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2008年9月 9日 (火)

荒川決壊、その時

Dscfmap13(毎日新聞9/9)
 決壊で最悪7500人死亡

《毎日、読売両紙ともにデータの出所は中央防災会議の専門調査会が8日に発表した試算によるものだ。それぞれ社の特徴を出そうとしたのか知れないが、被害場所の抽出差による被災者の集計数に倍の差が出る結果になった。これでは人心を惑わすだけのものに終わるのではないか》。《》内は私見

想定は、埼玉県から東京都を経て東京湾に注ぐ荒川が氾濫した場合の被害をまとめたものだ。墨田区の堤防が決壊して1000年に1回の大規模な洪水が発生した最悪のケースでは、死者数が約7500人に上る。北区の堤防が決壊して200年に1回の洪水が発生した場合、孤立者は24時間後で約51万人と想定した。内閣府は今後、孤立者救助や被害軽減策を検討するという。

想定は基本的に、1947年9月に1000人(読売は1900人)を超える死者を出したカスリーン颱風時並みの規模で200年に1回発生する洪水を対象に実施した。

墨田区の堤防が決壊した場合、住民の非難率を40%とすると、排水施設が稼動しても死者は500人、稼動しなければ約2100人に達する。

埼玉県川口市の堤防が決壊し排水施設が稼動しなかった場合は、24時間後に約116万人が住む地域が浸水する。北区の堤防が決壊した場合の浸水地域は、さいたま市や足立区をはじめ千代田区にも及ぶという。

《早速ある民放は、区の中央に皇居のある千代田区の街なかへ出かけ、想定される浸水の深さ2メートルの位置に印をつけ、地下鉄が当然のこと埋没し、街中が水に浮く様をレポートしていた。》

また、利根川についても、群馬県千代田町で左岸か決壊して1000年に1回の洪水が発生した場合、約18000人が死亡するとの結果になった。茨城県古河市で決壊した場合は同県で1万2000人が死亡、埼玉県大利根町の決壊では埼玉、東京両都県で4500人が死亡するとした。

Dscfmap14(読売新聞9/9)
 荒川決壊 死者最悪3500人

最も死者が多いのは、東京都墨田区の荒川右岸が決壊し,ポンプ場なども稼働せず、住民の避難率がゼロだった場合、江東区では浸水の深さが最大5・6メートルとなり、死者は2200人、墨田区でも600人に上る。避難率が40%の場合でも死者は2100人、これよりも大型で、2005年8月に米国南部を襲ったハリケーン・カトリーナを上回る台風の場合、来襲の確率はカスリーン級よりかなり低いものの、7500人に膨らむとしている。

被災者が最も多いのは埼玉県川口市の荒川左岸が決壊した場合で、さいたま市緑区で浸水が最大6メートルになる。ポンプ場が稼働しないと、24時間後には116万人が影響を受け、1週間たっても浸水は続くとの試算になった。

同会議では今年3月、死者が最悪3800人に上るとの試算を公表した利根川流域についても、カトリーナを上回る台風だと、埼玉県北川辺町や群馬県板倉町などで計1万8000人に上るとした。

《政府のやることはいつもこうだ。これだけの被害が出ると試算したのなら、だからこうする、との考えが全くない。これだけの天災の被害が出ることは覚悟をしておけ、ということか。天災なんだから仕方ない、守りようはないんだと諦観を植え付けようつもりか。

国民が一番欲しい、だから政府はこうして国民を守る、という計画は何もないのか。コンピューターに要因さえ打ち込めば、どのようなパターンだって即座に回答してくれる。被災者の数、流失するであろう家屋、田畑、浸水するであろう街や村、そんな数字を並べるだけでは何の役にもたたない。

宇宙にトイレを作るのに目もくらむような資金を投じるくらいなら、突拍子もないことだが、古(いにしえ)の空中庭園ならぬ高架都市でも建設してみたらどうだ。》

Dkaterin《毎日も読売も想定のカスリーン(当時はキャサリン*と呼んだ)について書いている。1947年9月13日、鳥島の南西約600キロの地点で強力な颱風が発生した。キャサリンは北上を続け、15から16日にかけて関東地方を直撃し、死者・行方不明1930人、負傷者1547人、家屋の損壊9298戸、田畑の流失・埋没1万2927ヘクタールの大災害をもたらした。(写真はドラム缶の筏で往来する被災者:東京・葛飾区)朝日新聞週刊20世紀:1947年号より

 * 敗戦2年目の占領下にあった当時の日本では、占領軍が呼びなれている欧米風の女性名が付けられた。アルファベットのAから始まり、順に名付けられて行った。さしずめキャサリンのKはAから数えて11番目、今でいう台風11号となる。》


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