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2010年4月30日 (金)

パワーウインドー 指切断、窒息など多発

 毎日新聞(4/28)から、要約と《 》内は私見。
 ボタン一つで窓が開閉する自動車のパワーウインドー。便利な機能だが、長崎市で今月10日、走行中の軽乗用車の後部座席に乗っていた男児が(7)窓に首を挟まれて窒息し、意識不明の重体になる事故があった。ゴールデンウイークは車に乗る機会が増えるが、走行中に窓を開閉できないようにするなど、開け閉めのルールを家族で確認し、楽しいドライブにしたい。

《のっけに記事も書いているように、パワーウインドーは便利だが、必要なものではない。未だにおんぼろを愛用している私の車は手動だ。1回目の退職(55)後に運転免許を取得したせいで、高速にも頻繁に乗り入れする必要もないからETCカードも持たない。窓の開閉は概ね買い物時の駐車場への出入りのチケットの受け取り、帰りの時に必要なだけだ。そのために手動でも何ら不便はない。日本人の技術に溺れる弊害だが、最近では携帯電話でもそうだ。余計なものをあれこれくっつけたお陰(?)で、今になっていじめへの悪用や、出会い系サイトなどの有害サイトへの接続、オレオレ詐欺への悪用など、起るべくして起きたような副産物が発生した。携帯電話はここまで広がっては既に後の祭りというべきだろうが、車のパワーウインドーは、手動でも何の不自由もない、今からでも間に合う。法規制で電動禁止にすればいい。少なくとも親の子どもへの管理、監督不足の結果発生する子どもの事故はなくなるだろう。》

 国民生活センターが集計している危機情報によると、パワーウインドーに関する事故は04年以降で6件報告され、うち5件が9歳以下の子どもだった。総務省消防庁は全国集計をしていないが、東京消防庁によると、都内では05〜09年、児童・幼児(1〜7歳)8人がパワーウインドーによる事故で医療機関に救急搬送されたという。

 都内では今年3月、乳児が乗用車のパワーウインドーに小指を挟み、切断される事故が発生。負傷部位は手指が多いが、首の場合もある。昨年9月には都内で、乗用車の後部座席にたい4歳男児が窓から頭を出している際に挟まれて窒息し、重傷を負った。

【国民生活センターに寄せられた最近の事故事例】
 ・08年秋  甲信越 運転時の母親が窓の集中制御ボタンを操作。後部左座席の娘(1)が中指を挟み、第1関節より先を負傷
 ・07年7月  九州 父親が走行中にパワーウインドーを無理に閉め、息子(9)が中指を挟み第1関節を骨折。
 ・06年3月  関東 助手席の男児(2)が人差し指を挟んで切断
 ・06年2月  東海 20代女性が指を骨折
 ・06年1月頃  山陰 運転中の男性が運転席側のボタンで助手席の窓を閉めた際、助手席の男児(9)が左手の指を挟み骨折
 ・04年12月  九州 男児(2)がパワーウインドーの作動中に指を挟み切断。親が子を見ず操作し、気づいた時には切断されていた。

 パワーウインドーは60年代から装備する車が出始め、現在は新車のほとんどに標準装備されている。90年代には既に、パワーウインドーによる事故が国民生活センターに報告されている。同センターの99年の調査では、成人女性のうちパワーウインドーを片手で止めることができたのは3割だけ。調査に参加した女性全員が「幼児、児童の腕力では静止できないと思う」と答えていた。

《10年も前から分かっていたこと、それにしては改善の効果は見えないということだ。》

 日本自動車工業会(自工会)によると、開閉ボタンの形状やパワーウインドーが動作する強さなどは、各メーカーが独自に判断して決めているが、自動車業界は誤作動しにくいボタンに改善するなど事故防止に取り組んできた。

《事故の事例としてあげられているのは誤作動とは関係のないものではないのか。運転する人間の、家族への配慮のなさ無神経さが原因の事故だろう。》

 開閉ボタンは当初、ドアの肘掛けの上部に出っ張る形で取り付けられていたが、子どもが誤ってボタンに触れて事故につながるとして、指を掛けて引き上げる形に見直しが進んだ。ボタンの取り付け方法も、肘掛けやドアの側面に埋め込み、子どもが手や足を掛けても作動しないようにしている。運転席で全席の窓の開閉をロックできる「パワーロック」機能の装備も進み、98年以降の車には標準装備されているという。閉まる途中で異物を挟むと、自動的に窓を開く装置も高級車を中心に導入が進んでいる。

《上の事例から、1歳児の指先を挟んでも異物を察知して自動的に窓が開く対策とは、綿を挟んでも、と言えるくらいの異物感だろう。そのようなことに開発費を費やすよりも、パワーウインドーを取りやめ、全て手動にした方が効果があり、尚かつ早い対応策となる。》

 ただ、自工会は「ハード面だけでは事故防止に対応し切れない。ドライバーや同乗する保護者が、最終的な安全確認をして欲しい」と、子どもから目を離さず、事故防止に心掛けることが重要だと説明する。国民生活センターは「運転手が操作する際『窓に指を掛けないで』などと一声かけることが大事。チャイルドシートの使用も、事故防止につなげられるだろう」とアドバイスする。

《親がどれだけ子どもを愛しているかに尽きる。運転中も片時も命を乗せていることの気配りを忘れないことだ。》

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2010年4月28日 (水)

年代別幸福度調査

 毎日新聞(4/28)から、
 内閣府が27日発表した国民の「幸福度」についての初の意識調査で、「自分は幸せ」と感じている人の割合は、30代の61%をピークに年齢とともに低下し、70歳以上では44%にとどまた。男女別では、女性(59%)が男性(48%)を11ポイント上回った。年金や医療体制への不安が色濃く反映される一方、雇用や子育てへの懸念も強いことが示された。

《色々と不安があると言いながら、女性のほぼ60%が自分は幸せと感じているとは信じられない。確かに今の世の中、女性のためにはどんなサービスでもしましょう、というように女性を中心にして回っているような面もあるのは否めないが、現代の幸せとは男女ともに、『生きているのが儲けもの』程度で我慢するより仕方のないものか。》

 調査は「旧政権は経済成長だけを追い求め過ぎた」と批判する鳩山政権の方針で実現。15歳以上80歳未満の4000人を対象に3月に実施し、2900人(回答率72%)から回答を得た。「とても不幸」を0点、「とても幸せ」を10点として自分の現状を採点してもらったところ、幸福度が高いとされる7点以上をつけた人の割合は29歳以下が55%、30代は61%、40代と50代は55%、60代は51%。70最以上は44%と最も低かった。

 回答者全員の平均は6.47点。同様の調査を行っている欧州各国の2008年の結果を比べると、社会保障制度が充実しているデンマークが8.4点など北欧の国々や英国が7.4点、フランスの7.1点よりも日本は低かった。

《例によって他国と比べたがるようだが、税制など、国によって大きく異なる背景がある。横1列で日本が低いと言うのは早計だろう。》

 幸福度を高めるために政府に求めること(複数回答)は、「安心できる年金制度の構築」が69.2%でトップ。「安心して子どもを産み育てることのできる社会の実現」(64.9%)、「雇用や住まいの安定確保」(48.1%)と続いた。

《現政権は「向こう4年間は消費税を上げない」と言ってできたものだ。どうもがいても現状では国の財源は全く不足している。安心できる年金制度の構築を始め、どれをとっても夢のまた夢の幻でしかない。》

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2010年4月27日 (火)

小1プロブレム 4校に1校で発生(東京都)

 毎日新聞(4/17)から、
 如何に親が子どもの教育を軽んじているかが分かるというものだ。親、保護者の責任として子どもに教育を受けさせる義務があることを全く理解していない。これが小中学校の義務教育と名付けられているものであることを理解していない。入学にあたり、教室に入ったら勝手にあちこち歩きまわらないこと、おしゃべりをしないこと、きちんと椅子に座って先生のお話を聞くことなど、最低限度の心構えすら話して聞かせていない。親がしておかなければならない躾けさえしていないどころか、その親の責任の部分すらも学校がするものとの勘違いで先生に押し付ける。

 せめて保育園や幼稚園が親がしないことをきちんとやれればいいのだが、金を取って預かっている子どもたちだ。実の親ほどに厳しい躾ができない。実の親以上に甘やかし、まともに叱ることもできない。そんなことしようものなら気違いのようになった親どもが怒鳴り込み、殴り込んでくる。そんな大人の手加減を幼いながらも子どもたちは察して我慢することを覚えない。

 卑近な例になるが、遠い昔の我が身を振り返って思い返すとき、教室の椅子に座り先生(女の先生だった)の第1声を聞くために胸ふくらませ、神経を研ぎすましてその顔を凝視していた姿が目に浮かぶ。両親ともに明治の生まれで礼儀には特にうるさく、躾けは厳しかった。

 現在の親たちは、家庭内にあっては共稼ぎの間の留守の罪滅ぼしでもするように、反動的に甘えさせるだけの放任状態になる。それがまた、最近の褒めて育てるとかいう育児法でもあるようだ。そのように社会や周りが寄って集って子どもの我がままを増長させるような仕組みを作り上げているようなものだ。曰く、子どもは国の宝だ、子どもは社会で育てようとなって、本来の親の責任は問わないことが当然といわんばかりだ。

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【閑話休題】
 東京都教育委員会が昨年初めて実施した「公立小学校第1学年の児童の実態調査」では、4校に1校の割合で「小1プロブレム」が発生していることが明らかになった。

 調査は昨年7月、都内の全公立小学校1313校の校長と教諭(各校1人)を対象に、08年度1年間の状況を尋ねた。その結果校長の23.9%、教諭の19.3%が小1プロブレムの発生を「経験した」と回答。発生時期は4月が56,9%、5月が19,2%と入学時の早い時期が圧倒的に多く、6月と夏休み明けの9月(いずれも6,6%)が続いた。

 具体的な状況(校長の複数回答)としては、
 1)授業中に立ち歩いたり、教室の外に出て行ったりする(68.5%)
 2)担任の指示通りに行動しない(62.1%)
 3)けんかやトラブルが日常的の起こる(50.3%)
の順に多かった。採用1年目の担任の学級で発生する割合がやや高かったものの、2年目以上になると経験年数との明確な相関関係はなかった。また、教師の目が行き届きやすいはずの少人数学級でも、一定割合発生していたのも特徴だ。

 問題解決のために実施した対応策は、「他の教諭や管理職が学級に入って協力すうr」学校が最も多く、半数以上に上った。学級担任を交代した学校は1・9%だった。

 一方で、小1プロブレムの発生要因については、「児童に耐性や基本的な生活習慣が身についていない」「家庭の教育力の低下」など、原因を子ども本人や保護者側に求める声が、「担任の指導力」を上回った。

《未だにこの程度の総括しかできていないとは驚きだ。保護者側に問題があることは初めて小1プロブレムが取り上げられた時、すでに指摘した。保護者が己の責任範囲の問題を、学校や教師への丸投げが、ここまで問題を大きく広げてきた最大の原因だ。》

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2010年4月26日 (月)

子ども向け携帯開発

            ジャスミン
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 毎日新聞(4/26)から、要約と 《 》内は私見。
 《抜本的には子どもには携帯を持たせないことが最大の救いになるのに、小手先の愚策を弄してまで儲けることを考える。やれ、通話だけ、メールは制限、警備会社に通報、居場所を確認できるなど、今までと何がどう違うと言うのだろうか。百歩譲って持たせるとしても、通話ができ、居場所が分かること以外に何が必要なのか。何をどのように開発したのか先ずは聞いてみよう。》

 小学校に通う子どもに携帯電話を持たせるかどうかで悩んでいる親は多い。通学上の事故や防犯には役立つものの、ネット接続で知らないうちに高額の料金を請求されたり、犯罪などに巻き込まれる恐れもあるからだ。

《多くの子どもたちは、友だちが持っているから、ということだけで欲しがる傾向がある。そのとき親は、買い与える際の約束事として、通話料金を小遣いの範囲から出させる約束をするとか、通話内容を親に管理(親の育児監督責任として当然しなければならない責任と義務を負う)させるとか、自室(がある子の場合)には持ち込ませないとか、守らなければならない幾つかの事柄について親と子で話し合い、使い方を教える必用があるだろう。また、「犯罪などに巻き込まれる恐れのあるときには防犯に役立つ」、とは売る側の親の心理を見抜いた上の、こしらえられた安全神話に過ぎない。今まで携帯のお陰で犯罪を免れたという例は、誰も聞いたことがないはずだ。それも持たせるのはたんなる親の責任逃れの方策、安全弁に過ぎない。》

 大阪府の橋下知事は2008年に公立小中学校への携帯電話持ち込み禁止の方針を打出した。「携帯の使い過ぎで学習時間が減る」「ネット上の誹謗・中傷は犯罪への入り口になる」などを理由に挙げ、「脱・携帯依存」を揚げた。

 こうした親の不安や行政の懸念を解消しようとKDDIは小学校低学年向けの携帯電話「マモリーノ」を開発、3月から発売した。
 1)通話とメールができるのはあらかじめ設定した4カ所の相手だけ
 2)防犯ブザーを鳴らすだけで自動的にセコムに通報、親が要請すればセコムの緊急対処員が駆けつける
 3)子どもの居場所が確認できる──などが特徴

 インターネットにつながらず、子どもにとって必要な機能だけに絞り込んだ携帯だ。防犯ライトもあり、ランドセルにつけたままハンズフリーでも通話できる。携帯電話で初めて、日本PTA全国協議会の推薦商品にも認定された。

《それにしてもマモリーノって安っぽい命名にしたものだ。それにメールが4カ所しかつながらないというのは安全弁にはならない。子どもにとっては4カ所もつながる、ととらえることもできる。子どもたちの成長とともに、単純なものへの飽き、不満感も早まる。携帯の機能内容が発展性のないものなら、親は買い替えに伴う出費の問題もすぐに発生する。それよりも子どもが本当に心配なら、親が管理することの方が余程大事なことなのだ。理由はもう書いた。》

 「マモリーノ」を子どものお守りツールとしている同社は売り上げの一部を大阪府の「大阪教育ゆめ基金」に寄付することも決めた。売り上げ1台当り500円ずつ寄付するという。

《こんな中途半端な携帯に、幾らの寄付金になるのか知らないが、橋下知事はにこやかな笑顔でKDDIの関西支社長と寄付協定を結んで仲良く写真におさまっている。これで、小中校生の携帯持ち込みを禁止を解除するのだろうか。》

 子どもたちの「学び」と「はぐくみ」を支えるという基金の理念が、「マモリーノ」の開発目的と同じため、基金の活動を支援することで社会貢献したいという考えからだ。基金は、子どもたちの学力向上や学校が家庭、地域と連携して行う取り組みなどに使われる。

 4月上旬、知事にKDDIの甘田関西支社長から寄付協定の目録が贈られ、「マモリーノ」の説明を受けた知事は「子どもの居場所が分かるし、(緊急対処員が)駆けつけてもくれる。ものすごく便利ではないか。防犯グッズとしてもいいですね」「地域のコミュニティーが薄くなってしまった。こういう新しいツールで補っていくしかない」などと語った。KDDIは「知事の携帯に対する思いを製品化したものだ。基金を通じて子どもたちの教育にさらに役立てていただければ」と話した。

《何度も言うが、親が携帯は買い与えるだけのものと考え、保護者としての育児監督責任をないがしろにしては、いくらいいものが開発されても正しく使われなければ、持つものには宝の持ち腐れで終わることになる。》

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2010年4月24日 (土)

区長の育休

 毎日新聞(4/16)から、
 夕刊編集部、本橋由紀が、制度がないままに、東京都文京区長・成沢広修が今月3日から15日まで、育休のために休暇を取ったことを取り上げて記事にしている。

 「炊事に洗濯、やりました。朝、風呂に入れるのが日課で、目に水を入れて泣かれたり」制度がなく「批判は覚悟の上で決めた」という区長の育休取得が報じられたのは先月11日。「自治体の首長で初」という。

 厚生労働省の「育児をしない男を、父とは呼ばない」というコピーに、賛否両論が起きたのは99年だった。それから10年余まり、区長のもとには、それまで面識のなかった著名人などからも温かい手紙が届いた一方で、「ニッポンの母」と名乗る投書には「女々しい」と書かれていたという。

《99年の厚労省のくだらないコピーも、投書の「女々しい」も両極端の立場からの取るに足りない見解だ。厚労省が言う「育児」とは何を思い浮かべてのことだったのだろうか。おむつの世話も、沐浴も、子守りも、一緒に遊びもしなかった昔の男親たちは、父とは呼ばないのか。よくもここまで厚労省は女におもねてよいしょを考えていたものだ。逆に、父親が子育てを手伝うことを、女々しい、とはこれまた偉ぶったものだ。たしかに成沢区長のように大上段に振りかぶってするのが子育てとも思わないが。》

 男性の育休取得率は08年度でたったの1,23%、女性のそれは9割を超す。ある女性会社員は「男性の育休は仕事に響きますから」ときっぱり。変わらない現実か。

《ひがむことはない、基本的には、太古から概ね動物の世界では子育ては雌がやるもの。人間の子育てが女性に偏るのも、生物学的には強(あなが)ち間違いではないことだ。》

 「ちゃんと昇進してますよ」と、大手印刷会社で新しいビジネスの開発部門にいる佐藤伸一は言う。小学4年生の娘(9)が生後6カ月だった01年秋から8カ月間、育休を取った。当時「仕事は30年やる。1年は取り戻せる」と話していた通り、「主任1年、係長1年の最短コース、同期で2番目の課長」になった。次世代育成やワークライフバランスの分野を担当しているという。

 成沢区長は言う。「母親の偉大さを実感しましたよ。夜、寝かしつけるのだって、母親の仕上げがいるのだから」。トップに立つ男が、それを身を持って感じたのはうれしい。自然体で仕事と家庭を両立させる区長と佐藤氏はともに44歳。育休から得たものは今後に活かされるだろう。

 新党「立ち上がれ日本」結成時の会見で、自称・応援団長は「30代、40代、50代」に不満を述べていた。でも、新しい時代を作ろうとしている人間はいる。

《成沢が、たった2週間そこそこの骨休めのような休暇を取っただけで、母親の偉大さを実感しました、とは思い上がりも甚だしい。母親とは成沢が2週間で体験したことをしていれば済む範囲や程度のものなのか。せめて8カ月間の育休を取った佐藤がいうのならまだ分かる。また、大上段からもの言うような本橋の記事の目線も尊大だ。》

《私の体験から、私の妻は専業主婦であったが、私はいちいち休暇を取らなくても、どんなに仕事が忙しくても乳飲み子の時から、わが子は沐浴もさせたし、おむつの世話、長じて入浴もさせてきた。それに家族の風呂の準備、後始末、トイレの掃除など(これは今でもずっと続いている)やってきた。何もかしこまった育児に取り組んだ思いはない。当たり前に父親を、夫をやってきただけだった。幸い母乳が良く出たので、哺乳瓶での授乳はそれほど多くはなかったが、それもやってきた。男の育休など自慢して取るものじゃないし、取ったからって自慢するものじゃない。》

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2010年4月23日 (金)

幼児の14%、食物アレルギー

    花海棠         蓮華      
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 毎日新聞(4/23)から、
 東京都が3歳児を対象に実施しているアレルギー疾患に関する調査で、食物アレルギーに罹患したことのある子どもの割合が09年は14.4%に達し、99年の7.1%から倍増したことがわかった。厚生労働省によると、未就学児の大規模な定点調査で食物アレルギーの増加傾向が裏づけられたのは初めて。

 調査は99年から5年ごとに行い、10月の3歳児健診で保護者に調査票を配布している。昨年は7247人を対象に、喘息や食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎などの症状について訊ね、2912人(40,2%)から回答があった。

 3歳までに何らかのアレルギー疾患と診断された子どもは、99年36.8%、04年36.7%、09年38.8%と横ばいだった。しかし、食物アレルギーと診断された子どもは、99年が7.1%、04年は8.5%で、この5年で急増していた。原因食物は、卵が83.9%で最多。牛乳36.3%、小麦12.9%が続いた。

 今回は、都内の認可・認証保育所と幼稚園を対象にした調査も初めて実施。配慮が必要な食物アレルギーの子どもがいる施設は68.1%に達した。過去3年に急性のアレルギー反応を起こした子どもがいた施設も12%に上った。東京都アレルギー性疾患対策検討委員の松村・荏原病院小児科部長は「原因は単純ではないが、添加物や加工食品の増加など、食生活の変化も一因だろう。昔は食べなかった食品が食べられるようになったことや、離乳食の開始の早期化なども考えられる」としている。

《昔をどこまで遡らなければならないのか、学者でもないから分からないが、少なくとも昭和一桁世代には目にしたこともない西洋野菜、化学肥料で育てられて季節を失い、旬をなくしてビニールハウスや温室で育てられ、一年中ある果物に野菜や穀物など。化学薬品で味付けされた加工食品。加えて甘やかすことが愛情のような育児法に導かれて好むものだけを食べさせる。当然、食べるものが偏り、順応した体質がつくられて行く。》

《働くことが大義名分になり、母親の免疫をたっぷりと受け取れる母乳は、誰かと競争でもしているように早々に取り上げ、乳離れを急ぎ、それが良いことのように離乳食に走る。また、昔はあった各家庭の母親の味などと言うものも日本の家庭からはなくなった。アレルギーの増加は、豊穣になり過ぎた日本の落とし子かも知れない。》

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2010年4月21日 (水)

古代文化財は 母国に返還して

 毎日新聞()から、《 》内は私見。
 《エジプトからに限らない、ギリシャや朝鮮も同様の略奪に近い文化財が持ち去られている。日本が植民統治時代、朝鮮から持ち出した国宝(朝鮮王朝実録)もあって、先年、東京大学から返還されている。これについて書いたとき、ギリシャやフランス、旧ソ連の略奪或いは戦利品として持ち帰った文化財についても触れておいた。参照:「朝鮮王朝実録」寄贈か返還か 06/06 》

 国外に流出した古代文化財の返還を求めて、エジプトが各国への働きかけを強めている。今月初旬にはカイロで国際会議を開いて「被害国」の共闘を演出、「保有国」に圧力をかけた。ただ「文化財を母国に戻すのが筋」との主張に対し、保有国からは「受け入れ態勢の問題」などを指摘する声もある。「人類共通の財産」ともいわれる貴重な文化財を巡る動きをみてみよう。

 エジプトが今、特に返還を求めている文化財は6点。古代の神聖文字解読の手掛かりになったロゼッタストーンや、エジプト王ツタンカーメンの義母ネフェルティティの胸像などがある。

 【参照】
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 •ロゼッタストーン ・・ 1799年、フランスのナポレオンがエジプト遠征した際にロゼッタで発見した石碑。2年後、エジプトに侵攻した英国がこれを奪い、大英博物館に収蔵した。碑文は紀元前196年の宗教会議の布告を3種類の文字で書き写したもの。
 •ネフェルティティ ・・ 1912年、英国の支配下にあったエジプトでドイツ発掘隊が発見。当時発掘された文化財が両国で「山分け」された契約文書がある。だが、1924にベルリンで公開以来、エジプトは契約の不当性を主張して返還を求めている。

 ロゼッタストーンを収容する大英博物館は取材に「正式な返還要請は受けていない」と回答。その上で「世界中の文化的成果を示すという目的」を果たすため、大英博物館の収蔵品全体を一体として保持し続けることが必要だとの認識を示し、返還する意向がないことを示唆した。

また、ネフェルティティの胸像を収蔵するドイツの新博物館は「正当に入手した」と主張している。胸像の状態を調査した結果、長距離移動や貸し出しは無理だと強調した。

《世界の海をまたにかけて君臨していた大英帝国時代の力による獲物だ。一筋縄では返還することはないだろう。ギリシャの文化大臣、メリナ・メルクーリがアクロポリスから剥奪した現在の大英博物館の白眉ともいえるエルギンマーブルの返還を要求した際にも、聞く耳を持たなかった。ネフェルティティの胸像も又同じだ。大英帝国の支配下で、弱者の立場にあったエジプトが、公平な「山分け」ができる状態になかったことは容易に理解できることだ。》

 エジプトは現在、ギザの3大ピラミッド付近に「大エジプト博物館」を建設する計画を進めている。世界的な有名なロゼッタストーンやネフェフェルティティ像は新施設の目玉展示となり得る。国家的プライドの充足や、主要な外貨獲得源の観光収入の増加をもたらすと期待できるため、一歩も引かない構えだ。

 返還運動を主導するエジプト考古最高評議会のザヒ・ハワス事務局長は、02年の現職就任以来、「約5000点の文化財返還に成功した」とされる豪腕だ。返還が実現しない場合、保有国との文化協力や発掘隊の受け入れ拒否など強硬策もほのめかす。

 実際、エジプトは09年、フランスのルーブル美術館に対し、エジプト・ルクソールで発見された壁画を「盗品と知りながら展示した」と非難、関係を一時凍結している。

 大英博物館は「盗難博物館」とも呼ばれるなど、文化財をかつて違法・不当に強奪したとのイメージがあるが、相手国との合意や売買により獲得したものも少なくない。

 一方、エジプトが計画する大博物館建設には日本の円借款約348億円も供与される。3月下旬には併設の保存修復センターでエジプト人スタッフを対象に収蔵品の写真撮影研修が行われた。だが、博物館の運用に必須な10万点に及ぶ収蔵品データベースの構築や、収蔵品の保管・修復技術者の達成は難しい。内情をよく知る関係者は「文化財の返還自体はいいことだと思うが、きちんと管理できなければ人類全体の損失につながりかねない」と厳しい見方を示した。

《高松塚古墳の管理も満足にできなかった日本が、他国に口出しすることじゃない。これではドイツや英国が返還に逡巡している口実に、味方するようなものだ。》

 今月7、8の両日、カイロで開かれた「文化遺産の保護と返還のための国際協力に関する会議」で、エジプト考古学会の重鎮、ハワス考古最高評議会事務局長が各国代表や報道陣を前に、「我々はこれまで単独で戦ってきた。今こそ連帯するときだ」と、腕を振り声を張り上げた。

 会議にはギリシャ、イタリア、インド、中国など20カ国以上が参加した。エジプト代表団は「文化遺産は原産国に属し、(原産国の)所有権が消滅することはない」との「一般原則」を発表。7カ国、計31点の返却希望品リストを公表した。

 英植民地時代に仏陀像など多数の文化財が流出したと主張するインド。ゴーダム・セングプタ考古局長は取材に、被害国の共闘は「返還圧力を高める第一歩として歓迎できる」と述べた。だが、返還実現への困難さを指摘する声も少なくない。「保有国」に対し、不当に入手したことを証明することが容易でない場合や、売買取引されたケースは補償問題も生じ、各国の国内法や条約では限界がつきまとうからだ。

 1972年に発効したユネスコの文化財不法輸出入等禁止条約には119カ国が加盟(2月現在)する。保有国に対し、原産国から要請があれば盗難文化財の返還措置を講じるよう求めている。「盗難」に限られている上に条約発効前については対象外だ。盗品だと知らず入手した場合は補償の必要があるが、金額の査定交渉は一筋縄ではいかない。

 返還規定が強化されたユニドロワ条約(98年発効)もあるが、加盟国は30カ国にとどまっているというのが実情だ。
 

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2010年4月20日 (火)

国際宇宙ステーション(ISS)って何だ?

 テレビが無重力の中の女性(山崎飛行士)をお座敷芸でも見せるように、扇子を投げて宙返りしてキャッチしたり、男性とのキャッチボールや、一本のロープの上を綱渡り宜しく渡ってみせる。これまでも宇宙飛行士と呼ばれて出かけた人たちの殆どが、同じようなふざけた画像を送ってきた。年間300億円もの巨費を投じる宇宙開発費なんだが、肝心の研究は一体何を、そしてどんなことをやっているのだろうか。前にも取り上げたが、学者によっては研究は100項目ほど上げているが、これまでに成果を上げたものは何もないとまで言い切っている人もいる。宇宙まで行って綱渡りをしてみせることで、地球上の我々人間のこれからの生活にどのような利益があるのだろうか。彼女がアイスランドの火山爆発の影響で、地球への帰還が遅れるようなニュースも報じられたが、コストパフォーマンスがやかましく論じられる昨今だ。毎年拠出する300億円もの税金が日本国民の生活をどのように支え、豊かな生活へいざなってくれるのだろうか。

 毎日新聞(4/18)『なるほドリ』から、
 宇宙ステーションとは、宇宙に造られた巨大な実験施設だ。大きさは108.5㍍X72.8㍍。サッカー場とほぼ同じ、重さは420トン。98年11月から建設が始まり、今年完成する。

 Q 誰が造ったのか

 A 82年、米国が日欧とカナダに計画参加を呼びかけた。本格化したのは84年1月、レーガン米大統領が「10年以内に人が暮らせる宇宙基地を造る」と宣言してからだ。88年、日米欧カナダが協定を締結し、国際計画が始まった。

 Q ロシアが入っていないが

 A 旧ソ連は70年代から独自の宇宙ステーションを運用していた。米大統領の宣言は宇宙開発をリードするソ連への対抗の意味があったのは否めない。

 Q 現在は皆で使うんだね

 A ロシアは93年に参加し、現在の参加国は欧州11カ国を含む計15カ国だ。野口飛行士(45)のような長期滞在員は、現在のところ6人滞在が基本だ。各国の飛行士が宇宙ステーションを使う権利は、国の貢献度に応じた割合が決まっている。飛行士の打ち上げから滞在、帰還まで全部自前でできるロシアは常に3人分の権利を持ち、残り3人の枠を日米欧カナダで分かることになる。

 Q 日本の権利は?

 A 日本は実験棟「きぼう」の利用権を各国に提供し、無人補給機「HTV」で物資を運ぶ責任を負うが、76.6%の米国に次ぐ12、8%の権利を持っている。滞在に置き換えると、半年間(1人)の長期滞在が3年間で2回可能ということになる。現時点で15年までに6人分、約900日の滞在権を確保しており、既に滞在した若田光一(46)、野口についで11年に古川聡(46)、12年に星出彰彦(41)が滞在する予定だ。

 Q スペースシャトルの退役後、宇宙ステーションに行く方法は?

 A 退役後はロシアのソユーズ宇宙船が人間を運ぶ唯一の手段になる。日本の飛行士の「乗船料」は米国がロシアに払う約束で、1人46億円程度。しかしロシアは最近、値上げを検討中のようだという。

 Q 日本の実験は順調か

 A 92年の毛利衛から現在の「きぼう」まで、延べ約500件の実験が行われ、きぼうから論文485本、特許29件(昨年6月現在)が出た。薬や新素材の開発などの研究が進行中だという。

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2010年4月19日 (月)

赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」3年

    ラナンキュラス(黄、白)   おだまき    
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 参照 赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」06/11

 この問題を反対の立場から取り上げてから、5月ではや3年が経過する。当初から懸念していたとおり、性モラルなき日本の現実は、心配したように捨てるためにあるポストなどない方がよいことのようだ。

 毎日新聞(4/9)から、要約と《 》内は私見。
 預けられた子は昨年9月までで51人に上る。捨てられていたかもしれない命を救ってきた一方で、ポストに入れられた子を育てていく支援の乏しさも見えてきた。熊本県や市は「一自治体で解決できる問題ではない」と、国に妊娠、出産、育児にかかわる制度の見直しを求めている。

 熊本県の検証会議が昨年11月にまとめた最終報告によると、ポストに入れられた子は、07年度17人、08年度25人、09年度9人。1歳以上も2人いて、少なくとも1人は自分がポストに入れられた記憶があるという。身元が分かった子は39人。親の住所は関東以南の全国に散らばるが、地元・熊本県はゼロだった。親にポストを使った主な理由を聞いたところ、「戸籍に入れたくない」が最多の8件で、生活困窮7件、不倫5件と続く。子どもたちは児童相談所の保護下に置かれ、児童養護施設に送られる。現在も施設で暮らす子は31人。12人は里親に育てられ、7人は親元に帰った。

《生まれた子に罪はないのは確かだろうが、生んだ親たちの無責任さはあまりに勝手すぎる。社会不安を理由に同情せよ、の声もあろうが私には責任なき自由の結果としか映らない。》

 病院は当初、同様制度のある諸外国のように、ポストに入れられた子どもが新しい家庭の養子になることを想定していた。だが、養子縁組みが成立した子は51人中1人しかいない。日本の養子制度には「普通養子縁組」と「特別養子縁組」の二つがある。実親が育てられなくなった場合、家裁の審判を経て戸籍上も養親の実子になるのが後者だ。しかし、特別養子縁組は原則として実親の同意が必要になる。虐待や育児放棄などの場合は例外的に不要だが、ポストに子を入れると言う行為には明確な基準がない。後から親が名乗り出てくる可能性もあり、審判の申し立てに至っていないのが実情だ。

《慈恵病院の蓮田理事長がカトリックの博愛精神からスタートしたのはいいが、日本の政治、法律などに無知のままお構いなしに始めたことが後になって問題を大きくした。養子問題や子の出自にからむ問題など、どう考えても準備不足の感があったのは否めない。そのために遠く県外からこれ幸いと捨てにくる親が続いた。背景がこれだから、好き好んで養子にしようと考える人間などいるはずはない。1人でもいたことは幸いだ。》

 このため、病院は2年目から方針を大きく変えた。ポスト周辺で利用者らしき人がいれば積極的に声をかけ、ホームページからは「匿名で預かる」との文言を削除した。09年1月には扉の表示を「赤ちゃんになにかをのこしてあげて」から「開ける前に、インターホンを鳴らして相談してください」に改めた。

 利用前に相談してもらえらば、公的機関への引き継ぎや養子縁組みの案内など、選択肢が広がる。親が判明すると、養子縁組みが成立する可能性も高まる。「ゆりかごよりも相談を」。同院の蓮田理事長が繰り返し訴えてきた言葉は、切実さを増している。

 検証会議の最終報告は「ポストを使わないで済む制度」を国に強く求めた。その一つが匿名で妊娠相談を受け、出産や子の保護も引き受けるシェルターの整備だ。従来の行政相談では緊急対応までは難しいとして、各地の産科病院に設置して国が連携や質の確保を担うことを提案した。

《根回しも不十分、国への働きかけよりも先に、理事長個人の思想信条から出発したが、ことが大きくなり過ぎて手にお負えなくなったから、国よ、何とかしろでは勝手すぎる。》

 また、母子手帖交付や出生届と別に、医療機関が扱った妊娠や出産を保健所に報告する制度の検討も始めた。

《事前の調査や準備が不十分だから運行中には齟齬も破綻も生まれる。そのたびに、あれもこれもしてくれ、ということになる。》

 51人の過半数は医療機関で生まれたとみられる。病院などから出産の報告があったのに出生届が来ない例を行政が把握できれば、ポストを使わずに支援できるのでは、との思いが関係者にはある。

 だが、国の動きは緩慢だ。2月には蒲島郁夫知事らが関係省庁に要請文を渡したが、国側は「国としてやれることを検討したい」(山井和則厚生労働政務官)など慎重姿勢に終始した。窓口がはっきりしないのも対策が進まない一因とみられる。県と市は法制上の問題点の整理など、国の関与を求めている。

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2010年4月18日 (日)

続 3/254

 毎日新聞(4/15)社説『締め出し試験の愚かさ』から、
 経済連携協定(EPA)に基づきインドネシアとフィリピンから来日している受験生が初めて看護師国家試験に合格した。ただし、わずか3人。両国の受験者は254人で、合格率は1.2%だった。一方、日本人の合格率は約9割に上る。外国人受験生にとっての壁は、難解な漢字や専門用語だ。本当に看護師の仕事に必要なのか。わざと締め出そうとしているようにしか見えない。

《インドネシア人やフィリピン人と日本人との知能差が1対90になる程も日本人が優れているとは思えない。昨日も書いたが、平明な日本語に言い換えできる漢字をわざわざ押し付けて学ばせる必要などない。》

 関税を撤廃し貿易の活性化を目指す枠組みが自由貿易協定(FTA)で、これに投資や知的財産保護を加えた幅広い自由化のルール作りをするのがEPAだ。インドネシア人候補者は08年8月から、フィリピン人は09年5月からそれぞれ受け入れ始め、これまでに看護師候補約360人、介護福祉士候補約480人が来日した。

 看護師候補者は半年間の日本語研修を経て、病院で働きながら国家試験の勉強をする。期限は3年間で3回の受験機会に合格すれば日本で働き続けることができる。試験は今年で2回目で、昨年は82人全員が不合格だった。第1陣は来年の試験に不合格だと帰国しなければならない。自国では看護師資格のある人々なのにである。

《自国では看護師資格があるということは、受験した日本人受験生よりも看護・介護の知識や実務はすでに上位にあるということだ。その人たちの殆どが試験に落とされて帰国したとなれば、当該国ならずとも、外交問題化する懸念さえあるだろう。》

 試験問題の文中には
  誤嚥   ごえん
  臍動脈  さいどうみゃく
  塞栓   そくせん
  喉頭蓋  こうとうがい
  喘鳴   ぜんめい
  落屑   らくせつ
 などの難しい漢字がたくさん登場する。どうしても必要ならば仕方ないが、
  たとえば「眼瞼(がんけん)」は「まぶた」
      「褥瘡(じょくそう)」は「床ずれ」
 などと言い換えた方が患者もわかるし医療現場でも便利ではないだろうか。「創傷治癒遅延」は「傷の治りが遅い」ではだめなのだろうか。

  腹臥位  ふくがい
  半坐位  はんざい
  仰臥位  ぎょうがい
  砕石位  さいせきい
などは、診察や治療の際に患者に取ってもらう姿勢だが、イラストをつけると分かりやすくなる。医学用語である「企図振戦*」は intention tremor という英訳を付けてはどうか。

《*(きとしんせん)と読むのだろうか。企図は意図でもあり、(しんせん)は体や手足の震えをいうようだ。ところで自動車教習所の教科書に「ワダチ(轍)」を「輪立」と書かれていた間違いを指摘したことを思い出した。テストに出された「振戦」も漢字で表現したいのなら本来正しくは「震戦」と書くのが本当ではないのだろうか。「振」では旗を振る、槌(鎚)を振る、のように使用されるのであって、体や手が「ふるえる」のは震えるで「震戦」と書かねばならない。》

 日本人の受験生もこうした業界用語を習得する勉強に時間を費やしているのだろうか。患者とのコミュニケーションや医療事故を起こさないスキルの獲得に励んだ方が有益ではないか。患者や第三者の監視の目を立ち入らせないようにする閉鎖性がこういうところに表れるのではないかとすら思えてくる。

《アメリカに似て、訴訟社会のようになったことは認めるが、そのための予防線を張ったとは、ちと穿ち過ぎた見方だ。》

 形式的な公平だけでなく、実質的な公平を実現しなければならないことを「合理的配慮義務」という。国連障害者権利条約などにある概念で、障害や宗教、人種などによる目に見えない障壁を取り除くために用いられる。看護師を目指す外国人に対する日本の国家試験はまったく合理的配慮に欠けている。高齢化が進んで行く一方で、就労人口は減っていく。外国人看護師にたくさん来てもらわなければ困るのに、いったい何を考えているのか。

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2010年4月17日 (土)

3/254

 タイトルの数字は一体なんだろう。凡そ1%だけしか合格しなかった日本の看護師国家試験での外国人合格者の合格率を表した数字だ。国内は不景気だ、就職できないといいながら、日本人の多くが比較的楽な一般事務職の方にばかり目を向け、最初から嫌うのが介護の現場だ。その介護の世界で働きたいと遠く海外から来日したけれど、難しい日本語がマスターできず、合格した1%以外の人たちは夢破れて帰国せざるを得ない結果となった。大卒が、高卒がいくら厳しいとは言いながらこれほど厳しい就職難ではなかろう。莫大な国費を使いながら何のための選抜だ、このことについて書こうと思っていた矢先のパソコンのトラブルだった。遅まきながら毎日新聞が15日、『締め出し試験の愚かさ』と題して社説で取り上げた。3月27、4月13日の記事と併せてまとめてみたい。

 3月26日、看護師国家試験の合格者発表があった。経済連携協定(EPA*)に基づき日本の病院で研修していたインドネシア、フィリプン人の計3人が初めて合格した。両国の受験者(254人)の合格率はほぼ1%の狭き門だった。
 受け入れは08年8月のインドネシア人から始まった。これまでに介護福祉士候補者を含めて800人以上が来日し、病院や施設で働きながら合格を目指している。しかし、日本語の壁があり、昨年の看護師試験では全員が不合格だった。

 *・・2国間の経済連携を強化するための協定で、看護師・介護福祉士候補者の受け入れも含まれる。インドネシア人候補者は08年8月から、フィリピン人は09年5月から受け入れ、両国合わせ看護師候補者約360人、介護福祉士候補者約480人が来日した。半年間の日本語研修の後、日本の病院・施設で働きながら資格取得を目指す。介護福祉士は実務経験3年が必要で1回しか受験できない。

《世界でも特にマスターすることが難しいといわる日本語だ。語学の天才ででもなければそう易々と身につくことはないだろう。翻って我が身に置き換えて考えてみれば理解も早い。中・高・大と短くても8年、普通に大学を出るまでの10年間、何%の日本人が英語をマスターできているか。それに後から記すが、横文字にはたやすく置き換える日本語を、現在の大学生では正しく読むこともできないだろう難解な漢字や言葉が理解できないからと、不合格にするとは理解に苦しむ。》

 (4/13)「なるほドリ」から
 外国人の1%は日本人の合格率90%に比べると超難関っだたと言える。試験問題240題はすべてマークシート。「漢字が読めない」「文章の意味がわからない」という日本語力のほか、日本の社会保障制度の勉強など受験対策が不十分だった面もあるようだ。

《昨年合格者ゼロだった経験は何も活かされていない。受験者のレベルが劣っている、勉強不足などを論(あげつら)っているだけでは何年繰り返していても結果はでない。昨年、なぜ1人の合格者もでなかったのか、問題の分析も改善にも手をつけた気配が全く感じられない。日本語の習得に時間がかかるのであれば、来日以前に本国である程度の準備をする機関の設置を呼びかけるとか、ある程度の習得をした者を受け入れるとか、難解な言葉をカタカナでもひらかなでも平明な言葉に置き換えるとか、必要な働き手を募集しているのなら、それなりの努力をするべきだろう。》

 Q これから何度もトライできるのか

 A 看護師候補者は来日から3年以内に合格しなければ、日本で働き続けることはできない。08年8月に来日したインドネシア人の候補者100人は来年が3回目の試験で、最後のチャンスになる。落ちれば帰国しなければなりません。

《ほんとうにそれでいいのか。嫌々連れてきた人たちではなかろう。進んで介護の職に就きたい人たちのはずだ。》

 Q 日本人と同じ試験なんて気の毒だ

 A 来日条件として日本語能力を問わないことや、働きながら国家資格を取るという制度に対しては、当初から「そもそも合格させる気がないのでは」という指摘があった。インドネシア政府の要請もあり、外務省から指示を受けた厚生労働省は「褥瘡 ジョクソウ(床ずれ)」「清拭 セイシキ(体を拭く)」「側臥位 ソクガイ(横向きに寝る)」など難しい言葉の言い換えを検討している。

《受け入れる前の準備段階で検討しておくべき事柄だ。それにも拘わらず、何の方策も持たないとは不合格にするのを楽しんででもいるかのようにさえ思える。》

 Q それだけで合格者は増えるのか

 A これまで試験対策は受け入れ先の病院に任せ勝ちだったが、今年度からは日本語学習支援への予算が増えた。日本語学校への通学や病院への講師派遣など、看護師候補者1人に約12万円が充てられる。政府は受験機会を増やすことや、来日前に一定の日本語能力を求めることも検討している。

《これを俗に『泥棒見て縄』という。》

 Q 母国で看護師だったはずだけど、日本の国家試験にも受からないとだめなのか

 A 日本看護協会によると、海外で看護師として働く人には、ほとんどに国が語学審査もしくは国家試験受験を課している。国家試験は必要としても、不合格で大量の看護師候補者が帰国すれば国際問題になるという危機感も政府にある。来年、最後のテストを受ける人たちの緊急対策と、長期的な体制の整備が同時に求められている。

 EPAの受け入れを巡っては、現場の病院・施設まかせで「日本語支援が不十分」(平野裕子・九州大学准教授)という指摘があった。インドネシアのマルティ・ナタレガワ外相も今年1月、岡田克也外相との会談で「漢字が難しい試験を改善してほしい」と求めているという。

 国は昨年から日本語学習教材の開発や過去の試験の翻訳を始め、2010年度は今年度に比べ10倍の予算(約9億円)が計上された。ただ「褥瘡」など難しい用語の言い換えの検討を初めたばかりだ。安里和晃・京都大准教授(移民政策)は「本国では一定のスキルがあるのに、不合格で無資格のまま大量帰国ということになれば、EPAの制度そのものが問われかねない」と話す。

                ーー 明日につづく ーー

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2010年4月15日 (木)

パソコン故障

 9日の記事を書き終わってアップした途端、青白い閃光がしてパソコンが故障。
それこそニッチモサッチモ動かなくなった次第。メーカーに掛け合ったが修理は不可能との結論に、急遽翌日新しくグレードアップして新機種を購入。故障機のHDからどうしても必要なブログのデータ、画像、の救出をメーカーに依頼。

 本日、救済されたブログを一覧して安堵。画像ソフトもバージョンアップしてインストール。過去の大事なメールが回復しなかったが、再起動させて驚いた。100本以上の噂に聞く迷惑メールも含まれてズラーリと並んでいた。

 内部構築でき次第、改めて再開しようと考えている。

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2010年4月 9日 (金)

「4月9日」は子宮(49)頸癌予防の日

 毎日新聞(4/9)から、要約と、《 》内は私見。
 子宮頸癌は、特別な人が罹る病気ではなく、女性なら誰でも罹る可能性のある病気だ。特に20〜30代の女性が罹る癌の中で最も発症率が高い。国内では毎年1万5000人が発症し、約3500人が死亡している。《これは毎日約10人の女性が亡くなっている数字だ。》子宮頸癌は癌による死亡原因の第3位、女性特有の癌の中では乳癌に次いで第2位を占めている。大半は性交渉によるHPV(ヒトパピローマウイルス)の感染が原因だ。

《因みに、世界中では毎年約27万人、約2分間に1人の女性が子宮頸癌によって死亡していることになる。》

 昨年末、HPV感染を防ぐワクチンが発売され、健診と併せて予防できる癌となったが、健診の受診率は07年で2割台にとどまっている。一方、ワクチンは3回1セットで約4〜6万円かかる。受診率の向上を目指して今年度から6カ月間の期限付きの無料クーポン券が20,25、30、35,40歳になる女性全員に自治体を通じて配られた。全国の自治体に利用状況を調査し、約半数から回答を得た。

 その結果、利用率は既に利用期間が終了している自治体で、21・2%、現在でも利用が続いている自治体では12・5%だった。若者の健診受診率の向上も大きな目的としているが、25歳の利用率は16・3%にとどまっている。

 一方、クーポン券が利用できる年齢の女性の利用率は、栃木県では最大で25倍に跳ね上がっていたことも判明。産婦人科医などで構成する「子宮頸癌制圧を目指す専門家会議」では「30〜30歳の女性の受診率はクーポン券効果で顕著に増えている。まだ利用していない人はぜひ、健診を受けて欲しい」と呼びかけている。

 その栃木県では、大田原市が5月から、小学6年生女児に子宮頸癌予防ワクチンの集団接種を全国で初めて実施することになった。対象は市内にある23の小学校の347人。任意だが、費用は市が全額負担する。「子宮頸癌制圧を目指す専門家会議」によると、今年度、全国ですでに32市町村がワクチン接種の公費助成を決めているという。

 太田原市は6日、市内23校での集団接種を5月13日から始めることを決めた。もた本年度に限り、中学1〜3年生女子にも接種費用を半額女性することを決めた。集団接種は5月13日から始まり、来年1月19日まで実施する。

 同ワクチンは11〜14歳での接種が効果的とされている。市は「小学6年生との公平性を持たせるための措置」として、新たに市内中学1〜3年生女子(1087人)の希望者にも接種費用の半額(3回、27000円)を助成する。

《昭和一桁人間にとっては性経験の早くなった現在の性事情に驚くほかない。現在の女性たちなら小学生でも知っていることさえ知らないことが多かった。キスをするだけでは妊娠しないことは今では幼稚園児でも知っていよう。だが、昔の平均的な若い女の子たちは、キスをすることで妊娠する、と思い込んでいたものが多くいた。たまたまキスをされた子が、心配のあまり、婦人科医を訪ねたことさえあったという。

《いまでは、小学生の頃からセックス描写がこぼれるように描かれている漫画や女性週刊誌はいつでもみられる。「キスをすれば妊娠する」、現在それを聞けば、おおかたの女の子たちは笑い転げるだろうが本当の話だ。中学生の妊娠や売春さえ珍しくもないまでに性モラルは崩壊している。全国でやろうとしている子宮頸癌の予防ワクチン接種が、嘆かわしいことだが早すぎることはないのだろう。》

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2010年4月 8日 (木)

飲酒運転で免許取り消し、講習を強化

 つりがね水仙     ムスカリ     カロライナ ジャスミン 
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 毎日新聞(4/8)から、要約と《 》内は私見。
  《日本の警察も随分とお優しいことだ。以後、生涯に亙って免許を持たさない方がいい人間たちに、同じことを繰り返すのがほぼ確実なのに、何を思ってかご丁寧にももう一度免許を持たせて再発の機会を与えましょう、との思し召しだ。酒を飲むのは本人の勝手、自由というものだ。加えて飲酒運転することも自由だ。だが、その自由には責任という重い意味が含まれていることに目を瞑ってルールを破り、飲酒運転をした結果、免許取り消しの処分を受けた連中だ。そんな連中にいくら再教育をしたところで改心などするわけはない。講習の結果が思わしくないとしても、車を運転する機会はいくらでもある。世の中、無免許運転で走り回る奴らは、警察に捕まらないだけでいくらでもいるだろう。講習をしたところで効果は無いに等しい。何故、免許取り消しほどの処罰を受けた奴らに、再び免許取得の機会を与える必要があるのか。》

【閑話休題】
 警察庁は、運転免許の取り消し処分を受けた違反者に対する講習に、飲酒運転の違反者向けに特化したカリキュラムを導入する。カウンセリングや日記などを取り入れて再び飲酒運転をしないよう意識づけをするのが狙いだ。今秋からモデル事業として四つの都道府県で実施する。受講者が違反を繰り返さなかったかを追跡調査して効果を検証し、13年からの全国実施を目指す。

〖取り消し処分者講習〗
 交通違反で運転免許の取り消し処分を受けたものを対象とする講習。運転免許試験所などで行われる。新たに免許取得のために試験を受けるには、事前にこの講習を受けなければならない。道路交通法施行規則で受講時間は13時間と定められている。09年の受講者は3万3964人。うち飲酒運転での受講者は約26%の8785人に上る。

《これだけ多くいる酒飲みたちを、警察は四六時中張り付いた追跡調査ができるほど人員が豊富なのか。断酒が実行できるのならいいが、禁酒程度では再発の可能性は高い。講習期間はおとなしくしていても、麻薬に劣らず依存性の高いのが酒だ。「適量」という存在しない量で言い逃れ、離れられないのが酒だ。講習などと言うものはその場限りのものと思うべきだ。》

 現行の取り消し処分者講習は、運転に関する適性検査や実車講習などを2日連続で計13時間受ける。受講者がどんな違反をしたかに拘わらずカリキュラムは一律だ。新たに導入するカリキュラムは、飲酒運転が原因で免許取り消し処分となった違反者が対象。
 ①アルコールへの依存の度合いを調べるスクリーニングテスト
 ②警察官らを講師とするカウンセリング
 ③受講者同士のディスカッション
などを加える。

 2日連続の講習を受けた後、受講者それぞれが飲酒をコントロールする目標を立て、1日の飲酒量などその達成状況を4週間、「日記」として記録する。「自分と向き合い、飲酒運転はやめるという意識を高めるための時間」(警察庁運転免許課)とする。その後、1時間の講習を受け、運転免許試験を受験できる。

 警察庁によると、09年の飲酒運転の死亡事故は292件で、00年(1276件)以降、01年から9年連続で減少。飲酒運転取締り件数も、05年の14万873件から09年4万1801件と減少傾向が続いている。飲酒運転の厳罰化などが背景にあるが、警察庁担当者は「飲酒による事故をさらに減らすため、違反者への教育の観点から対策を打出した」と話している。

《減少したとはいえ、酒を喰らっての運転は、年間4万件以上もあるのが実態だ。事故を起こしても、その後しばらく神妙にしておれば、改めて免許は取得でき、免許を持つとまた酒を喰らって車に乗ることができる。繰り返しのイタチごっこだ。》

《よしんば再び免許を与えるとしても、その時には酒飲みたちの好きなほろ酔い色の赤いナンバープレートを義務付けさせるようにするべきだ。周りから、危険車輛であることが一目で判別できるように。彼らに人権や温情を配慮することは必要ない。自己責任を自覚させ、差別扱いをすることこそ再発を未然に防ぐ手段となるのだから。》

(余談)
 4人の平均年齢が70歳に垂(なんなん)とする爺さんたち(平均寿命の私よりは若いが)が作った新党が声を上げた。その名を「たちあがれ日本」という。走り始めてすぐに転ぶようなお年寄りたち、大同小異の志では杖がなくては立ち上がれまいに。

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2010年4月 7日 (水)

ロシア版「子ども手当」

Dscf0116a 毎日新聞(4/5)から、要約と《 》内は私見。

 深刻な人口減少に直面しているロシアが、今年からロシア版の「子ども手当」とも言える母親への出産奨励策(通称・母親手当)の本格導入を開始したという。だが使途が限定されており、受給者の母親からは「利便性に欠ける」と不満も漏れている。政府が目指す「人口増」への切り札となりうるのか、実情を探った。

【母親手当】
 ロシア政府が、07年1月1日から16年12月31日までの間に第2子以降の子どもを出産した母親に資金援助する制度。受給は1度だけで、使途には制約がある。当初25万ルーブル(約75万円)だったが、物価上昇などを勘案し34万3278ルーブル(約100万円)に。09年から「住宅購入資金」に限り前倒しで支援が始まった。手当の正式名称は「母親資産」。長期的な展望に立って使う資金、という意味を込めたものという。

 ロシアの人口は92年の1億4856万人をピークに減少傾向が続いている。出生数は99年を底に基本的に増加しているが、92年以降、出生を上回る死者が出ている。平均寿命は男性61・8歳、女性74・2歳。特に男性は、70代が多い欧米諸国に比べて極端に短い。ソ連崩壊後の社会の混乱や過度のアルコール摂取、医療水準の低さなどが原因とみられている。

 09年の人口は1億4192万人で、前年より約2万人増加し、94年以来15年ぶりの前年比プラスに転じた。だが、09年の死者は出生数を25万人近く上回った。それでも人口が微増したのは、移民などの新規人口が自然人口減をわずかに上回ったためであり、「統計上のあやに過ぎない」(人口問題の専門家)という。政府は90年代、旧ソ連諸国のロシア系住民の帰還を促したが、近年は人口対策の一環として、非ロシア系住民も積極的に受け入れている。

《2008年の日本の平均寿命は、男性79・29歳、女性86・05歳と比べ、特にロシアの男性の寿命は短い。日本の女性が平均して男性の死後6・75年の余生であるのに対し、ロシアの女性のそれは12・4年に亙る孤独な生活が待っている。ロシア政府が母親資産として「住宅購入資金」を前倒しで支援するのは、夫の死後の長いやもめ暮らしを配慮してのことと考えていいのだろう。共産主義時代には考えられなかった私有財産が認められたのだろうか。一方の中国では土地の私有は認められていないが、地上権はあるようで、その権利を売買することに公ではないが目をつむっているようだ。

【閑話休題】
 雪が解け始めた3月末のモスクワの中心部で、2歳半の長女を連れて子ども用の衣料店で買い物をしていた母親(22)は「自宅を買い替えたいし、2人目の子どもが欲しい」と話し、母親手当を「ありがたい」と歓迎した。

 ロシアでは08年、女性一人当たりの生涯出生率が1・49となり、88年の2・13から大幅に低下した。少子化はロシアの人口減少の要因の一つだ。06年、当時のプーチン大統領(現首相)は多産化を奨励する狙いで母親手当を議会に提案し、同年に成立した。第2子以降の子どもを出産した母親に対し、約34万ルーブル(約100万円)を支援する。

 制度導入を推進したオクサナ・ドミトリエワ下院議員(52)=与党系「公正ロシア」所属=は「一般市民にとって相当な額の手当であり、住宅購入の頭金などに役立つはずだ」と説明した。

 1月からの本格運用に対し、既に200万人以上が手続きを始めたという。もともとロシアには「児童手当」があるが、支給額は親の所得に応じて制限があり、国民の間に不満が少なくなかった。例えば、モスクワ市民の平均的な月給3万7000ルーブル(約11万円)では、月額50ルーブル(約150円)と雀の涙ほどしかない。母親手当は、こうした児童手当の穴埋めにも、と導入された。

 また、2歳の長女をモスクワ市内の保育園に迎えにきていた政府機関職員の母親(33)は、先日、長女は高熱で病院にかかったばかりで、何かと出費が絶えないと嘆く。そして、児童手当について「中身のない紙切れよ」と冷ややかな反応を示した。

 母親手当は、子どもが3歳を迎えた後、「住宅購入資金」「大学や専門学校の学費」「母親の年金としての積み立て」の中からいずれか一つを選ぶ仕組みだという。年金積み立てを除けば、支出が生じた時点で申請手続きをすれば、年金機構が住宅販売会社や教育機関に支払いをする。プーチンは使途について「(浪費する可能性があり)母親のためにもならない」と説明している。

《日本で始まる公立高校の授業料無償化も同じように、保護者の浪費を懸念しての政策だろう。授業料は親に支給するものではなく、国が運営する都道府県などに直接交付する仕組みだ。》

 先の児童手当はただの紙切れと言う政府機関職員の33歳の母親は、年金の場合を除いて現金を直接手にすることはないからだ。年金の場合も、もれまでロシアの年金制度はさまざまに改正されてきたことから制度への信頼度は高くなく、本当に将来「還元」されるのか、懸念の声が少なくないのだという。

 高等経済大のセルゲイ・ザハロフ人口問題研究所副所長(50)は母親手当について、「母親たちに幻想を与えているに過ぎない」と指摘する。バラマキよりも働く母親の育児環境の整備こそ優先的に取り組むべきだと主張した。モスクワなどでは保育所が不足し、「待機児童」の問題も日本と同じように深刻なのだ。

《日本でも現政権のバラマキについて似たようなことを指摘するメディアもあり、評論家もいる。》

 こうした中、母親手当を手っ取り早く現金で受け取る「違法行為」が広がりつつあるという。「悪徳業者」が住宅販売会社と結託し、主にインターネット上で勧誘した母親に対し、偽の住宅購入証明書の作成を代行。年金機構に申請し、悪徳業者は受け取った金を母親と山分けするという。

 政府はモラルハザード(道徳的な危機)を警戒し、住宅リフォームにも手当の使途を広げるなど修正を繰り返しているという。

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2010年4月 6日 (火)

小児脳死判定基準見直し(改正臓器移植法)

Dscf0123_4 毎日新聞(4/6)から、要約と《 》内は私見。

 改正臓器移植法の7月全面施行に伴い実施が可能となる小児脳死臓器提供で、厚生労働省の研究班(
研究代表者、貫井英明・山梨大名誉教授)は小児(6歳未満)の脳死判定基準案をまとめ、厚労省の臓器移植委員会で5日公表した。2回行う判定の間隔を現行の基準(6時間以上)より4倍長い「24時間以上」とし、6月にも臓器移植法の脳死判定基準マニュアルを改正する。しかし、医療現場では蘇生力の高い小児の脳死判定は困難との声が根強く、実施を約3カ月後に控えて依然戸惑いが消えない。

《一刻も早く臓器を取り出したい医者たちにとっては、何かと理由をつけて早く取り出したいのだろうが、意外にも小児の強い生命力にあらためて戸惑いが隠せないようだ。》

 参照 “お涙ちょうだい”の勝ち、臓器移植法改正 09/06
   
 7月17日から全面施行となる改正臓器移植法では、15歳未満の小児からも脳死下での臓器の摘出ができるようになる。現行法に基づく脳死判定基準は6歳以上が対象だ。6歳未満については、別の旧厚生省研究班(班長、竹内一夫‥杏林大名誉教授)が00年に公表した基準を踏襲した。
 
 旧研究班は全国の6歳未満の臨床的脳死判定症例139例と、海外の事例などを分析した結果、小児でも脳波や自発呼吸の有無など現行と同じ5項目の検査で脳死を正確に判定できるとした。一方、成長途上にある小児の脳は障害に対して抵抗力が強く、回復する場合もあるため慎重を期す必要があると判断。2回の判定の間隔を多くの症例で24時間以上置いていたことを考慮した。

 臓器移植の多い米国では、1歳以上の小児は2回の診療所見を12時間空けて実施している。新基準案をまとめた日下康子・東京慈恵会医科大講師(脳神経外科)は「国際的に見ても厳しい基準で、判定に従えば脳機能が回復することはない」と話す。新基準案ではデータの少ない生後3カ月未満や、低体温症と区別がつきにくい体温が35度未満の場合は判定対象から除外した。

 また研究班は、脳死下での臓器提供者から虐待された児童を除外するマニュアルも公表した。虐待が疑われる特徴的な外傷を記したほか、児童相談所への照会などを求めたチェックリストを活用し、臓器提供の対象にすべきか判断する。

 臓器移植委員会ではこれまで、小児の臓器摘出が可能な約300の臓器提供施設に追加される小児専門病院の28施設が公表されたほか、今回、小児脳死判定基準案も公表され、小児脳死移植に向けた準備が進む。だが、医療現場からは小児の脳死判定や臓器摘出への反発や導入に消極的な意見も出ている。

《無宗教にちかい現代日本人でも、どこかに遠い祖先の宗教観は息づいているのだろう。年端もいかない小児を切り刻むことには医者と雖(いえど)も反発や移植そのものに消極的なものも出るだろう。》

 旧厚生省の研究班が作成した小児脳死判定基準に対し01年6月、「実際に脳が二度と回復しない状態(脳死)だったことが確認されておらず、科学的根拠がない」と批判意見をまとめ、基準の再検討を要請した一人の浜辺祐一‥東京都立墨東病院救命救急センター長は「新たに検証や調査を実施した結果であれば別だが、それ以降何もせずに進めてしまうのはおかしい」と厳しく批判している。

 「脳死は人の死」が成立 09/07

《バタバタ、と法案を通過させた結果がこれだ。碌な論議もしなかったことで、今になってあれこれ意見が出てくることになる。》

 昨年10月、臓器提供を行う医療機関を対象にした毎日新聞のアンケートでは、15歳未満の小児での脳死下臓器提供について、「対応できる」と答えたのはわずか約4割。「できない」「わからない」が約6割で、その理由を複数回答で尋ねると、「小児の脳死判定は難しい」が約5割で最も多かった。提供病院などを対象に研究班が昨年9〜10月に実施したアンケート調査でも、小児からの臓器提供は「不可能」が約3割、「どちらとも言えない」が約4割。「小児の脳死判定を行う体制が整っていない」「小児の脳死診断の経験がない」ことなどを理由に挙げた。

 横田裕行・日本医科大教授(救急医学)は「提供施設に小児の脳死判定がきる医師らを派遣する支援体制が必要」と話している。

《これでよく昨年、改正法案が通ったものだ。言葉は悪いが、『泥棒見て縄』が現実のようだ。》

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2010年4月 4日 (日)

子守唄の聞こえる街に

 毎日新聞(4/4)から、要約と《 》内は私見。
 母に抱かれ、聞いた子守歌。-- 耳に心地よい詞とメロディーに、温もりや優しさ、そして切なさがある。この子守唄がいつしか消えて行った。一方で、家庭内暴力、児童虐待が増えている。子守唄を再生することで虐待を防止しようと活動してきたNPO法人「日本子守唄協会」(東京都台東区)が10周年を迎えた。(記事:小川節子)

《記者も書くように、子守唄には温もりと同時に切なさも含んでいる。これは次の「参照」で照会する子守りを職業とする幼い少女たちの悲しい労働歌でもあるからだ。貧しい家庭に生まれ、他家の金持ちの家に住み込んで赤児の子守りに従事する。優しい雇い主ばかりではない、また、おとなしい赤児ばかりではない、暖かい日もあるが、雨や雪、嵐の日もある、そのような毎日の子守りに、泣きじゃくる背中の赤児がうとましくて、厳しい雇い主に反抗するように、あやす代わりに赤児を抓ったりしてみる。現在の母親がしているような捨てたり、殺したりはできなないが、あやし可愛がるだけではない裏の面を歌った歌詞も多い。協会が子守唄を再生するというが、温もりや優しさの面だけを強調することは、子守唄の本質を隠すことになろう。世の中に数ある子守唄を口にすれば、必ず負の面に触れる歌詞のあることに気づくことになる。協会はそれには触れないのだろうか。》

 参照: 壱岐で子守唄フォーラム 07/05

 協会は、児童虐待防止法が施行された2000年に、プロデューサーの西舘好子(69)が設立した。当時、2歳の短い命を親に絶たれた事件の取材をしていた。捜査した刑事が洩らした。「まだ、子守唄を聞いていた年だったのに」。その言葉が胸に刺さった。

 「母や祖母が歌ってくれた子守唄を思い出しまました。テレビやビデオで子どもをあやすことが多くなったが、あの唄はどこに行ってしまったのか」

《現在の若い世代(今まさに母親である世代も含めて)、耳のそこに響く子守唄を歌って聞かせてくれた母親の声をしまい込んでいる人は少ないだろう。当然、歌える子守唄も殆どないだろう。》

 全国各地を訪ね、唄を収集した西舘は「母親の数だけ子守唄はあった」と言う。「子守唄は母親が自分の思いを単調なリズムにのせ即興で歌うもの」。正式な譜面も歌詞もない。「寒くて寒くていやだ」「もう、うちの父ちゃん大嫌い」「お日様ぽかぽかあったかい」。そんな暮らしの呟きが歌詞になる。季節の移ろい、愚痴、喜怒哀楽まで盛り込み、子どもの耳元で繰り返し歌ってほしいという。

《ここで「うちの父ちゃん大嫌い」をなぜ喜怒哀楽の一つとして活字化する必要があるのか。赤児で何も理解できないうちから性差を刷り込み、叩き込もうとしたいのか。女性の側の変な深層心理が窺える。》

 協会理事長の西舘の呼びかけに、医師、音楽家、詩人、教育関係者など40人が賛同し活動を支えている。その1人、小児科医の小林登・東大名誉教授によると、赤ちゃんの脳は母親の子守唄に反応し安心して眠りにつくという。「親子の温もり、情愛を育てるためにも必要不可欠で、親子関係の安心感、信頼感にもつながる」と。

 (中略)育児に悩む親からの相談も多いという。「わが子を可愛いと思えない」「子どもと一緒に寝たくない」「あまりに泣き止まないので、手を上げそうになる」など。西舘は、「孤独な母親は数多い。子育ての方法も伝承されず、子どもを人形のように扱う人も目につく」と指摘する。

《核家族化は経験や慣習、長老の知恵の伝承を絶ってしまった。子育てや子育てに伴う生活の知恵も身につかなくなった。子どもを作ることだけは知っているが、作る前に知っておかなければならない親になる心構えは学んでもいない。犬や猿でもできる最低限の子育てもできなくなっている。》

 また児童相談所に寄せられた児童虐待の08年度の相談件数は4万2000件を超え、10年で6倍に増え阿多。氷山の一角で、この10倍以上はいるだろうと推測する。「社会全体が優しくならないと虐待はなくならない。家の中から街角から子守唄が聞こえるようになったら虐待は少なくなるのでは」と語った。

《ここでも悪いのは「社会全体」と言いたいようだが、1番によくならなければならないのは子どもを産んだ母親であり父親だ。周りが悪いとするのは責任転嫁でしかない。それこそ、こんな考えでは虐待はなくなりっこない。》

 

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2010年4月 3日 (土)

公共の場で、母親が「おっぱい」を飲ませる権利

 毎日新聞(4/3)から、要約と《 》内は私見。
 《当たり前のことが当たり前にできる権利を求めて、台湾・台北市のお母さんたちが条例を作らせた。育児を他人任せにして日中人前で授乳させる必要もない日本の母親たちには無縁のことかも知れない。》

 あらゆる公共の場所で母親が赤ちゃんに授乳できる権利を保障する条例が今月から台北市で施行されている。デパート、バスや地下鉄、飲食店などで授乳を阻害する行為をした場合、最高3万台湾ドル(約8万8000円)の罰金が科される。授乳中に閉め出しを受けた母親らの「公開授乳」など強い抗議活動を受けての条例となる。台湾立法院(国会)でも同様の法案が審議中で成立すれば台湾全土で「授乳権」が保障される。

 条例制定のきっかけは05年10月の「授乳拒否事件」。市内の展示施設で母親5人が授乳しようとしたところ、施設側が「胸をはだけて授乳するのはみっともない」と会場から5人と赤ちゃんを追い出した。翌月、約30人の母親と赤ちゃんが「公共の場所での授乳権」を勝ち取るため、台北市美術館前の広場の木陰で一斉に公開でおっぱいを飲ませ、「授乳は悪いことなのか」と抗議した。

 抗議活動を企画した台湾母乳協会によると、母親たちは普段から隠れた場所で授乳をしなければならない環境に追いやられていた。「トイレでご飯を食べたい人がいますか」。母親たちは、展示施設への抗議や謝罪要求よりも社会の授乳への理解と尊重を求めて運動を重ねた。

 この活動を受け、台北市政府や同市議員らが条例制定に向けて動き出した。授乳について無関心な人が多く、運動は難しかったが4年がかりで条例制定にこぎ着けた。条例は授乳の阻害への罰則のほか、授乳中の母親を授乳室に追いやるような圧力をかけることも禁じている。台北市には授乳を阻害された場合の通報電話も設置された。

 立法院では男性議員を含む立法委員(国会議員)が授乳権保障の立法化を進め、「全土で女性と乳幼児が親しみやすい公共空間を作ろう」と訴えている。台湾母乳協会の高宜伶秘書長(36)は条例化の成功を喜びながら「まだ道半ば」と語る。働き続ける台湾人女性が増える中で、職場でも授乳権が保障される「優しい育児環境」を整えることが今後の課題だという。

《以前私のブログで取り上げたことがある。投書であったが、公共の場での授乳姿を見た同性の女性から、「みっともない」と非難したものだった。母親がわが子におっぱいを飲ませる微笑ましい姿に対してのバカな言い分に、私は怒りさえ覚えたものだ。電車の中だろうと、道ばたであろうと、レストランだろうと、隠さなければならない行為であるはずがない。昔の日本の女性は台湾の女性に劣らず強かった。乗物の中でも、道ばたでも、公園のベンチでも、乳房にむしゃぶりつく赤ちゃんに目をやりながら、輝くような表情をしていたものだ。

《また、それを目にする周りの人たちも、何のわだかまりもなく普通の子育ての日常の一コマとして受け止め、その母と子の姿に奇異の目を向けるものなどいなかった。男にとって望んでも味わえない至福のひとときを持てる女性の特権だ。お母さんが周りの目を特に意識しないのなら、人前での授乳を遠慮することはない。欲しがる赤ちゃんの口に乳房を与えるがよい。それこそ何とも微笑ましい姿ではなかろうか。》

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2010年4月 2日 (金)

クロマグロ禁輸案否決で本当の食文化を考えよう

 毎日新聞(4/2)から、要約と《 》内は私見。
 《食文化だ、食文化だ、と夜も日も明けないマグロ狂時代のグルメぼけ、クロマグロ崇拝者たち。クジラもそうだが、日本人の食文化は疾うの昔に西洋化されているのだ。クロマグロに踊らされているのは、自分自身の味覚を持たず、みんなが言い、或いはミシュランが旨いというのだから旨いんだレベルの自称食通たちだ。日本の食文化とは一体なんだ。》

 3月に開かれたワシントン条約締結国会議で、大西洋(地中海を含む)産クロマグロの国際取引禁止案が否決された。可決されれば日本へのクロマグロ供給量が半減することも懸念されたが、禁輸を主張する欧米諸国を日本や中国、途上国などが押し返した形だ。国内には「日本の食文化が守られた」との安堵感が漂うが、減り続けるマグロ資源を考えれば、手放しでは喜べない。そもそも我々が守るべき食文化とは何か。歴史を遡って考えてみよう。

 今回、問題になった大西洋クロマグロの大半は「畜産もの」だ。畜産とは若いマグロを巻き網漁で一網打尽にし、生簀で育てる養殖法だ。70年代に始まったとされるが、日本企業主導で本格化したのは90年代後半で、その主舞台が地中海だった。

 世界を回遊するクロマグロを囲い込み、栄養価の高い餌を与えて「全身トロ」にする。天然の成魚を漁船で獲るより効率が良く、割安に輸入できる。高級店のものだった「マグロの王様」が、こうして回転寿しやスーパーでも提供される庶民の味になった。

 そのつけが資源の減少となって表れた。クロマグロは一生に何度も卵を産む。産卵する海域は、大西洋に生息するクロマグロなら地中海かメkシコ湾に限られるが、そこで産卵前の魚を大量に獲り続けたら資源が細るのは当たり前だ。大西洋マグロ類保存国際委員会(ICCAT)の推計では、74年に約30万トンだった大西洋クロマグロの資源量は約8万トンに落ち込んでいる。

 漁獲削減に及び腰だったICCATも昨秋の総会で10年の漁獲枠を前年比4割減の1万3500トンとし、漁獲証明制度や監視措置の強化を打ち出した。しかし、従来の規制は尻抜けだったし、マグロ漁獲は昔から違法操業が後を絶たない。

 貿易という「出口」を塞がなければ過剰漁獲に歯止めがかからないという見方は国内の漁業団体にもある。気になるのは、その出口の更に先だ。最大の消費国である日本の食文化は畜養でほんとうに豊かになったのか。

 東京・築地市場の卸業者は「おれたち築地の人間には理解できないが、最近の消費者は天然物より畜養の味を喜ぶ。そして回転寿しが繁盛し、街の寿司屋はつぶれていく」と嘆く。

《消費者の舌は、回転寿しの安価な値段によって養われた味覚だ。旨い不味いより先に、「マグロ」という名の銘柄と、安いことが重要な選択肢となって養われた味覚だ。回転寿しが子ども連れで繁盛するのも「宣伝」と価格だ。それが口に入らないとなると、錦の御旗のように「食文化」という言葉になって抵抗することになる。畜養に馴染んだ庶民の味覚には、本物のクロマグロとの比較は必要ないのだ。》

 東京・銀座の高級寿司店「すきやばし次郎」の店主、小野二郎も宇佐見伸の著書「すきやばし次郎 鮨を語る」の中で「畜養は生臭みばかり残ってマグロ本来の香りが全くありません」と断じている。「マグロの本当の旨さは赤身にある」と言われるが、そんな声も顧みられることは少ない。

《魯山人ならいざ知らず、現代日本人の平均の舌が、彼ほどの美食にこだわるとは思えない。大枚をはたいて高級寿司店に通うことができる人種には言えても、回転寿しで満足している人間には、畜養でも冷凍でも大した違いはないし、回遊魚の生である必要もないことだ。》

 そもそも、日本人は大昔からマグロを食べていたわけではない。江戸時代後期に醤油漬けで食べる習慣が広がり、昭和期に生で食べることが定着した。冷凍技術の発達でマグロが大量流通するようになり、遠洋から持ち帰ることも可能になったからだ。トロの人気は戦後の話。《昔は、はらわたと一緒に捨てられていたものだ。》食生活の洋風化で脂っこいものが好まれるようにことも一因だろう。

 実は、こうした「マグロ人気」の一方で、日本人の魚離れが進んだ。総務省の家計調査によると、生鮮魚介類の一人当たりの年間購入量は65年から06年までに約3割減少した。食べやすいマグロや鮭は1・4倍以上に増えたが、調理に手間がかかる鯖や鯵などの近海魚は半分以下に減った。水産物市場改善協会おさかな普及センター資料館の板本一男館長は「昔の日本人は多様な盛ん魚をバランスよく食べていた。資源のためにも健康のためにも近海魚をもっと活用すべきだ」と話す。

《近海魚といえば人気のあるのがカニだけだ。カニのためなら北海道まででもバスに乗る。冬の日本海側の水揚港にもやはり集まるのはカニ目当てだ。現代日本人は魚介類はマグロとカニしか知らないようだ。幸いにも私はこれまでも書いてきたように、日本海側の街で育ったせいで、マグロなど及びもつかないほど旨い魚をふんだんに食べてきた。中でも高言できるのはイワシの旨さだ。若狭湾の鯛は有名だが、私にはそれ以上にイワシが一番旨い。ただ、現在済んでいるのが海岸線を持たない内陸の県だ。旨い日本海の魚は帰郷時にしか口にできない。》

 魚離れの背景には、食の洋風化だけでなく外部化(加工食品や外食の普及)もありそうだ。魚の調理法を客に教えてくれた鮮魚店が姿を消し、スーパーでの買い物が増えたことも大きい。

《それだけではない。料理など教えられなても、知らなくても、コンビニ、デパ地下で調理済みのものを購入し、持ち帰ればすぐに食べられる。以前から、魚に触れることもできない女性が殆どだ。3枚におろすことなど考えもできない。これからの家庭には、今に台所さえ必要がなくなる日も近いのではないか。》

 この流れを逆転させるのが困難なことは分かっている。それでも提案したい。回転寿しも悪くないが、たまには漁業の現状に思いを巡らせながら鯵や鯖をさばいてみてはどうか。懐具合に余裕があれば、高級店で本当に旨いマグロを食べてみてもいい。

 禁輸案が否決された3月18日の朝、たまたま築地市場を見学に来ていたベルギー人の男性(58)に聞いた。「私もマグロは大好きだ。だからこそ、資源のために貿易を止めることには賛成だ」と話した。日本の食文化に対する欧米の無理解を嘆く前に、こんな声に謙虚に耳を傾けることも必要ではないだろうか、と結んでいる。記者:経済部・行友弥(ゆきともわたる)

 

 

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2010年4月 1日 (木)

マリン・ルック

 毎日新聞(4/1)から、
 4月バカではないが、軽い話題をひとつ。

 カラー写真で照会されているのがいわゆるマリン・ルックといういでたちなのか。ポパイの着ている例の横縞のシャツを言うらしい。そしてもう一つ、昔のアメリカ映画で見たが、太縞で上下揃えば囚人服でもある。

 先ず写真の5人が写ってる若い女性たち、立ち姿のなんと不格好なこと。のっぽカメラマンが意地悪なのか、女たちが写真を撮られていることを意識してか、5人が5人、皆上から見下ろされて写っているから短い足が一層短くなり、特に大きく写っている2人は内股になっているせいで俗にいう醜いガニ股だ。普通、横縞は丈を短く見せることで胴長の日本女性には昔から好まれてきたが、カメラマンのせいで効果ゼロだ。

【閑話休題】
 渡辺明日香(共立女子短大生活科学科専任講師)の話を聞いてみよう。
 暖かさを感じるにつれて、マリン・ルックが若者たちの間に広まっている。ボーダー柄のカットソーやワンピース、金ボタンの付いた紺のジャケットやPコート、セーラー襟のブラウス、両脇にボタンのついたマリンパンツ、錨や船の舵輪、ヨットやカモメのモチーフ使い、マリンキャップやセーラーハットなどの帽子やデッキシューズ、そして紺Ⅹ白Ⅹ赤のトリコロール配色などなど。今では春夏シーズンの定番スタイルとなった。

 マリンとは「海、海軍」の意味であり、マリン・ルックは、水夫や海軍の制服由来のスタイルを指す。なかでも若者に支持を集めてるのがボーダー柄。もともとは、フランスの船乗りが海上で目立つようにと考案されたジャージー素材の衣服がルーツである。これがファッション・アイテムとして広まったのは1920年代(大正の末ごろから昭和5年ごろ)。ココ・シャネルがバカンスで見かけた水夫の着こなしをヒントに女性のためのマリン・ルックを提案した。やがて、映画「勝手にしやがれ」(59年)でのジーン・セバーグのボーダーTシャツとショートヘアの影響や、60年代のイヴ・サンローランのエレガントなマリン・ルックなどにより一層浸透していった。

《ボーダーTシャツとショートヘア、これで分かった、何故写真の女たちが見すぼらしいのか。みっともなく伸ばしたロングヘアのせいだ。ボーダーにはショートヘアこそバランスが取れる髪型なのだ。(写真では1人だけがショートヘアだ。)》

 日本では、70年代にトラッド・ファッションが流行したおり、港町・横浜発のハマトラ(横浜トラッドの略)が若い女性に支持されて以降、80年代に一大ブームが訪れる。「Olive」や「JJ」などの雑誌で特集が組まれ、原宿の「セーラーズ」などの人気ブランドが登場した。さらにチェッカーズなどの男性グループにもマリン・ルックの衣装が採用されて話題を呼んだ。アイテムは多岐にわたるが、マリン・ルックの魅力は、明快で爽やかなスタイルという点で共通している。

 マリン・ルックのなかでも、日本で馴染みの深いものといえば、女子学生のセーラー服がある。イギリス海軍発祥のセーラー襟は、20年代に女子中高生の制服として導入された。ところが、セーラー服=制服という意識を覆したのは90年代の少女漫画の名作「美少女戦士セーラームーン」による。普通の女子高生がノースリーブ型上着にミニスカートのセーラー服を纏い、悪者と戦う物語が評判となった。2000年代に入ると、ブレザー型の制服の広まりの一方、私服として着る「なんちゃって制服」、コスプレ衣装としてのセーラー服なども登場し、制服のイメージから、ファッションとしてのセーラー襟が広まった。

 本来は男性の作業服や、軍服や学校の制服だったものが、誕生から約90年を経て、今ではカジュアル、フェミニン、キャリア、ポップ、モードなど、着る人によってさまざまなテイストに変化している。だがマリン・ルックが与えるスポーティーで溌剌とした印象や、リゾートを彷彿させる爽やかさなどは、その爽やかさゆえ変わらずに、長い間受け継がれている。マリン・ルックを纏った人を見かけると、まるで街が衣替えをしたかのように季節が変化したことを感じさせる。

 こうした普遍的な面と、時代の変化に対応できる幅の広さがあるからこそ、マリン・ルックは定番として、そして流行のスタイルとして、もてはやされているのだろう、と仰る。

《それにしても、街を行く若い女たち、どうして皆が皆といえるほど、ハの字にしたつま先で、ガニ股になって歩いているのだろう。》

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