電車でゲーム
06年、4月から本格的なワンセグが開始される直前のころだった。電車内は携帯電話を手にした若者たちが脇目も振らず、前屈みになった姿勢で一心不乱にボタン操作をしている姿が無気味で異様な光景に映っていた。一車輌内に10〜15人はいたろうか。携帯電話の電話機という機能が副次的なものに変化し、ゲームの遊具の中にたまたま電話が掛けられる機能もついている玩具になりつつあった。
それからおよそ2年半、ゲームを楽しむには携帯同様にハンディで、より強力な機能が組み込まれた専用のゲーム機があれば楽しみは倍増する。そこに目を着けたゲーム屋の智恵の結晶が現在大流行の「癒し」や「スキルアップ」ソフトとなった。
春一番の風が吹き荒れた今年2月23日以来都心には出掛けていない。当日はロートレック展に行った日だが、電車内は言うに及ばず、歩きながら携帯をいじり、肘がぶつかっても素知らぬ顔の女性の幾人かのことには触れて書いたが、その時にはまだ車内でゲーム機は見かけなかったと思う。現在、電車内で大勢の人間が黙々とゲームと睨めっこする異様な風景を、当人たちは異様とは感じていない普通のことだが、見慣れていない人間にとっては目にすれば、やはり異様を通り越して無気味だろう。
毎日新聞(10/9)から。東京勤務を始めて半年、地下鉄通勤をしている記者が車内風景をレポートした。
会社帰りの会社員らで込み始めた夕方の地下鉄。乗り込んで来た30歳ぐらいの男性が空席を見つけて腰を下ろし、カバンからゲーム機を取り出し、身を屈め指を動かし出した。隣に座っていた30歳ぐらいの女性が怪訝(けげん)そうな顔で2、3度が面をのぞいた。
周囲を見回すと、向いに座る中年男性も、イヤホーンを耳にはめて両手でゲーム機を握っている。出入り口付近に立つ30代のスーツ姿の女性はピンク色のゲーム機の画面をタッチペンでなぞっていた。車輌を先頭から最後尾まで移動してみたが、どの車輌にも、ゲームをする人がいた。
一昔前には、電車内で漫画を読む大人が増えていると話題になったが、最近は専らゲームだ。若い男性だけではない。半数近くは女性だろう。年齢層は上は50代くらいまでと幅広い。東京・大手町付近の地下鉄車内でゲームをしていた人に聞いてみた。経営コンサルティング会社に勤務する男性(32)がやっていたゲームソフトは「プロ野球チームをつくろう!」。プレーヤーがプロ野球チームのゼネラルマネジャーに就任し、球団経営のための資金調達、球団スタッフの人事、選手の育成など各方面の指揮を執って世界一のチームを目指す。立て続けに商談の予定があるといい、「移動中の暇つぶしにちょうどい」という。
出入り口付近に立ち、一心不乱に指を動かしていた印刷会社勤務の女性(32)は「手持ちぶさただから」と。敵を倒しポイントを稼ぐ対戦型ゲームをしていたが「恥ずかしくて言えない」とタイトルは教えてくれなかった。
次に声を掛けたのは、34歳の主婦。白いカーディガンにベージュのスカート、ゲーム機はあまり似合わない。どんなゲームをやっているのかと聞いたら、ゲームではなく「DS文学全集」だという。1本のソフトに芥川龍之介の「羅生門」をはじめ夏目漱石や小林多喜二などの名作100作が収録されている。この日読んでいたのは、新美南吉の「花のき村と盗人たち」。「100册分の本は持ち歩けないけれど、これならいつでも好きな本が読めます」と。
大手家電メーカー勤務の男性(35)は、「えいご漬け」。イヤホンから聞こえてくる英単語や英文を聞き取り、ゲーム機の画面にタッチペンでつづりを書き込むと採点してくれる。「いい大人が電車内でゲームをするのはさすがに恥ずかしい。英語や漢字の勉強に使っています」とのことだった。
ゲーム情報誌「ファミ通」を発行するエンターブレインの浜村弘一社長によると、携帯型ゲーム機が爆発的にヒットした背景の一つに、ライフスタイルの変化があるという。「携帯電話やインターネットなど情報機器の発達で仕事のスピードアップが要求される時代に、ちょっとした時間にどこででも遊べる携帯型ゲームがフィットした」のだという。
電車内で使われていた携帯型ゲーム機の殆どは、ニンテンドーDS(任天堂)とプレイステーション・ポータブル(PSP、ソニー・コンピューターエンタテインメント)の2機種。
DSは、折り畳み式で付属のタッチペンやマイクを使い誰でも簡単に操作ができるのが特徴だ。04年の発売以来、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(通称・脳トレ)の大ヒットをはじめ、学習系・実用系ソフトが充実。ゲームとは無縁だった高齢者や主婦層の開拓に成功した。9月末までに2348万台以上を売り上げた。電車内でDSをしていた人のほとんどは、これまであまりゲーム経験はなく、ここ1、2年のうちに購入したと話していた。
とはいえ、電車内でゲームをすることには抵抗感を持つ人も少なくない。
出版社で働く女性(34)は、「自宅ではダイエットのカロリー計算ソフトを使っているが、電車ではしたことがない。人前でゲームをするのには違和感があるし、こんなプライベートな姿を人に見せたら終わりだと思う」と語る。また、元大学教授の男性(81)も、「電車内は一人でじっくり物事を考えられる貴重な空間。もっと有効利用すべきだ」と批判的だ。ゲームの内容は昔と大きく変ったが、ゲームに対するイメージは簡単には変らないようだ。
「ゲームは『楽しいから遊ぶ』ものだったが、忙しい大人にとっては『楽しくて役立つ』ことが重要になっている」と浜村社長は語る。最近のソフトの特徴は「癒やし」と「スキルアップ」だという。05年11月の発売以来、9月末までに473万本(エンターブレイン調べ)を売り上げたDSの癒やし系ソフト「おいでよ、どうぶつの森」が面白いと聞き、記者も家電量販店でDS本体(1万6800円)とソフト(4800円)を購入した。
このソフトは、プレーヤーが動物の村に引っ越し、釣りや虫捕りなどをしてのんびり過ごす。アルバイトをしてお金をため、部屋のインテリアを揃えたり、ローンで家の増築もできるそうだ。
深夜、仕事を終えて自宅に帰り、早速電源を入れると、のんびりした音楽が流れて来た。「役場」で住民登録を済ませ、タヌキの店で配達などのアルバイトをしてみた。ゲームに登場してくる住民(動物)と会話ができる。いつも好意的で、誰も怒ったりしない。意地悪もされない。仕事や人間関係で疲れた時には、ついホッとしてしまう。
ゲームをするのはいつも帰宅後の深夜。ゲーム内の時刻は現実の時刻に合わせて変化するため、日中に開催するフリーマーケットなどのイベントは自宅では体験できない。昼間に移動中の電車内でやってみようかと、ゲーム機をバッグに入れて持ち歩いた。車内がすいている時に取り出してみたものの、落ちつかない。2〜3週間持ち歩いたが、やっぱりできなかったという。
《記者が手にした癒やし系と呼ばれるゲーム。動物のむらに引っ越したり、釣りや昆虫捕り、アルバイトをしてお金をためる。ローンで家の増築をする。改めて驚く、現実逃避の何ものでもない。砂上の楼閣を作り上げては現実とのギャップにストレスを溜め、却って消化不良を起すだけだろう。現実から逃げることが癒やしとは驚きだ。動物と会話したり、誰も怒らない社会、意地悪もない、あり得ない世界に逃避することが癒やしになるとは余程世の中を甘えて過ごしている連中だ。私なら蹴飛ばしたくなるロボットの犬や猫に癒やしを求めたりすることは決して心の健全な人間じゃない。電車内の空間は、機械に奉仕するために、逆に言えば機械に支配されるためにあるのではない。これなら目を瞑ったままでヘッドホンから流れる音楽を聞いているか、眠っている方がよほど癒されるのではないだろうか。忙しい時にこそ必要なことは、何も考えず、何もしないでボーッとして頭を休める時間が1番だと思うのだが・・・。
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コメント
小言こうべい 様 お久しぶりです
毎日の更新、本当にすごい事です。
ゲーム機の件、私はインベーダーゲームをゲームセンターで経験してから、やっていません。
満足感が得られないのと、所詮「機械に遊ばれた」と、むなしさだけが後に残るのです。本はやはり紙で読む方がじっくり読めます。
疲れた体に、ゆれる電車内でゲームをして、さらに疲れるのでは?と思ってしまいます。
投稿: minmi33 | 2008年10月14日 (火) 09時09分
minmi33 さま
学校を出て、初めて教師の「勉強しろよ」を痛感しました。
失った時間を取り戻すには、活字を追いかけることでしか埋めることはできませんでした。
通勤電車は格好の教室でした。手当り次第に書物を漁ることで、進む方向を探りましたが、ただ、底は浅く、間口を広げることしかできませんでした。結果は、浅学を恥じるばかりです。
30年ほど前になりますか、ありましたね、インベーダーゲーム。現役時代に昼食後必ず好きなコーヒを飲みに入った喫茶店で、小銭を持ち合わせた時、暇つぶしに何度かしたことがありましたが、ゲームの類いはそれっきりです。
暇つぶし以外には時間を割くものではありませんね。
投稿: 小言こうべい | 2008年10月15日 (水) 17時48分