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2011年2月 9日 (水)

「孤育て」とは

 毎日新聞(2/4)から、
 「私の社会保障論」として第一生命経済研究所主任研究員・松田茂樹が“日本が「孤育て」になる原因”なる一文を書いている。先ずその主張を聞いてみよう。

 自分でしてみて「子育てはしんどい」と感じた人は少なくないだろう。どうもわが国は子どもを育てにくい。内閣府の国債意識調査(05年)によると「自分の国は子育てしやすい」と感じる人はスウェーデンではほぼ10割、アメリカやフランスは7割前後だが、日本は5割。2割の韓国には上回ったが、お寒い結果だ。なぜだろう。欧州諸国ほど手厚い子育てへの経済的支援や保育サービス、バリアフリー化された道路がないからか。

《経済の専門家だが、経済基盤の違う国々を比較した数字を並べてまず、日本の国の子育て支援の貧しさを先入観的に読む人の頭に刷り込む。それに奇を衒った「孤育て」などと書くことはないだろう。》

 じつはもっと基本的なところにも理由はある。内閣府は08年に「海外で子育て経験のあるママ・パパ100人に聞きました」というインタビュー調査を実施した。回答者の多くは日本より他の先進諸国の方が子育てしやすいと答えたが、その大きな理由は「外出先で周囲の人が子どもに声をかけてくれる」「ベビーカーで移動するときに周りの人が手伝ってくれる」「子連れが邪魔者扱いされない」ことだった。もちろん、日本の脆弱(ぜいじゃく)な子育て支援制度の問題は挙げられたが、他者の接し方や手助けにも差があったのだ。

 日本では育児で頼りになるのは家族や親族だ。子育て仲間同士の交流も盛んだ。だが、ひとたび街に出ると、見知らぬ子連れに声をかける者はいない。移動の介助を申し出る人も少ない。飲食店でも子どもが泣けば周囲の目は厳しい。これでは社会でわが子が歓迎されているとは思えない。

《それぞれの国にはそれぞれ異なる長い歴史に培われた国民性というものがある。国によっては子どもに限らず手当り次第に異性に声を掛け、危ない目にあったり実際に危ない目にあった日本人女性の話はいくらも聞く。それに比べて引っ込み思案な日本人は別の言葉では「奥ゆかしい」とも例えられることもある。内閣府のインタビュー調査での例が、海外生活者の全員ではないはずだ。海外紹介のテレビなどで子ども連れの街なかの姿も多く見るが、手を貸す人が多いとは思えない。最近は日本でも銀座などではベビーカーを押す若い夫婦に出会う姿が増えたが、手を貸す必要もない様子も多い。海外経験者が日本の周りを攻撃するほど人情薄いとは思わない。》

《また、松田がいう日本の育児が家族や親族で成り立っているというのは半分はその通りだろうが、後の半分は家族や親族から離れて育っている。生まれると直ぐに預けられる託児所や保育所など他人の手だ。一日の必要な睡眠時間8〜10時間を差し引くと家族や親族が子育てする時間はいかほどになるのか。それに飲食店で泣き騒ぐ子どものことを例に出しているが、周囲の厳しい目は当然で、周囲への迷惑を考えれば公共の場への出入りは、その以前に親の裁量で判断するか,連れ出すかだ。子どもは泣くのが仕事というが、泣ける場所は飲食店でなくてもいくらでもある。無茶を言っているのではない。皆、わが子を育ててきた経験があるからだ。》

 という私もそうだが、と彼は言う。特に都市他者に声を掛けない。子連れ側も「私たちに寄らないで」という雰囲気を醸し出している。私も娘の手を引いて歩いている時に知らない人が近づけば方向転換する。干渉しないのは気楽な面もあるが、それが「子育て」を「孤育て」にしている。子育てに限る話ではない。家族がいない者の孤立が社会問題化しているが、それは家族など近しい人以外の接点が少ない社会のためである。

 社会学では人と人とのつながりや、それによって生み出される信頼や規範を社旗関係資本(ソーシャル・キャピタル)という。これが潤沢な社会では人々の生活はもちろん、政治や経済も円滑に営まれる。戦後日本は道路などのインフラ(社会資本)は整備したが、社会関係資本の整備を疎かにしてきた。孤育ても孤独も生活を支えるこの資本不足が露呈した結果だ。

 日本が子育てしやすい国になるには人と人とのつながりが不可欠だ。せめて街で幼い子連れに遭った時は微笑んだり声をかけたり、電車やバスに乗る際に少し手を貸したりしてはどうだろう。莫大な予算で子育て支援を拡充するのは簡単でなくても、一人一人の声かけや手助けはすぐできるし、大きな支援になる。

《車椅子を押す人を手助けして駅の階段の昇り降りを手伝ったことだってしてきた。お年寄りや体の不自由な人、お腹の大きく膨らんだ妊婦さんたちには席も進んでゆずるが、自分の足で立つことができる子が、座席に座っている私の目の前でいくら泣き叫んでも、私は席を譲ることはしないことをブログでも書いてきた。親も甘えさせるだけが育児ではない。厳しく育てることで他者を労る心も生まれ育っていくのだ。》

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