「紳士」って?
毎日新聞(8/21)「論説ノート欄:中島章隆」で、先日行なわれた国内ゴルフでの石川遼とジョーンズとの試合を観戦していたゴルフ狂たちの、石川を応援する贔屓の引き倒しのような情けないマナーを取り上げている。
書き出しはこうだ、
「心が洗われる思いがするニュースだった」だ。続けて、国内ゴルフツアーを主催する日本ゴルフツアー機構(JGTO)の山中博史専務理事が12日、全米プロ選手権が開かれる米ミネソタ州のゴルフ場にオーストラリアのブレンダ・ジョーンズ選手を訪ね、日本国内で開かれた大会での日本の観客のマナー違反を謝罪したという。
問題のマナー違反が起きたのは2日まで北海道・小樽CCで行なわれたサン・クロレラクラシック最終日。石川選手とジョーンズ選手が16アンダーの首位タイで迎えた最終18番ホール。ジョーンズ選手が約3メートルのバーディーパットを外すと、心ない一部のギャラリーの間から拍手が起きた。
直後に石川選手がバーディーパットを沈めて優勝を飾ったのだが、石川選手も心穏やかではなかったようだ。表彰式で「ジョーンズ選手がいたからここまで戦えた」と涙ながらにジョーンズ選手を讃えた。
ギャラリーが石川選手に肩入れしたくなる気持ちはわからなくはない。しかし、「ゴルフは紳士のスポーツで、(相手が)外したことを喜ぶ応援のスタイルはない」。これは石川選手が後に語った言葉だ。石川選手も小樽での観客のマナー違反に、いかに心を痛めていたかがわかる。
《この程度のことはどんなスポーツでも大なり小なり起こっていることだ。ファン心理としては相手の失敗を願っているのが普通だろう。それが声になり行動になるだけだ。ファンとは狂信者(ファナティック)が語源との説もあるくらいだから、プレーする人間がいくら「紳士」を崇め奉っていても、ファンには届かなくて当然のことだ。》
《そして又、紳士とは現在では男性一般の丁寧な呼び方であるだけで、何も中世の特殊な下級地主層(ジェントリー)をいう言葉ではない。だが、確かにジェントリーの名残りとしては、キャディという労働者に遊具を運ばせて引き連れて芝を歩く姿として残っている)。男を丁寧に言う言葉(尊敬後:広辞苑)が紳士なら、あなたも私も、兄(あん)ちゃんも、ニートや怖いお兄さんも、丁寧に言えば皆んな紳士の仲間に入ることになる。》
東京が立候補している2016年五輪からゴルフが採用される可能性が高まった。JGTOがジョーンズ選手に直接謝罪したのは、この動きと無縁ではあるまい。
もう一つの教訓。相手のミスを期待しているようではゴルフの上達は望めない。私が上達しないのも、たぶんこの辺に原因があるにだろう。
《五輪にゴルフのようなゲームが入ることには反対だ。日本中のゴルフ場は、「北の国から」の倉本聡が富良野で試みているように、ゴルフ場を緑豊かな森林に戻すことが、環境破壊から地球を守ることにも役立つことになる。いつまでもイギリスを紳士の国と強迫観念のように押し頂いているようでは、普通のファン心理も理解できないだろうし、自分の下手は素直に下手と認めることだ。最後に、冒頭の「心が洗われる思い」などという中島の思いは到底理解できない。》
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