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2008年3月31日 (月)

喉元過ぎれば熱さを忘れる

(余談)
東京の上野の山に集まる酒飲みたちのシーズンは、早々に過ぎ去った。肝心のさくらの花の満開の数日が真冬への逆戻りのような寒さと雨の天候で、夜間に酔っ払いが騒げたのは2、3日間だけであったようだ。しかし、その短い日数でも、急性アル中で救急車で病院送りになった酔っ払いが48人も出たという。こんな奴らのために救急車が出動することはない、死のうが生きようが放っておけばいいのに。

そのために自宅から準備してきたようなフンドシ一本の裸でふざけるバカ、フンドシには近くの桜の枝を折ったものを挿している。よった勢いで木に登り、注意されて下りたまでは良いが、注意した人間に一時間もクダをまいて絡む奴、喧嘩を始める奴、酔いつぶれている奴。酒の上のことはすべて許される日本の最も悪い馴れ合いの風習だ。天侯の急変、寒さ、雨のお陰で、テレビ画面ではこれ以上のバカ騒ぎを見なくて済む。

【閑話休題】
日本人の性質では、他にも“熱しやすく冷めやすい”というのがある。似たような表現にタイトルの「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉がある。

毎日新聞(3/31)から
2カ月前の中国製ギョーザに端を発した冷凍食品の問題がある。落ち込んだ冷凍食品の売れ行きが、被害発生から今日までに、徐々にだが回復しつつあるという。事件発覚直後には半分にまで落ち込んだが、今は8割前後まで戻ったとのデータもあるようだ。一方で、国産が好調だが、原材料として中国産が使われている場合も多いとされ、実態とは別に「国産信仰」が進んでいることもうかがえる。専門家は「冷凍食品に依存した日本人の食生活は急には変えられない」と指摘している。(中略)

大手冷食幹部は「市販用は国産がよく売れ、外国産は低迷している」と話す。しかし、国内で製造された冷凍食品に現在料の産地を表示する義務はないため、中国産野菜などを使っている場合もある。実際、生協では店舗販売の国産加工食品(主に冷凍食品)のうち「隠れ中国産」は4割以上に上っている。

食生活を研究する大手広告代理店「アサツーディ・ケイ」の岩村暢子さんは「冷凍食品の代替品はない。事件のほとぼりが冷め、再び買い始めた」と分析している。

《夫婦共稼ぎで殆ど台所に立つ時間がなくなった日本の主婦たち、よく2カ月間冷凍食品なしで我慢してきたと思う。家を出る時、家に帰りついた時、チンするだけ、或いは簡単な手を加えるだけで腹に流し込める冷凍食品の加工に慣れていた。それが危なっかしい手つきで包丁を、匙加減も考えながらの味見をしながら時間をかけて作らなければならくなっていた。一向にラチの開かない事件の解決に、そろそろ面倒さに痺れを切らしての限界が近づいていたのだろう。恐る恐る買い始めるころと判断したのだ。付和雷同するが、冷めやすいのも日本人のDNAだろう。》

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2008年3月30日 (日)

無戸籍児227人

毎日新聞(3/30)から
離婚後300日規定に伴う無戸籍の子どもが昨年6月時点で、全国に少なくとも227人いたことが厚生労働省の調査で分かった。全自治体対象の無戸籍児への児童手当の支給状況調査で判明した。支給対象児が小学校卒業までだったり、親の所得が一定以下などの制約があるため、実際はもっと多いとみられる。

《どうして無戸籍の子が生まれるなどとということが発生したのか。ここでいう「離婚」とは法律上の婚姻関係の解消のことをいうのであって、暴力、酒乱、浮気など理由の如何を問わず、夫婦が短期間或いは長期間別居していることや、離婚調停中や裁判係争中など、ただ同居していないことを言うのではない。ということは、法律上は婚姻関係が継続している間に妊娠、出産すれば不倫、浮気、男の側からは他人の妻との密通など不義の子となり、問題になっている無戸籍となる子が生まれることになるのだ。》

《世の中挙式まで待てずに、結婚前に子どもを作ることが流行しているが、夫のある身で同じように夫以外の男との間に子どもを作る行為の流行に便乗することは許されない。》

今回の調査のように、公的機関の調査で無戸籍児の人数が明らかになるのは初めてだ。調査は、同3月に「無戸籍でも実態調査の上で児童手当などを支給できる」と通知したことから、支給状況などの把握目的で実施したものだ。通知によって児童手当を支給したのは160市区町村。都道府県別では、大阪府が24件(市区町村数12)で最多。続いて愛知県18件(同11)、東京都15件(同10)、静岡県15件(同7)と続いた。

同じような調査は、毎日新聞が都道府県庁所在市と全政令市区(東京23区含む)で実施し、昨年12月末時点で127人だった。

通知は「保育所への入所」「乳幼児健康診断」などの母子保健事業の実施 — についても、無戸籍で問題なしとしており、調査はこれらについても実施。新たに保育所入所を決定したのは19市町村で19件、母子保健事業実施は124市区町村で172件あった。

厚労省児童手当管理室は「通知の徹底を図ると言う意味でも調査した。公表を想定していなかったので、結果を明らかにしなかった」と話している。

《繰り返すことになるが、法律の元に婚姻関係を解消する前に妊娠するのも出産するのも自由だ。だが、自由とは責任ということの同意語だ。自分達が行なった自由の責任は、自分達で取らねばならない。それは『生まれた子が可哀相だから』という同情論にすり換えて、自分たちに都合の良いように法律を変えることではない。法治国である限り、当然の結果として、無戸籍児として受入れることで親としての責任を取らねばならないのだ。何の同情を寄せる必要もないことだ。》

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2008年3月29日 (土)

携帯使用を注意され死なす

Dscsakura 一気に開いたさくら

花曇りでぱっとしない色になった


世の末のような事件が連日続く。

毎日新聞(3/29)ほか、から
バスの車内で携帯電話を使っていることを注意されたことに腹を立て、注意した男性に暴行して死なせたとして、三重県警松阪署は、同県大台町佐原、無職の中田義一容疑者(58)を暴行容疑で逮捕し、28日に障害致死容疑で津地検に送検した。

調べによると、中田容疑者は26日午後4時40分ごろ、松阪市春日町の競輪場から松阪駅に向かうバス車内で、携帯電話を使用したことを注意した四日市市小杉町、鈴木護(61)の胸ぐらを掴んだり座席に押しつけたりおよそ10分間に亙って暴行した疑い。バスは松阪競輪場が路線バスを貸し切り、臨時に松阪競輪場と松阪駅を往復し、競輪場の利用客には無料で使用できるようにしている。

中田容疑者が鈴木さんの前の席で携帯で話す声がうるさかったため「やかましいやないか」と、車内の人にも聞こえる大きな声で注意されたことに腹を立てた容疑者が、暴行に及んだという。バスが松阪駅について運転手が残って争っている2人を見つけ、交番に通報し、駆けつけた警察官が暴行の疑いで現行犯逮捕した。一旦バスから降りたが、鈴木さんはその場で倒れて意識を失い、搬送先の病院で27日朝死亡した。

司法解剖の結果、頚部圧迫で低酸素症を起こし腹膜炎を併発したことが分かった。

三重交通も乗り物の中は、携帯電話使用禁止の呼び掛けは行なっている。当時バスの中には約30人の乗客が乗り併せていたが、容疑者が暴行している間誰も暴行を止めなかったという。以前、特急車内で強姦事件が起こった時も約30人の乗客の誰も助けに入らなかった。識者はモラルの頽廃を嘆いたが、昨今、見境なく凶器を振り回すキチガイの出現する時代だ。まして、携帯使用禁止を呼びかける車内で周りが五月蝿く感じるほどの大声で電話するほど元々ガラの悪い人間だ。やっぱり、というべきか勇気を持って注意した鈴木さんは、殺される羽目にあった。

容疑者は競輪で大負けしたのかも知れない、そのため、虫の居所も悪かったかも知れない。己のしていることの反省もなく、後ろの席にいる人の耳に五月蝿い声で喋っておきながら、注意されて逆切れした。

携帯電話のマナーはますます悪くなっている。しかし、このような事件が報道されれば、これから勇気を持って注意する人の数は、ますます減少することになるだろう。

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2008年3月28日 (金)

ただ「道理」が通っただけのこと-「沖縄ノート」訴訟

昭和一桁に生まれ、その時代を生きたものとして、沖縄戦における日本軍の関与についてはどうしても書かねばならないこととして、何度もブログに載せてきた。男と生まれたからには死して国のため、天皇陛下のために忠節を尽くすこと(尽忠報国)を本分とする旨、年端も行かない子どものころから叩き込まれた。そして、「男とは死ぬことと見つけたり」を覚悟して皆は軍国少年として成長した。

しかし、華々しく緒戦を飾った第二次世界大戦も、開戦僅か3年と8カ月で原子爆弾2発が落ち、全土を焼け野原にして日本は戦争に敗れ、外国軍隊の占領下に置かれることになった。敗戦の真際、戦場となって住人を巻き込んだ陸上戦が行なわれたのが沖縄の地だった。追いつめられた日本軍は、最後には島民たちが、米軍の捕虜となって軍事機密が漏洩するのを恐れ*、軍は島民各人に手榴弾を配布したのだ。

 * 昭和16年、陸軍大臣東条英機の戦陣訓。17年から『軍隊手牒』に印刷し、軍人の必携となる。「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」は日本兵に対する死の強制の役割を果たすものであった。それは捕虜は軍人最大の屈辱であるとするものであったが、日本軍は沖縄の人たちに、軍人と同じことを求めたことになるのだ。

【閑話休題】
毎日新聞(3/28)から要約
ノーベル賞作家・大江健三郎(73)の著作「沖縄ノート」などで、第二次世界大戦の沖縄戦で集団自決を命令したとの虚偽の記述をされる名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の戦隊長らが大江と出版元の岩波書店に対し、出版差し止めと慰謝料2000万円の支払いを求めた訴訟の判決で、大阪地裁(深見敏正裁判長)は28日、請求を棄却した。深見裁判長は、隊長の自決命令の有無について「認定には躊躇せざるを得ない」と明確な判断は避けたが、当時の状況などから「集団自決には旧日本軍が深く係わった」とした。

つづいて、名誉毀損にあたるかどうかに関しては「隊長の関与は十分に推認される。(記述には)真実と信じるに足る相当な理由があり、名誉毀損は成立しない」と判断した。

原告は、沖縄・座間味島にいた海上挺身隊第1戦隊長の梅沢裕(91)と渡嘉敷島の同第3戦隊長だった故赤松嘉次の弟秀一(75)。沖縄県平和記念資料館によると、座間味島では171人、渡嘉敷島では329人が集団自決したとされる。

隊長らは05年8月、いずれも岩波書店が出版した「沖縄ノート」と故・家永三郎の「太平洋戦争」での記述を巡って提訴した。「隊長命令の有無」と「名誉毀損の成否」が争点となった。

深見裁判長は軍の関与について、手榴弾が自決用として交付されたこと、日本軍が駐屯しない島では集団自決が発生しなかったことなどを根拠に「(軍が)深く係わった」と認定した。両島では、軍が「隊長を頂点とする上意下達の組織」であり、隊長の関与も「十分に推認できる」とした。直接的な命令の有無については「命令の伝達経路が判然としない」とし、判断を避けた。

先に上げた「軍隊手牒」の中には「軍人勅諭」も印刷されており、その中には日本の軍隊の成り立ちから、天皇統帥権にも触れていた。“朕は汝等軍人の大元帥なるぞ”として5カ条の規律が示された。その中の1、2を挙げると、
 1つ軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。として(抜粋)『只ただ一途に己が本分の忠節を守り、義は山岳よりも重く、死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ』
 1つ軍人は礼儀を正しくすべし。として上は元帥から下は1兵卒まで、階級があり、同列といえども新旧がある。新任の者は旧任の者に服従すべきことを説き、(抜粋)『下級の者は上官の命を承ること、実は直ちに朕が命を承る義なりと心得よ』普通には(上官の命は直ちに朕が命と心得よ)といわれる文言がある。

このことから、深見裁判長が直接的な命令の有無についてその「伝達経路が判然としない」としたのは理解できる。命令があったと認めることは、軍人勅諭で言う『上官の命則ち天皇の命』があったということになり、それはそのまま天皇の戦争責任問題としてタブーのようなものに触れることに繋がるからだ。深見裁判長の言う「上意下達の組織の中で、関与していたことが明白である、とすることで十分だろう。本当は逃げてはならないことだが、究極、天皇の責任問題に触れるようなことになれば、長崎市長や、昨今はやりのキチガイによる刃傷沙汰を招きかねない。

このことが理解できていない秦邦彦・元日本大教授(日本近現代史)は「集団自決に関与していたことは隊長たち自身も認めており、争点は、どう関与していたかだった。集団自決の命令があったという証言の一方で、隊長等が『自決するな』と言うのを聞いたという証言もあった。しかし、判決は、そのどちらが正しいかを判断していない。法的判断を放棄した、はっきりしない、逃げの判決だ」と話す。

いずれにしても、歴史認識を巡る論争にも発展した訴訟だった。大江は「裁判の背景には政治的な大きな動きがあった。その一つが03年の有事法制の立法化だった。」と指摘する。「戦争をできるようにする制度を、倫理的に拒むため、これからも沖縄ノートで書いたことを主張し続けたい」と語った。

一方原告側代理人の徳永信一弁護士は「不当な裁判だ。直ちに控訴する。軍の関与が推認できるということをもって、隊長命令があったという表現の正当性を認めたのは論理の飛躍」と唇を震わせた。

奇しくも大阪地裁で判決が言い渡された28日は、沖縄県渡嘉敷島で集団自決があってから64年目の当日であった。

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2008年3月27日 (木)

聞きたくない歌い手ふたり

3月25日、放送局、時間に記憶はない。
たまたまテレビをつけた。現在の日本の歌い手の中でも飛び抜けて酷いレベルの裏声で歌う2人のうちの1人の男がギターを抱えて歌っていた。いつもなら即座にチャンネルを変えるのだが、ブログで書いてみたかった。どこかの女子高の卒業式への飛び入りとのことだった(仙台ときいた)。その男の名を森山直太朗というド素人としか思えない男だった。うたっていたのは「さくら」。裏声が悪いのではない、ヨーデルのような綺麗な裏声を聞いている耳には彼やもう1人の彼(後出)の裏声は頭にタオルの乗せて歌う風呂場の鼻声か、トイレの中でしゃがんだまま歌う空気の抜けた歌のレベルで、それ以上のものではない。

テレビカメラが撫でるように写す卒業生たちは、うっとりと見つめ、聞き惚れて涙を流してハンカチ片手に聞き入っている。その間中、音程の定まらない消え入るような裏声がずっと流れている。この素人歌手の歌が本当に彼女たちの涙を誘っているのだろうか。特別の記念日が彼女たちの感情を高ぶらせた結果、そうさせているのだろうが、本当にうまい歌手がいない現在の日本の歌謡界、本物を求めることは難しいことかも知れないが。

そう、彼女たちは歌に酔い痴れているのではない。「空気を読んで」いるのだ。卒業式と言う空気、森山直太朗という人気歌い手の空気、「さくら」という曲の空気、その空気の中で陶酔しているだけなんだ。それが「涙」という空気を作り上げているのだ。

毎日曜日、正午の時間、敗戦後の市民の暗い心を慰めるのに役立った「NHKのど自慢」(第1回、1946年1月16日、当時は「のど自慢素人音楽会」)という長い歴史の番組がある。今も続いているが、今では養老院の慰安のためにあるようなレベル、内容に様変わりしている。当時歌謡界には戦争のために人材が不足していた時代で、歌手の登竜門ともなるほどのハイレベルな素人が続々と舞台に出て来た。それでも審査員の厳しい評価を受け、鐘3つを鳴らすのは至難のことであった。一時間の番組中、1人、2人でも出れば出来がよい方だった。

当時の審査は本当に厳しかった。マイクに向かい、一声発したところで鐘1つが鳴らされることが普通だった。評などない、即座に退場だ。歌とはその第一声で決まるものだ。当時なら現在の日本の歌謡界の男女歌手たちの殆どは鐘1つか、いいとこ2つだ。多分森山などのレベルでは、予選も通らないだろう。このレベルは自分が歌手だと思うことで自己満足するだけのものだ。

もう1人、空気の抜けたような裏声で歌うのは平井堅という髯面の男。いかにもいかつい男性らしい面構えからは、男性的なバリトンかテノールを想像する。ところがである、彼が発する声ときたら拍子抜けするような女々しい裏声なのだ。その裏声は一気に音圧レベルが落ちて蚊の泣くような声になって音程が定まらなくなる。これは森山もその他の現在の殆どの裏声を使う日本の歌い手たちも同じだ。 発声訓練も碌にせず、ただ狭い音域を裏声で誤魔化して逃げる。

余談になるが、前にも書いた。いつかツンクが女性新人歌手を教える番組を見ていた。下手だがなんとか声を出そうとする新人だが高音域になると出ない。元々勉強していないから音域の狭い喉だ、ツンクが即座に「ファルセットでやってみようか」と来た。教える方も気楽な即席だ。素人で通用し、裏声が流行るはずだ。日本の歌謡界は訓練して、訓練してなど、お笑いのあほらしい世界のようだ。

このような音楽界では優れた歌手など生まれようはない。マイクロフォンが発明されて歌手の発声法が一気に変化した。マイクなしで客席の隅々まで通る声はクラシックの世界には残ったが、それ以外の歌ではその声は強いて求められなくなった。いわゆる囁くような歌唱法が一般的なものになった。しかし、それでも声は腹から出すもので、鼻の裏から出すものではないだろう。

その彼、平井堅が歌う姿がまたお笑いだ。空気の抜けたような歌に、なぜあのようなしかめっ面が必要なのか。頭にタオルが似合いそうな気楽な鼻歌に、しかめっ面などいらない。何を表現するのに必要なしかめっ面なんだろう。汗だくで、何を言っているのか聞き取れない大声で怒鳴っているだけの歌い手の、顔が歪むのはわかる。誰でも大きな声を出す時は顔が普通ではなくなる。平井のような泣くような裏声にしかめっ面は必要ない。

カテゴリー「音楽」としたが、さて、マスタベーションのレベルのお二人さんはそれに値するのだろうか。私は目を瞑り、耳を塞いで逃げていたいものだ。

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2008年3月25日 (火)

勢いがついて来たか企業内保育所 ほか

 ペチュニア(花言葉:あなたといると心が休まる)
Petunia





 初夏からの開花のようだが、次々に開き始めている。

毎日新聞(3/25)から
アグネス・チャン(論争)が蒔いた種が芽をだし、どんどん膨らんで成長していく。三井物産本社(東京都大手町)ビル一階に4月1日、社員向けの「かるがもファミリー保育園」が開設される。社員の仕事と育児を両立させるために企業内保育施設を開設する企業は増えているが、大手商社では初めてになる。

保育園は、小学校入学前の社員の子どもが対象で、15人まで受け入れる。同社の関連会社に運営を依託し、保育士が2〜5人常駐する。開設にかかった費用は約4000万円で、運営に年間約3000万円かかるという。

同社では、社員が育児休暇を取った後、保育園不足で子どもを預ける先を見つけられず、復職に支障をきたすケースも起きているという。

《これまでブログで何回も企業内保育所の必要性を説いてきた。やっと各企業もそのメリットに気がついたようだ。三井物産本社に何人の子育て世代の女性、或いは男性が働いているのか知らないが、十分な受け入れ人数なのだろうか。保育所は母親だけのものではない。入学前の子どもというのであれば、父親が預けることだって十分に可能だ。これからは企業責任として、保育所の併設を義務づけるようにすれば良い。》

参照 企業内保育所 06/11/30

▽投書が目についた。『方言消滅が地方文化を衰退させる』というもの。
(田舎へ行く。田舎といっても東京から50キロぐらいの茨城県南部である。この辺に住む幼稚園児、小学生と話すと、ほとんど標準語で土地の言葉は使わない。30代、40代のその親たちも同じで、方言を話すのはその親の世代だけだ。

以前はこの辺に住む人は老いも若きも、土地の言葉で話していたものだ。それがわずかの年月で方言が使われなくなってしまった。後何年か経てば、この土地の方言は滅んでしまうのか? 方言は悪い言葉というような誤解から、方言の市民権を認識することが一般的になっていない。

子どもたちが学校で標準語だけを学び、テレビで東京言葉を覚える。土地の言葉を捨てることは、大きく言えば地方文化を滅亡させることだ。地方に住むお父さんお母さん、どうかお子さんを「標準語」と「地元の言葉」の両方を使える子に育ててください。その土地に生まれ、その土地に育つことを誇りに思うように)東京都北区に住む77歳の男性から。

《現役時代を思い出した。地方(主に新潟、秋田)から就職して来る部下を預かり、入社式では社長初め来賓の挨拶がある。今から35年以上も前になる。役員らの出身地のこともあって偏った募集でもあった。従来から社内には方言が飛び交っていた。私は関西出身だが両親の出身地の九州訛りも、父親の転勤につられて移動して住んだ姫路訛りも丹後訛りも感化されていなかった。そのために故郷の方言を持つ人たちが羨ましかった。

新人教育を担当していたこともあって、入社式にはしゃべる機会が持てていた。ある年のこと、一人の来賓(業界でも社会的にも名が通っていた)が、「一日も早く方言を克服して標準語を話せるようになりなさい」と訓示した。内心穏やかならない気分のまま続いて私が壇上に上がった。

そう、来賓の話に刃向かうように方言の大切さを話し始めた。「臆せずに方言で喋ってくれ」「わからない言葉は、分かるまで聞く」「君たちを育てくれた故郷を忘れるな、田舎だと決して卑下するな」などなどだ。その年以降、毎年方言の大切さを説いてきた。

少し異なるが、少数民族の間では、失われつつある母国語を若い世代に伝えて行く運動がずっと続けられている。長い地球の歴史の中で、失われた言語は数えれば切りはないだろう。今なお遺跡から出土した文字の中には解読されていない言語もたくさんある。方言もいずれは変化し、淘汰されることになる運命かも知れないが、できればいつまでも残っていてほしい言葉だ。》

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2008年3月24日 (月)

運転経歴証明書

高齢者の事故が急増している事態を受け、98年4月、運転免許証の自主返納制度が開始された。しかし、ドライバーの中には運転免許証を身分証明書として使っている人も多く、返納することへの不安がつきまとう。このため、ドライバーの心情に配慮し、02年6月から運転経歴証明書の発効が始まった。

最近テレビでもスポットで流されることがある。高齢などの理由で運転免許証を返納したあと、希望者に交付される「運転経歴証明書」について。一見便利に思える証明書のようだが、必ずしもそうではない面があるようだ。

私も今年が免許証の書換え年で、これが最後の手続きだと考えている。まだまだ運転には自信はあるが、年金生活には維持費もばかにならなくなって来た。7月の車検の費用も長男からの援助を受けることになる。

同証明書のサンプルが、裏表とも紙面(毎日新聞2/19)に載っている。これから書く話に大事になのは裏面なので、そこに書かれている注意事項、全4項目を転記する。
 1)運転経歴証明書は、申請による取り消しを受けた日前5年間の自動車等の運転に関する経歴について証明するものです。
 2)この証明書では、自動車等を運転することはできません。
 3)住所等に変更を生じた場合でも、変更事項の記載を受けることはできません。
 4)亡失等をした場合でも、再交付を受けることはできません。
となっている。

兵庫県にお住まいの81歳の男性が、昨年4月、50年以上所持していた運転免許証の返納を決意して、地元の警察に出向き、返納と同時に運転経歴証明書の交付を申請して、11日後に受け取った。「後々、身分証として役に立つだろうと思ってだった。

しかし、手に入れた運転経歴証明書の裏面には、住所などが変っても変更分の記載を受け付けないことや、紛失した場合も再交付しないことなどが書かれていた。「これじゃあ、ただ持っているだけで、利用価値がないなあ」と少しがっかりしたという。運転経歴証明書を提示したのは保養施設で高齢者割引きを受けるために、年齢証明として昨年12月に一度だけ使ったことがあるという。

運転免許証とほぼ同じ大きさのカード型で、都道府県によって若干異なっている。発行した時点から過去5年間の運転経歴を証明し、氏名、住所、交付日のほか、優良ドライバーだったかどうかも数字で記される。ただし、資格を表す運転免許証と違い有効期限はない。

全国銀行協会によると、03年1月に施行された本人確認法の施行規則によって「有効期限のない書類は作成から6カ月以内のものに限る」とされ、それ以後は身分証明書としての効力を失うことになる。

警察庁運転免許課の杉俊弘・課長補佐は「(運転経歴証明書ができた)当時とは身分の証明をめぐる情勢が変ったのは確か。しかし免許証は本来、身分証明書ではなく、副次的にその効果があっただけ。運転経歴証明書はあくまでも過去の事実を証明するものであって、(住所変更など)情報の更新は困難」と話す。

では免許証に代わる身分証明証が必要な時にはどうするのか。銀行の手続きなどでは住民基本台帳カード(住基カード)が活用可能だ。住基カードは、写真つきと写真なしの2タイプがある。知っていれば運転経歴証明書を取得しなくても不便はない。しかし、どちらも発行手数料が必要だが住基カードの方がほぼ半額で済む。

その他では、携帯電話を新規契約する場合、NTTドコモは基本的に運転経歴証明書が利用可能。auでも運転経歴証明書とともに、住民票などの補助書類を提出すれば認められる。しかし、ソフトバンクやPHSのウィルコムでは利用できないという。ウィルコムは「運転経歴証明書は記載内容の変更が認められておらず、住所を変更した場合に現住所が確認できない」と説明している。

また、郵便窓口では、不在で受け取れなかった書留などの郵便物を窓口で受け取ることは可能だが、本人限定受け取りに指定された郵便物の場合は、運転経歴証明書は本人確認書類としてが使いえない。

たまたま私が目にしたテレビスポットでは、これらの詳しい情報には一切ふれていない。ただ、運転経歴証明書の紹介をしただけの内容だった。新聞では触れていないが、パスポート、健康保険証などは本人確認書類として利用できるのではないか、確認の必要はあるが。

65歳以上の運転免許証の返納者の推移
 01年 ・・・・ 3483人
 02年 ・・・・ 8073人
  ・
  ・
 06年 ・・・2万3203人
返納増に比例するように運転経歴証明書の交付件数も増加し、06年は返納者の67%に当る1万5495人が取得しているという。

余談になるが、運転経歴証明書を取得したメリットとして、各地域でタクシー運賃の割引きや、路線バス運賃の半額割引き、温泉入浴料の割引き、商品券の交付など、さまざまなサービスが提供されるようになって来ているという。

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2008年3月23日 (日)

子を見れば親が判る

  さくらそう(花言葉:若い時代と悲しみ)
Sakuraso_2




埼玉県下に広く展開するディスカウントスーパー・ロヂャースの一つに日曜を承知で出かけた。(そうそう上の写真、たまたまのことだが、さくらそうは埼玉県の県花)出かける前に嫌な予感のようなものがあった。途中で立ち寄る店に必要な書類を忘れ、自宅まで取りに戻る失態をやっていた。

もとはボーリング場からスタートし、改装、新築して出来上がったスーパーだ。安いことでは髄一の評判の店である。年中無休なのに通常の曜日に行っても店内はごった返しの状態が多い。屋内外併せて600台以上の駐車スペースを持つ駐車場があるが、午前10時の開店時に少しでも遅れると駐車スペースを探すのに苦労するほどだ。今日は珍しく運良く目の前の車が用を済ませてスタートし、あとに入れることができたのだが、これで今日の運は使い果たした格好になった。

カートを準備して店内に足を踏み入れた途端だった。「きゃー!!」悲鳴に近い子どもの叫び声が響き渡っていた。「ママー、ママはどこ!」どこからか小学低学年らしい女の子が走りよって抱き上げた。「ママー、ママがいない」「うるさい」お姉ちゃんがたしなめて言った「パパがいるよ」。何のことはない、その子らの若い父親がカートを押してバカ面してニタニタと二人を見おろしている。「ママー、ママがいない」。私たち夫婦が買い物している間中、このやり取りが店内を移動しながら響き渡って追いかけてくる。母親が近くにいると静かだがすぐに「ママー!」。甲高い声に思わず首を回すと夫婦が顔を見合わせてヘラヘラだ。公共の場にいることの認識を持つ親は殆どいない。ぐずる子に、たしなめ言い聞かせる親の姿を目にしたことは先ずない。学級崩壊もあって当然、と想像できる。

この「ママー」は先のバカ親子だけではない。他にも3組4組が「ギャー、ギャー、ママ、ママ」と大声の較べ合いのようにけたたましい。また、ロヂャースのカートは普通のスーパーのものよりひと回りは大きい。これで通り道を塞がれては望みの場所に行くのに手間がかかる。しかし、気にする人は先ずいない。知り合い同士カートを並べて歩くのはどこのスーパーでもある風景だがここは余計に腹立たしい。

女の子を連れて甘いものを買いに来た母子。同じ棚のものを見たいのだが座り込んで動かない。直ぐ近くに立って待った。次から次に商品を手に取り、消費期限を確かめている。20個はあったものを一つ残らず手にした。その棚のものを買う気を失い、大きな声で「不潔極まる」(母子は上を見た)と一言残して買わずに去った。女の子を連れた母親が多い。小さな子どもがいなくなって久しい年齢には忘れ勝ちのことだが、学校が休みに入っていたんだ。道理で店内は走り回る沢山の子どもで溢れていた。

私同様迷惑をかえりみない人間には至って厳しい妻と、どうしようもなく苛立たしい気分になって逃げるように店を後にした。「いらいらして事故を起さないで」と祈るように言われながら車に乗り込んだ。

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2008年3月22日 (土)

18歳成人

  水仙(ナーシサス:ナルキッソス)
NarcissusNarcissusa
 



<ギリシャ神話>
美青年のナルキッソスに愛を拒まれたエコー(森の精霊)が、青年が、泉に映る自分自身の姿を見つめ続けるように運命づける。呪われたように虚しい情熱にとらわれた彼は、水に映る己の姿に恋い焦がれ、泉の傍らに横になったまま遂に憔悴して死んでしまう。神々は彼を憐れんで水仙の花に変えた。ナルシズム(自己愛、うぬぼれ、がそのまま花言葉になっている)の語源。

先に2月のブログで「18歳は成人か」を書いて、“とんでもない、成人とは呼べない”と評した。賛否は盛り上がらないままに僅かな記事が載ることがある。その中の一つだが、毎日新聞が3月1,2の両日実施した電話による全国世論調査で、成人年齢を18歳に引き下げることの是非について尋ねたところ、

      反対  賛成
 全体   60%  36%
 女性   66%
 男性   52%

年代別でみると、男性30〜50代は「反対」と「賛成」がほぼ拮抗していたが、
        女性はどの年代も「反対」が6割を上回った。
        18歳前後の子どもを持つ主な世代に当る40代女性は「反対」が73%で各年代でトップであった。

鳩山邦夫法相は先月13日、民法を改正し「成人」年齢を引き下げるかどうかについて法制審議会に諮問したが、国民の間では慎重論が根強いことを窺わせた。

反対の理由は
 精神的に未熟だから ・・・・・・・・・・・・69%
 18歳から飲酒・喫煙が認められるのが心配 ・・16%
 親の許可なく消費契約を結べるのが心配・・・・14%

一方、賛成の理由は
 若い人に自覚を促し、責任を持たせることができる・・62%
 十分に責任を取れる年齢だから・・・・・・・・・・・29%
 18歳成人が、欧米各国の主流だから・・・・・・・・ 9%

《現状遊びたいさかりの18歳に、責任を説いても無駄だ。18歳といえばまだ高校生だ。20歳を過ぎても親の金で大学を卒業していながら、卒業旅行に海外へでかけ、親の金を頼みの遊興に耽る。彼や彼女たちに責任や自立の自覚などあるわけもない。40代女性の73%が反対なのは娘、息子を観察しての実感だろう。逆にみれば、親の側の子離れができていないことが最大の原因であるように思える。可愛がるだけで何一つ躾もせず、自由の本質である責任など教えても来なかった。その子供たちが自立できるわけもない。「十分に責任が取れる年齢」とは何を基準にしてのことだろう。まして、欧米各国がそうだからは、裏付けにはならない。欧米各国にしても、昔からの慣例に過ぎないのだから。

1番よく分かっているのが当の世代だ。甘やかされるだけ甘えて育った幼児性を十分自覚しているのだ。一方では大人の世界の無責任さを反面教師として観察している。兎や角いうほど大人は偉いのか、だ。まだまだ遊びたい、大人にはなりたくないのだろう。

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2008年3月21日 (金)

「大学生・高校生の地理的認識の調査報告」

あー、驚いた、驚いた!! 驚愕という以外に言葉がない。
大学生で白地図の上で東京都がどこにあるのか明示できない人間が地理履修者で3・1%、未履修者で6・4%、合計では4・9%もいるとは!。信じられる話だろうか。大学では地理未履修者が別に分類されて集計されているが、言い訳にはならない。地理は中学時代に学んでいる学課だ。如何に受検勉強が偏ったものに陥っているか解ろうというものだ。それにしても、こんな低能レベルのおつむでよく大学が入学を許可したものだ。

どんなに流暢に英語を喋ることができようが、生まれ育った国の首都がどこにあるかも知らないでは、国が鳴り物入りで囃し立てる国際人、グローバル人間などナンセンスな夢物語という他ない。

毎日新聞(3/20)から
記事は「宮崎県ってどこ? 高校生の正答率43%」とあるが、これは昨年12月から今年2月、東京都を中心とした51校の高校生6159人と全国31校の大学生3747人を対象に、日本地理学会が実施した調査の面白いところだけを抽出して活字化した見出しだ。

どちらも同じ白地図上に記した番号から選択するように出題されている。紙面に取り上げた宮崎県の正答率は高校生42・7%、大学生67・3%で、島根県や愛媛県も低かった。

同学会の地理教育専門委員会の滝沢由美子委員長(帝京大教授)は「地図の上で事象を捕らえる教育がなされていない。時間軸で見る地理をバランスよく指導することが必要だ」と話した、という。

同学会の調査報告をもう少し詳しく見てみよう。
         正答率(%)
  都県名  高校生*  大学生**
  東京都  93・0   95・1
  長野県  80・8   91・0
  秋田県  77・3   85・5
  石川県  76・8   87・2
  愛知県  66・1   84・5
  栃木県  65・2   79・3
  奈良県  62・5   78・6
  島根県  51・5   65・9
  愛媛県  49・6   68・5
  宮崎県  42・7   71・5
・高校生のn=6159*(人)の内訳

 *     高校数  回答生徒数(人)
  北海道   1     50
  茨城県   1     40
  埼玉県   1    213
  千葉県   7    982
  東京都   37   4,398
  京都府   1    119
  兵庫県   3    357

 **大学生の正答者数は履修・未履修者の合計で算出:人(内訳)
  東京都    1,280
  長野県    1,139
  秋田県    1,065
  石川県    1,075
  愛知県     986
  栃木県     900
  奈良県     892
  島根県     758
  愛媛県     682
  宮崎県     560

これが国際社会で活躍する人間となれば必須ともなる諸外国の地理上の位置を、国内同様の白地図上に記した番号で答える設問だ。
          正答率(%)
   国名    高校生  大学生
  米国     83・6  95・6    
  ブラジル   79・3  92・3
  インド    77・4  96・7
  北朝鮮    66・6  88・7
  フランス   60・4  84・9
  フィンランド 44・7  63・3
  ケニア    44・4  63・9
  ベトナム   38・8  67・0
  スイス    37・6  67・8
  イラク    25・6  50・2
惨澹たる現実だ。米国の位置を知らない高校生が16・4%、大学生が4・4%いる事実をどう捕らえればいいのだろう。イラクに至っては高校生で4人に3人、大学生で2人に1人がどこにあるかを知らない。9・11以来連日のようにメディアに取り上げられる国だ。これでは日本人のグローバル化など、100年待っても不可能なことだろう。

国際社会に生きる日本人として必要不可欠な地理教育の充実のために、日本地理学会は次のように提案している。
 1)小中高を通じて、地図・地理教育の充実を図り、社会に関心を持つ国民の育成を図ること
    地名や国名の認知は、単なる暗記を求めてるのではない。その場所をしっかりと把握しているということは、そのことに関心を持っていることを表わす。世界と日本の諸事象に関心を持つことは、これからの社会に生きる上で不可欠な素養だ。とくに、高校においては地理の履修が適切に行なわれるよう広く学校関係者に強く要望する。
 2)地理を専門とする教員の確保と教員の研修機会の充実に努めること
    教育の充実のためには、教員の確保と資質の向上が不可欠である。中・高には地理の専門の教員を配置することを求める。また、学校教育の根幹の授業に立ち戻って、多様な研修機会の活用と参加のシステム構築が必要だ。そのための環境整備が行なわれるよう要望する。
 3)学校教育で活用可能な地理情報の積極的な提供に努めること
    地理教育では、食糧問題やエネルギー問題、環境問題、人口問題など地域に関するさまざまな内容を扱う。教育の充実のためには地域の情報など、広く活用できる形での提供が必要となり、関係諸機関の協力が不可欠となる。

《従来の中学の地理では、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、旧ソ連や東欧と、地域ごとに特色のある国々の殆どを学んでいたが、学習指導要領の改訂で、02年の教科書から学ぶ国の数が絞り込まれてきたようだ。とはいえ、今回の調査で求められる各地域を代表する国々のことは必ず学んだはずだ。高校生、大学生ともに余りに恥ずかしい幼稚なレベルには驚く以外にない。

また、国際化、グローバル化といえば英語、としか頭にない連中は、生まれ育った自国の言葉、自国の歴史を疎んじる傾向にあるが、国際社会の中の日本を考える時、英語を活かすためにも世界の国々の歴史と関わる日本の歴史を学ぶことは地理同様に絶対に欠かせないことだと思う。先日、神奈川県教育委員会が県立高で日本史を必須化する方針を決めた(毎日新聞 3/10)が、この問題については賛成の立場から日を改めて述べてみたい。》

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2008年3月20日 (木)

すねかじり

新聞の19日に記事が載ってから、ブログには先を争うようにこぼれるほどの書き込みが続いている。

私の世代、昭和一桁が言う“すねかじり”とは、いっとき好んで口にされた“パラサイト”(parasite :親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している状態)の意味合いが強い。ぐうたら、穀潰(ごくつぶ)し、といったイメージだ。

しかし、今回の新聞の記事は結婚している夫婦についての調査のようだ。意味不明なのは、出産その他の祝い金やお年玉なども含まれてデータに含まれていることだ。親が孫の出産や、孫にお年玉、入学祝いを祝福するのは慣行、慣例のようなもので親に取っても子にとってもお互いに“すねかじり”とは解釈してもいないだろうし、“すねかじり”のデータとして包含するものではないだろう。

話題の調査は日本大学人口研究所(小川直宏所長)の「仕事と家族」。
これによると、結婚している人の約6割が過去1年間に自分の親や配偶者の親から経済的な支援を受けており、50代でも半数を超えることが分かったという。

07年4月から7月、無作為に抽出した全国の20〜59歳の男女9000人を対象に調査を行なった。4624人(51・4%)から有効回答を得た。親や配偶者の親から「経済的に支援してもらった」と回答したのは56・1%
 20代夫婦 ・・・ 65・8%
 30〜50代 ・・・ 5割を超え
 50代 ・・・・・ 51・2%が支援を受けていた。
金額は12万円未満が64・3%と大半を占めたが、年60万円以上受け取った人も1割以上(11・3%)いた。

結婚後もなお、親が子どもにとって安全を保障してくれる役割を果たしている実態が浮き彫りになった、とは記者の表現だ。

結果について小川所長は「50代は収入が頭打ちになるなか冠婚葬祭など支出が増える。そのため、年金収入がある親世代から支援を受けることが多い。核家族化が進んでいても、なお家族間には相互扶助が働いていることがうかがえる」と指摘する。

《「核家族化が進んでいる」とは、子が親との同居を嫌い別所帯を設けることだ。「家つき、カーつき、婆あ抜き」が言われて久しい。戦後強くなった女性が中流意識が芽生え始めた頃、嫁に行くならと、その嫁ぎ先の家庭を皮肉ったものだ。今ならさしずめ人権侵害で騒動でも起こりそうな言葉だが、嫁姑問題から一緒に生活することを嫌う女性の心を表わすのに広く膾炙(かいしゃ)されるようになった。それでも結婚したい男性が、親を捨て、別に家庭を持つようになり、家庭の崩壊が始まった。当然マイホームの資金が必要になる。ローンも組まなければならない。女の側の要求はエスカレートし、3高(高学歴、高収入、高身長。それに「家」を引きずる長男も嫌われた)時代が続く。それにつれてどんどん男が弱くなって行った。

より豊かな中流を望むことから、女性の社会進出が目覚ましく、共稼ぎが当たり前になって行った。子どもは鍵っ子の時代を経て託児所という一時預かり所に放り込まれ、子育ては親に代わって他人が行なうものに変りつつある。女性の社会進出は男女雇用機会均等法など法を整えさせて行った。両親の家庭離れは子どもの家庭教育を疎かにさせ、親の愛情を知らない子どもが増えることになった。男はどんどん弱くなって行くことになった。

一方、共稼ぎで収入の増えた生活は、海外への旅行ブームを呼び、世界に冠たるブランド消費国になって、一応は「中流」を味わったがその途端にバブルが崩壊した。厳しい格差社会が訪れたが一度味わった「中流」は忘れられず、生活を落とすことが出来ないでいるのが親たちの現状だ。

泥水を啜るように生きて来た世代には我慢することが容易でも、「中流」に慣れた人間には生活を落とす貧乏は耐えられない。その中で親の“すねかじり”があった。うまい具合に世の中は格差社会で揺れている。政治が悪いんだ、世の中が悪いんだ、これに便乗しないほうはない。しかし一方で、親や配偶者の親に対して「経済援助した」と回答した人たちも36・6%いたことも事実だ。

私の世代は次のような考えが普通であった。「親の面倒を子が見るのは当然」だと。しかし今は「子の世話にはならない」という親が多い。そのような親子関係の中で今回の調査だ。返済を約束して親から一時用立てを受けることはあっても、祝い金(親の楽しみでもある)は別にして、親の“すねかじり”は良いこととは言えないだろう。》

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2008年3月19日 (水)

酔っ払いの季節がやってきた

今日サクラの開花予想が発表された。このところ急激に気温が上昇した影響で全国的に開花が早まり、東京(靖国神社)が一番早くて酒飲みたちには願ってもない日曜日の23日だ。これであちらこちらのサクラの名所、上野のお山を始めとして座る場所があるところならどこでもだが、騒音と喧嘩、酒とゲロ臭い名所にうって変る。騒いだ後は酔いつぶれた奴、千鳥足でふらつく酔っ払いと、これまたマナーなど知ったことではないゴミの山だ。もう一つ付録がついて、飲酒運転も激増するだろう。

転ばぬ先の杖、かどうか知らないが、毎日新聞がお節介にも酔っ払いの看護を図解入りで解説している。花見、歓迎会など酒席が多い春。として。(3/19)

急性アルコール中毒を防ぐには?
 アルコールは胃や小腸から吸収され、主に肝臓で時間をかけて代謝される。だが、短時間に大量に飲酒すると代謝が追いつかず、血中のアルコール濃度が急激に上昇する。この影響で脳が麻痺し、意識障害や運動失調、さらには生命の危険まで招きかねないのが急性アルコール中毒だ。

個人差はあるが、血中濃度0・16〜0・30%酩酊期は千鳥足になり、吐き気がする。これが0・31〜0・40%の泥酔期になると意識が朦朧とし、1人では立てなくなったり、言葉が支離滅裂になる。0・41%以上の昏睡期では揺すっても起きず、半数が1〜2時間後に死亡するという。

東京消防庁によると、急性アルコール中毒で救急搬送された人はこの5年間、減少してはいるが、それでも昨年は1万2545人(男8037人、女4508人9いた。20代が5888人と半数近くを占め、30代が2455人で続く。歓迎コンパで一気のみをしたり、上司や先輩から「おれの酒が飲めないのか」と無理強いされる様子が目に浮かぶ。

4月は忘年会シーズンの12月に次いで多く、昨年は1138人が搬送された。桜が開花した3月20日〜4月8日の20日間の花見シーズンは97人で、うち43人が20代だった。日曜日でピークの4月1日には40人が病院に運ばれている。

《この後、看護について東京消防庁提供の図解が解説されている。私はブログで毎年、歓迎会や花見、忘年会や新年会の酒席に触れ、‘バカな上司’‘阿呆な先輩’の無理強いについて書いてきた。酒の力を借りてしか‘上司’‘先輩’の存在が示せないような下劣な人間に従う必要はない。無理に飲まされるその結果、街なかや乗り物の中にはくさいゲロが飛び散ることになる。或いは死人が出るのもこのシーズンの無理強い酒だ。

酒の適量について繰り返しデタラメな基準が活字になる。これほど個人差の激しい飲み物はないにも拘わらず、ビールなら1本、日本酒なら1合、シングルなら2杯が爽快感が味わえる適量だとのたまう。この量がどんどん増えてビールなら10本以上、日本酒なら1升以上、ボトルなら1本以上になると、昏睡期で揺すっても起きない、大小便を垂れ流す、呼吸はゆっくりと深い、そして死亡、だって。

その間にほろ酔い期、酩酊初期、酩酊期、泥酔期と細かく分けられてある。図では酔いつぶれて寝転がった人の看護の仕方が示されているが、下手に手出しはしない方がよい。酔いどれにからまれて怪我でもすれば大損だし、ゲロまみれ、汚物まみれになるのはご免だ。放っておくのがいちばんだ。そこまでお人好しになることはない。いい気分のまま静かに冥土へ送り出して上げる手もある。どうなろうと本人が好きで飲んだ結果だ、自分で責任を取ればよい。ほんとうに鬱陶しい嫌なシーズンがやって来た。》

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2008年3月18日 (火)

レジ袋有料化と環境意識

  プシキニア
Dscf0161a 地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量を減らすためとはいうものの、レジ袋の有料化を義務付けると、憲法上認められている「営業の自由」の侵害に当る。そこで業界団体ごとの自主協定ということで実施することになり、すでに全国的に展開され始めている。

今月14日、東京都杉並区議会は全国にさきがけて、同区内のスーパー、コンビニエンスストアなど295店に、レジ袋削減計画の提出を義務付ける「区レジ袋有料化等の取組みの推進に関する条例」を賛成多数で可決して4月1日から実施、積極的な姿勢を打ち出している。

また、流通大手のイオンでは、ジャスコを始め国内1000店でレジ袋を有料化し、06年度に34億2700万枚配っていたレジ袋を12年度には14億3500万枚に削減する計画だという。

これに遡る今年年明けの1月11日、毎日新聞に載った集計がある。レジ袋削減と併行して買い物袋の持参を呼び掛けていたが、日本全国では地域に寄って大きな温度差が認められる。

7月に行なわれる北海道洞爺湖サミットの主要テーマとして環境問題がクローズアップされているが、自宅での身近なエコロジーの取り組みについて調査を行なっている。(JNNデータバンク全国調査2006年)
 多かった回答は
 「中身詰め替え用の商品を積極的に利用」が56・4%
 「冷暖房の設定温度を控えめにしている」が55・8%
 「風呂の残り湯を洗濯、掃除など再利用」が48・5%

また、「買い物カゴや袋の持参状況」を地域ごとに調べた結果、
  近畿 ・・・・・・・ 32・7%
  北陸・東海・・・・・ 27・9%
  首都圏・甲信越 ・・ 26・0%
  北海道・東北 ・・・ 25・0%
  中国・四国 ・・・・ 23・5%
  九州・沖縄 ・・・・ 14・9% となった。 
   (コンサルティング会社のJDS調べ)
 JDSは近畿の高い割合を「エコロジーに加えて、さまざまな特典などに敏感な節約感覚の反映ではないか」と分析している。

まだまだ意識は低い。何度も書いてきたが、現在でもしばしば出かける生協では10人に1人の自宅からの袋持参組を見ない。それなら呼び掛けている1枚5〜10円を支払って使用しているかといえば、それもお目にかかった試しもなく皆無の惨状だ。レジの清算がおわると5人10人が並んで瞬く間に袋を減らしていく。これが上でいえば首都圏の実態だ。現実には協力の呼び掛けであるため、聞く耳もたないのが現状だ。

別の世論調査(1/6日毎日新聞)では、温暖化対策のためなら生活レベルを「下げられる」と答えたのが49パーセントもいるが、反対に「できない」と答えたものも41パーセントを上回っているのだ。電気、ガス、ガソリンなどに課税する環境税の導入にも47パーセントが賛成し、反対の42パーセントを上回った。

日本は議定書に基づき、08〜12年度の平均で90年度比6%の温室効果ガスの削減をする義務がある。現状では達成が難しいが、国民は温暖化防止のためにある程度犠牲を払う覚悟のあることがうかがわれる。と記事は書くが、日本人は一流の本音と建前を使い分ける特技を持っているのだが、我が身に降り掛かる火の粉を被る気概が2人に1人、本当にあるのかどうか疑わしい。

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2008年3月17日 (月)

マンションが売れない

HyacinthHyacintha 水栽培で育てたヒアシンス

 アポロンと興ずるヒュアキントスの投げた円盤が、ゼピュロス(西風)の嫉妬でヒュアキントスの頭部を直撃する。ヒュアキントスは大量の血を流して死ぬが、その血の中から咲きでたのがヒアシンスというギリシャ神話。因みに三人の男神はすべて同性愛者といわれる。

そのため、花言葉は「悲しみを越えた愛」

毎日新聞(3/14)から
《マンションの売れ行きが停滞している。銭儲けから離れて考えると、なかなか結構なことだ。経済のことは解らない。私の考える理由は後回しにして先ずはその現況をみてみよう。》
 不動産経済研究所が13日発表した2月の首都圏のマンション販売戸数は前年同月比28・0%減の3460戸となり、2月としては93年以来15年ぶりに4000戸を下回った。販売戸数の減少は6カ月連続のこと。地価の上昇を背景にマンションン価格が上昇したうえ、資材などの高騰で業者が販売価格を引き上げるために需要が低迷する悪循環が続いている。

一戸当たりの平均価格は同3・2%増の4768万円で、15カ月連続の上昇。売れ行きを示す契約率は同17・4ポイント減の60・1%で、好調の目安とされる70%を7カ月連続下回った。販売在庫数は同44・1%増の1万643戸だった。

地域別の販売戸数は、神奈川県が同61・5%減の621戸と大幅に落ち込んだ。マンション販売会社の倒産などが影響した。不動産経済研究所は「建築基準法の厳格化に伴って着工数そのものが減っており、比較的安価な新規マンションの供給が見込めないため、市況の悪化は続く」と分析している。

近畿圏のマンション販売戸数は、同34・4%減の2226戸だった。契約率は同7・7ポイント減の63・1%となった。一戸当たりの平均価格が4カ月ぶりに上昇に転じ、顧客離れが進んでいる。

《私見はこうだ。今後日本の人口が減少に向かうことは殆ど決定的なことだ。人口が減少するということは普通に考えれば住居が少なくて済むということになる。これからも生涯出生率が上がらなければ遠からず、総人口1億人を切るのは近い将来のことだ。どう考えても現在以上にはマンションの必要がなくなるということだ。

もう一つ、それ以上に昭和一桁が言いたいのは、家族団欒の生活環境を取り戻す絶好の機会ということだ。マンションなど売れない方が良い。親を捨ててわざわざマンションに住む。家付きカー付きババア抜きだ。その結果はあくせくの長期の支払いが発生して生活を圧迫する。苦しい苦しいは親と同居すれば発生しないで済む出費のためだ。現在では夫婦共稼ぎ(共働きとは私は言わない)のために、子どもは他人の手に置き去りにし、躾も何も他人任せ。また、時には捨ててきたはずの爺さん婆さんには重労働の子守りをさせる。結果は家庭生活で生まれるはずの親子の愛情の薄い子を増やす。今、世の中を見ていれば、如何に親の愛情を知らない子の多いかに気がつくだろう。規律も教えられず、叱ってももらえない放埒で精神の不安定な子たちだ。

建築技術やデザインを競うだけのマンションなどこれからの日本には増やさない方が良い。将来いずれはスラム街にもなる。すでに多くのマンションがスラム化している。猫の額ほどのちっぽけな庭でも良い、地べたにしっかり根付いた家屋で、二世代、三世代が同居して暮らせば親を捨てることもない。(現時点では、思う存分に親の脛を齧って悠々と無責任に生きているパラサイトと呼ばれるグータラもいるが)時には嫁姑、兄弟げんかに仲直り、時に談笑できる家があってこそ人情豊かな喜怒哀楽の理解できる情操豊かな子供も育つ、と思うのだが。》

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2008年3月16日 (日)

女子高生トイレで出産、死亡させても無罪

毎日新聞(3/14)から
 日本の司法はどこまで女性に甘いのだろうか。
遊びで子を成し、困り果ててトイレで出産、邪魔になるとて便器の中で溺死させた。どう同情を寄せても殺したことに違いはない。ところが、お恵み深い裁判官さまたちは、自白の「内容に不自然な点がある」として、「殺人もその他の犯罪も成立しない」「1人の介助者もなくトイレで逆子を出産した肉体的、精神的苦痛や消耗は通常の産婦以上だった」と勝手に解釈し、通常の産婦以上に軽い出産を、苦痛であったかのように飾り立てた。自白に不自然な点があったのなら、それを明らかにするのが裁判だろう。また、1人で産まなければならなかったのは当たり前だ、人知れず産もうとするのに、誰を介助に呼べというのか。

彼女は腹痛を訴えてトイレに入って出産するまでおよそ一時間程度で、何度も出産を経験したことのある経産婦なみの分娩で産み終えているのだ。正常分娩でさえ、初産では5時間、6時間或いはそれ以上の時間苦しむのは普通のことの出産を、逆子で一時間はそれこそ普通じゃない。宮津節ではないが、“丹後の宮津でピンと出した”ようなものだ。苦痛であったのは、高校生でありながら、遊興に耽り、誰にも隠さなければならない妊娠をし、人知れず産まなければならなかった後ろ暗さだけなのだ。どこに同情を寄せる要因があるというのだ。それこそ常々いう、遊ぶのは自由、妊娠するのも自由、出産するのも自由だ。だが、その後の責任を取ってこそ自由は自由であり得るのだ。その責任が、殺人の責任を取ることなのに、日本の司法は責任は取る必要もない、と宣わった『新潟家裁長岡支部(北村史雄裁判長)13日の少年審判』。

ことは昨年6月5日、新潟県長岡市の県立長岡農業高校の女子生徒(18)が、午前中から授業に出ていたが、午後4時ごろ腹痛を起してトイレに行き、午後5時ごろ出産。トイレから携帯電話で友人に連絡し、教諭を連れて駆けつけた。洋式トイレの便器内に男児(約2800グラム)が臍の緒がついたままで産み落とされているのを見つけた。男児は病院に運ばれたが、死亡が確認された。同じく学校から連絡を受けた生徒の母が、「救急車だけは呼ばないでほしい」と懇願され、そのために男児の助けも遅れたとも見られているという。

捜査段階で生徒は「楽しい高校生活の邪魔になると思い、殺意をもって水没させた」と供述している。学校も親も女子生徒の妊娠に気づかなかったというのも不思議だ。この高校は体育の授業がないのだろうか。10カ月の間健康診断もなかったのだろうか。校長も緊急保護者会で「本人もいつごろ妊娠したのか意識が全くなかった」と話したという。全く呆れ返った話だ。生理も遅れがちだったというが、10カ月もない生理をよいことに遊びに耽っていたのだ。大柄な女性ということだが、妊娠に気がつかないことがあり得るのか。

娘が娘なら親も親だ。親にしてみれば当然かもしれないが、世間体しか考えていない。家族でありながら、娘の身体の変化に何も気がつかなかったのか。娘は遊び半分の妊娠だが親にしてみれば高校生で子を産んだと知られれば、隣近所からの白い目に曝され、後ろ指さされることは間違いない。娘親子の命より、世間体が大事なんだ。

なぜ、子殺しの女子高生を無罪にしなければならないのだろう。妊娠させた男も名乗り出たのだろうか。多分、いつ妊娠したのか分からないという女では、特定することもむつかしいだろうが。

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2008年3月15日 (土)

暴力教室

Julius_caesar  ユリウス カエサル
 
 今から2052年前の今日、
 BC44年3月15日 暗殺される

 “采は投げられた”で
 ルビコン川を越えてローマに入ってから
 僅か5年、56歳の時だった

(Photo by Wikipedia)

毎日新聞(3/13)から
福岡県は暴力沙汰では何かとお忙しい県のようだ。ピストルに飲酒運転、それに暴力団の温床のような中学校が話題だ。
 田川郡内の公立中学校で、一部生徒による授業妨害が続き、校長と教頭が心労で体調を崩し休職や自宅療養する事態となっている。管理職不在を避けるため、校長は今月1日に後任が着任した。生徒たちは2月末まで約1年間、校内の一室に隔離されていたが、現在は指導が及ばない状態にあり、教育委員会は「混乱の恐れがある」として卒業式の14日、県警に警備の要請を検討している。

《タイトルの暴力教室は、1955年製作のアメリカ映画。主演のヴィック・モーロー若かりし初出演映画。ナイフを抜いて教師とやり合うシーンは恐ろしいカットの連続だった。テレビ映画『コンバット!』(1962〜67)でサンダース軍曹を演じているが、こちらはいまだに日本のどこかの局で放映されている戦争映画。》

教委によると、これらの生徒は2、3年生の計8人。廊下の窓や校長室のロッカーを壊すなどの器物損壊や教師への威嚇行為を繰り返していた。また、校内を徘徊しては訪れた保護者に唾を吐きかけたり、2階渡り廊下から放尿したりしたこともあったという。

学校側は生徒たちを美術準備室に個別断続的に隔離したが、生徒はテレビゲームや電熱器、ラジカセなどを自宅から持ち込み、喫煙や飲食するなど事実上の溜まり場となったため、2月末に準備室は閉鎖した。現在も生徒たちは登校しているという。

この間、教頭は昨年末に約1カ月間休養し、2月下旬から現在まで自宅療養中。校長も2月上旬から病欠し、今月1日から休職した。ともに心労で体調を崩したという。

《学校が無策でそうなったとは思わない。全ては救いようのない悪ガキどもを作り上げた家庭、保護者の責任にある。中学生になってから道を教えてももう遅い。手の打ちようはない。幼い子どものうちから親の躾が出来ていない子は、小学生でも救いようもなく手遅れなほどだ。小学校の学級崩壊は学校でもなく、教師でもない、100パーセント親の責任にあることは既に何度もブログで書いてきた。その酷くなった状況がこの中学校の暴力教室だ。

一番に責任のあるこの悪ガキどもの親のことは何も報道されていないが、裸に剥いて世間に顔を出させるべきだ。子どもの悪については学校から注意も受け、子がどんな状態にあるのか知っているにも拘わらず、叱り、諭して改めさせることができないままに放置して、親の監督責任を放棄しているのだから。》

所管する自治体の教育長によると、学校側は生徒らの親に話し合を求め、生徒が一度は学校や親の注意を聞いても、仲間で群れると再び荒れだしたりするといい、結果的には改善できなかったという。

校長の病欠を受けて、教委は事故防止のため職員6人を連日学校に派遣。一部保護者も週一回、校内のたばこの吸い殻などを拾う活動を始めた。実態に憤る保護者は少なくなく、2月末の緊急保護者会では「生徒らを出席停止にしてほしい」との要望も出た。

また、4月に入学する新一年生数人は、親類宅などから通う形で隣接自治体の中学校への進学を決めているという。

《生温い。迷惑は果てしなく広がっている。保護者会も親を呼び出し、子どもと並べて矯正を誓わせることを求めるぐらいの強い姿勢が必要だ。少年保護法が邪魔をしているのだろうが、親が出来ないのなら、一刻も早く少年院にでも放り込んで叩き直す必要がある。悪貨は良貨を駆逐する(すでに、入学拒否が出ているのだ)。或いは悪い苗は摘まねば他の苗が腐る。悠長にこの子らの将来性云々を論じている場合じゃない。将来性はこのような治りそうもない餓鬼どもを期待してのことではない。》

同紙(3/15)から
同校の問題で、県警田川署は14日、グループの3年生(15)と2年生(14)を暴力行為等処罰法違反容疑で逮捕した。2年生は校長室の湯飲みを割り、3年生は校長用ロッカーを蹴って損壊した疑い。2年生は容疑を認めているが、3年生は「(扉が)開いていたロッカーを足で閉めただけ」と否認しているという。

《悪をしても、認める勇気もなく、言い逃れをしようとする。だいいち、ロッカーは足蹴にして閉めるものではない。まして目上の校長の私物や公用品も格納されいる大事な格納庫だ。親から愛情を注がれて家庭内教育や躾を受けていない目に見える証拠だ。

この子らを動物から人の子らしくさせるには、今はもう、少年院で何年かお世話になる以外はないだろう。

【付記】
2月26日午後8時35分ごろ、東京都北区の路上で屯(たむろ)して騒いでいた少年たちに、警視庁滝野川署地域課の巡査長(男・27)が、拳銃を突きつけ「いいかげんにしろ。今度移動しなかったら殺すぞ」と警告した件で、警視庁は巡査長を特別公務員暴行陵虐容疑などで書類送検するとともに、停職一カ月の懲戒処分に付した。

《この件では早くから、近隣の住民から500通を越える巡査長への寛大な処分を求める嘆願書が警察に出されていたという。福岡の中学生と同じレベルの高校生たちの問題だ。よほど目にあまる行為が連日付近住民を悩ましていたのだろう。拳銃の不法使用は許されることではないが、そのお陰で救われたのは、常日ごろの少年たちの騒ぎで悩まされていた近隣の住民であったろう。大人しく言っても聞かないのは中学生も、高校生も同じだ。家庭教育で親からは、このような行為で人に迷惑をかけてはいけないことを躾けられていないのだ。

警官の力がないと、普通の人間が注意をしても、逆に血を見る危険性があるから迂闊に者も言えない世の中になっているのだ。如何に幼い頃からの家庭教育が大切か、改めて知る必要がある。

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2008年3月14日 (金)

痴漢冤罪事件

   サボテン
Image0003_3 世に卑劣な男どもが多くいるのは事実だが、しかし、冤罪と思われる事件もまた相次いでいる。

今朝もテレビが2本の番組で冤罪と思われる事件と、はっきり冤罪であった事件を放映した。女が弱いと思われていたころは、「まー、可哀相に」で世間はいたく同情を寄せた。だが、現在では男女の力関係は完全に逆転している。何ごとも女あっての男になった。テレビでは若い女性タレントが、痴漢摘発を楽しんでいるような発言も口にしている。

「あの人痴漢です」の一言があれば、男は滅多なことではその疑いから逃れる術はない。裁判に掛けても同じだ。「ほれ見ろ、泣いているじゃないか」定かでない人の目でも、「証人もいるじゃないか」の証言は、裁判官を先入観で縛り付ける。

痴漢の疑いを掛けられたままの一家の初老の主は、3人の娘、妻や企業の社長を始め同僚たちからの篤い信頼を受けながら、その冤罪と戦っている。彼の右手は動かすことも不自由な病気を抱えた手だ。その手で触られたと女性は訴えた。女性の言い分では冤罪を掛けられている男性は女性の斜前に立っていて顔は見ていない。今回女性から「あの人が触りました」と聞かされて疑いを掛けられた男性の手を掴んだ男は、女性と正面で向き合っていたが、彼も疑われていた男性の顔は見ていない。この位置関係は冤罪の疑いを掛けられた男性の言とは異なる。この男性によれば彼は乗降口に近くにいて乗り込んでくる乗客に押されて後ろ向きになったまま中に押し込まれたが、女性の立っていたと証言する位置にはいなかった。

女性は男の手は下着の中にまで侵入してきたと証言するが、男性の不自由な右手、硬直した指では位置関係からしてそのような動作をすることは不可能だ。また、捕まえた方の男性も「女性が‘この人’と言ったことがすべて、それ以上は何も知らない」との証言だ。調査の段階でも、付着しているはずの女性の衣服の繊維や体液などの検査はしておらず、確証は何一つない。それでも男性の控訴は棄却されており、現在最高裁まで持ち込まれる裁判沙汰になっている。男性の拠り所は家族の愛情と会社の信頼だけだ。

もう一つは、男と女が仕掛けた完全な痴漢でっち上げ事件だ。犯人扱いされた男性は「男女には徹底的に罪を償ってほしい。警察の取り調べも怖かった。こんなことが二度とあってはならない」と涙ながらに訴えた。

2月1日午後8時半ごろ、堺市北区の会社員、国分和生さん(58)が、大阪市内の地下鉄の車輌で内で、停車駅に近づいた電車がブレーキを掛けた時、いきなり女(31)から「お尻を触りましたよね」と言われ、女はその場に泣き崩れた。少し離れたところにいた甲南大法学部4年、蒔田文幸容疑者(24)が、それを目撃したと主張。(彼は今月11日、虚偽告訴容疑で逮捕された)。その場の近くにいた年輩の女性が一連の様子を見ていたようで、女性は電車から降り際に、「この人やっていませんよ」と言ってくれたらしいが、すぐに階段を上って消えたという、「あの女性さえいてくれたら」と悔しい思いだったという。

国分さんは駅長室に連行され、駆けつけた大阪府警阿倍野署員に事実を述べても「あかの他人が『見た』と言っている。白状したらどうや」と否定された。留置場ではジャンパーを脱がされ、薄い毛布2枚を渡されたが、寒さで一睡もできなかったという。翌日夜になって、関係者3人の言い分が食い違っている上、逃走の恐れもないとして釈放された。

家族も不安な一夜を過ごし、帰宅しない父を心配して警察や消防に何度も電話して待機した。翌朝、捜索願いを提出している。2日午後3時ごろに面会した当番弁護士から連絡が入り、事情が判明した。

同署によると、蒔田容疑者は今年1月下旬に大阪・ミナミで女に声を掛け、翌日から一緒に暮らし始めた。数日後に事件を起し、その日のうちに喧嘩わかれした。女は2月7日になり「(蒔田から)『示談で金をせしめよう』と持ちかけられた」と自首して出た。同署は女についても同容疑で書類送検する方針だという。もしも、男と女が諍いをしなかったら、女は名乗って出なかったろう、余りにも勝手な行動だ。

国分さんは同20日ごろ、女が自首したことを刑事に知らされ、謝罪を受けた。「冤罪は他人事と思っていた。人生を台無しにしてしまうのだと実感した」と語った。

《ここに来てもメディアは、これほど犯罪性のはっきりした事件でも、女の姓名を隠したままだ。女の取扱いに関しては恐ろしいほどの及び腰の上の臆病さをはっきりと示している。先日の川口高校の校長と不倫関係にあった女性も20歳を過ぎている。やはり名前は出されないままだ。

《現在では本数も増えて楽になっているが、私の通勤時代の朝の満員電車は、背の低い女性の呼吸困難や、男性でも骨折を心配しなければならないほどの混乱、窮屈ぶりであった。電車の揺れで倒れるのを防ぐため、窓に手を掛けるが、その拍子に毎朝のように窓ガラスが割れ、破損していた。女性の身体に触れるな、と言う方が無理だった。嫌でも身体は触れる。というよりも大きく揺れる電車の停車、発車の度に、女性は男性の身体を防波堤のように利用して凭れ掛かって来た。この時ばかりは「弱い女」を最大限に使ってきた。苦しくてもどう逃げようもなく、蹴飛ばしたくても叶わなかった。このような身動きできない混雑の中で痴漢は出ていた。半分、いや半分以上は冤罪であったろうと思い返して今は思う。

そして、女性専用車輌が生まれた。同時に男性専用車輌の必要をブログに書いた。頭の足りない男から早速書き込みが来た。「女だろうが、バカ」と。

痴漢が乗降口の近くに多発することを言われていても、構わずへばりついているのも今も変らない。乗降口のまん中に突っ立ち、人の乗り降りにも身体を避けようともしない。ドア近くにへばりついて足を投げ出し、出入りの邪魔になっても引くこともしない。私はマナーの悪さと混雑する車輌を嫌い、比較的空いている時間で、会社が始まる1時間前には出社するように家を出ていた。

女性専用、男性専用、夫婦・恋人専用、とあればいいのだが。それでは何だか考えるだけで心貧しい気になる。それに男性専用車輌があっても、老若に拘わらず、男性トイレに飛び込む女性がいるのを見ていれば、男性専用車輌など有名無実だろうとも思う。

男性諸君、満員電車内では荷物は網棚に上げて(昔はそんな動作さえ不可能だったが今は可能かな)両手は必ず上に。昔は吊り革を両手で掴む格好が、ゴリラや猿に見えて不細工と思われていたが、今ではそんなこと構ってはおられない時代になっている。それとも多くは片手は携帯を持っているから大丈夫かな? 女性から声を上げられたら人生の終わりと覚悟して、くれぐれも用心することだ。》

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2008年3月13日 (木)

男(校長)と女(生徒)

埼玉県市立川口高校の校長、市川容疑者(56)と教え子の間にあったうす穢い男と女の関係。若い女が家庭のある年寄りとの生活に飽きて別の男をつくった。男は未練たらたら脅迫を始めた。そうだ、2006年3月にアメリカであった10年間監禁されたとして訴え出た女性監禁事件として騒がれた、学校の用務員と女生徒との関係とそっくりだ。海の向こうの男は教師でも校長でもなかったし、当初は14歳の少女の38歳の用務員への恋心からだったという違いはある。

どちらも思春期の女性の好奇心を利用した男の犯罪だ。市川容疑者(当時48歳)は、00〜01(平成12〜13)年度の期間教頭をしていた埼玉県立行田女子高(現進修館高校)で、当時2年生(13歳)であった女生徒に近づき、交際が始まった。そして、在学中の02年1月ごろから肉体関係を持つようになった。07年3月ごろ女性から別れ話を切り出されたが、交際は完全には終わらないままに12月に女性が県警に相談するまで断続的に続いていた。

その後女性が別の男性と交際していることを知って、市川容疑者の脅しが始まったようだ。調べや関係者の話によると、脅迫はメールや封書が送られ、男性のことを調べたことが分かる内容であったり、女性の裸の写真を交際相手の男性に送りつけるなどの脅かしを繰り返していた。メディアは女性を20歳代としているが13歳で知り合って8年が経過している。すでに大学生か社会人だろう。その間ずっと女は不倫、男は浮気の関係を続けていたのだ。

人が人を好きになるのに年齢や社会的地位など関係ない。何歳離れていようと現在では逆に流行現象になっているぐらいだ。不倫も流行現象に近い。しかし、校長はまずかった。そうなるのは不可能でも「聖職」を求められている職業だ。嫌がらせを通り越した脅迫は度を超したものとして逮捕されるに至った。

11日、今年度卒業生の保護者も含め、約500人が参加した保護者説明会を開いた。同日付で校長職務代行者に決まった稲葉教頭(49)や市教委の坂本大典・学務課長が事件の概要を説明し、謝罪した。

保護者からは「校長として考えられない犯罪。市教委は責任の取り方をどう考えているのか」「これから就職活動のある子どもが苦労しないか心配している」などの批判が相次いだという。

メディアは校長を責めるのに躍起になっている。しかし、保護者が校長を責めてどうなる。女の保護者は年端も行かない中高生の娘が不倫の関係にあることを察知できないほどわが子には無関心だったのか。毎日の生活に、何の変化や変調も見なかったのか。娘を持つ保護者たちは、「他山の石」、対岸の火事ではないはずだ。事件の彼女の親は、そのような状況に陥った娘から、何の相談も受けることのできない親だったということなのに。娘を持つ保護者たちは、同じような状況になった時、相談してくれるという自信があるのだろうか。それとも、「私の娘に限って」と自惚れるだろうか。保護者会は学校や先生たちを責める場にしてはならない。

確かに校長のやったことには弁解の余地はないし、その罪は弾劾する。だが、思慮も分別もあると思われた1人の男が、若い女の色香に迷った末辿った情けない顛末に哀れをもよおすだけだ。

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2008年3月12日 (水)

ニュースあれこれ

  ラナンキュラス
Ranunclus 1)昨日、夕方のテレビがエンデバーの打ち上げを見せた。何も感動はないし、興味もない。アナウンスはまるで声も張り裂けんばかりに気狂い沙汰だ。『まるで火の鳥、日本の夢と希望を乗せて・・・』だと。下司な人間の想像は長期間(第1〜第3便まで12日〜約3カ月間)宇宙で生活している間の排泄物の処理はどのように行ない、最終的にはどこに捨てるのか、まさか宇宙にばらまくことはしないだろうな。その昔、走る列車の糞尿はそのまま列車外へ垂れ流して(便器の下はぽっかりと穴が開いて、レール上の石がそのまま走り過ぎるのが見えて)いたものだ。駅に停車中に大きなやつでもしようものなら、駅員の後始末は大変だった。冗談だろうが同じように、飛行機の糞尿も空中を浮遊して消滅するやに聞かされていた。それでは宇宙船の糞尿は? 何のために家なんか造るの?どうして? 宇宙の家では100程も実験があるというが、ある研究者は「実験しても成果の出せるテーマは殆どないのではないか」と打ち明けている。嗚呼、5500億円の無駄遣いじゃないか。

 2)小池衆院議員が、バイオエタノールの開発中止に日本主導で国際合意を目指すべきだと、主張した。10日、名古屋市で開かれた「ミッドランド毎日フォーラム」(毎日新聞社主催)で講演し、トウモロコシなどを原料とする代替燃料バイオエタノールについて「中長期でみれば開発は大いに疑問で、どこかで破綻する。北海道洞爺サミットで議長国として反対方針を国際標準にすべきだ」と述べ、日本政府が主導して開発中止で国際合意を目指すよう主張した。トウモロコシ価格はバイオエタノールの原料としての需要の高まりで国際的に急騰をみせている。

小池氏は「食卓は異変をきたしている。食の安全保障を考えると市場原理に任せておくべきではない」と指摘した。

《私も常々この問題には疑問を投げかけてきた。彼女は論点を食においているが、必ずしも食を中心とする面だけではないようだ。地球温暖化の元凶としてのCO2から派生しての問題だが、バイオエタノール燃料を使用すれば確かに二酸化炭素は抑えられるようだが、逆に大気中には人体に有害な発癌物質であるホルムアルデヒドやアセトアルデヒドがガソリン使用時よりも増加することが判明したとレポートされているのだ。(米スタンフォード大学、ヤコブソン助教授、米国化学会学術専門ジャーナル誌)。彼によると、地域によってはオゾン、光化学スモッグなど環境問題はガソリン燃料使用時以上に悪化する危険性を指摘している。》

 3)フランスはパリまで出かけて日本の恥を曝したバカがいる。ファッションデザイナーと呼ばれる高田賢三(69)だ。このバカは、10日、酒を喰らった上自動車を運転し、ご丁寧に道路上を逆走までしでかして、パリ警察に摘発されたことが11日、分かったものだ。パリジャン紙と検察当局によると、高田は10日午前0時半ごろ、パリ中心部の道路を進行すべき方向とは逆に運転しているところを警察に止められ、呼気1リットル中0・6ミリグラムのアルコールが検出されたという。

《日本でも、引きも切らない飲酒運転が続いている。酒飲みがいる限り、飲酒運転がなくならないことも承知はしていても、外国まで行って恥を曝すことはないだろう。》

 4)シーシェパードの無法者たちが捕鯨船を襲い薬品入りの瓶を投げ、負傷者を出した暴力沙汰に対して、日本政府団の『国際捕鯨委員会(IWC)ロンドン』への提案により、彼らの妨害行為に対し、IWCは8日、「シー・シェパード」を名指しで批判した。「人命と財産に危険を及ぼすすべての活動は受け入れられない」として、危険行為の停止を求めた。

声明は、捕鯨支持国と反捕鯨国の激しい対立により、機能不全に陥ったIWCを正常化させるためロンドンで開かれたIWC「中間会合」で8日に二つの声明を発表した中の1つである。

IWCの機能正常化に関する声明では、議事運営について、投票による決定でなく、加盟国の総意で結論を出すことなど8項目を盛り込んだ。捕鯨推進派と反対派の間で対話の機運も生まれており、暗礁に乗り上げていた交渉が動き出す可能性が出てきた。

会合には54カ国の代表と、デソト前国連中東・パレスチナ担当特使らが出席。今会合の議論を踏まえて、ホガース議長(米国)を中心に具体的な取り組み案をまとめ、6月にチリで開く年次総会で決定することになる。

《7日、ホガース議長は日本が南極海で行なっている調査捕鯨について、「調査捕鯨は合法だ」と述べる一方で、「商業的な側面がある」と述べており、82年に一時禁止されている日本の調査捕鯨の現状に、批判的な評価を示唆している。

日本が商業捕鯨を中止してからちょうど20年目になる。その後の調査捕鯨で鯨や魚介類、海の生態系の何がどのように分かり、何がまだ調査を必要として1000頭もの個体の捕鯨を続けているのか、反捕鯨の国々に理解されるような結果が公表されているのだろうか。日本に特有の食文化の違いだけでは納得させられる理由には不足だろう。具体的な調査目的を理解させ、国際輿論に訴えることが肝要ではないか。そうでなければ、シー・シェパードのような無法者団体の妨害行為は止むことはないだろう。》

 5)卒業旅行と称して大学を出るお嬢ちゃん、お坊っちゃんたちが海外へ出かける。安くて長期間手ごろなリゾート気分が満喫できると、インドネシアが人気1位(12・4%)、2位にイタリア(11・9%)ブランド商品の買い物が楽しみとか。3位はタイ(バンコク・プーケット島)のリゾートとグルメが魅力とか。格差社会の陰で国民年金の滞納が25%にも達し、食うに困る家庭が増える中、一方では、親の脛を細らせてろくに勉強もしないで卒業し、遊びと買い物に興じる連中がいる。ああ、天下泰平の日本だ。(JTBワールドバケーションズ調べ)

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2008年3月11日 (火)

メタボ検診が始まる

   ユリオプス デージー
YuriopsDeijee いよいよ4月から下らない悪趣味なことが始まりそうだ。医学的にも根拠の薄いデータをもとに40〜74歳までが悪趣味の餌食になる。このウエスト検診については昨年10月のブログで3回に亙って書いた。果ては子どもにも実施したいとの思惑まで抱えていることにも触れた。

毎日新聞(3/2)から
4月に始まる「特定検診・保健指導」(メタボ検診)の一環で、企業が実施する職場検診での腹囲測定について、厚生労働省は着衣のままの測定や検診会場での自己測定を認めることを決め、都道府県に通知した。腹部を出すことへの抵抗感による受診拒否を避けるためというが、専門家からは「正しく測定できるはずがない」との声が上がっている。

《もともと下らないことをやろうということだ。いい加減なものでいい。それ以前に嫌なら拒否すれば良い。私は、40歳以降の成人病検診は、在職中2度か3度だけ受けたが、その後退職し、現在の年齢まで受けた記憶がない。自分の肉体がどうなろうと、責任は自分にあることを受け止める覚悟を持っているからだ。拒否しても、別段罰則があるわけではない。特に女性たちが同性の前であれみっともなく膨れ上がったお腹を丸出しすることが考えられるだろうか。それでもどうしてもデータが必要というならば、検診日が知らされれば、各自前日に家庭で測定してくれば済む。そう言えば、先日行ったスーパーで、先着何人かに「メタボ・メジャー」なるものを配ったらしく、好評につきなくなったため、終了を知らせる放送を聞いた。専門家が心配するように、厚労省のやろうとする検診の結果では、どんなに膨大なデータが収集されたとしても、医学的に価値ある資料とはまるでならない。》

検診は4月にスタートすることになる。内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)対策として計画され、男性85センチ以上、女性90センチ以上という腹囲の基準が注目を集めた。国民健康保険加入者には自治体などが実施し、健康保険の場合は職場検診に含められる。

4月以降の職場検診について同省は今年1月、労働基準局長名で「腹部の露出など労働者のプライバシーに配慮が必要で、簡易な測定法法を導入する」と通知した。着衣の上からの場合は、実測値から1・5センチ差し引くこととする。同省労働衛生課は「着衣といっても肌着1枚程度。受診拒否されると困るという事業者からの声もあり、より受けやすい体制を考えた」と説明する。

一方、自治体などが実施する検診については、同省生活習慣病対策室は「着衣の上からの測定は想定していなかった。通知を準備中で、腹囲の測定方法を含め整理中だ」と説前する。同じ制度の検診が違う測定法で行なわれる可能性がある。

当然のことだが、自己測定の精度にも大いに疑問がある。北里研究所病院(東京都港区)が英医学誌「ランセット」発表した論文によると、測定法を学んだ医師や看護師が同じ人の腹囲を測っても、測定者によって最大7・8センチもずれた。メタボに詳しい大櫛陽一・東海大教授(医療統計学)は「メタボ基準はそもそも科学的根拠がなく、専門家の批判や受診者の抵抗もある中、厚労省はどうしても検診を進めるために精度を自ら捨てているのではないか」と批判している。

《専門家の言を待つまでもない。もともと身体に大きい小さいや、肥満、痩身があるものを、一つの基準値の中で推し測ろうというものだ。科学的根拠もないものを、無理矢理裸に剥いて行使しようとは、お役人たちが皆、セクハラ趣味に染まっているということだろう。》

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2008年3月10日 (月)

「ねんきん特別便」が届いた

初めて取り上げるねんきん問題。余りにも情報が溢れ返り氾濫している。今さら浅学の口を挟む余地などない。何かを発言しても、借り物の知恵でしかないだろう。そこで観点を変えて手元に届いたねんきん特別便について語ってみよう。

すでに年金を手にし始めてから10年以上が経過する。通算の就労年数が少ないのには疑問はあったが、特別深く問い合わせもして来なかった。そこへ思い掛けない特別便が配達されて来た。そこには次のような文字が印刷されていた。封書の表には『ねんきん特別便』の他に「年金加入記録にもれがある可能性があります。十分お確かめの上、ご回答いただきまうよう、お願いいたします。」とあった。そして、中にはテレビなどで何度も解説されているように、社会保険庁が把握している厚生年金の加入内容が列記されている「お知らせ」が同封されていた。保存している現在支給されている年金額決定時の算出記録内容と比較して間違いに気がついた。初めて就職した昭和20年代後半から現在支給されている記録の最初の年までの期間の、ほぼ9年間(うち3年は離職)のうちの6年分(ほぼ70カ月分)が欠落していた。

過去に何度かの引っ越し、結婚、家財の整理、身の回りの整頓などで、何処かに持っているはずの何枚も書いた履歴書がある筈と、上京後の就職活動時の履歴書を2日間かけて家捜しして見つけた。新宿区、品川区、江戸川区の事業所を転勤して廻った事業所が抜けていた。

早速、2月の下旬に近くの社会保険事務所に出向いた。先客で混雑していた。不明5000万件という数を思い知らされた瞬間だった。窓口を10箇所ほど設けてのやり取りが進んでいる。30分ほど待機して順番が来た。左右の窓口のやりとりが嫌でも耳に入る。テレビでも取り上げていた就職時の年代や企業名の確認作業で、記憶の切っ掛けを与える「カマ」を掛けるような言葉が出て質議が交わされている。

私の場合、幸い反古になった履歴書でも見つかったお陰で、企業名、住所など明確な記録をもとに年月まで含めた内容で担当者に提示することが可能だった。担当者が席を外してパソコンに向かって30分ほど過ぎて戻った。過去のうち、人生最初についた職場のことは照合が可能であったが、上京後の東京在での3事業所の照合は不可能であった。引き続き調査するとのことで調査依頼を提出して退所した。結果、記録洩れ約70カ月のうち、32カ月が明らかになった。不明のままに終わった調査依頼分は、後ほど(3〜6カ月)回答するとのことであった。

毎日新聞(3/8)から
社会保険庁は7日、5000万件の宙に浮いた年金問題の、記録照合が一段落して現時点でのまとめを明らかにした。そこでは基礎年金番号の記録に結びつく可能性があるのは1200万件にとどまっていることを明らかにしている。3月末までにこれらの記録の持ち主と想定される1030万人にねんきん特別便を送り、特定作業を進める。6日に全記録の照合作業を終えた。残る3800万件のうち、死亡して受給権のないものなどを除く2000万件近くは依然、手がかりがない記録とみられる。

「3月末までに照合を終え、持ち主と想定される人に通知する」とした政府公約について、社保庁は「実行できる見通しがついた」と説明するが、野党が「公約違反」と攻め立てるのは必至だ。

社保庁は、「氏名」「生年月日」「性別」を基礎年金番号の記録とコンピューター上で突き合わせる作業を進めてきた。持ち主らしき人が見つかったのは、受給者300万人分の350万件と、加入者730万人分の850万件、計1030万人分1200万件だった。

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2008年3月 9日 (日)

「清徳丸にも重大な過失」

Mimoza ミモザアカシア
 花言葉
  優雅
  感じやすい心
  友情 など

毎日新聞(3/9)から
海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故について、自民党の大前繁雄衆院議員(65)=兵庫7区は8日、神戸市内であった党兵庫県連の会合で「交通事故のようなもの。他の漁船が(イージス艦をかわしているのに、あの船だけかわしていない。重大な過失があの船にあるが、そのことについて一言も触れられていない」などど述べ、清徳丸にも責任があると主張した、とある。

《大前議員がいうように、一般道路上の交通事故でも、加害側にかぎり一方的に罪を認める判決は多くある。今回の艦船と漁船という圧倒的な力の差は、車対歩行者や自転車との間で発生した場合がそれに当るだろう。例えば、しばしば発生する交差点での大型車に巻き込まれる自転車や歩行者の関係では、そのすべては大型車の側が加害者とされる。しかし、普通に考えれば、車は軟らかい材料で作られてはいないし、丸く車体を曲げて左折することはできない。車の運転手の死角にあれば、直ぐ近いところに並んで走行していれば、はじき飛ばされるか巻き込まれるのは当然のことだ。或いは対向車線がない道路では、右折する車に巻き込まれる自転車があれば、それは自転車が右側通行をしていたことになり、責任は道交法違反の自転車の側にもあることになる。

もっと簡単な例では、信号無視で携帯を操作しながら歩行者や自転車が道路に跳び出しても、ぶつかれば罪を被るのは自動車の側だ。あるいはまた、夜道で酔っ払って寝床でもない車道上に寝転がって車の走行を邪魔していても、轢けば車の側に責任があることとされる。あるいはまた、歩行者が右側通行を、自転車が左側通行を守らなくても、事故を起せばそれこそ100%車が裁かれる立場になる。前方不注意などとして。

今回のイージス艦の事故も、それら交通事故と同じだ。漁船が避けなかったとしても、その責任は不問に付されるのだ。》

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2008年3月 8日 (土)

朝令暮改

携帯電話、自転車でもダメ! 07/12/27

朝令暮改を地でいくことが起こった。「朝令暮改」は、朝出した法令を、夕方にはすぐに改めるという、ころころと変る当てにならないことを行なう指導者の信条のなさを表わした言葉だ。しかし、10年一昔の時代にはそれでも良かったのだろうが、日進月歩の現代の世には、逆に頑迷固陋(がんめいころう)で進歩の足枷となることも多い。判断を誤れば、一瞬にして企業は潰れることだって起こる。「過ちては改むるに憚ること勿れ」だ。もっと言えば君子豹変だろうか。

上のブログに書いた「交通の方法に関する教則」で30年ぶりに抜本改正を目論んでいた、自転車の前かごと荷台の両方に幼児を乗せる「3人乗り」について、警察庁が容認の方向で検討を初めていることが分かった。母親たちからの要望が相次いだためだ。しかし、3人乗りでも安定走行ができる自転車の使用が前提となる。

《ちょっと待てよ。3人乗って安定走行の可能な自転車ってどんなのだ。幼児の補助輪のような大きい補助輪でもつけろということだろうか。》

同庁は4日、社団法人「自転車協会」などに3人乗り対応の自転車の開発を要請した。

《なんだ、警察は何も具体的な自転車の構想までは描いてないんだ。これでは随分時間が懸かりそうだよ。》

都道府県公安委員会の規則では、幼児用座席に6歳未満の幼児を1人乗車させることが認められ、東京都では加えて幼児を1人背負うことが認められている。同庁は今春、30年ぶりに見直し、3人乗りは危険だと盛り込む方針だった。

ところが母親たちから容認を求める声が相次ぎ、再検討を迫られた。3人乗りでも安定走行できる自転車が開発されれば、公安委員会規則を改正し認めることにした。

《初めから、考え方がおかしい、出生率を上げれば子だくさんになる。どこのお母さんも、乳幼児を他人に預けるわけではない。孤軍奮闘のお母さんだってたくさんできる。今でも3人乗り(自転車の前後、お母さんの背中の4人)が現実にある。それがダメとは警視庁は街でいったい何を見ていたんだろか。朝令暮改、大賛成だ。》

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2008年3月 7日 (金)

クラスター爆弾規制 米が英独加に警告

毎日新聞(3/4)から
見出しには、米国の「警告」と書かれているが、その実「脅迫」に近いものだ。
今年中の条約締結を目指す「オオスロ・プロセス」と、北大西洋条約機構(NATO)の双方に加盟する国に対し、米国が「(条約は)受入れがたい内容だ」と警告する書簡を送ったことが分かった。その言い分は、アフガニスタンなどでの共同作戦への支障を理由としているものだ。禁止条約に消極的な米国が、急成長するオスロ・プロセスを警戒して、圧力を掛けたとみられる。

外交筋によると、書簡は昨年12月から今年1月にかけ、双方に参加する英独仏カナダなど約20カ国に送られた。日豪など他の同盟国にも同様の内容が伝えられた模様だ。

米国は「米軍の弾薬庫からクラスター爆弾を撤去すれば米国や同盟国の兵士の生命を危うくする」と協調する。「この爆弾なしでは、NATOや他のパートナー国の安全を我々が保障することは困難になる」と警告した。

さらに、条約案が加盟国の爆弾使用だけでなく「いかなる国や組織によるクラスター爆弾の使用等も支援、奨励、勧誘してはならない」としている点を問題視し、NATOの諸国が新条約に加盟すればアフガンやイラクでの作戦などが「困難に直面する」としている。

さらに条約案が、違反した個人に刑事罰を含めた国内法で対処するよう求めている点も取り上げ、「NATO加盟国との協力を犯罪にすることを選ぶ国とは、対等な仲間として戦えない」と延べている。書簡では、米国の中でも特に陸軍と海兵隊にとってクラスター爆弾は主要な火力となっており、「重要だ」としている。

《日本はアメリカの顔色を窺いながら、「軍縮の有志連合」のオスロプロセスの4回目のウエリントン会議で、今年中に条約を制定することで合意した。日本政府は昨年2月の最初の会議では、今回合意したオスロ宣言には署名せず、その後の会議でものらりくらりとした態度で「留保」し続けた。条約賛成の立場を初めて打ち出したのだが、一方で、依然として「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」の枠組で行なわれる交渉を重視している。米中露が禁止に抵抗しているCCWは全会一致を原則にし、交渉が難航して見通しが立たないとみた国々は、CCWから飛び出して取り組んだのがオスロ・プロセスだ。》

先に3日、毎日新聞は社説で書いている。
 ウェリントン会議では条約草案を議論し、各国が修正案を出した。日本などアメリカの同盟国は「いかなる者の爆弾使用も条約加盟国は援助しない」という内容の条文案に修正を提案した。

《条約賛成の立場を初めて打ち出した日本に、参加国は拍手を送って迎えたが、アメリカの思惑はちゃんと読んでいたのだ。日本は「自爆装置つきの改良型であれば禁止対象外にする」と修正案を出し、他の参加国を失望させ、「日本は最悪」と酷評を受けたのだ。》

非加盟国の使用に対する加盟国の援助を禁止する規定に反対し、使用を容認する修正だ。日本は、同盟国との共同作戦を妨げると修正理由を説明した。米国が条約に縛られずに使えるよう配慮したのだろう。だが、地雷条約にも同じ援助禁止の規定がある。クラスター爆弾を使わないと約束した国が、他国の使用を助けてもかまわない、という修正案の論理には疑問がある。

日本は条約づくりに協力するべきであり、合意形成を遅らせたり妨げる行為は控えるべきだ。クラスター爆弾の不発弾で死ぬのは罪のない子どもや市民だ。市民の苦痛と犠牲を終わらせる機会を逃してはならない。

5日、超党派による衆参22人の議員が4日、国会内で集まり、クラスター爆弾の規制に向けた議員連盟を今月中に発足させることを決めた。参加議員は50人以上になる見通し。呼び掛け人は猪口邦子衆院議員。

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2008年3月 6日 (木)

まゆ毛を剃る男たち

      つばき
Tsubaki_2 《今から半世紀も前になるか。野武士軍団と恐れられ、九州の地に三原脩に率いられたプロ野球チーム西鉄ライオンズがあった。。稲尾和久、中西太、豊田泰光、仰木彬、高倉照彦らを擁してパ・リーグのみならず日本のプロ野球界に君臨していた。
 その中の一人、常に厳しい評論で鳴らす豊田(73)が、最近のプロ野球選手の風体に辛口のコメントを発している。私のブログでも何度も取り上げてきたが、やはり、ほぼ同世代(私より4歳若い)の彼には、我慢ならないことのようだ。》

毎日新聞(3/3)から抜粋、要約
スポーツ選手は、自分の体を大事にしなくちゃならない。けがをしたら、結果を出せないからだ。ボクシングを見てみなよ。目の周りを傷つけている人が多いだろ。どんなに鍛えても強くできない場所なんだ。野球だって、ボールが顔に当ることは珍しくない。眉毛がクッションになる場合もあるだろうから、できるだけそのままにした方がいいはずだ。

現役時代、ショートを守っていて打球を追いかけ、目の前にフェンスが迫るのを恐れず、そのままぶつかる彼のプレーが「金網デスマッチ」と呼ばれたこともある。怪我を恐れないプレーに、観客は喜んだ。グラウンドで全力を出すように心掛けていた。試合前にまゆを剃るなんて発想はなかった。腹が立つというより呆れることだ。

最近の若い選手に清潔感が見られない。昔は「ひげは毎日剃りなさい」って言われたもんだ。帽子の下から髪の毛が出ていただけで「だらしない」と注意された。選手に必要なマナーだと思うよ。眉毛を整えるというのは、本人はかっこいいと思っているんだろうけれど、おれには不潔に見えるだけだ。

今の時代は女が強いし、男たちも女性化したのかもしれない。情けないよ。理解できない。ピアスをした選手もいたよな。やめとけって言いたいよ。いかにいい球を投げるか、いかにいいヒットを打てるかを考えてほしいよ。最近は解説のために球場に行っても、グラウンドまで下りて見てみたいという選手がめったにいない。女性にキャーキャー言われて、ニヤニヤする選手ばかりで。

現在の選手は個室が多くなっているが、以前は遠征のホテルでも寮でも殆どが相部屋だった。いいことばかりではなかったが、今はチームメートともあまり付き合わない。関心があるのは自分のことになる。部屋で鏡を見て、眉毛をいじる気になるのかも知れない。

西鉄の頃は、エラーをしたやつと味方が怒鳴りあったもんだ。ファンが期待するのは、そんな闘争心や荒々しさじゃないのか。整った眉毛なんかじゃない。試合終了の時にユニフォームが土で汚れた選手たちを。おれは見たいよ。

《眉毛と言えば前に取り上げた女優がいる。仲間由紀恵だ、彼女の飾らない眉毛は見ていて清々しい。そして、最近のことだが男性の眉で見事な眉を見た。王将戦を勝ち抜いた後日、NHKで対談した羽生善治の顔がクローズアップで何度も写し出された。生えたままの眉で全く手入れなどしていない。男らしくて太いきりりとしたまゆだ。痩身で、いかつい感じからは遠い男性の身体だが、あの眉にはっきりと勝負師の心根を見て取った。

豊田は眉毛を剃ったのを「整った」眉の選手など見たくないと表現するが、決して整えられた眉にはなっていない。ただ細いだけだ。中にはどうしようもなく不格好にゲジゲジの這ったようなものまで見かける。野球選手に限らない、サッカー選手、駅伝を走るアスリートたち、高校球児たちを始め若い男たちも、細い眉のオンパレードだ。》

これに対して、眉を整える?いいじゃない。とおっしゃる女性がいる。東大特任研究員、NTT病院心理士、松本聡子氏(32)だ。

おしゃれな男性というのは昔からいました。平安時代の貴族、経済的に裕福だったり、関心のある男性が楽しんだ。戦後しばらくしてから男性がおしゃれをするようになったことから分かるように、平和な時代に盛り上がるような気がします。

《と、おっしゃる。時代がそうさせると言うのだろうが、現代の眉を剃る男たちは、経済的に裕福だったり、おしゃれに関心のある男性だけがやっているのではない。平和ぼけしたぴんからきりまでの、懐具合の乏しい高校生たちにまで蔓延している流行になっているのだ。》

男らしさ、女らしさというような、「らしさ」の垣根がなくなり、役割意識は希薄になった。それがおしゃれにも影響しているのではないか。男性が女性的なおしゃれをすることに、社会が寛容になっています。どうして眉を気にするのでしょう。他人への印象は、顔の上半分で決まりやすいという研究報告もあります。最近では、男性も女性もお互いに相手を選ぶ時代。男性も女性から選ばれるためにきれいなほうがいい。「美人」を目指しているわけです。

《なんだかユニセックスの世界か、ギリシャ神話の両性具有の神ヘルマフロディトスが思い浮かぶが、ただただ気味悪い考え方だ。男性も女性から選ばれるために化粧をするんだそうだ。まるでアマゾネスの時代に遡った女性の男狩りの様相で凄まじいご説明だ。果てはその化粧が、会社の同僚や仲間からも評価されたいという意識が強い、そうでないと、自分自身納得いかないのでは、とまでおっしゃっている。》

情報が広がっていることも影響している。以前なら多くの人にとって知る機会がなかったために「知らない」で済ませられたし、「知らない人」同士のコミュニティーの中で生きていくことも可能だった。それがいつの間にか、情報を持っていることが当たり前になった。

知らないと遅れているという空気です。合わない行動をするといじめられちゃう、なんてこともある。必然的に、ある程度は最先端のおしゃれな人に合わせて生きていかなければ、と感じているのかもしれない。おしゃれをしないことが、KY(空気を読めない)につながるのだとしたら、嫌な雰囲気ですね。

《なんだ、最後ははやりの単語2文字に落ちつかせるための話だったのか。なぜそんなに「空気」にこだわるのか、なぜ空気に流されない自己の確立が説けないのか。どう見ても男性の眉毛の剃り落としは、女性の眉を剃った後の吊り上げて書く怒りの眉毛以上にみっともない。おしゃれなら、仕上がりは最低限、目に入っても不快感はないはずだが、現実の男性の眉は吐き気をもよおすほど見窄らしい。》

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2008年3月 5日 (水)

飲ミュニケーション

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確か昨日のテレビだった。いじめ(子どものいじめではない)を特集していた。大人の世界、それも職場でのいじめが増えているという。特に女性の多い職場で目立つ現象のようだ(テレビを見ていての感想で、レポートがそう主張しているわけではない)。そのため職についても耐えられずに草々に辞める人間も出ることになるという。特に古株の年長者からのいじめがあるようだ。それが嵩じて生産性の低下を招いた企業も出ていて、その対策に取り組んでいる。

この話に遠からず関連する内容の記事を当日の紙上で目にした。『飲ミュニケーション応援します』とある。
 日本綜合地所は3日、部下との付き合いを円滑に進めるため、管理職に月10万〜30万円の「部下手当」を4月から支給すると発表した。会食費や冠婚葬祭費に充ててもらう、という。

部長級23人と、それ以外の管理職(副課長から次長)39人が対象となる。支給額は、部長級で部下が20人以上の場合で月30万円、19人以下は月20万円、それ以外の管理職が月10万〜15万円。通常の給与振込口座とは別に、専用の口座を設けて、特別の手当てであることを明確にする。《別会計でないと、家庭騒動のもとになること請け合いだ。》

日本綜合地所はこれまで、取引先との付き合いなどは経費として処理できていたが、社内の飲み会は自己負担だった。今回の手当導入で年1億5000万円の負担増となるが、同社は「部下とのコミュニケーションに役立ててほしい」としている。

《ノミュニケーションがいじめの問題と遠からず関連するというのは、飲める人間と飲めない人間がいることと、酒の席がどのような席になるのか、ということだ。純粋に他愛無い世間話で席が過ごせれば何ごともないが、仕事を順調に進めるための潤滑油として酒を利用するとなれば、仕事熱心な上司で、その上酒豪とくれば、酒の席も会社や仕事の延長になることが推察できる。酒に弱い人間の最悪の場になる。飛び交う会話の内容にしっかりとついて行けなくなる。そのまた上に、思考力や判断力の鈍った朦朧とした頭で話に加わり、只酒の席の相づちや賛成が、仕事の取り決めごとになる悲劇まで起こってくる。上司のおごりとなると、部下の話の聞き手ではなくなる可能性(危険性)が生まれる。席に顔を出さない部下も出てくる。勢い上司の取り巻きに常連が巣食うことになる。参加しない人間への無視、疎外となり、いじめの原因となる要因を含んでいるのだ。

部下への分配に公平性が保たれないと不平が生まれる。酒に強い上司ばかりが揃っていれば飲む回数も職場で差はないが、余り飲めない上司の部下は飲める上司の部下を羨む。却って職場を乱すことになる。上司にとって諌言(かんげん)よりは取り巻き部下の甘い言葉も快い。酒飲みコミュニケーションが企業に取ってプラスになるとは決して思わないがどうだろうか。》

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2008年3月 4日 (火)

漢検

毎日新聞(3/2)から

 漢検2級の出題例(2月3日実施)
 <読み>
 1)職務を忠実に(履行)する。
 2)(戯)れに先生の口まねをする。
 <書き取り>
 3)イツクシミの心が深い人だ。
 4)山のケイコクには雪が残っている。
 <誤字>
 5)独裁者の拍害を逃れ、家族と共に隠れ家に住んだユダヤ人少女の日記は、六十以上の言語に訳され出版された。

日本漢字能力検定協会(本部・京都市)が主催する漢字能力検定(漢検)で、高校卒業程度とされる2級の高校3年生の合格率が97〜06年度に10年連続で2割を切っていることが分かった。中学卒業程度とされる3級は中学3年生の合格率が5割を超え、高校生が漢字に力を入れていない実態が浮き彫りになった。同協会東京事務局の多和泰美次長は「漢字の活用力が不足すると、思考力や感情の幅に影響する」と懸念している。

《これらの易しい問題が漢字検定2級とは驚きだが、これを正解できない高校3年生がいることにはもっと驚きだ。漢字を知っていることだけが国語力ではないが、1に国語、2に国語、3、4がなくて・・・を言う数学者、藤原正彦(数論、特に不定方程式)氏はもっと驚き悲しむだろう。》

協会によると、漢検2級は、学習指導要領で高校卒業までに修得すべきだとされる1945字から出題される。漢字の読み、書き取りから四字熟語、誤字訂正などの問題が出され、200点満点のうち、約8割で合格となる。

協会が過去10年間のデータを比較したところ、97年度は高校3年生延べ約4万6000人が2級を受検し、合格者は約6600人(14%)だった。06年度は受検者が延べ約6万9000人と2万人以上増加したが、合格者は約1万2000人(17%)だった。合格率は14〜19%の低水準で推移している。漢検は75年に始まり96年度までは学年別合格率を出していない。一方、3級(1608字)では中学3年生の受検者数と合格率が上昇した。97年度は中学3年生延べ約4万5000人が受検し、合格者は約1万3000人(29%)。06年度は受検者が約5倍の延べ約23万7000人になり、55%が合格した。

国語作文教育研究所の宮川俊彦所長は「国の文化を作ってきた漢字をどのように教えるべきか、根本から考え直す時期に来ている」と話している。

《漢検取得者を評価する高校が増加している。高校入試の際に学科試験だけではなく、多面的、客観的に判断する材料として利用されているようだ。優遇の内容は、出願書類などに記載されていれば、参考にしたり、実際に点数加算を行なう学校まである。

全国881(平成19年11月30日現在)の高校では、単位として認定しており、『単位認定制度』の「ガイドライン」によると、「漢検」の認定単位数は、2級が“国語1、現代語”の増加単位として2単位とされている。また、大学・短大の入試で全国445校949学部(筑波大学、早稲田大学、慶応義塾大学、同志社大学など)が「漢検」の資格検定取得者を人物評価・能力評価の基準の一つとしており、今後ますます広がる傾向にあるようだ。

かく言う私も大言壮語はできない苦い思いを味わう。ブログを読み返す時、誤字、脱字、変換ミスに気がつくことがある。ブラインドタッチに自信がないから、手元ばかり見ていることが多い。その故(ゆえ)でうっかりそのままにしてしまうことになる。気がついた時、都度訂正をしているが、額から脂汗が落ちる思いになる。》

【解答】
1)りこう、2)たわむ、3)慈しみ、4)渓谷、5)拍→迫

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2008年3月 3日 (月)

くるま と 定員オーバー

すし詰めのワゴン車衝突事故 05/08

《上は北海道まで行って事故を起した名古屋のバカな大学生たちのことを書いた。このように定員の一桁の数字も理解できないバカは毎年何処かで性懲りもなく同じことをやっている。何ともくるまに乗るには余りに頭が空っぽの思考力のないバカな連中だ。車の定員は、定員の重量が加算されて制禦可能な範囲から決められている。免許を手にするまでには金を払って法規からくるまの特徴や運動の法則などを含めて学んだはずだ。スピードを出せば出すほど停止するまでの制動距離は長くなる。雨で路面が濡れていれば滑りやすくなる。これに車の重量が加わればより停止するまでの距離は伸びることぐらい中学生でも理解できる。或いはカーブに入る前にはスピードを落とさなければ遠心力が働いて曲がり切れないで事故を起すことだって学んだはずだ。それがどうだろう。》

毎日新聞(3/3)から
2日午前4時ごろ、宮崎県延岡市松原町の国道10号で、同県門川町に住む県立高校男子生徒(18)運転の軽ワゴン車が中央線を越え、対向の10トントラックに衝突した。軽ワゴン車には男子高校生ばかり計11人がすし詰め状態で乗っており、3人が重傷、8人が軽傷を負った。トラック運転手に怪我はなかった。運転していた男子生徒は先月、免許を取ったばかりで、酒の臭いがしたため県警延岡署は飲酒運転の疑いで調べている。

《免許を取ったばかりで有頂天になり、(ほんとうにそうなら)学んだばかりの法規を守らず、法律まで無視して酒まで喰らい、くるまを走る凶器に変えてしまった。精神鑑定のできない免許制度では、免許を与えてはならない不適格者にまで交付し、今回は避けられたが、他人を死亡させることにまで及ぶことになるのだ。》

調べでは、11人は同じ門川町立の中学校の同級生で、うち8人は1日に卒業式を終えた別々の県立高生。軽ワゴンの定員は4人だが、後部座席を倒して平らな荷台にし、運転席と助手席以外の9人がすし詰め状態で乗っていた。

現場は片側一車線の直線道路。トラックと軽ワゴンは前部右側同士が衝突、軽ワゴン車は横転した。トラックを運転していた熊本市、運転手、岩本英義さん(39)は調べに「軽ワゴン車はふらついていた。左にハンドルを切ったが、相手が中央線をはみ出した」と話している。

延岡署は、11人が卒業式後、延岡市内で飲酒した帰りとみて、飲酒運転の幇助の疑いで飲食店の特定を急いでいる、という。

《根本的に運転不適格だ。定員オーバー以外も飲酒運転も必ず繰り返す。こんなバカは免許剥奪、生涯免許は再交付しないことだ。情けなどかける必要はない。》

因に定員オーバーによる事故は、ひっきりなしに起こっている。年代を追ってめぼしいところを拾ってみる。
♦2002年3月14日
 東京都渋谷区、くるま10台が多重衝突
♦2002年8月1日
 千葉市緑区、バイクに3人乗り、スピードの出し過ぎによるブレーキ操作の誤り
♦2004年2月18日
 京都京田辺市、飲酒運転、軽自動車で激突を繰り返し、20歳女性死亡
♦2004年4月7日
 北海道釧路市、軽自動車に大人7人が乗車。下り坂でスピードの出し過ぎでカーブを曲がり切れずバランスを崩して激突を繰り返す。運転していた16歳女性死亡。
♦2004年9月17日
 兵庫県姫路市、4人が乗ったバイクが信号無視で走り転倒。15歳少年意識不明
♦2004年10月2日
 福井県武生市、10人が乗った軽トラックが路外に逸脱し、意識不明、重体など
♦2005年1月30日
 茨城県常陸太田市、飲酒運転も、7人が乗ったRV車、電柱に激突して大破。23歳男性死亡
♦2007年7月22日
 愛知県一宮市、無免許(16歳)運転の軽乗用車に8人(15〜17歳の中高生や遊び仲間)が乗り、横転
♦2007年8月29日
 静岡県函南町、8人定員のワゴン車に男女10人が乗車(18〜19歳)、対向車と正面衝突。19歳男性死亡
♦2008年1月23日
 東京都江戸川区、飲酒後に7人が同乗、スピードの出し過ぎで街路樹に激突。くるまは大破。運転手を含む3人が死亡。4人が重軽傷

こんなバカどもを育てた家族が哀れだが、同情はしない。

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2008年3月 2日 (日)

埼玉県 2月の飲酒運転事故過去10年で最少

2月中に埼玉県内で発生した飲酒運転による交通事故は14件で、前年同月に比べ15件減少し、県警が月例の統計を取り始めた過去10年間で最も少なかった。

一方で、2月17日には熊谷市で飲酒運転により9人が死傷する事故も起きており、県警は取締りの強化などを継続していく考えでいる。

《減った減ったと胸張れる数字ではない。昨年の、毎日発生していた事故が、今年は2日に一回の発生になっただけだ。それだけ飲酒運転をする人間が後を断たないでいることの証左だ。厳しい取締りが必要な状況は少しもなくなったわけではない。》

県警交通企画家によると、飲酒運転による事故の月別統計を取り始めたのは99年1月からだという。発生した事故のピークは01年5月の117件で、年間では1194件の飲酒運転事故があった。その後は減少に転じ、07年は9月の罰則強化もあり最少の年間334件まで減った。

《ここでも減った減っただが、1年は365日しかない。その殆ど毎日と言える334件の飲酒運転事故が発生している。如何に飲酒運転に対する罪悪感を持たない酒飲みたちがはびこっているか分かるだろう。》

県警は先月17日の熊谷市での事故以降、20日から10日間、「飲酒運転事故ゼロ作戦」を展開し県内各地での検問を強化するなどしたという。

《虚しい、大事故が起こってやっと間に合わせの取締りの上、事故ゼロなど口先だけの目標だ。不可能を目標にしても達成できる望みはない。発生した事故だけでも2日に1回は起こっていることから考えれば、事故にはならないが、隠れ飲酒運転はどこまで広がっているのか想像するのも恐ろしい。》

同課は「熊谷の事故のように、まだまだ飲酒運転に対する認識が甘い部分もある。今後も花見シーズンなどで飲酒運転が増加する可能性もあり、根絶に向けた施策を継続していく」としている。

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2008年3月 1日 (土)

嫌われる教員養成系

国公立大の2次試験の前期日程が2月25日(中期日程は3月8日から、後期日程は3月12日から)始まった。

「ゆとり」教育の見直しや学力低下への不安が叫ばれる中、教員を目指す若者は減ってきている。人員不足や多忙化、理不尽なクレームをつける保護者への対応など課題も多い。

《自分には甘いが、他人の責任は厳しく追求する傾向は、産婦人科医や小児科医の数を減らし、同様に今又教員の不足を招く要因ともなっている。教員は、増員が必要な状況にありながら、躾もしていないわが子を溺愛することが愛情と勘違いするモンスターペアレンツ(怪物の親)とも、バカ親とも呼ばれる保護者たちが、教師に圧力を加え、自殺するものさえ出ている実態がある。その親たちの生きざまを近くで見てきた子どもたちが、いざ受験する時になって、無力な教師という職業に不安があるのも仕方ないことだろう。》

文部科学省によると、2次試験の確定志願倍率は4・9倍で前年度より0・1ポイント増えた。このうち国立大の教員養成系は前年度と同じ4・4倍(志願者5万3817人)。大学入試センター試験が始まった90年度以降でみると、最も高かった03年度の5・6倍から1・2ポイント減少した。大手予備校・代々木ゼミナールによると、今年度の模擬試験で教員養成系大学の志願者数は約7%減少し、ここ数年は数%ずつ減っているよいう。坂口入試情報センター本部長は「厳しい労働で敬遠されているのでは」と分析している。

東京大学(東京文京区)の試験会場で教員を志望する受験生にきいたところ、現場を悩ませる理不尽な保護者の存在について、福岡教育大を目指す萱野くん(熊本県立八代高校)は、「保護者が子どもを過保護にしすぎる。教師になったら親の自立も促したい」と。同大学を志望する椎原さん(大分県立大分西校)は「自分が対応する立場になったら冷静に対応できるのか・・」と戸惑いを見せた。

《親世代を反面教師とみてきた人間もいるが、体制に流されることを懸念する人間もいる。》

マニュアルを作りクレーム対応を弁護士に頼む自治体もあるが、教育委員会に対しては「委縮しないですむよう、悩む教員の相談に乗って欲しい」(城田さん、愛知教育大付属高)や、少人数クラスにすると配慮が行き届く」(服部くん=同高)といった声も目立った。

教員の能力向上のため10年ごとに講習を義務づける教員免許更新制については
 ▽教員側によい効果がある
 ▽事件を起すなど自覚のない先生がおり、必要
と、肯定的な意見が多かった。大阪教育大を目指す榎原くん(大阪府立北野高)は「免許更新制のおかげで安易な気持ちで教師を目指す人が経るのでは」と指摘した。

しかし、「更新のための勉強でさらに多忙化する」(東京学芸大志望の女性)、「研修が多くてゆとりがないのに更新制で子どもと向き合う時間が減る」(徳島県立城北高=泊先くん)とますます多忙化する教師という職業に不安を抱く声も聞かれたという。

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