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2008年1月31日 (木)

捕鯨問題

何と時の経つのは早いことか。もう今年2008年も12分の1が終わる。光陰矢のごとし。また言う、少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉已に秋声 - 朱熹(朱子)の「偶成」から

毎日新聞(1/31)から
日本が南極海で実施する調査捕鯨が、オーストラリアとの間で深刻な外交問題に発展する恐れが出て来たという。今日来日のスミス・オーストラリア外相と高村正彦外相の会談でも、捕鯨問題が議題になる見通しだ。今年に入ってオーストラリアなどの環境保護団体の活動家による妨害行為も続いている。文化の違いなどが根底にあり、打開策を見い出すのは容易ではないと見られる。

福田首相は23日の参院本会議で、「調査捕鯨は公海上の合法的な活動。妨害行為は関係者の身体・生命を危うくする許しがたい行為だ」と保護団体の抗議活動を批判した。22日にはクリーン・オースストラリア貿易相と会談した高村外相は「良好な日豪関係に悪影響を与えないようにする点で合意した」と強調したが、欧米メディアは鯨が血を流す映像などを繰り返し報じており、在外日本大使館や水産庁にも抗議が相次いでいる。

《血を流すのは鯨でなくて他の動物でも同じように残酷で見たくない。テレビ画面を鮮血で真っ赤に染めるのは、牛でも羊でもカンガルーでも同じだ。それらの動物の屠殺場面をテレビでじっくりと放映してみればよい。血を流すのは動物だけではない。魚だって同じだ。毎日、毎日、舌鼓をうって食べる人間が、どれほど残酷な動物か理解するだろう。血を流さなくても野犬の薬殺も残酷な行為だ。そのくせ戦争映画やギャング映画では派手に人が血達磨になって死んで行くところをじっくりと見せる。興奮して眺める観客こそ残酷な人間となる。

しかし、問題は別のところにあるような気がする。黄色人種への偏見だ。捕鯨を行なっているのは日本だけではない。ノルウェーもアイスランドも調査捕鯨ではなく商業捕鯨を実施している。これらの国はなぜ声高な抗議の対象にならないのか。文化の違いが根底にある、というが、理解し合えない文化なのか。とことん話し合ったことがあるのか。》

国際捕鯨委員会(IWC、加盟国78ヵ国)の色分けは捕鯨反対42ヵ国に対し賛成36ヵ国。日本は支持拡大に努めるとともに、今年3月のIWC中間会合で「感情的対立ではなく、科学的データに基づく資源管理につながる冷静な議論を求める」(外務省)方針だという。

ただ、7月の北海道洞爺サミットを控え、政府内から「主要国は鯨を環境保護のシンボルと位置づけている。捕鯨文化を守るメリットに比べ、失う国益が大きすぎる」との見方も出ている。

《日本人には「捕鯨文化」の言葉で理解できても、反捕鯨の国の人たちには理解出来ないだろう。彼ら(特にイギリやアメリカ)には遠い祖先の燃料としての鯨油のための鯨虐殺のイメージだけが先入観としてあるはずだ。骨の随まで利用した日本の捕鯨が理解出来なくてもやむを得ないことと思える。そこで必要なのが話し合いだ。逃げ腰にならないで堂々と主張すればよい。捕鯨賛成が36ヵ国(中国、韓国、ドミニカ、ノルウェー、ロシア、ギニア、セネガル、モロッコなど)もあるのだから。ただ、1月16日に書いたように、調査捕鯨に1000頭もの鯨が必要かどうかは再考の余地はあるが。》

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