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2007年12月25日 (火)

「いじめ」に保護者の監督責任を認める判決

川崎市多摩区の市立南菅小学校(児童数316人、東頼孝校長)で、00年4月からほぼ1年間に亙り、当時3年生の女子児童が同級生2人から執拗ないじめを受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)になったとして、現在横浜市立高の女子生徒(15)と両親が、元同級生の両親計4人に慰謝料など計740万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、横浜地裁川崎支部であった。駒谷孝雄裁判長は「PTSDは認められないが、長期に亙るいじめはあった」として保護者らに計100万円の支払いを命じた。

判決によると、小学生だった00年4月からほぼ1年間、元同級生の男女2人から殴る蹴るなどの暴力をふるわれたり、中国人の父と日本人の母を持つことについて「中国人」「のろま」「ハーフ」などと囃し立てられ、頭を叩かれるなどがあった。同年12月には川崎市立川崎病院でPTSDと診断されている。その頃から女子生徒は不登校がちになり、家族は01年3月に横浜市内に転居を余儀なくされてもいる。こうしたいじめ行為が「耐え難い精神的苦痛を与えるもので違法」とした上で、同級生の両親の保護監督責任を認めたものである。

川崎市教育委員会は独自調査を行なったが、同校の教師の妨害(「子どもを傷つけたくないと、実態調査に反発した」)などで1年以上かかった。04年1月「民族差別を背景にした悪質ないじめ」があったことを認め、女子生徒と両親に謝罪している。

被告側の弁護士は「判決の内容を精査し、依頼者と協議して控訴するか決めたい」とコメントしている、という。

《控訴できるわけはないだろう。私は繰り返し持論を述べてきているが、いじめは学校や教育委員会に責任はなく、明らかに、保護者の保護監督責任の放棄からくるものだからだ。幼い小学3年生が民族的差別など持つことは考えられない。いじめた側の男女2人の両親の、平素の民族的偏見からくる言辞が起因していると見なければならないだろう。子どもは善悪も分らずに親を真似ただけと思える。日中2国間の問題は、燻り続く教科書問題、靖国問題など思想を異にすれば、大人たちは軽々しく子どもの前でも口にする。子どもは物知り顔にその口調を真似てみただけだろう。

私が中学生になった頃、日本は戦争に負けた。学校では教師が、家庭では親が、それまで生徒や子供達の前で「日本は神の国だ。必ず神風が吹いて敵をやっつけて勝つ」と話していた。そして、日本が敗れた日、父はわが家の仏壇の前で握りこぶしを震わせながら仁王立ちし、「神も佛もあるものか!」と叫んだ。父の悲痛な叫びを聞いたその日を境に私の中の価値基準は崩壊した。教師への不信、神仏信心を失った。一体神とは、佛とは何か、死ぬことを教えられたが、死とは、そして生とは。

子どもたちは自らの価値基準は苦しみながら身につけていく。保護者は迂闊に偏見を子どもに植え付けるべきではないのだ。善悪織り混ぜながら知識を吸収する過程にある子どもたちの育成について、監督義務を持ちながら、それを怠ったことに触れた判決だ。いじめ問題が起る度に、教師や学校の責任を喧(かまびす)しく取り上げるメディアや保護者たち、問題の本質はいじめをするような子に育てた保護者の側にあることをこの際じっくりと考えることだ。

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