« 追い出し屋規制法案 | トップページ | 幼児肥満1・7倍に(米の大学調査) »

2010年2月14日 (日)

投書「正しい歴史を後世に伝えよう」

 毎日新聞(2/14)「みんなの広場」から、《 》内は私見。
 《一般人の投書なら特にはムキにならなくてもいいことだが、投書をした本人が「大学教員・65歳」とあったことから一言書きたくなった。タイトルは本人がつけたものか、新聞社が冠したものか分からないが、歴史にどのような正しさがあるのだろうか。例えば歴史の骨格になっているのは、人間の闘い、同時に戦争がテーマといえるだろう。だとすれば、一体正しい戦争って存在するものなのだろうか。この大学教員に教えられる生徒たちは、正しい歴史(戦争)と間違った歴史(戦争)をどう説明されているのだろうか。短い投書からなので、本人も言い切れないところもあるかもしれないが、全文を紹介しながら考えてみたい。》

《先に原子爆弾が落ちたことを「しようがない」と発言して防衛大臣の職を辞した久間という男がいた。日本中から非難の声が上がったが、同じ発言は昭和天皇も、元長崎市長・木島氏も行ったことだった。上のブログを開いてもらえれば分かることだが、私の原爆に対する(というより『戦争』といものをどのように捉えるか)考えも、「原爆投下はやむを得ない」ことであったと今でも思っている。》

【投書】全文
 日中両国の有識者による「日中歴史共同研究委員会」の報告書がまとまり、公表されました。

 長い間もめていて、「中途半端」という批判も出ています。残された課題もありますが、長い間の両国の考えの違いを乗り越えるためにも、このような共同研究が行われた意義は計り知れないものがあると思います。

《侵略した側とされた側、やっと始まった共同研究だ。ナチスドイツと対戦国の間では疾うに済ませた研究テーマで、学校で学ぶ教科書にも歴史の事実としてお互いの国で教えられていることだ。それが日中間では公表されない部分を残してはいるが、投書者もいうように今回の報告書が活字になったことの意義は認めないわけにはいかない。》

 両国で異なる歴史をそれぞれ教えるのではなく、共通の歴史認識に基づいた正しい歴史を後世に根気よく伝える努力を続ける必要があります。その意味でも、これからはアジアだけでなく米国についても日米開戦、原爆投下などについての歴史の共同研究が必要だと思います。

《利害相反する侵略国と被侵略国とで同一の見解が生まれるはずはないだろう。おそらくはお互いの意見を併記することで納得を見ることで段落となるのだろう。近いところで例えばナポレオンだ。フランスでの評価が世界の評価であるはずはないのだ。また、フランス国内でも全員一致の評価はあり得ないだろう。》

 歴史認識は難しい問題ですが、恐れないで歴史の事実を明らかにし、伝えていかねばなりません。若い人たちだけでなく、大人たちも世界の平和について考えるために、もう一度近現代史の見直し、再学習の必要があるのではないかと感じています。

《現在の学校教育で欠けている闇の部分だろう。敗戦をきっかけに所謂進歩的と書する識者、学者たちが、戦前を否定し、神話を退けた。しかしどこの国も、自国の神話を大切にし、神話の中に自国の歴史を見るのが普通のことなのだ。しかし、日本では、神話も歴代天皇も、ここから先は信用ならない、と切り捨ててしまって学校では全く教えなくなった。反面、近現代史においても「侵略」がトラウマのようにのしかかり、戦争放棄の憲法と現実には自衛隊という軍隊を持ったことで、学校教育の説明できない陰部となって歴史を学ぶことなく育って行く。近現代史がすっきりとした姿で歴史に現れるのはまだまだ先のことになろう。》

|

« 追い出し屋規制法案 | トップページ | 幼児肥満1・7倍に(米の大学調査) »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 投書「正しい歴史を後世に伝えよう」:

« 追い出し屋規制法案 | トップページ | 幼児肥満1・7倍に(米の大学調査) »