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2010年12月 8日 (水)

「男子の本懐でした」

 毎日新聞(12/8)から、《 》内は私見。
 《69年前の本日早朝、日本軍は真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊に奇襲攻撃をかけた。赫々(かくかく)たる戦果を上げた記事は、日本中のメディアが狂喜して報道した。日本国民はその武勲を我がことのように喜び、酔いしれた。

 その時の真珠湾の奇襲に参加した戦闘機乗りが生存している。1人は私よりも一回り上の城武夫・91(当時22)歳、もう1人は原田要・94(当時25)歳。最近のこの時期、12月8日の記憶を追想するような記事がしばしばメディアに掲載される。話したり、記事にする皆が、決まったように21世紀の現在の立場に立った「想い出」のような過去の戦争を否定的に見た文章で飾られている。それらに目を通すが、どこか違和感が残る。当時生きていた人たちの多くはすでに黄泉の国にいる。生存して語れる人たちは「あの戦争はいけなかった」と話し、それ風の作文を綴り、自分は決して手を汚すことはなかったかのように主張する。しかし当時、あの戦争を否定的に見る人は殆どいなかったのが事実だ。真珠湾以降、毎日配達される新聞には、日本軍の戦勝記事が満載されていた。日本中に万歳万歳が轟き、祝賀の提灯行列が催されもした。当時の日本人は日本を「神の国」「万世一系の天皇が治める国」と信じて疑わなかった。一旦緩急の出来事には「神風」が吹いて何があっても戦争には負けない国と教えられ、信じてもいた。それを増幅するようにメディアは当初の連戦連勝を賛美して報道した。

 真珠湾攻撃に参加したパイロットの生存者2人が、現在の平和の尊さを知る心境に至る心の動きを静かに語っている。時の攻撃の戦果と、その報道に酔った軍国少年であった私の心の中に生じたときめきをまざまざと思い出した。》

 ▽海面すれすれに飛行して魚雷を発射し、97式艦上攻撃機(観攻)は右に急旋回した。直後、戦艦ウェストバージニアに水柱が上がった。真珠湾攻撃に、空母「飛龍」の艦攻隊の隊長機偵察員として参加した城(高松市)は、「男子の本懐でした」と語る。米兵が逃げ惑うのを見て「これが戦争」と実感する一瞬だったという。

《国のために敵を殺して手柄を立てること、当時、これこそが軍人たる「男子の本懐」だったのだ。この日から3年8カ月後の広島、長崎への原爆投下は、米兵にしてみれば「男子の本懐」であったろう。当時10歳だった私の胸に、同じような「お国のために」が、男として生まれた身に震えるような感動を受けたのを覚えている。》

 城は香川県立香川農業高校(現香川南高)在学中の34(昭和9)年、旧海軍飛行予科練習生(予科練)に応募し、40年10月、飛龍に乗り込む。翌年11月22日、飛龍は北方領土・択捉島の単冠湾に入った。空母「赤城」で「日米交渉が決裂すれば、真珠湾を攻撃する」と上官が説明した。武者震いした。

 12月8日早朝、第1陣として飛び立った。約1時間40分後、雲の下から敵艦が見えた。先陣を切る喜びが全親に満ちたという。艦上爆撃機が急降下爆撃し、猛煙が上がった。

 その後、42年4月のインド洋攻撃で英戦闘機の反撃を受けた。頭部からどろりと血が流れた。飛龍の近くで燃料が切れ、海に不時着。3人乗りの最後部の電信員は死亡した。右目の視力を失った城は教官に転じ、「教え子」の多くを特別攻撃隊に送り出した。そして迎えた終戦。開戦時108人いた飛龍搭載飛行機乗員のうち生き残ったのは城ら11人だけだった。戦後、城は故郷の町の教育長として「戦争を二度と起こさないためには、自分を大事にすること。人の気持ちがわかる人であってほしい」と強く願っている心を若者教育に注いだ。

 ▽元零戦パイロット、原田(長野市)は、日米開戦を「米軍は軍事、経済大国で不安もあった」と振り返る。

 真珠湾攻撃時は空母蒼龍に乗船し、上空を零戦で守る任務に就いた。「なぜ攻撃に行かせてくれないのか」と隊長に食い下がった。「手柄を立てたいというのが職業軍人としての思いだった」。悔しくて真珠湾に向かう攻撃隊に途中までついていった。返りの船内は酒盛りに。攻撃に成功したものは雄弁で、そうでないものは沈んでいた。

 戦後、幼稚園長になったが、撃墜した敵兵の苦しむ顔が浮かぶ悪夢でうなされた時期もあったという。91年の湾岸戦争では「テレビゲームのような戦争」との報道に、「戦争はゲームとは全く違う。残酷ですべてを奪い、取り返しがつかない」と平和を語る尊さを痛感した。今は、小中学校などで証言する活動も続けている。「戦争の罪悪感、人道の尊重を訴えたい」と、静かに話した。

《69年前の開戦時、日本国中が戦争熱にうかれ、地球上からアメリカの抹殺を願っていたが、原子爆弾が落ちた途端に、その被害がクローズアップされると、一気に日本は加害の部分を忘れたように被害国意識に染まっていく。》

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