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2008年2月12日 (火)

「割り箸事故」真っ当な判決

喉に割り箸が刺さって死亡した園児の両親が、「十分な診察を怠った」として学校法人杏林学園と担当医に8960万円の賠償を求めた訴訟で12日、東京地裁(加藤謙一裁判長)は両親の訴えを棄却する判決を下した。至極真っ当な判決だ。

東京都杉並区で99年7月10日、保育園児(当時4歳)杉野隼三君が盆踊り大会の日、綿菓子の割り箸を咥えて母親の後を歩いていて転倒した。見つけた誰かが大声を上げて母親が振り向いた時、隼三君は俯せになって倒れていた。「割り箸が喉に刺さった」と見知らぬ女性に教えられて始めて母親は息子の怪我の状況を知った。

9年前の事件だ。ブログを始めていれば当然取り上げて激しく母親の保護監督の無責任さを嗜めていたろう。4歳の子どもだ、賑わう祭の人混みの中、何があっても母親は手を離すべきではない。まして子どもの後ろを監視しながら歩くのではない、子どもを見守ることなく先を歩いているのだ。こんな恐ろしい子育てなど聞いたことも見たこともない。わが家の長男が幼かった頃、外出時には片時も離さず手を握っていた。手を離さなければならない時には子どもの行方は見失うことのないよう離れず後をつけて歩いた。もしもだが、隼三君のように割り箸を口にして歩くことでもあれば、注意は何十倍にも払うことになるだろう。

隼三君は転倒し、三鷹市の杏林大学付属病院高度救命救急センターに運ばれ、治療を受けた。医師は喉を診察し、傷の処置をして帰宅させた。その15時間後の翌朝、隼三君は死亡した。司法解剖で7・6センチの割り箸片が脳に刺さっていたことが判明した。『病院側は一貫して「脳に割り箸が刺さっているとは予想できない」と過失を否定し、直接の謝罪はない。』とは新聞の記事の表現だ。

《謝罪はなくて当然だ。謝罪は医師、病院がミスを認めたことになるからだ。判決は、それまでに同様の症例がなかったことや、病院搬送中の記録からも「髄液漏出や神経学的異常は認められず、当時の医療水準に照らし脳損傷の発生を診断すべき義務はない」と判断した。脳損傷の診断があった場合の救命可能性についても認めなかった。

世間は子どもが絡むとものの本質を抜きにして、必要以上に騒ぎたがる。命が失われた理由は明らかに親、保護者が子どもから目を離したことにある。しっかりと手を繋いでいればけつまづいても子どもは倒れない。わが家の長男はこのような状況の折には自ら私の手を掴みに来た。隼三君と似たようなこと(かといって割り箸咥えて歩かしたことはないが)はしばしば発生しているが、事なきを得て成長した。

隼三君の場合、親の側の責任を問わずに(事実問うていない)医療事故として判決が出されれば、医療に携わる医師も病院も、そのようにはなりたくないという気になるのは避けられない。それが今、救急車のたらい回しや産科医師、小児科医師の不足など、問題になっていることの遠因と見るのも間違ってはいないだろう。

 ‘医は仁術’は昔の話、また、赤髭でもない、患者と同じ人間だ。》

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コメント

こうべいさんのご意見に全く同感です。
この子供は本当に気の毒としか言いようがないですが、子供の安全に関わる親の監督責任は絶対です。
私も人ごみの中で4歳の子供の手を放す事は考えられません。まして割り箸を加えさせて歩かせるなどもってのほか。危険な事への想像力がなさ過ぎると事故が起こった当初も感じましたが、病院を訴えるなど私なら恥ずかしくでできるものではありません。
ニュースを見た人で親の側に立って病院を非難しようと思う人は少ないのではないでしょうか。

投稿: BEM | 2008年2月13日 (水) 11時33分

安っぽいセンチメンタリズムで“医は仁術”を押しつけるメディア。

ものの本質を見ない世間も同罪の部分があるようです。数年前の、万引きを警察に知らせたことで閉店の憂き目を見た千葉県稲毛の事件などと、同じように賛否両論が渦巻いているようです。

投稿: 小言こうべい | 2008年2月16日 (土) 23時47分

小言こうべい様
「割り箸事故」が真っ当な判決かどうか素人の私にはわかりません。
確かに、4歳の子どもを賑わう祭の人混みの中、何があっても母親は手を離すべきではない。
と、私も同感です。
ただ、4歳の子供というのは、個人差はありますが、とても活発です。
私は、家庭の事情で働きながら、19歳と17歳の子供を育てて来ました。
3歳と5歳の時は、親の言うことをわかってはいても、いつもその通りにしているとは限りません。
だから、私も常に気を遣い続け、外に連れて歩くとき、遊ぶとき、
とにかく一瞬の気も抜けず育てて来ました。
でも、そのおかげで現在まで子供達が元気でいられたのだとは思えません。
たまたまそういう事故がなかっただけだったのでしょう。

いくら親が目を光らして、注意を怠っていなくても、子供の事故は起きてしまうと思います。
病院の人を攻めるつもりはありませんが、私も同じ立場にたったら、
「割り箸が喉に刺さった」ということがわかっているのですから、
それは、想像しただけでもゾッとします。
プロなら、もっと良く綿密に検査して欲しかったと思ってしまいます。

親としての自己弁護をする気持ちが毛頭ありませんが、
子供がまだ幼い頃に連れて行った病院で、横柄な態度の医師が多かった事を思い出しました。

今は、無くなられたそのお子さんの冥福を祈るばかりです。

投稿: つぼね | 2008年2月21日 (木) 12時34分

医者も人間です!
 全ての医師の責任にしてきたつけが、今の勤務医不足、開業医過剰の状態です。
 医師をたたくのではなく、真実を見て頂きたいものです。
 
たらい回しも、機能病院の医師が悪いのではありません、医師が圧倒的に不足しているのです!受け入れたくても、医師が居ない為、受け入れたくても、受け入れられない今の状況を知って下さい。
 開業の半分以下の給与で、開業医の倍以上の時間勤務し、当直、救急を行い、ミスをしたら、裁判。。。  誰が勤務医になるでしょうか?
 開業医がこれ以上増えて、国民に良い事は何もありません。

欧米は全くの逆で、勤務時間も少なく当直も、急患も診ない、開業医が当然給与は少なく、
大学病院に勤務し、倍の時間働く医師が給与が高い。  勤務医を目指すシステムを作らない限り、たらいまわし、産科、小児科の医師不足問題は解決しません・

投稿: | 2009年12月15日 (火) 14時57分

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