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2007年11月30日 (金)

石油埋蔵量

テレビで喜劇仕立ての西部劇を見ていた。「テキサス」アメリカ映画、1966年製作。開拓時代のアメリカ西部、テキサスに展開する物語である。話の展開には興味はない。9・11とは関係なく中東におけるアメリカがひき起こしている争いの元とも見える石油の話だ。

面白かったのは、映画の背景になる時代だ。今日書こうと決めていたテーマにお似合いの内容だった。ちょうど1821年、メキシコがスペインから独立し、テキサスはメキシコ領テキサスとなった。メキシコ政府はテキサスの開発を進めるため、アメリカ人の移民を認めた。人口の増加に伴ってアメリカ人入植者とメキシコ政府との摩擦が起り、そのため、1830年アメリカ人の入植を禁止する。アメリカ人入植者達は1835年、テキサス革命を決めメキシコに対し叛乱を起した。1836年にはテキサス共和国として一方的に独立を宣言する。10年の独立国(ロンリースターと呼ばれる共和国)時代を経過した後、1845年12月29日、アメリカ合衆国の28番目の州として併合されるころの物語になっていたことだった。

因に、同じ年、メキシコ軍がアメリカ人入植者の砦・アラモを攻撃し、守備隊が全滅。テキサス独立軍はメキシコ軍と対峠してメキシコ軍を破る。アメリカに併合されてメキシコはアメリカに宣戦し米墨戦争が起きた結果、1848年アメリカは勝利し、現在のカリフォルニア州、アリゾナ州を獲得。1849年、カリフォルニアの金鉱の発見でゴルドラッシュがあり、1861〜1865年の南北戦争でテキサスは南軍連合に属し、1870年合衆国への復帰が認められた。

コマンチ・インディアン(ネイティブ・アメリカン)と戦い、話を展開して行くが、野性牛を慣らす秘策を知っているコマンチの策とは、「炎で驚かせて水場から遠ざけ、3日間全く水を与えなければ野性牛は人間に従う」と。ひょんなことで牛が飲めば死ぬ黒い水の池に向かって暴走しそうになる。開拓者達の町はどこを掘っても黒い水が湧くことは知られていた。牛の暴走を止めるため手に持った松明を黒い水の池に投げる。突然池が火の海になる。もうお気付きの事だろう、地表に出ていた石油の池だ。

話はいろいろあるが、最後には男2人の決闘(喜劇であることをお忘れなく)になる。どちらが死んでもいいが、道路のまん中に死体を埋める穴を掘り続けながら町びとは2人の決闘の行方を見守る。突然掘っていた穴から真っ黒い水が空高く吹き上がる。慌てて木の板を持ってきて真っ黒になりながら塞ごうとするが、吹き飛ばされる。町中の人間が全身に石油を被り、決闘を忘れて笑い転げる。町びとたちは、「こんな黒い水の出る町には居られない。コマンチよ、この町はお前達にやるよ」「おれたちだって要らねいやい」となってエンディングになる。

石油の枯渇が何年後のことかが計算される段階に来ている。発見されたのが1859年、ペンシルベニア州北部のタイタスビルの石油鉱床だ。その後あちことで掘削工事が始まり、その結果1861年4月には史上初となる日産3000バレルの生産が可能な自噴式油井が実現する。わずか146年前のことになる。

毎日新聞(11/30)から
石油鉱業連盟は29日、技術的・経済的に生産可能な世界の石油埋蔵量が05年末時点で1兆1138億バレル(1バレル=159リットル)と、現在の生産量ベースで37・6年分に相当するとの試算をまとめた。5年前の同じ試算に比べ約5年分増えたが、未発見分も加えた上で石油資源を採取し切ってしまうまでの期間を示す「枯渇年数」は68年で11年短くなった。ということは、今年辺り誕生した世代が老齢年金をもらう頃にはすでに石油は燃料としては無くなっていることになる。車は何を動力源にして走っているのだろうか。

生産可能な埋蔵量は、探鉱技術の進歩で資源が新たに確認されたため増加した。一方、未発見分を含めた「究極可採資源量」は3兆380億バレルで5年前と殆ど変わっていないが、新興国の経済成長などに伴って生産量が増えたため枯渇までの年数が短くなった。

ただ、石油の枯渇時期は今後の技術革新などによって変化するため、不確実要素も多い。また、試算に含まれない「オイルサンド**」などを加えれば、枯渇までの年数は約280年とも言われている。

 ** オイルサンド—(Oil sand, Tar sands)とは、極めて粘性の高い油分を含む砂岩のこと。原油を含んだ砂岩が地表に露出、若しくは地表付近の地下水などと反応し、揮発性分を失ったことにより生成される。母岩が砂岩ではなく頁岩んお場合にはオイルシェール(Oil Shale)と呼ばれる。

世界中に埋蔵されているオイルサンド、オイルシェールから得られる重質油は5兆バレル以上と推定されており、将来、枯渇する石油の代替燃料として注目を浴びている。ただ、1バレルの重質油を得るのに数トンの廃棄土砂(産業廃棄物)が発生する。その処理には多額の費用がかかり、採算コストが嵩み、極めて厳しい採算状況にある。

いずれにしても、太陽の命がそれ以上あるとして、地球の寿命はまだ40億年とある。化石燃料の寿命が68年といい、280年といっても有限の資源であり、一瞬のものだ。バイオ燃料も経済バランスを崩すだけで代替燃料として継続性の確実なものではあり得ないだろう。

今またバイオ燃料としてサボテンを考える国が出てきた。メキシコのエスピノザ外相は26日、東京都内の同紙との会見で、サボテンの一種を原料としたバイオ燃料について研究中であることを明らかにした。これがトウモロコシなど穀物価格の上昇防止につながるものか注目されるところだ。バイオ燃料は温暖化対策の一環として注目されているが、メキシコではトウモロコシを原料とするバイオ燃料を促進しているアメリカのあおりを受け、主食のトルティーヤの価格が上昇しているという。

同外相は「消費者価格に影響を与えないバイオ燃料の原料を探す必要がある」と指摘し、「サボテンの一種がバイオ燃料の生産に適しているかどうか研究中だ」と述べた。

温暖化対策の一助となるし、当面は消費者価格に影響はないかも知れないが、砂漠化が進む地球に一層拍車を掛けることになるのではないか。それにサボテンが代替エネルギーとして途切れなく供給を続けられる資源かどうか疑問だ。それこそ寿命の短い研究室規模で終わるものではないだろうか。

8月のブログ「バイオ燃料は本当に切り札になるのか」でも書いたが、究極の代替え燃料には太陽熱を生かして行くことしかないだろう。それが最終的には地球に優しいエネルギーなのではないだろうか。

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2007年11月29日 (木)

無法都市福岡

昨年5月以来、会長人事に端を発した指定暴力団*同士(道仁会、九州誠道会)の分裂抗争は、それぞれに3人、計6人の関係者が死亡し、泥沼化の様相を見せている。

今年6月に佐賀県と熊本県で誠道会幹部が相次いで殺害された。8月には福岡市で道仁会会長が射殺された。そこから報復合戦の様相になり、全面戦争が危惧される事態になった。二つの措定暴力団は元は同一団体だっただけに互いの動向を把握しやすい上に、双方とも他の有力暴力団とつながりがあることから、抗争が広がることが懸念される。先日のように病院の敷地内が殺害現場になるなど、時と場所も弁えない犯行となり、市民生活が脅かされ、かつての惨劇の再来か、との怒りの声も聞かれる。

事件は道仁会絡みの抗争で、86年7月〜87年2月、福岡県内を中心に4県で77件の襲撃事件が起き、道仁会、山口組系双方の組員ら9人が死亡。大牟田署員が銃撃されて重傷を負ったほか、スーパーで射殺事件も起きるなど多数の怪我人が出たことがあった。

 * 指定暴力団 ; 又は指定暴力団連合をいう。(暴対法「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」第3条:指定)

《何のことはない、この暴対法によって各都道府県公安委員会からの指定を受けた指定暴力団は、法人格こそないが、代表者や主たる事務所まで登録される法律に基づく組織なのだ。国が法律で犯罪組織を規定し、堂々と事務所まで構えることが出来る、言ってみればある意味では指定暴力団は何一つ良いことをしない合法的とも言える組織なのだ。取締りを厳しくすれば、組織は地下に潜る。警察の手が及ばなくなる。それよりは暴力団を法律上の反社会的団体として明確に位置づけることで、警察のコントロール下に置く、という日本の警察の考えだした世界に例のない独自の取締り方なのだろう。現在全国で指定を受けている暴力団は21団体、組員の数はほぼ4万人(平成18年4月1日現在)》

全国の暴力団等によるとみられる銃器発砲事件の発生状況の推移(平成18年度警察白書)
 年次      平14 平15 平16 平17 平18
 発砲事件数   133 136 104  66  36
 死傷者     38  55  27  13  10 

中でも福岡県内発砲事件は、3年連続で全国最多、暴力団の抗争が背景にあることがわかる。今年も10月末までに10件が発生し、全国で最も多いという。昨年から続く指定暴力団・道仁会と九州誠道会の抗争など、暴力団絡みの事件が背景にあるが、隠匿方法の巧妙化などで拳銃の押収数は横這いの状態という。

《それにしても、何年も事件だけは細かく報道される。何時どこで発砲事件が発生し、誰が死亡した、殺されたなどだが、データの数だけが増えてどのように対策が取られ、どう対処し、どのように市民生活が安らかになった、などの報告はない。データを数えるだけなら警察の存在する必要性はない。海外のマフィアのように、地下に潜られては警察の手が足りなくなるからと、「指定」の看板まで掲げさせておいて、明るいところでドンパチやらせるようでは市民は生きた心地がしない。現実に人違いで事件も起こしている。なのに警察は抗争を中止させることもしない、出来ないように見える。いっそ、抗争中の指定暴力団全員を無人島にでも集め、拳銃持たせて心行くまで殺しあいさせたら、或いは暴力団員の面子をかけた度胸試しのロシアンルーレットでもやらせ、引き金が引けない憶病者は足を洗わせれば、とさえ思う。警察も「指定」の合法性で悪をやらせておいて、指定に違反すれば指定を取り消して、狼を野に放すことを繰り返すだけでは弱い市民の味方ではなくなるだろう。》

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2007年11月28日 (水)

クールビズ韓国で定着か

寒い季節に似合わない話題だが、毎日新聞(11/26)から
夏場の軽装(横文字好きの日本人は早速『クールビズ』*(Cool biz)と和製英語で名付けた)を「おしゃれ」と感じる人や、定着すると考える人は日本より韓国の方が多いことが、日韓比較調査で分かった。クールビズは省エネなどが目的の日本発のキャンペーン。

 * 温室効果ガス削減のため、夏のオフィスのエアコンの温度設定を摂氏28度に。その中で快適に過ごすために、平成17年夏にスタートした、環境省が提唱するビジネス用軽装の愛称。因に、全ての事業所等において、夏の冷房の設定温度を26・2度から28度に上げるとする、ひと夏で最大約290万トンのCO2を削減することができる、とされる。

韓国は日本よりも一年遅れの08年から「クールビズ」を冠したキャンペーンを始めたが、今後の浸透度は「本家の日本」を上回りそうだという。

日本リサーチセンターと韓国のギャラップ・コリア社が今年9月にアンケートを実施した。有効回答者は日本が15〜79歳の1200人、韓国は19歳以上の1032人。
  クールビズ・キャンペーンを「知っている」は
     日本  82%
     韓国  10%と、
先に始まった日本の方が高かった。しかし、職業を持つ人にクールビズや夏場の軽装を「職場で推奨しているかどうか」を聞いたところ、
  推奨しているは
     日本  36%
     韓国  32%で、ほぼ同じであった。

クールビズ・夏場の軽装を「おしゃれと感じる」は
     日本  19%
     韓国  71%と、
韓国の方がおしゃれと感じる人が日本を上回った。

省エネや環境保全効果が「期待できる」は
     日本  56%
     韓国  81%
また、クールビズが「今後定着するかどうか」は 
     日本  54%
     韓国  79%と、
ファッション性や環境問題に対する意識は日本よりも韓国の方が好意的に捉えているようだ。

《日本であまり評判がよろしくないのは理解できる。日本人の洋もののブランド好きが、災いしているのだ。著名ブランドには目がないが、そうでないものにはおしなべて無関心だ。おそらく製作を受けてくれるかどうかは不明だが、ブランドを冠したものが店頭にぶら下がれば、競争して身に着けるだろう。このことは、今回のミシュランのお墨付きを貰って喜んでいる料理人たちを見ていればよくわかる。ブランドを有り難がる日本人と、偽物でも無頓着に身につけることができる韓国人との違いだ。

詐欺罪や商標法違反の禁を犯してでも、物を入れるための袋物なら、ブランド物同様に入り、身に着ける衣装ならこれまたブランドと同じように身を装えるなら、安い偽物でも十分となるだろう。要は、名が好きな日本人と‘名を棄てて実を取る’韓国人の国民性或いは文化の違いというものだろう。来夏以降、韓国はクールビズが町なかを闊歩することになるのだろうか。》

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2007年11月27日 (火)

エスカレーター

今も、あちらこちらでエスカレーターの事故が起きている。東京都内だけでも年間1000件以上に上っている。バリアフリー法への対応もあって、鉄道など交通機関を中心に設置が急増している。通勤や通学、買い物などの外出時などエスカレーターに乗らない日はないだろう。このように身近な乗り物であるエスカレーターで、高齢者の事故が増えている。(日本エレベーター協会、技術部長・碓井宏秋氏、2005年12月現在)

1871年、シカゴは大火に見舞われた後、農畜産業から工業への移行に伴い都市化が進み、建築界では1880年から近代高層ビル(鉄骨)の建設ラッシュが始まった。エレベーターが実用化の段階に進み、エスカレーターは1893年シカゴ万博(正式には、世界コロンビア博覧会)の会場内に設置されたのが始まりとされている。日本には1914(大正3)年、東京・三越百貨店に設置されたのが第一号。2005年時点で日本国内のエレベーターの総数は約55万台、そのうちエスカレーターは約1割(6万台)。にも拘らず事故件数ではエレベーターのおよそ15倍にもなっている。

毎日新聞(11/26)から
同紙が取り上げたのは、最近発生したエスカレーターで体を挟まれたりする親の躾不足が原因の事故のことではない。元々歩くためのものではない乗り物を、歩いて昇り降りすることの危険について、問題として取り上げたものだ。

「エスカレーターでは歩かないでください」。横浜市営地下鉄は今秋から、全32駅構内に設置されたエスカレーターの乗り口にこんなポスターを掲示した。昇降客のために関東は右空け、関西は左空けがルールと思い込んでいる人も多いが、国土交通省によると、エスカレーターの構造はもともと、利用者が歩くことを想定していないという。

《こんなこと誰でも知っているはずと思う。特に乗降客の多い地下鉄駅のエスカレータの乗降口には「エスカレーターでは歩かないでください」の表示が必ず掲げられているからだ。また、百貨店やスーパーには「子どもは中央に、てすりにつかまって」が掲示されている上に、五月蝿いほど場内放送が注意を喚起している。「関東は右空け」「関西は左空け」も大体の話で京都駅は特には左も右も決まってはいないようだ。》

きっかけは横浜市交通局に寄せられた苦情だった。「エスカレーターに孫と手をつないで並んで立っていたら、後ろから来た男に『どけ、どけ』と言われ、孫が押された」「右側に乗ってしまった高齢者が左に避けることもできず、後ろから来た人に急かされ、歩かされていた」

交通局は5月から「エスカレーターでは歩かないで」と呼び掛け始めた。車内電光掲示板でも「エスカレーターは歩いたり走ったりすると大変危険です。手すりにつかまってご利用ください」と表示。9月からは乗り口にポスターも掲示した。それでも効果はあまり上がっていない。交通局担当者は「ラッシュ時などに右側を歩く人がまだ多い。継続することが大事なので、今後も続けて行く」と定着を目指す。

名古屋市営地下鉄は04年7月からエスカレーターでの歩行を禁止した。ポスターや車内放送、ホームの掲示板などで立ち止まるよう呼び掛けているが、歩く人はなくならない。地下鉄を利用する会社員(40)は「右側を歩いてはいけないの? 歩いている人をよく見るし・・」。04年11月の市議会では、市議が「右側一列をあけるのが慣例なのに、なぜ突然歩行禁止なのか」と疑問を投げかけたほどだ。

《私は地下鉄を利用して通勤していたが、エスカレーターには殆ど乗ったことがない。並列した階段がない場所では不可能だが、階段を歩くことは格好の足腰を鍛えられるトレーニングになるからだ。時に二段ずつ、時に駆け足で、必ずつま先立ちで昇っていた。一日平均4時間眠るのが精一杯のころで、のんびりジムに通える暇なんかなかった。第一線を退いてからは走ることはしないが、それでも現在でも妻同伴でない時はこの年齢で必ず歩く。》

東京消防庁の調査では、都内で05年度にエスカレーター事故に遭った人は1199人。発生場所は駅が702人で最も多く6割を占める。うち333人が65歳以上の高齢者だ。消防庁は「エスカレーターは歩くとバランスを崩しやすく、他の利用者と接触する恐れがある。歩くことは避けるべきだ」と指摘する。前出の碓井氏も、「近年、エスカレーター上の歩行が話題になっているが、歩行者との接触による事故も報告されている。エスカレーターでの歩行を<危険>と感じる高齢者は65歳〜74歳で56・8%、75歳以上で76・9%にも上る」と。

エスカレーター建築基準法施行令では「幅は1・1メートル以下」と規定している。国交省建築指導課は「最大でも2人分の横幅しかない。右か左の手すりを必ず使えるように考えられている」と説明すうr。ただ「有効な取り締り方法がない以上、法律などで禁止することは難しい。国民の合意が得られるかどうかが分らない」という。

このほか、JR東日本はアナウンスで「ご注意ください」と注意喚起している。東京メトロはステッカーで「歩行は思わぬ事故のもとになりますのでご注意ください」と呼び掛けている。東京都営地下鉄も「駆け上がるのは危険です」と掲示しているが、歩行禁止を強制できないのが現状のようだ。

歩行禁止に踏み切ることについて日本民営鉄道協会は「車内での携帯電話同様、歩行禁止についても利用者の機運が高まる必要がある」と語るだけ。

《事故はすでに幾つも起っている。事故が事件にならなければ効き目はないだろう。ここで、体験談を一つ。
通勤でない年齢になってからだが、妻同伴でエスカレーターに乗った時だ。通勤で通い慣れた乗り物だった。何時も階段を使っていたからエスカレーターを利用するのに言わずとも出来上がっている習慣があることを知らないまま、妻の横に並んで立っていた。途中通行のためのフロアがあり、踊り場風に二段につながっているエスカレーターだ。毎朝駆け足で昇っていた階段だった。一基は精々6、7メートルの二基続きだ。階段を挟んで両脇に上りと下りになっている。「ちょっと退いて」後ろから男の声だ。「ここは歩くところじゃない、歩くんだったら階段を上ればいい」私はつけんどんに返事していた。「皆んな歩いてるよ」「私は皆んなじゃない」それでも強引に男は私の横を通り抜けて昇った。

それで私が通さなければ事件になっていただろう。これは今から4、5年前の話だ。現在同じことをすれば「くそ爺い!」で、横腹を刺されているかも知れない。それほど東京の若い人間は殺気だっている。そのことがあってからだ、妻から「年なんだから、今に殺されるから、もう止めて欲しい」と頼み込まれた。それまでも何かにつけてマナー違反には口を出すことが多くあった。「降りる人が先だ!」電車やエレベーターで一喝したことも度々あったからだ。

日本民営鉄道協会がいう携帯電話のように、利用者の機運が高まるのを待っていては何百年経っても禁止に踏み切ることは不可能だろう。或いは法制化しても、破るのが好きな連中は、酒飲み運転も同じだが、後を断つことはないだろう。》

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2007年11月26日 (月)

ごちゃ混ぜの古い話題

♦その1
携帯の覗き見から暴力沙汰(DVというらしい)毎日新聞(11/10)
内閣府は11月9日、10〜20代の若い世代での恋人間の暴力(デートDVだって、ばからしいからこの先はただ暴力と書く)に関するインターネット調査の結果を発表した。男女とも50パーセントが交際相手から肉体的・精神的な暴力を受けた経験がアルと回答している。その際に相談した相手は「友だち」が55・5%(複数回答)で最多だったが、42・7%は誰にも相談していなかった。

《普通の神経なら誰にも相談できないだろう。他人の携帯を盗み見することは、親からまともな道徳教育・躾けを受けて育てられていれば、己を貶める行為になり、絶対にしないことだからだ。前にもブログに書いたことがあるが、私は妻がどのような状態で放置していようが盗み見をしたことがない。妻の人権・人格の侵害になる以上に盗み見は、自分自身の人間としての無節操な恥ずべき行為だからだ。己に疚しいところがあるから人の心を邪推する。因に私は携帯不要論で持っていない。ただ、親が保護義務を持つ未成年のわが子の携帯は、見るのは当然の権利であり、見るのは監督責任のある立場の親のしなければならない義務でもある。》

恋人間の暴力は、配偶者や内縁関係の暴力を規制する暴力(DV)防止法が適用されず対策が難しいため、内閣府が初めて実態を調査した。事前に登録したモニター約60万人のうち10代と20代の未婚男女を無作為で抽出し、358人(男性192人、女性166人)から回答を得た。

恋人との関係について、(複数回等)
 恋人が自分勝手な行動を取ると不愉快
   男性 35・4%
   女性 56・0%
 暴力を受ける側にも悪いところがある
      10・1% いた。

《暴力を振るうのはいけないが、「暴力を受ける側にも悪いところがある」程度の事ではない、どのような事情があろうと、非は明らかに携帯を盗み見した側にある。》

「恋人がいる」「過去にいた」と答えた258人のうち、男性の53・1%、女性の44・6%が携帯電話に絡む被害を経験していた。内訳は、
 「電話に出なかったり、メールにすぐ返信しないと怒られた」(38・8%)
 「着信・発信履歴を勝手に見られた」(16・7%)
 「1日に何度も行動を報告するよう命じられた」(7・4%) などだった。

その他に恋人との間で目立ったものに、
 「機嫌が急に悪くなったり、優しくなったり、相手にいつも気を使わされる」(33・7%)
 「行動を制限される」(21・7%)
 「言葉で嫌な思いをさせられる」(13・2%)など。

《人生は短いぞ! 喧嘩するのもよいが、離婚後300日問題になる子どもは慎重に! テテナシ子、ハハナシ子の母子家庭や父子家庭を今以上に増やさないようにしてくれよ。》

♦その2
アンチエイジング
ハイカラな横文字だが、要するに「寄る年波に逆らえ」ということ。毎日新聞(11/13)
昔は“年増の厚塗り”という言葉があった。説明するまでもない。現代では化粧に薬品に食べ物、その殆どは女性たちだが、一体、人生の何歳分に抵抗をしようというのだろうか。今回の新聞の記事は食べ物の特集。書いているのは料理研究家の小菅陽子さん。

老化の仕組みはまだ、完全に分かっていない。《仕組みは分かっていなくても、一年経てば必ず1歳増え年を取る。これが仕組みだ。》特に女性の場合更年期を境に女性ホルモンが激減する。そんな女性は「女性ホルモンと似た働きをする大豆イソフラボンやカルシウム、食物繊維が特に大切、とおっしゃる。

料理のことはよく分らない。ただ材料だけを並べても、興味のある人は目を通してくれるだろうか。料理が2、3紹介してある。
♢サケのソテーアーモンド風味にはサケ、小麦粉、バター、アーモンドスライス、レタス、ソース、ケチャップ
♢ビーンズサラダには、茹で大豆、胡瓜、押し麦、タマネギ、パプリカ、フレンチドレッシング
♢茸のミルクリゾットには、エノキ、シメジ、ご飯、固形ブイヨン、牛乳、スキムミルク、パルメザンチーズ、塩、パセリ
などがカラー写真を添えて紹介されている。更年期に負けないため、肩凝り、腰痛も防止、カロリーに注意、とある。

《昭和一桁のわが妻にも効果はあるのだろうか。何歳までの献立なのだろう。何歳まで人生の抵抗に効果があるのだろう。第一、サラダ程度は食べたことがあるが、和食で生きてきた人間に、今さら洋食を食べる気はない。子どもの頃の日本海の新鮮な魚介類や海藻のお陰で、もうそろそろ四捨五入で80歳になるが、髪は白いものが混じっているが、まだ長髪を後ろで結んでいるほどふさふさとある。つい先日も書いたように肩凝り腰痛など味わったこともない。妻も同年齢で貧しい食の中を生き抜いてきて高血圧ながら元気だ。》

「大豆製品、魚介類、野菜、海藻などをバランスよく取ることが大切。また、気をつけて欲しいのはカロッリーの取り過ぎ。自分に適当な一日のカロリー数を把握しておいてほしい」と小菅さん。

《いずれにしても、年を重ねてからでは手遅れだ。若い頃から摂生しておくことが何よりも大切なこと。》

♦その3
「日本の調査捕鯨とオーストラリア」毎日新聞(11/16)
オーストラリアの野党・労働党の報道官は15日、豪州近海での日本の調査捕鯨監視のために、軍偵察機などを派遣すべきだとの方針を示した。同国では今月24日の総選挙で、労働党が11年半ぶりに勝利する可能性が高まっている。(結果はすでに決定で出ており、ハワード首相の落選も決定的)

AAP通信などによると、労働党で外交問題を担当するマクレランド報道官は15日、記者団に対し「捕鯨船の活動を監視するため、適切な場合には豪軍を派遣する。現在は全く監視が行なわれておらず、証拠を集めることが重要だ」と述べた。豪州はこれまでも反捕鯨の姿勢をとってきたが、ハワード政権下では日本との関係を重視する立場から軍派遣などの強行策は避けてきていた。

これに対しラッド労働党党首は、より厳しい態度を取るよう政府に一貫して要求している。同党は5月に軍艦船を送って捕鯨船に対する臨検や拿捕(だほ)を行なう計画を表明し、これを「軍に海賊行為をさせるようなもの」と環境相が批判するなど論争になっていた。

《遡って今年7月3日〜6日、オーストラリアのアデレード市で行なわれた国際捕鯨委員会(IWC)年次総会で日本とオーストラリアは南太平洋の捕鯨を巡って激しい対立があった。鯨の保護を強く主張するオーストラリアはインド洋からイースター島までの南太平洋での捕鯨を全面禁止する「南太平洋サンクチュアリ(聖域)」の設定を提案した。結果は否決されたが、来年の会議で再び「聖域」の成立に挑戦すること、それも南太平洋だけでなく、世界中に拡大させる考えを表明した。

オーストラリアが捕鯨禁止をヒステリックに叫ぶのかは、過去の自国が捕鯨大国時代、大西洋のクジラを絶滅状態に追い込んだことがトラウマになっているのだろう。1948年にIWCが設立される以前のオーストラリアは英・米と並ぶ捕鯨大国だった。(詳しい捕鯨の歴史については下記を参照)

ロンドンのクジラ 06/01/28
くじら 06/06/28

自国の犯罪者を北米に送り込んでいたイギリスは、アメリカの独立で流刑地を失い、遠くオーストラリアまで運び込み、捕鯨基地を移した。イギリスからオーストラリアに送り込まれた犯罪者たちは捕鯨産業の基地確保のためアポリジニ(現地人)の殺戮を繰り返し、基地を拡大して行った。オーストラリアにしてみれば、捕鯨はそのような国家独立以前の苦い歴史と結びつく忌まわしいものでもある筈だ。過去の捕鯨大国が並んで「グリンピース」なる団体をつくり、オーストラリアの大臣の手元に、13万7000人の捕鯨禁止の署名を届けたと伝えられるのだが、牛を喰らい、羊を喰らい、カンガルーを喰らている人たちだ。生きるものの命を頂いていて人間は生きている。鯨の命と牛や羊の命はどこがどう違うのだろう。》

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2007年11月25日 (日)

ベロタクシー

22日に高齢者用電動カートについて書いた。同じく私は今まで情報としても、見たこともなかった乗り物をテレビの画面で発見(?)した。東京都渋谷区で取材していたものだが、名前をベロ(ヴェロ)タクシーと呼ぶ可愛らしい自転車(ラテン語で‘Velo’は自転車のことらしい)タクシーだ。

本当に可愛らしい(子どもに人気のポケモンカーよりはずっと可愛い)乗り物だ。減色法の三原色(YMC)加色法の三原色(BGR)のような単彩色で塗り上げられていて、並んで走ればまるで虹のようになるだろう。勿論自転車だから動力は人間が漕ぐペダルによる推進力を利用する。前輪は1つ、後輪が2つの3輪車タイプ。取材は乗り物の紹介ではなく、何種類か取り上げた職業の月給をタレント達が当て合う番組の中での紹介であった。因に、その運転手は28歳の女性で、月30万円を稼いでいるとのこと。彼女に取材する前に比較材料として、中年の男性タクシー運転手の月給を知らせたが、彼は35万であった。タクシー運転手の厳しい労働条件はしられているが、一方、彼女のベロタクシーの方は1日に4〜5時間(6時間の日もある)、1週間4〜5日出勤とのこと。

タクシーの運転手が馬鹿らしくなるような収入を得ているわけだが、だからといって自転車タクシーではトライアスロンのような長距離は走れない。そもそもこのベロタクシー、1997年にドイツで開発され、早くも2002年4月、京都市で日本最初の運行を開始していたらしい。2004年のアテネオリンピックでも運行しているから、現地に行った人の中には今さら何を驚いているんだ、という人もいるだろう。

可愛らしいことを強調したが、デザインが優れている。真横から見ると、椎の実のようなボディをしていて、走行時の空気抵抗を軽減する形状となっている。万一自動車などと接触した場合にも運転手や乗客を保護できるよう客席一体型のボディが、頑強なスチール製のシャシーフレームに載せられている。環境問題には常に先進国のドイツの開発したものだけあって、車体を含めて100%のリサイクルが可能、廃車時の環境負荷も少なくするように考慮されているという。

坂道には電動アシストがついており、負荷の調節はバイクのスロットルのように右手のグリップで、油圧式のディスクブレーキで安全に減速・停止が可能。ベロタクシーは自転車なので法律上は誰でも運行できる。が、車道を乗客を乗せて走るという性格上、ドライバーは普通自動車運転免許証もしくは自動2輪免許の所持、道路交通法の遵守が必須要件となる。自転車、つまり軽車輌にあたり道路の左側端を走行し、交差点においては二段階右折で右折を行なう。

京都市は従来は烏丸通、四条通、寺町通、御池通に囲まれた地区に限られていたが、京都府道路交通規則の改正に伴って2007年4月1日から基本運行区域を新風館を中心にした半径3km圏に拡大して運行を始めた。現在国内ではほぼ20都市で運行されているようだ。

ただ、自治体によっては公安委員会によって定められる細則により、ベロタクシーの運行が妨げられている地区の少なくない。問題になってくるのは自転車の定義で、「自転車の乗車人員」項目で「二輪または三輪の自転車」において運転者以外の乗車(小児を除く)の例外や特例を認めていない県が多く、ドライバーのみの走行しかできない。京都を始め、仙台市や横浜市など粘り強い交渉で改正された地域もあるが、「交通渋滞を起す」「事故が起きる」などで理解が得られないケースもあるようだ。

ベロタクシーが都市を走ることは、環境に対する啓蒙活動としての1面を持ち合わせている。環境に優しいイメージや、環境保護活動としての趣旨に賛同してスポンサーとなる企業も出ている。環境の点に重きをおいて環境NPOとして運営を行なっているケース(京都市、奈良市、松本市、喜多方市、倉敷市、長崎・伊王島、福岡市、熊本市など)もある。

長距離や緊急時、或いは混雑する道路などでは通常のタクシーを使えばよい。渋谷の場合初乗り運賃は大人で500メートル300円、100メートル超過するごとに50円とか。ただ、デメリットもある。車輌の特性上、風雨の強い日の運行は取り止めになることもあるようだ。

後部座席は2人掛けも可能のようだから、広域に亘らない観光地などでは喜ばれよう。また、ちょっとしたお使いなどクリーンな乗り物として都道府県公安委員会の細則の改正も睨んで、交通が煩雑でない道路を走ることができるようになれば、可愛らしい乗り物で、街も明るくなるだろうに。

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2007年11月24日 (土)

子連れで活躍中のキャスター

毎日新聞(11/24)から
1歳の長女を負んぶして原稿を読むママさんキャスター、下岡慶子さん(32)が盛岡市のケーブルテレビに登場した。「スタジオが明るくなった」と評判は上々だという。「動物園に仲間入りしたラクダ君は・・・」。ニュースを読む女性キャスターの背後から女の子の顔がひょっこり。同市営のケーブルテレビ(CATV)局「テレビ都南」の番組に子連れで出演するキャスターが話題を呼んでいる。批判的な意見もあるが、視聴者からは好意的な反応が多いという。

《どんなに良いことをやっても、何かケチをつける人はいる。かといって私だって、背中で泣きじゃくる赤子の声で、喋る言葉が聞き取れないキャスターが出てきては困る。今からおよそ20年前の1988年2月9日、前年結婚して生まれた乳飲み子を連れて、アグネス・チャンがテレビ局に出勤した。これを切っ掛けに所謂アグネス・チャン論争*なるものが起った。思い返せばこの頃からだが、女性の社会進出が目覚ましく、育児への男性参加が姦しく口の端に上ることとなった。当時は「企業内保育所**は、結局は女を育児から解放する施策ではない」として女性の側からも、深く掘り下げる意見は出て来ないで騒ぎは何時の間にか鎮まった。一方、男性の育児参加は遅々として進まず、参加したと言っても精々のところ、短期間の休日を取って母親の育児の大変さを覗き見るだけで精一杯のお座なりのものでしかない。

 * アグネス・チャン騒動については「コンビニ子育て」06/01/09に書いた。
 ** 企業内保育所 06/11/30

わたしはこの男性の育児休暇には真っ向から反対の意見の持ち主だ。母親の育児の仕事を夫が短期間の休暇で間に合わせるのは不可能だ。言い出せば切りがないが、母親の肌に触れ、鼓動を聞いて乳房からお乳をもらう。つい先日母親が赤ん坊を腕に抱く時、左右のどちらの手で抱くかを街に出て、レポートする番組があった。その殆どの母親は左手で抱いた。理由を右の利き手を使うため、と説明した母親がいたが、真実はもっともっと赤ちゃんと母親との深いつながりが見えてきた。それではと、左利きの母親を探して赤ん坊の頭をその女性の右腕に抱かせてみた。その女性は迷うことなく左腕に抱え直した。何人かの試みでも全く同じだった。母親は左腕で赤ん坊を抱いたのだ。

無造作のようだが1つの法則かも知れない。赤ん坊は10月10日、母親のお腹にいた間ずっと母親の心音を聞いて過ごしていたのだ。その心臓が左の胸にある。乳房を咥えれば合わせた肌を通して母の心臓を確認できるのだ。父親の哺乳ビンでは母の温もりは与えられない。父親の育児参加はどんなに忙しくても、わざわざ休日を取らなくてもいつでもできる。》

子連れキャスターは、平日夜などに放送されるニュースに長女愛美ちゃん(1歳11カ月)を負んぶし、月2回出演する。同局のアナウンサーと2人で地域ニュースを伝えている。切っ掛けは同局が今年3月に地元の雑誌を通じて行なった市民キャスターの公募だった。主婦として子育て中心の生活にストレスを感じていた下岡さんは「社会との接点を持ちたい」と応募した。出演に当って懸案は愛美ちゃんの面倒を誰がみるかだった。同局は「仕事と子育ての両面というメッセージが伝わるのでは」と子連れ出演を認めた上で採用した。会社員の夫(30)の諒解も得られた。

放送は録画で、愛美ちゃんが前後左右に揺らして「マーマー」とむずがったり、泣き始めたりと収録での撮り直しは数知れず起る。スタッフは菓子を片手に「もう少しで終わるからね」と愛美ちゃんのご機嫌取りに大忙しだが、同局TVT事業部の坂野敬部長は「2人のお陰で収録のピリピリした緊張感もかなり和んでいる」と笑う。

《アグネスが播いた一粒の種は、コンビニ子育てを通過して、企業内保育所という仕組みとして着実に実りつつある。》

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2007年11月23日 (金)

ゲームと子ども

Dscfpanjee


 パンジー


子どもの遊びとしてすっかり定着したテレビゲーム。その功罪はいろいろな見方があるが、うちの子が“ゲーム依存”にならないか、やり過ぎを心配する親は多い。ゲームにどう関わればよいか、家族で考えてみたい。毎日新聞(11/20、21)から

《このようなバカなことがテーマとして取り上げられるとは現在の親たちは、一体育児や家庭教育を、どう考えているのだろう。そちらの方が余程心配だ。「やり過ぎ」を心配とは親が子の教育を放棄していることに他ならない。子どもは面白い遊技に我を忘れて夢中になることすら知らないのだろうか。そのような子の前に、甘い砂糖や蜜を放り込んでおいて、遊び過ぎを心配などとは親のすることではない。コンピューターゲームが考案された当初のころは、他愛ないそれこそ子ども騙しで、子どももすぐに飽きてしまうようなものだった。親はそれ程心配しなくてもよかった。

しかし、ゲームが複雑になり、ただ手持ち無沙汰な時間を浪費していれば済むものではなくなった。個人で遊ぶゲームから複数の人間が、或いはネットで結んだ対戦相手と戦うことまで可能になってきた。子どもが興味を深め、深入りすることは当然のことと思える。

子どもをそのように深入りさせるお膳立ては、親たちが拵えてきたものではないのか。とても子どもの小遣いで簡単には手に入れられない遊び道具を、何の約束事もさせないで野放図に買い与えたことがそもそもの始まりだろう。それとも昭和一ケタの時代錯誤だろうか、親に何一つ相談もなく、数万円程度の玩具は子供達は与えられる小遣いの範囲で楽に購入が可能なのだろうか。玩具を子どもたちが手にする前に、親たちはそれがどの程度子どもの生活を左右するものかを考えることもしないのだろうか。年齢に応じたゲームとのつき合い方に関して子どもと話し合い、取り決めをしないのだろうか。勿論その時には約束に反した場合の罰則についても取り決めをしておくことも忘れてはならないことだろう。

簡単なその程度の家庭内教育も躾けもしないで、甘いものを求める蟻の中に放り込んだ砂糖や蜜に、わが子が群がることが心配だとは、親として無責任に過ぎることに気がつくべきだ。》

ゲームにはまる子どもたちの心を探った調査結果がある。
少年院で長く法務教官を務め、現在、大阪府教育委員会の訪問指導アドバイザーの魚住絹代さん(京都府)は2年前、寝屋川市教育委員会などと協力。ゲームなどの利用状況とその背景を探るため、東京と長崎、大阪の中学生約2100人と保護者約1400人にアンケートした。当時、寝屋川市で教職員を殺傷した17歳の少年がゲームにのめり込んでいたとの報道が調査の切っ掛けにもなったという。

調査では、「困った人がいたら助けるか」の問いに「助けない」と答える率が、4時間以上ゲームをする子は、あまりしない子に比べて3倍以上も高かった。また、ゲーム時間が長くなる程、「傷つけられたら復習したい」「人の輪に入っていくのが苦手」「毎日が楽しくない」と答える子の割合が高くなる傾向があり、注意散漫も目立った。

アンケートを取った魚住は「ゲームにはまり込む子どもたちに共通して見られるのは、心の寂しさや空虚感」と指摘し、「ゲームを一方的に責めるのではなく、親は子どもたちの心が満たされていない現状に気づき、受け止めることが大切だ」と話している。

《親が後手に回っていては子どもの教育はできない。遊びにのめり込む前に親は子どもとのコミュニケーションを十分に取り、「話のできない親」と疎外感を持たないうちに、子どもにそれがあるのなら、心の寂しさを汲み取ってやるべきだ。要は親が親らしくないから子どもはゲームに走る時間が長くなるのだ。》

昔から子どもの心理状態を把握するのに絵を書かせる手法が使われる。1957(昭和32)年(ちょうど半世紀前になるか)「黄色いからす」という映画があった。母の愛情を一身に受けていた男児が、戦地から引き上げてきた夫を迎えて母の愛情が、自分だけのものでなくなり、その父をなかなか父と呼べない男児が、心の不満を訴える黄色いからすを描くものだ。この映画の場合は‘黄色’が不満を表現したが、他にも「家と木と人」を1枚の画用紙に書かせる心理テストが有名だ。

臨床心理士の三沢直子・元明治大学教授は、81年に長野県の小学生238人、97〜99年に東京の小学生550人の絵を比較、その後も東京の中学生や幼稚園児などの絵を調べている。その結果、97〜99年の絵は81年に比べ、4年生以上の高学年になっても写実的にまとめる能力が伸びず、非現実的な傾向の強い絵が目立った。

97〜99年の描画と同時に行なったゲーム時間などのアンケートでは、ゲーム時間が長いほど、ポケモンや宇宙人などゲームやテレビに出てくるキャラクターが登場するなど、非現実的な傾向が強かった。ナイフで刺された人が血を流すなど、攻撃的で破壊的な絵も見られたという。

なかでも、1日にゲームを4時間以上する子どもたちでは、7割近くが現実と非現実の混合か、非現実的な内容ばかりの絵だった。「ゲーム自体が悪いとは言えないが、ゲームに費やす時間が長過ぎると、それだけ人間関係が希薄になったり、現実感覚が育たなくなることが問題だ」と話す。

京都医療少年院などで多くの子どもたちに接し、ゲームの問題点などを研究している精神科医の岡田尊司は「ゲームをやるなら、親子で話し合ってゲーム時間を決め、子どもたちの自己管理能力を高めるように工夫しながら、やらせた」と親子で関わることの大切さを訴えている。

《今さら精神科医にいわれなくても、当たり前の事なのに、この程度の話し合いも今の親子はしていないのか、できないのか。》

警視庁が昨年12月、公表した調査結果によると、継続的にゲームをやっている子どもたちの割合は、
  3〜 9歳  男、約60% 女、約49%
 10〜 14歳  男、約85% 女、約67%
 15〜 19歳  男、約77% 女、約24%だった。
どれくらいの時間ゲームをやっているのかは、
  3〜14歳の平均 平日で男約68分、女約28分
          休日で男約93分、女約55分。 
10代のゲームへの依存傾向は欧米諸国で約1〜2割
上記魚住の調査では約7%であった。

《15〜19歳になってもゲームから離れられずに取り憑かれている男は女の子の約3倍もいる。女の子は所謂お年頃だ。ゲームどころではない、自分を飾ることに神経が移っているのだ。ゲームの画面から離れて鏡と睨めっこが続くようになる。ニキビを気にし、肌のお手入れ、ヘアスタイルが気になり、毎朝のシャンプーは欠かせない。身だしなみとして、洋服やお化粧の方に逸早く切り替わる。男性に比べると少女から大人になるのが早い。いつまでもゲームから卒業できない男の場合、やり過ぎては仮想の世界に埋まったままで、いずれ人間関係に支障を来たすことが心配される。親は子育ての責任を放棄しないで積極的に子と関わっていくべきだ。

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2007年11月22日 (木)

高齢者用電動カート

毎日新聞(11/21)から
ハンドルのアクセルレバーで操作する電動カートは、電動車椅子の一種で、高齢者に人気がある。というが実際にに街なかを走っている姿はとんと見かけたことがない。どこで見かけられるんだろうか。

奇しくも本日の夕刊で、来年4月にスタートする75歳以上の後期高齢者を対象にした新たな医療保険制度*で、一人当りの保険料が40都道府県(試算を含む)の中間集計で平均7万8931円となることが同紙の調べで分かった。新制度は都道府県ごとの広域連合が運営主体となり、全市区町村が加入する。保険料は12月初めまでにすべてで決まるが、21日までに17都県が保険料を正式に決定し23道府県が試算を公表した。それによると、東京都が最も高く10万2900円で、最も低い岩手県の5万8433円の1・76倍となった。

新制度は国民健康保険などに加入している約1100万人の後期高齢者に加え、これまでサラリーマンの子どもなどの扶養家族で保険料負担がなかった約200万人も加入し負担を求められる。保険料は所得に応じた軽減措置があり、実際の平均額は1から2割下がる。

政府・与党は新たに保険料を負担する高齢者に対し、来年4月から半年間は保険料を免除。その後半年間も9割減免するなどの負担軽減策を決めている。

 * 後期高齢者威両制度 - 小泉が首相の時、医療制度改革関連法として06年6月に成立。「高齢者の医療の確保に関する法律」により施行。75歳以上が対象で、財源の約5割を国、都道府県、市区町村の公費で賄い、若い世代の負担を4割、高齢者自身を1割とする。医療費が膨らめば保険料も高くなる仕組みで、一人当りの医療費が高い高齢者に節約意識を持ってもらうのが狙い。高齢者の保険料は一律に負担する「均等割」と前年の所得に応じる「所得割」との合計で、均等割は年収が238万円以下だと軽減される。

昭和一桁生まれの私も当然保険料は取られることになるが、医者の世話になったのは現役を退いたのち、年齢には関係のない網膜剥離のときのみだ。それ以外は今日までただ一途に保険料は納め続けている。体の弱い人たちのために。決して医療費が高い高齢者ではなく、納めた保険料の殆どは他人の医療のために納めてきたし、これからもそうなるだろう。軍国少年の時代、否応もなくいずれ1度は死ぬ覚悟を決めさせられていた。幸か不幸か死なずに済んだが、今生きてあるのは余命だろう。

そのためか、生きることへの執着はあまりない。何をどうしようと死ぬ時は死ぬ。それが心臓の病であろうと、脳の病であろうと、天変地異であろうと、事故であろうとだ。医者に掛かれば、或いは入院すれば必ず死ぬ、とさえ思っている。だから健康診断も殆ど受けずに来ている。こんなに金の掛からない老人はいないだろう。老人はみな高額医療を受けていると言うのは偏見というべきだ。保険料はすべて世のため人のため、人助けで使っているようなものだ。薬なども市販だしアスピリン以外は殆ど飲んだことがない。まして健康飲料などと言うものに無駄金を使ったことはないし、ミネラルウォーターなど水事情の悪い海外旅行の際以外、国内では1度も買ってまで飲んだことはない。それでも弱く生まれてきた割に、未だに肩凝りや足腰の凝りさえ経験したこともない。

話がとんでもない横道に入ったが、足腰の弱った老人が安全に、気軽に外出するために利用するには電動カートは危険すぎる乗り物だ。誰もいない広場で乗るのは自分の運転ミスさえなければ安全だが、健康な人間が普通に歩道を歩いていても危険な無謀運転をする自転車がすり抜けて走る御時世だ。電動カートは道路交通法上は歩行者であり、免許はいらない。スピードこそ最高でも人がやや急ぎ足になる時速6キロ程度だが、それが却って規則を無視する自転車の邪魔になる。事故が起りやすい。いや、すでに事故は起っている。自動ドアのガラスを割ったり、塀にぶつけたり、踏み切り(阪神電鉄の車輌侵入禁止の狭い踏み切り)で立ち往生して電車にはねられて大怪我をしてた人もでている。「歩行者」に分類されていて「車輌禁止の狭い踏み切り」に入っての事故とは変な言い掛かりだが、

人が集中する駅に近くなれば人込みが増す。違法駐輪で動きは取れない。のろのろと走る電動カートは流れの邪魔になる。スーパーやコンビニに行くのに利用すれば自転車と電動カートの駐車場争いが待っている。現実に事故も起っている。一方、電動というからには充電をしなければ役に立たない。1回の充電に掛かる時間は3〜12時間、平均の7〜8時間で電気代は約30円程度。満充電して走行距離は30〜35キロ、軽い散歩には十分すぎる距離を走ることができるが、バッテリーの寿命が2〜3年。結構ランニングコストがかかる(レンタルもあるようだが)。外出の途中でバッテリーが上がって路上で動けなくなると危険きわまりない。

「車椅子の進路を妨げないよう、譲り合いの精神で」と売る側のメーカーは呼び掛けるが、そのようなマナーが足りていないのが現実の日本だ。モラルで事故が防ぐことはできない実態の中で、電動カートは決して高齢者の安全を保証できる乗り物ではない。いまのところ目につくことが少ないが、高齢者社会だ、普及して数が増えでもしたらのろのろ動く電動カートに乗る高齢者も、歩く人も、自転車に乗る人も、危険が一杯の社会になるような気がする。

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2007年11月21日 (水)

大学進学資格

言葉は悪いがバカでもチョンでも大学に入れる時代になった。
とは言え箸にも棒にも引っ掛からないような学生では大学の名が廃る。特に一流が看板の大学は、国際的にも恥ずかしくない学問の府でありたいと願っているだろう。

貧しい時代の戦後の日本には「苦学生」と呼ばれる学生が多くいた。親の仕送りは多くを期待できず、自らアルバイトをしながら学資を稼ぎ、留年を繰り返すようにして卒業していった。現在留年があるとすれば、どうせ卒業しても就職にありつけるかどうかわからない、それならばのんびりと学園生活でも楽しんでいる方が・・・、となるだろう。

これでは困る、とばかりに政府の教育再生会議(野依良治座長)は20日、首相官邸で合同分科会を開き、大学進学志願者が定員以下となる「大学全入時代」の到来を睨み、大学進学者に一定の学力を担保(たんぽ、国会でもしきりに飛び交うが、どうも流行語になっているようだ)するため、「高卒学力テスト」(仮称)の導入に向けた検討を開始した。すべての科目に合格することを大学進学資格の受験とする方向で調整する。ただ、現段階では委員の間に消極的な意見が強く、12月の第3次報告に盛り込めるかどうかは微妙なところだという。

再生会議は、面接や小論文で選考するアドミッション・オフィス(AO)入試と推薦入試による入学者が今年度4割を超えたことや、昨年発覚した必修科目の未履修問題などを踏まえ、大学での履修能力が備わっていない学生が増えれば、大学への信頼が揺らぎかねないと判断した。6月の第2次報告で「大学入試の抜本的改革」として提言した。

分科会の構想によると、高卒学力テストは、国公私立を問わず大学進学志願者全員が受験し、学習指導要領上の必修教科・科目(保健体育、芸術、家庭、情報を除く)すべてに合格しなければ大学進学資格を認めない。高等学校卒業程度認定試験(旧大検)を吸収・一本化することも検討する。

しかし、この日の分科会では、町村信孝官房長官が「導入した場合、大学への『飛び入学』を認めることになるのか」と指摘したほか、「大学入試センター試験もあり、受験生に非常に負担になる」などの慎重意見が相次いだ。特定分野に秀でた生徒が進学できなくなることへの懸念も根強くある。

《「特定分野に秀でた生徒が進学できなくなる」との懸念は何だろう。屁理屈で言うのではない、それほど秀でているのなら、大学へ行く必要などさらさらない。現実、世の中には、大学へは行っていないが素晴らしい活躍をしている人たちが、どの分野にも溢れるほど満ちている。それにその特定な才能以外には能のないように「特定分野」とカッコで括られていない人たちが、どれほど学問で優れているのかは大いに疑問とするところだ。大学生と呼ばれていても、中・高生、いや、小学生レベルのものがいくらもいる。多くなり過ぎた学校は淘汰するのが一番だ。広くなり過ぎた関門を狭くすることで、ほんとうに何かを勉強したい人間だけが大学に進めばよいことだ。》

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2007年11月20日 (火)

児童手当2万1000円欲しい

そりゃ欲しいでしょ、呉れるものなら幾らでも。

調査は今年3月、首都圏1都3県に住む20、30代の男女753人を対象に行なったもの。

明治安田生命保険が9日に発表した「子育てに関するアンケート調査」の結果によると、安心して子育てするのに必要と考える児童手当の月額は平均2万1000円で、実際の支給額(月1万〜5000円)を大きく上回ることが分かった。出産時にもらえる出産育児一時金も必要額は46万円で実際の支給額(35万円)との差が大きい。同生命の試算によると、希望どおりの給付水準を実現するのに必要な財源は年間およそ2兆円になるという。

《たった753人のアンケートでは何とも言えないが、彼、彼女らの生活水準は不明なら、所得水準も不明だ。現在しきりに言われる格差社会の歪みもどれだけ受けているのかも不明だ。家庭や子どもを持っているのか独身なのかもわからない。働いているのか、親の脛を齧っているニートなのかもだ。不満を言えば幾らもあるだろうが、子育てに安心できる金額の尺度なんてある訳はない。あればあるだけ消費することになるだけだ。平成18年10月からは出産育児一時金30万円が35万円(双子なら70万円、三つ子なら105万円)になった。これとて、仮に46万円が支給されても慣れてしまえばまたぞろ不満の声に変わる。人間の欲望には限界なんてものはないんだ。少子化が問題になり、出生率が現状のままで推移すると、遠からず日本は国家としての存在さえ危ぶまれる状況から、子どもを安心して育てられる環境づくりにはそれなりに手厚い施策が打たれている。》

アンケートに参加した男女は、児童手当や育児休暇給付などの育児支援制度があることをまったく知らないか、ほとんど知らない人が男性で67・1%、女性でも59・4%に上った。制度があることで、子育ての経済的負担が和らぐかを聞いたところ、男性で75・1%、女性で80・4%が「和らぐ」「やや和らぐ」と回答した。

《無知もここまで来れば呆れる。60〜70%近い無関心層に、お金が受け取れることを話せば「和らぐ」と答えるのは当たり前のこと、尋ねる方も間が抜けているとしか言い様がない。》

日本では児童育児手当ては小学校卒業まで支給され、総支給額は1人96万〜156万円になる。ただ、明治安田生命によると、欧州ではドイツは最大27歳まで、スウェーデンでは同20歳まで支給され、月額でも2万円台と日本より手厚い。

《と、ここでメディアはそっくり生命保険会社の口移しの表現を書き留める。しかし、スウェーデンなどが社会保障の充実している裏には、日本とは比較にならない高い税金を取られていることを説明しておかなければ片手落ちになる。所得に対して取られる税金を比較してみるのに「租税負担率」や、年金、健康保険料などの社会保障負担率も加えた「国民負担率」があるが、租税負担率では日本は約20%、イギリスやフランスが約30%、スウェーデンを含む北欧の国々はおよそ50%になるのだ。国民負担率になると、日本は30%強、フランスやドイツは50〜60%、北欧になると70%にもなる。日本のサラリーマン達が、給料の半分、或いはそれ以上を税金で取られるとしたら、それこそ暴動すら起しかねない。まして年金問題と絡んで日本は現在、消費税率アップが取り沙汰されているが、これとて日本の消費税率は台湾、シンガポールと並んで世界で最も低い税率の5%に止どまっている。社会保障の充実している北欧の国々は、スウェーデン、デンマークの25%を最高に、ヨーロッパの国々は17〜22%の高率の消費税を取られているのだ。そのような中で、スウェーデンの児童育児手当てが20歳まで、月額2万円というのは日本と比べて決して手厚くて恵まれているとは言えるものではない。》

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2007年11月19日 (月)

東京大学

今日の夕刊に面白いニュースが載った。「東大力」をアップするために、保護者の年収が400万円を下回っているなら授業料を全額免除し、優秀な職員を卒業生から積極的に採用する方針のようだ。

何かにつけて格差社会が叫ばれ、教育においてさえその歪みを云々することが多いが、少子化が進み、どこの大学も学生の獲得には頭を悩ましているところだ。東大の試みは底辺層の頭脳を掬いあげるという意味では苦肉の策だろうが時宜を得ている。

東京大(小宮山宏学長)は「東大力アップ」のため、あの手この手を画策している。04年の学校法人化と少子化のあおりで国内の学生争奪が激化している上、世界トップクラスの大学との競争に生き残るためには優秀な職員や学生の確保が不可欠という東大側の戦略が背景にあるようだ。

来年度から、保護者の年収が400万円以下の学部学生の授業料を全額免除する。収入による明確な免除基準を設けたのは国立大では初めてで、08年度はこれまでより約1割多い360人前後の学生が全額免除の対象になるとみられる。

東大はこれまで、国の基準を踏襲し、授業料収入の5・8%内に免除額が収まるように授業料免除対象者を決めていた。学生は年収が幾らなら免除対象になるのか判断できなかったため、「明確な基準を示し入学前の不安を取り除きたい」と新制度を創設した。

学部生の年間授業料は53万5800円。06年度に全額免除された学部生は325人で、全体の約2・5%。新基準では対象者が1割増えると予想されている。学校側は数千万円の負担増が見込まれるが、経費節減などの自助努力でまかなうという。

東大が行なった学生生活実態調査によると、年収450万円の世帯の学生は約14%。また、年収200万〜400万円の世帯では、教育費が家計を圧迫しているという民間の調査もあり、400万円を基準に据えた。東大奨学厚生グループは「収入が少ないので東大受験を諦める、という人を減らしたかたかった。今後は他の国立大にも波及するかも知れない」と話す。

また、東大は04年の法人化後、職員の採用試験で東大生の積極採用を進めていいる。法人化以前は過去30年間で3人だけだったが、この4年間は05年1人、06年4人、07年16人、08年6人(予定)で計27人になる。08年の採用は28人で、内定段階ではうち14人が東大生だったが8人が辞退した。それでも6人が就職する見込みだという。

国立大学協会(東京都千代田区)によると、法人化前の国立大職員は国家公務員試験Ⅱ、Ⅲ種の合格者が採用されていたため、キャリア官僚を目指しⅠ種を受験することが多い東大出身者は殆どいなかったのだという。ところが東大は、法人化後の05年から、国立大の統一試験の他、独自試験を唯一実施している。第1次選考の書類審査では、「通訳」か「ビジネス会話」レベルの英語力、コンピューター関連の資格のほか、「東大卒見込みの者」が合格条件の一つとなっている。

今年採用された中の1人(男・26)は「教員や学生の人的資源や研究成果をお金に換算すると、東大は価値の総額は国内でも有数の企業だと考えた。利益の追求ではなく、未来の社会に貢献できる点も大きい」と就職理由を話した。

《世の中には、官僚制度のエスカレーターに乗って、税金を食いつぶす録でもない人間を製造する学校との認識で東大を見ているものもいる。「初心忘るべからず」の言葉は知っているようだが、初心の中身は何を思っているのだろう。

 毎年発表される世界の大学のランキングで、
東大は2004年の14位があるが、おしなべて20位辺りで上下している。国内では最高学府として君臨するが、アカデミックでエスカレーターに乗るだけの融通の効かない人間を作るだけだ。それを裏付けるようなアンケートの結果もある。

朝日新聞の「大学ランキング」2006によると、
高校教師の権威に弱いレベルでは、進学指導ではどうしても1位の東大、2位の京大となるが、のびのび学んでいる大学では東大は6位、総合では1位が東北大学、2位に京大で、東大は5位となっている。また、学長からの評価ではやっぱりというべきか、1位東大、2位京大は月並みのことだが、キャリアの支援となると、東大も京大も10位内にはいない。

学科試験の点数だけは抜群でも、潰しの効かない人間は次の設問に対するアンケートによく現れている。
企業に入ってから、どれだけ、どの大学で学んできた人間が役立つか。企業の期待度だが、
  1位 早稲田大 (文系)
  2位 早稲田大 (理系)
  3位 慶応義塾大(文系)
  4位 京都大  (理系)
  5位 東京工業大
  6位 慶応義塾大(理系)
  7位 一橋大  
  8位 大阪大  (理系)
  9位 同志社大 (文系)
 10位 京都大  (文系)

東大出は期待されていない。小宮山学長が目論む世界トップクラスの大学もいいが、勉強だけができる頭でっかちを拵えても企業では使えない。社会の役に立つ人間を作るほうが先決だと思うのだが。世界のトップ10入りする大学は、先ずは英語力があること、英語で論文が書けることで左右され、ノーベル賞とフィールズ賞(数学のノーベル賞)を受賞した卒業生の数、それらを受賞した教授の数、生命科学、医学、物理学、工学、社会科学で頻繁に引用される優秀研究者の数、ネイチャーとサイエンスに掲載された論文の数、SCI論文、上記の評価基準をそれぞれの教授陣の数で割った点数の合計、など6つの基準でそれぞれ高得点を得た大学だ。それぞれのウエイトではノーベル賞関連部門が総評価のほぼ30%を占める。

授業料全額免除もいいが、後に税金の無駄使いに長けた高級官僚を増やすことになるのだけは避けて欲しいものだ。》

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2007年11月18日 (日)

保護者の指導を強化

東京都港区内の路上で15日夜、覚醒剤取締法違反の現行犯で、高橋裕也容疑者(女優三田佳子次男27歳)が警視庁三田署に逮捕されていたことが分かった。同法で逮捕されるのは少年時代をふくめ3度目(98、00年につづいて)だ。

100人を超える報道陣の前に現れた母親の三田は、「突然のことで心の準備ができていません」、と用意した夫の元NHKプロデューサー高橋康夫と連名のコメントを報道陣に配った上、読み上げた。時には涙を流して見せる三田の姿をテレビが早速放映した。

突然のことといいながら、夫とコメントを共同作文して印刷物にし、報道陣に配る用意周到さだ。次男の行動については先刻承知のことであったのだろう。それもそのはずで、9年前の最初の逮捕時から繰り返し、都度釈明には場数を踏んでいるのだ。殊勝らしく報道陣の前で悲しむ母親の役を演じてみせた。表情や涙ぐらいお手のものだ。肩書きも演技派の大女優なんだから。

容疑者は、過保護というよりも放任されて育ち、留守がちの家庭で友人たちとの交わりの中からぐれることを覚えて行ったようだ。三田たち夫婦は金銭を与えれば親の責任を果たしているような錯覚から、最初の逮捕時、高校生ながら月の小遣いは30万円とも50万円(三田は否定しているが)とも囁かれていた。親の監督の目のないままに、友人たちと自宅地下の母親の稽古場に集まり、覚醒剤の世界に足を踏み入れることになった。

98年当時の会見で三田は「私が女優ということで、未成年の息子の事件が報道されてかわいそう」「息子は少年法で守られるべきだ」などとうそぶいていたが、さすが今回はすぐにも28歳になる息子だ。保護者としての責任に触れないでは済まされないとでも思ってか、「すべては私たち夫婦の養育、教育の失敗に起因するものだと思っており、親としてダメで、力足らずでした」としおらしい。「このようにしてしまった責任のある私たち夫婦がこの子を放置するようなこともできず、これが最後になるように努力していきます。やったことを自覚し、罪の償いをしてきてもらいたい」と、語った。

高橋容疑者は前回、00年の逮捕では01年4月に懲役2年執行猶予5年の判決を受けていた。その後、唐十郎が主催する劇団「唐組」で研修生となったが、03年には退団している。05年には「YUYA」の名で歌手デビューしていたというが、要するに無責任な親に育てられた馬鹿息子の成れの果てだ。

さて、前置きはこれぐらいにして本論に移る。
毎日新聞(11/13)から
法務省は、全国53の少年院に対し、院内の矯正教育に保護者を積極的に関与させるよう指示した。少年院送致の対象年齢を「14歳以上」から「おおむね12歳以上」に引き下げる改正少年法が今月から施行され、より保護者の役割が高まっていることに伴う措置だ。新たに保護者面談を定期的に実施し、犯罪被害者を招いた講習などを受けてもらうほか、少年院が企画する教育プロブラムへの参加を働きかける。

これまで、保護者への指導は、施設ごとにばらつきがあった。これを一律に強化し、出院後の少年の生活環境を改善する。改正少年法が5月に成立した際、関連する少年院法に「保護者の監護責任を自覚させる」との規定が盛り込まれたことを受け、具体的な取り組みが検討されてきた。

《本来、法改正がなくても、親の自覚があれば仕事を休んでも子どもの矯正は進んで行うことだ。家を空けて働くことに夢中になり,子どもは託児所や保育所に任せっきりになっているのが現在の日本の現実だ。そうでなければ、三田親子のように金銭を与えて愛情と勘違いし、放任の結果が先に見た哀れな結果を生むのだ。家族の団欒が日本の家庭から消えて久しい。》

法務省矯正局による各少年院に対する指示(通達)は
 1) 直接的指導・助言
 2) 教育活動への参加促進など
1)は少年の「入院時」「中間期」「出院時」の各段階で保護者面談を実施し、出院後の生活や就職先などについて語り合う。施設側は処遇計画や成績など少年に関する情報を積極的に開示する。
2)は運動会や意見発表会などへの参加を働きかける他、泊まり込んで少年と語り合う機会などを提供する。

このほか、保護者自身の監護能力を向上させるため、子どもの心理や対処法を指導・助言する場を設けたり、犯罪被害者や薬物問題の専門家ら外部の講師を招いた講習なども行う。保護者会の開催も定期的に実施する。

同局の担当者は「少年が真に立ち直るには保護者の自覚が果たす役割は大きい。施設側と関わりたがらない保護者もいるだろうが、粘り強く働きかけて行く」と話している。

《家族崩壊の甚だしい日本の現状から勘案しても、親に親の自覚を持たせるのは難しいことだが、どんなに困難でも、しなければならないことにやっと国も気がついたようだ。

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2007年11月17日 (土)

尾瀬の携帯の是非

一週間ほど前になる、TBSテレビ『噂の東京マガジン』の中で「静かな尾瀬と中高年のモラル」で携帯電話の是非を取り上げていた。

14日の私のブログ「携帯のマナー」中で論じようと思ったが、項を改めて伸ばした。各社メーカーは血眼になって激しい契約者獲得競争を展開している。その内容は、あってもなくてもどうでもよいような機能を詰め込み、あれも出来ます、これも可能ですの一つでも多い多機能を売る。その余計な機能の一つに最低の品質のカメラがある。若者にはプリクラという玩具レベルの薄汚れた写真で目を慣らさせておいた後の携帯写真だ。銀塩写真を見慣れた目には、高解像度のディジタル写真すら見劣りするのに、携帯の画像は只でも欲しくないレベルだ。メモ代わりにはなるのだろうが、それ故に、昔なら店から摘み出されたような展示商品のスナップ、値札のスナップ、傍若無人にひと様に腕突き出してのスナップなど、無分別な使用が目立つようになった。

16日には公取からNTTドコモとKDDIが、景品表示法違反の恐れがあったとして、警告を出した。昨年12月にソフトバンクモバイルが警告、ドコモとKDDIも注意を受けたばかりであった。警告を受けたのは基本料を半額にする料金プランのチラシ。2年契約が基本料半額の条件で、2年以内に解約すると解約金9975円が必要となるが、チラシの印刷で「誰でもいきなり半額」「みんないきなり半額に」の文字が大きいのに比べ、解約金額の文字の大きさは、わずか1ミリ程度であった。(30分の1〜40分の1程度)

消費者不在のような販売競争が過熱したのは昨年10月に導入された「番号継続性」の影響が大きいと思われる。番号を変えずに携帯会社を変えられる制度だが、それまで劣勢にあったソフトバンクは今年1月、同社の携帯同士なら夜間の一部を除き通話料が無料となるプランを導入し、契約数を急増させた。それに対抗してドコモとKDDIは、今回警告を受けた基本料半額プランを打ち出した。

競争激化で、安価な割引プランは出て来たが、契約機関を2年しばるなど消費者には分りにくい条件も増えている。今回の契約内容については、毎日新聞が先に詳しい記事を書いて解説していたから、携帯を所持しない私でもチラシをみなくても知っていた。

【閑話休題】
さて、尾瀬の話に移ろう。
現在毎年34〜35万人が訪れる尾瀬国立公園で、ハイカーたちから不満があり、モラルを守れば緊急時のためにも携帯が使えるようにしてほしいとの要望があるという。「携帯と緊急」「モラル」とは小中学生の携帯の是非でも唱えられる決まり文句だが、尾瀬はのどかな歌にもある水芭蕉の咲く湿原のように思われるが、標高は尾瀬ケ原で1400m、尾瀬沼は1660mもあり、日光の戦場ヶ原の1400mや上高地の河童橋の1560mと同じ高地であって箱根峠の849mなどとは比較にならない登山に近いコースなのだ。

携帯片手に平地をぞろぞろと散策するハイキングとは全く異なることを知って入山するべきところと思わなければならない。確かに観光バスが居眠りしていても入口までは連れていってくれる。サンダルやパンプス、安易な服装で十分にも思える。観光会社も水芭蕉や湿原の花々で誘き寄せることをしている。

現在のように猫も杓子も行列をつくるブームとなる以前の尾瀬には、サンダルやパンプスなど見たくてもいなかった。勿論、携帯などというものはこの世に存在していなかったが、それに代わる交信手段を準備した。現在でも尾瀬に入る人の中には必ず持参する人がいる。トランシーバーという携帯型の無線機だ。バスのターミナル近辺では携帯も使用できるが、湿原はそこから下った窪地状になっていて携帯の電波が届かないからだ。

そのような自然に入って町中と同じように携帯で話す人間など見たくはない。モラルを言うが、今の日本に携帯に関する限り売る側も使用する側も、モラルなど存在しない。「携帯のマナー」でも取り上げたが、1年前にブログで書いた時よりも、1段とマナーもモラルもますます低下している。モラルを期待することは使用の実態を知らないふざけた主張だ。

5年前に環境省がNTTドコモの基地局設置を一旦は許可したが、県が片品村と同社に計画見直しを求め、計画が核心部のエリアだけに縮小されて、4箇所の設置予定(尾瀬全体をカバーする)が、バスターミナル側の2カ所になった経緯があった。今また、基地設置の要望が出されているようだが、大沢知事は5年前とは携帯電話を取り巻く社会環境の変化を承知するが、「風の音、川のせせらぎ、鳥の声に耳を傾け、静寂を確保することは普遍的な課題」との認識を示して賛否は出さなかったという。

今年のシーズンは11月3日ごろで終わったが、来年から尾瀬で携帯は、どうせ使用できないのだから、入山前に事務所あたりですべて預かりにでもすればよい。

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2007年11月16日 (金)

オリンピックのスポーツ

国際オリンピック委員会(IOC)が2016年夏期五輪で実施競技に加える2競技の選考作業に着手し、復帰を目指す野球とソフトボールを含む7競技が候補に上がっていることが15日、明らかになった。

その他の候補はゴルフ、7人制ラグビー、空手、スカッシュ、ローラースケートなどが上がっている。追加される2競技は09年秋にコペンハーゲンで開かれるIOC総会の投票で決定する。

野球とソフトボールは12年ロンドン五輪での実施競技を見直した一昨年のIOC総会で、存続に必要な過半数の賛成が得られずに除外された。しかし、新競技として候補になった空手とスカッシュの採用も見送られ、ロンドン五輪では従来より2競技少ない26競技での実施が決まっている。

候補の7競技は、IOC内のプログラム委員会が世界的な人気、普及度などを基準にリストアップしたという。

《カーリングなんてお嬢様のお遊びのような種目があるのだから、ボーリングがあってもおかしくない。フェンシングがあるのだから、柔道が採用されたように剣道があっても、或いはアーチェリーがあるのだから弓道があってもおかしくない。全身を動かす運動をスポーツとするならば、7候補の中ではゲームのようなゴルフ以外はすべて激しい運動が伴うスポーツだ。野球にしろソフトボールにしろ、いつもアメリカやキューバ、それに日本にメダルを持って行かれることが、ヨーロッパ諸国にしてみれば腹に据えかねての除外であったのだろうが、野球こそ国技とさえ言える一番人気のスポーツとして認めるアメリカにしてみれば、除外は心外であっただろう。復帰を望む声は強いはずだ。

ただ、古代オリンピックでも詩歌が競われたこともあった。また、現代でもチェスや囲碁が公式競技入りを狙っていたり、アジアオリンピック種目ではコンピューター・ゲーム(eスポーツ)の競技種目採用を決定してもいることを考えれば、必ずしも肉体の運動だけでなく、ゲームや遊技的なものでもスポーツの仲間入りをする時代になっているのかもしれない。》

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2007年11月15日 (木)

メタボと「肥り過ぎ」

例年あることだが、賀状欠礼のはがきが舞い込んで来た。年々差し出す年賀状の数が減って行く。世間では今日は七五三の日だ。逝く人もいればこれから育つ人もいる。

毎日新聞(11/14)から
片やメタボリック・シンドロームで死ぬぞっ、死ぬぞと脅かして、ウエスト検診までやらされることになった日本人の体格について、もう一方の基準、痩せかデブかで比較した場合、日本人はなんと、先進国でも有数のデブが少ない国、と出た。

でぶ、で効き目がないため、わざわざ横文字でシンドローム(症候群)を蔓延させ、ご大層な病気仕立てにして危機感を煽り、病人を大量生産する。そのくせ医者が足りなくて困っているのはどこの国だ。

経済協力機構(OECD)は13日、先進国中心の加盟20カ国の保健医療の現状を図解・分析した報告書を発表した。日本は加盟国の中で太り過ぎ人口の割合が最低水準となるなど比較的健康な国と見られる一方、診療医師数が相対的に少なく、医療面で課題もあることが分かった。

「図表で見る保健医療2007」と題する報告書は、01年以降4回目の出版となる。それによると、日本の成人の太り過ぎ人口(BMI=体格指数=が30超*)の割合(04年)は3・0%で、最も高い米国の32・2%や体形に気を使う人が多いフランスの9・5%と比べてもかなり低い。OECD平均は14%強。

 * BMI=ボディ・マス・インデックス
   体重(Kg)÷ 身長(m)の2乗                                                                 
 (日本肥満学会によるBMI指数の標準値は 22.0で、統計的に病気に罹りにくい体型とされている。また、体脂肪率とも相関している)

  BMI指数
 17・6以下   痩せ過ぎ 
 19・8以下   痩せ気味
 22・0     標準
 25・0以上   肥満  (血圧・高中性脂肪血圧)
 27・0以上       (糖尿病)
 29・0以上       (高コレステロール症)
 30・0以上   高度肥満(要肥満治療)
《幾つかBMI指数と評価を参考にしたが、指数の刻みも評価もまちまちで、これといった決め手はないようだ。しかし、発症が懸念されるものは大騒ぎするメタボとほとんど同じだ。メタボでウエスト検診まで行なう決定的な違いは、一体何がどう違うのだろうか。》
   
一方、日本の人口1000人当たりの診療医師数(05年)は2・0人で、30カ国中下から4番目少ない。乳癌の5年間生存率も平均以下だ。また、糖尿病患者の失明を防ぐために有効とされる眼底検査の実施率(05年)は37・5%で、8割以上が検査を受けているイギリスなどと比べて極めて低かった。

《網膜剥離の手術のため入院中、隣のベッドに糖尿病で失明が心配される患者がいた。視界に写る自然界のものが皆赤くなって見えるという。眼底血圧が高く、ほとんど手遅れの状態になっていたらしい。自分自身の手術の事で他人を気遣う余裕もなく、深くは事情を聞くことをしなかったが糖尿病の恐ろしさを実感したことであった。》

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2007年11月14日 (水)

携帯のマナー

Dscdai1seimei 
 Ken's trio(ジャズ)を聞きに
 第一生命ホールへ行ってきた
(東京都中央区晴海
  トリトン・スクェア・4F)


 敗戦後GHQがあった皇居前の第一生命ホールから2001年、現在のトリトン内に引っ越した。座席数767のこじんまりしたホールだ。昨夜の聴衆は老若男女が集まってほぼ満席の状態。年輩の女性(わが妻は1人ぽっちで留守番はいやだとて、ついてきただけだが、も含め)があちらこちらに散らばっているのには驚かされた。

トリオということで、ジャズとはいえ、室内楽的な雰囲気に浸るつもりが、共演のその他ビッグ・バンド(国立音大管・打楽器のメンバーが中心)の大音響で鳴らすスピーカーから地を震わすように流される音に、胆を冷やす騒音公害に遭う羽目になった。

その音たるや、いかにも若者が好く無闇に低音の強調されたボコ、ボコした音づくりになって、左右バランスの音像定位が不安定で、センターマイクで紹介するKen(金子健・ダブルベース)の声はくぐもってぼそぼそと歯切れが悪く左(客には右)のスピーカーに偏り、当然会場全体の音の膨らみも偏った。姿は見えるけれど、可哀相に上段左に位置していたギター、ベースギターの音は(エレキギターで増幅していたにも拘わらず)只の1音すら聞き取ることは不可能だった。致命傷はピアノ(田村和大)の音だ。1音1音の粒立ちが悪く、音に音が被さって、全くピアノらしくない音を聞かせた。動いて(演奏して)いるのは見えても時々金属的な響きでビブラホーンは鳴るだけ。いけなかったのは爆弾でも落とされた錯覚を感じたドラムの大音量だ。すべての音楽的センスが台無しになった。コンサートを通して言えるのは、小さな会場に増幅させた音は必要ないことだ。

わざわざマイクの前に出てきてのバリトン、アルト・サックスやトランペットのソロまで聴かせることはない、それほど卓越した技術でもない。このビッグバンド「ニュー.タイド」は今年の学生コンクール(山野ビッグバンド・コンクール)で優勝しているが、これからのバンドだ。楽器の音を聞きたかったのに、耳には割れるようなスピーカーの音だけが聞こえていた。客席前の両サイドの壁近くのスピーカー間の距離と正3角形を成す頂点の位置に、席を取ることができ、左右バランスは絶好の位置と思ったのだが・・・。そのような条件は吹っ飛んだコンサート(?)に終わった。ついて来た妻は、会場入りする前に立ち寄った寿司の味に満足し、騒音の中、腹膨くるるは何んとやら、で半分は眠る豪傑振りを発揮した。コンサートは音楽性を云々するレベルのものではなかった、勿論拍手を贈るなどもってのほかであった。

1部、2部と分かれてのコンサートであったが、2部を聴く勇気はなく、ほうほうの体で逃げ出した。

さて、本題の携帯の話に入ろう。
家を出て凡そ1時間、地下鉄「勝どき」駅について会場入りするまで。ホールを逃げ出してわが家に戻るまでの道のり、これほどまで酷い日本人の携帯のマナーの悪さを目にしたのは初めてだ。数日前、喫煙者のマナーの悪さを指摘した投書があったが、反論しておいた。だが、携帯に関しては、誰も反論の余地はないだろう。

電車内ではシートに並んでの携帯の砲列、右も左も前の席も、一様に睨めっこをしてるのは女子高生や若者だけではない。小父さん、おばさんたちまでが一斉に睨めっこだ。しきりに指先を動かしているもの、手を前に突き出して幼稚園児のような飾り物をぶら下げた女子高生たち。以前異様な車内風景を書いたときよりも、その数、何倍にも増えている。年輩の男が停車駅が近づくとやおら立ち上がり、ドアの近くに来ると、大声で喋り始める。数秒、十数秒待って車外に出て話せばよいものを。続いてその会話を聞いていたやはり中年の男がシートに座ったまま、突然大声で話を始めた。マナーもくそ(おっと失礼)もない。車内では電源を切るように指導しているが、そんなことどこ吹く風だ。

電車の中以上に異様な風景を見た。私の現役時代にはおかげさまでこのような不様な人たちの姿を見ないで済んでいた。2人に1人といえるほどの凄さの携帯使用だ。‘歩きたばこ’が公害というなら‘歩き携帯’という公害があってもいい。勝ちどき駅から第一生命ホールまで行く路上で、1人、ホールからのエスカレーターで降りてきた1人、少なくとも勤め帰りの女性2人とぶつかった。どちらも何の挨拶もない。携帯から目も離さずにすれ違って行く。あまりのその異様な風景に感動(?)すら覚えて言葉も出ない。夕方6時頃のことだから、そのいずれの男女も退社する思慮も分別もあるはずの年齢の人たちだ。携帯片手に下を向いたまま歩き、行動している。兎にも角にも多すぎる数の携帯片手の人とすれ違う。

気分の悪いことが重なった。帰り道、人身事故の影響で、乗り換え1度のところ混雑した電車と、3度の乗り換えが発生した上に、まだ重なった。長く履かなかった靴の底が風化による劣化で踵が剥がれそうになり、途中訪ねた靴修理店で、“4日預かり、6000円”と聞いて、依頼しないでびっこを引きながら恐ごわ歩いて帰る体たらくになった。奇跡のような結果になった。玄関のドアを開けて敷居を跨いだ途端に踵がポロリと剥がれ落ちた。上り框(がまち)に越し掛けてひっくり返して眺めて見た。風化は左右両方にいき亘って進んでおり、全体に亀裂も生じ、全く修理の効く状態にはなかった。よく家まで歩いて帰れたものだ。とても“もったいない”と言える代物ではない。またまた、年金暮しの身に金のかかることが起った。

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2007年11月13日 (火)

キャノンなど企業内保育所開設

Dscf0071_2 11月11日この冬最後になるだろう
 山茶花に混じって
 ヘブンリー・ブルーが開いた
 12日は一日中冷たい雨
 13日は寒さで花びらは開ききれず凍ったようになっていた

Dscf_2 好天に土いじりをしていて
 目を上げた先に
 うまい具合に樹上に
 雲の塊がかかっていた

これまでに繰り返し主張してきた。民間保育所を縮小しても企業内保育所を育てていくべきだと。
毎日新聞(11/10)から
キャノン、三井物産、住友化学の3社は9日、企業内や職場周辺に保育所を設置すると発表した。「仕事と生活の調和」の推進を目指す日本経団連(御手洗富士夫会長)が会員企業に呼びかけており、会長、副会長の出身企業が応えた形だ。

住友化学と三井物産は08年4月開設予定。住友化学は愛媛県新居浜市(定員49人)と大阪市此花区(同49人)の事業所内に、三井物産は東京都千代田区の本社内(同15人)にそれぞれ設置する。

《これからは企業責任として共働きや母子・父子家庭のための保育所併設をどんどん増やしていくべきだ。如何に男女共同参画で父親の子育てを叫んでみても、喉を傷めるだけで効果はない。乳幼児の子育ては父親が育児休暇を一カ月二カ月取ったところで何の役にも立たない。母親の子育ての真の苦労を理解するだけだ。それに母乳が出る限りは母親の胸に抱いて、10カ月お腹の中で聞き続けていた心臓の刻むリズムを聞かせながら、抱きしめて乳房を含ませながら与えるに越したことはない。そのためには母親が働く近い場所に保育所が必要になる。》

《乳幼児の保育所と同じように、現在、学童保育が問題になっている。一昔前には保護者の留守中は子どもは部屋に閉じ込める“鍵っ子”と呼ばれた子どもたちがいた。留守中の失火や事故が連続して起り、保育所や託児所が作られていった。現在、乳幼児と同じように年長組、や小学低学年の放課後の過ごし方が問題視されるようになった。世間が物騒になったことにも理由はあるが、留守家庭の子どもたちをあずける家庭が増加して施設の整備が追いつかず、一部で大規模化する実態が生まれてきた。》

厚労省は「最低基準ではなく、運営に必要な基本的事項」として規模や施設のほか指導員の役割、地域の学校との連携などに亘るガイドラインを発表した。

《古い話になるが、日本という国が貧しかった頃、子どもたちは幼い年齢から働いていた(働かされていた、とも表現されるが)。現在の小学生の年齢(7歳)になると、子だくさんの家の女の子は妹や弟を背中に負い、面倒を見たり、子守り奉公に出て裕福な家庭の赤ちゃんの子守りや、家の掃除、ご飯炊きの手伝いなどをこなし、男の子はでっち奉公に出るのが普通だった。どちらも働いていたのだ。

今、これをやると、虐待として人権保護団体の格好の餌になるが、二宮尊徳が同じようなことをやった場合、「きょうだい仲良く孝行を尽くし」と美談として今も語り継がれる。

何が言いたいかといえば、今の子どもたちは権利だけを主張する我侭な親の羽の下で過保護に慣れ、自らの意志で何か(勉強、遊ぶ、家事を手伝う、弟や妹の面倒を見るなど)をする知恵が育てられていず、保育所に行くことが親にも子にも当然のことのようにパターン化している。ますます親と子のこころは離れるだけだ。

小学生にもなっていれば、勉強以外にも、親が勤めから帰ってくるまでの間には、家庭内の手伝いで出来ることは山とあるだろう。スーパーに行けば手料理の必要がないため、炊事仕事ができなくなっているが、女の子でも男の子でもよい、自分の食べるものや、親の食事を作って待つことぐらいは出来るはずだ。保育所にあずけて烏合の衆の個性のない子を作るよりは、責任の持てる留守番の仕方を教える方がまだよい。》

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2007年11月12日 (月)

フィギュアスケート ほか 

♦中国黒龍江省のハルピンで行なわれていたフィギュアスケートのグランプリシリーズが10日、終わった。

女子体操のところで触れたが、こちらアイススケートはもっと酷い状況だ。、やっとオムツが取れたような米国の14歳、キャロライン・ザンというベビーが滑った。結果はなんと2位だ。コスチュームが女性のものであることで区別ができるような中性的な小柄な体でぎこちなく、どうして2位に入るのか不思議というよりない。滑る姿は哀れなものだ。なぜ、もっと厳しいクラス分けをしないのだろう。体操の項で書いた、曲芸が見たければサーカスや曲技団を見ればよい、というのがフィギュアスケートには当てはまらない。体操ほどの曲芸が含まれていないからだが、だからこそ余計に技術に裏づけされた女性の優雅な動きを求めたくなる。

日本の村主のように、過剰なまでの豊かな表情を持つ滑りと比較すれば、ザンの場違いな子どもの演技の拙さは一目瞭然で違いが分る。一方は大人の演技、一方は・・・、とても女性としての比較をすることなど不可能だ。優雅な美しさなど微塵もなく、可愛らしささえ欠けている。単純にアメリカ代表というだけの評価なのだろう。

♦禁固刑4万年
スペインの話。マドリードで04年3月11日に起き、死者191人を出した列車同時爆破テロ事件で、殺人罪などで起訴された被告計28人に対する判決公判が10月31日、マドリードの全国管区裁判所で開かれた。被告21人を有罪とし、このうち主犯格のモロッコ人のゾウガム被告、同エル・グノウリ被告、スペイン人、スワレツ被告の3人に、それぞれ約4万年の禁固刑を言い渡した。

ただ、スペインの現行法では刑期40年を最長と定めており、3人は各禁固40年に処せられることになる。検察側が中心的存在としたエジプト人、アハメッド被告ら7人は証拠不十分で無罪となり、釈放された。スペインに死刑はない。

《笑い話じゃない、れっきとした裁判所の下した判決だ。4万年間牢獄入りで一生を終えることになるのだが、懲役と違って原則働く義務がない。しかし、この判決、考えてみれば期限がないとする無期と、どちらが長いのだろう。きっと無期は4万年よりも長いのでは。》

♦喫煙注意され暴力
東京都府中市のJR南武線府中本町駅で10月、禁煙場所での喫煙を注意した男性が、喫煙していた男に殴られ、顔面骨折で全治7週間の大怪我をしていたことが分かった。警察官に傷害容疑で現行犯逮捕された男は「注意され、頭に来て殴った」と供述、傷害罪で起訴された。男性は「モラルを守れない人を注意してなぜ暴行されるのか。今後もルール違反には間違っていると言っていきたい」と話している。

注意した男性は、これまでも禁煙場所での喫煙を注意して無視されたり、怒鳴られたりした経験があり、喫煙者のモラル低下に心を痛めてきた。「相手を思いやれない人が増えた。公共の場所を自宅と勘違いしているのでは。今後も毅然とした態度を貫いていきたい」と話したという。

《それほど喫煙者のモラルは低下しているのだろうか。事件が起った場所は駅の舎屋内なのか、ホームなのかはっきりと書かれていないが、ホームに立てば喫煙者のモラルは数年前に比べると格段に上がっていることが理解できる。以前はどこの駅もホームのすぐ下の線路上は、敷かれている石が見えないほど隙間ない吸い殻の捨て場所になっていた。今は、そう、その散らばっている吸い殻の数は数えられる程度のものに減っている。歩きたばこも極端に減った。愛煙家はみな、肩身の狭い思いで遠慮深く吸っているようだ。現在私は好き好んで喫煙を休んで15年以上が経過した。健康のことを思っての事ではない。ただの気紛れで休んでいる。私見だが、特に外気の流れる屋外ではたいして害のない副流煙など気にすることはない。禁煙は法律ではない。地区条例でも決められていないところだってある。条例で決められていなければ、禁煙と書かれていても、それは禁煙に協力されたいとの協力依頼なのだ。禁煙が義務ではない所での注意はトラブルのもとになることも知っておこう。》

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2007年11月11日 (日)

食品偽装告発騒動

近ごろのメディアの報道をみていると、偽装告発も、1966年〜1976年の毛沢東統治下で、文化大革命と呼ばれ、毛沢東を神格化する紅衛兵が特殊な政治的役割を果たしたころのこと。告発は善であるかのごとき風潮に流れ、誰が何をどのようにして悪事を働き、何を喋ったかなどの告発によって多くの人民が捕われるということが起った。疑心暗鬼は友人間にも蔓延し、何時友人から告発されるかもしれないという不安な時代があったころを思い出す。

《明治生まれの私の父は、頑固一徹、絶対に長いものには巻かれない性格であった。嵩じて会社を辞めることになったが母は何一つ苦情は言わなかった。後に会社側が頭を下げに来て復職した。その父の教えがあった。『人のつげ口は絶対に口にするな。悪いことをした人間よりも、告げ口した人間の方がもっと下劣で悪い。』というものだった。憚りなく言える、明治のモラルではあるが、この年になるまで教えは守ってきた。言いたければ正面切ってもの申してきた。そのために、勤めてきた企業内での評判は宜しくなかったが、気にかけたことない。その一方で理解者も大勢いた。現在、偽装告発は「正義」として当然の行為とされているが、私には、こうも次から次に告発が増えると、名前のないインターネット上のいじめや、「密告」、チクリ、はては嫌がらせ、のように思えてくることが避けられない。これだけ多くの偽装があり、騙された人間はいても、実際に食あたり被害にあった人間は1人も出ていない。ひょっとすると、政府の、国民の税金の無駄遣いに対する批判を逸らすために、メディア一体となっての世論操作のようにも勘ぐる。》

毎日新聞(11/8)から
今年6月に発覚したミートホープの食肉偽装以降、食品の偽装が次々と明らかになる中、農水省への食品偽装の告発が増えている。まとめでは、6〜10月では、昨年と比べ、3・2倍で、1938件に上っている。同省の告発受け付け窓口「食品表示110番」に寄せられた告発(情報提供)は、4月以降10月末まででは計2148件で、昨年度1年間の1417件をすでに大幅に上回っている。

中でも赤福や御福餅など、和菓子で消費期限などに関する偽装が明らかになった10月は、1カ月だけで過去最高の697件と前月の倍以上に急増した。因に
  3月  99件
  4月  97件
  5月  113件
  6月  252件
  7月  371件
  8月  285件
  9月  333件 だった。

《最近では、まさしくインターネットの顔のない、愉快で堪らない連中のいじめと同じ現象が現れているとみられる。》

これまで、同省の農政局や自治体の保健所では抜き打ちで検査をしてきているが、判明する不正は産地や食品の偽装など、書類で確認できるものに限られがちだった。しかし、匿名での内部告発と思われるものの中には、赤福などで問題となった製造工程での偽装など証拠が残りづらく、内部の人しか知り得ない巧妙な偽装に関する情報も多いという。

《一体この騒動、人々は自分の味覚を何に頼っているのだろう。牛が豚であっても表示を信じ、何事もなく美味で食べてきたものを、或いは消費期限、賞味期限が細工されていても、味の違いも分らずに満足して腹に入れていたものを、“して、やられた!”“これからは、気をつけろやい!”で済ます度量は持ち合わせないのだろうか。スーパーやコンビニで見かける商品を手に取ってひっくり返し、眺めすかしつ確認して買いながら、自宅の冷蔵庫の中には期限切れが山になっているのが一般家庭だろう。》

《‘もったいない’が膾炙(かいしゃ)する世の中になった。我が家では、危なっかしいと思えば熱を通し、煮沸して料理する知恵を持つ。或いは心配な時には必ず梅干しを食べておく。戦中・戦後の食糧難を生き長らえてきた世代には、どんなものでも食べ物は直ぐには棄てることはできない。》

《悪質な偽装には厳しい取締りが必要だが、インターネットの匿名性と底辺が同じ類いの、人の尻馬に乗る告発には組みしたくない。》

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2007年11月10日 (土)

夜間運転の基本はハイビーム?

地域によっては危険な情報だ!
毎日新聞(11/10)から
茨城県警が昨年5月に始めた、夜間に車のヘッドライトを原則上向き(ハイビーム)にする指導が、全国に広がり始めているという。同紙が47都道府県警に聞いたところ、13県警が本部が中心となって取り組んでおり、ほかに2県警も「将来的に指導する」と回答した。一方で「対向車の多い都市部では逆に危険」という声もあり、対応が分かれている。

《私が教習所(都内)で習ったのは、対向車のドライバーの目に入ると眩しくて前方が見えにくくなるから、車の流れの少ない郊外では使用するのも良いが、対向車を認めた際は素早くロービームに切り替えること。と教えられた。私の場合は、車の前を数台の仲間同士の自転車が広がって徐行して危険な時に、後ろに車が近づくことを知らせるサインとして、ハイビームを使うことが度々ある程度で、20年近い間、殆どハイビームを使用したことがない。》

同紙は10月下旬〜11月初めに各都道府県警本部に電話で問合せをした。本部レベルでの指導は青森、秋田、富山、福井などであった。また、千葉、兵庫が将来的に取り組むとし「問合せがあれば上向きを指導」(埼玉県警)というケースもあった。

7月に指導を始めた青森県警は6月に検証実験を実施した。ハイビームは約100メートル先まで照射できたが、ロービームは約40メートル先までで、運転手が黒っぽい服の人を認識できたのは約26メートル手前だった。時速60キロで走行時は急ブレーキを踏んでも間に合わなかった。

茨城県警は06年4月に夜間事故の傾向を分析、ハイビームの事故防止効果に着目した。県警本部が中心となって、テレビ、ラジオや道路の電光掲示板で「上向きが基本」と呼び掛ける取り組みを始めた。「比較できるだけのデータはまだないが、夜間の対人事故が減った手ごたえがある」としている。

一方で、「歩いていて眩しくて転倒したら責任を取るのか」(山口県警)など、取り組みを始めた各県警には苦情も寄せられているという。道交法は、対向車とすれ違ったり前に車がいる場合は「ライトを消すか減光するかロービームに切り替えなければならない」としており、都市部では頻繁に切り替えねばならず、「却って危険」(神奈川県警)という声もあった。警察庁広報室は「地域の現状にあわせて安全な方を選んで指導すればいい」としている。

《好きなように勝手にせい?、道路交通法の「灯火」について、現状の6項目の内容を地域別に書き換えることが必要になるのだろうか。それとも運用面で対応しろ、とだけ? 長距離運転中に、地域を通過する度に、規則が変わったのでは混乱を招くことになる。「却って危険」と思うのは至極当然の心配で、車同士のすれ違いでは眩しくなって、目を瞑ったり逸らせでもすれば事故の危険がある。逆に事故発生率が上がるのではないか。特に雨天運転時、油膜が残っていたりすれば、対向車のハイビームは前方確認に困難を極める。眩しいだけではなく、互いに重なる光で、雨でなくても歩行者が見えなくなることも起こりうる。そうでなくても運転マナーの悪くなっている現状から考えても、こまめにハイ・ロウを切り替えることに期待は望めない。茨城県警も、まだ比較できるデータはない、と言うように不確かな実験でしかない。長期的には必ず失敗すると思うのだが。》

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2007年11月 9日 (金)

日本食も見くびられたものだ

毎日新聞(11/8)から
レストランを「星」の数で格付けするフランスの「ミシュランガイド」東京版が22日に発刊される。世界で22カ国目、アジアでは初めてという。あらゆる食が集中する東京で、最高の3つ星を獲得するのはどの店か? 和食やすしの評価は? 107年の歴史と権威を誇るガイド本の判定に、熱い目が注がれているのだそうな。

「東京がいかに素晴らしい食の都か、世界中の人々に知ってもらいたい」とはガイドの6代目総責任者、ジャン=リュック・ナレ氏(フランス人)の言だ。彼は食のレベルの高さをそのように褒め讃え、アジア進出第1弾に東京を選んだことを「自然な選択」と話した。

調査方法は各国共通。覆面調査員が店を訪れ、料理の「味と質」だけで評価を下す。掲載の可能性が高いと、調査員が身分を明かして店内の写真撮影などを行う。格付けは
 3つ星「わざわざ訪れる価値がある卓越した料理
 2つ星「遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理
 1つ星「そのカテゴリーで特に美味しい料理を提供するレストラン
の意味だそうである。3つ星は現在、世界に56店だけ。なお、内装やサービスは別基準で評価されるという。

東京版は、欧州人3人と日本人2人の調査員が、23区内のあらゆるジャンルの料理店1200〜1500軒を訪れた。欧州の調査員は約20年のキャリアを持ち、日本料理の知識も豊富という。日本人も欧州で研修を重ねたものだという。「3年後には全員日本人にしたい」とナレは言う。

《連日報道される国内の食品偽装。賞味期限、消費期限が過ぎたものを食べても味の違いが分からず、ブランド名だけで美味しい、美味しい、で喉元を通過させ、味の違いなどさっぱり分からない現在の日本人の舌に、ミシュランはどのような味覚で採点をするのだろうか。すし1つ取り上げても、今や日本人の味覚は欧州人に近く、本来の魚介類だけが中心に使われたものではなくなり、動物の肉や西洋野菜なども混じるゲテモノとも呼べる食べ物も混じっている。反対に、高級料亭だけがミシュランの狙い目なら、一般日本人の食べ物ではないものが取り上げられることになるだろう。先ずは、炭火焼きの秋刀魚の味が理解されることは間違ってもないだろう。》
    参照 海外の日本食優良店 07/09/11

《面白い試みの番組があった。同じもの、ワイン、シャンパン、牛肉、さしみなど「一級品」対「通常品」を、高級品も嗜んでいると思われる食通で一家言持つタレントたちに、目隠しして違いを当てさせるものだった。中でも食通で通っているようなタレントたちがが、ぞくぞくと数万円、十数万円のワインと安カウンターで飲むようなものとを取り違えて評価したりして、如何に人間の味覚はいい加減なものかを知らしめることに役立った。それでは何が、(例えば発売になったばかりの)ボジョレヌーボに大金をはたくことになるのだろう。それは、味はどうでもいいことで、ただのブランドに憧れるだけのことに過ぎない日本人の好きな付和雷同であり、鵜の真似をするカラスになるだけなのだ。》

パリなどでは「3つ星店は3ヶ月先まで予約で埋まる」とさえ言われる。ビジネス面への影響は大きいだけに、マスコミの取材にも神経を尖らせているようだ。

《戦前のパリは「芸術の都」と呼ばれ、若い画家たちがモンパルナスやモンマルトルに集い、彼らの中にはその後の日本画壇を背負って立った人も出たが、二流でも三流でもパリへ行けば、それだけで有名になった気分で『洋行帰り』に満足した時代もあった。だが、時代は変わっているのが分からないのだろうか。元々入浴嫌いのフランス人、その上、日本人に比べて遥かに多い腋臭体質、その体臭を消すために研究が進められて来たのが香水だ。体臭と香水の混じった臭いに慣れたフランス人に、日本人が大事にする食の微妙な「香り」が理解できるわけがない。それにたった2人の日本人(プラス欧州人3人)が1200〜1500軒を食べ歩いたというが、何年かけてか? 体調は1回1回同じように整えてか?時間も同じか?》

ミシュランの今回の企画を有り難がっている日本人がいる。料理評論家の山本益博は「世界初の和食の3つ星が誕生するだろう」と予測。「日本料理が世界に羽ばたくチャンス。料理人は独創性を重視するミシュランの姿勢から謙虚に学んでほしい」と。また、グルメ雑誌「料理王国」の土田美登世前編集長も「評価される意識を持つことで、サービスなど料理以外の面も向上するのでは」と期待している。

《彼らはよほどフランス人のお墨付きが有難いらしい。》

東京・銀座にあるフランス料理「ベージュ アラン・デュカス 東京」は既にミシュランの訪問を受けた。フランス人オーナーで大物シェフのアラン・デュカスは3つ星2つを含め現在世界8店舗で計12個の星を持つが、「星を取ることが目的じゃない。一番大切なのは,お客さまに満足してもらうこと」と語る。

《余裕綽々の対応ぶりだ。日本人が店に通うのは、美味しいからじゃないのを分かっていないようだ。日本人はブランドを食べに行くのだ。もしも3つ星でも2つ星でも取れば(先入見から取るだろう)またまたブランドになる。ひょっとすると、ラーメン屋のように行列も出来るかもしれないよアランくん。》

かたや、日本料理を適切に評価できるのか危惧する声もある。東京・赤坂にも店がある京都の料亭「菊之井」の主人、村田吉弘は「外国の人が和食に親しむきっかけになる」と理解を示す一方で、「器や書、花などのしつらえ、空気まで含めた日本料理の奥深さを、欧州の基準で判断されるのは違和感を覚える」と語る。

また、欧州で星付き店に足繁く通ったという元大使経験者は「日本の食味は実に幅が広い。本当に美味しい味は高級店ではなく、専門店や屋台にあったりする。あくまでも一つの指標では」と語る。

《高級料亭が「奥深い」と言い、元大使経験者が「実に幅が広い」という表現。聞く側が恐れ多いとでも思うと思ってか何事につけ「奥深い」が出てくることには反感を持つが、「幅が広い」といえば理解できる。確かに元大使の言う通りだ。生魚を食べる文化を持つ日本の料理、血のしたたる肉は食べても、魚は加工してからでないと食べなかった欧州の食文化の違いは決定的だと思う。日本人に比べて遥かに味覚の劣る欧州人のお墨付きなど、有り難がって頂く必要など全くない。》

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2007年11月 8日 (木)

内縁関係夫妻、敗訴

出生届が受理されなかった女児と事実婚*の両親が東京都世田谷区に住民票の作成を求めた訴訟で、東京高裁は5日、原告勝訴の一審判決を取り消し、訴えを退けた。藤村啓裁判長は「出生届を出すと父母や子が重大な不利益を被り、社会通念上、届出を期待できない場合に限って住民票を作成すべきだ」という判断基準を示し、今回のケースについて「両親の個人的信条で届出を怠っているだけで、例外的に作成を認める場合に当らない」と述べた。

 *事実婚 ‥ 特に法律上は内縁とされることが多く、実際に法的意義は内縁と同一である。その実態は婚姻届を出してはいないが、事実上婚姻状態にある関係のこと。

訴えていたのは、介護福祉士、菅原和之(42)夫妻と娘(2)。婚姻届を出していない事実婚の菅原夫妻は、娘を「嫡出でない子**」として届け出ることを拒んだため、区は出生届を不受理とし、戸籍が作成されていない。夫妻は、区に住民票作成を求めたが、出生届不受理を理由に受け入れられなかった。

 ** ‥ 「嫡出でない子」とは法文上の表現で、非嫡出子のこと。婚姻関係にない男女から生まれた子で、俗に私生児、私生子とも呼ばれる。非嫡出子の場合、父親との間に法的関係が生じるためには認知が必要になる。ただし、母親が別の男性と結婚している場合、子どもはその夫妻の嫡出子となるので、嫡出否認もしくは親子関係がないことの訴えが認められるまで認知はできない。

(参考)【嫡出子とは】
♢婚姻中に生まれた子
♢婚姻中に妊娠し、父親が死亡後生まれた子
♢婚姻中に妊娠し、離婚後生まれた子
♢未婚時に出生し、父親の認知後に父と母が離婚した場合の子
♢未婚時に出生した後、父と母が婚姻して後に父親が認知した子
♢養子縁組をした子
 上の嫡出子に当てはまらない子が非嫡出子

高裁判決は、住民基本台帳法が「出生届受理により住民票を作成する」と定めていることを根拠に、無戸籍の子に裁量で住民票を作成するのは極めて例外的な場合に限られると指摘した。その上で、民法は法律婚主義を採用しており、嫡出子と非嫡出子を分けるのは合理的理由のない差別とはいえないとして、訴えのケースは住民票を作成すべき場合にはあたらないと結論づけた。

《判決は、非嫡出子の届け出を拒んだ事実婚夫妻の主張を認めず「仮に子に不利益があっても父母の信条によるもの。無戸籍状態が健全な成長に資するか疑問」とまで述べている。いかなる信念、信条で届出を拒むのか不明だが、その信条を貫く自由には親としての責任がついてくる。その結果が住民票を作成しないこと、と民法で決められていることなのだ。それが納得できないとは、平明に言えば信条も信念も我侭勝手ということだ。随分騒がしかった「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」の772条問題で出生届のない子(女児)に自治体独自の判断で住民票を作成した東京都足立区の例はある。》

一審の東京地裁は5月、「幼稚園入園の申請など日常生活の不利益は見すごせず、将来的に重大な問題が起る」と区の対応を違法と認め、住民票作成を命じる初判断を示した。しかし、高裁は「選挙権の不利益は現実化しておらず、その他の行政サービスは手続きが煩雑としても住民登録者と同様の扱いがされている場合が多い」と述べ、一審とは逆に区の対応を適法とした。《ただし、日本国民という証明がない以上、パスポートの発券は不可能だ。》

判決を受けた菅原夫妻は「残念極まりない。嫡出、非嫡出の区別は国連から非難されており、個人的信条の一言で片づけられるものではない」と話し、上告する意向を明らかにした、という。

《東京足立区や東京三鷹市などでは住民票の作成を行なったが、当時メディアが一斉に取り上げた「離婚後300日」問題が後楯になっていたことと不可分の問題であった結果だ。いわゆる皆で渡れば恐くないの付和雷同の勢いがあったからだ。国連が何を非難しようと日本国の民法上の問題なのだ。その前に、婚姻中の間柄でない状況で子をなすことには、それなりの覚悟と責任は覚悟しておく必要があるのだ。日本は厳然とした法治国家であることを忘れてはならない。嫡出子でなく、非嫡出子でもない子を生むことになったのは誰の責任か考えることだ。確かに国連が自由恋愛の先進国の実態を知った上で、嫡出子も私生児も差はない、ということも頷ける。それほど婚外子が多いのだが、日本はまだそこまで国情としては乱れてはいない。》

<非嫡出子(私生児)の割合が高い国>
 アイスランド 63・6%
 スウェーデン 56%
 ノルウェー  50%
 デンマーク  44%
 イギリス   43%
 アメリカ   33%
 オランダ   31%
 イタリア   10%
数字は2003年度のものだが2006年度現在でも上昇傾向にあるという。中でも、婚外子が過半数を占めるスウェーデンでは「親のさまざまな生き方を認める」観点から、婚外子の法的・社会的差別が完全に撤廃されているということだ。因に、日本の非嫡出子の割合は1・93%と低い。婚姻外の性交渉が欧米各国よりも少ないのも事実だが、妊娠中絶が、大国と呼ばれるほど多い(年間届出のある件数が約30万件、実態は100万件とも言われている)ことも原因しているようだ。

婚姻外ではないが、参考にはなるだろう。
2005年調べ(コンドームメーカーデュレックス社)
各国カップルのセックス回数(年間)比較
 ギリシャ    138回
 フランス    120回
 イギリス    118回
 オランダ    115回
 アメリカ    113回
 カナダ     108回
 イタリア    106回 
 ドイツ     104回
 スイス     104回
 フィンランド  102回
 デンマーク   98回
 中国      96回
 スウェーデン  92回
 インド     75回
 日本      45回(41位)
(世界41カ国、35万人以上の集計結果をまとめたもの)
この数字を見ていると、戦争がなくても、日本民族は遠からず地球上から消滅するのも近いと思わせられる。嫡出子、非嫡出子などと、言っておられる状況じゃないようだ。

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2007年11月 7日 (水)

犯罪白書

毎日新聞(11/6)から
法務省は6日、07年版「犯罪白書」を公表、過去約60年間の犯罪を分析したうえで、犯罪者の約3割が再犯者で、全体の6割近くの事件を再犯者が起こしていることを指摘した。白書は「初版の段階で犯罪の原因を徹底的に解明し、個別具体的な処遇を行なっていく必要がある」と提言している。

法務省は、1948年〜昨年9月に有罪判決が確定した成人受刑者ら100万人を無作為に抽出して調査した。調査は同省の法務総合研究所が実施した。その結果、約29%が有罪判決を2回以上受けた再犯者だった。また、交通事件を除いた総犯罪件数(168万件)の約58%を再犯者が起こしていた。

最初に窃盗罪で有罪判決を受けた場合は約45%(うち初犯と同じ罪で再犯は29%)
   覚醒剤取り締まり法違反罪では 約42%(同29%)
   傷害や暴行罪では       約33%(同21%)
が再び犯罪に手を染めていた。

再犯者の年代別では、初犯は20〜24歳が約43%を占め
          以下 25〜29歳は約19%
             30〜34歳は約12%だった。
法総研では20歳代前半の事例について「少年時に保護処分歴があうものが多い。少年時に繰り返し指導を受けながら厚生できずにいるので、厳正な対処が必要だとしている。

一方、10回以上犯罪を繰り返す「多数回再犯者」は、50代が約41%で最も多く、60代が約33%、40代が約15%の順で続いた。法総研は「覚醒剤や窃盗は何度も同じ罪を繰り返す傾向が強く、特別な指導が重要」なことに触れている。「特に窃盗は8割が無職で就業支援の必要がある」「高齢者は就業が難しく、生活苦や居場所のなさから罪を重ねる場合が多い」と分析している。

犯罪は初犯者にくらべて少数の再犯者によって引き起こされている実態が浮かび上がった。特に最近では少年を含む若い層の犯罪には、人権擁護の立場から、犯罪を起しても改悛を期待し、厳罰の適用を避ける傾向がある。その結果、全くないとはいわないが、悪いのは社会の仕組み、現時点で言えば格差社会の歪みを言うことで、犯罪者たちの人間性や人格の欠落を隠すことになる。曰く、「金のない人が盗みをする」「社会復帰を援助する仕組みがない」「受け皿が足りない」などなどだ。大部分は本人の人間性の問題であるはずなのに。

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2007年11月 6日 (火)

とんだ失礼をしました

夕刊(毎日(11/6)を見て驚いた。ピアノに向かって座る老ピアニストが写っている。題して「心優しい別世界のピアノ」とある。スコダのピアノ・リサイタルの論評だ。

‘とんだ失礼’とは私の思い違いである。パウル・バドゥラ=スコダ、は疾うに物故したピアニストと思い込んでいた。何故だろうかを考えてみた。バドゥラ=スコダはフルトヴェングラーと重なって知った名前だった。フルトヴェングラーは戦時中ナチスに協力した廉(かど)でニュールンベルク裁判に掛けられたが無罪となり、演奏活動を再開したのが1947年4月。ちょうどその頃、バドゥラ=スコダは1947年のオーストリア音楽賞首位入賞に続いて1948年にはブタペストのベラ・バルトーク賞を獲得した新進気鋭のピアニスト(当時20歳)だった。ザルツブルクの夏期講習会ではフルトヴェングラーともたびたび共演し、当時のモーツアルト演奏の第一人者であった。

そのバドゥラ=スコダ、彼の演奏を録音で知ったのは、もう随分昔の事になる。1977(昭和52)年に出版された国内始めての「フルトヴェングラーの名盤」(芸術現代社:宇野功芳著)にはまだ未発見であった録音盤が、79年に発掘されて市販された。モーツアルトの『2台のピアノのための協奏曲(第10番)変ホ長調、K.365』*と『ピアノ協奏曲第22番変ホ長調、K.482』**のカップリングのLPレコードだった。2曲ともウィーンフィルハーモニーとの共演になるものだ。K365のバドゥラ=スコダとピアノ(第2)を競演したのはダグマール・ベッラなる名前の女性。彼女はこのレコード1枚だけのピアニスト(?)で他にはない。それもそのはずで、彼女はフルトヴェングラーの娘だったのだ。こんなところで何枚もの写真で見る限りは、いかめしい父親像のフルトヴェングラーの親ばか振りが見て取れるとは愉快だが、気鋭のピアニストと競わせた腕は、決して侮れない技術、音楽性で飽きさせないで聴かせてくれる。

* 1949年2月8日。ウィーン・グローサー・ムジークフェラインザール/ウィーン・フィルハーモニー
    オールセンの記録ではベッラは第1ピアノとなっている。フルトヴェングラーはこの時のバドゥーラ=スコダの演奏が気に入ったらしく、3年後に共演することになる
** 1952年1月27日。モーツアルト生誕記念/ウィーン・シェーンブルンナー・シュロス劇場/ウィン・フィルハーモニー

フルトヴェングラーと初めて共演した時の様子を後(1975年)にバドゥラ=スコダは書いている。「私がウィルヘルム・フルトヴェングラーと初めて共演したのは、1949年2月8日、ウィーンのグローサー・ムジークフェラインザールでの演奏会だった。曲目はすべてモーツアルトで、フルトヴェングラーの希望により、彼の娘で立派なピアニストであるダグマール・ベッラと、ウィーン出身のもう1人の若いピアニストである私とが、K.365の2台のピアノのための協奏曲を弾くことになった。(中略)われわれ2人のピアニストは申し分なく統一されたスタイルをまとめ上げることができた。フルトヴェングラーは私の演奏を認めてくれ、そのおかげで続いてウィーン・モーツアルト協会による別の演奏会に出演することになった。しかし、この時は実現せず、3年後の1952年に実現したのがモーツアルトのピアノ協奏曲第22番となった。フルトヴェングラー死の2年前のことだ。演奏活動を再開した偉大な指揮者・フルトヴェングラーに望まれてピアノを弾いた新進気鋭のピアニストは、大指揮者の気に入られて、次の共演を依頼されて有頂天になったその時の嬉しさを回想し、書きとめている。

フルトヴェングラーがこの世を去ったのは1954年11月30日。バドゥラ=スコダはたびたび来日し、演奏もしていたようだが何故か私の耳目に触れることがなかった。レコードはCDの世にになったが彼の録音が、80歳を超えてなおベートーベンに挑み続けたアラウのような、華々しい宣伝もないままに、何時の間にか私の記憶からは消えた人になっていた。それが突然目の前に現れたのだから驚いた。アラウのような人は希有の人だ。戦後ぞろぞろと老体を下げて来日してきた音楽家はいたが、無惨な姿を曝すのがおちであった。

今回のバドゥラ=スコダも褒めるのが難しいような論評(大木正純)だ。20歳でバルトーク賞をとった彼も、鋭角的・打楽器的なイメージとは打って変わった、豊かな緩急と音色に溢れるバルトークと評され、ベートーベンも「飄々としたタッチ」になり、バッハはリズムが甘く流れがぎくしゃく、技術的に非の打ちどころないというわけではない。だが、あくせくした俗世間を尻目に、お気に入りの曲を思いのままの流儀で弾くバドゥラ=スコダの姿は、みるからに幸せそう。いまや我が道を行く自由を許された、数少ない名ピアニストのひとりではないか。とは御老体に同情を禁じ得ない、といった論評になったようだ。

いずれにしても、この世にはもういないと信じていたことに対し、深く失礼を詫びておきたい。

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2007年11月 5日 (月)

小沢代表にはがっかりだ

何かを書こうと思うが、余りの幼稚な小沢の言動に、思考回路がついていかない。

小沢の辞表までのいきさつについてはメディアの報道のとおりなのだろう。代表の立場にあるだけで、党内の全てはトップダウンで片がつくとでも考えていたのだろうか。2度に亙る総理との連立協議の結果を持ち帰り、民主党役員会では幹部から反対の声が上がった。「私が選んだ役員に否定されたことは不信任を受けたに等しい」。で、途端に小沢は「辞ーめた」で放り出した。

党内幹部から連立反対の声が上がるのは当然のことだ。参院選では福田をとるか小沢をとるかで明確に政策の違いを打ち出して戦ったはずだ。その結果、参議院で多数派となる成果を得たのだ。「大連立」とメディアが謳う寄り合いは、小沢の権力へのすり寄りでしかない。長く続いてきた自民党独裁色の従来の政治の批判勢力として、参院で多数派となった民主党の役割は大いに期待されていたのだ。

根本的な政治哲学を見失ったように、権力への加担と映るこの度の小沢の言動は、党内へも連立協議のプロセスも内容も、何一つ根回しすらできていないことを露呈した。これでは従来どおり、民主党への不満、不安を抱かせ、やはり「日本の政権を任せられる党ではない」と考えさせられることとなった。

密室の協議では、連立がなった暁には、政府閣僚人事までも話し合いがなされたのではないか、との憶測さえ抱かせる。小沢は身内から否定された腹いせのように、その後の記者会見では身内である民主党の「力量不足」をあげつらい、果てはメディアにまで八つ当たりを始める始末だ。「中傷報道に厳重に講議する」「私を政治的に抹殺し・・」など、聞くに耐えないうろたえ振りだ。

今国会では一本の法案も成立していない。海上自衛隊が続けていた給油・給水活動もテロ対策特別措置法の期限切れによって、中断、撤収したまま再開のめども立っていない。こうなったら政治的大混乱の起る前に、早期に衆議院を解散し、国民に信を問え。

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2007年11月 3日 (土)

酒と車とがん

どんなに罰を厳しくしても、飲酒運転の戒めを説いても、飲酒による事故の数が多少は減ることはあっても、一向になくなる気配がない。

飲酒運転の厳罰化を盛り込んだ改正道路交通法が9月19日に施行されてから、1カ月以上が過ぎた。

♦10月31日午前8時ごろ、神奈川県茅ヶ崎市東海岸北4の市道で、近くに住む市立第一中2年、和井田健斗君(13)が登校中に、後ろから来た同県寒川町岡田5、建設業、栗城一則(36)が運転するトラックにはねられ、全身を強く打って間もなく死亡した。茅ヶ崎署は栗城容疑者を自動車運転過失傷害と道路交通法違反(酒気帯び運転)容疑で現行犯逮捕した。

調べでは、栗城容疑者からは呼気1リットル中、0・25ミリグラムのアルコールが検出された。和井田君をはねた後、約300メートル走行し、追いかけてきた別のバイクの男性に止められた。

♦兵庫県尼崎市の県道で6月、飲酒運転のワゴン車が歩行者をはね、タクシーに衝突して計3人を死亡させた事故で、危険運転致死罪に問われていた大阪府豊中市の建設作業員、宮田和弘被告(50)の初公判が10月31日、神戸地裁尼崎支部(渡辺壮裁判長)であった。

宮田被告は起訴事実を全面的に認めたが、彼は約2年前からほぼ毎日、ビールを飲みながら運転していたことを明らかにしている。彼はまた、1983年と99年に飲酒運転での検挙歴があり、常習的な飲酒運転者であった。事故前の2年間は「片手に缶ビールを握ったまま」の状態で運転している姿を、助手席の仕事仲間は少なくとも70回程度目撃している。そして、事故の当日は約15時間に亙って飲酒していたことも明らかになった。
《記事では触れられていないが、飲酒運転を知って70回も同乗していた仕事仲間の罪は問われないのだろうか。》

♦宮城県多賀城市で05年5月、飲酒運転のRV(レジャー用多目的車)が仙台育英高生の列に突っ込み、18人が死傷した事故で、死亡した女子生徒2人の遺族が、運転していた佐藤光受刑者(28)〈危険運転致死傷罪で懲役20年〉と同乗者の男性会社員(29)に計約1億4000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が10月31日、仙台地裁であった。近藤幸康裁判官は「同乗者も加害行為を援助、助長した」として両被告に約1億660万円を支払うよう命じた。

争点になった男性会社員の賠償責任について判決は「運転や飲酒を制止することなく6時間以上も飲み続け、自宅に送ってもらうよう頼んだ」と認定し、責任は免れないとした。

《好きな酒を飲むのは勝手だが、その結果、飲酒運転のすえ人の命を奪う。自分が死んでくれるぶんには自業自得で構わないが、事故を起した人間が生き残って他人の命がなくなる。こんな酷い話はない。しかし、何を言っても酒は造られ続け、これでもか、これでもかの宣伝合戦が繰り広げられ、売られ続ける。罰を如何に厳しくしようが、酒が存在する限り、飲酒運転がなくなることは『ゼッタイ』にない。》

♦飲酒の翌日の腐った酒の臭う息が残りやすい人間は、食道癌や咽頭癌に関係するとされるアルコール分解物の「アセトアルデヒド」が唾液中に生じやすいことが、国立病院機構久里浜アルコール症センターの横山顕・臨床研究部長らの調査で分かったという。世界保健機関(WHO)は、アセトアルデヒドを発癌物質と位置付けてから久しい。横山部長は「飲酒前後の歯磨きやうがいなど、口の中をよく洗うことが、癌予防につながるのではないか」と指摘している。

《そんなことできる分けない。「酒の後で、なんでわざわざお茶を野むのか」とは酒飲みの言い種だ。まして酒の香りを楽しむ酒飲みが、お茶どころではない、なんで歯磨きで酒の香りを落とすことなどと考えられるか。》

横山部長らは、前日まで飲酒していたアルコール依存症の男性80人を対象に、血中と唾液中のアセトアルデヒド濃度を測定した。併せてアルコールを分解する酵素(ADH-1B)の働きを調べた。

酵素の働きが正常な55人から検出されたアセトアルデヒド濃度は、最高でも唾液1リットル当り26・3マイクロモル(モルは物質量の単位)で、中央値は1・6モルマイクロモルだった。一方、酵素の働きが弱い25人の濃度は同22・2〜87・6マイクロモル、中央値は47・4マイクロモルで、正常者を大きく上回った。

口の中にはアルコールを分解してアセトアルデヒドを作り出す細菌が生息している。ADH-1Bの働きが弱い人は、口中にもアルコールが長く残り、酒臭さが続く。その間、細菌の働きで口中にアセトアルデヒドが作られ続けるとみられる。要するに、酒臭さが癌のもとだということだ。

西洋人に比べ、日本人は体質的にアルコールに弱いといわれている。横山部長によると、日本人の約7%はADH-1Bの働きが弱いという。アルコールが体内に長く残ることで依存性も強まる傾向があり、アルコール依存症(アル中)患者ではその割合が30%程度になるという。

《WHOも言っているが、アルコールは依存性の極めて高いドラッグであり、アセトアルデヒドという発癌物質を含む飲み物であることを弁えて、嗜むことだ。いずれにしても酒は個人の嗜好品だ、飲んだその結果で癌になろうと、本人以外の誰の責任でもない。また、酔っ払った挙げ句、車を運転したその結果、己が死ぬには遠慮はいらない。頼むから他人の命を奪うようなことだけは絶対にしてもらっては困るんだ。そのうえ、言い訳に「酒が好きだからしょうがない」「酒の力でやってしまった」などとの幼稚な言葉を口にするようなことはしないで欲しい。》

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2007年11月 2日 (金)

原爆被害想定・水爆なら83万人死傷

国民保護法*(04年9月施行)に基づく国民保護計画を作るために、広島市が設けた「核兵器攻撃被害想定専門部会」が10月31日、報告書をまとめた。毎日新聞(10/31)から

 * 国民保護法 ‥ 正式には「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」といい、武力攻撃事態等において、武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護し、国民生活等に及ぼす影響を最小にするために、国・地方公共団体等の責務、避難.救援・武力攻撃災害への対処等の措置が規定されている。04年6月14日に法案が成立した。

《この有事関連法が成立した背景には、2003年3月19日アメリカ軍を主軸とするイギリス、オーストラリアの国々が、イラクへの侵攻で始まったイラク戦争を援護するため、日本は急遽自衛隊の派遣を決めることになったことと関連がある。関連法の中核として成立した国民保護法は、北朝鮮や中国を仮想敵とし、武力攻撃やテロなどの災害から国民を保護することを目的とした法律だ。主に国と地方公共団体の役割を規定していて、武力攻撃や緊急事態に際して住民の避難・救援に必要な場合、一定の範囲で私権を制限すること(私有地の提供、医薬品や食糧の保管、交通規制、報道統制など、従わなかった場合は罰則が科されることがる)を容認し、住民に対する避難指示や救援活動は都道府県中心で行なうこととされている。国がするのは国民保護のための方針を定め、警報を発令し、避難措置を指示することだ。ざっくばらんに言ってしまえば、国民を保護するというよりは、一旦緩急あれば、有無を言わさず、国民を統制するぞ、という性格の法律だ。「9・11」テロから6年 09/21

そして、先の世界大戦で行なわれた報道への規制、統制が目論まれ、従わなければ罰の適用もあり、と威嚇していることは、大本営発表のような一方的な報道が強いられる可能性すら含んでいるのだ。》

この法律を踏まえて、広島がまとめた原爆による攻撃を受けた場合の最大被害の想定は、先走り過ぎてはいないだろうか。第一、どこの国がこの国際情勢の中で原爆や水爆を落とすと言うのか、(ひょっとすると、2度あることは3度ある、でアメリカが落とすかも)余りにも大きな被害妄想ではないか。ただの計算ならそれぞれ異なる要因を打ち込めばコンピューターが簡単にはじき出してくれよう。被害の様子は幾通りでも算出は可能だ。続いて報告書は、その被害について、62年前の原爆と比較していろいろ述べているが、私にはこの計算は絵空事だ。

広島市は、この報告書に関して国に具体的な被害想定を出すよう繰り返し求めたが、反応がないため、独自に被害の大きさを明らかにした上で、計画に反映するため専門部会を設置していたという。それならそれでいいじゃないか。

イラクに触れた序でだ。
米国務省がイラク勤務要員を確保するため、一部の外交官を対象に強制派遣方針を打ち出し波紋を広げているという。強制派遣は実施されればベトナム戦争中の60年代以来のことだ。外交官らからは「イラク行きの強制は潜在的な死刑宣告だ」との反発の声が上がる一方、「国の大事に後込みするのは何事か」との批判も出ているそうだ。ライス国務長官は国内外の全外交官にイラク志願を呼び掛ける。方針の公表が、職員への正式の通知の前だったことが問題をこじらせた要因だ。「我々が死んだり重傷を負ったら誰が子どもの面倒を見るのか」などの強い批判に参加者からは賛同の声が上がったという。これに対し、一部の保守系下院議員は「憶病者の代わりに負傷帰還兵を登用すればよい」と批判しているという話。

《どこの国にも自分は安全なところにいて、好き勝手を言うやつはいるものだ。戦争で負傷して帰国した人間を、もう一度「死刑宣告」と受け取る人もいるような危険な地に送りもどせ、とは。》

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2007年11月 1日 (木)

子どもの携帯

内閣府は10月25日、「有害情報に関する特別世論調査」の結果を発表した。インターネットの猥褻画像や自殺・犯罪を誘発するサイトなどの有害情報について、
「規制すべきだ」との回答が 90・9%に上り
「規制すべきではない」は    4・5%にとどまった

調査は9月に全国の20歳以上の男女3000人を対象に面接方式で行ない、1767人から回答を得た。政府は7月、各省庁の担当者による「有害情報から子どもを守るための検討会」を設置しており、今後、規制に向けた法整備などの議論が加速するとみられる。

雑誌やDVDの有害情報の規制についても、
「規制すべきだ」が80・8%
「現状程度でよい」13・8%や
「緩和すべきだ」の 1・0%を
大きく上回った。

児童ポルノを個人的な趣味で所有することに対しては、
「規制すべきだ」が90・8%に上り、02年8月調査時点から10・3ポイント増えた。

《調査を行ない、結果は9割を超える規制の必要性の声があるが、何か具体的な対策を検討しているのだろうか。データを集めるだけならわざわざ内閣府がやることもないだろう。》

毎日新聞(10/31)から
7月3日、神戸市須磨区の私立高校で、自殺した三年の男子生徒(18)に現金を要求するなどしていた同級生4人が9〜10月、兵庫県警に恐喝未遂と恐喝容疑で逮捕された。脅し文句は携帯電話のメールで伝えられており、被害生徒の携帯電話には、加害生徒以外からも多数の嫌がらせのメールが送られていた。こうした「ネットいじめ」はいま、子どもたちの間で横行している。参照「高3自殺」09/20

被害を防ぐために、現時点で最も現実的な対応は、小中高生には携帯電話を持たせないか、メールやネット接続を制限するなどの規制だ。いじめ問題の本質的な解決にはならないことは分かっている。反論もあるだろうが、事態はそこまで深刻だ。参照「有害ネット法規制」07/28

記者が取材で会った高校生が打ち明けたという。「あの子(被害生徒)のメールアドレスは校内だけでなく、他の学校の人にも知られとった」。「違う学校の生徒にも(嘘をついたら1万円の)約束は有名やったから、あの子のことを知らん人も、ふざけてメールを送っていた」と。

電話やネットでいじめの相談を受け付ける「全国webカウンセリング協議会」(東京都)には、携帯電話を巡る相談が多く寄せられているという。「ネットいじめ」の最大の特徴は匿名性だ。誰がいじめられているのか、誰がいじめているのか、周囲からは分りにくい。

「Benesse教育研究開発センター」(東京都)によると、04年の携帯電話の所持率は中学生で45・3%、高校生はほぼ100%に近い。総務省は、有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング・サービス」の普及促進を業界団体に要請しているが、使わなければ何んの役にもたたないし、解除することも簡単だ。

千葉県柏市立土南部小学校の西田光昭教諭(50)は「将来的には小学生の頃から利用マナーを教え込むこと。しかし、今現在の中高生を守るには、(携帯の所持、利用に)規制を加えることぐらいしか即効性が望めない」と話す。

既に、自治体独自の取り組みで成功例もあるようだ。石川県野々市町は4年前から、行政と住民が一体となって中学生以下に携帯電話を持たせない運動に取り組み、子どもや保護者を対象に学習会を開くなどした結果、中学生の携帯電話所持率は14・7%で、全国平均の3分の1以下になっている。

記者は、幼いわが娘の将来を心配して、携帯電話を持たせるかもしれないが、ナイフを買い与えるような危惧も感じる、と書いている。娘が傷つけられるようなことがあって欲しくないし、不用意に他人を傷つける人間にもなってほしくない。その願いのためには、子どもに疎まれることを恐れずに、親が一歩踏み出す必要がある、と結んでいる。

こと新しいことは一つもない。早くからずっと指摘してきたことだ。今頃やっとメディアが気がついたような記事にしても問題提起にはならない。一刻も早く小中学生、から携帯電話は取り上げるべきだ。ほかに現時点での解決策はないだろう。親、保護者の意識改革を待っていては何時まで経っても改善は不可能だ。多少の反対があっても、子どもを犯罪やいじめから守るためには高校生をも含んだ法規制をするしかない。本来は、親をとおしての改善というところだが、現在の親の目を子どもに向けさせるには手遅れというほど、親自体が物の道理を弁えず、モラルを持たない世代になっている。今しなければならないことは、子どもたちから携帯電話を速やかに取り上げることだ。

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