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2010年8月25日 (水)

続・「大学は出たけれど」

 毎日新聞(8/24)「社説」から、要約と《 》内は私見。
 参照 「大学は出たけれど」 10/03/

 大学は出たけれど——。昔のはやり言葉ではなく、現実の問題として社会に突きつけられている。

《社説の書き出しはこのようなものだが、「大学は出たけれど」は単なるはやり言葉ではなく、当時の日本は現在以上に厳しい社会情勢にあったことも知らずに書いている。先のブログに書いたように、1929年に小津安二郎の同名の映画が作られた当時、日本の経済は、ニューヨーク・ウォール街に始まった大恐慌のあおりを受け、ほぼ同時期に行った金解禁の影響に直撃され、アメリカに頼っていた生糸の輸出が急激に落ち込み、危機的状況に落ち込んでいたのだ。株の暴落により都市部では会社の倒産が続出し、失業者が大量にあふれたのだ。追い討ちをかけるように冷害で凶作となり、農村の疲弊は困窮を極め、娘を花街に売らねばならなかったり、児童の欠食が急増していた時代だった。小津の映画はこのような時代を背景につくられたもので、コメディタッチではあるが、決してはやり言葉などではない現実を表す言葉だったのだ。当時の日本には最高学府の帝国大学が国内に7、朝鮮に1、台湾に1校だけ。ほかには文理大、商科大、商業大、工業大、医科大など国内に13校ほどしかなかった。それらの大学で学んだ卒業生たち(ほとんどは男性)の就職率がわずかに30%程度だったのだ。現在のように有り余るほどの大学から大量生産されて出てくる卒業生たち(男女)の就職率とは比較すべくもないのだ。》

 今春の全大学卒業生の就職率は60・8%と、昨春より7・6ポイントも落ちた。この下げ幅は、戦後間もない1948(昭和23)年の調査開始以来最大という。就職も進学もせず進路未定というのは16・1%で約8万7000人、これも前年より4ポイント増えている。

《敗戦間もない頃の大学卒は、大半は男性のみの数だ。女性の大卒は大した数ではなかった。まして全体の大学の数そのものが極く少なかった。それを最近の大学数と、女性比率の高くなったパイとの単純比較では真実は見えて来ない。そこに「大学は出たけれど」を単なるはやり言葉としか認識できない社説の甘さがあるのだ。》

 文部科学省は一昨年秋以来のリーマン・ショックなどによる雇用悪化が反映したとしている。だが、景気の良し悪しだけで左右される問題ではない。高まる大学進学率と、卒業して社会へ出る若者たちの能力、適性が生かされた就職を、どう噛み合わせ実現して行くか。教育界も企業も行政も、それが問われている。

《大卒といいながら、高卒、中卒と大差ないレベルで卒業してくる。彼らの能力や、適性をどう生かすかを判断するのは容易なことではないだろう。》

 日本学術会議は先週、大卒者の就職が極めて厳しい状況を改善するため、大卒者を最低3年間は「新卒者」扱いすることなどを求めた提言書を文科省に出した。また提言は、就職活動に必要な宿泊費や交通費補助、就職できなかった場合の職業訓練の機会、その間の生活費支給なども対策に挙げた。

 「新卒一括採用」は長く日本の産業界で慣行化し、既卒者はその枠外とされることが多い。提言によると、既卒者を新卒者と同じ枠で採用対象にした企業は2割強、採用対象にしなかったところが4割強、中途採用枠にしたところが3割という調査データもある。多くの若者が一発勝負のような就職活動を強いられ、多様な選択や朝鮮の機会を奪われるのは「試練だ」ですむことではない。若者が未来に希望が持てない国に将来はない。

《参照の3月のブログでも問題を指摘したが、社説が言う「新既卒の枠を取り払」ったところで、企業の採用は優秀な人材から選ぶことになる。既卒以上に新卒に優秀な人材が豊富なら、そちらから選ぶのが当然だろう。既卒者の糞詰まりが起きるのは容易に想像がつく。彼らの最悪3年間の就職活動のための諸経費や生活費の原資はどう捻出するのだろうか。》

 だが、まず企業側が意識と方法を転換させる必要がある。就活支援があっても採用が消極的でチャンスが絞られたものでは実効性がない。

《企業にとって最大の経費が人件費であることは誰も否定できない。現在先行投資で見込み人員を抱えることができるほどの余裕を持って経営できる企業はそう多くあるわけではない。》

 技術や独創性の絶えまない継承、向上こそ新人材採用の目的であり、そのためには可能な限りのチャンスを用意すべきだ。今は若い人材確保にむしろ投資する時と、新卒既卒の枠を取り払うだけでなく、積極的に通年採用も検討すべきではないか。

《第1次(1973年)第2次(1979年)オイルショック当時、やはり多くの企業が人員の採用を躊躇し、見送った。経営が苦しくなると真っ先に人員整理は企業の常套手段だ。当然企業内の世代別構成に後々断絶が起きるほどの影響を生んだことは事実だ。技術の継承にも問題が起る。企業としては学んだはずのことだが、やはりリーマンショック後の企業の向かう先も労働者、人、ということのようだ。》

 一方、大学教育も転換を迫られる。求人情報提供のような就職支援だけでなく、来年度から教育課程に「キャリアガイダンス」が本格導入される。適性や選択を自ら考え、自立した職業人意識なども養おうと企図されているが、こうしたキャリア教育*のプログラムや概念自体、まだ成熟していない。

《少子化も手伝って、大学進学が容易になり、ただ世間の波に乗って進学率だけは高くなる。自己の研鑽などより男女交遊の場としてのキャンバス色が濃く、心太(ところてん)のように量産されて卒業してくる。大学が企図する自立、職業人意識などは、自己を深く見つめて初めて生まれてくるものだ。プログラムや概念を云々する段階にはまだない。》

 情報公開をし、地域産業界などの提言や参加も促しながら進めたい。また、小学校から将来の職業観や勤労観に関心を向け、考える総合的なキャリア教育の組み立ても必要だ。

 《* ‥ 「キャリア」とは、一生における一連の職業上の活動や行為
     「キャリア教育」とは、 児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育》

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