クロマグロ禁輸案否決で本当の食文化を考えよう
毎日新聞(4/2)から、要約と《 》内は私見。
《食文化だ、食文化だ、と夜も日も明けないマグロ狂時代のグルメぼけ、クロマグロ崇拝者たち。クジラもそうだが、日本人の食文化は疾うの昔に西洋化されているのだ。クロマグロに踊らされているのは、自分自身の味覚を持たず、みんなが言い、或いはミシュランが旨いというのだから旨いんだレベルの自称食通たちだ。日本の食文化とは一体なんだ。》
3月に開かれたワシントン条約締結国会議で、大西洋(地中海を含む)産クロマグロの国際取引禁止案が否決された。可決されれば日本へのクロマグロ供給量が半減することも懸念されたが、禁輸を主張する欧米諸国を日本や中国、途上国などが押し返した形だ。国内には「日本の食文化が守られた」との安堵感が漂うが、減り続けるマグロ資源を考えれば、手放しでは喜べない。そもそも我々が守るべき食文化とは何か。歴史を遡って考えてみよう。
今回、問題になった大西洋クロマグロの大半は「畜産もの」だ。畜産とは若いマグロを巻き網漁で一網打尽にし、生簀で育てる養殖法だ。70年代に始まったとされるが、日本企業主導で本格化したのは90年代後半で、その主舞台が地中海だった。
世界を回遊するクロマグロを囲い込み、栄養価の高い餌を与えて「全身トロ」にする。天然の成魚を漁船で獲るより効率が良く、割安に輸入できる。高級店のものだった「マグロの王様」が、こうして回転寿しやスーパーでも提供される庶民の味になった。
そのつけが資源の減少となって表れた。クロマグロは一生に何度も卵を産む。産卵する海域は、大西洋に生息するクロマグロなら地中海かメkシコ湾に限られるが、そこで産卵前の魚を大量に獲り続けたら資源が細るのは当たり前だ。大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)の推計では、74年に約30万トンだった大西洋クロマグロの資源量は約8万トンに落ち込んでいる。
漁獲削減に及び腰だったICCATも昨秋の総会で10年の漁獲枠を前年比4割減の1万3500トンとし、漁獲証明制度や監視措置の強化を打ち出した。しかし、従来の規制は尻抜けだったし、マグロ漁獲は昔から違法操業が後を絶たない。
貿易という「出口」を塞がなければ過剰漁獲に歯止めがかからないという見方は国内の漁業団体にもある。気になるのは、その出口の更に先だ。最大の消費国である日本の食文化は畜養でほんとうに豊かになったのか。
東京・築地市場の卸業者は「おれたち築地の人間には理解できないが、最近の消費者は天然物より畜養の味を喜ぶ。そして回転寿しが繁盛し、街の寿司屋はつぶれていく」と嘆く。
《消費者の舌は、回転寿しの安価な値段によって養われた味覚だ。旨い不味いより先に、「マグロ」という名の銘柄と、安いことが重要な選択肢となって養われた味覚だ。回転寿しが子ども連れで繁盛するのも「宣伝」と価格だ。それが口に入らないとなると、錦の御旗のように「食文化」という言葉になって抵抗することになる。畜養に馴染んだ庶民の味覚には、本物のクロマグロとの比較は必要ないのだ。》
東京・銀座の高級寿司店「すきやばし次郎」の店主、小野二郎も宇佐見伸の著書「すきやばし次郎 鮨を語る」の中で「畜養は生臭みばかり残ってマグロ本来の香りが全くありません」と断じている。「マグロの本当の旨さは赤身にある」と言われるが、そんな声も顧みられることは少ない。
《魯山人ならいざ知らず、現代日本人の平均の舌が、彼ほどの美食にこだわるとは思えない。大枚をはたいて高級寿司店に通うことができる人種には言えても、回転寿しで満足している人間には、畜養でも冷凍でも大した違いはないし、回遊魚の生である必要もないことだ。》
そもそも、日本人は大昔からマグロを食べていたわけではない。江戸時代後期に醤油漬けで食べる習慣が広がり、昭和期に生で食べることが定着した。冷凍技術の発達でマグロが大量流通するようになり、遠洋から持ち帰ることも可能になったからだ。トロの人気は戦後の話。《昔は、はらわたと一緒に捨てられていたものだ。》食生活の洋風化で脂っこいものが好まれるようにことも一因だろう。
実は、こうした「マグロ人気」の一方で、日本人の魚離れが進んだ。総務省の家計調査によると、生鮮魚介類の一人当たりの年間購入量は65年から06年までに約3割減少した。食べやすいマグロや鮭は1・4倍以上に増えたが、調理に手間がかかる鯖や鯵などの近海魚は半分以下に減った。水産物市場改善協会おさかな普及センター資料館の板本一男館長は「昔の日本人は多様な盛ん魚をバランスよく食べていた。資源のためにも健康のためにも近海魚をもっと活用すべきだ」と話す。
《近海魚といえば人気のあるのがカニだけだ。カニのためなら北海道まででもバスに乗る。冬の日本海側の水揚港にもやはり集まるのはカニ目当てだ。現代日本人は魚介類はマグロとカニしか知らないようだ。幸いにも私はこれまでも書いてきたように、日本海側の街で育ったせいで、マグロなど及びもつかないほど旨い魚をふんだんに食べてきた。中でも高言できるのはイワシの旨さだ。若狭湾の鯛は有名だが、私にはそれ以上にイワシが一番旨い。ただ、現在済んでいるのが海岸線を持たない内陸の県だ。旨い日本海の魚は帰郷時にしか口にできない。》
魚離れの背景には、食の洋風化だけでなく外部化(加工食品や外食の普及)もありそうだ。魚の調理法を客に教えてくれた鮮魚店が姿を消し、スーパーでの買い物が増えたことも大きい。
《それだけではない。料理など教えられなても、知らなくても、コンビニ、デパ地下で調理済みのものを購入し、持ち帰ればすぐに食べられる。以前から、魚に触れることもできない女性が殆どだ。3枚におろすことなど考えもできない。これからの家庭には、今に台所さえ必要がなくなる日も近いのではないか。》
この流れを逆転させるのが困難なことは分かっている。それでも提案したい。回転寿しも悪くないが、たまには漁業の現状に思いを巡らせながら鯵や鯖をさばいてみてはどうか。懐具合に余裕があれば、高級店で本当に旨いマグロを食べてみてもいい。
禁輸案が否決された3月18日の朝、たまたま築地市場を見学に来ていたベルギー人の男性(58)に聞いた。「私もマグロは大好きだ。だからこそ、資源のために貿易を止めることには賛成だ」と話した。日本の食文化に対する欧米の無理解を嘆く前に、こんな声に謙虚に耳を傾けることも必要ではないだろうか、と結んでいる。記者:経済部・行友弥(ゆきともわたる)
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