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2009年8月 3日 (月)

64回目の8月6日、9日

 エノラ・ゲイ元乗組員のオバマ大統領批判発言に端を発して、このところ原爆投下の是非がクローズアップされたようだ。この時期になると毎年のように持ち出される問題だが、私の見解は原爆投下に対する久間元防衛相の発言、原爆投下は「しょうがない」他を取り上げたとき詳しく述べたから繰り返さないが、エノラ・ゲイ搭乗員とオバマ大統領、加えて広島被爆者の両者の間には、異なる価値観が存在する。正義の戦争はあるという当時の考えと、時を経て現在、戦争に正義は存在しないという現在の考えと。

 日本も例外ではないが、過去における戦争は、如何に効率的な殺戮兵器を造るか科学者を混じえての開発競争だった。たまたま国力の違いから、日本が成功する前にアメリカが原子爆弾を拵えることに成功した。これが運命の分かれ目だった。日本が先に造っていれば間違いなく使用していた。当時は「正義の戦争」はあるものと考えていた時代だ。誰もが引用するチャップリンの映画の台詞だが、平時1人を殺せば殺人だが、戦争で1000人殺せば英雄になれた。

 何千年の昔から戦は人の殺しあいだ。戦争に人間性や道義など存在しない。1対1の武器から1対何千、何万の武器へと開発されてきた。開発されれば使用するのに一刻も躊躇する必要はなかった。開発されればテスト投下(模擬原爆パンプキンで)で試し、最大の効果を上げる爆弾として本番(8月6日、9日)となった。アメリカは「真珠湾を忘れるな」を合い言葉にし、日本は一方で日中戦争を続けながら、アメリカや英国を鬼畜米英として皆殺しを旗印にした。

 アメリカがいう「戦争の終結を早めるため」は、後からつけた詭弁に過ぎない。日本憎し、とにかく真珠湾の復讐が何よりも先行した。原爆投下が戦争終結を早める効果があったのは事実だが、目的は日本殲滅であったはずだ。当時の日本の一般国民で、爆弾が原子爆弾であることを知る者はなく、後になって「ゲンシバクダン」というものであったことを知るのだった。何よりも、負けたにしろ戦争が終わり、空襲がなくなり、死ぬことがなくなったことで安堵したことは事実であった。

 一方、オバマ大統領の「道義的責任」発言は誤りと批判した元乗組員の発言に被爆者などから怒りを込めた反論とともに、改めてオバマ大統領の来訪を期待する声が上がっている。

 しかし、オバマに何を期待し、何を求めるつもりか。今、道義的責任を口にすることは容易だ。原爆投下から60年以上の年月を経過し、先の大戦の惨禍を反省し、責任を口にしても片一方で他国への海外派兵を続け、砲火を交えている事実をどう説明するのか。小銃であろうと、地雷であろうと、迫撃砲、大砲、ナパーム弾であろうと、原爆であろうと人を殺めるのに違いはない。原爆でなければ道義的責任はないのか。「道義的責任」発言がいかに薄っぺらいものか分かろうというものだ。

 広島専修大の大島寛教授(アメリカ論)は「米国では、第二次世界大戦を経験した世代の圧倒的多数が原爆投下が必要だったと考えており、世論の大半も原爆投下を支持している。(元エノラ・ゲイ搭乗員の)発言はその反映だ」と米国の精神風土を分析する。

 いずれにしても、この問題はオバマと元搭乗員との間の問題で、日本人がどうしようもないことだ。

 参照 広島原爆の日 07/08/
    久間「しょうがない」辞任 07/07/04

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コメント

8月6日の広島と同月9日の長崎に投下された原子爆弾、しかし、8月と云う時季は偏西風の季節で風向きは南西から北東の方向へと吹き流れます。当然、広島と長崎の原爆投下によって発生した『キノコ雲』には大量の放射能物質が含まれ、それが原爆投下以後に『キノコ雲』が雨雲となって、長崎より南下の奄美諸島や沖縄地方を除く日本各地の至る場所に『黒い雨』と云われる放射能物質を大量に含んだ雨が降り、その『黒い雨』に放射能物質が含まれていることなど全く知らない当時の日本人は全身に原爆の放射能物質を浴びてしまったことは言うまでもないでしょう。また、日本各地の土壌自体にも放射能物質が蓄積され、その放射能物質が汚染された土壌から野菜などの食べ物を作りそ、それを当時の日本人と当時き在留していた外国人達は放射能汚染された食べ物を口の中に入れたことは事実であり疑う余地は全くありません。また、そうした影響により、日本は原爆投下以降から今現在に至るまで約7割以上の日本人と在留外国人の殆どが『癌』などによってで亡くなっていることは例外ではないでしょう!!。また、統計的に長崎より南下にある奄美諸島や沖縄地方には『癌』による死亡率は比較的に少ないことは事実として確認されています。「即ち」としてですが、原爆による被爆者は広島と長崎の問題だけでは無く日本全体が被爆地であり、日本人の殆どは被爆者と言っても過言でないでしょう!!。しかし、被爆地や被爆者が「直接的であるのか?」、また、「間接的であるのか?」の違いになるでしょう!!。当然、広島と長崎は『直接的被爆地』であり、『直接的被爆者』と言えます。それに対し、広島と長崎以外の日本各地接『間接的被爆地』であり、『間接的被爆者』となります。また、被爆自体は『被爆遺伝』として子々孫々へと遺伝されて行くことでしょう!!。また、何よりな問題は、原爆や水爆などの実験を実行したアメリカ・ロシア(旧ソ連)・中国・インド・北朝鮮などの原爆などを保有している国自体も自らの手で自国の地を『被爆地』にしています。また、自国の人間を『被爆者』にしています。それにまた、今現在も広島と長崎に原爆を投下したアメリカは原爆投下を正当化しています。ところで、戦時中当時の日本は広島と長崎に原爆を投下される以前に連合軍の主導国であったアメリカに対して当時の日本政府は何度も『戦争終結』を打診したにも関わらず、アメリカは、その事実を無視し、日本を『完全無条件降服』を前提にして、広島と長崎に原爆を投下したことでしょう!!。最後に、第二次世界大戦中当時のアメリカは原爆自体を日本の何処に投下するのか?は不明のようでした。その原爆投下は原爆搭載機の搭乗員の判断によって広島と長崎に原爆を投下したようです。また、その当時の日本の各主要都市部に原爆の投下を想定として、原爆と実物大の模擬爆弾を投下した事実もあります。今現在に於いて考えるべき問題は原爆や水爆などの核兵器の全面廃絶を全世界から実行することが何よりに思うからです!!。このままにして置くと、何時かは地球上の人類は滅亡し地球自体が崩壊されることでしょう!!。詰まり、「人間の生命は人間の愚かな知識によって滅ぶ」ことを是非とも知り、考え直す必要があるからです!!。

投稿: 間吊田和志輿為 | 2009年8月 9日 (日) 06時15分

昔の時代から「勝てば官軍、負ければ賊軍」の諺があるように、敗戦国となった日本は戦争の『加害国』と言うレッテルを貼られて仕舞いました。しかし、第二次世界大戦以前から当時のアジア諸国に対して、イギリス・フランス・オランダ・旧ソ連・アメリカ等の欧米諸国は植民地支配をしていた時代でもありました。また、当時の日本も明治維新以後に制定された薩摩と長州等の連合政治によって成立された『大日本帝国』は『富国強兵』の肩書きを基本に当時の清国(現中国)とロシア帝国(現ロシア)との戦争に勝利した当時の大日本帝国政府は『軍国主義』への経路を進めて来た歴史があります。これは明くまでも、私個人の推論と持論ではありますが、第二次世界大戦中当時の日本は欧米諸国等に植民地支配されていたアジア諸国を『独立解放』の立場で戦争に踏み切った説もあったことでしょう!!。それは、当時の軍事主導中心の日本政府側の正統性を主張した戦争でもあったとされています。ところで、現在の学校教育の戦後の日本の歴史教育は第二次世界大戦以後の連合国の都合の良い歴史に偽作され、完全的に事実ではありません。例説として、A級戦犯で絞首刑になった東條英機は第二次世界大戦の最中に当時の三国同盟国(ドイツとイタリア)であったナチスドイツから樋口李一郎と言う人物と共に多くのユダヤ人を救出した事実が杉原千畝より以前にありました。また、杉原千畝のユダヤ人の救出に関しても東條英機が当時のリトアニアに救出用の列車を手配した事実があります。しかし、現在のイスラエルの歴史教育の中で東條英機と樋口李一郎の二人は杉原千畝と同様に多くのユダヤ人の生命を救助した英雄として尊敬されています。しかしながら、その事実をA級戦犯と言う戦争責任の第一人者の影響の所為で、その事実を歴史上から抹消されている理由があるのです。以上の歴史を考えると「勝てば官軍、負ければ賊軍」で、戦争に負けた国や人間は『加害国』と『加害者』の立場で裁かれてしまうのです!!。如何にも、『過剰的過失行為』であった原爆投下のアメリカは勝戦国の立場で原爆投下を正当化しているのです!!。それが、今後も継続する限り、原爆や水爆等の核兵器廃絶は曖昧であり、この地球上からは絶対に無く為らないでしょう!!。また、あの『真珠湾攻撃』自体もアメリカの大義名分を謀る為の政治的策略であったことは言う迄もありません!!。

投稿: 間吊田和志輿為 | 2009年8月 9日 (日) 15時29分

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