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2008年4月 1日 (火)

映画「靖国」上映自粛

         ヒヤシンス
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毎日新聞(4/1)から
中国人監督の手になるドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映が危ぶまれている。4月12日じからの上映を決めていた映画館5館が31日までに上映中止を決めたという。相次ぐ自粛で当面、公開のめどがたたなくなっている。

映画は中国人のリ・イン監督が、10年間に亙り、終戦記念日の靖国神社などを取材した映画で、靖国神社を巡るさまざまな出来事で構成されている。軍服姿で参列する人や、台湾や韓国の遺族が抗議する姿も描いている。今年の香港映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した作品。

映画は文化庁が管轄する「日本芸術文化振興会」から約750万円の助成を受けて製作されている。週刊誌に「反日的内容」との記事が掲載され、自民党議員の一部から助成の妥当性を疑問視する声が上がり、全国会議員を対象とした異例の試写会も開かれた。

3月18日に東京・新宿のバトル9が上映取りやめを決定。その後、銀座シネパトス、渋谷Q—AXシネマ、シネマート六本木、シネマート心斎橋も中止を決めた。銀座シネパトスを経営するヒューマックスシネマは「上映中止を求める電話がかかったり周辺で抗議行動があった。近隣や他の観客に迷惑がかかるため、中止を決めた」としている。

映画を配給するアルゴ・ピクチャーズは「言論と表現の自由の危機。大阪市の別の映画館と名古屋市内の映画館が上映の意向を示しており、都内についても引き続き上映館を探して行く」と話している。日本映画監督協会も、「表現の自由が侵されかねない」とする抗議声明をだした。

鈴木秀美・大阪大法科大学院教授(憲法)は「原則自由である映画館だからこそ、政治的言動であれ性的表現であれ上映できる作品は少なくない。映像で社会に訴えて論争を巻き起こしたいという表現者たちに、その機会を保障するのが映画館の本来の役割だろう。映画館側が、作品が問題視され、近隣施設への迷惑や混乱が予想されるという抽象的な危険だけで、上映を中止するのでは、日本の映画界における表現の自由の幅を狭めると批判されてもやむを得ないのではないか」と話す。

《鈴木教授自身は我が身に降り掛かる火の粉の心配はないのだ。正論を口にし、文字にすればよい。しかし、今の日本は現実問題として珍しくもなくピストルが鳴り響き、血が流されている。ヒューマックスシネマには中止を求める脅しの電話も入ったという。教授のように「抽象的な危険」でびびるなと映画館を責めることは、一方的に過ぎるのではないか。教授の意気や良しだが、万が一、襲撃事件が発生したとき、教授は「具体的」にどのような責任を取れるつもりか。矢面に立ち、死して正義に殉じたと謳うつもりか。

代案がある。文化庁管轄下で約750万円も出資しているのだ。映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞まで獲得している作品だ。「日本芸術文化振興会」で買い上げればよい。それから後は、国営放送もどきのNHKの電波に乗せればよい。靖国問題の国民への啓蒙にも役立つ。合祀のままでよいのか、分祀するべきか、別に国立の施設を作るのかなどだ。私の考えはブログに詳しいが、A級戦犯は靖国から出てもらい、それぞれの「家」の墓に入ってもらえばよい、と考えている。》

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コメント

すみません。映画の事となりますと、つい口出したくなりまして・・・。
「映画」の影響で殺人事件が起こっても、誰が誰に責任を取れといえるのでしょうか。
「振興会」でもなんでも、「映画」とは買い上げられていいものでしょうか。
いつもの逆説的な正論に感じ入っている読者です。これもパラドックスなんですね。「靖国」これも逆説的にマスコミにのって今後、多くの映画館に上映されるでしょう。

投稿: hanasaka23 | 2008年4月 5日 (土) 20時29分

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