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2008年5月30日 (金)

福田首相、全面禁止を指示(クラスター規制、ダブリン会議)

一昨日、もどかしさに“この期に及んで”じたばたする日本の代表のことを書いた。世界の趨勢がクラスター爆弾の全面禁止に動く中、日本はこのままでは米国への配慮から、なんとかクラスター爆弾の保有を正当化しようとする立場を捨て切れないままで、会議の終了を迎えただろう。その結果日本は、国際的にも孤立することになるところであった。

しかし、何があっても他人ごととも評される福田首相が23日、条約賛成への政治決断を行ない、関係各省庁に前向きの対応を指示した。首相が同意を決断したのは、英仏独などの主要国が相次いで首脳の政治決断で条約案受け入れを表明したことが大きい。政府は条約案への具体的な賛否を明らかにしていなかったが、首相の意向を受け人道問題の観点から29日、クラスター爆弾を事実上即時全面禁止する条約案について、同意する方針を決めた。

政府筋は29日夜、「オスロ.プロセスに参加していない米国との調整もついた」と語り、ダブリン会議に出席している日本首席代表中根猛・外務省軍縮不拡散・科学部長(大使)にも受け入れ表明を指示したことを明らかにした。

以下、毎日新聞(5/20〜5/30日)から要約
それ以前、20日には河野洋平・衆院議長が毎日新聞のインタビューに答え、「首相は、近隣諸国やアジアを大事にした外交で、カラーを出しているが、クラスター爆弾の問題に取り組むことで『日本は変った』と見られ、国際的にも福田カラーが認められるのではないか。福田首相に期待しており、唯一の被爆国として、この問題をリードすべきだ。日本の外交に頑張ってほしい。外務省は『外交によって平和を維持する』との気概を持って欲しい」

「米同時多発テロ後、力で抑えつけようとする動きが世界各地で広がり、ナショナリズムが高まっているのを危惧する。私は子どもの頃、米軍の爆撃を受け逃げ回った。戦地経験がある人が国会にいなくなった今、戦争を知る私たちの世代が軍縮に向け取り組まなければならない」と。

23日には、公明党の浜四津代表代行が首相を訪れ、全面禁止に向けてのリーダーシップを求めたのに対し、「もう一歩踏み込んだ対応が必要。お任せいただきたい」と述べ、条約賛成への政治決断の可能性を示唆していた。また同じ日、民主党幹事長・鳩山由紀夫は毎日新聞に一文を寄せ、曖昧な立場ではなく、「平和の大切さを本当に痛切に感じるのであれば、福田首相はもっと明確なメッセージを出すべきだ。オスロ・プロセスでは日本の主張を堂々と述べ、平和に貢献してほしい。米国による攻撃的武器としてのクラスター爆弾の使用を否定しにくいから中途半端な言動になる。日米安保に縛られた曖昧な態度は決して国際社会に評価されない」と述べている。

26日には、ローマ法王ベネディクト16世が、不発弾が市民を無差別に殺傷しているクラスター爆弾について、「死の兵器」と批判し、08年中の禁止条約締結を目指す軍縮交渉「オスロ・プロセス」の成功を祈ると語った。法王は、クラスター爆弾の不発弾が子どもを中心に市民を殺傷したこれまでの歴史について「過去の過ちを改め、将来繰り返さないようにしなければならない」と付け加えた。

19日のダブリン会議に先立ち米国高官は不発率改善を意味する「新方針」を示唆し、会議を牽制していた。独自の改善策をとるポーズを示し、条約締結への勢いを削ごうとする意図が見て取れた。条約案は加盟国に対し、非加盟国がクラスター爆弾を使った場合に協力することを禁じている。当然日本はこれを問題視した。米国などオスロ・プロセスに参加していない国との共同作戦に支障が出るため、見直しを求める考えだった。

これに対し、ブラウン英首相が21日、見直しを指示した。「オスロ・プロセス」が事実上の全面禁止へと流れを強めていることから、いち早く対応したと見られる。英国は当初、不発弾の比較的多い「改良型」爆弾を維持しようとする日本やフィンランドなどに同調していたが、少数派に転落したため孤立を回避した。

フランスにおいても国際世論の高まりを受け、フランス政府は軍が保有するクラスター爆弾の9割強にあたる旧型爆弾の実戦配備を即時停止することを決め、26日、ダブリンで開催中の「オスロ・プロセス」会議で、仏国防相・外相の共同声明を発表した。

この時点ではまだ日本は、英国などと「非加盟国との共同作戦を可能にすることが条約加盟の必須条件になる」などと強く主張していた。

27日、非加盟国のロシア国防省のブジンスキー国際協力局次長が「われわれはクラスター爆弾と対人地雷の全面禁止に反対だ」と述べ、クラスター爆弾禁止へ向けた国際的な動きに反対するロシアの姿勢を改めて示した。同局次長は「これらの兵器を改良し発展させることに賛成だ」と述べた。

英独仏など主要国はオスロ・プロセスが始まった昨年の段階では全面禁止に強い難色を示していた。しかし、英国はブラウン首相が英軍が保有するクラスター爆弾の見直しを発表し、さらに28日、全廃を政治指導で決断した。オスロ・プロセスのダブリン会議が28日、合意した背景には、クラスター爆弾を持つ主要先進国が実際に被害を受けている途上国や中堅国の意向に配慮。不発弾による市民への被害を防ぐ人道的配慮を最優先に、小異を捨てて合意を最優先した事情がある。

ドイツは日本と足並みを揃えて、禁止までの猶予期間の設定を求め、認められなかった。しかし、条約案には不満を残しながらもやはり人道的な配慮を優先し、「この条約案を受け入れる」と表明。これら欧州主要国の政治主導の合意決断に比べ、日本が曖昧な態度に終始したのは会議で際立っていた。ドイツは29日、ダブリン会議が事実上の即時・全面禁止の条約案で合意したことを受け、条約の内容を発効前に前倒し実施することを決めた。条約で禁止対象になっている現有のクラスター爆弾をすべて即時使用停止し、順次廃棄を始める。他国にも追随するよう呼びかけている。

《福田首相の決断がほんの数日早ければ、名をあげる絶好の機会であったろうに、後塵を拝することで終わったが、クラスター爆弾全面禁止の同意は日本の国際的孤立を回避することになった。首相は7月の北海道サミット(主要国首脳会議)議長国として、指導力をアピールしてくれることを期待しよう。》

ダブリンの現地では、日本がクラスター爆弾の即時全面禁止をうたう条約案に同意する方針を決めたことを受け、交渉を推進してきた有志国や非政府組織(NGO)の関係者は29日、「非常に喜ばしい動きだ」と相次いで歓迎した。

ダブリン会議のダヒー・オキャリ議長(アイルランド)は29日、同紙の取材に「とても素晴らしいニュースだ」と歓迎した。対人地雷禁止条約締結に尽力し、ノーベル平和賞を受賞したジョディ・ウィリアムズさんは「とても驚いた。日本がそこまで動くとは思いもよらなかった」と述べた。別のNGO幹部の一人は「後ろ向きな主張を打ち出すことも多かった日本が立場を変えた意味は大きい」と評価した。

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2008年5月29日 (木)

無惨!! 高松塚古墳壁画

愚かな20世紀の人間に見つかったために、深い眠りを醒まされた上に、見るも無惨な姿に貶められる結果になってしまった飛鳥の美女たち。

ページを繰って開いた途端、あまりの惨(むご)たらしさに息が、そして胸が詰まった。毎日新聞5月28日2ページに亙るカラー写真(07年4月解体直後の撮影)だ。限られた人間たちだけが密室の出入りが許されているうちに、世間の汚れとともに石室の中まで汚濁に巻き込んでいった。発見された当時(72年)の華やかさは見る陰もなく失せ、黒カビに埋もれて、描かれた当時(7世紀末〜8世紀始め)の色彩を想像させてくれた見事な色は、探そうにも見い出すこともできなくなった。

31日から一般公開されることで、紙上お披露目となったようだが、6月8日までの9カ間、余りの無惨さに高ぶる感情で、例え地の利があったとしても見に行くことを躊躇したくなる。

壁画修理を統括している、東京文化財研究所保存修復科学センターの川野辺渉・副センター長は、
 ○壁画の状態は。
 解体(4〜8月まで)後、半年ほどかけて乾燥させた影響で、石の水分量は急速に変化した。漆喰の状態は、全体的に安定していが、現地では暗くて分からなかった部分で劣化が進んでいるところもある。壁面の大部分でゲル状物質(カビや細菌、酵母などの混合物)に覆われているほか、西壁女子群像の一部では、漆喰が裏側から浸蝕され、壁面に陥没が起こっているという。

 ○汚れの除去は可能か。
 黒いカビは取れるもの取れないものとがある。一方、ゲル状物質は、乾燥によって膜が固く張り、壁画を痛める恐れが出てきた。水分を与えても、現在の技術では完全には取り除けない。そのため、薬剤を使って化学反応を起し、ゲル状物質の分子を断ち切る実験などを繰り返している。

 ○壁画修理には約10年かかるという。今後のスケジュールは。
2011年ごろまでに天井と余白部分のクリーニングを終えられればと思っている。その間に、使用する薬剤が壁画の顔料に支障がないことが確かめられれば、13年ごろからの絵のある部分の修理を始められるだろう。15年ごろには、壁画の強化措置を終えたいと思う。その先は、壁画をどこでどのように保存していくかによって、修理の仕上げが変って来る。

《何とも情けないスケジュールだこと。られれば、られれば、られるだろう、そして最後には と思う、それでも最後には、修理の仕上げが変って来る、と来る。》

 ○修理の課題は。
試行錯誤の連続で、実験は余白部分を使って進めている。どこまできれいにしたら良いのか具体的な基準はない。実験でうまくいっても、実際には絵の上でやってみないとわからない。今、無理をするより、将来の人や技術に委ねる方が良い結果が出ることもある。無理せず地道に続けて、壁画に負担が少ない方法で、みんなが持っている壁画のイメージに近づけることができたら、と思う、と語った。

《現時点で決断して、対処したとしても、結果おかしなことになって責任を取らされるのはご免だ、とも聞こえる。そのうちには時間が過ぎてくれる、次の人がやってくれるだろう、と。

日本には、まだ宮内庁管轄下の天皇陵墓とされる対象がいくつもある。考古学会協会や古代史研究家など、学術調査を望んでいるが、例えば未盗掘とされる大阪堺市の仁徳天皇陵(大山古墳)に、調査隊が入ったとして、高松塚と同様のものが発見された場合、同じ過ちを繰り返す恐れが多分にある。そこでまた、られれば、られれば、・・・を繰り返すようでは困る。それよりは、当分の間陵墓或いは古墳には、一切、立ち入りを禁止するとした方が安全だろうとさえ思う。》

 

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2008年5月28日 (水)

この期に及んでも、クラスター規制・ダブリン会議

 アイルランドのダブリンで開かれている「オスロ・プロセス」のダブリン会議では、世界の趨勢は、いかに高性能であっても一般市民に被害を及ぼすクラスター爆弾を「悪い」殺人兵器として、全面禁止に動こうとしている中、日本は従来の格段に性能が落ちることの分かっているクラスター爆弾でも、保持している以上は「良い」殺人兵器として全面廃止には応じられない立場を主張しているようだ。

毎日新聞(5/28)から <要約>
不発弾が市民に被害を出しているクラスター爆弾の禁止条約づくりを進める軍縮交渉「オスロ・プロセス」のダブリン会議で、ダヒー・オキャリ議長(アイルランド)は27日、これまでの交渉結果を受けた議長案を28日午前(日本時間同日夕)に提出すると表明した。不発率が極めて低い「最新型」の一部だけを例外とする事実上の「全面禁止」案になる模様だ。議長案が最終的な条約案に近いものになるとみられる。

交渉の中で、これまで「例外なしの全面禁止」を主張してきた約40のアフリカ諸国が27日までに、限定的例外を認める姿勢に転換したためだ。格段に不発率の高い「改良型」の堅持に固執する日本は、その「改良型」を含めた幅広い例外を認めるよう主張してきたが、同調する国はほとんどなく、少数派となって会議での存在感を失っている。

外務省軍縮不拡散・科学部の中根猛部長(大使:交渉責任者)は、「オスロ・プロセス」が不発率の極めて低い「最新型」だけを除いて事実上「全面禁止」する案でまとまりつつある点について、「流れができているからといって、一気に動くことはできない」と毎日新聞との会見で語った。

中根部長は「改良型」について「ひとくくりにダメだとする議論には乗れない」とし「最新型」だけを例外とする主流派の見解について「(日本の)現有のものはすべて廃棄することになり、費用はかさむ。一気に代替整備するのは現実的に難しい」。仮に予算があっても「費用があれば代替(兵器)に乗るという単純な話ではない」とし、「安全保障上の議論を捨てるわけにいかない」と述べ、防衛上の懸念も理由に上げた。

《日本はこの期に及んでも、安全保障がらみで大国の傘の下に隠れ、自国民の上に降り注ぐことになるかも知れない極めて不発率の高いクラスター爆弾を、全面禁止にすることに踏み切ることをしない。仮想敵とする北朝鮮の、空からの攻撃を第一段階防ぎ切れなかった場合、海上からの攻撃に、このあやふやなクラスター爆弾を使用して国土の防衛に当ることになるだろう。現在国内に迎撃基地を配備中だが、そこから打ち出すクラスター爆弾は雨霰となって日本国民の頭上に降り注ぐことになる。

国民の命よりも、危険な爆弾の廃棄費用がかさむことを心配する外務省の役人に、国防に絡む大事な会議を任せておいてもいいものだろうか。ダブリン会議で条約案が採択されても署名は今年12月の予定で、中根は「束縛されるわけではない。署名まで時間はある」と発言。まだまだ、のらりくらりを続けるつもりのようだ。》

政府は国会でクラスター爆弾の整備費用は陸上・航空自衛隊で計276億円と答弁している。防衛上の秘密から保有数は公表していないが、空自が持つ最も不発率が高い「旧式」だけで砲弾数で数千個と推定されている。ほかに「改良型」も保有し、「最新型」はない。

また、日英独などは、代替兵器購入までの防衛力維持に空白を生じさせないようにするためとして「使用禁止発効までの猶予期間」を設けるよう主張してきた。だが、これには被害国を中心に「人道被害への早急な対処が必要だというオスロ・プロセスの精神に反する」との批判が強く、議長案にも入らない公算が大きくなっている。

各国は28日から、議長案に基づいて、30日の条約案採択へ向けた最終調整を始める。被害者支援や不発弾除去といった条項についてはほぼ合意ができているが、交渉筋は「定義や共同作戦などは、どうしても意見の食い違いが残る」と話し、ギリギリまで調整が続くという見方を示した。

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2008年5月27日 (火)

男性の育児休業  - 3 -

毎日新聞(5/27)から
 厚生労働省は、現行では「原則1回、子どもが1歳まで」となっている育児休業について、複数回に分割してとることができるよう制度改正する方針を固めた。

0・5%(05年度)と極めて低水準にとどまっている男性の育休取得率を引き上げるのが主な狙いということのようだ。複数回取得に併せ、取得できる期間の延長も検討しているようだ。

育休は92年の育児休業法(現在は育児・介護休業法)で男女とも制度化された。だが、女性の取得率が7割を超えているのに対し、男性は取得率が低いばかりでなく、取得しても、1週間や10日程度の短期のケースが目立っている。これでは男性の育児参加に限界があり、少子化対策としても効果が望めない。厚労省が目標とする男性の育休取得率10%(14年度)の達成もおぼつかない。

さらに妻側は出産前後のほか、自分が職場復帰する時期などにも夫の育休取得への期待が大きいこともあり、複数回取得が必要と判断した、という。

具体的には、夫が妻の産後8週間以内に一度育休を取れば、職場復帰後も再取得を認める。父母両方が取得する場合のみ、育休取得期間を半年など一定期間延長する、などが検討されている。

有識者らによる厚労省の研究会が6月にもまとめる報告書に、こうした内容を盛り込む見込みだ。同省は来年の通常国会にも改正案を提出したい考えだ。厚労省は「男女ともに育児と仕事を両立できるようにするため、各企業にも少し我慢してほしい」としている。

《どんなに政府が笛を吹こうが、本来、育児は女性の役割であったことと無関係ではない。まして、女性の進出が目覚ましいとはいえ、企業の多くは今でも男性が中心で動いていることもいなめない。これまでにも幾度となく触れてきたが、1年未満の乳幼児は乳房のない男の育児では役に立たない。2月14日のブログでスウェーデンの夫婦の子育てについて記したが、私が、男性の育児参加の仕方として推す夫婦の姿がそこにある。

妻は14カ月間の育児休業を取り、夫が13カ月の時から引き継いで5カ月間の育児休業を取得した。その夫は、その期間の育児について「エキサイティングだった。世界観が変った」とまで話している。

日本の考えは、妻の仕事復帰に都合悪いから夫も子育てに協力しろ、ということのようだ。その妻の仕事復帰を出産何ヶ月後とみているのだろうか。少なくともスウェーデンの女性の例のように、14〜15ヶ月後あたりとするならいい。幼児は伝い歩きも、自力での歩きもし始めているであろう。この時期こそ妻から夫への育児の引き継ぎのときだ。

それよりも早い母親の仕事復帰は乳飲み子から乳房を取り上げ、母親のぬくもりを取り上げることになると考える。乳房は赤ちゃんに授乳させるために母親だけに授かったものだ。仕事復帰は子育てよりも優先させるものではない。

しかし、現実には最近の風潮では出産間近(2、3日)まで働き、産後早ければ1ヶ月で職場復帰など、とんでもない母親から、産後3ヶ月から5、6ヶ月などざらにいるようだ。産んだ子はそそくさと他人に預けて銭稼ぎに励む。それで都合悪いから男性よ、子育てを手伝え、でいいのだろうか。それに、ちょこちょこ休暇を取る部下がいて、日常の仕事が滞った経験を持ったことのない、人余りの職場のお役人たちの考えで、育休の仕組みを考えられても困る問題だ。

男性の育児休業をあれこれ考えるよりも、その以前に母と子の密着性を高める企業内保育所こそもっともっと充実させ、設置の義務化を図るべきだと考える。》

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2008年5月26日 (月)

親は無関心、子どもの携帯

国際電気通信連合(ITU=International Telecommunication Union 本部はスイスのジュネーブ)のまとめによると、世界の携帯電話契約台数は07年末で33億台を突破、人口に占める普及率は49パーセントに達したことが24日までに分かった。アフリカやアジアでの市場拡大が全体を押し上げた。この2年間にインドだけで1億5400万台、中国で1億4300万台が増えたという。(毎日新聞 5/25)

18日に、ブログで小中学生の子どもたちの携帯に対する親や保護者の無関心ぶりを取り上げたばかりだ。26日、同紙がその親を対象に、フィルタリング事業のネットスター社(東京都渋谷区)が意識調査をした実態を特集している。親は子どものネット利用状況を把握しているつもりなのに、実態はかけ離れていることが分かった。

調査は3月、小中学生の親2000人にネットで行なわれた。それによると、8割の親が、子どものインターネット利用について「把握している」と回答した。子どもが利用しているサイトは「ゲーム」「子ども向けポータルサイト」などが多かった。

一方、トラブルが起こる危険性があるブログや掲示板、プロフィールサイト(プロフ)など、コミュニケーション系サイトは
 「子どもは使っていないようだ」と答えた親が67・6%
 「しているようだ」は24・4%
 「わからない」と答えた親は7・9%いた。

ところが、昨年7月の同社の調査では、中3女子の62・2%が自分のコミュニケーション系サイトを持っており、実際の利用状況を把握していないことが浮き彫りになった。

《現実、今の親たちは、わが子の監督責任については殆ど無関心な放任状態のままでいるか、保護監督下にある幼い子どもたちに関して、親として立ち入らなければならない部分にまで、プライベートという言葉の枷に尻込みして、踏み込んだ教育をようしないでいる。保護者として携帯の中身は見る権利も必要もあることを、親の庇護下にある子どもに解らせることもしていない。親の庇護下で生活する半人前の子どもには、保護者である親との間に個人情報も秘密も存在することはない。》

一方、親が携帯電話からインターネットを利用する時間は「利用しない」も含め1日30分未満が9割に上っている。ブログ、掲示板を開設している親も少なく、ネットを使いこなしている子どもに対して、きちんと教えるのは難しそうだ。

また、携帯電話から好ましくないサイトへのアクセスを制限する「フィルタリング」も、「見聞きしたことがない」「知らない」は、合わせて5割に上った。携帯電話会社は青少年がトラブルに巻き込まれないようフィルタリングの強化を打ち出しているが、親の関心は薄い。誤って理解しているケースも多く、同社では「正確に理解されていないケースがある」と懸念している。

《親の無関心はひどすぎる。電話は私の若い頃でも各家庭に1台の普及もしていなかった。市外電話をかけるには電話会社や郵便局まで出かけ、いちいち申し込みをし、長時間待ってやっと話すことができる時代があった。各家庭に黒電話が行き渡るのも第2次世界大戦が終わって10年も20年も経過してからであった。せいぜい今から40年ほど前の話だ。それに、あっても1家に1台が普通であった。

年頃の男女、特に女性はかかって来る電話を親に先に取リ上げられたり、親の耳を気にしてひそひそと語らなければならなかった時代だった。通常の電話の場合でも、受け答えの言葉の使い方など、マナーを学ぶことができる媒体でもあった。携帯電話の個人単位の普及はそれら家族のつながりや、コミュニケーションを失わせ、子どもたちは親の目の届かない閉じられたところに隠れてしまった。

同じく、バンダイ(東京都台東区)が2月に小学生の子を持つ親を対象に実施した調査では、小学生の22%が自部用の携帯電話を持っており、学年が上がるごとに保有率は高まり、6年生になると34%に達した。男女別では女児の全学年平均27・8%に対し、男児は16・0%にとどまった。

ここでも親が子どもの携帯の利用に対しての見方は「メール」が71・1%、「ゲーム」が20・6%、「写真を撮る」13・7%、「お気に入りサイトを見る」が2・5%と、ひと通りは理解しているつもりでいるようだ。

しかし、日本PTA全国協議会の仕様者を対照したアンケートになると、「深夜でも構わずメールのやり取りをしてしまう」が小5で11%、中2で51%もおり、「メールの返信がないととても不安になる」は小5で18%、中2が24%もいる。親の目の届かないところでの使用頻度はかなり高いとみなければならない。中2では有害サイトへのアクセスも3%がしている実態がわかった。

いずれにしても親の無関心が子どもの健全な成長を歪めている。幼い子の携帯の使用に関しては、親はもっと厳しく関わるべきだ。いや、それよりは繰り返し述べてきているように、小中学生に携帯は不要なものだ。持たさないことが最善の策になる。》

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2008年5月25日 (日)

A級戦犯、靖国から東郷神社へ引っ越しとなるか

 妙な話になってきた。昨年話題になった昭和天皇が1978年以後、靖国神社参拝をしなくなったことについて、東條や板垣などA級戦犯の合祀に対する不快感があったことを、昭和天皇最後の侍従であった卜部日記が裏付けていることで、それまで持ち上がっていた分祀、或いは別の国立祭祀かの論議は沈静化したと思っていたが、ひょんな所からまたまた復活する気配が見えてきた。

毎日新聞(5/25)から <要約>
 現在、靖国で眠っているA級戦犯を、旧海軍ゆかりの東郷神社*(東京都渋谷区)に分祀すべきだ。と、東郷神社前宮司の松橋暉男氏が来月出版する著書「幻の揮毫」(毎日ワンズ)で、神社関係者では異例の提言を行うという。

全国8万神社をまとめる神社本庁は「分祀は神道の教義上できない」との見解をとっているが、傘下の有力神社の「A級戦犯受け入れ」表明は、分祀論議に拍車を掛けそうだ。

 * 東郷神社 - 日露戦争の日本海海戦で勝利した連合艦隊司令長官の東郷平八郎元帥を軍神として祀る。戦前、靖国神社と同格の別格官幤社に列せられることが決まっていたが、1945年に空襲で本殿が焼失したため、取りやめになった。現在、崇敬会「東郷会」の名誉会長は旧皇族の東久邇信彦氏。

《1945年に本殿が消失するまで、靖国神社と同格の別格官幤社と見なされていた東郷神社ということは、名前が靖国から東郷へ変わるだけで、本質的には軍神として引っ越すことだ。戦犯が軍神では可笑しかろう。》

松橋の書は、A級戦犯合祀が中国などの反発を招いた問題は、首相参拝が行われなくても解決しないと指摘。論争が収まった「今こそ真剣に取り組むべき」と訴えている。そのために、東郷神社境内の「海の宮」にA級戦犯を合祀するよう提唱。神社本庁などの主張通り靖国神社に「御霊」が残っても、東郷神社に「移った」と見なして「ご遺族は心置きなく新しい座にお参りすることができる」ようになるとしている。中国などにも「誠意ある対応をしたことになる。靖国参拝のカードは有効でなくなる」ため、外交問題を沈静化できるという。

《勝手な思惑だ。松橋という宮司、こんなお為ごかしで誠意がある対応と考えるのだろうか。中国へのごまかしのために移ってもらおう、というだけのことではないか。遺族が心置きなく焼香できるだって? それが望みなら、遺族がそれぞれ自分たちの「家の墓」に引き取るほうが、余程心置きなく花も供えられるだろうし、線香もくゆらせることができるだろう。それも毎日だって可能なことに。

一方、死ね、と命じられて命を捨てた多くの兵士の遺族たちが、神のままで別宅さながらに引っ越すA級戦犯たちを許すとでも思っているのだろうか。それに多くの国民は、東條や板垣たちA級戦犯を神とは思ってもいないことを知るべきだ。戦争の痛みを抱えたまま生きている人たちはまだまだ数多く存命なのだ。それら遺族たちには戦争はまだ終わってもいないんだ。》

松崎は「私は靖国神社に代わる新たな国立追悼施設建設には反対の立場で、神社本庁と一致している。後任の東郷神社現宮司も私の考えをわかってくれると思う」と話していいる。

松崎は小泉元首相の参拝が問題になった05年にも分祀論を試みたが、神社本庁から「発言を慎むように」と注意され断念したという。07年4月に名誉宮司に退き、提言に踏み切った。旧知の南部利昭・靖国神社宮司にも分祀の必要性を説いているという。分祀論は、日本遺族会の古賀誠会長も賛同。遺族会は07年5月に検討の勉強会を設けている。

《どこに持って行こうが、A級戦犯を神のままにしておいては問題の解決にはならない。靖国神社とも東郷神社とも関係のないのがA級戦犯たちだ。分祀の必要もない。おのおのの先祖代々の墓が一番安眠できる場所だろう。》

分祀から外し「家」の墓に 06/04/11
分祀でなく、出てもらえばよい 06/08/04

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2008年5月24日 (土)

女子高生の制服に変化が

《女子高生といえばすぐに思いつくのは、ばさばさの乞食髪に、尻の見え隠れするてんでバラバラの短いスカートと、あのだらしない靴下。文字どおりルーズなソックス姿だ。どこですれ違ってもみっともない上に卑猥そのものだ。季節感もまったくなく、下はスースーのまま寒い冬には首だけは真贋混じりのバーバリーをぐるぐる。本来は男物のブランドであったが、女子高生が首に巻くようになってから、男はみっともなくて使用できなくなった。》

今春、札幌市の中学校が女子全員の制服をスラックスに統一した。スカートとの選択制を採用する学校が少しずつ増える中、夏の一時期を除いた、ほぼ「完全義務化」に踏み切ったのは全国でも初めてと見られる。女子のスラックス制服は広がるのだろうか。(毎日新聞 5/23)

札幌市立南が丘中は、今春入学の女子からスラックス制服の着用を義務づけた。スカートは夏期の約3カ月半のみ認めた。最大の目的は「健康管理」。冬の女子の登下校スタイルは素足にソックスか、短かめのスカートの下にジャージーを履く「はにわルック」が定番。佐々木穣教頭は「本当は寒いのに我慢する姿は悲惨。はにわルックはみっともなかった」と説明する。アンケートでは「足が冷えずいい」「動きやすい」「暑い」など賛否両論が寄せられたが、おおむね好評だったという。

冬期(11〜3月)限定で義務化したのは新潟県立久比岐高(上越市)。06年4月の開校当初からだ。小林勝也教頭は「海風が強い地域性の上、選択制では定着しないと判断したようだ」と説明する。当初、一部生徒が「ダサい(格好悪い)」などと反発し、駅でスカートにはき替える女子も現れたが、今は受け入れられている」という。

昭和女子大付属昭和高(東京都世田谷区)は7年前、制服を一新したのを機に、正装のブレザーとスカートに加え、スラックスを選べるようにした。英国メーカーの特注品だが、全生徒630人のうち、スラックス派は1割にも満たないようだ。

時々、スラックスをはく女生徒(3年)は「私生活もズボンが多いし、動きやすく違和感はないが、校外で行き交う人に『男女どちら?』と注目されることが多い」。2年生のスカート派の1人は「スラックスは動きやすい」と利点を認めながらも「女子の制服=スカートのイメージは強い。この格好ができるのは今しかない」と力説する。会川恵志教諭は「選べることが一番大事。機能性の高いスラックスも選択肢の一つ」と話す。

《『男女どちら?』と聞かれた女生徒の話はよく理解できる。最近の若年男性のユニセックス風の風采には戸惑う大人は多い。若者向けの雑誌の表紙を飾るおとこの子たち、女の子と変らない乞食髪に化粧はどこから見ても男女の区別がつかない。》

イラストレーターで制服研究家の森伸之(47)は「防寒や防犯対策の他、ジェンダー(性差)をなくす目的で採用する学校も多い」と分析する。「着る人が増えるかは疑問だ。スラックスは着る人の体型を選び、スカート派大勢の中で抵抗もある」と定着に悲観的だ。

《明治の和服に長い袴に革靴、髪にはリボンの女学生から、洋服に替わり昭和の女学生たちは、敗戦まではセーラー服にスカート、髪はおかっぱか三つ編みがお決まりの定番だった。そしてとても清楚だった。その女性のスカートをジェンダーの対象に捉えるのはばかげている。女性が女性らしくて何がいけないのか、悪いのか。(女性らしさとは一体何か?のややこしい話はここではしないでおく)。

現在の女子高生たちの、だらしない風俗とも言える卑猥な短いスカートだからジェンダーの対象になる。男性の劣情を目覚めさせるような性そのものの風采だ。だから現実に犯罪が発生もし、防犯対策などの項目がスラックスの必要要因として挙がって来るのだ。》

スラックス制服はどのくらい広まっているのか。制服生産量日本一の尾崎商事(岡山市)の平尾周二・開発本部マーケティング部長は「納入先約1万校のうち、導入は数十校程度」と話す。採用が増え始めたのはここ5、6年で、雪国を中心に大阪など関西でも多いという。「やめる学校はなく、徐々に広がるのではないか」と見ているようだ。

《スラックスでも悪くはないが、尻が見え隠れするようないかがわしく短いスカートだから、卑猥な猥褻物もどきになる。加えて汚らしく額や頬にかかる不揃いのざんばら髪(毎日洗髪をしていも、決して清潔には見えない)、剃り上げた眉、どう見ても清潔な女子高生には見えないのが実情だ。

校則でどこまで身なりを整えられるか一律化することは難しいが、必ずしもスラックスにすることはないだろう。日本人のように短足人種には、スカートの方がよく似合う。必要以上に短くすることはない、若々しく清潔に見えるだけでいい。》

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2008年5月23日 (金)

カプセルトイ誤飲事故判決

Dscliliy13Dsclily15 二色咲き 
 すかし百合
 (ロリーポップ)
 花言葉:希望

 今年2月、東京地裁で9年前の割り箸事故の判決があった。綿菓子の棒が4歳の男児の喉に刺さって死亡した事故だが、判決は、病院と医師に対する賠償を求めた両親の訴えを棄却するものだった。

今回の鹿児島県の事件も6年前の事故だ。02年8月、世間ではガチャガチャなどと呼ばれている玩具入りのカプセル(直径40ミリ)を男児が鹿児島市の自宅で誤飲し、喉に詰まらせ約30分後に除去したが、低酸素状態などによる脳障害で自力で身体を動かせない重度の障害を負った。男児(当時2歳10ヶ月)の両親らが、製造物責任法(PL法)に基づき、製造元のバンダイナムコゲームス(東京都)に約1億800万円の損害賠償を求めた訴訟で、鹿児島地裁(高野裕裁判長)は20日、同社に約2626万円の支払いを命じた。同裁判長は「安全性を欠いていた」と構造上の欠陥を認定した。

同社は、日本玩具協会作成の安全基準が3歳未満対象の場合に直径31・8ミリ以上と規定していることを挙げたが、同裁判長は「カプセルは、3歳未満の幼児がおもちゃとして使用することが通常予見された」述べ、「事故防止には基準の直径では不十分」と指摘した。

玩具の大きさを定めた業界団体の基準見直しを迫る判決となったが、原告側弁護士も驚いたように、玩具の誤飲でメーカーに製造物責任を認める判決は異例だという。弁護士が驚くのも無理はない、裁判長が口にし、語るに落ちた「幼児がおもちゃとして使用することが通常予見された」は、メーカー側への説明ではなく、保護者である両親への説諭でなければならない。子どもを育てたことがあれば誰でも恐い思いをしているであろう。幼児は畳の上であろうと、床の上であろうと、手当り次第に何でも手にし、口に入れようとする。親なら幼児には格好の口に入れると思われるカプセルを、手の届く所に放っておいたり、親が見ないところで持たせて遊ばせる事が最初から間違っている。この事故も先の「割り箸事故」と同じ、親の監督責任、事故防止の注意義務を果たさなかったことが原因だ。

メーカーが言うように、基準と比べてもその直径は安全係数を26%も大きくして製造されている。メーカーにはミスはないと言っていい。まして07年、1年間に作られたカプセルの数は1400万個もあって、1998年の発売以来(単純に×10ではないが)膨大な数の中で事故は今回のただ1件だけだ。弁護士さえまさかの棚からぼた餅の判決であったろう。

まさしく教育の場で流行しているモンスター・ペアレントもどきだ。鹿児島地裁も幼児が絡むことで萎縮して温情判決とならざるを得なかったのだろう。親の責任7割、メーカーの責任3割の2626万円とした。これからは正月、高齢者が餅を喉に詰まらせて死亡する事故は、餅を搗いたメーカーが賠償命令を下されることになるのか。バンダイナムコゲームスも泣き寝入りすることはない。「判決文をよく読んだ上で控訴するかどうか、検討する」ことになるようだ。

この程度の裁判でいいのなら、国民参加の裁判員制度も案外楽なものかも知れない。

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2008年5月22日 (木)

新しい道路交通法 6月スタート

▼自動車に関して
イ)6月1日から、これまで「努力義務」であった後部座席のシートベルトが「義務」化される。要するに、ベルトを「着用するのが望ましい」だったものが、「着用しないければならない」になったということだ。罰則は当面、高速道路や自動車専用道のみだが、違反者には行政処分1点が科される。

ロ)高齢者・聴覚障害者のマーク表示義務
 ♦75歳以上の高齢運転者の車輌に「高齢運転者標識」と、聴覚障害者が車を運転する際の「聴覚障害者」マーク(デザイン試案)の表示義務化。

これまでは高齢者表示マークは70歳以上が対象で、「努力義務」だったため、表示しなくても罰則はなかった。しかし、高齢ドライバーの続発する事故のため「義務」となったものだ。ただし、義務化の対象は75歳以上だとなる。70〜75歳までは従来どおり「努力義務」となる。

 ♦聴覚障害者マークは今回新規にできる。免許取得条件の緩和によるもので、これまで重度の聴覚障害者は免許が取得できなかったが、ワイドミラーなどの装着を条件に、「聴覚障害者」マークの表示を義務化することで免許を取得することが可能になった。

 <高齢者マークと同じで、聴覚障害者マークを表示する車輌に対する‘幅寄せ’や‘割り込み’も禁止される。聴覚障害者へのクラクションは使えないぶん、周囲のドラーバーは車間距離などを考えた対応が必要になって来る。>

なお、高齢者マークも聴覚障害者マークも、表示義務に違反した場合は行政処分1点と、普通自動車の場合は反則金4000円が科される。

これに対し、75歳以上の運転者からの行政処分に対する反対意見が強く、警視庁は20日、施行から1年間の違反取り締りは口頭での指導にとどめるよう全国の警察に通達をだした。道庁は違反取り締りまでに一定の周知期間が必要と判断したという。20日の自民党役員連絡会や総務会では、もみじマーク(高齢運転者標識)表示の義務づけに不満が続出。市川一朗参院議員が「後期高齢者医療制度と同じように高齢者に批判を浴びかねない」と懸念を示した。警察庁方針は自民党内の声に迅速に対応した面もあるとみられる。(毎日新聞 5/21)

2005年9月30日、73歳の時、運転適性講習会(高齢者講習)を経験した。コンピューターとの睨めっこが殆どのテストだが、その時点では30〜59歳との平均値比較で劣っている項目は1つもなかった。すべてコンピューター操作による適性では同じか、上回っていた。それ以降も実際の運転に不便を感じたことは1度もない。しかし、今年7月の車検を最後に免許証の返納を考えている。次の車検までには80歳直前の高齢となる。行動範囲が一気に狭くなるが、そんなに動き回ることもあるまい、と思う。

昨日、今まで表示していなかった‘もみじ’マーク(わたしはずっと‘枯葉’マークだと本気で思っていた)を100円ショップで2枚購入してきた。現物を手にした途端に5歳も10歳も年老いた気分になった。2、3日後には妻の買い物の運転手を勤めることになるのだが、さて、この「枯葉」いや、もみじ、車輌の前後につけるものかどうか、思案投げ首でいる。

▼自転車について
 これも道路、子どもとの3人乗りなど未整備のままで突入することになるが、子どもや高齢者を除き、自転車は車道走行が原則となる。自転車というが、馬もリヤカーも人力車もすべて軽車輌だ。車輌である以上これらは皆左側通行しなければならない。しかし、自転車だけは指定された自転車歩行者道(自転車通行可の標識がある歩道=自歩道)を通ることができる。ところが近年、自転車が無秩序に歩道を走行するようになって、対歩行者の事故がここ10年で4・5倍(1997:2007年、633:2856件)に増加した。

今回の改正道交法では、13歳未満の幼児・児童と70歳以上の高齢者、身体障害者、車道などの交通状況から自転車の通行の安全を確保するためにやむを得ない場合に限り自転車での歩道の通行を認め、それ以外は自歩道を除き、原則どおり車道を通行することを明確化する。

一部の自治体では、6歳未満の幼児を幼児用座席に座らせ、もう1人を背負えば3人乗りを認めているが、大半の自治体は禁止している。これも反対意見が強く、警察庁はふらつかない自転車を開発できれば認める方針に変更した。また、保護者には6歳未満の児童や幼児には自転車乗車中にはヘルメット着用の努力義務が科されることになった。これについては罰則はない。

また、これら以外には携帯電話での通話、ヘッドホンで音楽を聴きながらの運転を規則によって禁止している自治体もある。夜間の無灯火は5万円以下の罰金、酒酔い運転は5年以下の懲役または100万円以下の罰金となることもある。

携帯やヘッドホンに無灯火などは、通常に見かける風景だ。規則が出来たからってそうたやすく守られることはないだろう。日本人の勝手気侭や自分本意の考え方は、今や骨身に染みついている性格とも言えるほどだから。

そうなれば今後、自転車が車道を走るケースが増える。自動車は車道を走る自転車に配慮する運転が求められる。自転車を歩道に追い出すようになっては歩行者は安全に歩道も歩けなくなる。

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2008年5月21日 (水)

300日問題の家族、法相と面会

毎日新聞(5/20)から 要約
 民法の規定により戸籍がない子どもの親らが、問題解決を訴える要望書を提出するために20日、鳩山法務大臣と面会した。面会は、離婚後妊娠に限り「現夫の子」の届けを認めるとする法務省通達による出生届の受付を行なってから、21日で1年が経過したことから、家族側の要望で実現したものだ。

法を法とも思わず、離婚後6カ月(300日)を経過しないうちに夫以外の男との間に不義の子をなし、なぜそうなったかの理由の大半は、前夫の暴力、酒乱と並べ立てる。世間は「おお〜可哀相に」で同情が集まる。「生まれた子には罪はないのに」と、法を犯した肉欲の罪はどこかへ飛んで行ってしまう。不義、不倫、浮気は性モラルの乱れた今の世の流れだから仕方ない、としての上でだ。

昨年民法の見直しで離婚後300日を100日に短縮する案も検討はされたが、実現とはならなかった。昨年4月、『離婚後の再婚禁止期間6カ月は短縮いたしません』を書いた。これに今年4月25日にコメントがついた。私が妊娠期間を10月10日と書いたことに、昔はそう言われていたが現代医学では月経周期が計算基礎になっていて280日だ、とご指摘を下さった。それに続いて別人からコメントが4月28日に来た。人の尻馬に乗ってしか物が言えない古賀なる阿呆からだ。「この記事を書いている人は本当に阿呆だ」と一言だけ。それはそれでいいのだが、私が言い続けて(ブログ内には300日問題だけでも20〜25記事、関連記事を含めると40記事はある)来たことは、310日でも280日でもどちらでも構わないことだ。私が言いたいことの本質ではない。

『離婚』とは法的な婚姻関係を解消することだ。どんなに長期間でも別居ではない。離婚後6カ月の再婚禁止期間があって、310日後、いや指摘を下さった280日であっても構わない。禁止期間の180日プラス妊娠期間280日ということは、最短(早産は話が別)でも出産は離婚後460日後でなければならないのだ。検討された禁止期間100日の場合でも最短380日となる。要は、婚姻関係における法律上の義務である貞操の義務(法の遵守義務)を破らずに、どうして300日以内に出産などあり得るのか。

民法733条第1項を、女性にだけしいる差別と云々する人もいるが、問題は性差別の問題ではない。妊娠期間が基になっていて、再婚禁止6カ月というのは、生まれた子の父の特定に混乱が生じることを見越して練り上げた、明治の先人の知恵の結晶とも言えるのだ。

「愛する人の子どもが欲しい、新しい家庭を築き上げたいと思ったのになぜ、という感じ」とは無戸籍児の母の言だ。どう思おうと勝手だ。だからといって、離婚する前に夫以外の男との性交渉は姦通、不義密通であり、今風に言えば不倫となるのだ。不倫を愛と言う名で飾り立てる風潮がはびこっているが、法律ではそうは巧く行かない。無戸籍児となって困った挙げ句が今の騒動だ。「子どもには罪はない、子どもが可哀相だ」と。結果、法律がいけない、法律を変えろ、と騒ぎはじめる。

法相は「論点がたくさんある問題だが、子どもを中心に考えないといけないことは分かっている」と問題への理解を示したということだ。

また、兵庫県内に住む女性(27)が無戸籍のまま6月に出産を控えている問題で、「地方自治体にとっても大きな問題」として救済の拡大を求める井戸敏三知事の要望書が提出された。

彼女の場合、27歳で結婚するまで自分が無戸籍児であることを母親から知らされていなかった。この母親の無責任さは一体何だろう。前夫との離婚の73日後に再婚した父親との間に生まれた子だが、当然離婚後300日以内の出産で、「前夫の子と推認」され27歳の女性は無戸籍だ。

彼女は07年に、小学校時代の同級生と知り合い同年夏、家族だけで式を挙げている。婚姻届を出す予定の前日になって初めて母親から無戸籍を告げられた。同棲(事実婚)とならざるを得なかったが、出産を控えて不安となり、今月に入って無戸籍児家族の会に相談を持ちかけたという。

親子二代に亙る無戸籍児となるが、6月にうまれる子が無戸籍ならその次の子も無戸籍児となる。どこまでも繰り返されることになる。婚姻届を出す段になって打ち開けられては為す術もない。

私たちの世代には、履歴書には本籍地は勿論、身上書欄に家族構成、続柄、各人の職業などの記入などのほか、何かにつけて戸籍抄本(必要に応じては戸籍謄本)の提出があり、自分の出自についてはそれで知る機会が多々あった。この女性の母親は、どうして27年間も娘に説明責任を果さずに逃れていたのか。ここでも「離婚」「再婚」の言葉が軽々しく使われているが、いずれも法律の上での離婚でもないし、再婚でもない。

彼女は地元自治体にも相談したが、当然のことながら「母親の戸籍がなければ、子どもの出生届は受理できない」との対応だった。

法務省は民事局は「無戸籍となった人が出産する例は今まで聞いたことがない。どうすべきか今後検討したい」と話している。

無戸籍児を抱えて法律を変えろと騒いでいる女性とその相手の男性たち、或いは今、離婚前に夫以外の男性との間に子づくりしている女性たち、この27歳の女性が味わうように、わが子を悲しい目に逢わせないように。現在、厳然としてある法、「離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子」であることを知った上で、法のもとでの離婚、再婚の道を選んでほしい。

参照 「772条」見直しをこそ見直しを 07/12/17
   

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2008年5月19日 (月)

オスロ・プロセス

毎日新聞(5/19)から要約、《》内は私見
 不発弾が市民に被害を与えているクラスター爆弾について、年内の禁止条約締結を目指す軍縮交渉「オスロ・プロセス*」が今日、19日から、アイルランド・ダブリンで最終の会議が開かれた。条約案についての対立案は、多数決で決めることから、30日までの会期内に条約案で合意する可能性が高まっている。

 * オスロ・プロセス — 08年中のクラスター爆弾禁止条約締結を目指す軍縮交渉。同爆弾について、米露中が参加する特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)締約国会議で禁止議論が停滞したことから、ノルウェーなど有志国と非政府組織が07年に始めた。参加国は100カ国以上になる。

同プロセスの会議は5回目。08年中の禁止条約締結をうたうウェリントン宣言(2月)に署名した日本**や英独仏、ノルウェー、オーストリアなど約120カ国が参加する。条約案で合意した上で、12月上旬、オスロで署名式を開く予定になっている。

《 ** 日本の署名までには大国アメリカの傘の下で、のらりくらりの紆余曲折があった。経過については2、3月のブログで詳しく書いた。“踏み絵”を踏めるか日本(クラスター禁止条約)クラスター爆弾規制 米が英独加に警告

これまでの会議では、同爆弾を全面禁止にするか、一部の高性能爆弾を除く部分禁止にするか、各国の対立があった。初日に採択される予定の議事規則に全会一致で合意できない場合は、投票により「3分の2以上の賛成で決める」と定めている。最終的に投票になれば、軍縮交渉で投票で決着が図られるのは珍しいことになる。

米露やイスラエルなど同爆弾を大量に保有する国はオスロ・プロセスには参加していないが、同プロセスに国連加盟国の6割を超える国が加盟すれば、非加盟国も簡単には同爆弾は使えなくなる「歯止め効果」が出て来る。地雷については、対人地雷禁止条約が99年に発効した後、米国など主要な保有国は地雷を使えなくなっている。

米国は、「(市街地での使用など)国際人道法に反する使用法が民間人の被害を生んでいる。兵器自体が悪いわけではない」と爆弾の堅持を主張して来た。

《どこかで聞いたことのある詭弁だ。そう、アメリカ国内での銃所持禁止に関する反対意見だ。「人が殺すのではない、銃が殺すのだ」の論法だ。》

オスロ・プロセスが順調に進み始め、条約案合意が目前の折、米国への国際的圧力が高まるのを意識した「改善」へのポーズを見せて、牽制せざるを得なくなった。そこで、米国は「新たな対策」として巨費を投じて「人道的な視点で、新たな方針、新たな方法を開発している」(米国務省高官)と不発に終わる危険性の高いクラスター爆弾への対策に取り組んでいる姿勢を強調することになった。

この高官の発言は、米国が独自の改善策に取り組む姿勢を見せ、オスロ・プロセスを牽制する狙いがあるものだ。高官は「国防総省は方針の見直しを行なっている」と強調。「市民をより一層保護するため(不発率の)目標にどうすれば早く辿りつけるかを検討している」と述べた。

米国防総省は01年1月、「05年以降に製造するクラスター爆弾の不発率は1%以下とする」との規定を定めている。高官は、この規定を指摘して、不発率1%以下という「目標」を目指した対策を進めていることを示唆した。また、「進歩は完成していない。時間と資金が必要だ」とも述べ、時間や資金面で課題があることを明らかにした。

《根本的に考え方が狂っている。オスロ・プロセスでは爆弾そのものの使用を禁止しよう、との考えに対し、米国はあくまでも高性能(不発率1%以下)爆弾だったら許されるとの考えだ。》

英独仏などオスロ・プロセスに参加する主要国は、一部の例外を除いてクラスター爆弾を禁止することに大筋合意している。しかし、米国は軍事的有効性を強調、同プロセスに参加せず、規制に慎重な姿勢を維持している。

米国防総省が議会に提出した報告書(04年)によると、陸軍だけでもクラスター爆弾約400万発(子爆弾6億個)を保有している。その9割以上が不発率の高い(3〜16%)旧型爆弾だ。

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2008年5月18日 (日)

もどかしい小・中学生の携帯対策

昨日今日始まったことではない小・中学生の携帯がもとの犯罪被害、売買春騒動にいじめなど。何時まで経ってもデータを集めてその量を増やすだけで、そこから起因する現実には一向に対策らしき手が打てないでいる。

毎日新聞(5/18)から
 政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)は17日、東京都内で開いた会合で、6月初めにまとめる報告書に小・中学生の携帯電話の使用制限を盛り込む方針で一致した。報告書は小・中学生に極力、携帯電話を持たせないよう保護者らに促す一方で、所持する場合には法規制をかける内容となる見通しで、今後、論議を呼びそうだ。

町村信孝官房長官は会合で「携帯を使った犯罪に子どもが巻き込まれている以上、規制の検討も必要だ」と明言した。出席者からは携帯電話所持に否定的な意見が相次いだ。

《このような規制発言には必ず反対する意見が出る。しかし、現実は強い規制をかけてでも臨まないと、モラルやマナーを云々していて犯罪が減少するとも、いじめがなくなるとも、アダルト絡みの犯罪が減るとも思えない。そこには親たちの子どもや携帯への無関心や無知、メーカーの誇張した宣伝に迷わされている携帯に対してのかいかぶりがある。盛り沢山に機能が積み込まれていれば、どれか、何か役にたつような錯覚を覚える。だが、中身は子どもたちの興味を引く余計なものばかりで、親、保護者が頼みとする犯罪予防機能などはまるで役には立たないおまけ品のようなものだ。機能が安全パイになって却って不用心になることがまるで理解できていない。》

こうした意見を踏まえ、報告書には
1)小・中学生に携帯電話を持たせない
2)機能を通話と居場所確認に限定する
3)有害サイトへの閲覧制限を法的に義務付ける
などの内容が盛り込まれる見通しだ。

ただ、1)に関しては、実効性が問題視されており、2)の携帯電話は商品開発が進んでいない。3)には「表現の自由」との関係で異論がある、・・《と腰の引けたコメントを付けるだけだ。》

《1)の実行性については持たせないことが大前提となるが、親がどこまで理解できるかだ。子どもの玩具なら携帯でなくても幾らでもある。携帯は使用すれば料金がかかる。親に頼らせず、子どもたちが小遣いの中から使用料金を100パーセント支払うことを約束させれば、余計な使用を幾らかは制限させられるだろう。また、誰も持たなければ「友だちが持っているから」は持つ理由として言えなくなる。2)は携帯ではなく、独立した居場所確認のできるGPS機能のチップのようなものは簡単に作ることが可能だろう。ランドセルや帽子、洋服など、どこにでも埋め込みは可能だ。携帯でなくてはならない必要性はない。メーカーが「通話と居場所だけの携帯の商品開発が進んでいない」との懸念は全くナンセンスだ。どれくらい前から携帯を巡る問題が取り上げられて来たのか。その気になればメーカーが作ることなどいと容易しいことだったはずだ。作らなかったのは企業としてうま味がなかったからに他ならない。5日に取り上げた『20ドル携帯が登場』のように通話だけでいいのだから、ごちゃごちゃと付属している機能をすっかり取り除けば簡単に作れるのだ。3)の問題は多少時間をかけて議論するのもいい。思春期の男女がお互いの異性に興味を抱くのはある意味健全でもあるからだ。》

会合では携帯電話・PHS4社の担当者が、有害サイトへの接続を制限するフィルタリングサービスを説明したが、町村氏は「携帯会社に任せず規制を考えることも大切だ」と、法規制の必要性を強調した。

小・中学生の携帯電話使用にはGPSの居場所確認機能を念頭に「安全・安心の視点から普及している」との肯定的な意見もあり、法規制実現は難航も予想されるという。

《携帯電話がいざという時、ほんとうに役に立つと考えているのだろうか。犯罪を犯そうとする人間は、突発的でない限り、用意周到に携帯が役立たないように対象から切り離すことを計画するはずだ。それよりは位置確認端末を携帯から独立させた方が、極小化することも可能になり、いいに決まってる。あれこれ考えることよりも、要は、小・中学生には携帯を持たさないことが、何よりも子どもを守る早道となることを解ってほしいと思う。》

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2008年5月17日 (土)

舞鶴の高1少女殺人事件

Maiduru「若狭湾」福井県から京都府にかけて日本海に深く入り込んだ大規模なリアス式海岸。湾内には、東の越前岬側から敦賀湾、美浜湾、小浜湾、舞鶴湾、宮津湾と支湾が連なる。
舞鶴湾は中舞鶴を挟んで西舞鶴と東舞鶴(地図中赤丸印)を併せた舞鶴市に面している。事件の起きたのはその東舞鶴。東舞鶴は“岸壁の母”の歌で知られるようになった北方からの引き揚げ船が着岸した平桟橋のある町だ。

小学1年1学期の終了を待って姫路から、父の転勤先になった西舞鶴(1番深く入り込んだ位置)に移り住み、昭和29年秋に東京へ出るまでのほぼ16年間を過ごした。今回の事件の彼女(15歳・小杉美穂)が在籍していた東舞鶴高校浮島分校の「浮島」という名前には若い頃の想い出がある。

西舞鶴にも3館あったが、邦画の2館とアメリカ映画が多く上映されていた1館、そして1997年に閉館したと聞く「浮島劇場」という松竹系の洋画専門の映画館が東舞鶴の浮島にあった。『火の接吻』(フランス・1949)、シュニッツラーの『輪舞』(同1950)、ストリンドベリの『令嬢ジュリー』(スウェーデン・1951)など、そして、ヒラリーとテンジンが初めて登頂に成功した『エベレスト登頂』(英・1953)は上京の直前にこの映画館で観ていた。西舞鶴の自宅から東舞鶴の浮島の映画館までおよそ8キロあった。都会のロードショウが終わってから、山陰の町にも1月ほど遅れてやって来た。高校に映画同好会を立ち上げ、めぼしい映画を見るためにしばしばバスを乗り継いで出掛けたものだ。彼女が通っていた浮島分校はこの映画館の跡地近辺にできた高校のようだ。

引き揚げ船以来、メディアに舞鶴の名前が出て来ることはそうあることではない。今春、異常気象の際、30℃を超えた時、気象予報士がその名を口にした時くらいだ。それが事件のあった5月6日の翌日から、毎日毎日繰り返し繰り返し新聞には文字が踊り、テレビは舞鶴の名前を連呼する。いい加減五月蝿いことだ。一時でも住んだことのある町だ、両親の墓も九州から今はこの町にある。他県に誇れることで名前が知れるのは喜ばしいことだが、夜中にうろついて殺されるような女のことで名前が出るのはちっとも望まない。こんなことで舞鶴のことを書きたくなかった。

まるまる偏見で言うことになるが、彼女はやはり母親と二人だけの父親がいない家庭だった。中学校から不登校気味で、今年高校生になってからも学校にはろくに出席せず、過去にはしばしば家出人捜索願いが出されるような生活をしていた。6日も夕食を母親と済ませ、母親が寝静まるのを待って深夜になってこっそりと抜け出しているのだ。事件が発生してから10日以上が経過して、当夜のことも朧げながら分かってきた。彼女が呼び出したのか、男に呼び出されたのか、見知らぬ男と夜の町で知り合ったのかは不明だが、防犯カメラで本人と断定された彼女は、並んで歩くほどに男とは近づきになっていた様子がどうやら見えて来た。

事件現場では争っていたことが確認されているが、現場から回収された持ち物のカバンやサンダルは、果して、夜中に出歩く15歳の少女の持ちものに相応しいものだろうか。ピンサロのお姉ちゃんの持ち物と見紛うようなカバンにサンダルだ。この格好で深夜の町を出歩いていては男欲しさに見えてもおかしくはない。男が拾ってくれるのを待つ身のようだ。自ら狼の中に泳ぎ出たもおなじようなものだ。そして起こった事件は自業自得としか言いようがない結果になった。起こるべくして起こった事件だ。決して同情する気はない。

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2008年5月16日 (金)

ちょっとした話

《一昨日、『子ども部屋』を取り上げて、家族団欒の有りようを考えてみた。》
♦今日16日、東京都国分寺に住む高校生・北村くん(17)が、「僕の家」を“部屋も喜怒哀楽も共有”のタイトルで毎日新聞・読者欄に投稿している。短い文章は、歳のわりに幼いが、それだけに思いのたけは十分に汲み取れる、全文を書き写す。

僕の家には個人用の部屋はなく、どこも家族6人の部屋です。しかし、その分家族とのかかわりが多く、特に食事の時は楽しいです。妹はかわいい話をし、父はおやじギャクの連発で、母はいつも大笑いをし、家族は深いつながりがあります。苦しいことや楽しいことは、皆で共有し、励まし合っています。

最近、世間では暗い犯罪が多く起こっています。その理由の一つとして、家族のかかわりが減ったことにあると思います。家族との会話が減ったり、食事の時は皆ばらばらであったり、家に帰ると自分の部屋に閉じこもったりしていると思います。そのようなことで罪を犯してしまった人は、自分たちの苦しみ、悩みを誰にも打ち明けられず、その矛先を犯罪に向けたのだと思います。

まず、どこの家庭も家族でかかわる機会を多くし、仲を深めていくことで、家族がより好きになるでしょうし、同時に良い社会を作っていくことができるのではないでしょうか。

《恵まれた家庭だと思う。朝・昼・晩の食事の時間までは分からないが、現在では自営業でもない限り、両親も揃ってともにテーブルを囲むことができる家庭は、そう多くはないだろう。サラリーマン家庭で彼の家族を想定してみれば、独立した部屋が有る無しに拘わらず、妹と二人だけの食事をすることになるのが普通だろう。いや、妹はお兄ちゃんと一緒の食事はしたがらないか、食べないかになるだろう。

4人のあと残る二人は祖父母かきょうだいか。短い文章なので書き切れなかったのだろうが、蚊帳の外、のようだ。ただ、彼が思いを馳せる犯罪に走る人への思いには理解できる一面はある。》

♦首都圏のマンションが売れない
 不動産経済研究所が15日発表した4月の首都圏の新築マンション発売戸数は、前年同月比29・7%減の2875戸となり、4月としては93年以来15年ぶりに3000戸を割った。前年同月比の減少は8カ月連続となる。地価と建築費の上昇による発売価格の値上がり傾向が背景にある。

《以前、ブログで触れたが、家庭環境、家族環境からみればマンションが売れないことで核家族化に多少でも歯止めが掛けられるのなら、喜ばしい傾向だと思う。先に上げた高校生の「家庭、家族」への思いが、彼が長じてもなお、伴侶との新生活に“ババア抜き”にこだわらない女性を見つけられるかどうか。その時点でマンション(とは限らないが)が不要の思いのままでいてくれるよう願いたいものだ。報道はマンションが売れないことを価格の面で捉えているが、そればかりではない。05年11月に発覚した姉歯建築士の耐震構造計算書の擬装問題で、マンションに対する信用失墜がコストパフォーマンス(対費用効果)に大きく起因していることは明らかだ。》

一戸当たりの平均価格は同14・9%上昇の5344万円で、17カ月連続で上がった。売れ行きを示す契約率は同11・2ポイント低下の63・1%で、好調の目安となる70%を9カ月連続で下回った。地域別では、神奈川県の発売戸数が同53・9%減と大幅にダウンした。同研究所は「価格は下がる気配はまだ見えてこない」としている。

《古いマンションの建て替え以上には、今後新築マンションの需要は望めなくなるだろう。少子化、出生率の伸び悩みは、必然的に人口減となってますますマンションの必要性を失う。》

♦はびこるゲーム機
ゲーム機を持っていない小学5年生はわずか4・8%。日本PTA全国協議会が15日発表した「子どもとメディアに関する意識調査」で、ゲーム機の所持率が小中学生とも昨年より上がったことが分かった。全国の小5と中学2年生、その保護者計9600人に、テレビや携帯電話、ゲームとのかかわりを尋ね、7172人(回収率75%)から回答を得た。

ゲーム機を持たない小5は昨年の6・8%から2ポイント減り、中2も12・3%から9・2%に減った。小5がよく遊ぶソフトは、格闘などのアクションゲームが最も多く30・9%、次にロールプレイングゲーム28・4%だった。性的表現があるアダルトゲームで「よく遊ぶ」と答えた小5の子も2・5%いた。

携帯電話では、中2の16・2%が「日に51通以上メールする」と答え、「深夜でもメールのやりとりをしてしまう」が51・4%、「親の知らないメル友がたくさんいる」も34・9%に上った。

中2の保護者が見せたくないと感じるテレビ番組は、5年連続で「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)が1位だった。同じく小5の保護者の1位は「クレヨンしんちゃん」(同)だった。

《相変わらずデータを集めることだけが協議会の仕事のようだ。調査の結果をどう活かしているのか、さっぱり分からない。ゲームにしろ携帯にしろ、親はもっと深く子には関わるべきだ。ある日突然変わり果てたわが子を見て驚かずに済むためにもだ。一昨日も触れた。子ども部屋からテレビを取り上げても、携帯もあればゲームまであっては遊ぶには少しも困らない。》

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2008年5月15日 (木)

「心の病」休職急増

 6割以上の企業に心を病んで休職している社員がいることが、財団法人「労務行政研究所」(矢田敏雄理事長)の調査結果で分かった。3年前の調査に比べ10%以上増えている。企業の人員削減が進んだ00年代前半以後の好景気で個人の仕事が増え、心のダメージを与えている現状が浮き彫りになった。(毎日新聞 5/12から)

《「心の病」。何ともお優しい言葉遣いだろう。幼い頃から我慢することを知らず、甘えられるだけ甘えて育てられた世代には、少しでも仕事が厳しくなると、我慢が身についていない坊ちゃんやお嬢ちゃんたちだ、直ぐに会社をお休みになるようだ。》

 調査は今年1〜3月実施。上場企業を中心に4168社を対象とし、250社(約6%)から回答を得た。《6%が企業の総意かどうか疑わしいが。》
 鬱病など心の病で一カ月以上休職している社員がいるかの問いでは
  「いる」・・62・7%(05年50・9%)
企業規模別では1000人以上の企業では93・2%が「いる」と回答した。休職者の平均は9・5人で前回より5人増えた。

「特に増加している年代は」との質問に対しては、
 「30代」・・51・9%(前回39・6%)
 「20代」・・41・2%(前回27・6%)
 「40代」・・19・1%(前回18・7%)
などで、若年層での増加が目立つ傾向となった。

 同研究所は「若年層の増加は、人数が少ないところに好景気で仕事量が更に増えていることが原因と見られる。長時間労働も増える傾向にあり心が悲鳴をあげている」と話す。

《団塊世代、その前の日本経済復興に働いた100時間残業が普通の世代に比べ、調査対象の若い世代は、食糧にも恵まれて身体だけは立派になったが、お優しい親や保護者の庇護下で苦労知らずに育っては、我慢することもできず、ちょっとしたことで挫折する。マスコミは「心の病」なんて頭撫で撫でして甘やかしてやるような子どもじみた表現を使うが、さしずめ我々世代からみれば、かれらの休職は、気のたるんだ、ただの怠け病にしか映らない。》

 一方、心の問題で医師のカウンセリングや、長時間労働者に休職を取らせるなどの対策を取っている企業は8割を超え、従業員1000人以上の企業では98・9%になり、企業が事態を深刻に受け止めている現状も分かった。

休職者が完全に職場復帰をした割合の調査では、
 「半分程度」が22・5%で最も多く、
 「7〜8割」が21・5%
 「9割以上」が20・4%など復帰できるケースが多かった。

《このように、会社を休めば癒される程度のものだ、たった6%のデータで大騒ぎをし、日本の企業の全体を推し量ることは早計ではなかろうか。》

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2008年5月14日 (水)

子ども部屋

麻生太郎風にいえば、日本に原子爆弾が落ちて戦争に負けたお陰で、アメリカから曲がりなりにも民主主義という名の生活様式があることを教えられ、学んだ。

アメリカ映画で見る家屋や家庭での暮らしぶりは、軍国少年で育ってきた身にはすべてがカルチャーショックだった。その頃までの日本の家屋といえば、空襲による火災の延焼を防ぐために取り壊した家は、家ごと綱を巻き、隣組み*の力を併せて‘よいしょ’と曳けば、簡単に曳き倒すことの可能な木と紙(障子・襖など)と泥(壁や塀)で拵えたものだった。

 * 当時の地域共同体の最少単位の向う三軒両隣りが、幾つか集まって作る組織を言った。
 参照 1940(昭和15)年 05/12/7

 通常の暮らしの日本人の家屋には、今のようなリビングに当る部屋など設けられていなかった。家の中で比較的大きな部屋を利用して家族が揃って茶卓を囲み、食事をする場所が家庭の団欒の場になっていた。現在テレビや映画で見るように、部屋ごとの仕切りはその殆どは薄い紙の障子か襖(ふふま)だった。当時、日本の家族は兵役で留守の父親や兄ら男性はいず、老いた祖父母や、母親を中心にどこの家庭も子どもは3人から5人程度はいたが、みんな工夫してそれぞれ寝場所を確保していた。

 それに比べ、アメリカ映画の中での彼らの家は、広く青々とした芝生の庭があり、子どもたちにはそれぞれ部屋が与えられ、夜になると両親にはお休みの挨拶にキスを交わして自分達の部屋に入って行くのを見た。子どもたちはそれぞれに自分達の部屋を与えられているんだ、との思いは驚きと同時に生活水準の違いをまざまざと知ることになった。だが、彼らの家族生活の中心がリビングにあることは、それまでの日本の家庭の茶卓の周りにあるものとそれほど違いのあるものではないことを徐々に知ることになるが、子供部屋がある生活は、その後の日本家屋の設計の柱ともなることになる。

 その頃個人主義という言葉が魅力的に聞こえだしていた。「本来は国家や社会の権威に対して個人の権利と自由を尊重することを主張する立場だ。或いは共同体や国家、民族、家の重要性の根拠を個人の尊厳に求め、その権利と義務の発生原理を説く思想」(Wikipediaから)だが、現在の日本では勝手気侭に権利だけを主張し、義務を置き忘れた利己主義の世相に繋がる歪んだものになった。家々に設計されて置かれた子供部屋は、閉じられた場所になり、プライベートは過剰に切り離されたプライバシーを主張する空間となって家族間の断絶さえ生じさせるものに変質して行った。

 我が家の長男にも専用の部屋を与えたが、鍵は設置しなかった。親の保護監督下にある間は何時でも親が自由に出入りできるようにした。仕事人間だった私が部屋への出入りは1度もなかったが、妻は「出入りご免」だったようだ。さて、前置きが長くなった。

【閑話休題】
 毎日新聞(5/11)が子ども部屋について、どのように考えたらいいのかを取り上げている。(《》内は私見)

8、9割の家庭にある子ども部屋。しかし、どんな部屋を与えたらいいのか、そもそも必要なのか、と悩む親は多い。さて、どう考えたらいいのだろう。

埼玉県の涌井康江さん(37)の10歳になる長女の3階の部屋には扉をつけていない。さらに、子ども部屋とリビングを仕切る壁には長方形(0・6Χ1・7メートル)の窓もある。位置が高いので中は見えないようにしているが、足音や机を片付ける物音は聞こえる。何をしているか大まかに見当がつく仕組みだ。

 「自分で責任を持てるよう、専用の部屋は与えたい」「中で何をしているか全く分からないのは困る」。相反する二つの気持ちから生まれたものだ。設計した建築士の岡部千里は「子どもを監視はしないが、気配は感じられるようにした」と説明する。

文部科学省の02年調査では、子ども部屋のある家庭はきょうだいの共有も含め、小4で8割、中2では9割超。だが、子どもが個室に引きこもることなどを心配する親は多い。

既婚女性392人を対象にした、住宅メーカーのフィアスホームカンパニーのアンケート(07年)で、子どもを部屋にこもらせないために「工夫している」「今後工夫したい」と答えた女性は合わせて80%に上った。

かつて、子ども部屋の評価は高かった。幼稚園や保育園の設計も手掛け、子ども部屋事情に詳しい手塚山大学の北浦かほる教授によると、日本で子ども用の個室が一般的になったのは戦後。《前置きですでに触れた。》「良い子になる」などと好意的に受け止められ、狭くても部屋を確保する家庭が多かったという。《すべてアメリカの上辺の物真似であったこと、効果や理由は後からついてきたものだ。》

意識の変化は70年代後半。家庭内暴力や非行が目立つようになり、子ども部屋を原因の一つと看做し、「子ども部屋は非行の巣」などの指摘も聞かれた。この頃から、リビングに子ども部屋に通じる階段をつけるなど、コミュニケーションを取る機会を意識する家づくりが提案され始めた。子ども用の個室を作らず、寝室スペースだけにするプランなども登場している。

《最初から分かっていたことを、日本人が上面だけの真似をして導入しただけだ。アメリカの家族の生活の中心がリビングにあることの生活面をリサーチしないままに、子ども部屋を作ることが日本の建築の流行になってしまったのだ。時は恰(あたか)も豊かな日本は好景気に沸いていた頃だ。中流への向上意識も手伝って子ども部屋はステータスでもあったのだ。》

同じ調査では、子ども部屋の使い方について「テレビを置かない」「机を置かず勉強はリビングでさせる」「個室を快適な空間にしないよう狭くする」などの意見も聞かれた。

《テレビを置かなくて、子どもたちには痛くも痒くもない。籠ったまま遠慮なく使える携帯があるじゃないか。小中学生に携帯を持たせている間は、部屋をどうこうしようとして解決する問題ではない。》

北浦教授らの06年の調査(小学生と高校生の親子計800組対象)で、小学生の場合、親と一緒に物事をすることで親子の理解が深まることが分かった。高校生は、場や行為の共有よりも、会話が重要との結果だったという。北浦教授は「大切なのは、親子の信頼関係。それを築くための一つの道具として、部屋を利用するといい」と話している。

《私も妻も、子どもの頃は、独立した子ども部屋など想像すら不可能なことだった。というよりは、子ども部屋などあってもなくてもよかった。小さな借家の家の中には常に10人を超す家族が生活していた。弟や妹がいた。上のものの務めで下の子の面倒は見るのが当たり前だった。読み書きはミカン箱や石炭箱(いずれも木で作られており)の底を上に裏返せば茶碗の2つ3つが置ける茶卓にも本とノートがやっと広げられる大きさの机にもなった。昔の日本の偉人たちの多くは、そのような赤貧の生活から生まれているのだ。そして、なにより大事なことは、家族は皆、一つになって良いこと悪いことを語り合った。小さな集団の家族から、社会へ出るための準備をしていたのだ。家族とは、親子とはそういうものであるはずだ。》

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2008年5月13日 (火)

拳銃所有

 銃規制 無理だろう 07/4/19
 米国は10人当り銃9丁 07/9/12

{《合衆国独立12年目に当る1789年9月17日、合衆国憲法は制定された。筆頭にはジョージ・ワシントンの署名がある。》この日を遡る2カ月前の14日、フランスではバスティーユ襲撃を契機にフランス革命戦争が勃発している。}

毎日新聞(5/10)から
 「銃社会」の米国で、市民の拳銃所有を禁じた首都・ワシントンの法律が合憲かどうかについて、連邦最高裁が審理を進めている。最高裁が銃器所持の憲法解釈をするのは約70年ぶりで、世論は賛否両論でまっ二つに分かれている。最高裁の判断は6月に予定され、米大統領選本選(11月)の争点になる可能性もあるとみられる。

ワシントンの法律は76年制定。警官などを除き、市民による自宅での拳銃所有を禁じ、ライフル・散弾銃は解体状態などでの保管義務を課した。全米で最も厳しい規制法とされ、市側は市民を守るための「合理的なもの」と主張する。

原告は警備員の男性で、勤務中は拳銃を携帯するが「自己防衛手段の拳銃の所持は必要「で「自宅で所持できないのは、武器の所持を認めた憲法修正2条*違反」として訴えている。03年の1審で敗訴後、07年の控訴審は男性の主張を認め逆転判決。ワシントン側が上告した。修正2条は、独立宣言から間もない1791年に承認。

《 * 修正第2条(人民の武装権)
   規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。
          (Wikipediaから)》

「民兵」は現在の州兵に相当するとされるが長年、条文解釈で論争が続いている。
 規制派は条文の前半を重視し「銃器所持は州兵にだけ認められる」とし、
 規制反対派は後半を根拠に「個人所有を認めた」とするものだ。

過去、1939年の判断で最高裁は、銃身を短くした散弾銃について「修正2条が認めた銃器ではない」と指摘しただけだった。個人の銃所有権を正面から問うのは初めてだという。

論議は全米に広がり、ニューヨーク市など主要都市10以上がワシントンを支持。約30州が反対を表明した。また大統領選の共和党候補、ジョン・マケイン上院議員など連邦議員約300人がワシントンの規制反対の意見書に署名している。だが、民主党のオバマ、ヒラリー・クリントン両上院議員は未署名だ。

英国との戦争で独立を勝ち取った経緯もあり、銃器所持は「自然の権利」との意見も根強い。
今年3月の世論調査では、修正2条が
  「銃器の個人所有を保障する」は73%に達し、
  「州兵のみに保障」は20%にとどまった。
一方で、「より厳しい銃規制を望む」は49%で、
    「より緩やかな規制を」は11%を上回ってもいる。

銃犯罪の多発も議論の背景にある。米民間団体の調査では、04年現在、人口約3億人の米国に約2億8300万丁の銃があり、うち4割が拳銃。だが、銃を所持している家庭は約3分の1で、大半は不正に出回るとみられる。05年には約3万人が銃関連の事件・事故で死亡、うち、約1万2000人が殺人事件の犠牲になっている。

連邦法では銃購入・所持は年齢制限(拳銃は21歳以上、散弾銃・ライフルは18歳以上)があり、犯罪者や精神病歴がある人は所有禁止。販売業者は、連邦政府に購入希望者が禁止の対象者かを確認する必要がある。だが、購入数の制限がないなど規制は緩やかで、未成年者でも入場できる銃の展示会での不正販売も横行している。そのため、ワシントンのように連邦法より厳しい法律で規制している自治体もある。

規制派も銃の全面禁止までは求めない。主要市民団体の「銃の暴力を防ぐブレディキャンペーン」の顧問弁護士、ダニエル・バイス氏は「車など他の製品と同様、法律を守る限り我々は銃所有の権利がある。だが、銃は危険な製品だから、より厳しい規制が必要だ」と語る。

一方、争点となっている修正2条について同氏は「言論の自由のように、個人の銃所有が、憲法上の権利になった場合、政府による合理的な銃規制ができなくなる」とも危惧する。

また一方、政界に影響力を持つ全米ライフル協会(会員約400万人)は、「個人の銃の所有権は政府の成立前から存在する」としている。

《アメリカ大陸におけるヨーロッパ人入植者のインディアン(先住民)撲滅戦争は、独立後、米国憲法制定後も100年以上に亙り、銃火器は離せないままに最後の1917年(日本では大正6年)まで続けられた。米国の内戦が終わってまだ、100年が経過していないのだ。まるで昨日まで銃火器は日用品の類いでもあったのだ。おいそれ、と手放す気にはならないのが本音だろう。全米ライフル協会の上記の言葉もそうだが、協会のスローガン、「人を殺すのは人であって銃ではない」の詭弁も解らないでもない。が、民主主義とは遥かに遠い国だ。》

 銃社会の民主主義 06/10/4

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2008年5月12日 (月)

気違い沙汰の禁煙騒動

   矢車草と金魚草      ミモザの種
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幾度も書いてきたように私は現在喫煙していない。嗜まなくなってからかれこれ16年になる。ただ、激務から遠ざかり(仕事は忙しいほどタバコの消費量は増えた)、1日60本のタバコを吸わなくても普通に生活できるようになっただけのことが理由だ。だから、何の苦労もなく休憩(禁煙ではない、この先再開することだって可能性としてはある)したが、口淋しさに飴玉を頬張る必要もない。

ただ、最近の嫌煙家の行き過ぎた愛煙家いじめには気違いじみた憎悪さえ感じる。タバコは政府公認で販売が許可されている商品だ。そして愛煙家には大人の嗜好品として酒と並んで最も喜ばれているものだ。嫌煙家がはたからとやかく言い、規制する権利はない。それほどタバコが「悪」なら国はその悪を売る犯罪者ということになるのではないか。

嫌煙家は副流煙をいうが、これなど大気中の排気ガスやその他の有害物質に比べれば、取り上げるほどのものではない。何が何でもタバコは匂いが嫌い、の一点張りのようなものだ。

【閑話休題】
昨年12月から今年1月にかけて東京都内で実施されたタクシーの運賃値上げや禁煙化に、一部の個人タクシー運転手が従わず、客に喫煙を認めたり、運賃据え置きのまま営業を続けている。こうした運転手に、協同組合は無線での配車を打ち切る措置にでた。これに対し、運転者側は公正取引委員会に「組合側の行為は独占禁止法違反だ」として訴えるなどの騒動が持ち上がっている。

運賃据え置きや喫煙を認めて営業をしているのは、個人タクシーの組合としては都内で最大の「東京都個人タクシー協同組合」(東個協)」(1万1000台)と、2番手で「ちょうちんマーク」の表示灯で知られる「日個連東京都営業協同組合(都営協)(6800台)」の運転手ら。4月末時点で、東個協は非禁煙車48台、都営協は運賃据え置きも含めて17台が営業しているという。

両組合は業界の流れに合わせ、昨年12月、初乗り運賃を710円に値上げ。1月には全面禁煙とした。しかし、禁煙化の実施率が伸び悩んだことなどから、両組合は非禁煙車への無線配車を停止。都営協は4月から、運賃据え置きの車への無線配車も打ち切った。

これに対し、都営協に所属する運賃据え置きや非禁煙タクシーの運転者らは「組合員の活動に対する不当制限だ」として、公取委に上申書を出すなどした。うち1人の男性(58)は「禁煙の是非より、何とか言うことを聞かせようという姿勢が問題」と語る。初乗り650円で営業する男性(69)は「メーター改造は費用がかかる。引退間近だから、据え置きのまま続けたい」と話す。配車打ち切りの影響で、2人とも月収が2万円前後減ったという。

結局、都営協は公取委の事情聴取の際に「排除的な要素があるのは良くない」と指摘されたのを受け、今月7日から無線配車を再開した。その上で、横山勇理事長は「個々の運転手に禁煙や運賃改定について理解を得たい」と話す。

《1番手、2番手併せて1万7800台のうち65台が生活権を奪われかねない脅しの対象に合っていたわけだ。愛煙家がそんなに少ないわけはない、運転手は自信を持って、もっと喫煙車を増やしてやれば喜ばれると思うのだが。》


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2008年5月11日 (日)

罰金刑を支払わず労役につく

毎日新聞(5/11)から
 交通違反などで命じられた罰金刑を支払わずに刑務所や拘置所で働く「労役場留置」の件数が急増しているようだ。法務省のまとめでは、97年度の2661件が06年度には7376件と10年間で2・8倍になった。罰金刑の件数(執行件数)そのものは同期間で約4割減少し、罰金刑に占める割合は4・5倍に跳ね上がった計算になる。専門科は、罰金高額化の流れの中で払えない経済的困窮者が増加したことに加え、「払わなくていい」というモラル崩壊で強制的に収容されるケースが多いと指摘している。

《昨日も『ネットいじめ』で書いたが、モラルの崩壊は日本中にはびこっている。保育料の踏み倒しから給食費の踏み倒し、入学金の未払い、授業料の未納、国民年金保険料の未納、住民税の未納問題など、金銭にからむものだけでも次々に数えることができる。》

労役場留置は、罰金を払う代わりに刑務所などで袋を作ったり袋の底に敷く中敷を数えたりする軽作業に従事する。実務上はほぼ「1日5000円」で換算*される。

 * 15万円の罰金の場合・・30日の労役となる

罰金刑の執行件数は、97年度の104万8343件から
          06年度の 64万3971件へと
               約4割減少した。
しかし、労役場留置件数の増加で、その割合は97年度の0・25%から06年度は1・15%に増えた。

この間、飲酒運転など交通違反の罰金額の上限が引き上げられるなど罰金の高額化が進み、検察統計年報によると1件の平均額は97年度の約8万円から06年度の約15万円へと倍増した。刑務所などの過剰収容問題に取り組む法務省の審議会に提出された資料によると、東京地検で昨年4〜10月に執行された労役場留置88件のうち、60件が督促や呼び出しに応じなかったため強制収容したケースだったという。

弁護士らで作る「交通法科学研究会」の高山俊吉事務局長は「罰金高額化の影響は、経済的に困窮している人に特に現れている」とみている。交通ジャーナリストの今井亮一さんは「(罰金額引き上げの)道交法改正以降に私が受けた相談が、罰金を払わなくてすむ方法はないかといったものに変化してきた。社会全般のモラル低下が顕著に表われている」と指摘する。

《罰金を払う金に困窮していることが解っているのなら、はなから違反をすることもないだろう。車を走らせるには定められたルールがあることは十分承知の上で乗っているのだろう。それを犯しておいて「払わなくてすむ方法」を訊ねるなど、盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しい話だ。罰金を払う金が有ろうと無かろうと、すべて自分が蒔いた種だ。そういう所行(所業とも書く)を言い表わのにぴったりの四字熟語がある。それを『自業自得』(じごうじとく)という。》

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2008年5月10日 (土)

ネットいじめ

毎日新聞は5月5日、“こどもの日”にネットいじめを取り上げて、『大人はもっとお節介になろう』との社説を載せた。

(《》内は私見)
子どもは社会の宝として守ることの必要を説いている。しかし、現実に私たちはどれほど目を凝らし見守っているだろうか、と問いかける。今、世間を揺るがせているネット問題が象徴的だという。

《これから先、言いたいことはわかるが、「大人」に呼びかけるよりも前に、「親、保護者」への呼び掛けが必要だ。いじめにしろ、いじめられる側にあるにせよ、わが子への関心が希薄に過ぎるのではないか。取り上げたいじめがネット中心であるのなら、危険な玩具を買い与え、所有させることの問題点を親、保護者としては熟知しておくべきだ。メーカーの誇大な宣伝文句を鵜呑みにするのではなく、犯罪の発火点にもなっていることの注意点を子どもには説き聞かせ、理解させておくことだ。そうでないと、単純に大人へ呼び掛けても効果は期待できない。》

今年、文部科学省は初めて「学校裏サイト」の調査をした。児童生徒や卒業生らが情報のやり取りなどをするインターネット上の掲示板やブログ。匿名発信者が特定人物を中傷し、いじめの温床に転じると指摘されている。昨年、高校生が自殺する事件も起きた。

《匿名性の弊害は今に始まったことではない。早くから指摘されその対応は求められてきた。しかし、メディアはそのデータを蒐集するだけで対策についてはとんと働きかけて来なかった。》

調査は3万8260件の裏サイトを確認。抽出調査で半数に中傷表現、3割近くに「死ね」「殺す」など直接的暴力表現があった。

また先月千葉県で自己紹介をし合う「プロフィールサイト」(プロフ)で14歳の男子中学生と17歳の少年が悪口の応酬をし、初対面の場で少年が中学生をバットで殴打する殺人未遂事件が起きた。ともすれば言葉が過激になり、憎悪を誘い、感情を抑制できず、現実と見境がつきにくくなる。ネット交信の落し穴が覗いたような事件だ。

1990年代から学校でもパソコンが教材として導入された。学校ではパソコンの操作や活用法だけでなく、適正に使いこなす力や不正に使わない情報モラルを教えるが、指導がどう行なわれ、効果があるのかは見えにくい。というより、ネットを使いこなす力や人を中傷しないというモラルは、情報教育以前の基本的な社会ルールで、指導は日常行なわれていなければならない。いじめや中傷がどう人を傷つけ、陰で嘲(あざけ)ることがいかに卑怯であるか、をである。

《ここも論点がぼやける。このような人を中傷しないというモラルは、記事に言う通り、情報教育以前の基本的な社会ルールだが、こんなことは親や保護者が家庭教育で、社会に出す前に、或いは成長に伴って身につけさせるべきもので、それをしない無責任な親の後始末を、「大人」ということばで根本的な責任の所在を曖昧にするべきではない。》

大人が子どもを犯罪に引き込むサイトも後を絶たず、携帯電話会社は18歳未満には有害認定のサイトに接続できなくする「フィルタリングサービス」を始めた。自主基準や規制法案づくりも検討されている。

《フィルタリングや自主規制の危うさについては、これまで幾度も触れてきた。》

ただ、速く、広く、多いというネット情報の技術や利便性は進化し続け、抑えきれないだろう。学校や保護者はこまめなネット巡視でチェックし、また管理者も責任を持って注視し、有害と判断したら学校などに通報して取り除く。子どもたちとモラルを語り合うとともに、そんな丁寧な罪重ねが重要だ。家庭、学校、地域が有害サイトから子どもを守るという共通決意と仕組み、そして手間をかけることだ。

《いま、子どもが見習うべき、その社会の基準とならなければならない大人の社会が、上から下々まで、モラルを失っている。家庭の柱もいまは威厳を失った。なさねばならない家庭教育を、誰が、どのようにすればいいのか、その取り組みこそまっ先に手掛けなければならない。》

小さくとも不正は看過しない、という「お節介」な姿勢をきちんと子どもに見せる。子どもの事件や非行防止でよくいわれる手段だが、子どもを有害ネットから守ることにも通じる。

子どもたちはますますネットを身近に成長し、生涯ともに歩む。将来の健やかな情報社会を築くためにもこの問題は先送りできない。

《鞭を入れるだけの文言を記事にするのは易しいことだ。家庭内でも権利だけを主張する我侭な親、保護者によって育てられているのが今の子どもたちだ。他人のいうことに耳をかすことなど先ずないだろう。問題の本質はそこ、家庭に存在しているのだ。その問題点を抉り出すのがメディアの仕事だろう。》

文部科学省の調査を追い掛けるように9日、埼玉県は「ネットいじめ等対策検討委員会」の初会合で、県下の中高生数万人を対象に、マニュアル作成の資料とするアンケートを実施することを決めたという。結果を分析し、首都圏で初めてとなる「ネットいじめ等対策マニュアル」を今秋までに作成するとしている。

アンケートは県内の公立中学、高校全校とその生徒数万人を対象に実施する。これまで小学校を含む公立全校や2000人規模の調査を実施したことはあったが、数万人単位の大規模な調査は初めてだ。ネットの利用状況やいじめの経験、家庭のネットに対する考え方などを質問し、それを基に対応策や予防策を検討する。

この日の会合には、学識経験者や教諭、保護者、携帯電話会社など、さまざまな現場から選ばれた委員が出席した。県が公立校を対象に06年度実施した調査で、ネットのトラブル発生認知件数が305件と前年より倍増したことなどが報告された。

委員長の下田博次・群馬大特任教授はネットいじめについて
 ♢加害者が特定できない
 ♢時間・空間の制約がない
 ♢従来傍観していた子どもが加害行為に加わりやすい
など、特徴を述べ、「ブレーキがかかりにくい思春期の心に最強のメディアが与えられた」と警鐘を鳴らした。

《これを止めるのは、この最強のメディアを持たさないこと以外にはない。或いは百歩譲って5日のブログ『20ドル携帯が登場』で取り上げたように、小中高生には携帯の基本、電話機能だけのものに持ち替えさせるべきだ。道徳を説いても、事件や事故のデータを並べ立てて見せても役には立たない。端末を規制或いは制限する以外には事件を防ぐ手だてはない。》

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2008年5月 8日 (木)

日本人の環境意識

Ayame あやめ(菖蒲あるいは文目と書く)

 水辺に咲く杜若(かきつばた)や花菖蒲の仲間(あやめ科)だが、後ろに咲き終わった山茶花があるように、あやめは水はけのよい庭に植えてある。
 -花ことば-
  良い便り
  愛
  優雅 など

毎日新聞(5/8)から
 日本人の環境意識や行動は、温室効果ガスの主要排出14カ国中、11位とする調査結果を米地理学協会(本部・ワシントン)が7日、発表した。1位はインドとブラジルで、最下位は米国だった。日本は輸入食材や外食の利用が多く、灯油を暖房に使うなど、特に食・住生活の面で、環境への悪影響が大きいライフスタイルだという。

省エネ家電の利用や車の所有状況など日常生活の数十項目について、同協会が今年1〜2月、各国1000人ずつインターネットで調査した。環境と調和した生活ほど高得点になる同協会の指標「グリーンデックス」(100点満点)で評価した。

その結果、インドは肉の消費量が少なく、ブラジルは住居に個室が少なく暖房を殆ど使わないため、食品、住宅部門でそれぞれ首位を占め、綜合評価でも1位となった。

一方、日本は外食や加工食品の利用が最も多く、食品部門は最下位。断熱効果を高める住宅改修や省エネ型の家電導入率も最低で、住宅部門も13位だった。

また、ハイブリッド車の購入意欲が低く、マイカーの1人乗り増加などから交通部門で6位。修理より新しい物に買い替える傾向が強いことから消費材部門も5位。環境団体への寄付や活動への参加など、意識の面でも14カ国中最低だった。

同協会は「自分が生きている間に温暖化で生活が悪化する、と思う日本人が回答者の3割と少ないためではないか」とみている。

《詳しい素のデータがない表面的な指摘だが、少なくとも現在の日本人を言い表わしていて的外れだとは思わない。多くの日本人の今は、“自分さえ良ければそれでよい”で、常識も、良識も、モラルも持ち合わせない人間だらけの世の中だ。特に最下位と評価された食品部門は‘さもありなん’、と思われる。家庭で調理をする技術も知恵も持たず、中流意識宜しく家族揃ってファミリーレストラン、回転寿司へ出掛け、或いはコンビニで間に合わせる。いずれにしても手作りの家庭料理は多くはテレビの中だけにあるようなものだ。

最近はファミリーレストランの決まりきった献立や、マナー知らずの行儀の悪い騒々しい親子連れに辟易し、敬遠する人たちが増え、店は経営に行き詰まっているようだが、一方で回転寿司は大賑わいのようだ。贅沢だが幸い共稼ぎの家庭が多いから、家族で押し掛けることも可能になる。当然加工食品の利用が増えるわけだ。

もう一つ、環境団体への寄付や活動への参加など、意識の面でも最低だった。これはおもてづらを世界で冠たるブランドで飾る意識と表裏一体の物だ。それには日本人特有の付和雷同が伴う。富士山が未だに世界遺産に登録されないのも金魚の糞(金魚を飼っていれば知っていようが、金魚の糞は尻から繋がった状態でおよぐのが観察できる)のように続く登山者が、元々は信仰の対象であった富士山を汚すことに罪悪感がないからだ。

反対に、インドの肉の消費量が少ないのは、インドの83%を占めるヒンドゥー教の戒律で牛の肉を食べることが禁じられているからで、牛を喰らって生きているアメリカ人の国が最低なのも道理といえば道理だ。》

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2008年5月 7日 (水)

「主婦の友」休刊

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 毎日新聞(5/7)から
 91年の歴史を持つ女性雑誌「主婦の友」が休刊する。それも『苦渋の』休刊という。美容から料理、家計、生活情報を提供し、文字通り“主婦の友”であり続けた雑誌の休刊は、一体何を意味するのか。

記事を読んで行けばその理由が時代の世相を写して暗然となる。「主婦という言葉が、もう読者に響かなくなったんです。『新しく生活誌を作り直そう』としても『主婦の友』という看板雑誌がある限り、それに引きずられる。思い切って休刊するしかない、と考えました」かつて同誌の編集長を務めた村田耕一・主婦の友社取締役はそう語る。「苦痛の決断でした」と。

女性とメディアについて研究する諸橋泰樹・フェリス女学院大学教授は「タイトルの変化は時代の前触れ。今回の休刊は『主婦』という言葉の終わりの始まりだと思います」と話す。

1917(大正6)年に創刊された『主婦の友」は、インテリのイメージのある「婦人」に対し、主婦は「おかみさん」的な言葉だった。(中略)戦中、戦後は出版統制を受けるが、46(昭和21)年に復刊。翌年には、男女平等を定めた新憲法が施行。洋服の型紙や付録の家計簿も人気で、69年2月号は戦後最多となる72万8000部を記録した。

「戦後生まれの女性が25歳になり、新しい生き方を模索し始めた。仕事も持ち、電化も進み、洋裁もしなくなるなど、生活も大きく変った」(村田取締役)70年代が曲り角だったという。諸橋さんは「60年前後、『週間女性』など女性週刊誌が誕生しましたが、いずれも『女性』がタイトルでした。婦人や主婦が新鮮さを失い、『女性の時代』が来ていた」と指摘する。米国からの始まったウーマンリブ運動が、70年前後には日本でも広まり、「女は子を産んで一人前」つまり「女はこう生きろ」という考えに女性たちが異議申立てを始める。この時期創刊されたのが「an・an(アンアン)」や「non—no(ノンノ)」。一人旅や女性ヌードを取り上げ、若年女性が自らの人生を楽しむことを応援した。

80年代は、男女雇用機会均等法施行など女性の社会進出がさらに進んだ。4大誌のうち「主婦の友」を除く3誌(婦人倶楽部・主婦と生活・婦人生活)は86〜93年に休刊した。この頃「主婦の友」も10万部を割る状態になっていた。

当時編集長だった村田氏は「80年代は、家庭より仕事、家族より自分だったが、92年以降のバブル経済崩壊でその反動が来た。『家庭もしっかりさせ、家も建てたい。私がしかりしなくちゃ』というような。主婦が再発見されたんです」という。狙いを30代の子持ち主婦に絞り、ファッションから財テクまでと幅広かった内容を「パートタイムをマイペースで続けている人の家事のコツを知りたい!」などの徹底的な実用情報に切り替えた。95年には60万部にまで回復したが、それが限界だった。

得に03年以降減少が大きく、最近は7万部台にまで落ちていた。ノンフィクション作家の沖藤典子(39)は「編集内容はとてもよく、他誌に見劣りしません。なのに休刊とは、やはりタイトルが問題なのでしょう」、「50年代、60年代は、農家や自営業で休日もない女性にとって『主婦』は憧れでした。しかし今や、既婚女性であることを強調する『主婦』に、多くの女性が違和感を感じている。専業主婦、パート主婦、セレブ主婦など多様化もした」と話す。

30代前半の女性の3分の1は未婚だ。子どもを持たない人も増えた。主婦の存在は、性別役割分業と不可分だったが、諸橋は「もはや夫の終身雇用も期待できず、老後のために女性も仕事を持って自分の年金を確保する必要がある。家事を中心にする主婦は減少していくのは間違いない。タイトルが消えて行くのはその前兆」という。

その一方で、既婚、未婚、子持ちか否かを問わない、現代の女性を代表する言葉はまだ生まれていない。「キャリアウーマンという言葉も定着はしていない」(諸橋)。「an・an」から「オレンジページ」まで、代表的な女性誌のタイトルから意味が失われているのは象徴的だ。

沖藤さんは、家族関係をあらわす日本語が機能不全を起している、と指摘する。「例えば『きょうだい』。話し言葉ならいいが、書き言葉になると困ってしまう。姉と弟と妹がいる人も、『兄弟』。主婦の対になる『主人』もそう。女友だちの夫を『ご主人』と呼ぶのはちょっと気が引ける。必要以上に尊敬の意味が入っていて、若い人ほどしくりこない」。さらに「主婦という言葉には、家庭運営の中心人物の意味もあった。今、そういう自覚が失われつつあり、男女を問わず、家庭の中心的人物を尊敬を持って表わす新しい言葉を必死に探すべき時期です。発見できなければ、家庭は崩壊してしまうかも」と話す。

《敗戦後、進歩的を名乗る学者たちによって戦前の価値基準の全てが否定され、家族制度が破壊されて60年以上が過ぎた。民主主義が中途半端に根づいて責任の伴わない自由、無責任、自分勝手が横行している。記事には雑誌のタイトルのことが云々されているが、取り上げられた横文字タイトルにはもともと意味などない。横文字に対する劣等感、耳に響きがよい、語呂もいい、ただそれだけのものでしかなかった。最近では今まで以上に意味のない省略単語がはびこり、常識顔して居座る有り様だ。言葉は変化もし、進化もするものではあるが、時代を写すというその意味では、将に変動しいる最中と言えるのだろう。沖藤は、言葉が見つからなければ家庭は崩壊するかも、というが、それは逆で、現在すでに崩壊された家族制度(ブログで再三再四取り上げてきた)を再構築することで、新しい相応しい言葉は自然に生まれてくると思うのだが間違っているのだろうか。》


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2008年5月 6日 (火)

学童保育

     ラベンダー と 蜜蜂
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(本題に入る前に)
 総務省は4日、「子どもの日」を前に15歳未満の推計人口(4月1日現在)を発表した。子どもの数は昨年より13万人少ない1725万人で、82年から27年連続減少し、過去最低を更新した。総人口に占める子どもの割合は13・5%で、前年比0・1ポイント低下し、こちらも過去最低となった。
 男女別では
  男子 884万人
  女子 841万人
 3歳刻みの年齢階級でみると、
  中学生(12〜14歳) 359万人で最も多く
    年齢階級が低くなるほど子どもの数も減っていて、
     (0〜12歳)が最少。

子どもの割合は、現在の推計方法になった1950年には35・4%だったが、その後は71〜74年の第2次ベビーブーム期を除くと長期低下傾向にある。97年からは65歳以上人口の割合よりも低くなっている。

都道府県別では、沖縄が18・1%と最も高く、
        滋賀 15・2%
        愛知 14・7%
        佐賀 14・6% などが上位を占め
        東京 11・7% が最低だった。

  米国 20・3%(06年)
  中国 19・4%(07年)
  英国 17・7%(06年)などと比べ、日本は世界的にも低い水準だ。

 最新の統計によると、日本女性の生涯出生率は1・3だが、現在の人口を維持するには2・07の出生率が必要になる。4月に発表された政府統計は、このまま少子化傾向が続けば、日本の労働人口は2050年までに現在の3分の2の4228万人にまで落ち込むと警告している。

【閑話休題】
 「学童保育」とはいうが、決まった名称ではない。「放課後児童クラブ」「学童クラブ」「児童クラブ」「子どもクラブ」「留守家庭児童会」など名称はさまざまだが、保護者が労働などにより昼間家庭にいない小学校の児童に対し、放課後や長期休暇中、保護者に代わって行なう保育をいう。保育の日常は、おやつ、遊び、宿題などをして、帰宅までの時間を過ごす。複数の学年が混じった集団生活となるので、大まかだが時間割や役割、規則がある。

敗戦後、1955(昭和30)年代後半期からの高度経済成長期、共稼ぎ家庭の増加と、いわゆる“家付きカーつきババアー抜き”で始まった核家族化により、親が不在の「鍵っ子」と呼ばれる子どもたちが生まれることになった。しかし、親が不在のその時間に出火や盗難など事故や事件の発生が続いた。63(同38)年ごろから「鍵っ子」の増加に伴い、子どもたちが安全に遊ぶことができるよう、放課後の校庭の使用時間を解放する施策を採ったこともあった。

68(同43)年には総理府調査において「鍵っ子の実態と対策に関する研究」があり、それによると鍵っ子家庭の母親の就労理由は、「生活には困らないがさらに収入が欲しい」が49・2%あり、「他に働く人がいなくて困っている」の28・4%を上回っている。この考えは現在も続いており、中流に納まった意識はよりハイレベルの生活向上のための就労意識となり、世界中のブランドを日本に上陸させるまでになった。猫も杓子もブランドものの宝飾類を身につけ、着飾り、果ては質屋が吐き捨て場となって、年に1回の大バーゲンのブランド品の叩き売りまで行なわれる国に成り下がっている。また、海外旅行は花盛りの景気を呈するに至った。69(同44)年10月の厚生省(当時)調査「全国家庭児童調査」によれば、小学生は109万人、中学生は374万人の計483万人が「鍵っ子」と推定されていた。

この「鍵っ子」が増加したことで、学校外における児童の教育の受け皿の必要性がおこり、放課後児童健全育成事業(児童福祉法)を行なう第二種社会福祉事業(社会福祉法)として法制化された。

♦毎日新聞(4/20)「学童保育はいま」から。《》内は私見
神奈川県横須賀市の岩戸・大矢部学童クラブの生活室。
おもちゃの矢を飛ばしたり、コマを回したり、子どもたちは元気そのもの。「家にいるよりずっと楽しい」とは、4年生の女子児童の話しだ。

指導員や運営者にとって、事故防止は切実な問題だという。このクラブでも2月、一輪車で遊んでいた1年生女児がフェンスにぶつかり額を切る事故があった。骨折や、窓ガラスが割れるなどの事故も年数回は起こっている。

重要なのはその責任を誰が負うかだ。国民生活センターの07年調査で、学童クラブの運営者が保護者らに、施設側の責任を一切問わないとする趣旨の「誓約書」を求めているところがあることが分かった。全体状況は不明だが、東京23区などで契約書類などの提供に応じた40カ所のうち4カ所でも判明、全国的には相当数に上る可能性がある。誓約書は運営者の責任逃れのように見えるが、そうせざるを得ない事情こそ考える必要がありそうだ。

『<最高裁が請求棄却>した次ぎのような例がある。
千葉市立小学校の教室で、同級生男児の振り回したベストが右目に当り、負傷した当時3年の女児(14)と両親が、市に賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(中川了滋裁判長)は4月18日、86万円の支払いを命じた2審・東京高裁判決(07年4月)を破棄し、請求を棄却した。原告側の逆転敗訴が確定した。

事故は02年5月の朝、自習時間中に起きた。教室にいた担任教諭は当時、別の児童の話を聞いていて、原告側は「教諭が男児の監督を怠った」と主張したものだ。2審で敗訴した市側が上告していた。小法廷は、男児には日ごろから問題行動がなく、ベストを振り回すまでの行動も不自然ではなかったとして、「教諭に事故を予見すべき注意義務はなかった」と判断した。』

《なんとかペアレントが跳梁する世の中だ。学童保育とは、本来親が責任を持って育てる義務がある子どもを他人に預けることになるのだ。子どもを産むだけなら猿でもできる。産んだ子は産んだ親が育ててこそ親としての責任が全うできるのだ。他人に預けるのはそれなりのリスクがあって当然だ。》

全国学童保育連絡協議会の真田裕事務局長は「父母だけで運営している施設の場合、責任が大きすぎる。誓約書を提出させる気持ちも分からなくはない」と語る。岩戸・大矢部クラブも6年前まで、誓約書を取っていた。父母で非営利組織(NPO)を作り、運営しているためだ。横須賀市学童保育連絡協議会の事務局長次長でもある永松さんは「預ける方も運営するのも父母。ぎりぎりのところで続けている。何かあった時に全部施設の責任となれば、みんな怖くて運営をためらう」と訴える。

学童クラブは全国に約1万6700カ所あり、うち市町村が直接運営するのは44%。預け先に困った父母らが運営者となりスタートしたところがすくなくなく、自治体は補助金を出すのみで、あとは運営者任せのところがまだ1割ある。国民生活センターは父母運営のケースについて「自治体の責任が不明確な場合が多い」と指摘。真田さんは「民間で運営している施設はせめて自治体の委託にし、市区町村も責任を明確に明確に負ってほしい」と話す。

学童クラブがあるだけまだましという現実も一方である。国民生活センターの同じ調査で、全国約1800市区町村の設置状況を調べたところ、学童保育施設がないのは約1割だったが、町村部に限ると約2割に跳ね上がった。予算の増額についても、東京23区など都市部は6割が「検討している」と回答したが、町村は3割にとどまり、学童保育でも都市と地方の格差問題が浮き彫りになった。

同センターは「公的サービスとして国や自治体の責任で、小学校区に一つ以上設置すべきだ」と提言。調査を担当した女性は「06年の乳幼児保育サービスの調査でも、対象外なのに、学童保育への不安が多数寄せられた。公的支援は量、質ともに底上げが必要だ」と話す。

《まだ乳飲み子のうちから他人に預けることを心配する。これでは本当に、女性は子どもを産む機械といわれても仕方ないかも、とさえ思う。》


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2008年5月 5日 (月)

20ドル携帯が登場

    てっせん(クレマチス)
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花言葉
 精神的な美しさ
 旅人のよろこび


 4月10日にオープンした関東最大級の『三井アウトレットパーク入間』、東京ドーム二つ分の広さに204の店舗を擁し、6カ所の駐車場には計3000台の車が停められるという。ここ数日の連休中、その混雑ぶりは交通渋滞を呼んで2〜3時間並んでやっと駐車場にたどり着けるほどのようだ。世界のブランド品がアウトレット価格で購入できるとあってブランドものに目のない日本人がひきも切らないようだ。パークというだけあって家族連れも楽しめる公園やレストランなどがあり、どこも賑わっているとか。それにしても、生活は苦しい、ガソリンは再値上げだ、と言いながら、そんなことはどこ吹く風だ。ブランドものが安く買えるというだけでよくもこれだけ集まるものだ。現代の日本人と言うのはよほどノーテンキにできているようだ。

【閑話休題】
毎日新聞(5/4)東京大教授・坂村健「携帯 低価格の時代」から要約
 海外の情報通信関係のビジネスの場で、いま大きな話題になっているのがこの極端な低価格端末の登場だという。20ドルといえば現在のレートで約2100円相当の低価格だ。

その特徴は割り切った仕様のようだ。日本の「ケータイ」のようなメガピクセルカメラ機能もないし、ネットもできない。その代わりの20ドルという低価格の設定になっている。最近までの「携帯電話0円」などという販売方式に慣れていた日本ではぴんとこないだろうが、日本で端末が安かったのは単なるカラクリに過ぎない。

 ここで坂村教授は、日本の携帯が世界市場でビジネスできない惨状を明らかにしてくれる。実際の原価は数年前でも、10万円近いといわれていた。月々の通信代の中から端末代金を分割で回収するモデルにより、世界で最も高価といわれるその端末代金が表面に出ていなかっただけなのだという。これが可能だったのは、日本の端末を販売しているのが「キャリアー」といわれる通信サービス会社だったためだ。

しかし、この方式は世界的には普通ではない。キャリアーと携帯メーカーは独立。その結果、キャリアーは通信料金で、端末メーカーは端末価格で競争するしかないことになる。日本の携帯がここまで急速に進化したのは、このカラクリがあったお陰で、消費者が気軽に端末を最新モデルに乗り換えたからなのは確かだからだ。

その急速な進化によって「写真メール」など高付加価値機能のほとんどが日本で生まれ、世界に広がった。しかし、同時に日本のキャリアーや携帯メーカー(エリクソンと合併したソニーは別として)で、世界相手にビジネスできているところが一社もない原因も同じこのカラクリのせいだという。

キャリアーは、端末とこみで目新しい新規サービスを投入して契約者を確保し、それに比例して売上げが増えるという高付加価値サービス主導のモデルでずっとやってきた。だから、通信料金で熾烈な競争をしている海外キャリアーに太刀打ちできる体質にはない。また、日本国内で十分な収入があるから、苛酷な競争をしてまでサービスエリアを世界に広げる強い感情や行動を刺激することもない。

キャリアーが日本市場で新規契約者を増やすためだけに機能追加を追い求めた結果、その支配下の日本の携帯メーカーはどんどんおかしくなっていった。キャリアーの指示する高付加価値サービスのプランに従いどんどん端末を多機能にさえすれば、それでできたものはキャリアーが買い上げて「カラクリ価格」で売ってくれる。このような仕組みの中で、「現地のユーザーの望むものを、できる限りの高品質・低価格で」という、自動車などの分野で日本のメーカーが世界で成功した美点を完全に見失ってしまった。

だから、多機能高品質を売り物に、持って行ったものが世界ではまったく売れずに撤退するという恥ずかしいことになった。もちろん欧米のユーザーも「写真メール」をやりたくないわけではない。ただ、欲求に見合うまで価格が下がらないと売れなかっただけだった。欧米では今ちょうど日本で数年前に出たようなスペックのカメラ付き端末が値ごろ感で売れ始めているという。それらの端末はサムスンやノキアだったりするが、中は60〜70%は日本の部品が使われているとことになる。日本流の価格のカラクリが育てた日本の部品が世界の携帯を席巻したのだ。しかし、端末という最終商品のメーカーとしてはそのために衰退した。

日本のデジタル携帯電話の通信規格が特殊だったから、海外で失敗したとみる評論家もいて、そのため、第3世代携帯では、欧州勢と規格を統一したが、結果は変らなかった。それは当然のことで、技術ではなくビジネスモデルの違いにより、世界で競争できない企業体質になっていたのが、問題の本質だったからだ。そして、最近やっとビジネスモデルに目が向いて、取られた手の第一弾が販売奨励金の見直しで、これにより携帯端末の素の価格がやっと日本でも表面に出るようになってき始めている。

しかしもはや世界の携帯メーカーの主戦場は10億単位の潜在ユーザーのいる中国市場やインド市場やアフリカ市場になっている。そこでの戦略商品として「20ドルの携帯電話」が注目を集めることになったのだ。日本に比べ低価格の欧米の端末でさえ、従来ここまで安くはなかった。後進地域の市場ではそもそも固定電話すらなかった。だから彼らが買える価格で遠くの人と対話ができる端末が出るということの意味は、社会を大きく変えるほどの力を持っている。

善し悪しは別にして携帯電話の世界では — 自ら起した風にもかかわらず — 日本が「時代の風」に乗れていないことは事実なのである、と同教授は結んでいる。

《何だか自ら策士策に溺れた感があるが、余計な機能を盛り沢山に付加したことも世界市場に加わることができなかった原因になったとは、皮肉ともいえる。また、その盛り沢山の機能が国内的には携帯による犯罪の発火点ともなり、遼原の火のようにとどまるところを知らない現実をうんでいることも事実だ。「20ドルの携帯電話」という端末は、電話器の原点について再考することを提起しているようだ。今まで何度も繰り返し述べてきたが、小中高生に今さら携帯所持が禁止できないというのなら、それで万全な対策とはいえなくても、ぜめて現在所持の多機能端末は、20ドル携帯電話程度の機能のものへ強制的な切り替えをさせるべきだ。そして、したければインターネットはフィルタリングをかけて据え置きタイプのパソコンを利用させるようにすればよい。》

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2008年5月 3日 (土)

「臓器移植、国内完結で」

    スイートピー
Pangee 花ことば
  門出、思いで、
  別離
可憐な花だが過って口に入れたりすると、頚椎麻痺を引き起こす強い毒をもつ。

国際移植学会は2日、トルコのイスタンブールで開いた国際会議で、移植用臓器を「自給自足」することを各国に求める宣言をまとめた。さらに、生体臓器移植については、臓器提供者(ドナー)保護のための保障制度作りを各国に呼びかけることで合意した。

日本移植学会によると、会議には78カ国から150人を超す専門家が参加。移植を希望する患者が国内で臓器提供が受けられるよう、脳死や心停止後のドナーを増やす取り組みをすることを各国に求めるとした。

臓器売買や移植のために海外に行く「移植ツーリズム」などが問題になっているためで、ドナー増加のために国際協力する必要性についても言及した。

脳死、心停止後の提供は慢性的に不足しており、世界保健機関(WHO)によると、世界で実施されている臓器移植の約半数は生体からの提供だという。中国やフィリピン、インドなどでは人道的な問題も指摘されている。

このため、「生体ドナーはもう1人の患者だ」と位置づけ、ドナー選定に必要な費用の支払いや、ドナーへの休業補償など総合的な保障制度を各国がまとめることを求めた。

厚生労働省研究班が実施した海外渡航移植に関する報告によると、日本からの渡航移植患者は06年3月までで522人に上った。外国人への腎臓移植の全面禁止を4月に決めたフィリピンでも、多くの日本人患者が渡っていたという。

<腎臓移植>
脳死や心停止後に提供してもらう「死体腎移植」と、家族らが二つある腎臓のうち一つを提供する「生体腎移植」がある。死体腎移植の希望登録者は日本国内で約1万2000人いるが、受けられる人は年間200人程度と極めて少ない。日本移植学会によると、06年に国内で実施された腎移植のうち8割以上が生体移植だった。生体移植は健康な人の身体にメスを入れるため、同学会の倫理指針では、提供者は配偶者を含む「親族」に限定されている。

フィリピンではこれまで臓器売買を違法とする規定がなく、貧困層が現金収入を得るため腎臓を「売る」行為が広く行なわれていたという。年間600件以上の腎臓移植の大部分はこうした「売買」によるものとみれれる。外国人への移植件数は明らかではないが、日本の厚労省研究班の06年の調査によると、海外で過去に腎臓移植を受けた日本人198人のうち、30人がフィリピンで移植されている。インドやパキスタン、中国などでも事実上の臓器売買による移植が行なわれてきたが、中国は昨年、臓器売買を禁じるとともに外国人への移植も禁止している。

 臓器移植 06/05/30 を書いてから、私の考えは変ってはいない。我が妻、肉親への提供なら命も惜しまないが、他人への臓器提供をするほど博愛心は持ちあわせてはいない。反対に我が身に臓器が必要な状況が発生したとしても、他人の臓器を望むこともないだろう。もしもそうなった時には、わが運命は素直に受け入れる覚悟でいる。

 

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2008年5月 2日 (金)

調査捕鯨って?

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 毎日新聞(5/2)に読者からの質問に記者が答える「なるほドリ」という欄がある。たまたま私もよく取り上げる(ほぼ10本の記事がある)捕鯨に関する標題の質問と回答が載った。

今度また、宇宙に出かける日本人飛行士のことをテレビでみたが、前回の土井氏のおり書いたように私は、特に宇宙の日本ハウスに興味はない。日本人ばかりではなく、宇宙での長期間滞在中の飛行士たちの排便後の処理をどうしているのか、の方が余程関心がある。

同じように捕鯨問題の記事を書きながら、その“調査”に書かれたことのないある事が常に頭の片隅にあって、気になっていたことがあった。あれほどの大きな動物だ、一体どこでその一生を終えるのだろうか、そして、その死体はどこかで見つかったことがあるのだろうか、ということだ。調査にはくじらの一生は含まれないのだろうか。

迷い込んだ入り江の砂浜で海へ帰ることができず、波打ち際で死ぬくじらの姿は報道で見る事はあるが、一生を無事に終え、或いは病死でもしたくじらは海底深く沈んで、人間の死体がガスを充満させて浮き上がるように、海面に浮かぶことはないのだろうか。以下は記事の全文だ。

【閑話休題】
質問:調査捕鯨ってどんな経緯で始まったの?
回答:国際捕鯨委員会(IWC)が1982年、くじらの保護が必要だとして商業捕鯨を全面的に禁止したのが発端です。ただ、日本など「鯨食文化」を持つ国々は、この決定に反発し、「妥協の産物」として、科学的な資源評価を目的にした調査捕鯨を認めさせたのです。

質問:調査捕鯨が批判されるのはなぜ?
回答:欧州や豪州などの反捕鯨国は「調査に名を借りた商業捕鯨だ」と考えているからです。「知能の高い哺乳類だから殺すな」などと主張する欧米と、「鯨食は伝統文化であり、くじらの資源管理は可能」と反論する日本とは、根本的に考え方が違います。

質問:実際にはどんなことを調べるの?
回答:くじらがどの海域に、どれくらい生息し、何を食べているかなどです。船の上から目で見て生息域を確認するだけではなく、くじらを捕獲し、解体後に耳あかの量や胃の内容物、内蔵の状態などを調べます。耳あかの量からはくじらの年齢が、胃の内容物からはくじらの捕食実態が分かります。さらに内蔵に汚染物質が蓄積されている場合は、海洋汚染の状況を知ることができます。

質問:解体後のくじらはどうなるの?
回答:捕鯨は、大手水産会社の捕鯨部門を統合した民間企業「共同船舶」が担当していて、この会社が全国の卸売市場などに鯨肉を販売しています。06年度に捕獲されたのはミンククジラなど合計859頭。その後、平均1キロ1390円で合計4154トンが販売されました。価格は水産庁が日本鯨類研究所と協議して決め、鯨肉の販売代金は調査捕鯨の費用に充てられます。

質問:やっぱり販売が目的なんじゃないの?
回答:調査捕鯨があるから、日本国内で鯨肉が流通しているのは事実です。しかし、日本は「ミンククジラは増えている。食文化の尊重と水産資源の有効利用は両立する」と訴えています。もし調査捕鯨をやめてしまったら、鯨食そのものが衰え、捕鯨再開の機運が薄れてしまうことを、水産庁は恐れています。(以上)

《アラスカ・エスキモーやデンマーク・グリーンランドなど先住民生存捕鯨として捕鯨が認められているもの、IWC非加盟国のフィリピン・インドネシア・カナダなどの少量の捕鯨を行っている国々とは別に、商業捕鯨を行っている国にノルウェーと06年10月強行に商業捕鯨に踏み切ったアイスランドがある。

日本の場合は調査捕鯨という名目だが、実際は食文化を楯に鯨肉を食するための捕鯨なのだ。敗戦後の食糧難時代、特に底辺の生活を強いられた人々たちには脂身だらけのクジラベーコンでも、食べないよりはましと呼べるほどの食い物であった。しかし、時代は飽食の世を迎え、くじらに代わる肉類は潤沢に食卓に溢れ、現代の日本人にはくじらでなければならない必要性は徐々に薄れつつあるのが実情だ。安くて食べられる肉だった鯨肉も、需給バランスの崩れから今では懐かしさだけで高級肉なみの値がついているのも変な話だ。食文化だけで捕鯨の根拠とするには弱すぎる。過去において欧米が鯨油を取るためだけにくじらを殺戮してきた歴史が存在するにせよ、代わりに牛を屠殺して食する異なる食文化を持つ欧米人とのギャップを埋めるのは至難のことだろう。

どちらも命をもらって人間は生かされていることに変わりはないのだが、くじらが知能が高いというだけで牛は殺してもよい動物に分類される。シーシェパードの捕鯨妨害も論拠はそのようなものだ。そうそう、オーストラリアの増えすぎた野生のカンガルーを殺そうとしたことなど、命の重さに順番でもあるのかと思う。

日本は、鯨肉を食することがなによりも守らなければならない文化なら、調査捕鯨などと臆病な行動など取らないで、正々堂々、真正面から商業捕鯨の再開を宣言すればよい。》

参照 くじら 06/06/20
   アイスランドの商業捕鯨再開と、日本のクロマグロ、ミナミマグロ 06/10/20

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