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2009年8月 6日 (木)

集団的自衛権

 毎日新聞(8/5)社説から、
 《非核三原則の「日米密約公開」でにわかにきな臭い煙が漂い始めた一方で、年末の「防衛計画の大綱」改定に向けて、政府の「安全保障と防衛力に関する懇談会」(座長・勝俣恒久東京電力会長)が報告書をまとめ、麻生首相に提出した。集団的自衛権が行使できるよう政府の憲法解釈を変更するよう提言し、武器輸出三原則の緩和も求めている。》

 政府は従来、憲法9条が許容する自衛権行使は日本を防衛する必要最小限度にとどめるべきで、集団的自衛権の行使はその範囲を超え、憲法上許されないとしてきた。報告書は、北朝鮮が米国に向けて発射したミサイル迎撃と、共同行動時の自衛隊による米艦船防護を可能とするための憲法解釈見直しを主張した。

 理由について報告書は
 1)ミサイル防衛は日米連携で運用される
 2)ハワイなどは日本が攻撃された時に米軍が来援する拠点である
 3)対応できなければ日米同盟の信頼性が低下する
などと指摘、日本の安全のために見直しが必要だとしている。

【集団的自衛権】
 集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにも拘わらず、実力を持って阻止する権利」とされる。国連憲章51条は、国家が「個別的又は集団的自衛の固有の権利」を有すると定める。政府解釈では、国連憲章の上からは、日本も主権国家であることから「当然集団的自衛権を持っている」とし、ただ、日本の自衛権は憲法上の制限に従って行われ、自衛権の行使は必要最小限度の範囲にとどまるべきものであるため、「集団的自衛権を行使することは・・・憲法上許されない」とする。

 日米同盟は日本の安保政策の大きな柱であり、北朝鮮のミサイルなど脅威が多様化し、国際社会の共同対処が重視されるなど安保環境は変化している。報告書が指摘する2類型が、日米同盟の効果的な維持に必要だとする政治的要請が強くなっているのは事実だろう。また、これらは集団的自衛権行使の限定されたケースにとどまっているとも言える。

 が、疑問も残る。日米同盟の信頼性維持や、米国への攻撃が日本の安全を脅かすというのが軍事的対応を求める理由とすれば、同様の論理で米同時多発テロのような米国への攻撃が日本の安全を脅かすというのが軍事的対応を認める理由とすれば、同様の論理で米同時多発テロのような米国への攻撃にも対応すべきだという議論に結びつく可能性がある。実際、北大西洋条約機構(NATO)加盟の英国などは集団的自衛権の行使としてアフガニスタン戦争に参加した。

 また、政府の憲法解釈は長年に亙る国会論議の積み重ねの結果でもある。国の法体系の根幹である憲法の解釈は純粋に法理論上の問題という側面を持つ。安保環境の変化にとどまらず精緻な理論付けが必要だ。

 自民党は衆院選マニフェストで報告書の2類型を許容する方針を打ち出したが、民主党は触れていない。姿勢を明確にしてもらいたい。

 一方、武器輸出三原則について報告書は、一国での開発では多額の費用がかかるなどと指摘し、最先端技術の取得や日米防衛協力の進展、国内防衛産業の育成への制約になれば防衛力低下につながると緩和を促した。

《とは言いながら、日本は、軍事目的によらない武器は多数輸出している。猟銃、弾薬、など非軍事目的の小型武器をアメリカ、ベルギー、フランスに輸出していることが、スイスのジュネーブ高等国際問題研究所が発表した2004年版の「小型武器概観」で判明した。その規模は、世界第9位だという。》

 しかし、日本が三原則などにより「(軍縮で)国際社会をリードできる立場にある」(外務省「日本の軍縮・不拡散外交)」のは事実だ。平和外交のよりどころを、コストなどを理由に「緩和」するのは違和感がある。現行通り三原則の例外を個別に検討する方式が望ましい。
 

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コメント

集団的自衛権の行使とは、日本が外国から侵略や攻撃を受けたときの「自衛」の話ではなく、軍事同盟を結んでいる相手の国が戦争をする時に共同で戦争行為に参加することです。

 憲法九条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定しています。そのため政府も、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとのべてきました。

 一九九九年、小渕内閣の時、憲法の戦争放棄の規定を踏みにじって、アメリカの軍事介入に自衛隊を参加させるガイドライン法=戦争法が作られました。しかし同法も憲法九条があるため、自衛隊の活動は「後方地域支援」に限るとされています。この制約を取り払い、自衛隊が海外で米軍と共同で武力行使ができるようにしたいというの

投稿: 間吊田和志輿為 | 2009年8月10日 (月) 01時19分

が、いまの集団的自衛権論のねらいであり、実際、この議論は、九条の明文改憲論と一体のものとして出されています。

 首相らの集団的自衛権発言の背景には、憲法上の制約をとり払って自衛隊が米軍の軍事力行使に共同で参加できるように集団的自衛権を採用すべきだというアメリカの圧力があります。これまでアメリカは、「自国の死活的な利益」を守るため、必要な場合、一方的な軍事力行使をすることを公式の戦略にし、九九年のユーゴ空爆をはじめ、一方的な武力行使をくり返してきました。集団的自衛権の行使は、無法なアメリカの侵略と武力干渉に日本が共同して参加するという危険な「集団的軍事介入」の道でしかありません。

 憲法の平和条項を葬り去るこのような企ては絶対に許せません。(豊)

 〔2001・5・17〕日本共産党機関紙の『赤旗新聞』から参考として抜粋。

しかし、各政党や政治家等によっては集団的自衛権の在り方自体の解釈の仕方は実際のところ、定義が曖昧の為に異なっているでしょう。

しかしまた、本来の自衛権の自衛の方針と在り方は自国の領空内・領海内・領土内等に於いて、武力侵犯をして来た敵軍を阻止する目的を前提条件として正当的守備と防衛を果たす為の手段として最小限の許容範囲内で追撃行為が出来る権限であると私の個人的な持論と致します。

即ち、自国の国土・国家・国民等の生命と財産を明くまでも守備防衛する目的以外に集団的自衛権が成立することは不可能になるからです。しかしながら、日本の国土内に於いて、アメリカの駐留軍が日本の守備防衛の為に敵軍との武力行使している状況の最中事態の場合に対しては、許容範囲の制限以内で自衛隊の後方支援活動のみを最小限の自衛的武力行為として容認する必要性があるでしょう。
しかし、その自衛的武力行為の枠組み範囲から外れた場合は日本の自衛隊は自衛隊では無くなり、他国へ武力によって侵略可能な軍隊に為る危険性が起こりうるでしょう。その為にも、日本の自衛隊の存在は、明くまでも、当然の義務として、自国の領空内・領海内・領土内を守備防衛をする目的の為に存在し、国土・国家・国民等の生命と財産を最大限に守備防衛以外の武力行使をしては絶対に為ら無いのです。それから、憲法第九条の条文に対して、改憲派と護憲派とに分別されていることは国内だけで無く、世界中の外国からも注目視されています。ある外国の政府は日本の憲法第九条の条文を基礎参考にして、自らの国土と国家を理想的平和な国家にして国民と国土を築いている国が実際に存在しているそうです。日本国内で護憲派?とか改憲派?の次元で是非の問答をする前に、国民の一人一人が戦争と核兵器の無い世界にすることが全世界の最終目的になることを希望するだけです。先ずは自身の心の中に平和を築くことが何よりも大切であるからです。それにまた、仮想の敵国を創造することより実相の平和な世界を創造することが何よりも人間の目指す本来の在り方に為るでしょう!!。

前回の書き込みの文面が私の手違いによって途中で途切れたことを心より御詫び致します。本当に申し訳ございませんでした。

投稿: 間吊田和志輿為 | 2009年8月10日 (月) 05時29分

現在の自衛隊に於ける活動範囲は明くまでも同盟国であるアメリカ軍への後方支援活動とされていますが、この日本の自衛隊が遂行する後方支援活動の役割とはアメリカと同盟国の軍事指令部の拠点区域を守備防衛の任務に当たることを前提条件とされているでしょう。

しかし、現在の自衛隊が国外に於いて最小限の武器使用だけに限定され、主にアメリカと同盟国の軍事指令拠点を守備防衛と武器と燃料等の調達輸送経路を確保する為に自衛隊が任務を遂行することは、最大的で最悪的にして余りにも大変危険な任務に成るからです。
その理由としては、最前線で武力行使をするよりも後方拠点である指令部や武器や燃料等の調達輸送経路を爆撃した方が有効手段になるからです。その無力に等しい後方支援活動を日本の自衛隊が任務に当たることは現在の日本政府の自衛隊に対する現状の方針と在り方は是として無謀であり、自衛隊員の生命を無視した考え方になっているでしょう。

今後に於いての自衛隊の後方支援活動の是非を改めて考え直す必要があるでしょう。そして、集団的自衛権自体の方針と在り方が後方支援活動との関連性が矛盾していることは誰が考えて見ても理解することが出来るでしょう。

本来の自衛隊自体が武力行使が出来る許容範囲は明くまでも自国の領空内・領海内・領土内等の中に敵軍が武力侵犯した場合に対して追撃する目的以外は容認しては為らない理由が憲法第九条の条文を前提条件として示されている以上、自衛隊の武器使用による攻撃権は一切として容認出来ない理由があるのです。

現在の日本の自衛隊員が第二次世界大戦時中の様に戦前と戦中の軍国主義教育を基礎とした『玉砕精神?』で、国家(政府)の為に国外での後方支援活動を遂行任務に当たる行為は余りにも茶番劇的な後方支援活動となっていることは言うまでも無いでしょう!!。

現在の日本政府自体は同盟国と言うアメリカ合衆国政府の意向の為に従事していることは確かであり、憲法第九条の条文を日本政府はアメリカ合衆国政府の意向で改憲を推進する限り、日本政府自体はアメリカ合衆国政府と対等的立場の同盟国では無く、是として属国に等しい存在になっていることでしょう!!。
即ち、「勝てば官軍、負ければ賊軍」の諺が根底にある以上、勝戦国のアメリカ合衆国政府に対し、敗戦国の日本は仕方無くアメリカ合衆国政府の政治的圧力に従事する日本政府に安定性等は全く無く、このままの状態が今後も継続される以上、憲法第九条の条文は不安定となり改憲されて仕舞う危険性は充分に有り得るでしょう。

しかし、自衛隊に於ける集団的自衛権と後方支援活動とは全く異なり別問題で切り離して考えるべきであると思います。即ち、集団的自衛権の武力行使?によって後方支援活動が遂行出来ることは本質的に不可能であるからです。

投稿: 間吊田和志輿為 | 2009年8月10日 (月) 15時42分

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