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2010年9月 6日 (月)

大学生の就職活動を考える 2.

 3年前の私のブログ記事から 主要100社新卒採用 選考で重視するポイント 07/03

 続いて、日本私立大学団体連合会、就職問題委員会委員長、永井和之(65)。
 大学生の就職活動には三つの問題点がある。以前から問題視されている就職活動が早期化しているという傾向と、それに伴う就職活動の長期化という問題。そして08年のリーマンショック後には就職難という問題が加わった。

《何だか昨日の本田教授の論文を読み返しているような錯覚に陥る。このようなことは既に誰もが知っている前提の要因だろう。問題意識がこれから離れない限り、論理の展開も結論も似たり寄ったりのものになることが推測されるのだが。まあ、耳をかしてみよう。》

 就職活動の早期化は、具体的には、学部生では3年生から、大学院生では修士1年目からという話である。まさに専門教育が本格的に行われる学年の教育にとって、大きな問題を投げかけており、社会全体にとっても問題である。人材を育成するという大学の機能が損なわれる危険があるからである。就職活動を3年に始めるということは1〜2年生の時点での学力しか見ないということだ。その時に、企業側の選考基準で重要な要素は何なのか。多くの企業はいわゆる「人間力」を挙げている。専門力や語学力、学業成績などは、上位の要素に入ってこないのが実情である。

《最近になって日本でも企業内の公用語を英語とする会社がでてきたが、反面「ばかな話」と一蹴する人間もいる。ホンダの伊東孝紳社長は「英語が必要なやりとりなら英語でやる。時と場合によって使い分ければいい」「日本人が集まるここ日本で英語を使おうなんてばかな話」と。(7/21・毎日)》

《永井がいう語学力、学業成績が本人入社後の企業人としての成長にどれだけ必要で役に立つかは全くの未知数だ。また、大学で学ぶ専門力が日々変動する企業でどれだけ活かされるかも未知数だ。それよりは昨日も持論の「何故を問う思考力と追究力」と総合的な人間性を備えた人材を必要とするのが企業の側だ。「中には立派な人もいる」と慰めの言葉を掛けられる日本有数の最高学府を出た公僕であるはずの役人たちが、その専門知識を利用してどれだけ日本を駄目にしてきたか、数えればきりがない。》

 選考基準で気になるのが、第1次の選抜が大学の偏差値で判断されていないかという問題である。そういう状況では、学生がそれぞれ入学した大学で一生懸命勉強しようと思う熱意が阻害されないだろうか。確かに大学の教育で人間力を磨かせるのは難しいかもしれない。しかし、大学における教育も、教室、キャンパスという場自体、社会との接点(インターンシップなど)という三つの場においてなされるものである。それぞれの場が、いかに学生の人間力を鍛え、涵養とする場となっているかが、今大学に問われていると考えている。

《現実問題として、ほとんど勉強しなくても入れる大学と、寝る間も惜しんでやっと難関を潜って入れる大学が並立しているのが実態だ。企業内での評価でも問題になるのが、「一生懸命」だ。皮肉に聞こえようが、一生懸命を認めれば逆に不公平が生じることは多々発生する。なぜか、生産性の低い新人や理解力の低い人間ほど一生懸命頑張るからだ。「一生懸命」はものの評価の基準には使用できないのだ。単純にかけっこを眺めれば、びりの子の頑張りには涙を誘うものがあるが、レースとしての評価は・・・。》

 また、就職活動の長期化にも、大学間格差が出てきている。内定時期の山が4年の五月にある学生と、7月という大学、その後という大学があり、就職率も格差が拡大している。このように1年近く就職活動に走っていると、学生が授業に出て来ない。とりわけ小人数制のゼミや学生の主体的参加を求めている授業、理系の実験は大きな支障に直面している。企業説明会などに行くべきか、大学へ行くべきかで悩む学生に「大学に来い」と強制はできない。だが、教室に学生がいなければ、どうしようもない。最近,日本でも取り入れられるようになったソクラテスメソッド(教員と学生との活発な対話を通して進める授業)などは、授業に出た人のノートをコピーしても全く意味がない。

 最近、学生が内向きだといわれる。確かに数年ほど前なら中央大でも、大学のプログラムを利用して積極的に留学などに出る学生も多かった。だが今の学生には、不利になるとか、就職活動を前に、いつ行けばよいか分からないとの不安がある。経済界は、学生の質が落ちたようなことを言うが、大学側から見ると、企業の方が相反することをやっているとも思える。

《学生の質が落ちているのはまぎれもない事実だろう。大学の乱立の上に少子化という要因が加わって、大した努力をしないでも入れる受け皿が多すぎる。当然玉石混淆の学生が混在している。企業はその中から、いま輝いてはいないけれど、後日光り出すだろうと思われる人材も拾い上げるのだ。その基準になるのがその人の「人となり」といわれる人格だ。》

 早期化・長期化という問題は、不況によって、より深刻化している。我が国では新卒で就職に乗り遅れると、もう次の機会はない。新卒に既卒者も含めた採用活動を企業には求めたい。若い人には何度でも再チャレンジできる社会であることが必要である。

《一人っ子が蝶よ花よで、或いは放任で、我が侭に育てられ、挫折を味わうことの少ないのが今の日本の若者たちだ。その甘えが引きこもりや脛かじりなどの社会現象ともなっており、とてもチャレンジ精神があるようには映らないのだが。社会のせいにばかりしていてはそれこそ出口なしだ。》

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