« その後の女子プロ野球 | トップページ | 公務員の飲酒運転に「懲戒免職」緩和の動き »

2010年6月26日 (土)

共同親権 導入の是非

 毎日新聞(6/26)から、要約と、《 》内は私見。
 日本は離婚後、一方の親だけに親権を認める単独親権制だ。両親に親権を認め、養育に関わる「共同親権」を導入すべきだとの声は強いが、虐待やドメスティックバイオレンス(DV)があった場合などの課題も指摘されている。

《理論においても何かにつけて、女性の側の切り札になるのが「DV」だ。この言葉が女性の側から口にされると「痴漢」と同じで、大抵の男は腰が引ける。反対に、女性にとっては勝ち名乗りに等しい。労働争議が華やかだった頃、労働者側が振りかざした「人間性の無視」同様の錦の御旗となる。DVの研究(年齢や世代別、職業別、収入別、学歴別、家族構成、性格、浮気の有無、そして原因など)が、どの程度されているのか分からないが、愛を誓って、或いは愛し合って、同居,同棲生活を始めた男女の間で、わけもなく無抵抗の女に対して暴力を振るう男がいるなどとは考えることは不可能だ。》

 参照 離婚と親権 10/05

 記事(争論)は女性の立会人(板橋希美)のもと、棚村政行(57)・早稲田大教授と吉田容子(54)・弁護士の間の対話から。

 棚村 離婚すると夫婦は他人に戻るが、親子の関係は変わらない。共同親権は離婚後も、できる限り両親が協力し、共同で養育責任を果たすべきだという理念であり原則だ。離婚や親の別居で、一方の親との関係を絶たれた子どもは喪失感を経験する。交流できるのであれば交流し、親子の絆をつなげるべきだ。
 共同親権をとる国でも、ほとんどの子どもはどちらかの親の家に住んでいる。別居親は子と週末や長期休暇の時に面会交流する。日常的なことは同居親が決定するが、学校教育、宗教、医療など重要事項は両親で決める。
 ただ、共同親権を法制化すれば、すべての問題が解決するというわけではない。養育上必要な意思疎通が両親の間で取れないほど対立が激しいなど、例外的に単独親権の行使で対応せざるを得ない場合もある。単独親権で対応すべきケースの基準を事前にしっかりと法で定め、当事者間でトラブルが起こった時にサポートする仕組みや、面会交流を援助する施設などの環境整備も必要だ。

 吉田 私は共同親権の導入には、極めて慎重な立場をとっている。親には子どもを育てる義務があり、その責任を明確にするために法を変えるという方向であれば異論はない。しかし、昨今の議論は、面会交流する権利のみが強調されていて危惧を覚えている。親と子の面会交流は必要だが、本来子どもにとってプラスになる場合のみ認められる権利であるべきだ。
 婚姻中にDVや虐待があったり、両親がきちんと育児に関与していなかったケースは多々ある。離婚と同時に、夫婦だった男女が平等に子育てできるようにはならない。共同親権を導入したら、養育を巡る話し合いは対等な力関係が前提になるべきだが、離婚後の男女には、所得格差が厳然としてある。共同親権を法制化するよりも、男女平等社会の実現やDV被害者へのケアなどを先行して行くべきだ。

《弁護士として女性を庇護する立場での発言が先行する。「面会交流する権利のみが先行する」ことがいけないのなら、それをいうだけでなく、本人もいうように、子どもにとってのプラスになる権利条件を提案、提示することができる話し合いの場を持てばいい。反対するだけでは進歩も歩み寄りもない。また、「男女平等社会の実現」などという幻想を持ち出しては話し合いもできない。これを待っていてはよしんば可能性があるとしても何百年も先のことになるだろう。》

 棚村 米国ではDVや虐待があると、共同親権を認めない場合が多い。だが、子に危害が及ばない場合は、監視付きの施設で安全を確保したうえで親と子の面会交流を認めている。DVについては、保護命令を出す機関と面会交流の可否を決める機関が同じ家庭裁判所内で連携し、元配偶者の暴力の危険性について情報を共有するなど、総合的な対策も進んでいる。
 日本ではそういった対策が十分とはいえないが、福祉面の環境整備には財源も必要で時間がかかる。どの国も長年かけて社会的支援を充実させながら、少しずつ制度を変えてきた。改革は、法整備と同時進行で進めていくべきだ。親権を一方に決めなければならない現在の制度は「親権を失えば親でなくなる」などと誤解され、激しい親権争いの原因になる弊害がある。

《吉田が議論を停滞させて先へ進めないのを棚村が引っぱる形だ。》

 吉田 共同親権を認めた場合、どんな弊害を生むかが不安だ。面会交流権が法で定められていない現状でも、問題のある親との面会を拒否するためには、子どもにとってマイナスであることを裁判所に証明しなければならない。児童虐待防止法では、子どもが両親のDVを目撃するのも虐待とされている。しかし、私の実感では、そのような場合でも面会が認められる場合が多い。
 精神的虐待も証明が難しい。裁判所は離婚した男女の最低限の信頼関係を築くケアもしない。母親が怯えながら面会を始めた結果、子も不安定になって結局長続きしないケースもある。共同親権になれば、面会を求める親の権利だけがより強くなるのではないか。面会交流の可否は、子どもの視点から判断する仕組みであるべきだ。

《「面会交流」にこだわっているのは吉田自身のようだ。面会のマイナス面を列挙してみせるだけだ。》

 棚村 親の権利といっても、当然行使できるものと、子どもから見て利益にならないと行使できないものがある。子どもの学校での様子や住んでいる場所などを知る「情報アクセス権」は、普通の親なら当然行使できる権利だと思うが、それすら日本では定められていない。
 また、海外でも、合う時に相手の悪口を言わないなどの基本的なルールを守り、親としての義務を果たす人にしか、面会交流は認められない。米国では離婚する時に、三年分ぐらいの面会のスケジュールや、トラブルが起こった場合の対処法などを合意条項で取り決めている。

《小説や映画やドラマのように、好きで別れる話は現実には希なことだ。お互いに憎しみ合うようになった末の離別だろう。日本の場合親権は母親になる場合が多い。パソコンなどでの相談の殆どは子の父親に会わせたくない相談だ。子と父親との問題以前に、「憎いあの男になんか会わせるものか」の心理だろう。日本での面会交流の難しさの根本問題だ。》

 立会人 日本では裁判所を経ない協議離婚が全体の9割を占める。面会交流や養育費の取り決めがないまま離婚する人も多い。

 吉田 子どものことを何も決めずに離婚できてしまうのは確かに問題だと思う。ただ、本当に配偶者から逃げるために少しでも早く離婚したいという人もいる。
 内閣府の調査では、配偶者からDVを受けたことのある女性は約3割にのぼる。元夫婦間に力関係の格差がある現状では、強者ではなく弱者に立った制度が必要ではないだろうか。共同親権の法制化を先行し、徐々に社会環境を変えていくという考え方を仮にとった場合、その間に救われない人たちが出てくることが心配だ。

 棚村 共同親権を導入した場合、DV、虐待などが原因で元夫婦が激しく対立するケースは3分の1ぐらいと推測している。当事者だけで話し合いができるケース、専門家が助言すると合意できるケースは3分の2だ。どんな制度でも権利の乱用はあるし、それを防ぐための手だても必要だが、まずは多数のところに焦点を当てるべきではないだろうか。

《少々強引な手法になるが、共同親権導入是非の議題にはなるだろう。》

 立会人 日本では、米国などでは一般的な「離婚後の両親との交流は子の成長に良い」という認識が浸透していない。どんな場合の交流が子どもの利益になり、どんな場合がならないのか、実務家や研究者からの情報発信も必要だ。
 親が離婚した子どもは08年で24万人。面会交流、養育費支払いを支える環境整備を進めつつ、親権を巡る議論を深めたい。

|

« その後の女子プロ野球 | トップページ | 公務員の飲酒運転に「懲戒免職」緩和の動き »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107998/48726002

この記事へのトラックバック一覧です: 共同親権 導入の是非:

« その後の女子プロ野球 | トップページ | 公務員の飲酒運転に「懲戒免職」緩和の動き »