子連れ出勤のすすめ
足りない、足りないと五月蝿い保育所、託児所。これまでの数多い子育てに関するブログの記事を読んでいただいた人なら理解されていると思うが、私は基本的に託児所や保育所など減らした方がいいと考えるものだ。
私たちの世代から見れば、苦しい苦しいと言いながら、常に真新しい着るものがあり、ブランドのカバンに財布、携帯電話あり、冷暖房機あり、冷蔵庫あり、テレビあり、レストランで食事が出来、回転寿しを子どもにまで頬張らせることができるでは苦しいうちには入らない。私たち世代の一般庶民には、上に書いた物は何一つなかったし、できなかった。格差社会は今に始まったことではない。着るものだって継ぎ接ぎだらけ、おんぼろ長屋に住んで家賃に追い立てられ、それでも生きるための明日食べる食の心配をするのが普通だった。
「はたらけどはたらけど 猶(なお)我が生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」は、代用教員や新聞記者をしながら一家の生活を支え、1912(明治45)年、肺結核を患らい27歳の生涯を終えた石川啄木のうただが、敗戦後の世代にはわが身に沁みて理解できるものだった。
なぜ、乳飲み子や幼い子どもを一時預かりの施設に預けてまで働かなければならないのか。乳飲み子に関する限り、乳房を持たない父親の産休や育休が、子育ての役に立たないこともさんざん書いてきた。参考になるのはアグネス・チャンが疾っくに実践した「子連れ出勤」だ(先駆けて実践した行為には、淡谷のり子や林真理子といった無理解者も現れて批判した)。このことに関しても何度も取り上げて書いてきた。母親のそばにいてこそ乳飲み子の育児は叶うものだ。
それには産院や病院、幾つかのコンビニや企業が手がけており、企業内に託児所や保育所を設置して働く母親による育児の援護をする試みも進んでいるようだ。企業内託児所や保育所の併設を義務化していけば、保育士などの人材は、現在ある一般の施設を減らし、そこから配置していくことで人的資源は充当することも可能だ。参照 勢いがついてきたか、企業内保育所 08/03、どうも変だ「子育て」09/06
また、一方では、遅ればせながら、再び子連れ出勤が話題になろうとしている。
毎日新聞(6/17)から、要約と《》内は私見。
出産で女性が就業を諦め、企業は大切な人材を失う−−−。仕事と育児の両立は女性だけでなく、企業にも大きな課題だ。授乳服メーカー「モーハウス」(本社・茨城県つくば市)の代表取締役、光畑由佳(44)は「子連れで出勤、会社で育児」を社内で実践。5月に「働くママが日本を救う!『子連れ出勤』という就業スタイル」(マイコミ新書)を出版し、子連れ出勤は社会にこそメリットがあると訴えている。
《どうしてもっと早く女性の側から声が出なかったのか不思議だ。兎にも角にも働くためには「子どもが邪魔だ」としか思えない扱いで、足りない足りないと子どもを放り込む所を探しまわる。産んだ子を他人に預けて、これで子どもと親子の愛情交感が維持できると真剣に考えたのだろうか。家庭の愛情が保たれると考えているのだろうか。情操面の健全な育成が可能と思うのだろうか。》
光畑さんが同社を創業したきっかけは、生後1カ月の次女を連れ、電車で友人宅に行く途中だった。おなかをすかせた次女が泣き出し、多くの乗客がいる中で授乳を決行した。感じたのは恥ずかしさよりも、授乳中の母親は自由に外出しにくいという現実だった。授乳服を自分で作って販売しようと、手探りで始めた、という。
《私の子ども時代、母親が人前で乳房を含ませることはどこでも普通に見られる微笑ましい光景であった。私の世代には、その姿は男としては不可能な女性にだけ許された特権として、羨ましいほどの姿に映る。今もそう思う。どこであれ、母親の授乳姿を見掛けることでもあれば、自然に頬が緩むことだろう。》
02年に会社を設立したとき、それまでボランティアで仕事を手伝ってくれた育児中の女性たちをスタッフに迎えたため、自然に子連れ出勤が定着した。託児所を設けるのではなく、母親は乳児を傍において仕事をするのが基本だ。
《どこの企業や職場にも適応できるシステムでないことは分かるが,企業にもできるシステムにすることを企業側、社員側で話し合えば解決策がないはずはないし、託児所の形式をとることも可能だ。》
同社はつくば市にある本社と百貨店内の売り場、東京・青山の店舗の3カ所に勤務先があり、計28人のスタッフのうち子連れ出勤は12人。多くは時給制のパート。出勤日や出社・退社時間は、スタッフの事情と会社側の希望をする合わせて決めることになる。
本社の事務所では、部屋の片隅に2枚のベビー布団が敷かれ、子どもたちが遊んでいる横で、2人の母親がパソコンを打っていた。1歳1カ月の男児を連れた成島優美(26)と、1歳の男児を連れた加藤真理(29)で、ともに昨年9月から子連れ出勤を始めた。週2〜3回、午前9時から午後3時まで事務の仕事をこなしている。
成島さんは「妊娠中から働きたいと思っていた。でも子どもは1日1日成長するので、見守っていたいという思いもあった」。加藤さんは「3歳になるまでは仕事をしないつもりだったが、一緒にいられるのならと応募した。電話中ぐずったらどうしようと思ったが、誰かが相手をしてくれて、みんながお母さんという感じです」と話す。
ー つづく ー
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