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2007年10月24日 (水)

哀れ「赤福」

創業以来300年と聞くが、昨今のバッシングはすさまじい。一族皆ご先祖さまの名を汚したと、自殺でもするのではないかと思うほどだ。時代が変われば変わるもの。社是にいう「赤心慶福」は創業からの心であったろう。

貧しい時代をくぐり抜け、今に至った長い歴史だ。創業の宝永4年といえば富士山の大噴火があった年だ。爾来築いてきた信用を、あっという間に失ってしまったのだ。

黒いダイヤが石炭なら、株式の場では小豆は赤いダイヤと言われる。特にその収穫は天候に左右され、景気の変動は価格に反映するからだ。赤福が偽装を始めることになった切っ掛けは、第4次中東戦争が勃発し、日本国内は石油不安でパニック状態になった直後の頃(1974〜75)だろう。食料品も、日用品も値上がりが続き、物は不足した。日本中がまさに狂乱騒ぎに陥ったといっていい。75年には長引く不況下で倒産する企業が続出した。

考えられるのは原材料の米、赤いダイヤの値上がりだ。当然「もったいない」が働いたと想像するのは難しくない。背に腹は代えられない。恐る恐る偽装をやってみた、苦情は起らなかった。次第にそれに慣れて行き数がどんどん増えることになる。心配は消費者への影響だ。お腹を壊したり、食あたりが発生することがないか、はらはらどきどきであったろう。どこからも、誰からも苦情が来なかった。

考えてみれば、それ以前から商人とは質素倹約を旨とする。一粒の米も無駄にはしない。食べ終わって釜(今なら電気釜だ)を洗う時、底や周りにくっついたご飯粒を、洗い水の中で手で掬い取り、もったいないからと口に持って行く、煮魚の骨には熱湯を掛けて汁をすするなどのことをするのが普通だった。わが家の明治生まれの祖母も、母も、下宿先の婆さんもそうだった。今盛んに口にされる“もったいない”からだ。

事件について苦しい弁護をするとすれば、顧客の中で食べてお腹を壊した人、身体に変調を来たした人の話は聞いたことがない。テレビ番組で、店の記念売り出しには前日から行列で順番待ちをし、嬉しそうに買い求める人を放映してみせる。口の肥えた人には違いも微妙に分かっていたかも知れないが、まずい、との苦情になるほどのものでもなかった。「赤福」だったからだ。

ことは、最初から分かって1万円以上もするバーバリーのマフラーを、1000円そこそこで購入して贋ブランドを身につける人たちが大勢いることとは同一ではない。その他ブランドのバッグでも同じだ。しかし、赤福にはヒントにはなった筈だ。どこのスーパーでもやるような、せめて期限切れに近いものなどは、割引きにする販売方法を取ることも可能だったのではないか。スーパやコンビニで必ず見かける主婦たちには、消費期限、賞味期限の確認も、如何に印刷された日時に頼っていることか、勉強にもなったはずだ。落ちているものを拾ってでも食べたい思いをした戦中戦後を経験した身には、今回の赤福騒動は、余りにも哀れとしか言い様がない。

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