野宿者と貧困 - 2 -
少年たちの野宿者襲撃は、82〜83年に横浜で起きた中学生による連続襲撃事件で社会問題となった。不況で野宿者が増えると事件も顕在化する。08年にも東京や名古屋で寝ている人が突然殴られたり、テントへの放火とみられる事件が続いた。12月には福岡で13〜18歳の少年7人が万引きをした生卵を野宿者に投げつけ、暴力行為等処罰法違反容疑で逮捕されている。
「人間の屑だから死んでもいいと思った」「やらないと仲間外れになる」。少年たちの供述からは、野宿者への偏見と、暴力によって自尊感情を取り戻そうとする姿が浮かぶ。「多くは集団で暴力に走る。結果を確かめるため弱者をおとしめる。周囲に同調して自分の存在を確認する。生徒間のいじめと同じです」と野宿問題の授業づくりに取り組む支援団体の生田氏は指摘する。
7年前に授業づくりを始めた生田氏は、学校に講師として招かれることも増えた。それでもなかなか広がらないのは、「教職員に野宿者への偏見があるため」と感じるという。そこで有志が呼びかけ昨年11月、「ホームレス問題の授業づくり全国ネットワーク」を発足させた。教職員や支援者、ジャーナリストら約230人が集まり、メーリングリストで情報や意見を交換している。
▼教室に野宿者を招き話を聞く
▼事件から子どもたちの心を考える
▼支援活動に参加する
など、バラエティーに富む授業例が集まってきた。
教育委員会の取り組みでは川崎市が進んでいる。95〜96年に少年たちが野宿者にロケット花火を撃ち込む事件が相次ぎ、野宿者人権教育の指導事例を作り、全私立校に配布した。夏休みに野宿者と生徒が一緒にトンネルに絵を描いた学校もある。東京都教委も人権教育プログラムで触れているが、「実施するかは各校の判断」で、現状は不明という。全国ネットは今後、行政にも教材づくりや授業の実施を要望していく予定という。
《昨日のブログで書いた、椅子とリゲームの中で誰かが言っている、消えた椅子はどこへ行ったのか? 派遣社員のところ?、外国人が取った?、など。椅子が獲得できなかったことの理由に、被害者意識が先に出てくる。特に外国人?とはひどい。日本人が嫌う仕事をするために、わざわざ日本へやって来た人たちだ。危険、汚い、きつい、帰れない、給料が安いなど、業種によって「3K」の違いはあるが、意識だけは中流の日本人が嫌う職場に、安い労働力として就労してくれる人たちだ。日本人がそのような職場で働いていれば、外国人を呼び寄せる必要はない。特に女性の就職が圧倒的に‘一般事務’の日本人女性の意識が変わらない以上、外国人労働力は一層必要になるだろう。》
《また、野宿者を‘人間の屑’呼ばわりする自身の人間性、付和雷同、烏合の衆の連帯感、そして偏見だ。これは生田氏が指摘するように、本来「愛」を教えなければならない教師の側に存在することが大きな問題だ。》
《ただ、ブログ開設以来ずっと書いてきたように、子どもたちの人間性は、生まれ育った親から学んだ幼いころからの家庭教育が総てだ。高校生になってからではもう遅い。知識で善悪は分かってもそこ止まりだ。言い換えれば、この子たちの親は自分の子どもに、社会へ出るための教育を何一つ教えていなかったと言うことになる。教師も同じだ、偏見だらけの親の下で成長した結果でしかない。》
今日の朝刊に坂本総務長官が5日、総務省の仕事始め式の挨拶で、仕事と住まいを失った派遣労働者らを支援するために東京・日比谷公園に開設されていた「年越し派遣村」に触れ、「本当にまじめに働こうとしている人たちが日比谷公園に集まってきているのかという気もした」と述べた。そのうえで、「(集まった人が)講堂を開けろ、もっといろんな人が出てこいと(言っていたのは)学生紛争の時の戦術、戦略が垣間見えるような気がした」と続けた。
《「年越派遣村」についてはメディアもこぞって同情論一色だが、坂本総務長官の目は、日比谷に集まったのは仕事と住まいを失った者の全員ではないことを見ての発言だ。そこに集まらなかった大多数の人たちにこそ、目は向けられるべきだろう,私の見解もそうだ。》
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