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2010年5月31日 (月)

「仮想空間」業者捜索

 毎日新聞(5/27)から、
 インターネット上の仮想空間を巡るマルチ商法(連鎖販売取引)で、虚偽の説明をして会員を募った疑いがあるとして、埼玉県警は27、IT会社「ビズインターナショナル」(さいたま市大宮区)と、関係先として仮想空間のシステム開発を持ちかけたとされる「フレパー・ネットワークス」(東京都港区)など16カ所を特定商取引法違反(不実告知)容疑で家宅捜索した。会員勧誘の実態や、約2万8000人から集めたとされる約100億円の流れを解明する。

《考えようによっては宝くじ以上のバクチだろう。ゲーム感覚の延長線上で、甘言に乗って、働かず,労せずして儲けようとの魂胆から引っかかる、自業自得とも言える面を持つ。結果、騙されたと知って騒ぎ始めるが、己の愚かさを反省することだ。この手の詐欺は数えれば切りがないほど繰り返されている。消費者が利巧にならなければ止むことはないだろう。》

 捜査関係者や会員によると、ビス社らは07年6月〜09年11月、ネット上の仮想空間「エクシングワールド」に都市を構築し、会員は「アバター」と呼ばれる分身となってネット上の土地の売買などができるとのふれこみで募集。説明会では「一般公開前に先住民(会員)になれば、土地取引や広告収入で必ず儲かる」などと嘘を言って勧誘し、反則キットと呼ばれるDVDや架空の土地を購入させたという。

 計画では「エクシングワールド」は東京の渋谷区、大阪市など全国の主要都市の街並みをパソコンの画面上に三次元映像で再現。アバターが所有地やビルを売却したり、広告収入で通過を増やせば、実際の「円」に換金できると宣伝していた。ところが、09年10月に公開された仮想空間は未完成で、東京・銀座や大阪ミナミなどごく一部の都市のオープンにとどまった。さらに宣伝文句だった「ネット上の土地取引」の機能もなく、会員はアバターで限られた地域を歩くだけだった。

 ビズ社は05年12月設立。ビズ社の説明によると、フレパー社から仮想空間の計画を持ちかけられ、07年6月に会員お募集を開始した。同年7月に設立された別のIT業者(東京都港区)と開発の委託契約を結んだが、この業者はフレパー社の元社員が代表を務めている。

<仮想空間>とは
 インターネット上に三次元グラフィックスで再現された仮想世界。ユーザーは「アバター」を操り、他人と会話したり、仮想通貨で土地や品物の売買ができる。米リンデンラボ社が02年に始めた「セカンドライフ」が有名で、広告効果を狙い日本企業も相次いで進出した。セカンドライフで流通する仮想通貨「リンデンドル」は現実の通貨と換金も可能。日本では4月に施行された資金決済法により、自由な換金は制限され、銀行免許などが必要となる可能性がある。

《テレビで報道された仮想空間の画面はキャラクターの出来も幼稚で動きもギゴチなく、銀座の街はゴーストタウンのように人気もなく、閑散としたものだ。絵がお粗末だから購入できそうな余った土地は至る所に散見されて、落ち着いてみれば噴飯ものの仮想の世界だ。よくもこれで投資できるものだと出資した人間を疑う。あれやこれやの強引なセールストークもあったろうが、余程「うまい話」と飛びついたのだろう。》

《現実世界は、ゼロのような銀行利息だが、それでも私はそれ以上は望まない。質素こそ頼もしい味方だ。》

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2010年5月30日 (日)

顔のやけど、労災補償に男女差は違憲

 毎日新聞(5/28)から、
 金属を溶かす仕事中の顔面のやけどを巡り、京都府内の男性(35)が、労災補償給付で女性より低い等級の障害認定しか受けられないのは男女平等を定めた憲法に反するとして、国がした認定の処分取り消しを求めた訴訟の判決が27日、京都地裁であった。滝華聡之裁判長は、障害認定の基準となる障害等級表について「著しい外見の傷跡についてだけ性別で大きな差が設けられているのは著しく不公平で、違憲だ」と延べ、国の認定を取り消した。

《古くは、男は度胸、女は愛嬌とか、男はむさ苦しくてもよい、女は顔が命など、と言われたが、近ごろのように眉を剃り、化粧水をつけ、女装し、美容にうつつを抜かす男どもが生まれた平成の世のことだ。容貌だけ見て、男か女かも判然としない人種がテレビの中でも活躍し、人気を集めているのが普通だ。顔のやけどに性差がついていては、これまでのように女からの一方的な差別提起に対抗して男の側からの異議申し立てが出てくるのは時間の問題でもあったのだ。》

 原告側弁護団は「障害等級表を違憲とする初の判決。画期的だ」と評価している。判決のよると、男性は精錬会社に勤めていた95年11月、説けた金属をかぶってやけどを負い、胸や腹、ほおに傷跡が残った。労働者災害補償保険法は精神的苦痛を考慮して、顔などの傷跡は女性の方が高い等級になると規定している。園部労働基準監督署は04年4月、男性を障害等級表で11級と認定したが、男性側は「女性なら7級を受けられたはず。男女差別だ」と主張していた。

 判決は障害等級表について「年齢や職種、利き腕、知識などが障害の程度を決定する要素となっていないのに、性別だけ大きな差が設けられている」と指摘。「この差を合理的に説明できる根拠は見当たらず、性別による差別的扱いをするものとして憲法14条違反と判断せざるを得ない」と結論づけた。

《差は、敗戦後日本に初めて持ち込まれた男女同権の民主主義の恩恵と、古い概念の女は容貌の価値基準で設けられたものと考えられる。》

 弁護団によると、11級だと1日の平均賃金の223日分の一時金しか受け取れないが、7級は同131日分が年金として毎年支給され、大きな格差があるという。

 厚生労働省労災補償課は「今後の対応については関係省庁と協議して決定する」としている。

【解説】
(前略)障害の影響の男女差に一定の理解を示しつつ制度を「著しく不合理」としたのは、格差の余りの大きさだったと言える。

 制度の基礎となる同法の施行は戦後間もない1947(昭和22)年。当時の就労事情などを反映し、女性に有利な補償制度を設定したとみられる。判決は現状についても「精神的苦痛や就労機会の制約、それに基づく損失補填の必要性は女性の方が大きい」と認めた。

 一方で、判決は実際の給付の男女差が補償の「必要性」の差を大きく上回ったと判断した。日常露出している部分の障害の等級は女性が7級、男性は12級で、他部位の障害との併合となる原告でも11級。年金を受け取れる1〜7級と一時金の8〜14級では大きな差が生じるからだ。

 憲法14条の男女平等に反するとの司法判断は、賃金差別訴訟や交通事故被害者の逸失利益を巡る訴訟でも出されている。しかし、国の制度を違憲と認定したのは極めて珍しく、今後の対応が注目される。

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2010年5月29日 (土)

ローラー付き子ども靴

 ブログを始めた頃、はやっていたこのローラーシューズを取り上げたことがある。親と一緒の買い物にも拘わらず、親たちは子どもが人ごみの中で動き回るのを制止もせず、果ては一組の母と子が食堂まで連れだってきた。信じられないことに食事中の私たち夫婦の周りを回り始めた。小学生高学年くらいの女の子の2人連れだ。我慢ならず先に近寄ってきた1人に向かって叱りつけた。「食堂は遊び場じゃないぞ」。それから何年か経った。

 再びろくな躾けもしていない、されていない親子(例外なく子の方は女だ)がスーパーの中を動き回る姿がちらほら目につくようになった。商品が並び、カートを押す人が行き交う中で、遊び場感覚の買い物に連れ立ったバカ家族(父親も一緒のことがある)だ。

 毎日新聞(5/27)から、
 かかとの底にローラーを装置した子ども靴が流行しており、転倒事故などが相次いでいると、国民センターが26日発表した。滑走する子どもを避けようとして負傷した巻き添え事故も起きており、保護者らに注意を呼びかけている。販売業者などによると、ローラー付きシューズは02〜03年に流行し、08年頃から小学女児を中心に再ブームが起きた。つま先を上げると簡単に滑れるのが人気で、輸入販売業者も多いという。

《自分が転んで怪我しようと骨折しようと構わないが、周りの人たちを巻き込むことは勘弁ならない。まして人の多いスーパーの中で、靴を履かせたまま店内を滑らせるなどもってのほかのことだ。》

 同センターによると、事故報告や相談は05〜08年度はゼロだったが、09年度は15件と急増し、今年度も既に5件あった。9歳女児が昨年5月、補導の窪みにローラーが挟まって転倒し左手首を骨折、或いは20代女性が今年1月、後から滑走してきた女児を避けようとして右腕地面に打ちちうけて骨折、などの事例があったという。商品には「人通りの多い所では使用しない」などの注意書きがあるが、同センターは、より積極的な防止策を講じるよう事業者に求めた。

《使い勝手の分かっているようなものの仕様書など、目を通すものは滅多にいない。今では業者側は行き過ぎとも思える注意書きを添えていることが多いが、早くから目にしたのはシリカゲルのような乾燥剤に一々食べ物ではないことを書いているように、誰がこんなもの口に入れるか、というようなものにまで食べ物でないことを注意書きしている。反対に書けば書くほど読んでもややこしくなるのが電化製品などの説明書だ。ユーザーも読むのがどんどん億劫になり、つい飛ばし読みしたり、読まなかったりだ。そんなことの繰り返しで説明書を読まない人が多くなる。商品の説明書は所詮その程度のものだ。

懇切丁寧な取り扱い説明書、注意書きなどを添えても、何かことが発生すれば企業、事業者側は訴訟問題でやり玉に上げられる。センターが求める積極的な防止策とは具体的にどんなものか。買った靴をはいて転ぶことは事業者の責任か。それが理屈なら靴の底に車が付いていようとなかろうと同じことだ。転ぶものは他にもある。人の波の中で滑ることが多いローラースケートや、スケボー、一輪車や自転車で転べば事業者は積極的な防止策をとらねばならないのか。もっとも転ぶのが女の子ばかりだったら「何とかせい!」となることだろうが。

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2010年5月28日 (金)

負けて言い訳はしないもの

 毎日新聞(5/28)から、
 全仏オープン第5日は27日、パリのローランギャロスで行われ、女子シングルス2回戦で世界ランキング72位の39歳、伊達公子(エステティックTBC)は同107位の23歳、ジャミーラ・グロート(オーストラリア)に0−6、3−6で完敗した。

 25日の1回戦で14年ぶりに4大大会で勝利を挙げた伊達は右脚の故障で動きが鈍く、この種目の日本勢4人は全員姿を消した。試合開始は降雨のため予定より4時間半以上遅れた。(中略)

 敗戦後の記者会見で、伊達は痛めている右脚を前日に診断した医師の所見を明らかにした。「試合に出て何か異変があれば、2、3カ月試合を離れることになる可能性が高い」。ドクターストップの状態で出場したが、これ以上勝つのは無理だった。

 第1セットはコーナーを突くグロートのショットを追えず、1ゲームも奪えなかった。第2セットは維持を見せ、巧にショットを組み立てたが、2−2からの第5ゲームをブレークされて主導権を失った。最初に握られたマッチポイントでは相手のリターンにほとんど反応できず、力尽きた。

 右脚は筋膜が裂けているそうで「あれだけ医師に脅されるとさすがに動くのが怖かった。と苦笑い。海外メディアに出場した理由を問われると「4大大会はとてもスペシャル。わたしの性格として棄権したり欠場するのは嫌いだから」と強い執念を英語で説明した。

《健康で若い肉体でも厳しい運動量のスポーツだ。中年を過ぎた女性が故障した体で戦い通せるものでないことは最初から分かっていたはずだ。自己満足で出場したのはいいけれど、まともな相手と思って闘って勝ったグロート選手に「怪我したおばさんに勝っても嬉しくない」との思いをさせ、相手には屈辱を味あわせた結果になった。負け惜しみを言いたいのなら、せめて時が過ぎるのを待って後に告白するのが、スポーツマン(ウーマンか)としてとるべき対応だったのではないか。》

 2年前の現役復帰後、4度目の4大大会本戦で初めて勝ち星を挙げた。同時に、9月に40歳となる肉体は酷使に耐えられないことも思い知った。

 「勝てるテニスはできるけど、次に闘える体がないという現実を突きつけられた。悔しい」。次の4大大会、ウィンブルドン選手権まで1カ月を切った。それまでに右脚に巻く厚いテーピングを外せるだろうか。

《「現実を突きつけられて、悔しい」と嘆いたところで、それが老いというものだ。これから先戦う相手が、勝っても真実喜べないような、後で言い訳するような体で闘うことは避けた方がいい。まだ現役にこだわるのなら、2度と言い訳をしない体で戦うことだ。》

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2010年5月27日 (木)

私たちは「鳩山」を嗤えるのか?

 27日、鳩山総理が全国知事会議に出席して、米軍基地の沖縄からの分散受け入れを探った。これ以上の重大テーマはないはずだが、計18名もの知事が欠席した。宮崎県の東国原知事は喫緊の口蹄疫対策で離れられないのを差し引いても、他は一様に「もの言えば唇寒し」、か「触らぬ神に祟りなし」、を決め込んだ。出席した知事の中ではただ1人、大阪府知事橋下氏だけは「大阪や関西は、沖縄や他の基地のある県の安全に『タダ乗り』で生活している。国から提案があれば出来る限りのことはしたい」旨のことを表明した。会議のあと、橋下知事は「もう、知事会は駄目だね。誰でも言えることしか言わないんだもの。責任ある発言がないんだから」と漏らした。

 また、毎日新聞記者・古賀 攻(政治部)は26日の「記者の目」で次のように大上段から鉄槌を下すがごとき記事を書いた。『普天間問題について、鳩山首相は「政府案発表と同時に辞任せよ」と。本来その地位の人物に備わるべき威厳と、現実とのアンバランスがこれほど拡大した例があっただろうか。「最低でも県外」の公約実現に「命がけで」「職を賭す」はずの鳩山由紀夫首相が、「やっぱり県内」にひょいと乗り移って、「沖縄の理解を得たい」という。もはや国民の代表を名乗る資格はない。(後略)

 《以上をふまえて、同紙5月12日の標題の次の長文の寄稿⦅北海道大教授、国境研究=岩下明裕⦆を読んでほしい。》

 このところ、テレビや新聞で沖縄・米軍普天間基地問題の混迷をめぐるニュースを見ない日はない。そして、連日、識者や市民の誰もが鳩山由紀夫首相の「無責任」と存在の「軽さ」を批判する。沖縄、徳之島、いや日本中の「民意」が鳩山首相に怒りをぶつけ、一刻も早く退陣してほしいと願っている。だが、鳩山首相の「不手際」や「迷走」のみを取り上げて問題が解決するのだろうか?

《これまで私は新政権誕生について前の“ばかなるもの”の小泉、福田、安倍や麻生らの時のように、慌てて取り上げなかった。それまでのどうにもならない連中らになかった、何かを期待する多少の新鮮さを期待したからだった。前のどうにもならなかった連中の落として行ったクソの後片付けをするのが大変なことがわかっていたからだ。》

 私は北海道で内外の国境地域の問題を分析することを生業(なりわい)としており、ニュースを見ながら、北方領土のことを思い浮かべた。内地に住む方々は驚かれるかもしれないが、両者には共通点がある。第1に、どちらもあなたにとっては人ごとだ。「根室も沖縄も大変ですな」。現地の実態を知らないばかりか、日頃は関心さえない。第2に、どちらも第二次大戦の敗戦プロセスで「捨て石」とされ、ソ連と米国という違いはあるが、長期にわたって外国の占領を経験していることだ。

 違いはある。戦後、ソ連は住民たちを放逐し島に居座ったが、米国は住民たちに基地を残すも島を返した。北の国境の争点は、島の返還に絞られ、政府はこれを国家的な課題とするものの、地域と元島民以外の関心を持続するのが困難になりつつある。対照的に、南の国境は、日米安保の深化とともに、同盟の負担を一手に引き受けた。普段は忘れられていても、一度、基地問題が激化すれば、内地のメディアも注目せざるを得ない。

 島は動かないが、基地や人は動かせる。海兵隊のケースでいえば、もともと朝鮮半島有事をにらみ岐阜と山梨にいたのであり、1956年に沖縄にやってきた。背景には砂川など反米軍基地運動の高揚がある。いわば、統治下で使い勝手のいい沖縄へと後から移転した。沖縄の「民意」など問われることもなく。

 沖縄の基地の内地移転、これは自民党政権が長年にわたって忌避してきた選択肢ではないかと私は考え始めている。90年代半ばに普天間基地移転が争点となり、ときの政府は苦労してこれを辺野古(沖縄)に押し込めたが、民主党が総選挙の争点に基地の県外移転を掲げ勝利したことで、これまでのタブーが明るみに出た。内地にとって、対岸の火事が人ごとではなくなり始めた。

 実は、屋良朝博著『砂上の同盟』(沖縄タイムス社)が明らかにしたように、海兵隊を戦闘地域や訓練地へ運ぶ艦船が佐世保にあるにもかかわらず、実戦部隊が沖縄にいる理由をきちんと説明できる人は、米軍関係者も含めてほとんどいない。「鳩山バッシング」には、自らが基地を引き受けるのはまっぴら、いままでのように沖縄にいてほしいという内地の本音が透けて見える。基地が来る可能性のある自治体は息をひそめて嵐が去るのを待っているのだろう。「うちでなくてよかった。徳之島にはお気の毒」と。

《今日の全国知事会議の欠席者の多さを見ても、会議には出ても殆どの知事は口をつぐみ、口を開いた知事たちの発言(基地に発生する不祥事をいう大分県知事、領土問題をいう東京都知事、すでに受け入れていることをいう石川県知事ら、普天間についている火の粉を全国に分散させる気か、をいう千葉県知事)を聞いても岩下のいうことの道理がわかろうというものだ。》

 自分たちの身近に基地などいらない。「善良な市民」だれもの願いだ。ではすべての市民が基地は要らない「民意」を示したらどうなるか? もし「思いやり予算」など政府の手厚いサポートがなくなれば、米軍は、私たちが想像するより、はるかに簡単に日本から出て行くように思う。すると道は二つ。(核武装も含めた)防衛増強か、隣国との協調による「軽武装」か。前者には憲法改正を含めた高いハードルがあり、後者は理想的だが、力の信奉者たる中国や北朝鮮がその立場を変えない限り、「善良な市民」の平和は風前の灯となりかねない。どちらもいやなら、日米安保の維持か。では沖縄によろしく。

 私たちは、人ごとのように「鳩山」を嗤(わら)っている。同盟と沖縄にどう向き合うのか、戦後日本の平和の「軽さ」が問われているのに。

 《平和ぼけしている日本人へ警鐘を鳴らす一文だ。》

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2010年5月26日 (水)

安楽死幇助は合法(スイス)

 毎日新聞(5/24)から、
 「人権の国」スイスでは、自ら命を絶つのも人間の基本的権利という考えから、自殺幇助が合法*と認められている。ボランティアの助けを借りて「自死」する人は増え続け、近年は自殺者全体の2〜3割に達している。

 《* ‥‥ スイスは早く、1942年に「安楽死法」が可決されている
  その他の国では
      オランダが  2001年に「安楽死法」が可決
      ベルギーが  2002年に「安楽死法」が可決
      フランスは  2005年に「安楽死法」を可決している》
      
 30年の実績を持つNGO「エグジット*」には、国民のおよそ100人に1人が登録(年会費約3300円)。世論調査では7割以上が支持し、今月の政府の調査では、34%が「不治の病にかかったら自分も頼むつもり」と答えた。「尊厳ある死」の一つのあり方として社会に定着している。

 <euthanasia>。英和辞書の訳語には「安楽死」だが、「ギリシャ語では元々、<良い死**>という意味だった。殆どの人は死ぬのが怖いのではなく、悪い死に方が怖いのです」。エグジット会長で、医師のジェローム・ソベル氏の信念だ。

《 * ‥‥ エグジット Exit(出口を意味する)
 ** ‥‥euthanasia=θανασια(死)に、善、良、楽を表す接頭辞 ευ がついたもの

 私たち夫婦は妻が高血圧気味だが共にすぐに80歳を迎える。いずれからともなく、不治の病とわかれば植物人間になる前に、安楽死で送ってほしい、と依頼し合っている。死ぬのも人間の権利、と思っているからだ。》

 自死(自殺と書けない理由は?)の助けを受けるには、不治の病で治療の見込みがなく、すでに体が不自由で日常生活が苦痛だが、識別力はあり(鬱病などは不可)、自死の希望を何度も繰り返す強い意志があること、といった要件が求められる。

 これら全て満たす人に、医師が医療行為ではなく、個人的に致死量の鎮静麻酔薬を処方し、本人が服用するか、点滴の栓を開ける。「最後の行為を自ら行う点が安楽死とは違う」(ソベル氏)。オランダやベルギーのように他人が薬物を投与して安楽死させる行為は、スイスでは殺人罪に問われる。

 フランス語圏の会員1万5000人(ドイツ語圏会員5万5000人)のうち、昨年の申請者は166。自死に至ったのは69人だった。約20人は条件に合わず、先に自然死が訪れた人もいた。ソベル氏は「最後まで進む人は3分の1程度。こうした団体があり、選択肢がある安心が、治療の一環なのだ。スイスは責任、自立、個人を重んじ、言語や宗教の違いを認め合う国だから定着したのではないか」と言う。

 問題も持ち上がっている。98年創設の団体「ディグニタス*」が外国人の自殺幇助を始め、ドイツや英国からの「自殺ツアー」が本国で論議を巻き起こしたからだ。

《 * ‥‥ ディグニタス(Dignitas)は尊厳を意味する。安楽死が法律によって自国で認められていない外国人の自殺を幇助することを目的に設立された。一方では、自殺防止にも力をいれている、という。》

 エグジットが会費以外は無料なのに対し、ディグニタスは8万円余の費用がかかる。旅行者なので場所に困って車の中で自殺したり、ヘリウムガスの袋を被る方法をとったり、活動の「積極性」は国内でもスキャンダルになった。政府は規制強化の法案を準備中だが、世論の支持は広がっていない。

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2010年5月24日 (月)

スカート丈の短さも痴漢の一因

          花をつけた朱鷺草
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  タイトルは投書者本人がつけたものか、新聞社がつけたものか分からない。私は、日頃恥じらいをなくしたような服装の街行く若い女性たちの猥褻・卑猥ぶりを取り上げて、痴漢記事が報道されるたびにブログに書いてきたが、今日の読者欄で同じように44歳の女性が、同性の若者たちの服装の乱れを指摘している。また、私と同じように、それが痴漢を呼び寄せる一因ともなっていることの注意を喚起している。短いので全文を記す。

 毎日新聞(5/24)から、
 約25年前、東京の大学に電車通学していたころ、毎日、車内で痴漢被害に遭っていました。とても不快でつらかったです。思いあぐねて駅長室に「取り締まってほしい」とお願いに行ったら、駅員に「短いスカートをはいているあなたにも隙がある」と叱られ、ショックを受けました。短いといっても、膝小僧が完全に隠れる丈でした。

 時代は変わり、痴漢はれっきとした犯罪として取締りが厳しくなり、女性相談室も駅に設置されました。しかし、昨今の若い女性のスカート丈の短さにはさすがに驚きます。階段を上がっていると、下着がはっきりと見える高校生のなんと多いこと。痴漢は悪い行為ですが、百歩譲っても、こんな実態では男性も戸惑うのではないでしょうか。

 これもファッション、時代の流れ、私の考えは古いのかと思いながらも、やはり何かおかしいと感じます。現在中学生の我が娘には決して、そのような身なりはさせないつもりです。痴漢の被害を自ら招いている女性が多いのではないかと思います。

《これ以上、男の私が付け加えることは何もない。》

 

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2010年5月23日 (日)

暖簾に腕押し、糠に釘

        シャクヤク   
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 毎日新聞(5/23)から、要約と、《 》内は私見。
 タイトルにはだめ押しのようにこう続くことになる。『笛吹けど踊らず』と。何をどのように言ったところで聞く耳を持たないことの喩えだ。何を言い、何を聞かないのか。

 携帯電話のネット利用でトラブルを起こす子どもが後を絶たない。自身の安全管理が未熟なうえに、親や学校に相談せずに深刻化するケースが多いという。どんなマナーやルールが必要だろうか。

《言う先を間違えている。子どもに言っても無駄だ。親の保護下にある子どもたちの携帯は親が管理しなければならない。親は、苦しい苦しいと言いながら、小遣いを与え、与えた小遣いで携帯を買わせることなく、使用料まで肩代わりしてやる。そうなら尚のことだ、携帯の管理をするのはその物を与えた親の責任となるということだ。親の庇護下にある子どもには、親の管理を断る権利は全くない。プライベートの権利を主張できるのは、親の庇護から巣立ってからだ。そのことを理解できなていないのが、聞く耳持たない親たちなのだ。庇護下にある子どもたちは、何一つ社会的責任を取らない。ということは、庇護下にある子どもたちには自由がない、ということだ。責任が伴わない自由など存在しないのだ。責任が伴うから自由であり、権利であり、我が侭勝手とは意味が違うのだ。》

 「迷惑メールが送られてきても無視する力をつけよう」「SNS(コミュニティーサイト)やプロフ(自己紹介)サイトで氏名や学校名を絶対に書いちゃだめ。悪いヤツが家までやって来るぞ!」。
 川崎市多摩区の市立枡形中学校(前田高幸校長、生徒404人)で今月19日、ネット犯罪から身を守る講習会が開かれた。講師のシステムエンジニア、田島和彦(44)は、トラブルに遭遇した子どもたちの「駆け込み寺」として、ネット社会や教育界で知られた存在だという。

《本来なら、子どもたちが持ち込むトラブルは、親と相談しろ、と追い返すのが正しいやり方だ。「駆け込み寺」などと喜んではいけない、親の保護監督の管理責任で解決させるべきなのだ。》

 「IPアドレス(ネット上の住所)を元に、発信者の居住地域や使用した携帯電話を特定するのは簡単なんだ。いくらでもツールがある」。敢えて専門用語を使い、犯罪に巻き込まれた実例を挙げながら、ネット社会の「闇」をリアルに紹介した。個人情報を書き込んだばかりに、「ネンチャク」(粘着)と呼ばれる、つきまとい行為の被害を受ける子どもが多い。生徒たちは一様に、顔をこわばらせていた。

《これこそ親に聞かさなければならない話の内容だ。親がこのことの怖さを認識しない限り、これから先も、暖簾に腕押しのままだろう。》

 昨年4月に「有害サイト規制法」が施行され、各携帯電話会社は未成年のユーザーを守る努力を求められることになった。未成年が使う携帯端末の販売時には原則、「フィルタリング」と呼ばれる閲覧制限機能を提供している。しかし、未だ普及は十分ではない。

 日本PTA全国協議会が昨年11〜12月に行ったアンケートによると、携帯電話やPHSを使う子ども(有効回答・小5と中2で計1208人)のうち、フィルタリング機能が「ついている」と答えたのは小5で33.0%、中2で35.9%にとどまた。また、「ウェブは使わない」(ネットに入らない)など利用制限のルールを家庭内で設けているか訊ねたところ、「ある」と答えたのは小5で51.8%、中2で34.4%だった。

《如何に親たちが子どもに対して保護責任放棄、無責任かが分かろうというものだ。フィルタリングを付けるのに、一々子どもの意見など聞く必要はない。強制してでも付けるのが親の責任ある処置だ。また、携帯の交信の内容をチェックすることも親の責任であり、権限で、子どもにはそれを拒否する権利はない。強制がなければ子どもは大人にはなれない。子どもの自主性を尊重している。というのが親の言い分だろうが、それは幼少のころから、きちんと家庭内教育を施し、善悪について教え、社会へ出しても恥ずかしくない子どもなりの価値基準を備えていることが前提だ。それもしないで、ただ甘やかし放任してきた結果、自己主張だけを通す歳になってからでは、間に合わないのが当然だ。》

 警察庁の「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」は06年12月の最終報告で、携帯電話の使用について、家庭で定めるべき7つのルールをまとめた。深夜の利用をやめさせるなど、親が積極的に働きかけることを求めている。

《4年も前のことを引き合いに出してどうする。その間にしたことは何?それを糠に釘、笛吹けど踊らず、と言うんだ。何一つ浸透していないではないか。親が責任もって子どもを監督しなければ、一体誰がするのか。はやりのように、「子どもは社会で育てる」などお笑いだ。》

 研究会のメンバー、藤川大祐・千葉大教授(教育方法学)は「子どもに携帯電話をせがまれてもすぐに買い与えず、まずは親子でよく話し合ってほしい。何のために使うのか、通話やメールをしたい相手は誰と誰で、全部で何人くらいか、料金の支払いはどうすうるのか。注意しないと、トラブルに巻き込まれることを伝えてください」と呼びかける。

《これまでも貧乏の子沢山であった我が家のことは難度も取り上げてきた。私は高校を卒業するまでの間、ものの例えだが、小遣いの1銭(1円の百分の1だ)ももらったことはない。勿論今のように携帯もゲームもない時代ではあった。ただ、1冊の本(芸術新潮の創刊号でシャガールが紹介された号だった)を恐々ねだって手にしたことが1度あっただけだ。当時の庶民の家庭では、お年玉さえないのが普通のことだった。》

《子どもたちが、自分の小遣いの範囲で通話をし、小遣いの中から料金を払うことぐらい子に守らせられなくては親の子育て責任を果たしたとは言えまい。労働の対価たる金銭感覚を身につけさせるのも親の教育だ。》

 藤川教授は今年3月、各種コミュニティーサイトへの投稿7000件を分析した。詳しい個人情報を書かせたり、顔写真を掲載させたり、男女の出会いを誘導するような書き込みもあったという。フィルタリングするには、有害サイトを遮断する「ブラックリスト」方式より、子どもに有益で無害のサイトだけにアクセすできる「ホワイトリスト」方式を藤川教授は薦める。「ネット社会は危険がつきまとうことを、子どもに理解させなければいけません。約束を破ったら利用停止にしたり、没収するぐらいしないと、愛するわが子を守ることはできない」と話した。

《それでも直接、親や保護者に話して理解させない限り、現状のままではこれからも子どもがトラブルに巻き込まれたり、犯罪に巻き込まれるケースがなくなることは期待できないだろう。》

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2010年5月22日 (土)

改正移植法、親族優先初適用

 毎日新聞(5/22)から、《 》内は私見。
 日本アイバンク協会は22日、聖路加国際病院(東京都中央区)に胃癌で入院し、死亡した50代男性が妻に角膜を提供することになったと発表した。改正臓器移植法で今年1月に施行された親族優先提供の規定が適用されるのは初めてだ。

 同協会によると、男性は今年4月、同協会に眼球提供と親族優先提供の意思を登録。提供意思表示カード「献眼登録票」を持ち、同病院に伝えていた。59代の妻は角膜ヘルペスで、同協会に待機者として登録していた。

 男性は今月21日午後5時半に心停止し、同午後8時に眼球の摘出手術が終了した。感染症などがないか検査し、医学的に移植可能と確認されると、31日〜6月2日に移植手術が行われる。

 妻への移植は片方の眼球の角膜で、もう片方の眼球はその他の待機者に移植される。同協会によると、3月31日現在の待機者は2604人。改正臓器移植法の運用指針で親族は配偶者と親子に限られる。

《妻への隻眼提供は、夫の意思だったのだろうか。私に置き換えれば両眼を妻に移植が願いだが、移植を執行する医師の判断なのだろうか。『臓器提供登録票』には、提供者の意思表示はどこまで認められるのだろうか。カードと共に遺言書を添えて両眼を妻に提供、と書いた場合はどのように裁量されるのだろうか。》

 【解説】河内敏康
 改正移植臓器法に盛り込まれた臓器提供者(ドナー)から親族への臓器の優先提供は、移植医療への国民の関心を高め、海外に比べて圧倒的に少ないドナーの数を増やすきっかけにもなると期待されている。一方、ドナーの意思で優先提供できる国は日本だけだ。臓器移植の前提である移植機会の公平性を損なう恐れがあり、今後の検証が求められる。

《資力や財力があり、海外での高額な移植治療が受けられたり、コネが使われたりすることへの不信が拭われない限り、その公平性を疑う余地があるようでは移植の「前提」を持ち出しても公平性の説得力は薄い。まして親族優先が海外にはない日本独自のものであることを問題視しても、だから不公平ということになるものではない。日本人には日本人の思想信条、国民性がある。完全無欠の公平性を実行するには海外渡航しての移植を禁じ、金持ちも貧乏人も、それこそ同等で公平な治療が受けられる体制が採られることが必要だ。死に行く人の最後に願う妻の開眼願望を踏みにじるような隻眼でも見えないよりはましだろう、では死者の尊厳を損なうものだ。》

 日本では97年に臓器移植法が施行され、国内で脳死での臓器提供ができるようになった。だが、13年間でわずか84例しか実施されていない。09年は脳死での提供が7例、心停止後は98例の計105例だったのに対し、米国では脳死や心停止後のドナーは09年1〜10月で6740例に上った。

《「死」に関しては、日本人の得意な付和雷同とはいかないようだ。》

 こうした状況を受け、改正臓器移植法が昨年7月に成立。低迷する国内の移植医療で、せめて親子や配偶者に臓器を提供したいという家族の真情をくむ意味合いの他、移植に国民の関心を向けて普及を図ろうとする狙いから親族優先提供の規定も盛り込まれた。しかし、親族優先提供が盛んになれば、移植医療の根幹ともいえる移植を受ける機会の公平性が揺らぐ恐れがあり、危惧する専門家も多い。

《親子、配偶者間と決められている移植治療に、それ以上の公平性が揺らぐ恐れとは何だ。待機者は家族のいる死んだ人から提供を受けるのだ。もしも死んだ人の家族に移植を待ち望んでいる人がいれば、その家族が優先されるのは当然のことだ。公平性を云々するより先に、親子,夫婦の愛情が先に立って不思議はない。医者の思惑など何の意味もない。心の狭い私には、人に誇れるような博愛の精神など持ち合わせがない。反対に人様からの臓器もいらない。天命を受容して生きるだけだ。》

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2010年5月21日 (金)

まずは保育所を増やせ

 毎日新聞(5/21)から、要約と《 》内は私見。
 第一生命経済研究所主任研究員・松田茂樹が「くらしの明日」欄で、標題のタイトルで本紙に寄稿しているのだが、私はその必要性を認めない。理由は2月のブログ『子育てビジョン』に詳しく書いた。

 松田の考えは次のようなものだ。現在認可保育所の入所希望者が増えているが、希望しても入れない待機児童は昨年10月時点で4.6万人。その待機児童は都市部の0〜2歳に集中し、近年は大規模な集合住宅が開発された場所で局所的に保育ニーズが増えるという地区長があるという。そこにいる子どもの年齢が上がればニーズは減るため、瞬間的な保育需要ともいえる。

《2月にも書いたが、0〜2歳は児童ではない、乳幼児だ。しっかりと母親が母親の温もりで身近にいて育てなければならない年齢だ。それを生むがはやいか保育責任を投げ出し、さっさと他人に預ける。それでもまだ保育所が足りない足りないという。しかしこの先、生みたくない女たちの世代の出生率がどんどん下がる。閑古鳥が啼く建物を造る必要などさらさらない。だが、松田は先のことは先になって考えればいいという。私は、0〜2.3歳の乳飲み子、乳幼児に必要なのは、企業内保育所であることを言い続けてきた。これは育児が必ずしも母親でなければならないものではなく、企業内にあれば、父親でも育児参加することが可能になる対策でもあるからだ。またこれは、政府もいう社会全体で子育てを、の考えにも沿うものでもあるのだ。》

 これに対し、松田は、政府が保育に関して精力的に検討しているのは、幼稚園と保育所の垣根を取り払い、幼児教育と保育をともに提供するという幼保一体化だ。その精神には共感するが、順序が違う。一体化には幼稚園教育要領と保育所保育指針の統合、施設の基準づくりなどが必要で、時間がかかる。既存の幼稚園と保育所を一つにしても施設数は増えないし、肝心の保育所不足は解消されない。今、最も優先すべきは、とにもかくにも保育所を増やすことだ、とおっしゃる。保育所を利用できないと子育て世帯の生計維持が難しくなるうえ、子どもを産み育てにくいと感じる人が増えて少子化は止まらない。幼保一体化は長期的課題として取り組めば良い、という。

《何が何でも生まれたばかりの子でも他人に預けることを前提に物事を考えているようだ。人間的な何かを忘れてはいないか。生まれたばかりで母親から切り離される赤児の側のことを考えてみる必要はないのか。それに、現在の日本で、どれだけ苦しいとはいえ、赤児を一時預かり所に入れて、両親が働かなければ子は餓死するという生活レベルの家庭がそんなに多くあるのか。せめて子どもが3歳になるころまでは、育休が取れる仕組みを作る方が余程人間的な世の中になるのではないか。》

 短期間に保育所を増設する場合、平均100人定員で0〜6歳の子を預かる従来型の認可保育所は不向きだ。待機時児童の多い都市部に広い土地・建物は少なく、保育を必要としている子の8割以上は2歳以下だからだ。

《繰り返しになるが、親が近くに居られる企業内保育所以外で、0〜2歳の乳幼児を預かる保育所などない方がいい。母親から切りはなさいでできる育児を考えるべきだ。》

 発想を変えて、「コンパクトな保育所」を全国の都市部に普及させることを提言したい。モデルは東京都が独自に行う認証保育所である。平均定員30人で、主に低年齢児を受け入れている。施設が小型で済むため、ビル内にも設置しやすい。認可保育所の建設費は約2億円であるが、建物の一部改修でコンパクトな保育所をつくれば6000万円だ。局所的・瞬間的に発生する都市部の保育需要には、ピンポイントに設置できる施設の方が適している。

《どうしてその考えを発展的に企業内保育所に展開できないのだろう。》

 ところが国はコンパクトな保育所に積極的でなく、都の認証保育所には国費が投入されていない。これでは財政力のある東京都ですら設置や運営が苦しく、利用者の負担も大きい。他の自治体では同様の保育所を造りたくてもできない。現在のように全国一律の基準を設け、それを満たした施設に国費を投じるのではなく、地域に合った施設づくりができる仕組みにすべきだ。

《国が金を出してくれないから何も出来ない、子も生まないでは悲しすぎるし、知恵がなさ過ぎないか。》

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2010年5月20日 (木)

続・大学生

 80年代以降、義務教育過程で進められた「ゆとり教育」。生きる力の育成を掲げて、従来の学習内容が削減された。「ゆとり世代」にはいくつか定義があるが、今年大学を卒業した新社会人は、高校時代に内容を削減した学習指導要領で学んだ「第一世代」といわれる。今、キャンパスで学ぶ大学生たちはその下の、「ゆとり教育」が更に進んだ世代に重なる。

 呉は言う。「ゆとり教育の影響は、大いにありますよ。ただ、文部官僚の言い分にも一理ある。詰め込み教育はいけない、子どもの個性を尊重しろと言ったのはマスコミで、国民の多くがそれに賛成したじゃないか、と。『公僕である自分たちはそれに従うのが当然だった』と言われれば、その点は確かにその通りだよね」

《無責任はマスコミの常だ。思い返しても第2次世界大戦、緒戦の勝利に酔う国民に向けて、一層好戦熱を煽ったのもマスコミだった。「鬼畜米英」「一億一心火の玉だ」「撃ちてし止まん」「欲しがりません勝つまでは」の言葉もマスコミは挙(こぞ)って宣伝したものだ。しかし、敗戦で終わってみれば、その総括もしないまま反省もなく同じ轍を踏む。違った意味でもペンは剣よりも強し、なんだ。》

 変化は学力に関してのみ表れたわけではない。プライベートを尊重し、失敗を恐れ、競争を好まない、などと指摘されているゆとり時代の学生気質を、呉は「知的虚栄心がなくなった」と表現した。これは、いわゆる「偏差値の高い」大学の学生にも見られる傾向だという。呉は続ける「僕らの頃は、仲間の間で『この本呼んだか』なんて言う話があると、読んでいないというのが恥ずかしいから、読んだような振りして慌てて買った。それから2、3日で読んで『あれはつまんない本だ』なんて言ったものだった。その裏にあるのは知的好奇心だけど、これが、この10年、20年で学生の間から消えていってる」。70年代ごろまで、大手出版社はこうした知的好奇心に応えるかのように「世界文学全集」「世界の名著」などのシリーズを競うように刊行していた。

 今、本格的な全集は殆ど見られず、古典も「超訳」などの、手軽で実用的なスタイルが受けている。隣のテーブルには大学生らしい男女4人組。バイトの話題や、仲間のうわさ話で盛り上がり始めた。

《「超訳」も今に始まったことではない。敗戦後間もなくアメリカから『リーダーズダイジェスト』なる便利な月刊誌が入ってきた。アメリカで、いや世界で話題になっている書物を簡単にダイジェストして読ませるものだ。どんな長い小説でも論文でも、要点を数ページにまとめたものだ。この雑誌のお陰で読みもしない小説や論文を解説し、論評を文字化した著名人も何人もいた噂が流れたこともあった程だ。》

《ご多分に漏れず若い頃、薄給の中から大部分を割いて、片っ端から書物を買って読み漁った。どれだけ身についたか自信はないが、筑摩書房の世界文学全集、難解なサルトル全集、ドストエフスキーにトルストイ全集、アンドレ・ジードにロマン・ローランなど。国内では岩波の古事記から始まる日本思想大系全67巻や日本文学全集に夏目漱石全集などなど。今ある書架には梅原猛全集や美術書が収まっている。》

 日本が物質的な豊かさを獲得した結果、社会をどうする、歴史とどうかかわる、というグランドデザインは語られにくくなった。「理想」を求める大きな物語が成立しなくなり、若者の知的エネルギーは、身近な「実務」へと向かった。「実務の時代っていうのは、つまり、金を儲けて何が悪い、っていうことだよね。それも何か寂しくないかい、と思うんだけれども」

 「封建主義者」を自認する呉が講じてきた「論語」から引くとすれば -----
〈子曰く、群居終日、言、義に及ばず、好んで小慧を行う。難いかな=衛霊公篇15-17〉(終日仲間で群れていて、話すことといったらつまらぬ世間話ばかり、義についての話など一言も出ない。そのくせ小賢しい知恵だけはすぐ働かせる。全く度し難いことだ)=「現代人の論語」より ---- この辺りだろうか。(記者:井田純)

 呉は答える。「いや、それがいいか悪いか一概には言えない。おれたちが学生のころは、たかだか18,19歳の子どもが、一知半解*の知識で、世界と、歴史とかかわりたいと考えた。

 * (いっちはんかい)知ることの極めて浅薄なこと。なまわかり。

 それによって頭が鍛えられる、ということも確実にあった。けれども、若者が抽象的な理想論を振り回した挙げ句、連合赤軍のように陰惨なことが起きた、とも言えるわけだし」。武装闘争による共産主義革命を目的に71年に結成された連合赤軍。同志へのリンチ殺人で14人が死亡した。全容は72年の浅間山荘事件で組織が壊滅した後、発覚した。

 呉も自身も、65年大学入学の全共闘世代である。早大在学中は非セクト系活動家として学生運動に身を投じ、スチライキ闘争に係わって刑事訴追された経歴を持つ。

 学生運動の季節は遠く去り、世界では80年代末から社会主義体制の崩壊が続いた。日本ではオウム事件が起きた。理想を追うことへの挫折感が共有され、価値観の相対化が進んだ。これからの大学生は何を目指し、どこに向かうべきなのだろうか。

 「大学生へのメッセージ? 難しいねえ。若者気質や大学だけの問題じゃなく、時代全体、社会全体が反映されているわけだから」。大げさに言えば、と前置きして、呉はローマ帝国の崩壊を引き合いに出した。「あの何々帝さえいなければ、という次元の問題じゃなくて、全体が必然的に動いて行くんだよね。今の状況は、社会が豊かになり、ある良識が社会を支配した結果、日本人と日本国全体のメンタリティーの中で起きてきたものだから。簡単に処方箋が出たり、何かのマイナーチェンジで対応できるものじゃない」と言う。

 答えは、これからの世代自身の中にある、ということか。

《とはいいながら、携帯とゲームに明け暮れる若者たちを見ていると、何かと虚しさを感じることが多いのだが。》

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2010年5月19日 (水)

大学生

 毎日新聞(5/13,4)から、要約と《 》内は私見。
 大学は望めば誰でも入れる全入時代に突入した。学力低下は言うに及ばず、時代の波を受けて、学生気質も様変わりした。社会の未来を担う大学生たちの、現状はどうなっているのか。

 「大学生の学力が低下している、ってそういう言い方は基本的に間違ってる。僕はそう思いますよ」と言うのは、日本私立大学連盟会長でもある白井克彦・早稲田大総長(70)。「人間の能力には、残念ながらある種の差がある。上位1割ぐらいの人はやっぱり相当優れた人たちだが、じゃあ東京大学を出た人が全員、世の中の中枢を占めるのか、というとそんなこともない。現実にはペーパーテストだけで測れない能力や人間の持ち味がいろいろある」。名前さえ書ければ入れるとわれるような大学でも「僕はあった方がいいと思うな。だって、学生が来たいって言うんだから」「大学が果たすべき役割が昔とは全く違ってきているんだ」。もはや、知的エリートや指導者の養成機関とみるのは時代遅れ。単純労働よりも、高等教育を受けた労働者を求める産業界のニーズに応えるのが現在の役割だと言うのだ。

《なんだか狐に摘まれたような論理だ。名前しか書けないような大学生が受ける高等教育、そして卒業できる学問ってどの程度のもの? 企業は大学に通ったって肩書きさえあればそれでいいってこと? それが企業のニーズというわけ? それで単純労働以上の仕事が勤まると言えるわけ?》

 「今の大学生は変わっている」というエピソードもメディアで報じられる。学生食堂で1人で昼食をとることができずに、トイレの個室で食べる「便所飯」。新入生がキャンパスで孤立しないよう、入学前に友だちづくりを目的としたオリエンテーションの機会を設ける大学も珍しくない。

 「確かに今の学生は、昔に比べたらものすごく受け身ですよ。待っていれば、何かいいことが向こうからやって来てくれると思っている。これも大学が変えていかなきゃならないと思うんだよね」。決められたことには真面目に取り組むが、基本的には受け身。こういうところが現代学生気質そのもののようにも読めてしまう。

 一方で、評論家の呉智英(63)の学生評は辛辣だ。「ひところ、大学生なのに分数ができないとか何とかいう話があったけど、今はもうそんなもんじゃない。すごいことが起きている」と語り始めた。「現代大学生論」を伺うと、まず披露してくれたのは、大学教育の現場で呉自身の体験したことだ。

 かつて講義を持っていた愛知県内のある私立大学での話だ。アルファベット26文字を全部書ける学生はゼロ。九九ができないばかりか、それを指摘されるとむくれてしまう女子学生。99年に刊行された宮崎哲弥との対談集「放談の王道」では、講義中に大学生の携帯電話がしきりに鳴ることを嘆いていた呉だが、もうそんな事態ではないらしい。

 講義は「名古屋学」と題した地域文化論。学生には、日付、名前などとともに講義名を記入した出席カードを提出させる。「ところが、何と、『名古屋』の『屋』を書けない学生がいるんだよね。別の字を充てているんじゃなく、『屋』の途中で終わってて、最後の『土』の部分がない。しかも2人も。名古屋の大学で、名古屋学の授業に、なんで『屋』が書けない学生がいるんだっ!」どん、どん、どんどんどん! 勢い込んで叩いた喫茶店のテーブルが揺れ、声のトーンも高くなっていく。

                  ----- つづく

 

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2010年5月18日 (火)

おとこ と おんな

 毎日新聞(5/18)から、要約と 《 》内は私見。
 ▽ 西
 女問題で名を轟かせているイタリアのベルルスコーニ首相。そんな首相を「責める気はない」と達観している女性がいる。「女を裏切らない男はいないからね」と宣う。

 ローマ市南部に幼い息子と暮らす企業の広報担当、ベアトリーチェ・マリアーニさん(35)だ。男の「浮気は当たり前だから」。首相のスキャンダルでは、10代女性や島での裸パーティーが注目されたが、浮気や離婚そのももを責める人はほとんどいない。

 ローマの男は特にひどいと彼女は言う。「節操のなかった古代ローマの伝統みたい。DNAに組み込まれているんじゃない。離婚が合法化される前はビットリオ・デ・シーカ(『自転車泥棒』などの映画監督)ら有名人を筆頭に、家庭を二つ持つ男がざらにいた。それが男の誇りだと思っている。マッチョなのよ」

《イタリアの男に限らない、日本でも「妾(めかけ)を持つのは男の甲斐性」は今風に言えば愛人を持つことが男のステータスでもあった。また、彼女は男の浮気を古代ローマ時代のDNAと評するが、そうじゃない。人類が生まれた時からの男のDNAだろう。そうでなければ地球上にこれだけの人類の繁栄(?)は到来しなかった。特に繁殖力旺盛な人類も動物である以上、種の保存は必然の要求だ。人類以外の動物に、人類が味わっている快楽の要素があるのかどうか分からないが、それを得たことで、一層古来からのDNAに磨きがかかったとも言える。》

《また、それは男だけに限らない、西洋の社会では近代まで上流階級の女性たちは男の愛人を持つことを競い合ってもいた。そして同じように人間の雌の側にも快楽は伴い、男とおなじように浮気という行為も男に負けずうまれ、現代でも連綿と続いてもいるのだ。》

 彼女自身も痛い目に合ってきたという。「17歳から6年つき合った2歳上の男。好きで尽くしたんだけど、何度も裏切られた。それで男がわかった。まじめな男友達に聞くと、自分もそうだって教えてくれた」。別の男性と結婚したが、妊娠中、夫の携帯電話に熱っぽい伝言が見つかった。「似たようなことが何度もあったから『はい、終わり。出てって』と別れた。私の親の世代は『我慢しろ』と親の圧力を受けたけど80年代ごろから感覚が変わった。親は子が結婚しなくても、自由でいてくれたらいいと思うようになった。60代の両親は私の離婚を歓迎してくれた。鬱陶しいのがいなくなったって」

《イタリアの女も、日本の女と変わらない猜疑心の強い面を持ち合わせているようだ。男が出て行って母子ともども清々したとは日本で言えば婿養子の立場であったのだろうか。男は何かと家には居辛い弱い事情でもあったかも知れない。この2人,神の前でお互いの愛を誓い合ったのだろうか。それにしても日常、私がこの女と一緒の生活をしていたとすると、まともに夫婦生活をするのは難しいと思う。なぜか、他人(妻)のプライバシーは決して覗かない私には、携帯電話を盗み見するようなそれこそ心卑しい節操のない人間とは心の交流など生まれるはずはないからだ。》

 小物デザイナーのベアトリーチェ・チェッキーニさん(31)もシングルマザーだが「妊娠したとき、結婚したいとは思わなかった。経済的に独立していたから必要もなかった。子どもが可愛いと男はどうでもよくなっちゃう。親は孫に大喜びし、別に結婚しなくてもいいと言った。私たちの世代の母親はそんな感じ。結婚がさほど良いものと思ってないから、それが娘に伝わる。私の同級生も夫なしで子が1人の人ばっかり」、と話す。(ローマでおしゃべり、シングル女性篇で、‥‥つづく、とある)

《これでは男はただの哀れな種馬だ。しかし、考えてみればこれこそ太古からの男本来の仕事でもあるのだろう。》

 ▽ 東
 離婚を決めた男女が結婚指輪をハンマーで叩き潰して「最後の共同作業」をする「離婚式」が話題をよんでいる。厚生労働省の人口動態統計によると、1年間の離婚件数は25万1136件(08年)で、約2分に1組が別れる時代。奇妙にも見える式の背景には、別れを新たなスタートにつなげたいという切実な思いもあるようだ。

《イタリアのだらだら別離に比べれば、けじめだけはつきそうだ。》 

 東京都内を中心に離婚式を企画しているのは、千葉県浦安市の元派遣会社社員、寺井広樹氏(29)。昨年4月、大学時代の先輩が離婚する際に「始まりを披露する結婚式はあるのに、なぜ終わりはないのか」という疑問を感じ、初めて離婚式を企画した。これが評判を呼び、離婚式プランナーに転身。これまで約20件の離婚式をプロデュースした。

 今年3月から離婚式ツアーも始め、問い合わせは約500件に上る。ツアーは東京・浅草を舞台に、再出発の象徴として、人力車に2人別々に乗る演出などがある。式の司会進行も寺井氏が1人で行い、予約待ちの状態が続いている。

 式は、別れる理由の説明、「旧郎旧婦」挨拶、友人代表挨拶、などと結婚式さながらに進む。最後は2人で結婚指輪をハンマーで叩き潰す。服装は自由で、旧婦は和装で旧郎は普段着だったりさまざまだ。

 挨拶に拍手していいものか招待客が戸惑うこともあるが、当事者の2人が互いに結婚生活への感謝の言葉を述べ、温かい雰囲気になることもある。式後に、離婚を思いとどまったケースもあったという。

 「結婚式より感動した」「すっきりけじめがついた」と式の評判は上々。寺井氏は「吹っ切れたような旧郎旧婦の笑顔を見ると嬉しくなる。前向きな旅立ちを後押ししたい」と話している。

 山田昌弘・中央大学教授(家族社会学)は「3組に1組が離婚する時代。離婚のハードルは下がり、タブーではなくなった。離婚式というものが受け入れられているのも自然な流れではないだろうか」と話している。

《下世話な話だが、何百万円もする指輪でも同じことをするのか、慰謝料に代わるのか、逆に指輪の交換をしなかった2人の場合は何を割るのだろう。何にしても、こんな奇を衒ったことで気が済むとはオモロイことだ。》

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2010年5月16日 (日)

私立中退学が増えているという

 毎日新聞(5/16)から、要約と《 》内は私見。
 私立中に進学する生徒が増える一方、入学した学校に馴染めずに退学してしまう子どもたちが少なからずいる。最新の統計は公表されていないが、中退者は増加傾向にあるといい、関係者は対応を求められている。受験して入学した学校から、なぜドロップアウトしてしまうのか。

 「とにかく私立へ」と親から受験を勧められた子どもが、塾通いして志望校に入学したものの、開放感で勉強が手につかず成績が悪化し、結局肩たたきにあい退学に‥‥‥。私立中受験の実情に詳しい森上教育研究所の森上所長は、受験疲れによる燃え尽き現象(バーンアウト)の典型的なパターンをこう説明する。また、東大合格者を出すような進学校では、赤点続きだと退学を促されることが珍しくない。非行や暴力事件を起こして、退学処分になる生徒もいる。受験は「合格したら終わり」ではない。

《あってもなきにひとしいような学区制、みんなが(自立性に乏しい烏合の衆の日本人の大好きな言葉だ)私立,私立というからうちの子も私立へ行かせる、と何も分からない子どもを私立へとせき立てる。親の言いなりの子どもたちは、良い点とって帰れば喜ぶ親をもっと喜ばせようとどんどん点取り虫になっていく。自分が何をしたいのか、どんな人間になりたいのか、そのためにどんな勉強をしたらいいのかも考えないままに、親の顔色を読みながらの塾通いが続く。そして、親のためだけの私立への入学が叶う。自分の意志で入ったのではないから、それから先をどうしたらいいのか、何をしたらいいのかを見失うことになる。親が子には「勉強しなさい」だけで、何のために勉強するのかを教えて来なかったから目的を見出せないで己自身を見失う。こんなのは燃え尽き症候群などではない。世間体を気にするばかりで子どもを人形扱いしてきた親の教育責任の不在からくるものだ。》

 公立中の校長でつくる東京都中学校長会が05年に発表した調査では、私立中から公立への転入者素は02年度が259人(入学者の0.35%)、03年度331人(0.45%)、04年度は年度途中で359人(0.48%)と2年続きで増えていた。同校長会は当時、「安易な退学処分の自粛」を東京私立中学高等学校協会に申し入れたが、私立側は「必要とされる場合に限って転学している」と反論。両者の関係はぎくしゃくし、以来、統計を公表しない紳士協定が出来上がった。現在、最新の統計は非公表だが、「退学して公立に転入する生徒は、傾向として増えている」(都中学校長会)という。

《お互いに利害の対立する立場の言い分だが、やる気のない子が混じっていては私立側は困るのは確かだ。》

 私立中を退学した生徒にとって、地元の公立中には戻りづらい。退学者の中には、他学区の公立中や別の私立中に転校したり、高校受験まで中学に通わず、自宅にこもってしまうケースもあるという。また、不登校や非行がからんでいると公立中の教師も手こずる場合が多い。「退学の原因が勉強について行けなかったからなのか、いじめだったのか、私立側から引き継ぎがないこともある」(ある公立中の教師)と、不満も抱えている。しかし、都教職員研修センターの藤沢教授は「どんな子であっても温かい目で受け止めるべきだ。励ます大人がいれば、子どもはやる気を取り戻し、立ち直る。保護者も、公立に戻ったことを挫折だと思わず見守ることが大切」と語る。

《要は、親がしっかりした教育方針を持たず周りに流されて、己自身も顧みず世間の私立、私立の声に流されたことが原因だ。子どもを無理にも私立に送り込んだ親の幾人が、私立と公立の現場に立ち会いその違いを評価し、こちらが勝るとして私立を選んだのか。》

 退学につながらないよう、志望校選びも重要だ。教育評論家の小宮山博仁は「確たる目的意識がないままの受験は挫折しやすい」と指摘する。私立中の校風は個性が強いため、「親子で文化祭や公開授業を見て研究し、その私立に進みたい積極的な理由を見つけることが大切だ」という。

《いずれにしても中学レベルでは、まだまだ人生や人間としての成長は緒に就いた段階だ。海のものとも山のものとも見分けられないだろう。この段階で脱落するようではその時点で将来はないだろう。そうなったのも親の勝手な判断の結果だ。もしも挫折するようなら、立ち直らせ励ますのが親、保護者の愛情であり責任だ。人間の価値は学校での成績だけでは決まらない。どう生きるかが大切なのだ。》

 第1志望に入れず、仕方なく入った第2志望、第3志望の学校でやる気を失う子もいる。森上所長は「併願校選びも大切。第2志望校からきっちり選ぶ覚悟が必要」と呼びかける。中学入学後は「得意なクラブ活動に参加するなど居場所を見つけ、適応する努力が必要。親も担任とこまめに連絡を取るなど、フォローすべきだ」とアドバイスする。

《数撃てば当たる受験で第2第3が受かっても嬉しくもないだろうし、やる気も起こるまい。私の旧制中学受験当時は第2第3志望などとはあり得ない市内に1校だけだった。ここ一本!だった。後がない真剣勝負だ。ここが駄目なら次があるなどとはいかなかった。》

《また、得意なクラブ活動も、必ずしも入れないこともある。我が家の長男は得意な化学・電気を希望したが、人数に制限があり入部できず、体育系に入った。ここで、上級生からの「ぱしり」に会い、反抗して退部した。特に電気には小学生の頃から熱中しており、進む道と考えていたため、部活に頼らずに自主的に学び、現在はその筋の企業で重責を担って働いている。明治生まれの頑固親父に育てられた私を父に持ち、同じく厳しく育てた子だった。親は子が間違った方向へ進まないことさえ見ていればいい。》

 

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2010年5月15日 (土)

痴漢検挙、37%が再犯

 毎日新聞(5/10)から、
 十日も前の記事だが、ますます女性の露出度の上がる夏場が近づくのを前にして、気に留め置いていいことなので取り上げてみる。

 警察庁は6日、4月15〜21日に首都圏で実施した痴漢集中取り締まりの結果を公表した。都や県の迷惑防止条例、強制猥褻などの容疑で逮捕・書類送検されたのは77人。うち29人(37、7%)は過去にも痴漢行為で検挙されており、警察庁は「痴漢は繰り返す傾向が強い」として警戒を強めている。

 警視庁と千葉、埼玉、神奈川の3県警が鉄道事業者16社と連携して実施。主要駅を中心に約270回の被害防止キャンペーンを実施、325駅で制服警察官が警戒した。

 1月の集中取締り(8〜15日)の検挙者は39人で、今回はほぼ倍増した。検挙者は16〜62歳で、30代が24人と最多。40代は21人。職業別では48人が会社員だった。被害者はいずれも30代までで、高校生が40人で過半数を占め、中学生も1人含まれた。

 路線別では、京王線とJR中央線が各6件で最多。痴漢対策用の防犯カメラを一部の車輛に試験運転している埼京線は5件だった。カメラが設置された車輛での犯行はなかった。

《痴漢の記事が載る度に、哀れな弱い男どもを弁護するわけではないが、羞恥のけじめもなくしたような女性の卑猥、猥褻とも見まがうようなスタイル、姿を指摘してきた。エスカレーターや階段で、見たくもないのに目を上げれば下着まで飛び込んでくる短パンもどきのスカート。テレビを付ければ少女、女児までが大人の真似をしてくねくねと腰を振り、卑猥を真似て踊る。ただの醜い肉のかたまりだが、これを可愛らしいと思うのは親たちだけだろう。敗戦後の荒れ果てた世情の中のストリップ嬢たちでさえ、ぐるぐると腰をくねらすグラインドは卑猥を理由に禁止されていたのだ。ところが現在、テレビの中の踊りの振り付けの殆どすべてに、この卑猥なグラインドを多用し、腰さえ触れば踊りであるかのように、若い女たちはくねくねと腰を振っているのだ。》

《街を歩けば尻の割れ目まで覗くほどパンツを下げ、臍丸出しで悠々と闊歩する。猥褻以外の何者でもない。検挙された中の62歳の男は異常だが、思春期を中心とした欲情を持てあます男どもにはフェロモンを捲き散ららす異性に惹かれない方がおかしいとも思える。その誘惑を抑えるのが理性を持つ人間の人間たる所以だが、抑え切れない人間もまたいるのは確かだ。そして、そのような人間を罰するのは至極当然で、同情の余地などあるはずもない、これからもどんどん取り締まればよい。》

 上の記事のように防犯カメラの有効性を活用して、JR東日本の清野社長は6日、JR埼京線の全編成に痴漢防止用の防犯カメラを設置することを明らかにした。6月から設置を開始し、遅くとも今年度中に完了する方針だという。埼京線では既に一部の編成で試験的に防犯カメラを設置しており、痴漢防止に効果があると判断した。警察庁の安藤長官は6日、試験設置に対して清野社長に感謝状を贈った。

《随分と仰々しいことをするものだが、痴漢で名高かった埼京線の痴漢犯罪の減少で、女性へのアピールと見ればいいことか。》

 JR東日本は、埼京線での痴漢被害の深刻化を受け、昨年12月、試験的に2編成の1号車に防犯カメラを設置した。警視庁によると、埼京線で今年1〜2月に発生した痴漢被害は15件で、昨年同期(38件)の半数以下になった。JR東日本は埼京線の全32編成の1号車に防犯カメラを設置する方針。

 感謝状贈呈式後の記者会見で清野社長は「犯罪、痴漢の防止に効果があると警察から聞き(全編成設置を)検討してきた」と述べた。安藤長官は「他の鉄道事業者に拡大することを期待したい」と話した。

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2010年5月14日 (金)

100歳まで働ける社会を

 毎日新聞論説委員の倉重篤郎が5月10日、『視点』で書いている。
 「高齢者の生き甲斐問題で究極の解決策は就労だ」「となると、コミュニティーの中で高齢者が活躍できる場所の拡充が必要になてくる」「高齢者のキャリアコーディネーターを育成したらどうだろうか」

 学者と企業人との熱っぽい討論が続く。東大の高齢社会総合研究機構が国内の民間企業35社と昨年4月から始めた「ジェロントロジー(老年学)プロジェクト」。高齢化のピークとなる2030年を念頭に、互いに知恵を出し合い理想的な社会を築くためのロードマップ(行程表)を2年がかりで作ろう、という試みだ。

《現状,働きたくても働けない働き盛りの若者が、職もなくて将来を悲観し自殺する人間が増えているのに、目も耳も足腰も、衰えて尿漏れも激しい老爺、老婆たちが働くことのできる職種をどのように考えているのだろうか。『働ける社会』の働くの字から“にんべん”を外した福祉や医療面など寝たきり老人にならないための『動ける社会』をつくる方が先決ではなかろうか。100歳まで生きても、草のように生きているのでは働くことなど到底無理なことだ。》

 参加企業は、自動車・機械メーカー・食品・生活用品メーカ、流通・外食産業、建築・不動産業、金融業、医療・福祉機関など多岐に亙る。毎月1回の勉強会を開き、合宿や分科会で議論を重ねてきた。企業側の関心は勿論高齢化対応の新商品、サービスの開発だが、異業種交流会としての役割も兼ねた産学の最先端の情報交換は、未来像の枠を広げている。

《集まったメンバーからは、どうやら働ける社会を作るためのインフラづくりの相談ごとのようだ。そんな相談ごとよりは、100歳まで動けるためには現在の男79.29歳、女86.05歳の寿命を100歳まで伸ばすためにはどうするか、だ。》

 3月にまとめた中間報告では具体例が72項目もあげられた。100年間立て替えなしにリフォームだけで使える住宅技術の普及、高齢者でも安心して利用できる超小型電気自動車の開発、尿漏れなど排泄トラブルへの医学的サポートの確立、迷子や徘徊者を識別し保護する見守りシステムの整備など、幾つものアイデアが出された。

 注目したいのは、高齢化対策として最も重要だと思われる就労環境の理想として、100まで働ける「就労バリアフリー社会システム」の成立をうたっていることだ。勿論若年層の就労機会が優先されるのは当然だ。だが、報告は高齢者の就労目的を生き甲斐への創造、技術の伝承、社会への貢献と位置づけている。そして、高齢者が
 1)無理なく楽しく自分の能力・経験を生かし続けられる場所作り
 2)年齢にかかわらず個人の潜在能力が適正に評価される制度の定着
 3)何歳でも何度でも転職、起業できる市場環境の育成
を課題としている。

 理想はあくまでも理想だ。しかし、20年後に日本の高齢化率が3割を超え、75歳以上が現在の倍の2300万人になることが想定されている以上、100歳までの就労モデルはある意味では現実的課題といえる。

 長命社会を対象とした産学連携の共同研究は大いに期待したい。世界最速の高齢化を遂げる日本に見本はなく、その意味では、研究から試行錯誤を重ね、日本モデルを世界に発信していくしかないからだ。

《机の上では、2030年までには働ける100歳人口がどれだれ生まれるのだろうか。計算とグラフで作る数字は如何ようにも都合良く操作することは可能だ。いくら世界最速で老人が増えているとはいえ、2030年に働くことの可能な100歳に近い爺さん(私がいきていれば99歳だ)婆さんたちが社会問題になるほどいることは先ず、いや絶対にないだろう。》

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2010年5月13日 (木)

車の電子キー、子どもの閉じ込めも

       杜若   と    ゼラニウム  
   P5130075 P5130084
毎日新聞(5/13)から、
 つい先日、不注意な親の子が、パワーウインドーに挟まれて指を切断したり、窒息したりする事故のことを書いたばかりだ。今度もものぐさに慣れ、ずぼらになってしまった親のせいで、子どもが車内に閉じ込められてしまう事故が報告されている。

 鍵を携帯しているだけでドアの解錠・施錠ができる電子キーの乗用車で、子どもが車内に閉じ込められるなどのトラブルが起きている。国民生活センターは12日、消費者に注意を呼びかけた。

《自慢ではないが、パワーウインドーの折りにも触れたが、私の車は古いもので、一々確認しながら施錠しなければならないポンコツだ。そのために、免許を取得してから今日まで1度も鍵を閉め忘れたり、車内に置き忘れたこともなく過ごしてきた。もう今になって買い替えることもないが、例えあっても、電気仕掛けのようなオートではなく、マニュアル車が欲しい。技術に溺れた設計者の造るものは、海外で物議をかったトヨタがいい例だがどこかあやふやな出来合いのものになる。》

 電子キーの車には車体の発信する電波が周囲約80センチ以内にキーがないことを察知すると自動的に施錠するタイプや、キーや車体に付いているボタンを押して施錠・解錠するタイプがある。国内の自動車メーカー8社で99年から少なくとも計149車種が販売されている。

《便利過ぎて人間がずぼらになるはずだ。ついつい気の弛みを誘われ、それが当たり前の習慣になれば、ミスも起るだろう。事故は得てしてそういう時に起るものだ。》

 同センターによると、相談は05年度から5年間で46件あり、うち9件では子どもがキーと一緒に車内に閉じ込められた。愛媛県の30代女性は、子どもをチャイルドシートに座らせて自動施錠タイプのキーを入れたバッグを車内に置き、いったんドアを閉めて運転席に回ろうとした際、ドアが施錠されて子どもが閉じ込められた。ボタンを押すタイプでも、運転手がキーを入れたバッグを車内に置いて車を離れた間に施錠されてしまった例があった。

 同センター商品テスト部は「自動施錠タイプの車は、キーの電池が切れていると運転手が離れたと判断し、施錠してしまうことがあるという。電池寿命は約1〜3年で、定期的な交換が必要。そもそもの話、キーを車内のバッグや上着に入れたまま車を降りないよう、気をつけてほしい」と訴えている。

《便利なようで反面、不都合が発生する良い例を体験した。壊れて買い替えたパソコンのことは4月のブログで書いた。新しく導入したのが馴染みのアップルの最新のIMacで、ワイヤレスキーボードとマジックマウス(同じくワイヤレス)のもの。最初から使い勝手が悪く、誤動作が頻発し、折角綴った文章がマウスのちょっとした角度で一瞬にして消失してしまう。これでほぼ1日分、半日分の書きためたものが消え、徒労に終わることの繰り返しだった。我慢し切れずに遂に今日、店に飛び込んで、USB接続のタイプのものを購入してきた。今現在綴っているものがそれだ。最新型必ずしもベストとは言えない絶好の例だ。便利なものほど慣れないことこそ肝要だ。》

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2010年5月12日 (水)

離婚と親権

 毎日新聞(5/10)『なるほドリ』(回答者・大阪学芸部:反橋希美)から、要約と《》内は私見。
 このところ離婚した夫婦間で子どもの親権に関しての争いが報じられることがしばしば目につく。「親権」とは子どもを保護して教育する監護教育権や財産管理権など、親が子に対して持つ権利の総称だ。日本は、夫婦が結婚している間は双方が親権を持つ「共同親権」だが、離婚したら片方の親が親権を持つ「単独親権」になる。欧米では離婚後も共同親権を採用している国が多く、日本にも導入した方がいいのではという議論が出てきている。

 Q 日本のやり方はどこがいけないのだろうか

 A 離婚後に別れて住む親が子どもたちに会えなくなりがちだ。そのため、反対の声をあげ活動する父親もいる。《日本の場合、離婚後の親権は8割が母親になるため、その不満は父親ということになる。》民法には、離婚後に子ども会う「面会交流」の権利が規定されていない。家庭裁判所で面会を求めても、親権を持つ親が強く拒めば「いい影響がない」と1年に2〜3回に制限されたり、却下される場合もある。欧米では「離婚後も両親が拘わる方が子どもの成長に良い」という実証研究が行われるなどした結果、面会交流が原則として認められている。

 Q 子どもに会わせたくないのはどうしてか

 A 家庭内暴力や精神的虐待で離婚した女性の場合、元夫に会ったり連絡を取ったりすることは、心身に大きな負担がかかる。相手に対する憎しみや不信感もある。親権を持たない親が別れた子どもに払う養育費もトラブルになりがちで、日本では2割合しか払っていない。

 Q 別れた親に定期的に会う人たちもいるけれど

 A 面会しているのは28%だけ、という統計がある。「全国母子寡婦福祉団体協議会」が昨年、会員ら1199人に調査して分かった。日本では、約9割が裁判所を経ず当事者間の話し合いで離婚を決める協議離婚だ。養育費や面会交流は子どもの権利だという認識が薄く、離婚時に取り決めていない人たちも少なくない。

 Q 大事な子どものことなのに

 A かつての「家制度」で、離婚は縁を切るものという価値観が残っているようだ。日本では別居時に母親が黙って子どもを連れて家を出ることも多いが、共同親権の国では犯罪となる。現在、国際結婚に破れた日本人が外国から子どもを連れ帰り問題にもなっている。

《古い家制度を持ち出しても納得はさせられない。女性心理として、男性以上に結婚関係に見切りを付けるのが速いことは常々口にしていることだ。黙って子どもを捨てて家を出て行ったり、「もう顔を見るのも嫌、我慢できない」「虫酸が走る」とはよく聞く言葉だ。封建制度の名残りを引き合いに出すこともなかろう。》

 Q それじゃあ、日本も共同親権にすれば

 A そんなに単純なことではない。日本には面会を支える相談機関や面会交流施設がない。「育児にかかわる父親が少なく日本には馴染まない」という意見もある。先ず社会で離婚後の子どもの問題について議論を深めることだ。

《面会交流施設がないことが共同親権の妨げになっているとは意外なことだ。育児にかかわる父親が少ないことを持ちだしたり、DVを言ってみたり、この回答者、女性が女性の立場で共同親権を受け入れたくないことを言いたいだけのことのようだ。》

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2010年5月11日 (火)

市税など「悪質滞納者」に 取り立てチーム

    芽を出した  鷺草  と   朱鷺草
   P5080071 P5080072b
 毎日新聞(5/10)から、要約と、《 》内は私見。
 市税などの滞納者を対象とする千葉県船橋市の『取り立て専門チーム』が成果を上げている。わずか6人のメンバーで09年度は1億8500万円を回収した。払えるのに払わない悪質滞納者からの徴収はどの自治体でも喫緊の課題となっており、北海道や大阪、山口県など計35の自治体が視察に訪れている。

《世を挙げて弱者の味方を標榜し、「払えないものは仕方ない」「仕事が無い」「不況の世の中が悪いんだ」で、罷り通っているが、一方でその風潮を悪用し、払えるのに払わない無責任が蔓延っている。滞納が巨額になるのは催促しないからだ、ともいう奨学金制度の悪用、授業料滞納に保育料、或いは家賃滞納の居座りや夜逃げ、給食費に国保料などなど数えれば切りがないほどだ。その中から市の権限で取り立てられる債権分について悪質なものから取り立てようというものだ。》

《豊穣に慣れて育ってきた平成の代の生活に比べると、遥かに貧しく苦しかった敗戦後の取り立ては、情け容赦もなく辛辣であった。税金の滞納があればある日、どかどかと役人がやって来て手当り次第に差し押さえの『赤紙」を貼付けて行った。(これを剥がすことは犯罪となり、今はないようだが、最近までは見えない部位に貼る配慮はしたようだ。)おおかたは借家住まいで冷蔵庫はまだまだ贅沢、テレビなどまだ生まれてもいない時代で、生活必需品にちかいものまでその対象になったし、当然のように電気,水道は止められた。》

 成果を上げているのは船橋市の債権回収対策室。対象は、裁判所の決定がなくても自治体が滞納者の財産を差し押さえて回収できる「公債権」で、
  市税
  国民健康保険料
  介護保険料
  保育所の保育料
  下水道使用料
など、計9種類がある。それぞれ2〜5年の時効を過ぎると徴収できず、これらの債権を一元的に管理し、取り立てる部署を持つ自治体は全国的に珍しいという。

 対策室の回収方法はシンプルだ。まず複数の種類にまたがる滞納者を文書ベースで割り出し、預貯金や給与、売掛金など財産を洗い出す。警告書を送るなどしても連絡がなければ、戸別訪問をせず直ちに財産を差し押さえる。

 相手が何らかの事情で生活に困窮していることが分かった場合は徴収を猶予・停止することもあるが、永嶋正裕室長は「断固たる態度で臨めば多くは素直に納める。生活苦でもやりくりして納付する市民がおり、資力がある者の滞納は許さない」と話す。

《ここで、困窮者の区別が肝心、とのありきたりのことを述べる学者がいる。千葉大教授(行政学)の新藤宗幸だ。『厳しい経済情勢の下、税などの滞納問題はどの自治体でも水面下で深刻化しており、船橋の取り組みも一つの試みだろう。以前に議論の的となった給食費問題と同様「払えない生活困窮者」と「払えるのに払わない悪質な滞納者」をどう区別するのかが肝心だ。一緒くたにして強制執行を乱発すれば困窮者を追いつめかねない。区別の基準を明確にし、執行に際しては危険性を十分認識すべきだ。』と行政の出鼻を挫き足を引っ張ることを言う。行政学の専門家なら、「こうすればいい、こう考えればいい」くらいの提案はないのか。きちんと払っている人たちの皆が皆、楽々と納税しているとでも思っているのか。そういう曖昧さが払わない奴らの跋扈をいつまでも許しているのだ。》

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2010年5月10日 (月)

医師数、最下位の水準(埼玉県)

            しらん(紫 蘭)
   P5080065 P5080066
《関西から東京に、所帯を持つにあたって現在の地埼玉県のK市に移り住んでほぼ40 年が経過した。当時のK市は近隣の村々を寄せ集めてやっと7万の市になって数年しか経っていなかった。当時の市は医師がいない街とうことで、毎日のようにテレビに取り上げられて報道される無医村に近いところだった。「こりゃ大変なところに来たもんだ」というのが本音だった。当時の「さいたま」は東京都の隣県でありながら、「いなかっぺ」を指すにひとしい語感を漂わせていたものだ。キューポラのある街で、競輪にオートにボートにヤクザ、全国1の交通事故の多発県。その後テレビの報道が後押しをしたように市立病院設立の話が起こり、数年後には現実に病院設立に漕ぎ着けた。東京の有名T大学と、J大学から医師陣の派遣があってスタートしたが、間もなく両大学間の学閥騒動が聞こえてくるようになった。事実であったのか、T大学の医師陣の引き上げがあり、現在の病院はJ大学側の陣営で固められているようだ。》

 毎日新聞(5/8)から、要約と《 》内は私見。
 県内の医師数が9954人と10年間で2228人増えたことが、厚生労働省の医師調査(08年版)で分かった。医師数の増加率(28.6%)では全国2位だが、人口10万人当りの医師数は139.9人だった。06年に続き全都道府県では最下位の水準だった。

 医師調査は2年に1度行われ、昨年12月にまとまった。9954人は医師数では全国8位で、100平方キロ当りの医師数は254.3人で、これは全国6位だった。

《平野部の多い県、山岳部の多い県を面積単位で比較して、 何が求められて何を主張したいのだろう。》

 過去10年間で病院勤務医は4854人から5980人に、23.2%増えた。診療所の医師は2872人から3974人と、38.4%増加し、診療所で働く医師が比較的増える傾向がみられる。診療科目ごとでは、10科のうち8科で2桁の伸び率を示したのに比べ、全国的にも医師不足が指摘される「産科・産婦人科」は414人から420人(1.4%増)と微増だった。「外科」は唯一、781人から579人に減少した。以前は「外科」に分類されていた消化器外科などを加えても748人にとどまった。

 さらに、小児科を掲げる病院数は176から132に減少。同様に産科・産婦人科の病院も71から45に減っている。男女別では、女性医師が1117人から1775人の58.9%増と増加が著しい。医師の平均年齢は98年で48歳だったのが、08年は49.1歳とやや高齢化している。年理恵は

《医療ミスを訴える声が大きくなる度に、或いは訴訟問題が大きくクローズアップされ報道される度に、医師に対する信頼の失墜と裏腹のように医師の側には病気、患者に触れることへの恐怖心が生まれて行った。アメリカ並みとはいかないが、訴訟社会が形成され、君子危うきに近寄らずで、若い医師たちがリスクの高い診療科目を敬遠するようになったのもある意味、医療が仁術とは言えなくなった現代では仕方ないことだろう。特に男女医師合計で781人から579人に減少した「外科」に表れた減少には怖いものがある。》

《それにしても、およそ660人も増えたという女医さんたちの就職した診療科目はどこなんだろうか。巷の声では「やはり産科・産婦人科は女医さんがいい」との評判なのだが。例えば「小児科」では男女医師合計で520人が620人に、産科産婦人科に至っては同じく414人が420人に増えただけだ。少子高齢化と同時に少子化対策としては「小児科」「産科・産婦人科」は男性医師が選ばないのなら、働く女性の味方として同性医師として真っ先に選ぶべき科目ではないのかと思うのだが。》

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2010年5月 7日 (金)

オンラインゲーム依存症候群

 つい先ほど大騒ぎしていたアバターなる映画、テレビで宣伝用シーンが写るたびに、吐き気を催した。グロテスクなキャラクターたちがCG画面で滑稽に跳ね回る、飛び回る。奇想天外の作り話には技術に溺れ切ったCGとともに、おそらくは映画館にでも入っていれば周りが迷惑するだろう程、笑い転げるだろう。これが史上でも屈指の大入りだとはよほどアメリカ人というのは幼稚な国民なんだと思う。しかし、似たようなゲームに血道を上げる人間も又、日本にはいるらしい。

 毎日新聞(5/7,4/26)から、要約と 《 》内は私見。
 先ずは、溺れることなく、その手前で愚を悟った小学生の話(神奈川県にお住まいの母親(43)の投書)から。

 『新学期が始まり、小学校で父母が集まると必ず話題に上るのが、携帯型ゲーム機の遊び方を巡るルールである。トラブルを避けるために外への持ち出しを厳禁にしたり、雨で外遊びができない日に限定するなど、保護者は試行錯誤を繰り返し、子どもたちと日々闘っていることがうかがえる。

 投書された家庭の場合、テレビゲームはあるが、携帯型ゲーム機はまだない。小学5年生の息子が低学年のころ、「みんな持っているから買って」と毎日のように言っていた。でも、ある日を境に、息子は「買ってほしい」と言わなくなった。

 その日、友だちの家に遊びに行ったと思ったら30分もしないうちに戻ってきた。理由は「怖いから帰って来た」と。聞くと、友だちの家には6人が遊びにきていたというが、一言も口をきかずに携帯型ゲーム機に向かい、そのうえ部屋にはお菓子のゴミが散乱していたというのだ。

 その光景が低学年ながら不気味に見えたらしく、息子はこのとき以来、「あれば、いいけど‥‥‥」くらいしか言わなくなった。今では荒療治となったあの日に感謝している』というものだ。

《このお母さん、小さい頃から、子どもの情操教育をしっかりとされていたものと思う。小学5年生ながら、没入すれば引くに引けなくなる麻薬のような底なしの怖さを感じ取ったのだろう。》

 《それに比べ反対に、先の無言の6人の子どもたちの姿のように、踏み入れた泥沼から高じて足を抜けなくなり、己を律することのできない状況に陥った人間が現れ、社会現象となりつつあるようだ。》

 (4/26)から、仮想現実で遊ぶオンラインゲーム*に寝食を忘れるほど没頭し、ひきこもりにまでなる若者が表れている。「ネトゲ」依存症はどんな悲劇を生み、対策はあるのか。NPO法人 教育研究所理事長・牟田武生氏(62)に聞いた。

 * オンラインゲーム
  インターネット上で複数の人が同時参加するコンピューターゲーム。略して「ネトゲ」。冒頭に出て敵を倒すなど、仲間と目的を達成していく。新たな目標が次々と現れ、終わりのないのが特徴。韓国と中国では長時間プレーによる死者も報告されている。日本オンラインゲーム協会によると国内では02年ごろから普及し、08年の国内市場は1239億円で04年の2.1倍だった。

 ▽ オンラインゲームにのめり込み、現実社会に適応できない人が出ています。不登校の相談で、ゲームをしている例は多いですか。

 ▼ 全体の5〜6割でしょうか。不登校は不安感や緊張感の強いタイプが多かったのですが、10年ほど前から違う層が現れ始めた。「一日中パソコンに向かっているんです」と親は訴え、私は最初は訳が分からなかった。

 ▽ 1日10時間以上する人もいます。そんなに楽しいのですか。

 ▲ クラスで人間関係が希薄だった子でも、ゲームの中で居場所を見つければ、人間関係が豊かになっていきます。ゲームは5〜6人のチームプレーで進むので、頼りにされると抜けられなくなりがちです。最近、ゲーム三昧で15年間引きこもり、30歳に達した男性の家族から相談を受けました。心の成長が15歳で止まり、社会で必要な学力や体力、社会性が育っていないので、生きて行くのは大変です。

 ▽ 愛知県豊川市で17日、15年引きこもっていた男(30)がネット接続を解約した親に怒り家族5人を刺し2人を死亡させました。

 ▼ 彼もオンラインゲームをしていたのではと疑っています。現実に居場所がなく仮想現実で生きるようになった人間は、ネットを切断されると,存在が否定されたと感じ、時にひどい家庭内暴力を起こします。教育研究所にも、家族を殴る蹴る、髪を掴んで引きずり回す‥‥と多くの相談がきています。以前より暴力度が増しているのは、鮮明な画像のゲームで、戦闘的な世界に長時間浸っているせいでしょうか‥‥‥。

 ▽ 親はどうすればよいのでしょうか。

 ▼ ゲームを禁じると、子どもは抵抗します。ハンガーストライキをしたり、窓から飛び降りようとしたりする。全国どこの相談でもリアクションが同じなのでおかしいと思っていたら、「親に止められそうになったらこうしろ」という具体策がネット上に出回っていることがわかりました。いきなりネットを切断するのではなく、現実に適応できない本人の不安を理解し、先ずは話し合いを持てるよう努力してほしい。仮想から現実へ、ゆっくり進む過程が大切です。依存が進んでいない初期段階では、例えば「1日3時間」という決まりを作り、「守れなければゲームは不可」という誓約書を取り交わすこともできます。

《たしかに、こうなるまで甘やかし、放っておいた親の監督責任の不在を考えれば、いきなり親らしくすることもできないだろうし、ご機嫌を伺いながらの腫れ物にさわるようなことしかできないだろう。言えば情緒不安定の発作が起きるのは明らかだ。親が親らしいことをせず、いわゆる子の我がままを放っておいた見返りだ。》

 ▽ 低年齢化も進んでいるようです。

 ▼ オンラインゲームはテレビゲームに比べて高度ですが、最近は小学生のプレーヤーも珍しくない。東京都内のある小学校では、2時間目になると「もうだめです」と保健室に駆け込み、ぐうぐう寝ている子が複数いるという。先生が調べたら、高学年で8割の家庭にパソコンがあり、オンラインゲームに依存している子たちがいた。サラリーマンなど不特定多数が参加するゲームは、たいてい深夜に佳境に入る。生活リズムが狂うのは当たり前です。最近は子ども向けゲームも開発されています。仲間と話しながらゲームを進めますが、キーボードで打ち込まなくても,ネットで無料通話できるスカイプの普及で、小さい子も参加しやすくなった。ゲームはボタン一つで簡単にダウンロードできる。300万人が登録し、8割が小中高生というものもあります。

《教室を抜け出して保健室でのうのうと寝るなど、それをさせている学校,教師たちはそれが教育とでも思っているのだろうか。そして家庭では、ますます親の子への監督責任の放棄だ。》

 ▽ ネット依存者の多い韓国では、国を挙げて対策に取り組んでいます。

 ▼ ゲーム依存は自己責任とされがちですが、子どもは誘惑に弱く自己規制できません。日本でも国や業界が率先して、規制を掛けなければならない。韓国では国が業界に10億円出させて、ネット中毒者のための施設を造り、厚生プロブラムを組んでいます。また未成年者の深夜のゲーム環境を断ち切り、一定の時間以上同じゲームを続けたら強制的にシャットアウトをかける法律が、まもなく施行されることになっています。中国はプレー時間が一定に達するとそれまでゲームで蓄えてきたポイントが半減します。タイもベトナムも、なんらかの対策を掛けています。野放しなのは日本だけ。業界はますます日本をターゲットにするのではと危惧しています。

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2010年5月 6日 (木)

死に急ぐ奴ら

            ボ タ ン
   P5020043 P5020042

 毎日新聞(5/6)から、要約と、《 》内は私見。
 《水上バイクで航行禁止危険区域に入り込み、見事死ぬことになった奴らがいる。禁止区域の立て看板の前でゴルフクラブを振る奴、飲酒運転で他人を殺す奴。バーベキュー禁止の河川敷で飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで酔っぱらった挙げ句、川に入って溺れ死ぬ奴、遊泳禁止の荒れた海に出たり、侵入禁止の金網を破って釣りのために堤防へ出、波を被って死ぬ奴などなど、自業自得の死に急ぎの人間が世間を騒がす。人知れず死んでくれればまだいいのだが(誤解しないでほしい。独り身の老人たちを言うのではない)、こういった場所では無駄に税金を使って捜索をしなければならない。法は遵守しなければならないことを知らないのか、破ることを楽しんでいるのかだろう。いずれにしても、悪いことをしているという意識が全く見られない。》

 5日午後1時10分頃、千葉県東庄町と茨城県にまたがる利根川の利根川大橋河口堰上流で、男女6人が分乗する水上バイク4台のうち2台が相次いで転覆した。千葉県香取市佐原、アルバイト、保谷勝彦(40)と同市新部、小倉茂(39)の2人が死亡、埼玉県越谷市大沢、パート従業員、大蔵昌美(36)が行方不明となり、県警などは6日朝から100人態勢で捜索を再開した。

 香取署によると、上流側から堰に近づいてきた4台の水上バイクのうち1台が横転して乗っていた大蔵と男性の2人が川に投げ出された。別の1台に乗っていた保谷ら男女2人が気づいて助けようとしたところ彼らも転覆。さらに1人で乗っていた小倉が救助のため川に飛び込んだ。保谷と小倉は堰付近で見つかったが、搬送先の病院で死亡が確認された。1台目の男性は救助され、入院し治療中という。2台目の女性は無事だった。水上バイクは堰の手前でUターンしようとして転覆したらしい。

 同署によると、事故現場は堰からすぐ近くだが、堰を管理する水資源機構の利根川下流総合管理所が、流れの速さから危険があるとして水上バイクを含め船舶の航行を禁止している「堰から上流60メートルと下流120メートルの範囲」内だった。

 中利根漁業協同組合の滑川幸男組合長(58)は「川は水位の変化が激しく流れも速い。特に(事故があった)下げ潮の時は大変な水圧が働き、非常に危険だ」と指摘する。

 6人は30〜40代の水上バイク仲間で、5日正午ごろ、現場から18キロ上流の利根川沿いにある香取市の道の駅「水の郷さわら」のマリーナから出発。救命胴衣は全員が着用していたという。

《危険水域を承知で遊んでいたのだ。陸に戻れなくても本望だろう。》

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2010年5月 4日 (火)

足りない たばこ税の引き上げ幅

 毎日新聞(4/30)から、要約と《 》内は私見。
 《今年の2月17日、有名俳優F氏が大動脈瘤破裂で亡くなったと、それが藤田まことであることは直ぐに推察ができるが、彼の死を医師(本田宏:埼玉県済生会栗橋病院副院長)の立場から喫煙者ではなかっただろうか、ということで読者の気を惹いてこの先の文章を続ける。理由としては藤田の病歴(食道癌、慢性閉塞性肺疾患、)から推察してのことだが、たばこ税のあげ幅が少な過ぎることの話の切り出し方はいささか乱暴すぎることではないのか。》

 今回、たばこ税の引き上げが侃々諤々の論争《そんなに諤々の論争があったとは聞いていないが》の末に実施されますが、医療者としてみると、まだまだその引き上げ幅は足りないと言わざるを得ません。その理由は、たばこの危険性を日頃の診療を通して肌で感じているだけでなく、それが他の危険性を大きく凌駕しているからです。

 《どうしてこんなに中途半端な主張なんだろうか。喫煙が死に直結していることが確実なら、なぜ、医師の立場からはたばこの撲滅を言わないのだろうか。どれほど値上げ幅を大きくしても、吸いたい人は吸うだろう。それも1人や2人の数ではないはずだ。それらの人がたばこが原因で死亡することが分かっていても、医師の立場からは「それ見ろ、言わんことじゃない」で済むことなのか。それらの人の死を予防するのが医師の立場だとすれば、この世からたばこそのものを無くすることをなぜ言わないのか。値上げ幅の大きい小さい程度の些細な問題ではないはずだ。》

 統計によれば、「日本人の人口10万人当りの生涯リスク(一生のうちのそれが原因で死亡する推定人員)」は高い順に、1位は能動喫煙(喫煙に起因する疾病などでの早世)3万7500〜5万人、2位が受動喫煙(家庭内)5000人で、たばこ関連死が1〜2位を独占しています。3位は自動車の交通事故で480人、4位がディーゼル排ガス(東京都心に住み死因が肺がんの場合)300人と続きますが、たばこ関連死より1桁下がっています。

《統計などどうでもよい。この程度の内訳は、いくらでも分類の操作をすることが可能だ。》

 能動喫煙対策は未成年者喫煙防止法以外は特になく、国費はほとんど投下されていません。受動喫煙に対しては、厚生労働省の受動喫煙対策費4100万円(06年度)と、最近になって公共スペースやレストラン等の禁煙化が進められていますが、現実的には罰則のない健康増進法があるだけです。

 これが交通事故になると罰則のある道路交通法に加えて、陸上交通安全対策費1兆7351億円(07年度予算)が投入され、ディーゼル排ガス対策としては罰則のある東京都条例と東京都ディーゼル車対策費29億円(06年度)があります。

 日本では、喫煙対策というと、喫煙者の権利やタバコ農業を守る観点からの議論が沸き起り、世界から大きく後れを取っています。しかし、WHO(世界保健機関)はたばこ規制枠組み条約まで締結して喫煙対策を進めています。4月6日付きで日本学術会議が、職場や公共の場所での受動喫煙防止のために「強制力のある立法措置が必要」と提言しました。いずれも、喫煙対策を最優先に行う統計学的な意味があるからなのです。

《WHOも警鐘を鳴らしていくら規制しても、死亡する人数が多少は減るだけであることを百も承知だ。地球上には絶滅危惧種の植物が幾つもある。人工的に積極的なたばこの絶滅、栽培の中止を呼びかければいいだろう。当然のことだが国庫へ納まるたばこ税がなくなる。消費税や所得税をどんどん上げればいい。たばこが片づけば、発癌物質を含むもっと怖いアルコール類に矛先を向けよう。》

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2010年5月 3日 (月)

ペットの死体は廃棄物です

 毎日新聞(5/2)から、要約と《 》内は私見。
 埼玉県飯能市の山中にペットの死体が登記された事件は、家族同然だったペットがゴミのように扱われていたことで、多くの飼い主に衝撃を与えた。だが法律上、動物の死体はあくまで「廃棄物」だ。事件の
背景には、飼い主の感情にある程度配慮した形で死体を処理する自治体が極めて少ないことがある。動物の死体は果たして「家族」なのか「ゴミ」なのだろうか。

《ペット以上にショッキングなニュースとして取り上げられたのが、5年前の中絶胎児の廃棄物騒動だった。この時の結論は、同じごみでも産業廃棄物として扱え、というものだった。参照:中絶胎児は「一般ごみ」か 05/08 》

 廃棄物処理法違反容疑などで逮捕されたのは、元同県三芳町議、阿部容疑者(71)。県警によると、8000〜6万円で葬儀と火葬を請け負っていたが「利益を上げるため、00年頃から捨て始めた」と供述した。多い時で月90万円の売り上げがあったという。

 三芳町の公民館で4月17日に開かれた被害者集会で、投棄を警察に通報したペットサロン経営の女性(54)が「ハムスターや小さい犬、猫はゴミとして出していたらしい」と告げると、約250人が集まった会場は悲鳴に包まれた。電話帳の広告を見て小型犬など3匹の火葬を依頼した井岡信三さん(68)は「一緒に暮らした家族なんだ。嘘でもいいから、うちの子は土に埋めたと言ってくれ」と話した。

 廃棄物処理法で動物の死体は、ゴミや汚泥などと同じ「一般廃棄物」だ。処理業をするには市町村長の許可が必要だ。しかし兵庫県宝塚市長が77年、市内の民間動物霊園がペット葬祭業を行っていることの可否を当時の厚生省環境衛生局に問い合わせると「動物霊園事業において取り扱われる動物の死体は廃棄物に該当しない」と回答。法改正をしないまま、許可がなくてもペットの葬祭業ができると事実上認めた。

 だが、自治体にとって動物の死体が「廃棄物」であることには変わりない。埼玉県のある市では、燃えるゴミの日に「犬の死体」などと書いて集積所に出せば、収集車が他のゴミと一緒に回収しているという。多くは野良猫などだが、首輪をつけたペットの死体もある。担当者は「ゴミと言うには違和感があるが、法律上やむを得ない」と話す。

 一方、東京都内では00年以降、23区のほぼすべてが川崎市の民間動物専用霊園「平和会ペットメモリアル」に動物死体の合同火葬を委託している。葬儀は行わないが、世田谷区の場合、料金は体重25キロ未満なら一律2600円と格安だ。また動物専用の火葬炉を所有する横浜市は、飼い主に骨を返す個別火葬もしている。料金は1〜5キロ未満で2万円。しかしこうした自治体は少数派だ。

《「日帰りできる無痛中絶手術」なる宣伝につられて医院に走り込み、お腹の子を掻き出してもらった後は、見向きもせず産業廃棄物として処理されるに任せ(病院では一応の弔いはするが)、さっさと退院して行く。せめて己の手で遺骨を引き取って弔うこともしない人間に比べれば、ペットとはいえ亡くした飼い主の愛情が分かろうというものだ。妊ったのが強姦や暴力の結果や、母体の健康、などの例を上げて反論もあるだろうが、年間およそ30万件(推定100万件とも)もある中絶のすべてではない。》

 「骨壺の中を見たらからだった」「返された骨に知らない傷がある」など、国民生活センターによると、ペットの葬祭業を巡っては今年に入りこうした相談が寄せられているという。ペットブームを受け、ペットの丁重な弔いを希望する飼い主は増えるが、悪質業者を規制する法律はない。環境省動物愛護管理室は改正動物愛護法で規制強化も検討しているものの、動物死体の位置づけについては「愛情があってもゴミに出す人もおり、判断が難しい」という。

 平和会の木村鉄郎さん(51)は、火葬炉を担当し15年になる。「飼い犬も野良猫も一緒に骨になり、一つになって地球に返っていく。モノでもゴミでもなく、同じ命だ」という。平和会の行政用の慰霊碑には、約50年間で弔われた75万匹以上の動物が眠っているという。

 
 

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2010年5月 2日 (日)

視神経再生に成功、マウス実験

 毎日新聞(5/2)から、
 視神経を再生させる仕組みを突き止めるとともに、傷ついた視神経を再生させることに、東京都神経科学総合研究所など日米の共同研究チームがマウスの実験で成功した。日本で最大の失明原因である緑内障など視神経の傷みが原因で視覚障害を起こす病気は多く、チームは「新たな治療・予防法の開発につながる」と期待する。米科学アカデミー紀要に発表した。

《緑内障にかかれば失明することが確実、と言われた恐ろしい目の病気だ。従来は糖尿病網膜症が日本人の失明のトップだったが、現在では緑内障が取って代わっている。現時点では治療といっても進行を遅らせるか、停めるのが限界の治療法となっている。》

《未だネズミの段階だが、ヒトへの適応が確認されれば、大変な朗報になる。若い頃下宿した家族の一員に、緑内障が原因で失明した寡婦がいた。妹に生活のすべてを委ねていたが、家事の手伝いは食事の後片付け、板の間の雑巾がけなど、立派に立ち振る舞っていたが、失明していなければどれだけの働き者だったのだろうと感心するほどだった。》

 視神経は、網膜で受け取った視覚情報を、眼球から脳に伝える働きをしている。ヒトの場合、網膜表面に並んだ細胞体から長さ約7センチの視神経が約100万本、脳に向かってコード状に伸びている。

 同研究所分子神経生物学研究部門の行方和彦研究員(分子生物学)と原田高幸部門長(眼科学)らは、神経細胞でしか働かないDock3(ドックスリー)という蛋白質に着目した。培養中のマウスの神経細胞に、この蛋白質を作る遺伝子を導入すると、手のひら状の視神経の先端が活発に動き、伸びることを確認した。次に、この蛋白質を作る遺伝子が、野生型マウスの約5倍強く働く遺伝子改変マウスを作成。眼球近くで視神経を傷つけたところ、野生型の視神経はほとんど再生しなかったのに対し、改変マウスでは大幅に再生した。

 Dock3は、視神経の先端で細胞の骨格を作る仕組みに刺激を与え、再生を促すとみられる。同様の蛋白質を作る遺伝子はヒトにもあり、原田は「視神経は一度傷つくと治療できないのが現状だが、傷んでも(根元部分の)眼球内の細胞体は一定期間、正常のまま保たれる。この間にDock3による遺伝子治療などで傷ついた部分を再生できれば、視覚機能を回復させることが可能だ」と話す。

 

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2010年5月 1日 (土)

学校裏サイト対策

 毎日新聞(5/1)から、要約と、《 》内は私見。
 いじめや犯罪、トラブルの温床となっているインターネット上の「学校裏サイト」などを監視し、問題情報を見つけ出す「学校ネットパトロール」の効率的な方法を探るため文部科学省が専門家らの有識者会議を近く設け、調査研究に乗り出す。10年度末までに成果をまとめ全国の教育委員会に提供する方針だ。

《昨日も書いたばかりだ。問題は昨日今日始まったことではない、問題を問題としてとらえる感覚が全くない。すでに携帯電話の弊害は、もう取り返しのできない段階にまで蔓延している。ここまで放置していた大人たちが今になって騒いでも後の祭り、満足のいく対策などないだろう。だいたいが、大人たちの社会そのものが乱れ切っている世の中だ。子どもたちへの見本になるような社会はなくなっている。法はあっても守らない、人を騙す詐欺は横行している、平気で他人を殺傷する、産んだ子は捨てる。とは言いながら、やはりなんとかせにゃならん、との思いだろうが。》

 学校裏サイトは、子どもたちが携帯電話のメールなどを使って学校情報を掲示板などに書き込む情報交換の場で、特定の子どものいじめに発展するケースが目立っている。最近では自己紹介の「プロフ」(プロフィールサイト)やブログ(公開日記)に名前や生年月日、顔写真を公開してしまい、悪用される問題も増えている。現場の教師が悪質サイトを発見しても、別のサイトが開設されるイタチゴッコが続き、パスワードがないと見られないケースも増えているという。

《何を寝ぼけたことを言ってるのだろうか。携帯によるいじめの問題など何年も前から発生していた。何故今まで真剣に取り組まなかったのか。また、「いじめ」の本質は家庭教育の不在にあることを抜きにしては語れないことを繰り返し主張してきた。ネット上に出る結果だけを問題ととらえても、家庭教育の啓蒙が抜けていては片手落ちで、効果はないだろう。》

 有識者会議は、インターネットの違法有害情報やネットパトロールの専門家、学校、教育委員会関係者などで構成。パトロールを外部委託したり、学校で実施する場合の必要な条件、プライバシー面への配慮、委託先と学校との役割分担などについて検討する。

 同省の09年2月発表の調査によると、学校裏サイトやプロフなどの書き込みを教職員が定期的に確認している学校は、小学校20%、中学校45・1%、高校49・3%と中高では半数近くに上っている。

 学校ネットパトロールの実施状況について全国の都道府県教委に聞き取り調査したところ、専門業者などへの委託が17教委、専門の担当職員を配置し検索するが8教委で、半数以上が10年度に組織的対応を取ることがわかった。業者委託のための予算額は栃木県教委の2400万円を最高に、数百万円から1000万円前後が多い。一方で、現場の生徒指導担当の教師に委ねたり「パトロールでは根本的な解決にならない」と、マナー向上の生徒指導に力点を置く教委も少なくない。

《喉元過ぎれば熱さ忘れるで、マナー教育がその場限りのものであることは多くの事例が幾らでもある。また、パトロール経費がどれほど投資効果のあるものか、まずは無駄銭になるのがオチだろう。》

【ネットパトロールを業者などに委託する都道府県教委と、10年度予算額(単位・円) 】
 北海道(1300万)、宮城(700万)、秋田(1200万)、山形(320万)、栃木(2400万)、群馬(400万)、東京(1400万)、神奈川(100万)、愛知(1200万)、三重(未定)、京都(未定)、奈良(1000万)、和歌山(1000万)、鳥取(290万)、岡山(1600万)、熊本(1000万)、宮城(650万)

【ネットパトロール担当の専任職員を置く都道府県教委】
 青森、埼玉,新潟、富山、石川,福井、愛媛、長崎

 政府に自動検索システムの開発を要望しているのが富山県教委。「書き込まれたという子どもの相談を受けた教師が、4時間かけてもサイトを見つけられない。部活動や生徒面接の時間もなくなってしまう。専門家でないと限界がある」として、4月からネット監視員を採用し県内の小中高を対象に監視を始めた。

 10年度から業者委託を始める山形県教委は「携帯電話でしか見られないものもあり、通信費がかさみ、先生の個人負担では大変」と導入理由をあげる。

 東京都教委は09年6月から、監視や中傷の書き込みの削除要請を月約200万円で専門業者に委託した。10年2月には733校を巡回監視して242校から裏サイトを見つけ、飲酒喫煙などの不適切行為が460件、中傷189件、他人の個人情報300件、違法・犯罪行為2件などを発見した。

 だが、現場の教師の監視作業がなくなったわけでもない。都内のある中学校長は「問題を起こしそうな生徒の動静監視のため気づかれないようチェックしている。それでもすべての裏サイトは把握できない」と話す。

《生徒たちも知恵比べでもするように次々とまた巧妙に新しく開設するからだ。》

 09年4月から業者委託している東京都江東区教委は「たくさんお問題が見つかり、生徒指導も大変になった」との声も聞かれる。

 業者などに委託せず、学校などでの監視に委ねている茨城県教委は「パトロールは効果的ではない。パスワードで守られるサイトに潜り込まれたら、表には出ない。それよりも、モラルの充実やいじめが生まれにくい環境作りが大切」と話す。

 高知県教委も「パトロールは根本的な解決にはならない。イタチゴッコになるよりは、一人一人の子どもがいじめをしない子になるようにしていきたい」と話す。

《それそれ、「いじめをしない子になるように」ではもう遅い。先生の前で良い子を演じていれば済むだけだ。同じように親や保護者へは、暖簾に腕押し、糠に釘だろうが、家庭内教育の必要性を説いていくより道はないだろう。》

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