魚を食したところで人体への影響など心配することもない。

 増すばかりの風評だが、とにかく落ち着くことだ。現時点で食して人体に害のある食品は、野菜も含めて何一つないのだから。

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2011年3月25日 (金)

秋葉原無差別殺傷の加藤被告に死刑

 毎日新聞(3/25)から、
 2008(平成20)年6月8日、東京・秋葉原で7人が死亡、10人が負傷した無差別殺傷事件で、殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大被告(28)に対し、東京地裁は24日、求刑通り死刑を言い渡した。

 村山浩昭裁判長は「人間性の感じられない残虐な犯行で日本全体を震撼させた。被告の危険な性格や行動は根深く、更生は著しく困難」と述べた。弁護側は控訴する方針という。

《事件当時の凄まじい現場を思い返しても、職業柄とはいえ、弁護士側が控訴する行為は理解不可能だ。あくまでも精神疾患を持ち出したいのだろう。参照「秋葉原事件」08/06/ 

 被告は捜査段階から起訴内容を認め、責任能力の有無が主な争点だった。弁護側は「被告は事件の記憶がほとんどなく、何らかの精神疾患がある」と心神喪失か心神消耗を主張したが、判決は「意識障害は認められない」として完全責任応力を認めた。

 また「携帯サイトの掲示板の嫌がらせにやめてほしいと伝えたかった」との被告の説明を主要な動機と認定。事件直前に職場で作業着が見つからず職を失うと勘違いした点も事件の契機と認め「家族、友人、仕事を失い強い孤独感を感じたことが背景にある」と述べた。検察側が指摘した容姿への劣等感や交際相手がいないことの悩みには言及しなかった。

 弁護側が「現在は事件を後悔しており更生は可能」と死刑回避を求めた点については「更生の可能性が全くないとは言えない」としたものの「死刑を回避する理由にはならない」と退けた。

 

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2011年3月24日 (木)

原発事故報道 - 3 -

 風評が風評を呼び、浮き足立った都市圏住民が、スーパーにコンビニに狂奔している有様だ。ここにきて、ミネラル水がなければ乳児が飲んでも構わない、という水道水で溶いたミルクまでが危ない、と火に油を注ぎ、大きな団扇で風を送り不安をかき立てた。まるでメディアや都知事までもが流言蜚語を流しているようなものだ。原発直近で事故の収束のために命を賭して働いている関係者こそ被ばくは心配だが、下の資料で見る限り、何の心配も要らない一般都民や市民たちが、右往左往して慌てふためいている。見てみるがいい、ミネラルウォーターは最早どこに行っても手に入らないまでの狂気の沙汰だ。

 毎日新聞(3/24)から、
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 食品の暫定規制値をヨーロッパやアメリカと比べてみればいい。ヨウ素に関してアメリカは異常に厳しいが、ヨローッパの規制値と比べても日本が甘いというものではない。また、身体に影響する被ばく量の目安では、大騒ぎしているホウレンソウなど本当に微々たるものだ。どれだけ食べても何の影響もないほどだ。これは他の野菜とておなじことだ。

 現地の生産者からは、返品される野菜の山を眺め、「何のために育てているのか」と落胆を隠さない。それに、早速東京都の金町浄水場の検体からは、規制値を下回ったからと「安全」の旗が振られた。これほど付和雷同する消費者を惑わす報道を流して何とするのか。

 海外旅行以外は飲むことのないミネラル水は、関東圏に住んでいる我が家には1本の買い置きもないし、これからも買う予定はない。もう半世紀近く飲んでいる水道水で十分だ。

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エリザベス・テーラー死す

            『陽の当たる場所』より
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テーラー



 毎日新聞(3/24)から、
 ハリウッド女優、エリザベステーラーが死去した。私の年齢と同じだ。日本は敗戦(1945年)から5年経過していた。国のために死ぬことを男の本懐と教えられ、敗戦で目標をなくしていた少年の胸に、暗い映画館の中でこの世のものとは思えない美女の姿が焼きついた。オルコット原作の「若草物語」で鼻が低いのを気にするお茶目な3女役のエリザベス ・テーラー(17)だった。眠りにつくとき、少しでも高くなることを願って洗濯バサミで鼻をはさんで「お休み」をいう子だ。なんという綺麗で可愛らしい子だったろうか。

 その後ブログでも取り上げたことのあるドライザー原作の「陽の当たる場所」で絞首刑になる男性を好きになり、その最後の日、刑務所まで別れを告げに行き「いつまでも愛してるわ、生きてる限り」「さようなら」「わたしたち、さよならを言うために出会ったのね」と告げて去る女を好演した。テーラー19歳。

 その前年、「花嫁の父」18歳や、後に「ジャイアンツ」24歳、「クレオパトラ」31歳などを見たが、ハリウッド黄金期の世界最高の美人女優であった。

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2011年3月23日 (水)

火事場泥棒

             ムスカリ
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 「火事場泥棒」(②どさくさまぎれに不正な利益を占めるもの)と、広辞苑に出ているくらいだから、今に始まった輩たちの行為ではないが、それこそ他人(ひと)の不幸は蜜の味とでも心得ている連中だろう。大地震に続いて500年か1000年に1度という想像を絶する大津波で立ち直れないほどの打撃を受けた被災地で、国内を始め、世界中から救いの手が差し伸べられているさなか、幾つもの恥ずべき行為が行なわれているという。

 毎日新聞(3/23)から、 
 22日午前9時半ごろ、宮城県気仙沼市松崎片浜の気仙沼信用金庫松岩支店の男性行員から「金庫が荒らされた」と110番があった。地震の津波で店内が浸水し、金庫室の電子ロックが外れており、中の現金約4000万円が、盗まれていた。県警が窃盗事件として捜査している。

 県警捜査3課によると、19日午前には異常がなかったが、22日午前9時半に行員が確認すると紙幣がほぼすべてなくなっていた。店舗は津波で壊滅し、骨組みだけが残っている状態だった。

 県警によると、11日の震災以降、
   出店荒らし     39件
   空き巣       26件
   ガソリン抜き取り  16件
   ATMからの窃盗    2件 など、
災害に便乗した犯罪が多数発生している。県警は被災地の街頭パトロールを強化しているというが、買い占めに走る連中も同じようなものだが、何とも浅ましい同胞がいるものだ。

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2011年3月22日 (火)

流言蜚語

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 関東東北大震災の後、震災被害も受けていない都心でトイレットペーパーなど紙製品や乾電池、お米などが店頭から姿を消した。昭和のオイルショックを例に、17日のブログでも同じ内容を取り上げたが、新聞でいう「風評」にあたる「流言蜚語(ひご)」が問題になったのが歴史的にも有名な大正時代の関東大震災後の朝鮮人虐殺にまで発展した事件だった。巨大地震が再度やってくる、大津波が寄せる、富士山が噴火する、壊れた刑務所から逃走した受刑者が暴動を起こす等に混じって、朝鮮人が放火している、強盗,強姦や井戸への毒薬投げ込んでいるなどの尾ひれまでついて広まったものだった(日本側からの朝鮮蔑視、それに対する朝鮮人の日本への反感等、日本の植民地政策の背景があった)。極く短い言葉を耳元で囁き、次の人に回す遊びがあるが、例えば10人そこそこの耳打ちでも、最後の人に伝わった時には尾ひれまでついて見当もつかない言葉や内容になっていることを経験した人は多いだろう。当時は携帯もインターネットもなく、人の口から伝わったものだが、現代社会では広範囲に瞬間的な早さで伝播、浸透してゆくことになる。今回の地震でも、同様のことがインターネット上で行なわれているのだ。

 毎日新聞(3/22)から、要約と《 》内は私見
 今回の大震災の発生後、被災地支援や放射線被ばくの注意をかたった出所不明のメールが大量に出回っている。原発事故の直後から、被ばく防止のため「毎日、海藻食品を食べ続けてくだし」とよびかけるものや、「自衛隊が支援物資を受け付けている」と協力を求めるものなどがあった。

 出所不明で連鎖的に広がっていくチェーンメールは、広がる過程で内容が代わって行くことがあるため、種類や数を把握することは難しい。迷惑メールやコンピューターウイルスなどの情報を収集、分析する財団法人日本データ通信協会の迷惑メール相談センターによると、地震発生の翌日の12日から、震災に関連したチェーンメールが急増しているという。

《親切心からか、好意からなのか知識の押し売りのようなメールが発生している。放射線、放射能の知識をどれほど知ってか、現場の放射線量と人体への影響をどれだけ知っての上なのか、迷惑千万なことだ。》

 情報に対する問い合わせを受け、当事者の業務に支障が出るケースもある。過去に献血不足を伝えるメールから迷惑をこうむったことのある日本赤十字社の関連施設の飯沼担当部長は「チェーンメールと思われるメールを受けたら、転送せず、それ以上広げないようにすることが必要。情報の真偽は自分で確認してほしいが、当事者に問い合わせると業務を妨害することになりかねない。公式サイトなどで確認してほしい」とアドバイスする。

 東大大学院情報学環の橋元教授(コミュニケーション論)は、今回の震災に関連したチェーンメールについて「悪意がある愉快犯ではなく、『早く知らせないと』という善意から回っているのでは」と指摘する。こうしたメールを転送する人の心理には「運命共同体意識、不安を誰かと共有したいという思いがある」という。

 チェーンメールの発信元を調べるのは困難だが、インターネットの掲示板などで不安を訴える書き込みを見た人がメールで発信するケースなどが考えられる。メールの転送だけでなく、内容の真偽を確認しようとするメールも流言につながって行く。第1原発の状況が強い危機感をもって報じられている海外のニュースサイトや、現地の知人の話から、「日本では情報が隠されている」という不安感も生んでいるようだ。

 橋元教授は「最近は(簡易ブログの)ツイッターもあり、安易に情報が発信できてしまう」と注意を呼びかける。チェーンメールの疑いがあるメールを受けた場合、他の人に回さないことが重要だ。

《ケータイと睨めっこで日を過ごし、メールを送りたくて仕方ない様子に見える若者たちの姿はどこでも見かける。そこに中途半端な己の知識や情報で尾ひれを付けて転送する。風評はどこまでも広がることになっていく。》

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2011年3月20日 (日)

原発事故報道 - 2 -

 毎日新聞(3/20)から、
 《なかなか収まらない事故処理から、退避圏内の人たちの不安も増し、徐々に県外に居住地を求めてこれまでの住まいを離れる人たちが増えている。原発に極く近い人たちの不安はたまらないものだろうが、最初の爆発のこの世の終わりが来たような過熱報道に反省したのか、最近のメディアの論調には沈静化を狙った表現を取り戻してきたようだ。》

 《本日の記事では、放射線治療を行なう現場では放射線被害は「皆無である」こと、日常生活でも自然被曝をうけていること、発癌リスクは喫煙以下であること、広島・長崎の原爆被害のデータから、100ミリシーベルト以下では人体への悪影響はないことなどを、丁寧に解説している。》

 【中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長】
 放射線とは、ものを突き抜ける能力が高い光や粒子のことです。そして、放射線を浴びる(=被ばくする)と、遺伝子にダメージが生じ、人体に悪影響を及ぼすことがあります。放射線を出す能力を「放射能」、放射線を持つ物質を「放射性物質」といいます。

 今回の原発事故では、原子炉からヨウ素、セシウムといった放射性物質が漏れ出し、大気中に蒔き散らされています。たとえれば、スギ(杉)から「放射線を出す花粉」が飛散している状態といえます。放射性物質も、そこから出ている放射線も目には見えません。

 窓を閉めて、家の中にいれば、吸い込む花粉の量が大幅に減ります。放射性物質も同様で、屋外と比べ、屋内の被ばくは10分の1程度に減ります。しかし、放射性物質から出る放射線の一部は、窓や壁を突き抜けますから、家にいても、放射線を完全に避けることはできません。

 放射性物質による被ばくには。「外部被ばく」と「内部被ばく」があります。外部被ばくは、衣類や皮膚に付着した放射性物質から放射線を浴びることで起きます。

《やむを得ない外出から帰宅時の心得については、テレビなどでしきりに説明しているが、家に入る前に衣類のホコリをはたき、シャワーを浴びれば問題はない。換気はしない方がよく、洗濯物も外には干さないように心掛ける。そして、雨に濡れない工夫も大事で、雨粒を良く弾く生地の衣類、肌を濡らさないよう心掛けること、などが外部被ばく時の注意点だ。体内に放射性物質が入り、体の中から放射線を浴びる「内部被ばく」は、より危険だ。体内の放射性物質は洗い流せないからで、外出時には濡れたタオルなどで口や鼻を塞ぐと安心だ。》

 ただし、現段階では、避難した原発に近い地域の住民の人たちを含め、一般の人の健康に悪影響が出るとは考えられません。被ばくを心配し、「サーベイメーター」による検査を希望する人が増えていますが、そもそも「被ばくした」「被ばくしていない」という議論はナンセンスです。なぜなら、私たちは、普通に生きているだけで、必ず「被ばくしている」からです。

 《驚いた。ナンセンスだと。普通に生きている人には何でもないことだが、被災地の人たちにとっては気持ちを逆なでされるような表現だ。沈静化を図るにしてもちょっと厳しい言葉だ。》

 大気中には「ラドン」といった放射性物質が含まれますし、宇宙や大地からの放射線による被ばくもあります。ホウレンソウなど食べ物にも放射性物質がが含まれます。世界平均では、年間約2・4ミリシーベルトの放射線を浴びます。この「自然被ばく」の量も、場所によって異なります。例えば、イランのラムサール地方では、年間の自然被ばくが10ミリシーベルトを越えます。日本から、この地方へ引っ越せば、被ばくが増えるわけですが、ラムサール地方でがんが多いというわけではありません。

 耳慣れない「シーベルト」という言葉は、放射線が人体に与える影響の単位です。ミリは1000分の1、マイクロは100万分の1を意味します。
  1シーベルト=1000ミリシーベルト=100万マイクロシーベルト
 となります。

 もう一つ分かりにくいのは、「毎時10マイクロシーベルト」という表現です。これは1時間あたり10マイクロシーベルトの被ばくがあるという意味で、線量率と呼ばれます。毎時10マイクロシーベルトの場所に3時間いれば、30マイクロシーベルトを被ばくするという意味です。線量率は「蛇口から流れ出るお湯の出方」、たまったお湯の量が「何ミリシーベルト」という数字で表されます。

 では、どのくらい放射線を浴びると身体に悪影響があるのでしょうか? 原爆の被害を受けた広島、長崎のデータなどから、100ミリシーベルト以下では、人体への悪影響がないことは分かっています。このレベルの被ばく量は症状が出ないだけではなく、検査でも異常な数字は確認されません。

 100ミリシーベルト以上の被ばく量になると、発癌のリスクが上がり始めます。といっても、100ミリシーベルトを被ばくしても、癌の危険性は0・5%高くなるだけです。そもそも、日本は世界一の癌大国です。2人に1人が、癌になります。つまり、もともとある50%の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50・5%になるということです。たばこを吸う方が、よほど危険といえます。

《安心させるための数字の裏付けとはいえ、原発直近の方々には「そうは言ってもなあ」の心配は残るだろう。》

 現在、文部科学省が、各地の線量率を測定しています。最も値が高い福島県の数値でも、風向きなどで高めの地点もありますが、多くの地点で、毎時数百マイクロシーベルト程度です。測定は屋外で実施していますから、屋内に退避しておれば、線量率は毎時1マイクロシーベルト以下です。東京、埼玉、千葉などは、屋外であっても、その10分の1以下です。

 毎時1マイクロシーベルトの場所にずっといる場合、どのくらいの時間が経つと身体に悪影響が出始める100ミリシーベルトに達するのでしょうか? なんと11年以上の月日が必要です。通常より高いといっても、現在の放射線のレベルは人体に悪影響を及ぼすものではないことが分かります。

 事故の現状では、発癌リスクの上昇を含め、一般の人たちの健康被害は皆無といえるでしょう。安心して、冷静に行動していただきたい、と。

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2011年3月17日 (木)

原発事故から見えるもの

 昨日の停電はおよそ70年近い前、空襲に怯え電灯に黒い布を被せたり、蝋燭の火の下でひっそりと暮らした惨めだった頃のことが思い出された。使用中だった懐中電灯は、食事の準備中には消耗し、灯りの用を足さなくなったが、日頃から電灯はよく使用することから、電池の買い置きはしてあった。また、何年前になるか、随分古いソニーの浴室用ラジオ(6ボルト電池)も消えかかる音量にまで消耗してきたが、買い置きがあることで安心していた。今日になって念のため取り出してみた。使用しないうちに使い物にならないほど消耗していた。そして今日は日中に、2度目の停電が終わった。

 昨日買えなかった(いつも昼はパンなので、朝10時半ごろコンビニに行ったが、早いうちに売り切れていた)今日も10時ごろ食パンを求めに行ったが2店舗ともこれも売り切れ、老人用紙おむつも売り切れ、ティッシュも売り切れ、ヨーグルトもない。アイスだけが売れないで残っていた。

 被爆地でもない地域のコンビニやスーパーから、食料品や、紙製品(老人用、幼児用紙おむつ、トイレットペーパーなど)が姿を消し、ガソリンスタンドには長蛇の列が続く。昭和のオイルショックの時、風評が風評を呼び、トイレットーペーパーや妻の生理用品が手に入らなかったバカ騒ぎを思い出す。銭のある人が自宅の8畳の部屋一杯に、トイレットペーパーを積み上げた話もニュースになった。今度も被災地の人たちのために、二つ欲しいところを一つにして、回してあげようと考えるのが思い遣りなのに、浅ましい人間どもにはそのように考える情けもないようだ。

 海外では被災地の人たちが助け合い、整然と行動し、お互いを思いやる姿を世界一のマナーを備えた日本人として讃え、陸続として援助の輪が広がっているというのに、ぬくぬくと生活し、暖をとり十分に食べ、被害も受けていない人間どもが、競って買い占めに走るとは、見下げ果てた国民性と思い、また、呆れ果てた日本人どもと思う。

 このような情けない実態を見に、蓮舫議員がコンビニを回り、目頭を熱くして買い控えを消費者に訴え呼び掛ける姿をテレビは報道したが、果たして浅ましい日本人に効き目は表れるだろうか。

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2011年3月16日 (水)

原発事故報道

 毎日新聞(3/15)から、
 《事故発生から繰り返される幾重にも輻輳する報道。時系列は無視、こちらの局は昨日あったことを、こちらは今朝のことをと、どうなっているのか迷うばかりだ。それに放射線量の測定をマイクロだ、ミリだと平常聞き慣れていない、見慣れていない原子炉の断面図が画面に写り、数字が繰り返される。》

 《メディアは東京電力を悪者にしようとでもするように、自身が理解できているのかも分からない質問を次々に浴びせかける。そして、国民の不安を煽り立てるように何十倍にもして報道する。連日の専門学者や政府の説明を聞いていても、落ち着いて対応していれば慌てふためく状況でもないと思われるのに、無闇に恐怖心を煽る。報道は海外にも及び、救援団を派遣してくれる国があると当時に、タイのように日本産品の放射能汚染を懸念し、検査態勢を検討しようとする国まで表れる始末だ。日本のメディアは、数年前、教育問題を取り上げたとき、学校を、教師をサンドバッグ宜しく袋だたきにした時のような様相を呈している。》

 《詳しい報道が必要なことまで否定しないが、この世の終わりでも来たかのように恐怖心を煽るような報道は避けることを望みたい。たまたま今日の朝刊に鎮静剤のような1文が載った。》

 『150ミリ・シーベルト以下、急性健康被害なし』
 以下、放射性物質の拡散をどう受け止めればいいのか。核燃料加工会社「JCO」の事故(99年)で被ばく作業員の治療に当たった前川和彦・東京大名誉教授(救急医学)の話。

 原発敷地内で1時間当り400ミリシーボルトという放射線量が観測されたのはゆゆしき事態だ。原爆を除き、これほど高い数値が国内で観測されたことはなく、世界的にもチェルノブイリ原発事故(86年)以来だ。国際原子力機関(IAEA)が出した放射線事故時の初期対応要員のガイドラインは「1時間当り100ミリシーボルト以上の区域には、救命もしくは事態を収束させる作業以外では入ってはいけない」と定めており、その基準を大幅に上回る。

 ただし、一連の事故で放出されたのは、核分裂生成物質(放射性物質)を含む気体で、核燃料そのものが爆発したわけではない。これらは風に乗って運ばれるが、遠方で観測されてもごく微量のため、健康に影響を与える可能性は低いと思われる。被ばく線量が150ミリシーボルト以下なら急性の健康被害が出ることはなく、また、100ミリシーボルト以下なら、将来がんになるなどの長期的な影響もないと考えられている。

 避難や屋内退避の範囲は、ある程度、安全の幅を取って設定されている。30キロより遠い地域の人は特に対策をとる必要はないが、もし心配なら外出を控えることだ。屋内退避圏内やその近くにいて、自分が被ばくしたか心配な人もいるだろう。しかるべき場所でスクリーニング*を受ければ分かるが、そのためにわざわざ外に出るのは避けた方がいい。

  * スクリーニング(screening)・・被ばくしたかどうかを選別

 放射線は目に見えず、味がなく、触れることもできない。五感で感じられないため、不安に思うのは当然だ。しかし、過去の事例をみても、放射能に対する過剰な反応は、風評被害など大きな社会的影響を引き起こす。正しい理解のもとに冷静な判断をし、秩序ある行動をとってほしい、と。

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2011年3月15日 (火)

東北関東大地震

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 ミモザ
 と
 アネモネ


  パソコンの前でキーに向き合い、さてこれからと思った矢先、家がミシミシと揺れ、ガラスが鳴り始め、シャンデリアが大きく揺れ出していた。これまで生きてきた経験から、さして驚くまでもなく鎮まるのを期待したが揺れは激しさを増すばかりだった。L字に並んだ天上まである6つの書架がグラグラ揺れ、今にも倒れそうになるのに飛びついて必至で踏ん張り、およそ80年を生きて経験したことのない恐怖を覚えていた。こらえ切れずにもうこれまで、と覚悟した頃ようやく揺れが収まり始め、長かった時間を全身の振るえとともに振り返っていた。埼玉県南部の震度を速報で、テレビは最初、マグニチュード3と報道したが、体感震度では5強はあると感じていた。最終的に5弱となったが、幸い書架からの落下物に貴重なものは混じらず、台所の棚から鍋類のほとんどが落ち、居間のラジカセなど電気製品が落下寸前まで移動していた。軍国少年だったころの舞鶴の軍港の地で体験した空襲も、時が過ぎて恐怖を半減させていたが、今度の地震で再び恐怖を覚え、しばらく体の震えが止まらない体験となった。

 地震発生後の大小の余震が埼玉でも当日は勿論、翌日も一日中繰り返し、その都度肝を冷やす状態が続いている。15日現在16時11分の今、キーを叩いているが、またまた、余震がきている。

 被災地福島の内陸部白河に、甥っ子夫婦がおり、地震当日、翌日も連絡不可能。3日目の早朝になって連絡が取れたとの母親からの連絡で無事の生存が確認できたが、建てたばかりの住居が破壊され、ご近所との助け合いの生活を始めたとの報を受ける。

 毎日新聞(3/15)から、
 またまた、石原都知事の発言が問題になった。彼が、いかほどの博学のおっさんか知らないが、今回の地震、津波の大震災といわれる自然現象を、神の行なった人間への罰であるとの神掛かりの言葉で表現してみせたことには驚く以外のほかはない。曰く「津波は天罰」と。その昔、弘安4年の蒙古襲来時、季節風がきたのを神風と名付けた思想と同じ底流だ。

 石原は14日、「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用してだね。我欲を1回洗い流す必要がある。積年たまった日本人の心の垢をね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ」と発言した。被災者や国民の神経を逆撫でするのは確実だ。

 彼は、この発言の前に、「去年一番ショックだったのは、おじいさんが30年前に死んだのを隠して年金詐取する。こんな国民は世界中に日本人しかいない」と述べていた。

 石原が世界200カ国近い国々のどれだけを歴訪したのか知らないが、「‥‥しかいない」は言い過ぎだ。たしかに日本人のモラルのなさは目に余るが、それは、石原個人として嘆いていればいいことで、メディアに向かってわざわざ話すこともない。時は日本が挙げて災難に当たろうとしているさ中の折りでもあるのだ。「被災者のかたがた、かわいそうですよ、」指摘されるように、一層「逆撫で」にしかならない。

 確かに、被災者の人たちの中には、未だに被災後1度も救いの手も届いていない避難所もあるというのに、災害地でもないのにスーパーやコンビニに列を作って食料、雑貨など買い溜めをしようとする人間がいるのを見れば、その余りのさもしい根性に、心の底から怒りを覚える。

 東電の2グループの計画停電開始時刻、6時20分がそろそろ迫っている。明かりが残っている間に早すぎる食事をすませ、その後、蝋燭の灯りで入浴するつもりだ。

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2011年3月10日 (木)

新学習指導要領、7割が学力差拡大を懸念

 本題に入る前に、今日3月10日は東京大空襲から66年目に当たる日だ。例年取り上げてきたが、広島や長崎に比べても、被災者はそれを上回るのだが追悼はささやかだ。原爆での死も焼夷弾での死も、人の命に軽重はないはずだが、つい東京大空襲は人の口に上らなくなりつつある。メディアもまた同じだ。

    昭和館
 Photo_3 現在東京には戦没者遺族に対する援護施策の一環として、国民が経験した戦中,戦後⦅1935(昭和10)年頃から55(昭和30)年頃まで⦆の国民生活上の歴史的資料や情報を展示する『昭和館』(1999年3月27日開館。国立・厚労省所管=東京都千代田区九段、靖国通りに面して)があるが、直接的な東京大空襲の資料はない。

 参照 東京大空襲 10/03

 毎日新聞(3/10)から、
 生活報道部:木村 葉子記事)が都の平和祈年館を一刻も早く建設してほしいとの記事を載せた。
 《要約》
 (前略)東京大空襲犠牲者の追悼や戦争体験の継承などを目的とした平和祈念館は、90年代に都が建設を検討した。98年には諮問機関から当時の青島幸男知事に報告書も提出された。だだ歴史認識や財政難がネックになり、「都議会の合意を得た上で実施する」として凍結されたままだ。

 犠牲者を悼み、戦争を学ぶ場としての平和祈念館を東京都に建設してほしいと考えている。若い世代が理解しやすいよう、立体の3D映像で炎を表現したり、体験者の生の声を収めて再現することもできるだろう。当事者が亡くなった後の伝承には限界がある。空襲を語れる人は、いま70代以上。残された時間はそう長くない。

《だからといって、マンガチックな作り物の3D映像では事実は伝わらない。それよりも、粗末な色褪せ破れたモノクロームの1枚の写真の方が余程見るものには迫ってくる真実が写し出されている。》

 石原慎太郎都政のもと、《オリンピックには熱上げても》平和祈念館は塩漬けにされてきた。来る4月10日の都知事選まで1カ月。候補者と都民が、一緒になって考えられる最もいい機会だ。長話になった。

【閑話休題】
 小中学校の校長の6〜7割が、11年度からの新学習指導要領の全面実施に伴い、児童・生徒の学力格差が拡大すると考えていることが、ベネッセ教育研究開発センターのアンケート調査で分かった。学習量の増加に、子どもたちが対応し切れなくなる可能性を懸念しているようだ。

《戦前の教育はできる子に合わせたプログラムで構成されていたようだ。今回の新指導要領がそこまでの変化を求めての改革ではないだろう。ついこの間まで、「ゆとり」を信条としたほんわかムードに慣れた子どもたちには、いきなりの締め付けはさぞ厳しいことだろうが、以前にも書いたが、もともと教育に格差はつきものだ。どんなに同じことを、同じ時間かけて教えても、習得の結果は決して同じレベルで表れることはない。》

 同社は97年から数年おきに全国の小中学校の校長と教員を対象に「学習指導基本調査」を実施している。5回目となる今回は、昨年8〜9月。校長1133人、教員5515人を対象に新学習指導要領への対応状況などについて尋ねた。

 学力格差の拡大については、小学校校長の71%、中学校校長の64%が「とても不安」または「やや不安」と回答した。一方、1割程度増加する学習量への対応策を複数の選択肢をあげて聞いたところ、小学校教員の55%、中学校教員の35%が「全体的に授業の進度を速める」と答えた。同社は「ついていけない児童生徒が増えることへの懸念があるのでは」と分析している。

 調査からは「学力低下」批判を背景に、学校現場が、“学力重視”に回帰する傾向も浮き彫りになった。例えば、教師の指導観を探るため
 ①自発的に学習する意欲や習慣を身につけさせること
 ②たとえ強制してでもとにかく学習させ」ること
の二つのうち、児童・生徒に対して重視する方を選んでもらったところ、②の「強制学習」を選んだ教員は小学校が98年調査の12%から27%に、中学校は97年調査の18%から35%に増えた。

《当然だろう、保護者の頭には学力偏重がしみ込んでいるからだ。「うちの子はできる子だから他の誰よりも良い学校に進学させたい」親の欲目に応えるためには、教師の応えは決まっている。しかし、子どもは甘やかせるだけで強制がなければ人間として成長しないし、大人にもなれない。》

 また、学校の「教育目標」に「学力向上」や「学力定着」という言葉がある小学校は02年調査の21%から42%に、中学校は25%から36%に増加した。

 調査・分析メンバーの耳塚寛明・お茶の水女子大副学長(教育社会学)は「全体として子ども中心主義が衰退しているようだ」と話している。

《子ども中心主義が子どもを甘やかせることを意味するのなら、耳塚の言う衰退になるのだろう。そして、その甘やかしが世界の学力レベルからの遅れを招く要因ともなったことの反省も必要だろう。》

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2011年3月 8日 (火)

ひとり飯

 毎日新聞(3/8)から、
 周囲から友だちがいないように思われてしまうが怖い……。近年、一人で昼ご飯を食べられない学生が多いらしい。気兼ねなく「ひとり飯」をするにはどうすればよいのか。学生ならではの不安を研究した慶応大学文学部教育社会学ゼミ生とこの問題に詳しい筑波大学・土井教授に聞いた。

《こんなの大学でなくても分かることだ。昔から「井戸端会議」なる長屋のおばちゃんたちの隣近所の噂話のネタのやり取りで、中身空っぽのバカ話、時間つぶしが関の山だ。金魚が餌を食べながら長く伸びた糞をくゆらせて泳ぐ、「金魚の糞」状態で、切っても切れない腐れ縁の連中の集まりだ。金魚鉢の中で長く伸び過ぎた糞が時に切れるが、これが「ひとり飯」状態で腐れ縁でも繋がっていないと、途端に不安を覚えるのが最近の若者のようだ。独立心が乏しく、誰かに、或いは何かに依存していないと放り出されたようになり、夢中になって携帯に向かって一日中,何度となくSOSを出して切れた糞を繋ごうとする。》

 「お一人様ランチや一人カラオケは普通なのに、大学で一人でご飯を食べると浮いている気がする。みな一人でいることに抵抗があるのでは」昨年、慶応大学文学部研究会ではゼミ生3年生12人が、この問題を教育社会学的に調査、研究した。論文は11月の大学祭でも発表され、4日間で他のゼミ発表よりも多い400人が訪れた。

 首都圏の大学生約1500人に調査した結果、ひとり飯を他人に見られることに抵抗があるひとは33%だった。しかし「キャンパス内でひとり飯をしている人を見たとき、その人のことが気になるか」という質問にイエスと答えたのはたったの5%。自分が「見られる側」だと気にしてしまうが、「見る側」に立つと、気にしないという学制像が浮かぶ。

《学生のひとり飯に限ったことではなく、誰にでも何事についてもあることで、自意識過剰な人間には特に目立つ感情だ。街なかを歩いていても、誰かに見られているのではないか化粧を気にし、服装を気にし、ウインドウの前に立ち止まる女たちは掃いて捨てるほどいる。学食で、ひとり飯を食べている人をしげしげと観察するほどの酔狂な人間はそうはいまい。時代は遡るが子どもの頃、食事中におしゃべりでもしようものなら、『黙って食べろ』、親父の拳骨が飛んで来た。そのせいか、会社の食堂でも一人で食べることがほとんどだったし、それが普通だった。また、長男が生まれ、やはり食事中のおしゃべりは注意した。ひとり飯に何の抵抗もないし、食べ物をじっくり味わうにはその方がよい。》

 「今日の社会では人間関係が幅広い人こそが価値ある人だと看做される傾向がある」と筑波大の土井教授は指摘する。それは人間関係の作り方が昔と変わったからだという。昔は学校などの制度が人間関係を拘束し、また保証もしていた。その拘束から逃れられる人が「一匹狼」と尊重された。だが徐々に「同じ学校だから仲間」という意識は薄れていき、制度的な共同体は力を失っていった。「気の会う人だけと仲間になるという自発的な人間関係の作り方にシフトし、人間関係が自由市場化した」(土井)。

 するとうまく人間関係を構築していける人としていけない人が出てくるようになり、人によって人間関係の幅が出てきた。そして幅の広い人が最も価値ある人だという「錯覚」(同)が生じてたのだという。こうした見方は、今日の就職活動でコミュニケーション能力が最も重視されているという背景とも重なる。

《土井は人間関係の幅について説明しているが、コミュニケーション能力は幅だけではない。そこにはもっと重要な質の問題がある。有象無象で幅を広げても人間関係がうまく構築されることはない。》

 ゼミ生12人のうちひとり飯に抵抗がある人は半分程度。ある学生は「教室で一人で食べるのが日課だが、ワイワイした学食に一人では行きづらい」と話す。学食ではサークルが固まっていたり、グループで食べる人が多いからだ。論文の最後では、大学に対してひとり飯がしやすい環境づくりを求めている。

 だが土井はそれだけでは根本的な解決にはならないと話す。「個人の意識を変えないと」。まず見られる側を意識しすぎるのではなく、ひとり飯を見る側で考えてみようということ。次に人間関係作り以外の目的を大学に見出すこと。大学での目的が人間関係作りだけになっているから他人からの評価が気になってしまうのだという。

《個性もなく、自立性も乏しくては人間関係も貧しいままだ。大地にしっかりと足を置いた生き方をしないと相変わらずの烏合の衆、つながった金魚の糞で、「皆がそうだから」の付和雷同で終わるのが落ちだ。》

 とはいっても、うまく人間関係を構築できない人もいる。そういう人を周囲が認めてあげることが必要なのではないか。また自分自身でも対人能力以外で自分に価値を見出せないだろうか。

《大学までいったのは自己研鑽のはずだ。人と同じことができたり,するためではなかろう。人とは違ったことをしたり、見出すこともできる見識を身につけるためだ。それこそその人の個性となるものだ。》

 

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2011年3月 6日 (日)

外国人看護師受け入れ、日本は何故少ないか

 毎日新聞(3/6)“なるほドリ”から、

 貿易自由化の交渉で、日本は外国人看護師の受け入れを求められているそうだ。貿易の交渉なのに、なぜ、看護師の話が出てくるのだろうか。

 貿易自由化というと、農畜産品などの関税を巡る議論に注目が集まる。国内農業を守るため、日本が外国産のコメなどに高い関税をかけているからだ。でも、日本が各国と締結を目指している経済連携協定(EPA)は、モノやサービス、人の行き来を促進して経済活動を活発にすることを目標にしている。輸入時に数量規制を設けるなど、関税以外の手段で貿易を制限することを「非関税障壁」と呼ぶが、外国人看護師の外国人看護師の受け入れが少ないのも非関税障壁の一つだとして、交渉の対象になっているのだ。

 Q 看護師受け入れに障壁があるのか

 A 日本は08年以降、EPAを結んだインドネシアとフィリピンから、働きながら看護師を目指す候補生を受け入れている。でも昨年、国家試験に挑んだ候補生の254人のうち、合格したのは3人だけだった。このため、両国から「日本語が非関税障壁になっている」との批判の声が上がった。日本語が使えることを条件にして、実質的に受け入れを制限している、という主張だ。厚生労働省は「医療現場では日本語能力が不可欠」としているが、今年2月の試験から「難しい用語を易しい言葉に置き換える」などの対策をとった。看護師を巡っては、インドとのEPA交でも受け入れを要求されている

非関税障壁を巡る対日要求
  Boueki 参照 3/254 10/04

 Q 外国から見直しを求められている非関税障壁にはどんなものが?

 A 米国は、BSE(牛海綿状脳症)対策として日本が定めている月例基準などの撤廃を求めている。見直さないと、日本の求める工業製品の関税撤廃に相手国が応じなかったり、米国など9カ国が交渉中の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加が難しくなったりするかもしれない。ただ、撤廃すると、雇用が失われかねない。規制も安易に緩和すると、消費者の安全が脅かされてしまう恐れがあるのだ
 
 Q 日本以外の国も非関税障壁を指摘されているの?

 A 米国はリーマン・ショック後の景気対策として、公共事業での資材調達の際、米国製品を優先購入する条項を盛り込んだ。中国も政府の物品、サービス調達で国内企業を優遇し、いずれも他国が見直しを要求している。

《それにしても、いずれも本国ではれっきとした有資格者たちの受験だ。技術は日本と変わりない人材のはずだ。難しい言葉だけが障害ならば、平明な言葉への置き換えなどは日本人はお得意の領域ではないのか。或いは横文字にするのも得意の分野だろう。日本人が避けることの多い職種に携わりたいと、他国の日本での看護師にすすんで受験してくれる人たちだ。こんな勿体ない話はない。なんとしても多くの人が合格できる道を拓いてほしいものだ。》

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2011年3月 5日 (土)

続・入試ネット漏洩 

 毎日新聞(3/5)から、
 《事件の当人は逮捕されたが、そのことで京都大への批判が高まっているという。物事の善悪の判断もつかないバカがたくさんいるようだ。万引きと書店倒産が続いたころのことだ。店主が万引きを警察へ通穂したことで店への攻撃が始まり書店は倒産に追い込まれた。今回の漏洩事件もおなじことだ。京大がなくなることはないだろうが、腐った芽を摘むのは速ければ速いほどいいに決まっている。》

 入試問題投稿事件で逮捕された仙台市の予備校生(19)の幼稚ともいえるカンニングの手口が明らかになるにつれ、京都大への批判が強まっている。不正行為を防げなかったばかりか、声高に被害者の立場を強調したとの見方からだ。事件に関し、京大へ4日までに寄せられた電話は170件を越え、ほとんどが苦情や抗議だった。

《抗議してきた輩たちは、自分たちも同じことをした経験者か、予備軍だろう。誰も見ていなければ万引きをして当然、監視していない方が悪い、とでもいうのか。善悪の本質も考えられない輩だ。》

 京大広報課によると、電話は予備校生が警察に保護されたというニュースが流れ始めた3日午後から増え、同日夕方までに約30件、4日には午後5時半までに144件に登った。

 うち十数本は激励だったが、その他は「監視が甘かったのではないか」「被害届を出して逮捕させるのは間違い」「カンニングで逮捕はやり過ぎ」といった意見。「予備校生がかわいそう」という同情の声もあった。

《まるで、自己中心的、理不尽を突きつけるモンスターペアレントばりの言い分だ。》

 予備校生の出身地や通っていた予備校がある東北地方の市外局番からの電話も。ある職員は「今日はほとんど仕事にならなかった」とこぼした。

《関係のない職場の通常業務を仕事にならないほど混乱させる、良し悪しの判断もできない連中の殺到する電話のことを、メディアは嗜めることもできないのか。》

 

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2011年3月 4日 (金)

反則、警告だらけのサッカー

 毎日新聞(3/4)から、
 以前にも書いた。サッカーを好きになれない最大の原因が反則の多さにあることを。健常者にはある両手は原則使わないことになっているが、見ていると、手や足は相手の動きの邪魔をするためについている、いわゆるサッカーでは反則するために両手があるようなものだ。競技の質は異なるが、トラックやスピードスケートのスタートラインで少しでも動くとファウルをとられ2度重ねると失格となり、その後競技に参加することも許されない。ところがサッカーは反則をすることに運動選手としても矜持の持ち合わせはないようだ。避けられない場合もあるだろうが、何度でも、いつでも、どこでも反則を繰り返す。それほど足に加えて手も使いたいのなら、手のない人の真似をしていないでルールを変更し、思う存分両手が使えるようにすればいい。

Photo 今日の記事は、サッカーの所要時間90分が、その反則や警告で実際のプレー時間は60分にもならないことに問題提起している。

 J1が54・5分、J2が51・1分──。サッカーのJリーグは昨季も実際のプレー時間「アクチュアル・プレーイング・タイム」が90分の試合にもかかわらず、60分にも満たなかった。これを伸ばすことが新シーズンの目標となる。

 アクチュアル・プレーイング・タイムは、実際にプレーが行なわれた時間を指し、反則の後にフリーキックで再開するまでの時間や、ボールがピッチから外に出た後にゴールキックやスローインなどで再開するまでの時間は省かれる。短いほど試合の連続性を欠いており、試合への興味がそがれる原因になる。

 日本サッカー協会審判委員会によると、J1平均は08年が54・2分、09年は55・9分、J2は08年が52・0分、09年が52・7分で、10年はいずれも短くなった。松崎康弘委員長は「昨年の大方針は、選手の手を使った反則を正しく取ることだったが、最初は厳しくし過ぎたため(反則が増え)、プレー時間が短くなった」と分析する。だが、終盤戦になるほどプレー時間は長くなってきたという。

 プレー時間を長くするには、選手がコーナーキックなどで素早く試合を再開することに加え、審判側が選手の接触プレーに対し、安全面を考慮した上で過剰に笛を吹かないことも求められる。遅延行為による警告数はJ1が09年の76から10年は66に減った一方、J2は86から116に増加。異議による警告数はJ1、J2とも増えており、プレー時間を長くする余地は十分にある。

 算出方法に違いはあるが、スペインリーグではアクチュアル・プレーイング・タイムが60分に達するとのデータもあるという。

 松崎委員長は「今季も『手』の反則にキチンと対応することに変わりはないが、同時に、試合時間を短くするような行為を減らせるようにした」と話している。

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2011年3月 3日 (木)

どうなる「子ども手当」

 本題に入る前に。89年前の今日3月3日、全国から当時『穢多』、『非人』と呼ばれ差別されていた被差別部落民が京都市岡崎公会堂に集まり、その創立大会が開かれ、日本最初の「人権宣言」といわれる全国水平社創立宣言を採択した日だ。人間を差別する言動はいっさい許さない、と決議され、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と創立宣言に書いた。また、「全国に散在するわが特殊部落民よ団結せよ。われわれが穢多であることを誇るときがきたのだ」と宣言した。

 4年後の1926(大正15)年には軍隊内差別や行政による差別を糾弾、労働者・農民運動との連携など新方針を決議していった。しかし、志を同じくしても、派閥の台頭は避けられず、運動は低迷に沈んでいく。1933年に一時復活の兆しは芽生えたかに見えたが、1937年の日中戦争が勃発、戦争協力を余儀なくされ、1942年に団体としては自然消滅の道を選んだ。

 戦後、1945年に水平社運動の再建が協議され、翌年には旧水平社のメンバーや融和事業団体の役員たちが集まり、部落解放全国委員会(部落解放同盟の前身)を結成した。

 同じように大義名分を掲げても、分裂騒ぎは戦後の原水爆禁止運動にも原水禁、原水協を生み、教育界でも日教組、全教などといった分裂騒ぎを引き継いでいる。また、政治の世界の派閥、分裂は凄まじく、長年続いて腐敗した自民党の後を継いだ現政権も、ここにきて16人の離反者が生まれ、国民生活の根幹の来年度予算案さえも財政面の手当の見当もつかないさまだ。当然「子ども手当」は廃案も懸念されている。

 【閑話休題】
 毎日新聞(3/3)“なるほドリ”から、
 子ども手当法案の成立が難しそうだ。もし廃案になったら、自公政権時代の児童手当が復活するとの噂だが、どういうことだろう。今の子ども手当法案は今年度1年限りの時限立法だが、そこには「10年4月から11年3月まで児童手当は支給しない」と書いてある。法的には、児童手当の支給を止めて、子ども手当を配る方になっている。子ども手当法案が廃案になれば、児童手当が復活することになる。

 Q どうして児童手当法が残るのか

 A 地方自治体にも手当の財源を負担してもらうため、民主党が児童手当に仕組みを活用したからだ。子ども手当はもともと、全額国の金で出すはずだったが、半額の月額1万3000円でスタートした10年度でさえ、支給に必要な2・7兆円を国の金だけで賄うことができなかった。政府は足りない分を地方自治体などに負担してもらおうと考えたが、自治体側は「全国一律の現金給付は地方の裁量の余地がなく、地域主権の理念に反する」として、地方負担に強く反発している。

 Q それで?

 A そこで政府が目をつけたのが児童手当だ。この法律には、県や地区町村が約5500億円、企業が約1700億円を負担するとされ、政府はこの仕組みを活用したわけだ。

  Photo Q 児童手当法を廃止して改めて子ども手当として地方や企業に負担を求めた方がすっきりすると思うが

 A 理解を得るのは難しかったろう。児童手当が始まった1972年当時と今では、国と地方の力関係が全く違うんだ

 Q 民主党の岡田幹事長は、子ども手当法案の修正について「児童手当法の改正でも良い」と言っていた。民主党は子ども手当について「社会全体で子どもを育てるもので、児童手当とは理念が違う」と言っていたはずじゃなかったのか

 A 子ども手当法案が廃案になれば、手当を配る市区町村が大混乱し、最初の支給月の6月には、児童手当の支給すら間に合わないだろう。政府としては、どんな形でもまずは支給が滞らないことを優先させざるを得ない。「背に腹は代えられない」ということだ。

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2011年3月 1日 (火)

入試ネット漏洩

 毎日新聞(3/1)『社説』ほか から、
 京都大など複数の大学の入学試験問題の一部が、試験時間中にインターネットの質問掲示板に登校され、その「解答」が寄せられた。大学界は大きな衝撃を受けている。

《韓国では同様の不祥事が起き、その対策として試験会場への携帯電話の持ち込みは禁止されていると聞く。これは日本でも真似ていい。日本でも最近のインターネット利用による事件は数えるに困らないほどの多様な出来事が次々に発生している。すでに破綻している性善説では説明するのも不可能な状況にある。学者レベルの他人からの抜き書きの論文や、卒業論文の「コピペ」問題は今度の入試不祥事のようなベースが醸成しているとみていいだろう。》

 被害届を受けて警察が偽計業務妨害容疑で捜査する。だが事件は巧妙悪質な不正という遺棄にとどまらず、日進月歩のネット社会に生きる私たちに底知れぬ不安も感じさせる。

 この投稿者が自分か他人の不正得点を企図したのか、世間を困惑させることを狙った「愉快犯」なのかなど、動機は判然としない。また手口についてもさまざまに推測されている。例えば、問題を複写か撮影して送信した可能性などである。複数の人物がかかわったとの見方もある。

 いずれにせよ、前例のないパターンの不正で入試の厳正・公正性に疑いを生じさせたのは事実だ。早急に経緯を解明して対策を講じなければならない。今回発覚したものだけではなく、同様の不正がもっと広く行なわれている可能性もある。放っておいては、入試以外の各種の試験などにも影を落としかねない。

《影を落としかねない、など暢気なことを言っている場合じゃない。上に書いたように幾らも問題は起きているのだ。教育実習に共通評価基準(東京都)11月3日 でも触れたが、公立小学校で教育実習に当たる大学生を対象に「法令を守る態度」や「コミュニケーション能力」が身についているかなどを評価しなければならないほど、大学生の評価は落ちている。》

 今回、掲示板を運営しているヤフーが捜査に全面協力するのは当然だろう。一方、大学当局も未然に防ぎ得なかった不正なのか、巡回や目視による会場での試験監視の実態も含め、徹底検証する必要がある。

 ♦「社説以外の記事から」
 京都大の受験生から「試験監督の監視が徹底していなかった」との指摘があがっている。「ツイッター」上では、京大の監視態勢の不備に触れ、カンニングを示唆する書き込みもあった。英語の能力テスト「TOEIC」などでは、携帯電話の電源が一人一人チェックしており、大学側には再発防止策も求められている。

 2月25、26の両日に京大農学部を受験した男子高校生は、京都市内の京大キャンパスの教室で、約80人の受験生が一緒だった。試験監督から電源を切った携帯をカバに要れ、カバンと副は教室の両側に置くように指示を受けたが、周りを見回すと服のポケットから携帯のストラップを覗かせている受験生が複数いた、という。

 監視役は前方に5〜6人いたが、25日の試験中には受験生の間を見回っている様子は特になく、教壇の近くで座っていたという。教室は横に三つのな長椅子が並び、縦は十数列ほど。男子校億製は後の席だったら、携帯を扱っていても分からないと思う。歩き回られても気が散って迷惑だけど、せめて試験前に携帯の電源を切り、カバンに入れるところを一人一人チェックした方がいいのでは」と提案する。

 「ツイター」への投稿内容は、試験監督の監視が甘く、カンニングが容易だったことを指摘し、「トイレに行けばカンニングとか余裕な状況だった」などとしていた。

 「社説」から
 2004年、韓国の大学修学能力試験(日本のセンター試験に相当)で携帯電話を悪用した大量不正が発覚した。以降、入試では一切携帯電話を会場に持ち込ませず、金属反応検査もできるようにしている。

 日本の入試制度は、問題点や課題も抱えながら、実施の公正さによって学力や努力を反映させることを旨として行なわれてきた。さまざまな環境にある若者に機会を与え、社会の人材多様化、活性化を図る意味もあった。不正はそれを揺るがすもので、過去に老いても問題漏洩や「裏口入学」は強く非難されてきた。

 大学教育のグローバル化が強調され、教育研究水準の国際的な信頼性確立が急務の時に、入試の公正性に懸念を持たれるのもマイナスだ。

 また、90年代以降、学校教育で、多様化する情報を正しく理解し使える「情報リテラシー」育成の重要性がうたえあれている。その中でも、不正利用は犯罪行為であることを改めて考えたい。

《理性や道徳を問うても,解決できる段階ではない。受験会場への携帯持ち込みを禁止するべきだ。受験日数の数日間ぐらい、全く携帯のない生活を送るのも悪いことじゃない。》

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