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2008年1月31日 (木)

捕鯨問題

何と時の経つのは早いことか。もう今年2008年も12分の1が終わる。光陰矢のごとし。また言う、少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉已に秋声 - 朱熹(朱子)の「偶成」から

毎日新聞(1/31)から
日本が南極海で実施する調査捕鯨が、オーストラリアとの間で深刻な外交問題に発展する恐れが出て来たという。今日来日のスミス・オーストラリア外相と高村正彦外相の会談でも、捕鯨問題が議題になる見通しだ。今年に入ってオーストラリアなどの環境保護団体の活動家による妨害行為も続いている。文化の違いなどが根底にあり、打開策を見い出すのは容易ではないと見られる。

福田首相は23日の参院本会議で、「調査捕鯨は公海上の合法的な活動。妨害行為は関係者の身体・生命を危うくする許しがたい行為だ」と保護団体の抗議活動を批判した。22日にはクリーン・オースストラリア貿易相と会談した高村外相は「良好な日豪関係に悪影響を与えないようにする点で合意した」と強調したが、欧米メディアは鯨が血を流す映像などを繰り返し報じており、在外日本大使館や水産庁にも抗議が相次いでいる。

《血を流すのは鯨でなくて他の動物でも同じように残酷で見たくない。テレビ画面を鮮血で真っ赤に染めるのは、牛でも羊でもカンガルーでも同じだ。それらの動物の屠殺場面をテレビでじっくりと放映してみればよい。血を流すのは動物だけではない。魚だって同じだ。毎日、毎日、舌鼓をうって食べる人間が、どれほど残酷な動物か理解するだろう。血を流さなくても野犬の薬殺も残酷な行為だ。そのくせ戦争映画やギャング映画では派手に人が血達磨になって死んで行くところをじっくりと見せる。興奮して眺める観客こそ残酷な人間となる。

しかし、問題は別のところにあるような気がする。黄色人種への偏見だ。捕鯨を行なっているのは日本だけではない。ノルウェーもアイスランドも調査捕鯨ではなく商業捕鯨を実施している。これらの国はなぜ声高な抗議の対象にならないのか。文化の違いが根底にある、というが、理解し合えない文化なのか。とことん話し合ったことがあるのか。》

国際捕鯨委員会(IWC、加盟国78ヵ国)の色分けは捕鯨反対42ヵ国に対し賛成36ヵ国。日本は支持拡大に努めるとともに、今年3月のIWC中間会合で「感情的対立ではなく、科学的データに基づく資源管理につながる冷静な議論を求める」(外務省)方針だという。

ただ、7月の北海道洞爺サミットを控え、政府内から「主要国は鯨を環境保護のシンボルと位置づけている。捕鯨文化を守るメリットに比べ、失う国益が大きすぎる」との見方も出ている。

《日本人には「捕鯨文化」の言葉で理解できても、反捕鯨の国の人たちには理解出来ないだろう。彼ら(特にイギリやアメリカ)には遠い祖先の燃料としての鯨油のための鯨虐殺のイメージだけが先入観としてあるはずだ。骨の随まで利用した日本の捕鯨が理解出来なくてもやむを得ないことと思える。そこで必要なのが話し合いだ。逃げ腰にならないで堂々と主張すればよい。捕鯨賛成が36ヵ国(中国、韓国、ドミニカ、ノルウェー、ロシア、ギニア、セネガル、モロッコなど)もあるのだから。ただ、1月16日に書いたように、調査捕鯨に1000頭もの鯨が必要かどうかは再考の余地はあるが。》

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2008年1月30日 (水)

着々進む迎撃ミサイル基地

毎日新聞(1/30)から
今月14〜15日にかけて東京のど真ん中、新宿御苑でテストを終えたと思っていたら、矢継ぎ早に次の発射装置が配備を終えていた。

航空自衛隊の地上配備型迎撃ミサイル「PAC3」の発射装置が30日、武山分屯基地(神奈川県横須賀市)に配備された。入間基地(埼玉県狭山市)と習志野分屯基地(千葉県船橋市)に続く3カ所目の配備となる。

午前3時10分ごろ、愛知県内の工場から発射台やレーダー装置を積んだ特殊車輌7台が到着し、配備に反対する地元住民らは抗議のシュプレヒコールを上げた。PAC3の最大射程は半径約20キロで、着弾の可能性が高い場所近くに発射機を運ぶ必要がある。

反対の声を上げることも虚しい。上げたところで中止することなど思いもよらない。東京のど真ん中で迎撃ミサイルを打ち上げる頃には本土は灰燼に帰し、戦いの決着は既についているだろう。日本側だけが持つ情報ではない。衛星画像は日本の基地も北朝鮮の手の中にある。もしも、仮想敵が北朝鮮なら、ミサイルだけポン、ポンと撃って済ますわけではないだろう。同時に日本上陸もあり得る。水際作戦で砲弾、爆撃、クラスター爆弾など雨霰だ。日本国民の被害は無惨なまでに広がっている。基地化は北朝鮮を挑発こそすれ、決して日本を守るものではないと思うのだが。

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2008年1月29日 (火)

節分の豆まき、中止に

日本全国、あちこちの神社、仏閣で毎年行なわれて来た節分の豆まき行事に伴って起きる危険を避けるため、一つの寺が行事の中止を発表した。

毎日新聞(1/29)から
横浜市内では最古の名刹(めいさつ)「弘明寺」(南区)で60年以上続けられて来た節分の日(2月3日)の豆まきが今年から中止されることになった。来場者が殺到する狭い境内で警備員の指示に従わない来場者がおり、転倒事故などの危険があるからだという。勿論、継続を望む声が上がる中、美松寛昭重職は「自分のことしか考えない人が多く、警備の限界を超えている。子どもたちに伝統行事を残せないのは悲しい」と話している。

弘明寺では戦前から毎年2月3日に「節分法会」を実施してきた。応募した年男年女が寺の境内で福豆をまき、鬼や天狗が周りを練り歩いてきた。

豆まきには、約600平方メートルの境内に、毎年約1000人が集まり、狭い境内で多くの人が福豆やお菓子を我先にと奪い合う。実際に転んで軽い怪我をする来場者もおり、05年から福豆を手渡しにした。それでも危険な状態が続き、07年10月に行われた寺の役員会で中止を決めた。来年以降も再会する予定はないという。

この決定に対し近く主婦(63)は「子どもが豆を拾う時など確かに危ないと思ったが、豆まきをしないお寺が増えているのでやめないでほしい」と落胆していた。また、参道にあたる横浜弘明寺商店街への影響も心配されている。商店街協同組合の魚住副理事長(60)は「影響が予想できない。商店街で配る福豆の量を例年の3倍くらいにして、何とか節分の日が盛り上がれば」と話している。

《致し方ないことなのかも知れない。》住職は「何かあれば主催者側の責任が問われる時代になった。事故が起きてからでは遅い」と説明している。

《最近の世情をみていれば理解できる。触らぬ神に祟りなし、だ。事が起ってからではもう,遅いのだ。しかし、豆の拾い合で転んで怪我をするぐらい何と言うことはないと思えるが。我々の子どものころには転んで膝や腕、脛を擦りむいて血を流す程度で大騒ぎする親などいなかった。便利なバンドエイドなどもなかった。余程の怪我でもない限り「つばでもつけておけば治るんだから」で済んだ。今なら豆を拾いたい子の親に、さしずめ「かすり傷程度では騒がない」と誓約書を書いて提出してもらった上で参加させることになろうか。それでも実際に傷を負おうものなら、「どうしてくれる」と金切り声が飛んでくることだろう。主催者側が恐ろしさを感じて予防のたてまえから中止するのはやむを得ないだろう。》

《話はとんでもないところに飛ぶが、救急車がたらい回しになるのも、産婦人科医が不足するのも、小児科が不足するのも、医学論文が激減したのも処分を恐れる医師たちが、力不足があるとしても、萎縮するしかないまでに追いつめられていることがあるのかもしれない。触らぬ神に祟りなし、と。このような閉塞状態をどう打開していけばよいのだろうか、小人には考え及ばないのだが。》

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2008年1月28日 (月)

ネット有害情報規制

昨年12月の増田寛也総務相の要請を受け、1月9日、ソフトバンクモバイルが今月中旬から未成年の全新規契約者に対し、携帯電話で出合い系サイトに接続できないようにする「フィルタリングサービス」を実施すると発表し、15日から開始した。KDDI(au)、NTTドコモ、ウィルコムは2月から、保護者が拒否しない限り実施することになる。

一方、警視庁も17日、出会い系サイト規制法を改正し、サイト事業者に都道府県公安委員会への届け出や、児童を犯罪に誘引する書き込みの削除を義務付ける方針を決めた。3月をめどに改正案をとりまとめ、国会提出を目指す。

同庁によると、現行の出合い系サイト規制法には事業者を把握する制度がなく、警察はプロバイダー(ネット接続業者)やサーバー管理者の任意の協力を得て業者を割り出す必要がある。法に違反しても業者が特定できずに行政処分を行なうことができなかった。このため、業者に公安委員会への届けで義務を課し、従わない場合には罰則を設ける。届け出の欠格事項を設け、暴力団組員や犯罪歴がある者は事業を認めない。

また、出合い系サイトにからむ児童買春などの被害を防ぐため、児童を買春などの犯罪に誘引する書き込みについて業者に削除を義務付ける。現行では削除を業者の自主規制に委ねており、義務づけで児童に関する書き込みを速やかに削除し、被害を未然に防止する狙いがある。

現行法は出合い系サイト事業者に、アクセスする際に児童でないことの確認を求めているが、児童であるかどうかを尋ねる画面に対し、クリックして答える方法が大半で、児童が嘘をついてアクセスすることが容易になっている。年齢確認を徹底するため、国家公安委員会規制を改正し、利用時に18歳未満が利用できないクレジットカードによる利用料の支払いや、運転免許証の生年月日記載部分のファクスでの確認を業者に義務付ける。

同法施行の03年以降、サイトに関係した被害児童数は減少傾向にあったが、06年には1153人で前年に比べ92人増加した。現行の法規制の効果に陰りが見えており、同庁は法改正を検討して来た。

業者を届け出制にすることで、警察による把握を容易にして、行政処分など責任追求を徹底する。現状ではサイト業者を把握する制度がなくプロバイダーが個人情報保護を理由に業者特定に協力しないことも多いという。

また、業者に児童を誘うなどの書き込みの削除義務を課すことについて、表現の自由を犯す恐れがあり、「義務ではなく自主削除を求めるべきだ」という意見もあったが、現行法には書き込み行為に対する罰則があり、業者に削除義務を課しても新たに表現の自由を制約するものではないと結論づけ田。ただ、削除対象が過度に広がらないよう
  ▽児童が異性を誘う書き込み
  ▽大人が異性の児童を誘う書き込み
に限定すべきだとした。

サイト内では不正が表立って分らないようさまざまな隠語を使って児童を誘う書き込みが横行し、削除対象も見分けにくいのが現状だ。警察庁と業界団体で、削除対象を見わける明確なガイドラインを定めることが求められている。

《悪事を行なおうとするものには法は破るためにあるもの、そしてそれを取り締まろうとしても、どこまで行っても鼬ごっこだ。取り締られる側のメカニズムは日々革新的に進歩しており、法律の及ぶ以前に先を泳いでいるのが実態だ。18歳未満には危険な玩具を持たさないことにする以外、規制することは夢、無駄なことだ。》

携帯大手3社のフィルタリングサービスは、各社の基準で安全とされるサイトだけに接続できる「ホワイトリスト方式」か、一定の分類項目のサイトへのアクセスを遮断する「ブラックリスト方式」のいずれかを選べる。しかし、携帯会社が決めた項目が一律に遮断され、健全なサイトまで有害と判断される点が問題視されている。

《法で規制しようとしても、必ず抜け落ちる、或いは洩れ出る雫がある。万事はざる法になる要因を内包しているのだ。ああ言えばこう言う式の問答が噴出し、歯抜けの規制で我慢することになり、取り締まられる方では一先ずは安堵する結果になる。携帯で言えば、業者も保護責任を投出した無責任親の幼稚な子どもたちも、たいした規制が掛けられないで済むことになる。》

ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)サイト「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エーの南場智子社長が「SNSというだけで出合い系サイトなどと一律に排除される。(分類を)見直してもらいたい」と訴えた。

《ほれみろ、「モバゲータウン」のいかがわしさは前に取り上げた。にも拘らず、ああ言えばこう言う式の苦情は発生することになる。》

また、ホームページ作成サイト「魔法のiらんど」の関係者は「子どもたちと一緒にサイトを良くしようと努力している。表現の場が奪われてしまう」と話し、一律規制に懸念を示す。

《言うことは同じだ、異口同音となるだけだ。これらをいちいち聞いていたのでは規制など不可能だ。》

携帯電話関連の業界団体モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)の岸原孝昌事務局長は「どんな仕組みなのか理解されないまま、導入の議論だけが進んだ。どんなサイトが削除されるのか、誰が判断するのか不透明だ」と指摘する。

07年上半期の出合い系サイトに関連した事件の被害者708人のうち、18歳未満は約600人(警視庁)を占めた。子どもの安全を守るための早急な対策が必要な一方で、適切なフィルタリングサービスのあり方が問われている。

《フィルタリングサービスは、文字どおり単なるサービスなのだ。義務でも規制でもない。これで有害サイトへの線引きができるなどと考えるのは甘い、甘い。》

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2008年1月27日 (日)

日本全土に迎撃ミサイル基地を

「国益のため」の言葉で送りだされ、どこの国からも催促された話も聞かないのに、あいも変らぬ茶番国会の結果を受けて、いそいそと只の油を運ぶため、インド洋へ出かけた自衛隊。

オサマ・ビン・ラディンを捕まえに行ったはずのアメリカは、逃げられたと見るや即座に鉾先をフセインに切り替えて、捕まえると有無を言わさずに殺してしまった。これで済んだわけではない、理屈は何とでもつけられる、今度はアフガニスタンへ戦争を仕掛けた。御主人思いのポチは油が必要でしょう、と只で差し上げる手はずを整え、期限が切れては延ばし、切れては延ばし、次には恒久法までつくろうと、手ぐすね引いているようだ。

一方、国内では仮想敵北朝鮮から日本を守る、との大義名分を振りかざし、日本中に戦争拡大を招くことになる軍事基地化を展開しようとしている。詳しくは昨年4月、次の 迎撃ミサイル配備 07/04 に書いた。

また、別のところで、実験についても書いた。『昨年の暮、アメリカ・ハワイ沖で、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」が搭載ミサイルの発射実験を行ない、米軍のものだが模擬中距離弾道ミサイルの大気圏外での迎撃実験を成功させて、大喜びする関係者の姿がテレビが放映した。もしも、その弾道ミサイルを撃ち漏らすことがあれば、地上から迎撃するシステム(PAC3)も着々と日本全土に敷き詰めつつある。航空自衛隊入間基地(埼玉県)に08年3月、最初の一基の導入が決定。首都圏に4基地、12年度までに全国16部隊に配備される。』と。

繰り返しになるが、防衛省は今月14日から15日にかけ、東京都心に向かって飛んでくる弾道ミサイルを撃ち落とす準備として、迎撃ミサイル、パトリオット3(PAC3)を発射候補地の新宿御苑(東京都新宿区)に展開するため、初の実験調査を行なった。狙いは何か、何故首都のど真ん中で実験することになったのか。ほかにも都心に発射候補地があるのか。(毎日新聞1/27)から

まず、弾道ミサイルが飛んでくる場合、首相官邸や国会がある都心が狙われる可能性が高い。PAC3は年度内に埼玉、千葉、神奈川、茨城4県の航空自衛隊基地に配備されるが、撃ち落とせる範囲が射程約20キロとそれほど広くないので、着弾する可能性が高いとみられる場所近くまで発射機を運ばねばならない。続いて、御苑以外に、同じく新宿区の防衛省や代々木公園、神宮外苑、中央区の晴海埠頭など10カ所以上で調査して絞り込むことになるという。

しかし、実戦になれば、半径約100メートル程度の広さがある場所なら発射が可能なので、地域の学校校庭に搬入される可能性もあり得る。また、4大都市をカバーするため、2010年度までにほかに阪神、中京、北部九州地域にも配備(全国12基地に16部隊)するので、それらの地区でも調査や訓練はすることになるだろう。

防衛省が一番心配しているのは世論の反発だ。昨年夏に行なう予定だったが、不祥事や新テロ対策特別措置法審議への影響を懸念、延期して様子をみていた。《なんだかこそこそと計画し、いきなりの実験だ。反発がほとんで出なかったということで防衛省は喜んでいる。同じことを繰り返し、次々に既成事実として実績を作ろうとしているようだ。》

心配もあるようで、関東では発射機8輌で首都圏全域を防衛することになるから、同時多発的な攻撃には「お手上げ」との指摘もされている。また、基地から都心への搬入に約3時間かかり、急に弾道ミサイル発射の恐れが判明しても間に合わない。システム整備に約1兆円かかる見通しで、国民の理解が必要になる。

《北朝鮮を仮想敵としているだけならいい、年々二桁の軍事費の延びを示している大国、中国という国がある。アメリカも中国を意識して、日米同盟をしきりに口に国際貢献を言う。米ソ冷戦時代の軍備増強の愚かさから何も学んではいない。あいも変らず力と力のバランスしか念頭にない。日本はいつまでもこの愚かなアメリカに頼っていていいのだろうか。》

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2008年1月26日 (土)

ドラマ「だいすき!!」

「知的障害」(TBS)を売りにしているような宣伝が気になって ドラマの2回目を見てみた。寄ってたかって主人公の女性を障害者に祭り上げる。同情せよ、同情せよ、と、つまらないだけだ。それに主題歌を歌っている女性歌手が最低だ。歌の根本になる呼吸法を全く学んでいないから、自分勝手で、吸う息は断末魔の喉のように鳴り、日本語の流れを無視した場所で、はー、はー、と音高く息を吸う。聞くこちらが息苦しくなる。

2週目、すでに知的障害を持つ、と設定された女に子づくりだけ終えた男は死んだ後で、残された女は女児の育児を始めていた。(何となくできちゃっただけなのか、初回を見ていないので分らないし、私生児なのか、嫡出子なのかも分らない)。何故知的障害者を妊娠させることになったのか、その女性が出産するまでの生活感が全く理解できないままに、ドラマはどんどん主人公を同情させる設定へと進む。

知的障害のある人との触れ合いがない私には、主人公をどのように見ていのか分らないが、このドラマの女性には障害があるとはとても思えない。あらゆる状況下での会話の反応も、行動も、街なかのそこら中にいる若者たちとの差は感じられず、周りを取り巻く正常人と設定された人間たちが、無理矢理に主人公の女性を障害者として、ドラマを見る人間から同情が寄せられるように作り上げるのに躍起になっているようだ。このような環境下に置かれれば、まともな人間でも徐々に知的障害者に作り変えられそうな恐怖さえ覚えた。

女児を保育園にあずけるため面接にでかけるシーンがあるが、母親の知的障害であることを理由に断わられる。ドラマとしてはこちらの方にこそ問題を持たせるべきではないだろうか。ドラマはすぐにそれに変る‘良い人’の園長が出現して見事保育園に入園が叶う。放送回数未定のようだが、この先は良い人だらけの可哀相、可哀相で進められるのだろうか。人情話で纏まるようでは吸引力は薄らぎ、すぐにも飽きられると思うのだが。

また、もっと大事にして欲しいのは、このドラマに限らないけれど、NHKの朝のドラマを取り上げた時にも書いた。タイトルバックにしろ、挿入歌にしろ、歌い手を登用するのなら、歌い手をもっと厳選してほしい。日本語の発音とは聞こえないものになったり、言葉をずたずたに切り刻んだり、今回の歌い手のように歌唱力がなく、まるで息づかいのできない苦しそうな歌い手(現在のほとんどの歌手のつもりの歌い手はそうだが)を使用するのは止めてほしいものだ。私のように、誰が演じていようが、誰が歌っていようが無関心なこと。内容を理解しようとし、挿入されるのならそれに相応しい歌を聞かせてもらえればそれで良いと思う人間も多くいるのだから。

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2008年1月25日 (金)

藤倉修一・江藤俊哉死去

厚生労働省の「平成18年簡易生命表」によると、日本人男性の寿命は79・00歳。人間わずか50年、と言われた時代からは想像もできない長寿になった。

23日の報道で、2人の死を知った。1人は藤倉修一、もう1人は江藤俊哉。藤倉は93歳、江藤は80歳。どちらも天寿を全うした先輩たちだ。

藤倉修一を知ったのは、私にとっては、今ではもう見る値打ちもなくなった1951年の大晦日の「紅白歌合戦」の初代と2回目の司会者として、続く53年のイギリス女王エリザベスの戴冠式の中継だった。他にも今もなお語り継がれるクイズ番組の草分け「二十の扉」では柔らかい語り口で回答者との問答や、ユーモアたっぷりで進行するアナウンサーだった。

1953年、私が関西から東京に来て最初に住むことになったのが池上線(五反田〜蒲田)沿線、大田区洗足池。駅から歩いて約10分の山の手に建つ精々10世帯の木造アパートであった。その途中、雪谷方向に下の道を5、6分歩くと右手に藤倉修一の家があった。途中、緩やかな坂の上の道を行くと曲り角には高橋豊子(女優)の家があり、アパートに程近いところに、ピアノの音がしょっちゅう聞こえた淡谷のり子が庭付きのこじんまりとした平家建てに住んでいた。駅の名前の由来でもあった洗足池端には、戦後の俳優で主だった女優との共演を多くしたシャルル・ボワイエ似の男優、若原雅夫の自宅があった。振返ってちょっと調べてみたが彼の出演した作品は全部で92本あった。大田区とはそのような今で言うタレントの集まっている地域であった。

このような住宅地に、貧乏生活覚悟で出て来た人間でも住める安アパートも混在していた。時々ブログで取り上げるクジラのベーコンを摘まみ、一個5円のコロッケを喰らい、おかずのない時は、食いつなぐ米に醤油をかけるだけの粗末な食事で飢えを凌いだ。散髪にも碌に行けず、髪を持ち上げて自分で鋏を使ってバサバサ切っていた。現在と違ってアパートに風呂の設備などなく、これ幸いのように稀にしか行く金も持ち合わせなかった。浅草渋谷間の地下鉄以外に路線の拡張が進められる時代で、学生のアルバイトで高額の一番手の一つだった。と、こんな話を思い出した。この地には25歳まで住んでいた。

もう1人、江藤俊哉。名前を耳にしたのはまだ関西の片田舎にいた子どものころになる。大人顔負けのとってもヴァイオリンのうまい天才少年がいて、コンクール(現日本音楽コンクール)で一番(弦楽部門)になった、というニュースだった。その時の彼が12歳というから私は9歳の時の話だ。同じ頃になるが、私もヴァイオリンを手にしていた。なぜか教師から両親に話があったことは覚えているのだが、苦しい家計から出費してもらっていた。教師の見込み違いか、才能がなかったのが本当だが途中で放り出す羽目になった。それならば、と心変わりして絵描きを目指して上京し芸大油を狙った。井の中の蛙(かわず)だった。自分はマルチだと思っていた。ところがこれも挫折した。

江藤は順調に東京音楽学校(現東京芸術大学)に進む。在学中、いまはサイトウキネンオーケストラと名前が冠されている斎藤秀雄(チェロ)らと弦楽四重奏団を結成(1944年)。卒業後渡米、カーティス音楽学院に留学、ジンバリストに学ぶ。1951年カーネギーホール(当時はクラシックの殿堂と評されていた)でデビュー。1961年日本に帰国するまでアメリカ各地で演奏活動を行なう。

帰国後は日本各地で演奏活動をしながら、安永徹、千住真理子、諏訪内晶子ら後進を指導。桐朋学園大学学長なども務めた。安永(毎日音楽コンクールで一位)は海外での活動が多いため、日本国内では名前を知る人は少ないが、1983年以来24年間、世界屈指のオーケストラ、ベルリンフィルのコンサートマスター(第1ヴァイオリン)の位置に座り続けている逸材だ。第1ヴァイオリンといえばオーケストラ指揮者に1番近いところでオーケストラ全体の要となる地位だ。また、弦楽部門の第1、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスに限らず、オーケストラ全体のリーダーでもある。楽団員の投票で選ばれ、楽団員は、指揮者以上にコンサートマスターの表情や動きを見逃しては纏まりあるハーモニーは生み出せない。それほどオケの中心の立場にある人だ、あのベルリンフィルで。彼を教えたのが江藤。江藤の教え方は、1967〜78年に亙ってNHKの「ヴァイオリンのおけいこ」に出演して子どもたちを教えた時の柔和で優しい姿が忘れられない。

71年にはモービル音楽賞を受賞。ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールなど、国内外のコンクール審査員にもなった。

    生者必滅会者定離。お2人に合掌。

米民間人口研究所マウンテンビュー・リサーチ社によると、日本人の平均寿命は2050年には90歳を超えるという。先進7ヵ国の過去50年間の死亡率の推移からはじき出した数字だと。それまでは生きない私は、最新データでの平均寿命でいくと、残るいのちはあと3年ということになる。1日も無駄にはできない。

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2008年1月24日 (木)

婚外子、フランスで5割を超す

毎日新聞(1/20)から<要約>
フランスで2006年に生まれ子のうち、両親が正式な結婚をしていない婚外子の割合が始めて半数を超えたことが分かった。仏国立統計経済研究所が18日までに発表した。正式な結婚にとらわれないフランス人の考えが反映された形だ。

《入籍することでのメリット(法的に優遇、親権など)はあるものの、法律婚の場合、様々な手続き(市長や証人が必要、市役所での式が義務づけられている。一方、離婚する段になると、如何なる理由があっても弁護士による訴訟の手続きが必要になり、離婚成立までには数カ月を要することになる。日本のように紙切れ(離婚届け)一枚ではすまないことなどの背景があるようだ。再び結婚となると宗教上の制約で、カトリック教徒は教会での挙式が不可能となるなど、兎に角面倒なことが多いのだ。それ以上にフランス人は、恋愛やセックス、いうなれば自由と博愛なのか、お互いの「愛」を人生で最優先させる重要なものとの考えが根強くあるようだ。》

同研究所によると、婚外子の割合は65年には5・9%に過ぎなかったが、次第に増え続け、06年には50・5%と正式な結婚による子どもの数を上回った。03年度においてフランスは婚外子の割合の高い国ではなかった。<参考>内縁関係夫妻、敗訴 07/11/8

フランスでは99年、事実婚や同性愛カップルに対し、税控除や社会保障などについて、結婚に準じる権利を付与するパクス*(PACS「La Pacte civil de solidarite」連帯市民協約)法が制定され、結婚や家族の考えが変った。「パクス婚」と呼ばれ、「片方の意思だけで解消できる」点で結婚より緩やかな形。

 * パクス ‥ 1999年に主に同性愛者の要望で法案化、可決された。共同生活を営む成人の異性、または同性のカップルを対象に、その権利を認めたもの。2006年には7万7000組のパクス婚が生まれている。

社会学者のイレーヌ・テリー氏は「家族を形作るのは結婚ではなく子どもになりつつある」としている。一方、フランスの昨年の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は1・98で、欧州連合(EU)で最高となった。EU平均は1・52だった。

また、同棲することも簡単、PACS関係を解消するときもお互いの同意か、一方的な意志で届けを出せば済み、至って簡単なものである一方で、PACS婚は親子関係に関して効力を持たず、子どもが生まれた場合は、男性側が認知しないと父と子の関係とはならない。

《これは日本における事実婚も同じで、生まれた子は全員非嫡出子になる。
他に認められない権利には次のようなものがある。
 ▽夫婦同一性名
 ▽夫婦間の契約取り消し権
 ▽税法上、配偶者控除
 ▽税法上、配偶者の相続権(ただし、遺言によって贈与は可)
 ▽婚姻による成年**

 ** 未成年者が婚姻をした時は、これによって成年に達したものとみなす。(民法 第753条)

2003年、日本の婚外子は1・93%(2005年は2・0%)と低い数字だが、フランスの場合も1980年、11・4%であったが、2002年に44・3%、05年に48・4%と高くなり、06年に50%を超えた。このようにフランスで事実婚が多いのは、事実婚でも不利にならない法整備がされていることや、個人主義を発展させて来た長い文化、歴史があるからだ。日本でもしばしばタレントのその報道を耳にするが、家と家との結びつきを婚姻の柱として来た婚姻制度に、事実婚がどこまで浸透して行くかは難しいところだ。

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2008年1月22日 (火)

自転車衝突死

毎日新聞(1/21)から
千葉市美浜区美浜の市道で昨年7月、県立京葉工業高校3年の自転車部の生徒2人(当時17歳と18歳)が違法駐車の乗用車に衝突して死亡した事故で、千葉県警交通捜査課と千葉西署は21日にも、男性運転手(31歳)を自動車運転過失致死と道路交通法違反(駐車禁止)容疑で書類送検する方針を固めた。

事故時に乗車していなかった運転手を自動車運転過失致死容疑で立件するするのは極めて異例。交通事故厳罰化の流れを考慮したとみられる。

県警はこの他、生徒の監督責任を怠ったとして30代と40代の自転車部の男性顧問2人を業務上過失致死容疑で、死亡した生徒2人を道交法違反(安全運転義務違反)容疑で、それぞれ書類送検する。

調べでは、運転手は昨年7月19日午後1時50分ごろ、片側3車線の一番左の車線に乗用車を違法駐車し、路上走行練習中の生徒2人が衝突死する原因を作った疑い。当初は道交法違反のみで書類送検する方針だったが、繰り返し取締りが行なわれていた同道に駐車していた点に重大な過失があると判断した。2人の顧問については、いつも行なっている乗用車による併走を事故当日はせず、安全確認を怠ったと判断した。

《交通違反に対して厳罰化は悪いことではないが、これを厳罰化の「流行」と同じように扱ってもらっては堪ったものではない。いつも取締りを行なっていた道路なのに、こんなやつがいるからだ!での厳罰化と取れる。

《この事故は真っ昼間だが、昼と夜に違いはあるものの、殆ど同じような事故が横浜で起っていた。この事故に関し、横浜地裁の平成18年11月30日に出した判決(確定)では、次のように認定した。

▼平成17年4月8日午後7時40分ごろ、横浜市都筑区の片側3車線60キロ制限の左端駐車中の普通貨物自動車に原付自転車が衝突死亡した事案につき、駐車禁止場所に尾灯等をつけず駐車した運転者(Y)の過失に対し、原付自転車の運転者(A)の「前方不注視は軽視し得ない」として、Aの「過失割合は6割」とした。

《夜間尾灯もつけず、そこに原付自転車がぶつかって来た。横浜地裁は、現場の見遠しが良好であったことを考慮しても、車輌の発見はさほど容易ではなかったとした上で、「駐車禁止規制違反、駐車方法不適切及び夜間不灯火の過失が認められ、その過失割合は4割」とした。

《千葉の事故の現場の状況と比べて、遥かに発見困難な夜間での事故であったことが分る。それでも貨物自動車の運転者の過失の割合は4割とした。千葉県警の考えはまるであべこべだ。なぜこんな噴飯(ばからしくて食事中ならば、口の中の飯を噴き出すほどだ、の例え)ものの容疑になったのだろう。ちょうど横浜の事故と千葉の事故との間(平成18年8月25日)に、例の福岡の海の中道で発生した飲酒運転による大事故があった。この事故を機に、一気に交通事故に対する厳罰化を望む声が市民の間に広がり、根付いて行った。千葉県警も千葉西署もこの流れを無視することができなくなり、幾つもある要因を重ね合わせて、屁理屈のように理由づけをした。運転手が乗車してもいない車に「運転過失致死」の立件をするという。

《もう少し詳しく見てみよう。死んだ自転車部の2人は真っ昼間、どこを見て走っていたんだろうか。事故当時の報道によると、高校生2人が走行していた自転車はブレーキがない競技用のものでピスト(ピストレーサーとも)とよばれるもの。走行していた公道は自転車競技を行なう競技場に条件が似ており、スピードも出せる事故現場付近の公道で高速走行練習を行なうことが多かったという。事故当日は顧問が会議に出席のため、練習時の先導ができないまま、部員4名だけで公道にでた。事故発生後病院に収容されたが約3時間後に死亡。前方不注意が事故の原因とみられる、となっている。(2007年7月23日)

《テレビで時々目にする自転車競技と同じなら、最高速走行時には競技者は殆ど前を見ていない。あれで公道を走行されたら事故が起るのは当たり前とも言える。道交法がある程度整備されるまで、昔は自動車が走る凶器と言われる時代が続いた。今はその「走る凶器」の言葉が当てはまるのは自転車だろう。事実、事故も多発している。練習のための場所がないから仕方がない、というのが理由だろうが、千葉にはサッカーのためには巨費を投じて建設したスタジアムがある。千葉県に限らないが、全国の公道を使って練習させている自転車競技者のいる自治体、マイナーな競技かも知れないが、走る凶器にならない場所を設けることを検討してもよいのではないか。公道を走行することを認めるのは、街なかの公園で幅跳びや、棒高跳び、キャッチボールや野球の練習をするのを認めるのと同じことだと思うのだが。

《いずれにしても、前方不注意で高速走行して障害物にぶつかるのは当たり前、事故になって当然だろう。ぶつかったのが人間だったら・・・怖い。一方、駐停車禁止ゾーンに駐車していた運転者は、ぶつかって来たものが死亡したからと言って、道交法違反(駐車禁止)以上のものではないが、いい機会だ、競技用自転車の公道上での練習は、即、中止させるべきだ。》

▼ブログのカテゴリーを「流行」としたのは、何ごとによらず、流されることの好きな日本人、厳罰化が流行になっては困ることから敢えてそれを選んだ。

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2008年1月21日 (月)

砂上の楼閣か CCW会合

全会一致が原則のCCW(特定通常兵器使用禁止制限条約)で、大国のわがまま、その陰に寄り添って様子を窺うだけの日本の寂しい主張では、何時まで経っても議論は進まず、纏まるものも纏まる気配はないままで終わった。

毎日新聞(1/19)から
不発弾が市民に被害を与えているクラスター爆弾について議論していたCCWの専門家会合(スイス・ジュネーブ)は18日、規制についての意見が分裂したまま閉幕した。日本がやっと部分禁止方針を表明したがロシアが事実上、規制に反対するなど、議論に進展は見られなかった。これで有志国が今年中の条約作りを目指す「オスロ・プロセス」が来月、ニュージーランドで開く「ウェリントン会議」に焦点が移ることいなった。

国連に事務局を置き、米露中などが参加するCCWは、今回の専門家会合を、11月の締約国会議までに「提言」をまとめる出発点と位置づけた。

日本は今回「信頼性、正確性に欠ける」旧型の爆弾の禁止を条約化することを主張した。米露中を巻き込む条約作りを狙った。一応は前向きな姿勢に、全面禁止派の国の外交筋からも「日本が部分禁止に言及したことは興味深い」と歓迎の声が上がったようだ。しかし、ロシアは「(規制実施には)超長期の猶予期間が必要」と、実質的な規制反対の姿勢を繰り返した。また米国も「(爆弾そのものの規制ではなく)非人道的な“使い方”の規制に焦点を当てるべきだ」と強調した。

CCWは全会一致が原則だが、同爆弾の規制に関しては、インドやパキスタン、中国、韓国なども消極的で、日本の部分禁止程度の生温(なまぬる)い新提案では、前途の多難さは推して図るべしだ。

一方、米露中以外の主要国が参加するオスロ.プロセスは来月のウェリントン会議で禁止条約案の大枠を決め、5月のダブリンの会議で条約案合意を目指す。CCWが停滞を示す中で、日本も参加するオスロ・プロセスがどのような条約案を打ち出すのかが、今後、注目されるところだ。

クラスター爆弾に詳しい中央大・目加田説子教授の話「日本の提案は米露に配慮した内容。英独さえ廃棄する旧型爆弾の使用も一定期間認めており、後ろ向きだ。このままでは、オスロ・プロセスの禁止条約作りの流れについていけない」と。

従来ののらりくらりの立場では日本もおいてけぼりをくらう、何とか面子だけでも立てておかねばならなくなっての部分禁止だった。アメリカに気兼ねして、恐る恐る出して顔色を窺ったのが本当の所だろう。途端に肘鉄を喰らったような雲行きだ。米露がお互いを意識しての主張はあいも変らぬその昔の冷戦時代の大国同士の力のバランスを背景にしてのことだろう。それに比べると箱庭のような北朝鮮と日本の関係だ。それでもなお日本はクラスター爆弾にしがみつくのか。世界の趨勢はあやふやな関係ながらクラスター爆弾廃止の方向に流れている。しかし、現状では参加国の纏まらない動きは、積んでも積んでも崩れ落ちる砂上の楼閣を築こうとしているようで時間だけが無駄に過ぎて行くかに見える。

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2008年1月20日 (日)

もう一度食べたい -2-

       アネモネ
AnemoneAnemone2




 <ギリシャ神話にいう>女神アフロディテ(ローマ神話ではヴィーナス)の愛した美男のアドニスが森の中で狩りをしている時、危険な野獣の野猪に襲われて死んだ。アフロディテはアドニスの死を悲しむあまり、彼が死んだ時流した血の中から、血のように赤いアネモネの花を咲かせた。しかし、この花は余りにも華奢なので落ちやすく、その名前のもとになった風(アネモス)に散らされてしまう、と。

さて、『昔のホウレンソウ』。現在スーパーに並んでいるホウレンソウと呼ばれている菜っ葉、どう見ても、野の草か雑草にしか見えない。ひょろひょろと痩せ細って青さばかりが目につく。昔のホウレンソウは株が太くて根っこの部分の赤みが多く、その部分に甘味がたっぷりと蓄えられたとっても美味しい野菜だった。ゆでると強い灰汁(あく)のせいで、茹で汁が黒くなった。今のホウレンソウは根っこの赤みも殆どなくなり、茹で汁に灰汁も出ない。栽培が楽な品種改良がなされたせいで、やはり季節感を失って、いかにも弱い現代っ子と同じような、姿形もひ弱な食べ物になった。食べても昔味わったホウレンソウの味は全くしない。料理番組では栄養のことが話題になるが、今のホウレンソウは昔のホレンソウの半分も栄養分がなくなった。美味しいわけがない。しかし、近年になって改良品なのか、「ちじみほうれん草」が出回り、少しは甘味のあるホウレンソウらしい味だと思うが、品薄でスーパーに並んでも数は少ない。

昨日取り上げたトマトとおなじだが、『昔のにんじん』には強いにんじん独特の臭いがあった。かと言っていかにも西洋野菜のセロリのような吐き気を催させる臭みではない。逆に西洋人に言わせれば、日本人が多く好んで食べるナットウは日本人のセロリのようなものだろうが。食文化だから仕方ないが、にんじんに臭いがなくなったのはどう考えても納得がいかない。昔のにんじんは、子どものころは嫌う人間が多かったが、長じるに従って普通に食べるようになっていた。我が家の妻も同じで少女時代は「食べられなかった」と言うが、大人になってからは好きな野菜の一つになったのに、最近の臭いの失せたにんじんには食欲を失うという。40歳にちかくなった長男の子どものころには、まだ臭いの強いにんじんがあった。わたしに似たのか幼児の頃から強い臭いのにんじんを好み、鍋の中を選ってでも口に入れるほど好きだった。現在の料理に使われるにんじは、ただ彩りを添えるだけに使用されているようなもので、食べて味や香りを楽しむ食べ物ではなくなった。京にんじんの強い赤色と香りも今はない。

続いて『昔のきゅうり』。畑の中に潜り込み、蔓にぶら下がっている中から美味しそうなものを選び、もぎ取ってかぶりつく。これも暑い夏にしかない野菜の一つだった。初夏の食べ物だったイチゴを真冬に食べるのが不自然ではなくなった今という時代、クリスマスが近づくとスーパーやデパートの食品売り場に甘い香りが流れる。栽培技術は自然に逆らってまでどこまでも進んでいる。きゅうりの話にもどろう。昔のきゅうりは手に握るととげとげで手に怪我をするほどの外皮を持っていた。今、スーパーに並ぶきゅうりにはその痛いほどのとげとげがない。つるつるしていて皆おなじように真直ぐで、大きさまで揃っている。

味の善し悪しの分らなくなった今の消費者たちは、消費期限と賞味期限だけが選別の基準になり、野菜は姿形で品物を選んで気が済むようだ。曲がったものは嫌われ、はじかれる。ところが、えてしてこの曲がったものの中にこそしっかりととげとげを備えた味の良いきゅうりが混じっていることが多い。品種改良は形にこだわり、味を二の次にしてしまった。昔のきゅうりにはあった種子の部分が殆どなくなり、ただ肉を厚くして固いだけのものにした。種子の部分こそ野菜としてのきゅうりの味が味わえる部位だったのに。きのう取り上げた「まくわ瓜」と同じだ。種子のとろとろしたところにこそ瓜(メロン)の本当の美味しさがあるのに。メロンほどではなかったが、きゅうりからもそれを取り除いてしまった。難しいのは購入する時だ。何人もの人の手でいじり回されたものは買う気がしない。洗えば済むものでもやはり買えない。ポリ袋の上からとげとげの強いものを選んでカートに入れる。稀に昔風(あくまでも、ふうの)のものに出会うことがあると、たかがきゅうりだけれど口の中でじっくりとその美味しさを噛みしめる。

結婚してそろそろ40年になる。肉を殆ど食べない。魚と野菜が主な食べ物の我が家では、美味しく食べられる野菜は絶対に必要なことだ。だから野菜は特に味わって食べる。最近の不味い野菜は滋養として取らなければならないものだけに余計に気になる。取り敢えずは気になるものだけを書いてきたが、科学の進歩は見た目だけを気にし、生野菜をどんどん美味しくないものにして行くようだ。

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2008年1月19日 (土)

もう一度食べたい

毎日新聞(1/18)から
「くらしナビ」という、読者の昔食べた思い出の、懐かしい食べ物を、読者に替わって求め歩く記者のレポートがある。たまたま目にしたが、『昔のトマト』『まくわ瓜』『チシャ』『カレールウ』『カヤの実』と並んでいる。最初のトマトの他は特に私の味覚に思い出としては残っていないのだが、書かれているものの他で私の食べたいものには『昔のホウレンソウ』『昔のにんじん』『昔のきゅうり』などがある。

特に同紙にもある『昔のトマト』『まくわ瓜』は何としても食べたい食品の代表だ。現在のように野菜や果物の季節感も失われてしまう前、暑い夏でないと食べられない夏を代表する食べ物だった。子どもの頃、学校から帰りつくやランドセルを放り投げてふんどし*を手に、近くの海岸に飛び出すのが日課だった。

 * ふんどし・・泳ぐために下半身に巻く白の晒し木綿の通常大人で6尺と呼ばれるものだが、子どもには長過ぎ、短かく詰めて巻いた。いかにも大人の仲間入りしたような鼻高々に身につけたものだ。

庭のトマトの木から美味しそうなのを見つけ、一つ2つを包(くる)んだ手拭いを肩に掛け、海岸に着くと我先にふんどしを巻き、海中にトマトを放り込む。太陽に照らされて熱くなっていたトマトは海の中で食べごろの温度まで下がり、海水の塩気が微妙に味付けをしてくれて、あの青臭い香りがいっそう旨味を増した。何時間も泳いでいた。時には足の裏をウニに刺され、時にはひとでの化石を見つけた。

今、スーパーに並ぶ形は綺麗だが、夏場でも何の臭いもなく、つるんとして丸くて見た目だけの甘いトマトはどうしても好きになれない。レポートにも書かれてある。「夏を迎えるたび、あの青臭いトマトを食べたいと思います。今のは甘いばかりでがっかりです。どこにいったのでしょうか」と。

レポーターは探す。そして、残念ながら、このトマトが見つからない。今のつるんと丸い品種の桃太郎や頂部の尖ったファーストでは絶対に味わえない。四角っぽいゴツゴツした形で、大あり小ありで全く不揃いだ。かぶりつくと種子の部分がチュルッと口に入り、野の香りが鼻をついた。この青臭いトマトに会いたい。種苗会社に尋ねたが「ない」という。

次の『まくわ瓜』も同じだ。全く目にすることがなくなったが、夏の暑い盛りの果物で、地域によって呼び名が沢山ある。現在のメロンの一変種で、ウリ科キュウリ属。英名オリエンタル・メロン。まくわ瓜の他には、味瓜、梵天瓜、都瓜、甘瓜、甜瓜(テンカ)、唐瓜(カラウリ)など。形はフットボール状をしていて表面が黄色いもの、赤みがかった黄色、また、西瓜と同じような模様と色のもの(黄色のものよりは糖分が多かった)などがあった。まくわは真桑瓜と書き、美濃の国(岐阜県)真桑村(現・本巣市)でよく作られていたことからつけられた名という。明治期には「メロン」と呼ばれて売っていた。兵庫県姫路市周辺で栽培されたことで、「網干(あぼし)メロン」と呼ばれた。他にも亜種が多く作られ「ペッチンうり」「女鹿メロン」「加古川メロン」などがある。

現在の「プリンスメロン」は、まくわ瓜と西洋のメロンを交配させた品種だ。まくわ瓜はプリンスメロンほどの甘味はないが、種子の部分は甘味が濃く、口の中で種をプチプチ噛み砕きながら食べる触感は堪らなく、実(み)以上に美味しく食べられ、郷愁を呼ぶ。栽培技術が進歩して、生野菜も果物も季節感が失われ、日本人の感性も貧しいものになってしまった。詩歌の世界の季語も言葉の遊びだけのものになっているように感じられる。暑い夏にだけ食べられるから、夏が来るのが待ち遠しく、また、移り変わる季節に応じた食べ物を巡る食文化も発達して来た。今はそれも失われているように感じられる。西洋人から日本食のお墨付きを戴いて有り難がるようでは何をか言わんやだ。 --- この後は、野菜について書いてみたい。

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2008年1月18日 (金)

クラスター爆弾の部分禁止をやっと容認

<昨年のブログ「クラスター爆弾禁止リマ会議開幕」07・05・25より>
【5月26日、追記
♦軍事国家を目指す安倍にとって、北朝鮮が打ち上げるミサイルは逆効果となって彼を後押ししてくれるものとなる。北朝鮮が騒げば騒ぐほど、ますます集団的自衛権の言葉が真実味を増してくれるのだ。25日午前9時ごろ、2発或いは数発という海上投棄とも思える花火を東と西に打っていた。訓練とも言えない情けない数だ。他所さまの庭の片隅であった話だが、早速安倍はコメントを出した。「日本の安全保障にとって、重大な問題とは認識していない」と。さすが、こんなことでは驚かないぞ!という気らしい。

♦「クラスター爆弾は防衛に必要」、恐ろしい日本の空幕長。
防衛省の田母神(たもがみ)俊雄空幕長は25日の定例会見で、「日本は島国で海岸線が長く、クラスター爆弾は防衛に有利」と述べ、手段として必要、と語った。上陸してくる敵(北朝鮮以外は考えにない)を海岸線で防ぐために使うことが想定された発言だ。「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防衛手段を持っておくべきだ」と述べた。

また、久間防衛相も「国土が蹂躙されるか、守り抜いた後に不発弾処理をした方がいいのか」と話して、自分は戦争が終わってから、不発弾処理をする方がよいと思うとの考えを示した。】

《参加国のクラスター爆弾の禁止条約づくりをすすめる「オスロ・プロセス」にあって、大国アメリカの威を借りて声高にクラスター爆弾の必要を叫び続けて来た日本が、世界の孤児になる風向きに、その一部の使用について、アメリカの顔色を気にしながら禁止することを表明した。

昨年の暮、アメリカ・ハワイ沖で、海上自衛隊のイージス艦「こんごう」が搭載ミサイルの発射実験を行ない、米軍のものだが模擬中距離弾道ミサイルの大気圏外での迎撃実験を成功させて、大喜びする関係者の姿がテレビが放映した。もしも、その弾道ミサイルを撃ち漏らすことがあれば、地上から迎撃するシステム(PAC3)も着々と日本全土に敷き詰めつつある。航空自衛隊入間基地(埼玉県)に08年3月、最初の一基の導入が決定。首都圏に4基地、12年度までに全国16部隊に配備される。

早速、14日夜〜15日朝、航空自衛隊の地対空パトリオット3(PAC-3)の自衛隊基地以外での初となる発射候補地調査が、東京都新宿区の新宿御苑で実施された。武山分屯基地(神奈川県)隊員ら約50人が高さ約30メートルの特殊アンテナ2本や無線通信装置を搭載したと楠湯車輌など6台を搬入、通信状態やミサイル発射角度の確認を行なった。水際作戦の失敗を予測して、日本全国が火の海になることも覚悟の上のようだ。こうなれば不発弾の確率が高い旧式のクラスター爆弾はそろそろお蔵入りにしてもいいのじゃないか、とでも考えたか。

毎日新聞(1/17、18)から要約
有志国やや非政府組織が今年中の禁止条約づくりを目指す「オスロ・プロセス」では、不発率が低い一部の爆弾は認めるが、他は段階的に禁止する部分禁止は常識となっている。日本はオスロ・プロセにおける孤立感の中で、従来通りの同爆弾を無原則に保有する現状から嫌でも方針の転換を迫られた、と見るのが正しいだろう。旧型は、陸上、航空両自衛隊が保有している。

日本も参加するオスロ・プロセスでは「慎重派」とされる英独仏でさえ、自爆装置つきなど不発率が1%を切る新型は容認しつつ、段階的に禁止する方針を取っており、日本に新鮮味はない。さらに、日本の主張は「猶予期間後の旧型禁止のみ」という側面が強く「新型も一定期間後に禁止」というドイツ案には及ばない。

日本の今回の主張は、米国やロシアなど禁止条約に消極的な国が多く参加する特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の場で部分禁止容認を表明した。CCWは全会一致方式であるため、CCWでの規制実現は簡単にはいかない。ただ、「一旦部分禁止容認と言ったら少し内容に不満があっても、オスロ・プロセスに参加せざるを得ない」(韓国外交筋)だけに、日本の方針転換は重いと言えそうだ。

ノルウェーなどと協力して禁止条約づくりを推進する非政府組織(NGO)の連合体「クラスター爆弾連合」のサイモン・コンウェイ共同議長は「まだ不十分な面があるが、日本が動きだしたことはよいことだ」と歓迎した。

<日本政府発言)要旨
 クラスター爆弾の(不発弾による)人道問題に安全保障とのバランスをとり対処することに同意する。人道的な憂慮に対処できない爆弾を禁止するのがバランスをとる方法だ。
 一方、信頼性、正確性が高いクラスター爆弾は制限または禁止されるべきではない。信頼性を高めるためには、子爆弾に自爆装置を装着し不発率を低くくする。子爆弾の数を一定数以下に制限する、などの手段がある。信頼性、正確性に欠ける爆弾は制限されるべきで、以下のとおりの方法による。
 ▽新規の開発、生産、輸出は即時禁止
 ▽保有しているクラスター爆弾の使用は、必要不可欠な場合など厳しい条件をつける
 ▽猶予期間終了後は、使用も禁止する
日本はCCWの新しい付属議定書としての国際条約作りを支持する。提案した方策は、新条約の主要部分を構成でき、人道への懸念と安全保障とのバランスを両立させるものになり得る。

《米国がプロセスに否定的な立場を崩していないことを考えると、従来「オスロ宣言」への支持を求められても、のらりくらりと態度を保留したまま旧型爆弾の廃棄すら口にして来なかった日本が、宣言支持を打ち出すことは、やはり「オスロ・プロセス」参加国の中で孤立することを避けたい思惑があって、アメリカの顔色を窺いながら ちょっとだけ小出しにして見せたものと、みなければならないだろう。》

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2008年1月17日 (木)

学校裏サイト調査

昨年8月に『学校裏サイト、プロフィール』と題して掲示板サイトを取り上げた。「学校裏サイト」が栄えるのは、すべて彼や、彼女らの無責任な親たちの無関心の結果であることを一文にした。以後、これまでにない反応で数多くアクセスが増え続けている。どのように読んで頂いているのか不安だが、親が自覚し、家庭内教育によるわが子の指導しかないことを述べてある。思いは、子どもを放ってでも働くことを優先させる現在の日本の親たちに届くのかどうか分らない。私の最終的な結論は、18歳以下の子どもには携帯を持つことを禁じる以外に対策はない、ということだ。

毎日新聞(1/7)から要約
相変わらずというべきか、やっぱりというべきか、昨日今日の問題でもないのに、どれだけのデータを集めれば気が済むのか、或いは対策に動くことになるのか分らないが、飽きもせずに未だに調査、調査の繰り返しだ。
 文部科学省は、いじめの温床になっていると指摘されるインターネット上の掲示板「学校裏サイト」の実態調査を始めた。学校裏サイトは子どもたちが情報交換のために立ち上げた掲示板で、匿名性を背景に誹謗中傷の書き込みがエスカレートしがちだ。文科省は「子どもたちのネット利用を見守る体制を作りたい」と実態調査後の対策案の策定も検討しており、3月末までに調査結果をまとめる方針、ということだ。

文科省は先の06年度、いじめ実態調査では、遅きに失したがパソコンや携帯電話で誹謗中傷や嫌がらせなどを受けた例をアンケートしている。全体の3・9パーセントに当る4773件で「ネットいじめ」があったことが判明している。顔写真とアダルト画像を組み合わせた合成写真が掲示板に掲示されるケースも報告されて知っていることだ。

毎日新聞の取材でも、実名や携帯電話の番号を公開され、「うざい」「カンニングしている」など書き込まれたり、無言電話や中傷メールの被害から不登校になった男子高校生もいたことが報じられている。また、知らない男から猥褻な電話が掛かり、自宅のチャイムを鳴らされたり、ストーカー紛いの行為をされた女子高生の被害も明るみに出た。いじめ以上の問題に発展するケースが生じている。

学校裏サイトは各学校の公式のものではなく、子どもたちが自身で管理しているインターネットの掲示板やブログで、主に携帯電話を使って接続し、ハンドルネーム(ネット上の名前)を使って書き込みをすることが多い。接続するにあたってパスワードを必要とするサイトもあり、いじめの確認が難しい例も出ているという。

《子どもたちは遥かに悪がしこい。親に隠れてすることには細心の注意をはらう。持っている(或いは与えられた)玩具の使い方を知り尽くしているのだ。“うちの子に限って”の無関心な親たちに見つけられる可能性は殆どないと思わなければならない。パスワードとは銀行のATMの操作に必要な暗証番号と同じことだ。そう簡単に他人に見つけられるものではない。そこまでして子どもたちは裏の世界を楽しんでいる。

一方、携帯電話各社は昨年12月、出会い系など有害サイトへの接続を制限する「フィルタリングサービス」について、契約者が未成年の場合は、従来の任意加入から原則加入とする方針を表明した。しかし、フィルタリング機能だけでは学校裏サイトへの接続制限に限界があり、ネットいじめを解決する「即効薬」にはならないことは分かっている。文科省青少年課は「どんな書き込みがあるのか一つ一つ当っていき、次の対策を練らないといけない」と説明している。同省はすでに大学教授やNPOの協力を得て調査を開始。学校裏サイトの総数のほか有害情報と判断する具体的な基準を作り、書き込み内容を詳細にチェックしている。

ネット上でいじめなどの悩みを聞く活動をしている「全国webカウンセリング協議会」の安川雅史理事長は、「氷山の一角」しか見えていなかったものが、明らかになる。大人たちが調査を始めれば、子どもたちへの抑止効果も生み出すだろう。ただし、すべての学校裏サイトを調べることは不可能だとして、実態を知っている子どもたちを調査に参加させることなどを提案しているが、下手をすると、チクリの奨励や却って子ども同士の疑心暗鬼を作り出す危険性を孕むことになる。そうなると、調査が徒労に終わるおそれもあるのだ。》

《いずれにしても、3月末まで時間を掛けて調査をまとめた頃には、子どもたちの知識の方が大人よりも遥かに先を行っているだろう。結局はいたちごっこで終わることになるのが目に見えている。学校裏サイトを大人が真剣に排除したいのなら、冒頭に書いたように英断が必要だ。中途半端なフィルタリングを導入しても役には立たない。親に自覚を求めることは尚更不可能だ。メーカー各社はうろたえることになるだろうが、18歳未満の携帯電話使用を法律で禁止することだ。》

一方、警視庁も「出会い系」サイトの規制法を改正し、サイト事業者に都道府県公安委員会への届け出や、児童を犯罪に誘引する書き込みの削除を義務付ける方針を決めた。こちらも3月をめどに改正案をとりまとめ、国会提出をめざしている。(毎日新聞 1/17)

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2008年1月16日 (水)

捕鯨妨害

毎日新聞(1/16)<要約>
南極海で調査捕鯨をしている日本鯨類研究所の調査捕鯨船「第2勇新丸」が日本時間の15日午後4時ごろ、反捕鯨団体の外国人男性2人を拘束したと水産庁に連絡が入った。拘束した2人は、南極で調査捕鯨のための航行中の日本船に捕鯨妨害のために「不法侵入」したものだ。同庁は16日未明から、2人を引き渡すため団体側に連絡しているが、同日正午まで返答がない状態だ、という。

日本の捕鯨船が反捕鯨活動家を拘束するのは、87年に調査捕鯨が始まって以来のこと。同庁によると、2人は米国の環境保護団体「シー・シェパード*」に所属するイギリス人(35)とオーストラリア人(28)。2人は他のメンバーらと捕鯨船にモーターゴムボートで接近し、スクリューを狙ってロープを投げ、酪酸**とみられる薬品入りのビンを船に投げるなどの妨害行為を行なった上、捕鯨船に乗り込んで来た。

 * シー・シェパード(Sea Shepherd Conservation Society)‥ 1977年、「グリーンピースは軟弱に過ぎる」として分かれて設立した。各国の捕鯨船や漁船に体当たりして何隻もの船を沈めるほどの過激な行動を行なう。そのため、環境テロとも批判される。アメリカ・ワシントンのフライデー港を拠点とする。

 ** 酪酸 ‥ バターの中から得られたのでこの名で呼ばれる。アミノ酸の一つ。強い臭気を放つ。

このため、船員らが「不法侵入」だとして2人を取り押さえた。同庁によると、公海でも船舶の中は日本領土とみなされ、刑法による不法侵入罪の適用が可能だという。

同庁は「暴力による妨害行為は誠に遺憾。ただ、拘束した結果、目的が抗議ビラを渡すことと理解できたので、2人を一刻も早く釈放したいが団体側からの返答がない」と話している。

捕鯨船は、ミンククジラ850頭、ナガスクジラ50頭を調査目的で捕獲するため、昨年11月に日本から出航していた。一方、団体側ではホームページ上に「日本の捕鯨船乗り組み員が2人を誘拐した」と抗議している。

先ほど、夕方のテレビがシーシェパードの人間2人が日本の捕鯨船に飛び移る姿を放映した。2人を拘束した問題で、オーストラリアのスミス外相は16日、地元ラジオ局の取材に対し「2人の身柄を解放することで、日本側と合意した」と語ったとAP通信が伝えた。

オーストラリアは自国の連邦裁判所が南極海の一部の領有権を主張し、国内法で「クジラ保護区」を設定。日本の捕鯨に対して操業停止を命じている。これに対して町村官房長官は「南極大陸はどの国も領土主権を持たないというのが国際的なコンセンサスだ。誤った前提の判決は受け入れることはできない」と述べた。

オーストラアは07年12月4日、やっと京都議定書を批准したばかり。世界でも最大(世界一とも)と言われる国民一人当りの温室効果ガスの排出量で地球温暖化を招いている国だ。日本のクジラを論(あげつら)っている場合じゃないだろう。アメリカの陰に隠れているが、地球破壊を速める大国の一つでもあることを自覚するべきだろう。それに、クジラの命にも羊や牛の命にも命に軽重はないはずだ。その命を戴いて生きているのが人間だ。

一方、調査捕鯨といいながら、調査するだけで何故何百頭ものクジラが必要なのか。目視調査ではクジラの生態系の調査は不可能なことなのか。先に大捕鯨国として、絶滅状態にまで追い込んだ先祖たちのことを頬被りしたままの、シー・シェパードら保護団体の生っちろい考えを鼻の先で笑いながらも、千頭もの捕獲したクジラはどのように調査の結果として活用されているのだろうか。日本人の腹の中に送り込まれているのだろうか。など、釈然としない部分もあるのだが。日本人の食文化を言うだけでは説明はしきれないところだ。

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2008年1月15日 (火)

キチガイに刃物 -3-

初めに、毎日新聞(1/15)夕刊から
小さな小さな記事だが、その内容には吃驚させられた。あの謎とされ、専門家から野次馬まで、そのモデルが憶測の範囲であった「モナリザ」のモデルを特定できる決定的証拠が見つかったというニュースだ。モナリザは言わずと知れたレオナルド・ダ・ビンチ(1452〜1519年)の描いた肖像画であることを知らない人はいないだろう。

今までの憶測の範囲では、一応ジョコンダ婦人で落ち着いていたのだが、イザベラ・デステ(1474〜1539;マントヴァ公婦人・文芸を保護したことで知られる)、いや、モデルはいない、或いはダ・ヴィンチ自身(自画像と重ね合わせて本当らしく解析した研究者もいた)であるなど、雑多に亙って説は語られていた。

【ベルリン時事】ドイツのハイデルベルク大学図書館は14日、イタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの世界的名画「モナリザ」のモデルが、フィレンツェの商人の妻であることを裏付ける決定的証拠が見つかったと明らかにした。

同図書館によれば、1477年に印刷された所蔵古書の欄外にフィレンツェの役人による書き込みがあり「ダ・ヴィンチは今、リザ・デル・ジョコンドの肖像を描いている」と記述されていた。リザは富豪商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻で、リザ・ゲラルディーニとの名前でも知られる。この書き込みは1503年10月になされ、ダ・ヴィンチがモナリザを描いていた時期と重なる、という。

同大学のスポークスマンによると、メモは写本の専門家が二年前に図書館で見つけたものだということだ。

1964年、ミロのヴィーナスが日本にやってきてから10年後の1974年、モナリザが日本にやってきた。ヴィーナスを見るために上野に馳せ参じた。暑い日だった。暑い上に長蛇の列、延々4、5時間は並んだ。10人ほどの仲間と行ったのだが、余りの暑さに二人の女性が倒れた。ヴィーナスただ一体を見るためだったが、精々一分間、入口から出口に向かって歩いて終わりだった。この経験からモナリザには逢いに行くのを止めた。後で知ったが、モナリザはもっと酷い状態だったらしい。防弾がラスの奥に閉じ込められた絵の前を、10秒も見ることが出来ずに素通りで押出されたという。

「ルーブルで、いつか必ずじかに見る!」。この思いは1976年、叶った。時間は十分あった。しかし、彫像も絵も、ただ苦々しい思いで終わった。ヴィーナス像の足元には日本人客(おばさんたちだ)が取り巻き、ヴィーナスをバックに美しさと醜さの比較サンプル写真の撮り合いだ。余りの恥ずかしさに早々の体で次に移動した。さて、「モナリザ」、既に以前にもブログに載せたが、これ又見るに耐えない状況だ。防弾ガラスの奥にあって、黒だかりに集まって眺める小さな絵??が見えない。絵の前の見物人の姿が防弾がラスに映り込んで肝心のモナリザの姿が見えない。程度の悪い印刷の写真の方がよほどましだ。左右に移動してもダメ、見えない。で、諦めた。ゆっくり綺麗な印刷で見るしかないことを理解した。これじゃ、限られた特定の人間でないとモナリザに対面することは不可能だということが分かった。

モナリザは木の板に描かれていて、その後一層痛みが酷くなってきて、修復された。それから後、現在のルーブルの彼女は一線を劃されてそれまで以上に近づけない存在になったようだ。

ジョコンダ婦人で決定すれば、騒がしい推理騒動はなくなるのだろうか、それでもまだ、「しんじられない!」「メモは偽ものだ」と異説を唱える人間が出てくるのだろうか。

【閑話休題】
さて、いよいよ刃物キチガイの第3弾に移ろう。西、東、北に続いてやはり南(はずれまでは行ってないが)にも出現した。おまけに今度は女のキチガイのようだ。

毎日新聞(1/15)から
14日、午前10時10分ごろ、徳島市佐古四番町のマンション駐車場で「女性が刺されてうすくまっている」と通行人から110番通報があった。徳島県警徳島西署員らが、駐車場の女性と、マンション一階の部屋で刃物で首などを負傷した男女3人を発見した。4人は病院に運ばれたが2人が死亡、2人は重傷。同署は殺人・殺人未遂事件として捜査している。

調べでは死亡したのは無職の南敬子さん(64)と長男(30)で、同居の長女(37)と次女(34)が左肩などに刺し傷があり、重傷。次女が「姉に刺された」と話しており、同署は家族間トラブルがあり、長女が3人を刺して自殺を図った可能性があるとみて長女の責任能力などを慎重に調べる。

現場になった部屋は、玄関ドアがチェーンなどで施錠され密室状態。居間のベッドや蒲団の上で南さんと長男、長女が倒れていた。3人とも首などに刺し傷があり、凶器と見られる血のついた文化包丁や血痕も室内で見つかった。

マンションは次女名義で借りており、姉弟3人で住んでいた。南さんは12日から訪ねて来ていた。長女と次女は治療中だが、命に別条はないという。同署は、長女の回復を待って事情を聴く方針だ。

現場近くに住む主婦は、「助けて」という女性の声を聞いたという。凶器になった包丁は、普通にどこででも入手することの可能な刃物だ。生活のために使われる分には台所の日常品であり、老若男女の誰にでも買える。銃器と違って販売に対して取締りようがない。銃器に関してはその保管方法に、厳しい取締りが実施されることになるが、包丁はそうはゆくまい。凶器としては最も入手が簡単であり、殺伐とした世の中、ますます包丁の犯罪が増えていく怖さを覚える。

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2008年1月14日 (月)

続々 躾け(家庭内教育)

05年5月にブログを立ち上げて間もない6月に「正」を、07年10月に「続」を書いた。それ以前にもそれ以後にも世の親たちの無責任な子育て振りを繰り返し飽きるほど書いてきた。年端も行かない娘が1晩2晩帰宅しないでネオン街をふらついていても、電話連絡がある(大概は嘘も方便の連絡)だけで放任状態。事件が発生してから騒いでも後の祭りの事件はしばしば発生している。

♦昨年暮にタレント同士が結婚することを明らかにした。31歳になるオダギリジョーと20歳の香椎由宇が27日、揃って東京都内で会見し、年明けには婚姻届を出す予定、と話した。

私は常々タレントに限らず、誰が誰とくっつこうと、離れようととんと興味はない方だ。そんなことに一喜一憂するほど閑人じゃない。ただ、上の2人の会見をテレビで見ていた東京都にお住まいの、45歳の女性の投書が目に入り、同感の意を持って取り上げたい衝動に駆られた。

投書には「近ごろ、若い女性の間でも門限という言葉をあまり聞かなくなった。(中略)娘さんを持つ親御さんも門限についてあまり干渉しなくなった。大人になって、自分の行動に対して自己責任を果たせば親はとやかく言わないという傾向になりつつあるようだ。今や若い女性にとって門限は死語になりつつある」と。

《ご婦人の言う『行動に対して自己責任をはたせば』は幻想だ。第一、親が自己責任の何たるかを教えていないからだ。“自由”にするとは“責任”を取るの同義語であることを自覚させていなければ、自己責任など取れる訳がない。夜の街をぶらついて、何があっても(最悪、誘拐や強姦、殺人)自分で責任を取る覚悟を持っているかどうか。取れる訳はない。責任転嫁のうえ社会が悪い、となるのは目に見えている。》

続いて「香椎由宇さんは記者会見で、オダギリさんとの交際を父親に話した際、父親が門限の午後10時を守らなければ交際は認めないという条件を出し、その後も結婚を報告するまで約束を守り続けたと語っていた」と。

《香椎に母親が居るか居ないかは知らないが、交際を始める前は未成年であったはずだ。話しにくい父親に打ち明けられる親子関係は見事だ。また、それを守った大人のオダギリにも近ごろ感心する。子どもを腹に仕込んで結婚式を挙げることが流行のような若い男女の交際の蔓延する中、よく躾がなされた家庭の温かさが見て取れる。》

投書の女性も、「凶悪な事件が増える中、深夜まで外を出歩く若い女性を見るにつけ、年ごろの娘を持つ親として門限を守るルールを親子で話し合う必要性を感じた。子どもを犯罪に巻き込まれたり、非行に走らせない意味でも、家族で門限についてお互い自覚することの大切さを2人の会見で思った。」と書いておられる。

《前に書いたが、我が家は男の子だったが、幼い幼稚園児の頃から高校を卒業するまで、門限は厳しく定めて来た。友人宅で寝泊まりすることなど以ての他であった。中学生の時、公文の教室を望んだので通わせたが、その日以外事前の了解がない限りは門限は我慢強く守り抜いた。昔気質の父親でかた苦しかったようだが、今では厳しく育てられたことに不満は抱いていない。》

♦もう一つ投書から。(北九州市の43歳の女性)
「我が娘、ただ今10歳。小遣いはあげていない。「お小遣いほしいな。もらっている友達もいるよ」と言い出した。『じゃあ、廃品回収の時、廃品を(回収場所へ)持って行ったら100円上げる』と言ったら、『うん、いいよ』と快諾。町内の外掃除の日、新聞、雑誌,段ボールなどを団地の3階から3往復する作業を毎月1回やっている。娘に100円の重みを知ってほしいとの願いがあった。(中略)汗水垂らして得たお金は、たやすく使えるものではないし、そのお金で買えた喜びは一生忘れることはない。お金や物を大切にすることが、人への思いやりへとつなあがって行くと思う。祖父母からの『お年玉』に喜んでいる娘。この大切の意味を学んでいってくれているだろう、と信じている。」とある。

《何度も書く。お金の使い方ばかりが大事なことのように語る、お偉い先生方、この母親の爪の垢でも煎じて飲め、と言いたくなる。労働の対価を教えれば、この母親の言うように、何が大切かを自然に学んで行く。お金の使い方はその一手段に過ぎない。今はパソコンに座っていれば、苦労しないで金儲けが出来る世の中になったが、そのような泡銭(あぶくぜに)を掴んでどれだけの悪行が横行していることか。

ブログ内には幾つも子どもに小遣いをやることはない、と書いて来た。同じように私の子には労働の対価が自分の身体で理解できない幼児の頃から高校生でいた間、私からは1円の小遣いもやっていない(見かねた母親からこっそりもらっていたことが後に分かったが)。学業に必要な物は不自由させないように気を配った。今の親たちが甘やかす携帯電話はない時代ではあったが、あっても不要な物は持たせなかっただろう。他人(ひと)は他人(ひと),我は我だから。

投書のお二人のように、心ある親は家庭内で子どもの教育をし、躾をしっかりと身につけさせているようだ。一人でも見習う親が続いてくれれば遠い道のりだろうけれど、少しは日本も良くなる方に動くと思うが。》

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2008年1月13日 (日)

今後もありうるはなし

今日も、つけっぱなしのテレビの声から耳に入ってきたはなし。
イギリスであった歓びが悲しみ変った出来事だ。相思相愛で結婚した男女がいた。しかし、2人は生後間もないころ別々に養子に出された双子のきょうだいだったことが分かった。勿論裁判所から近親結婚にあたるとして、結婚は取り消しになった、という。ふたりはお互いに双子とは知らず、避け難い魅力を感じていたということだ。

専門家のコメントを紹介していたが、双子の男女では血縁を知っていれば拒絶反応を示すことがあるが、知らないとお互いに強く惹かれ合う傾向がある、という。

今でこそ近親結婚は禁止されているが、世界のどこの国でもその昔は近親婚(母子、きょうだい)は珍しいことではなかった。古くを遡れば旧約聖書の創世記にいうノアの方舟の一つの家族、同じ創世記のアダムとイヴの一つがいの男女、これらを信じるなら人類みな、血族結婚の産物になる。日本でも神話まで遡らなくても、万葉集の時代をみればよい。近親婚、きょうだい婚を歌った相聞歌は幾つもある。また、万世一系を謳う天皇家でも、近親婚は幾つもある。

イギリスの2人のように養子に出された子に起ったことは、これからも確率としては高くはないだろうが起る可能性はあるだろう。精子、卵子、胚による生殖補助医療によってうまれる子たち、養子に出さなくても、その数が増えれば同じ精子や卵子の子(きょうだい)同士の結びつきも起こりうる。このようなことから子どもに実の親を知らせることの必要性が出てくるのではないだろうか。

しかし、一転不幸に見舞われた2人、きょうだい(兄妹?、姉弟?)として仲良く生きていければよいが。

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2008年1月12日 (土)

采は投げられた

「今日は何の日」。今から2057年前の今日、キリストもまだ誕生していない紀元前49年1月12日(一説に10日とも)、軍を率いたユリウス・カエサルが当時渡れば国家への叛乱とみなされていたイタリア北部を流れるルビコン川を越え、国家を内乱へと導びく運命の決断を下した日。その時発したのが「采は投げられた」だった。

大多数の表現は「采」を「賽」で表わすが、賽には決断を表現する意味はない。広辞苑によると、「賽」は、神仏へのお礼参りの意味や、賽子(さいころ)、双六などで振る具などの意がある。カエサルが命を掛けて決断するのは神頼みの博打や賽子で遊ぶ心境ではない。「采」には取ること、選ぶことの他に「采配」の省略の「采」、とある。広辞苑では「采は投げられた」と表記されている。常々疑問であったが改めて確認した。

 余談だがユリウス・カエサルはラテン読み、イタリア語読みではジュリオ・チェザーレ、皆が一番耳に親しいのは英語読みのジュリアス・シーザーだ。

【閑話休題】
インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開する新テロ対策特別措置法が11日、衆議院で再可決された。同日午前の参院本会議では野党の反対多数で否決されたが、午後の衆院本会議で与党などの賛成票が投票総数の3分の2以上に足し、再可決された。成立を受けて福田総理は‘国民に理解を求め*’、月内に自衛艦を派遣する方針を示した談話を発表した。参院で否決された法案が衆院で再可決されたのは51年以来、57年振りで2度目のことだ。これからの日本をアメリカに売ったことにならなければよいが、これこそ本当の「采は投げられた」だ。

 《* ‘国民に理解を求める’のにどのような手段を考えているのか。国民投票をするわけではない、ただ一方通行の説明をするだけで「理解を求めたことにする」だけのことは分かっている。ねじれ国会を絶対多数の再可決という姑息な手段でゴリ押しして通した法案だ。》

《毎日新聞1月11日に、早稲田大学教授・水島朝穂(憲法学)が次のように書いている。「憲法59条1項は『法案は両院で可決したとき法律となる』と定めており、原則として両院の意思の合致を期待している。衆院の優越**が定められていても、予算や条約承認と異なり、ハードルが高いのはそのためだ。日本の参院は英国の貴族院などと異なり、民主的に選挙される。衆、参で2度手間をかけることで、参院は「再考機関」としての側面を持つ。直近の民意も反映する参院が否決した以上、一旦廃案にし、仕切り直すのが憲政の常道だ、と。

これを強引に数を頼みの可決にしてしまった。新テロ法案を通すだけの理由づけは何もしていない。ただ、一日も早くアメリカのために給油を再開することだけに先行した。その油はイラク戦争への転用疑惑や、汚職事件などで大きく揺らいでおり、それを解決しないままの再可決は2院制を傷つけるものだ、とも言う。》

 ** 衆院の優越--衆参両院の議決が異なる場合、憲法は衆院の優越を認めている。予算や条約は両院協議会を開いても意見が一致しない時や、参院送付後30日以内に参院が議決しない時は、衆院の議決を国会の議決とする。首相指名選挙も両院協議会の意見が一致しないか、参院が10日以内に議決しない場合は衆院の議決通りとなる。衆院で可決した法案を参院が否決や修正した場合、衆院の3分の2以上の賛成で再可決できるのも衆院の優越のひとつとなっている。

《振り返って昨年11月1日に期限が切れた旧テロ法、失効してから既に3カ月近くを経過した。その間、どこの国から「日本よ、困っているのだ、一日も早く油をよこせ」との不満が出たのか。寡聞にして聞いていない。日本が給油を中止しても、ブッシュ・アメリカの戦争は一日も休まずに続いている。日本からの給油はなくてもブッシュは戦争を続けるのだ。》

 新テロ法の第一項に、その給油が書かれている。
  ▽海上自衛隊の活動を他国艦船への給油・給水に限定する
  ▽活動期間は一年。活動延長は一年以内でできる
  ▽活動地域は非戦闘地域の要件を満たすペルシャ湾を含むインド洋とその上空、インド洋沿岸国領域
  ▽実施計画の決定・変更時と活動終了時に国会に報告(ただし、国会承認はない)

当然、アメリカさんたちは喜んでいる。
可決濃厚の10日、米国務省のズムワルト日本部長は、ワシントンで日本人記者に対し、新テロ対策特別措置法が成立する運びとなったことを歓迎し、給油の早期再開に期待を表明した。
また、米英、アフガニスタンの駐日大使は11日、新テロ法の成立を歓迎する声明をそれぞれ出した。米国のシーファー大使は「テロは、現代の災いの元凶である。日本は、より安全でより寛容な世界を作り出そうとする人々を支持するという意思を示した。英国のフライ大使は「海上自衛隊の活動再開を期待する。これは国際社会による努力への重要な貢献である」と声明。アフガンのアミン大使は「対テロ作戦に再び加わるという日本の決定は、国際社会やアフガン国民に強いメッセージを送る」と評価した。

《ちっとも有り難がっているようには聞こえない響きだ。それもそうだろうと思う。2カ月半も給油も給水もなくても困らなかったのだ。日本がやりたいならやってくれ、それも当然だろう、とのいかにも高所からものを言う奴らだ。》

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2008年1月11日 (金)

キチガイに刃物 -2-

またまた親からまともに育てられなかったキチガイが刃物を持って現れた。今度は北の方角だ。あと南から現れれば東西南北揃うことになる。

今度も未成年の18歳だ。9日午後10時40分ごろ、青森県八戸市根城のアパート2階の1室から出火し、室内をほぼ全焼した。焼跡から母(43)市立中3の次男(15)同1年の長女(13)の母子3人の遺体が見つかった。いずれも刃物で刺されたとみられる傷があり、県警八戸署は殺人事件と断定し捜査本部を設置した。長男(18)の行方が一時分らず、翌10日午前6時ごろ、JR八戸駅付近で発見し、刃物を持っていたため銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕し、殺人容疑でも事情を聞いている。

一家は母子4人暮しで、長男は出火直後から行方が分らなくなっていた。同署では長男が事情を知っているとみて緊急配備し、署員がアパートから西約2キロの八戸駅構内で長男と見られる少年を発見し、職務質問をした。少年は「近づくな」と叫んでサバイバルナイフ(刃渡り25センチ、全長48・5センチ)を振る回しながら駅の外へ逃げたため、署員数人が追いかけて階段の下の歩道で取り押さえ、パトカーに乗せられた。少年が長男だと分り、他にも複数のナイフを所持していた。男性駅員(20代)によると、長男は身長180センチほどの大柄な身体に黒っぽい服を着ていたという。

周辺の住人らによると、長男はここ数年、アパートにほとんどいなかったが、昨年暮れごろから頻繁に出入りするようになったという。一家を知る近所の人によると「長男は以前は引きこもりで、家庭内で暴力を振るうことがあり、次男にナイフを突きつけたこともあった。次男は『いつか兄に殺される』と言っていた」とも語った。「数年前、家に灯油をまいたこともあった」と話す人もいたが、この時には警察が出動する騒ぎであったらしい。

その後、毎日新聞(1/11)から
逮捕された少年は「殺害も自分がやった」と認めていることが分かった。捜査本部は殺人と放火の容疑でも長男を追求している。彼は逮捕時には、ナイフを8本も持ち歩いていた。彼は中学生の時、精神科に入院したことがあるという。

調べでは母子3人の遺体には、火災による損傷はほとんどなく、首、腹などに致命傷とみられる切り傷や刺し傷があり、失血死だった。母親の腕には争った際についたとみられる細かい切り傷もあった。

《母親、弟妹を刺し、家に火までつけて逃げ出し、見つかると逃げ出す。人は何人も殺すけれど、自分を始末する勇気もない、自首する勇気もない、捕まる勇気もない。尤もキチガイには何を言っても始まらないが。》

警視庁によると、容疑者が成人のケースも含めると、全国で起きている殺人・殺人未遂事件のうち被害者が親族となった事件の占める割合は増加傾向にあるという。97年は1142件のうち446件(39・1%)だった。最近ではほぼ半数を占めている。

その背景について、野田正彰・関西学院大教授(精神病理学)は、格差社会の問題があると指摘する。「今の境遇に不満のある少年らには『どうせ』と諦めに近い思いがある。悩みを膨らませて近い存在をはけ口としてしまうのでは」とみている。
 福島章・上智大学名誉教授(犯罪心理学)は「何かを切っ掛けにいら立ちを募らせた少年が社会に対して、自分をアピールしたいと思い、過去に報道された事件をヒントにした可能性がある」と話している。

《格差社会に事寄せれば何事も説明がつく、とはそれでも学者か。格差社会はマスコミが作り上げた流行語だ。格差社会は歴史始まって以来ずっとある社会だ。格差社会の何が犯罪の原因になっていると考えるのか、それが知りたい。戸越銀座の少年にしても、この八戸の少年にしても、もともと精神疾患を抱えた人間だ。どちらも通院したり、入院もしている。格差社会には関わりはないと見る方が正しい。福島氏の説明にしても、従来からあるテレビの影響、書物の影響、先例の真似の類いから出ない陳腐な説明だ。それぐらいのことなら素人でも説明できる。学者のお知恵を借りなくてもいい。

キチガイの心理に迫るには普通の神経じゃ無理だろうと思う。社会的な原因ではない肉親の間にある何かがある筈だ。この八戸の長男の両親は別居中という。長男は少し前まで母親のアパートから飛び出して父親と暮らしていたが、昨年の暮れに母親のもとに舞い戻っており、父親からの鬱憤を当たりやすい母親にぶつけたものと見た方がいい。格差でもない、社会的反抗でもないだろう。

彼の精神構造は、父母の間の別居しなければならなかった過去の生活環境から影響を受けているとみる。幼い頃から親としての家庭教育に欠陥があったとしか思えない。子どもは親を映す鏡なのだ。》

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2008年1月10日 (木)

タクシー禁煙ほか

東京、埼玉のタクシーが1月7日から一斉に禁煙となった。毎日新聞(1/7)から
東京で業界団体加盟の法人約3万4000台、個人約1万8000台のタクシーが7日から禁煙になった。都内のタクシーの約95パーセントが禁煙となる。同じく7日、埼玉と福井でも始まった。国土交通省などによると、全国のタクシー禁煙はこれで15都県となり、今後も拡大する見通しという。

《ただし、95パーセントが5万2000台ということは、非加盟のタクシーがほぼ2700台あることになる。多いように思えるが、タクシー待ちして乗れる確立は極めて低い。》

都内の法人タクシー団体「東京乗用旅客自動車協会」の広報担当者は「どうしても吸いたいと言えば、車を止めて車外で吸ってもらう。タクシーへのクレームの半分以上はたばこのにおい。禁煙化は止められない」と話す。

《吸いたくなって車を止めてくれるのはいいが、その間タクシー利用料金はどんどん加算される仕組み。長距離利用で愛煙家はたまったものではないだろう。ある愛煙家の乗務員は「吸いたい客を拒否できないし、自分も止められない。夜は酔客ともめないといいが」と不安を隠せなかった。特にその酔客が女性の場合、手に余る状況になるという。ならば、どうぞ、どうぞ、のタクシーを走らせれば1人勝ちの銭儲けが可能になる。恐らくこの手のタクシーが夜の歓楽街を埋めるようになるのではなかろうか。生き馬の目を抜く東京のことだ、これくらいやる人間がでることは至極当然とも思える。》

一方、埼玉では、県タクシー協会が加盟210社(6512台)のタクシーを禁煙にした。195の個人タクシーや協会非加盟の数社も同調するとみられ、ほぼすべてのタクシーが禁煙になる見込みだという。

《絶好の時節到来! さあ、喫煙お構いなし! の看板を掲げてタクシーが愛煙家を探して走り回れば面白いのだが。それに現在嫌われているのはタバコの臭いで健康を取り沙汰される副流煙じゃない。本来それが嫌なら乗らなければよいだけの話だが、病弱や呼吸疾患の人たちが通院に利用するとなれば考えなきゃならない場合もあるが。》

1月9日の紙面にイギリスのケンブリッジ大の研究チームが初夢でも見たのだろう、8日、お笑いの研究結果を米医学誌に発表した。
 タバコを吸わず、飲酒はほどほど、野菜と果物を十分に摂り、適度な運動をする人は、そうした習慣のない人よりも14年長く生きられると。

《タバコと癌との問題にしても、やっと研究は緒についたばかりだ。それの結論がもう出たというのだろうか。お笑いだ。嫌煙家は大喜びするだろうが、今までは疑いがある、という段階でデータを集めていただけだ。吸わない人のグループより、?パーセント高い発生率である、程度のことだ。ケンブリッジ大とは一応名門だ。お説ご尤もで通用するとでも思ったか。恐らく自説に都合の良いデータばかりを寄せ集めて積み上げたのだろう。日本には昔から暴飲暴食はいけない、「腹八分ン目」の健康管理法がある。ケンブリッジの説はこの程度と思えば良い。

ご尤もらしい内容は、
 45〜79歳の健康な住民約2万人を対象に、健康調査を実施し、2006年までの死亡率と生活習慣との関係を解析した、という。その結果、
 1)喫煙しない
 2)飲酒はワインなら一週間にグラス14杯まで
 3)一日に最低こぶし5つ分程度の野菜、果物を取る
 4)一日30分ほどの軽い運動をする
習慣のある人は、4つともない人より同年齢で病気による死亡率が4分の1と低く、14年分の寿命に相当することが分かった、

《というお目出度いお説だ。笑い話の本に載ったなら分るが、学術誌とは笑える。》

開けて1月10日、7日にスタートした東京都内のタクシー禁煙化を受けて、毎日新聞が鉄道(JR、私鉄など)、航空業界を調べたものを記事にしている。『禁煙は東高西低!?』と題して。

禁煙を導入していない大阪タクシー協会の担当者は「他に3つの団体があり運賃競争が激しい。喫煙客に逃げられるのが怖いせいか、禁煙について会員の賛同はまだ2割ほど」と言う。

関東の大手私鉄8社の駅構内が全面禁煙の一方、関西ではJRも含めてほとんどの駅構内に喫煙スペースがあり、関東との温度差がある。JR各社は、ほとんどの駅構内で喫煙場所を設置。「分煙が基本方針」(JR東日本広報部)と説明するが、新幹線と特急の車内を見れば、やはり、「東高西低」の傾向になっている。

JR北海道やJR東日本が全面禁煙なのに対し、JR東海、西日本、四国、九州の4社は一部で喫煙が可能だ。理由は「それぞれの対応なので」という。ただ、全国的な流れを受け、JR西日本は昨年3月から乗車時間が3時間未満の特急は全面禁煙にした。同社広報部は「喫煙客の聞き取りで、7割が『3時間までなら我慢できる』としており、基準を設けた」と話した。

また、大手私鉄の特急の車内はほとんどが禁煙だが、近畿日本鉄道、南海電鉄、京成電鉄の3社は分煙だ。近鉄は09年春に投入する新型車輌を全席禁煙にするが、喫煙ルームを設ける。広報担当は「吸う人も吸わない人も快適に過ごせるようにしたい」と語る。

《東の右でなければ左しかないに比べ、西の右も左も認める、との考え方の方に軍配を挙げたい。その考え方でいえば、分煙にこそ遥かに理性の備わった人間味を覚える。》

最も早く禁煙化に取り組んできたのが航空業界だ。日本航空は90年から国内51路線(当時)のうち42路線で、98年には全路線で禁煙とした。全日空も同年から国内線で追随した。その他の各社も「小さな火でも引火すればお客さまの命にかあかわる」(スカイマーク広報)などを理由に禁煙にしている。

課題はマナーの悪い乗客への対応だ。航空法改正で、04年1月から化粧室での喫煙は禁止。違反者には最大で罰金50万円が科せられる。国土交通省によると、化粧室内での喫煙行為は04年の291件から06年は203件と減少傾向だが、同年には機長の注意を無視して3回喫煙した乗客が警察に通報されたという。

空港は健康増進方に基づき、分煙化が進んでいる。羽田空港ではすでに93年の第1旅客ターミナル新築時から全館を禁煙とし、今は57カ所の喫煙コーナーを設けている。

《最後になるが、ヘビースモーカー(一日60本)であった私は、健康を案じたからではない、単に休んでみようか、で現在タバコを口にしなくなってから16年以上が経過した。しかし、気持ちは愛煙家の味方のままだ。》

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2008年1月 9日 (水)

塙保己一賞

“目明きとは不便なものよのー”子どもの頃よく聞かされた話が思い出される。勉学のため座って机に向かう自らの腿に針を刺して眠気を醒ました話、貧しくて螢の光や雪明かりで読書して学んだ話、などの中の一つ、江戸時代の盲人の国学者塙保己一(はなわほきいち*)の逸話だ。

 *(ほきのいち)とも

ある時、講議の最中に風が吹き込んで灯明(蝋燭か)の灯りが消えた。目が不自由ではない生徒が“何も見えません”と暗闇で戸惑っていた時に、保己一が咄嗟に発した言葉だ。“なんと、目明きとは不便なものよのー”。

塙保己一(1746〜1821)は武州児玉群保木之村(現埼玉県本庄市)の生まれ。彼は書を見ることができないので、人に音読してもらって記憶して学問を深めていったという。天明3(1783)年に検校**(けんぎょう)となり、寛政5(1793)年、幕府に願い出て和学講談所を開設。ここを拠点にして記録や手紙に至るまで様々な資料を蒐集、編纂したのが「群書類従」である。また、歴史史料の編纂にも力を入れ「史料」としてまとめている。この「史料」編纂の事業は現在東京大学史料編纂所に引き継がれ、現在もなお続けられている。<ウィキペディアより>

 ** 検校とは中世・近世の盲官(盲人の役職)の最高位の名称

埼玉県は偉大な先人にちなみ、障害をかかえながらも不屈の精神で活躍する人を讃えようと、県として「塙保己一賞」を創設した。

埼玉県は、障害があっても社会的に顕著な活躍をしている個人や団体を表彰する同賞の第一回受賞者を発表した。全国から寄せられた応募62件の中から昨年11月に選考を行ない、大賞には、視覚障害者のための盲養護老人ホームを運営する社会福祉法人「聖明福祉協会」の本間昭雄理事長(78歳、東京都青梅市)が選ばれた。

本間さんは20歳で失明後、視覚障害者の支援に尽力。64年に盲養護老人ホームを開設し、現在も特養ホームなど3カ所の高齢者福祉施設を運営している。69年には後進育成のため、視覚障害のある学生への奨学金制度を日本で初めて創設した。

県内在住、在勤、在学者で今後の社会的な活躍が期待される40歳未満の障害者が対象の奨励賞には、日本初の全盲プロフルート奏者、綱川泰典さん(31歳・川越市)が受賞。

また、障害者の活動や日常生活に献身的な支援をしてきた国内の個人、団体が対象の貢献賞には、NHKラジオディレクターとして視覚障害者が障害を克服して生きる姿を取り上げた川野楠己さん(77・横浜市)が選ばれた。

一方、塙保己一が編纂した文献集「群書類従」の版木の保管や盲人福祉事業をしている社団法人「温故学会」の斎藤政雄理事長(85歳・東京都渋谷区)が、特別賞を受賞した。

子どもの頃耳にした懐かしいひびき“はなわほきいち”、彼が生まれたのが埼玉県であることは新聞記事で初めて知った。廻り廻って私が今住んでいるのが埼玉県であることもあって、取り上げた次第。

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2008年1月 8日 (火)

キチガイに刃物

正月気分も明けやらぬ4日に西で、5日になると東で、キチガイ少年による刃傷沙汰が発生した。“キチガイに刃物”とはよく言ったものだが、お粗末なお脳の2人による訳の分からない事件だ。

西の少年(香川県善通寺市・県立高3年の生徒)は香川県高松市の18歳。少年は4日午後5時40分ごろ、香川県庁11階の秘書課に果物ナイフを持って侵入し、同課女性職員に刃渡り約11センチのナイフを突きつけ、真鍋武紀知事への面会を申し入れた。別の職員がやめるよう説得するとナイフを床に捨て、案内された椅子で両手で頭を抱えたまま一言も話さなかったという。私服で、ナイフの他に金槌も隠し持っていた。

少年が在籍する高校の関係者によると、この生徒にいじめ、不登校などの問題はなかったということだ。

銃刀法違反で現行犯逮捕された少年は「知事を殺せば偉くなれると思った」と供述していることが6日分かり、このため、県警高松北署は銃刀法違反に殺人予備容疑を加え高松地検に送検した。

《余りにも幼稚というべきか、阿呆というべきか。知事の政治、施策に対してか、言動にか、というなら兎も角、人を殺して「偉くなれる」と思い込む精神構造はまともな人間には想像することは不可能というしかない。現在、何をしようが自由な世の中だ、その行動の責任を自ら負う覚悟が出来ているなら。18歳という年齢は、すぐにも大人の仲間入りをする年齢だ。しかし、現行法ではまだ親の保護下にある。この種犯罪で先ず顔を見せることがないのが、彼ら事件のヌシの保護者だが、保護者にこそ責任はあるのをメディアは無視する。一方で、ワイドショウよろしく新聞ネタになる三田佳子のような場合は、面白可笑しく騒ぎ立てようとする。

18歳にもなっていながら、幼児の心と大人の身体とがアンバランスに分裂したこの少年を、作り上げたのは他ならない彼の両親だ。》

《一方、東の16歳(東京都品川区・市立高2年))も、背景には両親の育児責任が問われる必要がありそうだ。彼は犯行に及ぶ前にもしばしば母親と口論となったり、塾の先生に叱られてむしゃくしゃしていたと、取り調べに対して話している。小学校低学年で起っている学級崩壊の原因が家庭教育の欠除にあるように、16歳にもなった少年が、幼稚園児のように、塾の先生から叱られるようなだらしなさを見せているのだ。》

東京都品川区の戸越銀座商店街で都内の私立高校2年の少年(16)が、通行人5人を包丁で切りつけ2人に軽傷を負わせた事件で、殺人未遂容疑で逮捕された少年が、警視庁荏原(えばら)署の調べに当初「誰でもいいから皆殺しにしたかった」と話していたが、今度は「人間関係のトラブルで悩んでいた」と供述していることが6日、分かった。事件当日の5日午前も塾に行き、その時に先生から叱られていた。同署は、塾での出来事が事件の引き金になった可能性もあるとみている。

少年は事件の当日、母親と口論になり、家を出、昼過ぎに自宅から直接JRの東急大井町駅前ビルの100円ショップに歩いて向かい、凶器になった包丁を購入していた。その足でおよそ直線で2キロある商店街に行ったという。現場を3時20分ごろから約200メートルを移動しながら、刃渡り約15センチの文化包丁で次々に襲い、女性2人に約10日間の怪我を負わせたほか、男女3人の服を切った事件。

少年は当時、包丁2本を手に持ち、1本をズボンの裏に差し込んでいたという。荏原署は両親からも事情を聞いており、それによると、少年は数年前から精神的な疾患で精神科に通院しており、先月も薬の処方を受けていた。同署は少年を東京地検に送検することになるが、精神鑑定も検討するという。「人間関係のトラブル」については家族は把握していないといい、学校関係者らから詳しく事情を聴く予定だ。

《親が「うちの子に限って」とは口にしていないが、子どものことを何も把握していない。以前から精神科に通院をしている子だ。投薬施療も受けている。本人の言い分を信用すれば、いじめもあったという。交友関係もうまく行っていない。小学校のPTAでも問題になるが、「うちの子に限って」は家庭での育児教育に無責任な親に限って口にする。小学校でももう遅い。生まれ落ちた時から親は、時に厳しく、時に優しく、他人(ひと)の痛みや悲しみ、歓びが理解できるよう、教育し、躾けておかなければ、「ありがとう」が言える子には育たない。

放任して甘やかすことしか知らない親たち、我慢することも学ばせないでキレられて恐れ、宥めては一層甘やかす。この繰り返しでは精神がバランスを崩し、子どもがキチガイになるのも避けられないだろう。今の世の中、異常なほどに子どもに甘い。子どもはそのような、子どもを怖がり子どもに甘い大人を見透かしていてちっとも尊敬しない。子どもに尊敬される親が生まれることを期待したいが、幻想に終わりそうだ。》


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2008年1月 7日 (月)

年末年始交通事故死が史上最少

警視庁1月2、4日の発表から
♦‘史上最少’、どうして浮かれた話のように聞こえるのだろう。統計史上最少と言いながら、年末年始(12月29日〜1月3日)のたった6日間で全国で79人もの死者が発生しているのだ!。死なないで済んだ人間だけでも1万261人も出ている。減ったとはいえ、発生件数も7.937件(前年同期比13・2%減)も起しており、負傷者の数(同11・6%減)も1万人を超えている。

さらに、「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」は、酒飲みには言っても効かないことは分かっているとはいえ、飲酒運転事故は88件も発生し、3人(同82・4%減で大幅に減ったと大喜びだ)が死んでいる。こちらは赤ら顔のほろ酔い機嫌で天国を散歩でもしているだろう。今は3人だけで天国をぶらついているが、すぐにお仲間が増えるから寂しいのはちょっとの間だけだ。ただ、関係のない人たちを道連れにすることだけは「絶対」にしないでくれ。

一方、バカの集まりの暴走族の取締りも実施したようだ。同期間で計926台の暴走参加車輌が確認され、検挙者数は255人(うち逮捕者一人)だった。お優しい警察は大袈裟な警察官を動員して捕り物を行なうが、大山鳴動して鼠一匹、ほんとうに文字どおり捕まえたのは只の一匹だ。勿論情けない弱虫どもは、強がって暴れるが、警官に追い掛けられると見苦しくも先を争って逃げ回る。こちらも、いつもいつも同じことの繰り返しだ。税金使って時間潰しをするのはもったいない。飲酒運転を含め、悔悛するのはほんの一握りだ。こんなゴミのような連中は2度と車には乗れないように生涯不適格者として扱えばよい。

♦警察庁は先に発表(1/2)した昨年1年間の交通事故事故死に1人追加して計5744人と訂正した。暮の30日に新潟県内で起きた事故で1人死亡していたことが新たに判明したものだ。これは7年連続で減少し、54年振りに500人台になった。警察庁は、改正道交法施行による飲酒運転取り締まり強化やシートベルトの着用促進などが背景にあるとみている。ただ、負傷者は9年連続で100万人を超え、死者が1万6766人で最も多かった70年の負傷者(98万1096人)を上回っている結果になっている。

警察庁によると、07年中の事故は83万3019件(前年比5万3845件減)、負傷者数は103万4515人(同6万3684人減)。死者数は、過去最悪だった70年の約3分の1で、最近では00年の9066人をピークに減り続けている。

飲酒運転での事故は11月末時点で、6880件(前年同月比3902件減)、死亡事故は395件(同183件減)。死亡事故は記録の残る90年以降最も少なかった。死亡した395人のうち、事故に巻き込まれた人が何人いるのだろう。事故を起した本人が死んでくれるぶんには、どうせ繰り返すことを防ぐ意味では後々助かるのだが、関係のない人たちが巻き込まれることは我慢ならない。

事故も死者もまだまだ多い、減った減ったで浮かれてはなるまい。

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2008年1月 6日 (日)

携帯と東京の中学生

Dsctsubaki  つばき

 5年ほど前に白と赤の一重咲きの苗を購入し、この冬やっと写真に撮れる程度に赤い花が咲いてくれた。

 だからどうしようということではない。ただ集計された数字を報道するだけだ。1月5日のNHKが警視庁が実施したアンケート調査の集計結果をニュースで流した。啓蒙も何もない全く持って無味乾燥でわざわざ報道する必要もないほどのものだ。

「警視庁は、東京都内の中学生のうちおよそ5500人を対象に、携帯電話の利用状況についてアンケート調査を行ないました。それによりますと、自分の携帯電話を持っていると答えた生徒は全体の70%近くに上り、このうち13パーセントが他人を中傷する内容の書き込みがある掲示板に接続したことがあると回答しました。このほか、残虐な内容の画像に8パーセントの生徒が、また、猥褻な内容のサイトに7パーセントの生徒がそれぞれ接続した経験を持ち、出合い系サイトや犯罪の手口を示すサイトに接続したことがあると答えた生徒もいました。

こうした有害なサイトへの対策として、あらかじめ接続できないサイトを設定したりする「フィルタリング」と呼ばれる機能がありますが、実際に利用しているのは、20パーセント余りにとどまっていました。携帯電話各社は、契約者が18歳未満の場合は、原則として「フィルタリング」を施した携帯電話を販売していく考えですが、具体的な導入の時期は決まっていません。警視庁は、自主的に「フィルタリング」を利用するよう学校などを通じて呼び掛け、普及に務めていくことにしています」

《何度データを取り、集計など同じことをやれば気が済むのか。フィルタリングのことは1年も2年も前から取り上げられている。また、いじめや犯罪絡み、売春など携帯電話の持つ影の部分は繰り返しメディアに取り上げられて来た。悠長に調査の度に数字ばかり追いかけている間にも、逆に知らない人間にも報道は情報を提供する結果となり、少年少女たちは却って興味を持ち、彼、彼女たちを蝕むいじめや残虐、猥雑なサイトや出会い系への接続は止むことなく数を増やしていくことになるのだ。

親自身がメーカーの口車に乗って、料金の支払い能力もない上に、何も判断できない小・中学生に携帯電話を持たすのが最も悪いのだが、その携帯を持たせるに当って何一つ約束事も結ばず、使い放題にさせる。何の目的でどのように利用し、幾らの利用料金になるのか。子どもの小遣いの使い方について賢(さか)しらに物言う識者たち、「携帯電話」を取り上げて、自分の小遣いの範囲内で計画的な交信を行ない、自分の小遣いから支払い、交信データを親にチェックしてもらいなさい、との意見でも吐いたらどうだ。

「携帯電話各社は、契約者が18歳未満の場合は、原則としてフィルタリングを施した携帯電話を販売していく考えですが・・」は、信じる方がバカだ。売上げが落ちることが明確なことを承知で賭けに出るメーカーなどいるわけがない。それに、フィルタリングなど簡単に解除可能だ。親が利口でない現在、18歳未満には携帯電話を販売しないこと以外に防ぐ手だてはない。メーカーはそれが分かっているから『原則として』などとのんびりしたことが言っておられるのだ。

携帯電話の諸々の問題は、親たちへの啓蒙以外になす術はないところに来ているが、バカな親にはそれを受け止めて考える能力はない。究極、18歳未満には携帯を持たせない法を作るよりないだろう。》

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2008年1月 5日 (土)

親にキレる日本のこどもたち

毎日新聞(1/5)から
小学生の人間関係を調査している創価大(東京都八王子市)の研究チームが、世界9ヵ国・地域で、こんな結果が浮かんだという。日本の子どもは親に切れ易く、反抗的と。例えば「親に注意されると、カッとなるか」や「親に乱暴な言葉使いをするか」との質問に、肯定する子の回答が最も多かった。

調査は06年3月から昨年9月、日本、韓国、台湾、英国、スペインなどアジア、ヨーロッパ、アフリカの9ヵ国・地域の小学5、6年生計8.712人を対象に実施した。日本では東京都内の公立小17校の2039人に聞いた。

 設問「親に注意されるとカッとなるか」
   日本 大変当てはまる  37%
      まああてはまる  37%
   南アフリカ      計52%
   スペイン       計40%
 設問「親に乱暴な言葉使いをするか」
   日本 大変乱暴      6%
      まあ乱暴     21%
   台湾         計18%
   南アフリカ      計14%
   韓国         計 7%
   英国         計11%
など、おしなべて高い数値であった。

研究チーム代表の鈎治雄(まがりはるお)教授(教育心理学)は「日本の子どもは人間関係を維持する力が劣っている。子ども同士が触れあう集団行動を重視する必要がある」と指摘している。

《大学の教育心理学が専門の教授や研究チームがわざわざ集めた資料だ。ただ設問ごとに数字を並べて遊んでいるような発表でよいのか。総括で「集団行動を重視する必要がある」とは東国原知事が言った「徴兵制」と重なる。両者ともに詳しい説明が必要だ。特に教育の現場に携わる人間が、「データは取った、こんな問題を内包しているから、後はお前たち考えろ」では何のための研究チームだ。

キレる子どもの問題は、今までに幾度もその子どもたちの躾のできない親の監督責任放棄の問題として取り上げてきた。勿論戦後の履き違えた民主主義の教育現場にも触れた。キレる子どもたちの問題は、親の世代の縮図でもある。メディアを賑わすキレる大人たちの醜い事件は毎日のようにメディアの報道するところだ。通り一遍の他国の子どもたちと比較した結果のデータだけの問題ではない。他山の石とする知恵もないのだろうか。

「三つ子の魂百まで」は前世紀の遺物のように扱われるが、子どもの躾は物心ついてからではもう遅い。物心がついているからキレる行動をとるようになる。親への反抗は、自我の発達とも係わりがあり、だからこそ必要になるのが躾であり、他者との協調や他者を理解することだ。とは言え、現在子どもを甘やかす親はいても、躾ができる親はいなくなった。また、教師もバカな親たちに遠慮して生徒を叱ることも出来ず、ますます子どもたちは放置される悪循環を繰り返す。

親への乱暴な言葉使いは悪しき民主主義の現れだ。長上への尊敬は見る影もなく廃れた。目上、目下関係なく“YOU”で通用する言葉に比べ、日本語の言い回しは複雑多岐に亙るが、そこにあった微妙な表現がもたらす人間関係は失われた。

しかし、折角研究チームが取り上げたテーマだ。なぜ親は権威を失い、なぜ日本の子どもたちがここまで親への尊敬を失うことになったのか、深く突っ込んでその根を探って欲しい。》

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2008年1月 4日 (金)

食品偽装と食品表示特別Gメン

毎日新聞(1/4)から
主力チョコレート菓子「白い恋人」の一部商品の賞味期限改竄などで07年8月から約3カ月に亙り操業停止していた石屋製菓(札幌市西区)では、新年出社式が行なわれた。島田俊平社長は「安心と安全を第一に、自信と誇りを持って製造にあたってくあさい。生まれ変わる1年にしたい」と訓示した。11月の販売再開後は品薄状態が続いており、工場は年末年始も休まずに通常の製造ラインで操業を続けているという。

《賞味・消費の違いもあやふやなのに、商品の並ぶ棚の奥から奥から引き出しては消費・賞味期限を眺めている消費者たち。自宅に帰れば冷蔵庫の中は期限切れが山とあるだろう。正義づらした密告者が出た途端に次から次と興に乗ったように密告者が生まれる。正月番組で今年もやっていた。例えばワイン、4500円の安物と、120万円のロマネコンティ、高い方はどっち? 平常味覚自慢で蘊蓄を垂れるタレントたちが、安物を選ぶのだ。それほどに人間の味覚などと言うものは当てにならないものと思えばよい。だから、ミシュランなどに振り回されて有り難がる風潮が生まれることになる。案の定だ、待っていましたとばかりに、「白い恋人」は再発売後は売れに売れて休む間もないことになっているのが現実だ。白い恋人にしろ、赤福、牛乳にしろ、身体に変調を来たした人間は出ていない。牛乳などは腐りかけの方が旨い、と明言する人もいるほどだ。赤福も首を長くして再発売を待ち望んでいるファンがいるのは間違いない。》

「白い恋人」、不二家、ミートホープ、赤福、船場吉兆 と密告で次々と俎上の鯉になった。鯉ほど潔くもない体たらくの企業もあったが、そうすることが流行のように07年度は、密告にあった企業が雁首並べて頭(こうべ)を垂れた。07年1月に消費期限切れ牛乳の使用が発覚した不二家(東京都中央区)では、桜井康文社長が「昨年は修復の年だった。今年は新生・不二家の基礎を作っていきたい」と訓示した。一部の工場は年末年始も休まず生産を続けたが、販売量は偽装発覚前には及ばないという。同社広報室は「気を引き締めてよりよい商品を作っていきたい」と話している。

昨年は数多くの食品偽装の対応に追われた農水省だ。4月からは大規模な偽装表示に対応する「食品表示特別Gメン」として特別調査官を東京・大阪・福岡に配置するなど、取り締まりを強化して偽装の一掃を図る。Gメンは農水省が政府に20人を要求しているが、10人以上が認められる見通しだという。

《「そう言えば、日によって味が違うことがあった」など、後から悔し紛れを言う人間もいたが、現在の日本人は、それほどに味覚音痴であることを白状しただけのことだ。》

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2008年1月 2日 (水)

大容量(アップル)かワンセグ(ソニー)か

膨大な数の楽曲を手軽に持ち運ぶことができる携帯音楽プレーヤー。若い世代を中心に便利さが受け、急速に普及している。

《当初、カセットテープを録音媒体にしたソニーのウォークマンが一世を風靡した。男も女も頭からすっぽりとヘッドホンをかぶり、通勤電車に限らず乗り物の中はヘッドホンから漏れる耳障りなシャカシャカした音で溢れた。聞いている本人には心地よい音なのだろうが、洩れる音を聞かされる周りの人間には堪ったものではなかった。(その当時、神経を逆なでされるような洩れてくる音に耐えられず、何人の人間に注意をしただろう。今思い返せば怪我もせず、刃傷沙汰にもならず、よく無事で生き延びたものだと思える。)

技術革新はアナログからディジタルに移り、短命に終わったCDやMDを通過して、メモリー、ハードディスクの大容量ディスクの時代に突入した。携帯電話と同じでメーカーは複合商品として多機能を売りにし、若者のハートを摘もうとしている。》

ところが、いざ売り場に行くと、さまざまな長所をアピールする商品が並び、選択に困る人が多く出ているという。現時点でトップのアップルと、追い掛けるソニーの人気商品を比較した表がある。

        アップル      ソニー
商品名    iPod         ウォークマン       
型名     iPod nano 8GB    NW-A916
特徴     簡単操作       ワンセグ対応
容量     8ギガバイト      4ギガバイト
重さ・縦x横 49g・69.8x52.3ミリ 74g・86.0x47.2ミリ
電池持続時間 
(音楽再生) 24時間        36時間
実売価格   2万3500円前後    2万8900円前後
   (毎日新聞07/12/16)から

現在の携帯音楽プレーヤーは、従来のCDプレーヤーやMDプレーヤーよりははるかに小型で軽い上、何千、何万という曲を記録できる。インターネット経由でアルバム収録曲を1曲ずつ購入できるのも特徴だ。

その元祖となったのがアップルの「iPod」(アイポッド)。大容量の内臓ディスク、洗練されたデザインや使い易さに加え、インターネットの音楽配信を受けるのに必要なソフト「iTunes」(アイチューンズ)の利便性もあり、大ヒット商品となった。累計販売台数は世界で1億台を突破し、その勢いは衰え知らずの活況だ。

表の「iPod nano」は、04年の発売と同時に携帯音楽プレーヤーに火をつけた「iPod mini」の後継機種になる。9月に発売された新モデルは、映画やミュージックビデオなど動画の視聴も可能になった。使い勝手は更に良くなり、アルバムジャケットを次々とめくるようにして楽曲を探すことができる。画面の明るさも従来製品より65%向上し、小さな字でも一段と見やすくなっている。

《対するソニーは、グループ内の音楽会社との兼ね合いで、インターネット上に違法コピーがますます出回ることになり、CDの売上げに影響する、との考えから楽曲のネット配信に慎重であったが、iPodが大ヒットすると、アップルの一人勝ちに指を咥えて見ておられず、さっさと方針転換。音楽を外出先で聞くスタイルを産み出した「ウォークマン」ブランドを前面に押し出し、急遽巻き返しに出ている。》

「ウォークマン NW-A916」は、携帯音楽プレーヤーで初めてワンセグ(携帯端末向けの地上ディジタル放送)チューナーを搭載している。最長で約25時間、ワンセグ放送を録画できる。パソコンを使わないでCDやMDのプレーヤーから直接楽曲を録音する機能もあり、パソコンを持っていない人には便利。ソニー独自の技術で周囲の騒音を4分の1に抑え、騒々しい場所でもはっきりとおとが聞こえるという。プレーヤーの音や大きさには大差ない。容量、操作の楽しさにこだわるならiPod、ワンセグの視聴や直接録音に重点を置くならウォークマンと言えそうだという。

《何千、何万という楽曲が収録できることのメリットは何だろう。数を増やすことに生き甲斐を持つ人、自慢したい人なら話は別だ。世の中にそれほど録音して重ねて聞きたい歌い手は、よほどの身贔屓でないといるもんじゃない。泡沫歌手や泡沫ミュージシャンの類いを収録しても、ディスクを無駄に消費するだけだ。

私がカセットテープに録音(第1号)を始めたのは1972年12月30日、カールベーム指揮するベルリンフィルによるシューベルトの交響曲第2番変ロ長調からだ。爾来35年間約700巻をライブラリーとして繰り返し聞いている。その後録音媒体はCD(音質の劣悪なMDでの録音はしたことがない)に移ってつづいているが、テープにあったヒスノイズやレコードのスクラッチノイズがないのだけはCDが優るが、音質ははるかにアナログのテープが良い。現代の若者たちは、音質にこだわらない人たちが増え、感覚的なものは間違いなく欧米化されてきた。音楽には音質を求めなくてもよい、はやりの何が歌われているかが大事、といった感覚だ。写真で言えば綺麗な写真でなくても誰が写っているかで価値がきまるのだ。音楽もまた然りだ。

携帯音楽プレーヤーも携帯電話と同じ道を辿るのだろう。ごちゃごちゃとあれこれくっつけて複合商品となり、話が交わせれば元々の用は達成できた筈の携帯電話が、「軒を貸して母屋を取られ」て電話機能付きのゲーム機に変質したように、携帯プレーヤーもまた、あれこれ付きの音楽プレーヤーになることだろう。》


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2008年1月 1日 (火)

電気自動車かハイブリッド車か

毎日新聞(1/1)から
自動車メーカー各社が電気自動車の実用化を急いでいる。1回の充電での走行距離が短いことが弱点だったが、技術革新が進み走行距離が伸びているためだ。地球温暖化に有効な環境対応車として期待され、富士重工業と三菱自動車は09年発売を表明した。

富士重工業は、軽自動車ベースの電気自動車「R1e」の実用試験を実施中で、発売時期を従来計画より1年前倒しした。当初は年間100台程度を企業・自治体向けに販売するが、早ければ12年に200万円台まで引き下げる見込みだ。200万円台は普及への第1段階とされ、森郁夫社長は「10年代半ばに年間販売が数万台になれば、150万円以下も可能だ」と述べた。

三菱自動車も軽自動車「i(アイ)」をベースにした電気自動車を、09年に日本と欧州で発売する計画だ。1回の充電(家庭で一般的な100ボルトで14時間)で走行できる距離をこれまでより約30キロ延ばして160キロにした試作車を開発した。

日産自動車も12年を目処に、日本と欧州に投入する考えを表明。カルロス・ゴーン社長は「排ガスゼロ、騒音ゼロで、特に都市部でビジネスとして成立する」と期待する。

電気自動車は90年代に一時、開発ブームが起きたが、走行距離の問題で下火となった。しかし、大容量で急速充電が可能になリチウムイオン電池の開発が進み、現在、機運が再び盛り上がっている。地球温暖化の原因の二酸化炭素の排出量は、ガソリンの4分の1とされる。

ただ、走行距離をできるだけ確保するため、実用化されても当面は重量の軽い軽自動車が主体となる見通しだ。ガソリンスタンドにあたる充電ステーションの整備も課題となる。

トヨタ自動車とホンダは、電気自動車よりハイブリッド車に重点を置く方針だ。「充電池などで技術的課題も多く、まだ乗用車に適するレベルではない」(ホンダ)という。

《どちらの自動車にしても、一長一短、決して次代の車にはならない。電気自動車の場合、充電時間14時間では使い道がない。残業、残業で自宅での睡眠が充電を待つ間の長時間取れるサラリーマンはおるまい。電気自動車と銘打つからには、燃料切り替えが必要なハイブリッド車並みのことでは意味がない。まして充電する間の2台目を所持しなければ役に立たないでは困る。捕らぬ狸の皮算用はいいが、年間100台そこそこからの生産では地球温暖化対策としては気の遠くなる年月が必要だ。それまでには北極海の氷は解けて無くなっているだろう。

一方、ハイブリッド車だが、熱帯雨林の伐採が止めどなく進むなか、世界一を狙うトヨタは益々地球砂漠化を進めることになり、食糧問題で世界経済を混乱させようとしている。バイオ燃料のハイブリッド車では地球資源の食いつぶしになるだけだ。有限のバイオ燃料では決して次代の燃料にはなり得ない。敢えてどちらかに絞るなら、家庭用100ボルト電源での充電に、短時間(せいぜい2〜3時間)で済ませられ、軽自動車に限定せず、450〜500キロメートルの走行距離が実現でき見通しがあるならば、電気自動車の方に開発の余地が残されていると見るべきだ。

しかし、どの自動車メーカにも太陽エネルギーに取り組もうとする方向性が見えないのは何故だろう。化石燃料の枯渇はすぐ来る。食糧の燃料化は地球資源の枯渇を速めるとともに、温暖化、人類の生存問題にまで関わってくることなのに、やはりそれらのことよりも、企業は現時点での金儲けの方が大切なことらしい。》

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