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2007年10月31日 (水)

ハロウィン

またまた西洋かぶれが広がりつつある。
ハッピバースデーにクリスマス。バレンタインにホワイトデー。昔は神や仏を信じた国民であったが、66年前、無謀にも仕掛けた戦争で、アメリカを主軸とする連合国に敗れてから、悪びれることなく綺麗さっぱりと、昔を棄て去って無宗教国となった日本には、キリスト教の習慣だろうと何だろうと、どれもこれも吸収しやすい土壌が作り上げられてきたように思う。

本来、日本の子供達が成長過程で通過したお正月や桃の節供、十三参り、端午の節供、などの行事は、今は百貨店の飾り付けデモンストレーションの競い合いのものに成り下がった。あちこちの家庭での餅搗きや、町内のどこの広場や公園でも見かけた独楽回しや、竹馬乗り、羽根つきなどはさっぱり見かけなくなった。

今日も妻を乗せて買い物についてスーパーに出かけた。うす暗い陰気な飾り付けのコーナーが目についた。商品が並ぶ展示場には柱を取り囲むようにして、くり抜かれた大小の南瓜のお化け顔の飾り物や、パンプキンの名の菓子が雑多に展示されていた。そうか、ハロウィンの日だったのか。

ハロウィンで思い出すのはアメリカで1992年に起った日本人留学生・服部剛丈(はっとりよしひろ)が射殺された事件だ。仮装して友人と訪ねた訪問先の家を間違って、別の家を訪ねたため、家の人(ロドニー・ピアース)から侵入者と間違えられて銃(44マグナム)を突きつけられ、「フリーズ」と警告された。服部は英語の意味が理解できず止まらずに男性の方に歩み寄って行こうととしたため、射殺された事件だ。この事件以来「Freeze、フリーズ」が「動くな」「じっとしていろ」という意味であることを多くの日本人の知るところとなった。

ルイジアナの裁判では12名の陪審員は全員無罪(玄関は屋内と同じであって、犯罪から身を守るための発砲は憲法で認める正当な権利である)の評決を下した。しかし、その後遺族が起した損害賠償を求めた民事裁判で、ピアースがガンマニアで何丁もの銃を保持していて、近所でもしばしば野良犬を射殺するのを目撃されていた。事件の当日も彼は酔っ払っており、制止する妻を振払って家から飛び出して発砲したことが分かった。ピアースの正当防衛は認められず、損害賠償の約7000万円(日本円換算)の支払い命令が下された。ルイジアナ州最高裁も上告を棄却したため確定した。

このハロウィンを、日本では、バレンタイン並にブームを企んでいるのが菓子メーカーか農業政策かは知らないが、同じキリスト教にちなむ聖人の日に関係があるからって、もともとのテーマが死であり、黒魔術の幽霊や魔女、蝙蝠やゾンビといった無気味なものや恐ろしいもので、ドラキュラやフランケンシュタインのようなものまで含まれるのだ。どう頑張っても、所を弁えない不良外国人が数百人乗り込んだ電車内で、ばか騒ぎするようなことしかできまい。昨年に続いて今年も大阪環状線内や東京では山の手線内で酒を喰らい、ストリップか露出狂まがいのことをやって迷惑をまき散らすことぐらいだろう。

今後も諸外国から人々の流入は数を増やして行く。キリスト圏だけではない、それぞれ彼らの国の風俗や習慣などを持ち込んでくる。電車内のばか騒ぎが、現場にいた国々の、それぞれの国のハロウィンの過ごし方かどうか、その他の国ではどのような行事があり、どのようなことが行なわれるのか、日本社会で協力できるものか、反対に取り締らなければならないものか、安全対策を前もって調査しておくことが望まれる。

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2007年10月30日 (火)

続・裁判員制度

   10月も終わろうという今朝、朝顔が満開だ
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毎日新聞(10/24、25)から
09年春には始まる裁判員制度に向け、法務省は24日、裁判員に選ばれた人がどんな場合に辞退できるかを定めた政令案を公表した。新たな「出産など」のケースを盛り込んだ「自己または第三者に身体上、精神上、経済上の重大な不利益が生じると認められる場合」という抽象的な規定で表現した。裁判員を広く集める立場から政令案を評価する意見が出る一方、裁判員制度反対派は「思想信条に反してまで参加させられるのか」と反発している。

《制度の開始時期が近づくにつれて、テレビ等メディアがしばしば今も検討中の政令案を報道する。「人が人を裁くことの難しさ」を強調する。昭和一桁世代だからだろうか、何か違和感がある。私たち世代が教えられ、耳にしたのは「罪を憎んで人を憎まず」であった。「裁判は人を裁くのではない、罪を裁くのだ」ということだった。「罪を犯した人を憎むのではない、そうさせた理由を憎みなさい」或いは「罪を犯した人を憎んではならない」と。しかし、言い代えれば「正しい動機に基づく罪は罪ではない」となる。これは驚いた、当時の侵略戦争を是認する思想につながるのだ。今でも信じる人たちがいる「止むに止まれぬ自衛の戦争であった」の理由となるのだ。》

《現在はどうだろう。メディアでも異口同音に「人が人を裁く・・・」と表現し、罪を裁く認識はないようだ。確かに現在、現実に起っている凶悪な犯罪は、犯した人間を憎まず、罪を憎めとはとても言えるような社会ではない。「終身刑では生温い」「極刑にしろ」「殺してやりた」などは罪を憎むだけでは出ない言葉だ。裁判員が冷静に、感情を交えずに罪の部分だけを審理していけるかどうか、「罪も人も憎む」のが現代生きている人たちの価値観ではないか。》

♦<政令案が新たに明記した主な辞退理由>
 ・妊娠中または出産から8週間以内。男性の場合、妻または娘が出産する場合で、入退院の付き添い・出産への立ち会い(事実婚も含む)
 ・介護がなくては日常生活に支障がある別居の親族または同居人がいる
 ・重い病気やけがの配偶者や親族、同居人の入通院への付き添い
 ・住所または居所が裁判所の管轄外の遠隔地で出頭が困難
 ・自己または第三者に身体上、精神上または経済上の重大な不利益が生じると認めるに足る相当の理由がある

とされている。国会審議では、「人を裁くのは信念に反する」「死刑制度に反対している」など思想信条の自由での辞退を認めるかどうかが議論になった。しかし、辞退の名目として使われた場合、裁判員の確保に支障が出る恐れがあり、明記しなかった、という。

日本弁護士連合会・裁判員制度実施本部の小野正典事務局長は、個人的県会として「制度に反対というだけで辞退を認めるべきではなく、『重大な不利益』という包括的な規定も必要で妥当な案だ」と話した。これに対し、元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士は「裁判員制度を違憲と考える人の辞退を認めるべきだ」と批判する。自分の考えと異なる裁判員の職務を押しつけること自体が憲法に反するという考えだ。

先の裁判員法案は、70歳以上の人や学生らのほか、「やむを得ない自由」として
  ♢重い病気や怪我
  ♢同居親族の介護
  ♢事業上の重要な用務で、自らが処理しなければ著しい損害が生じる恐れがある
  ♢父母の葬式など社会生活上の重要な用務
の四つを列挙し、辞退を認めた上で辞退事由を制令で定めることにしていた。

法務省は「裁判員は広い層から選任されることが望ましいが、同時に候補者の負担が重くならないよう配慮した。ただし、辞退を求める人は、裁判官に『不利益』の具体的内容を説明する必要が出るだろう」とし、年内公布する方針だ。

《私は望んでも参加することが認められない年齢になった。しかし、参加可能な年齢であったとしても、裁判員制度には反対だ。裁かれる側の立場に我が身をおいて考えれば、どのような極悪人でも、しろうと集団の判断力には恐怖を抱くだろう。凡人の私は、やはり罪を犯した人を裁くであろう。アメリカの陪審員制度とは異なるとは言え、人種差別、階級差別が如実に出た判決がある。日本でも何が起るか分からない恐ろしさを感じる。》

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2007年10月29日 (月)

子どもにも「メタボ」検診を

遂に狂気の波が子どもたちを襲うことになりそうだ。
昨日書いた住友病院院長・松澤佑次の言「『痩せましょう』『運動しましょう』といっても多くの人は聞く耳を持たなかった」が、「メタボ」で脅したら聞くようになった、という。今度は子どもたちに向かって脅しをかけることを思いついたようだ。

毎日新聞(10/28)から
厚生労働省の研究班(主任研究者、大関武彦・浜松医科大教授)が、小児(6〜15歳)のメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準をまとめた。今後、日本肥満学会や日本小児科学会などとすり合わせ、関係学会合同基準とする方針だという。基準を守ることの重要性を広く呼び掛ける予定だが、専門科の中からは「子どもに基準が必要なのか」と疑問視する声も出ている。

《専門科の意見を聞くまでもないことだ。子どもの場合、生活環境、食習慣、などで成長過程に及ぼす影響は極端に違いが出る。寒い地域、暖かい地域の地域差もある。また、第一次性徴期に入ると男女ともにその変動が大きくなる。それに遺伝子として受けた個体差もある。》

研究班によると、成人と同様、腹囲が基準に該当し、基準値以上の検査値が二つあると、同症候群と診断する。腹囲は、成長期であることを考慮し、中学生80センチ以上、小学生75センチ以上、もしくは「腹囲(センチ)÷身長(センチ)が0・5以上とした。

   <小児のメタボリックシンドローム診断基準>
1)腹囲
  中学生80センチ以上、小学生75センチ以上
  もしくは、腹囲(センチ)÷身長(センチ)=0・5以上
2)検査数値
 ・血中脂質(血中1デシリットル当たり)
  中性脂肪120ミリグラム以上もしくは
  HDLコレステロール40ミリグラム未満
 ・血圧(単位ミリHg)
  収縮期125以上もしくは拡張期70以上
 ・空腹時血糖(血液1デシリットル当り)
  100ミリグラム以上
【注】1)、に該当したうえ、2)、のうち2項目に該当するとメタボリックシンドロームと診断する

大関教授は「子どものころには具体的な症状は出ないが、基準に合致する子どもの血管では動脈硬化が始まっている」と説明する。

これに対し、昨日も反対意見として取り上げた大櫛陽一・東海大教授(医療統計学)は「成長過程にある子どもを診断するのに、固定した値を設定すること自体、医学的に問題がある。安易に基準が広まれば、子どもの差別、いじめを招きかねない」と批判する。

《普通に考えて、身体が大きくなり力自慢の子は、将来スポーツ選手を目標に頑張るかもしれない。特に大きい身体が見込まれてスカウトの目にとまり、相撲界に入る道が開ける子だっている。従来でもアスリートを目指す子は、自ら心掛け、運動に励むようになって成長とともに身体を創ってきた。すでに成長が止まった大人が「痩せましょう」「運動しましょう」の掛け声に乗らないからといって、同じ法則を子どもにまで当てはめることをしなくてもいいだろう。もしも、大櫛教授が懸念することが起って、いじめなどが発生した時、これらを提唱するセンセイ達は、自ら責任を取ることまで約束するのだろうか、疑問だ。》

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2007年10月28日 (日)

続・「メタボ」健診

    紫式部(くまつづら科)
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花言葉 ‥ 上品、聡明
紫色の実の清楚な美しさを、平安美女の 紫式部に例えた、とか。

《流行りの『シンドローム』、こんなものは病名ではないことは何度も書いてきた。医者が、原因を突き止められなくて、手に余って、それらしい何もかもを一緒くたにして名前を考えだし、つけたのがシンドロームなのだ。横文字にすれば、有り難がる人間がたくさんいるから、考え出しただけだ。》

メタボリックシンドロームがあたかも病気であったり、複数の病気の共通する原因であるように理解するのは間違っている。これは前回に触れた東海大医学部・大櫛陽一教授の見解だ。毎日新聞(7月9日)から、教授の話に耳を傾けてみよう。

メタボリックシンドロームの基準は本来、ある特定の疾患予防のための、生活習慣の改善目標に過ぎない。米国の場合、糖尿病予防の基準、心疾患予防の基準があり、それぞれ数値も目標も違う。病気ではないのだから、薬で数値を改善するなど本末転倒だ。例えば、薬で中性脂肪を下げて安心し、運動や食事改善をやめてしまい、糖尿病が悪化するなどの問題も表面化している。

腹囲に関しては男性よりも女性の方が大きいとする基準は日本以外にはない。英国糖尿病学会誌には「日本人の基準は奇妙なので、アジア人一般の基準を使った方がよい」との論文が掲載されたほどだ。

腹囲の根拠根拠を示したという論文は、日本循環器学会雑誌に掲載された。血糖や中性脂肪などで危険因子を持つ人の内臓脂肪面積を分析し、腹囲を割り出した。しかし、被験者の性別を分けずに内臓脂肪面積を分析している上、腹囲の測定法法も誤っている。欧米では、肋骨の一番下と骨盤の一番上の間を測る。女性でへそ周りを測ると、骨盤も一緒に測る可能性が高く、腹囲が太めとなり、医学的価値がない。

《しろうと考えだが、腸の長さは欧米人(約5メートルほど)に比べ、日本人(6〜7メート)は長いものが体内に収まっている。体躯の小さい身体に多くの量が収まっているということは、測り方によっては腹囲に影響がないのだろうか。因に米国の基準:男性102センチ、女性88センチ、 欧米:男性94センチ、女性80センチ》

論文をみると、内臓脂肪面積(平方センチ)が90でも100でも110でも、二つの危険因子を持つ人を判別する上で差がない。被験者も男性554人、女性194人と少なく、診断基準を設定できる数ではない。

《これは教授が指摘するとおり、いかにもデータが少な過ぎて貧相だ。制度として義務化する根拠とするにはお粗末の限りとしか言いようがない。少なくともほぼ拮抗する性別、それに地域別、年齢階層別、の最低でも男女それぞれの万を超える数のデータが必要だろう。》

男性の腹囲85センチは、中高年の平均値とほぼ同じで、最初から「結論ありき」だったのではないかと疑う。

《前日の冒頭で書いたように、銭儲けを企んでいるヤツらの策謀なのだ。》

来年4月に始まる新健診制度は、メタボリックシンドロームの基準を一つの基盤にした。わたしの試算では、8割以上が異常と判定され、男性の約6割、女性の約5割が受診励奨(奨励か?)の対象となる。全員が医療機関を受診すると、医療費は現状より5兆円以上増える。今の基準では、患者を増やすことにしかつながらない。

今からでも遅くはない。日本人の検診データをきちんと分析し、科学的根拠に基づいた基準を作り直すべきだ。当然、基準策定に当るのは、製薬会社などから影響を受けない中立的な研究者でなければならない。

《教授が7月の時点で論じたことだが、そのご再検討された話はなく、来年4月からの実施は決定的だ。》

一方、日本肥満学会理事長・松澤佑次氏(住友病院院長)は、メタボを病気と捉えるべきだ、との意見だ。
心筋梗塞や脳硬塞など心血管系の病気による国内の死因は、癌に次ぐ。その予防を効率的に進める考え方がメタボリックシンドロームで、一種の病気と捉えるべきだ。

《一種の病気と捉えるべきだ、ということで、単なる症候群で、病気ではないのだ。血圧や血糖値、脂質などの数値のうち、いくつもの悪い状態が重なると、心血管系の病気を引き起こす、という心配がある症状であるに過ぎない。》

日本では、腹部の内臓脂肪が100平方センチを超えると心血管系のリスクが増えるというデータがあり、この成果を元に、内科関係の8学会が05年、メタボリックシンドロームの診断基準を定めた。

《データが大櫛教授のいう、僅かな資料を元に得たものであるが、お偉い先生方の集団8学会で決めたものであるから、黙って従えば良い、とでも言うのだろうか。》

(中略)単に「痩せましょう」「運動しましょう」といっても、多くの人は聞く耳を持たなかったが、この概念を提唱してから、実践する人が確実に増えた。腹囲の基準値は絶対的なものではなく、少しでも腹囲が減り、健診数値が改善すればいい。今後検証する可能性はあるが、現在の基準に大きな問題があるとは思っていない。新たな病人を病人を増やしたいわけではない。基準の本質が伝わらず、地団駄を踏む思いをっしている、と述べている。

《自画自賛の上で、「エライ人たちが決めたことだ、黙って従えばよい」、とおっしゃるんだな。義務化というが、罰則はあるのだろうか。私は虚弱体質の癖に現役時代から医者嫌いだ。企業内での成人病検査は2、3度だけ、老人の域に突入してからも一度も何の検査も健診も受けたためしがない。何をどうしようと、人間、死ぬ時は死ぬからだ。》


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2007年10月27日 (土)

「メタボ」健診

“私は「メタボ(メタボリックシンドローム)で会社をクビになりました!?”なる宣伝記事に驚いた。サンデー毎日11月4日号の発売案内だ。

言わずと知れた来年度開始になる「ウエスト健診」をからかった(?)記事だ。医療費削減のための取り組みだという。いや、からかうだけで済むことかどうか、「入社試験でもデブは不利か?」「肥満度が高いと配置転換も」「再雇用で内臓脂肪のハードルを設定する会社が出現した」「健康保険の負担を嫌って社内のメタボを減らせ!の大号令! などと取り上げて、幾つかの疑問を呈しながらまとめている。

デブ、デブとビール腹を撫で、シャツをまくり上げ、顔面に噴き出す汗を苦しそうに拭うさまを、夏の風物詩として眺められるのも昔話になるのだろうか。同じ肥満がメタボリックシンドロームなる名を頂戴した途端に病人扱いされる時代になったようだ。死ぬぞ、死ぬぞの掛け声を、金儲けにうずうずしている製薬会社や、医師たちが、世間に背を向けて銭勘定している姿が手に取るように見える。

そこでこの風潮に叛旗を翻したような山盛りのどんぶりを、ファーストフードやコンビニエンスストア各社が、ボリューム満載の“メガ”盛り商品を次々に発売している。中年層の脱・メタボの反動や、若者向けを中心とする「大食い」ブームに乗って、幅広い世代の男性の人気を集めているという。毎日新聞(10/24日)から

牛丼店「すき屋」は16日から“メガ牛丼”(680円、11月11日まで650円)牛肉が普通の2杯分の特盛りより多い3杯分。カロリーは1286キロと、ジョギング2時間の運動量に匹敵するが、「特盛り以上に注文がある」という。サークルKサンクスは30日、「大きなおむすび!」(315円、約550キロカロリー)重さ約290グラムと通常サイズの2・8倍という大きさ、11月19日までの限定発売。ファミリーマートは16日、通常弁当の1・6倍の「メガハンバーグ弁当」(540円、1184キロカロリー)を発売。セブンイレブン・ジャパンも9月から重さ約380グラムの「がっつりプリン&チョコパフェ」(490円、約740キロカロリー)を売り出した。

人気の火付け役は、日本マクドナルドの「メガマック」(330〜380円、754キロカロリー)だった。ハンバーグ4枚のボリュームが話題を呼び、1月から数回の期間限定販売で、計2000万円以上を売り上げたという。

コンビニなどはここ数年、健康志向の食品開発に力を入れてきたが、「量のこだわる客が以外に多い」(ファミリーマート)ことが判明。1品当りの単価は上がるため、少しでも売上げを伸ばしたい各社にとって魅力的な商品で、当面ブームは続きそうだ、と書いている。

サンデー毎日では、ある中堅機械メーカーの人事担当が、「近い将来“メタボ体形の人の採用はなるべく見送るように”という会社の方針になるかも知れません」と話す。
  「腹回(ウエスト)が男性で 85cm以上
            女性で 90cm以上
  さらに、脂質、血圧、空腹時血糖の3項目のうち2つ以上が基準値を超えると「アナタはメタボ」と診断される。「昨年、神奈川県の技術系のある会社が、再雇用の条件として、『肥満でないこと』という項目を出して来たのです。確かに『喫煙習慣がないこと』というのはまだ理解できますが、仕事に影響がない程度の肥満を再雇用のハードルに設定したケースと言えるでしょう。この先、“メタボ健診”が始まれば、このような事例が続出する恐れがあります」と話す。

反対に定年を控え、“メタボ足切り”にかかる世代だけではない。「ことは人権問題に及ぶ可能性があるので、あまり大っぴらに言えませんが、同じくらいの能力の新人が2人いて、どちらか1人を選べということになれば、太っている方の人を敬遠することは十分に考えられます」(ある家電メーカー・労務担当)。

これが女性となれば、下手すると究極のセクハラになりそうだ。もし漏洩でもしたら、職場の雰囲気は一気に崩壊しかねない。「なんで、健康診断で会社に腹周を図られる必要があるの。そんなの、自分自身でやれるわ、自分で健康管理するから、上司に申告する必要もない」と。ウエストの数値を管理する上司も、たまったものではないだろう。来年度から始まるメタボ健診を前に、企業内は労使ともども、まさにハラハラドキドキだという。

石川県の城北病院副院長で、県内にある20数社で産業医も務めている服部真医師は、こう指摘する。「メタボになる最大の原因は、長時間労働です。月に100時間以上残業をしている社員の面談を実施したところ、大半はメタボだったのです。労働環境、社会環境を変えない限り、メタボはなくなりません。それを『個人の責任だ』と社員の側に押し付けるのはあまりに理不尽です」

同医師によると、スウェーデンでは、各事業所のデスクは電動であることが求められ、一定の時間がくると自動的に高さが変わるのだという。一定の姿勢で仕事をすると健康によくないため、デスクの高さを変え、立った姿勢で仕事をするのだという、健康先進国といわれる所以だ。

東海大学医学部の大櫛陽一教授は「(メタボ健診の導入は)すべてが科学的根拠がなく、デタラメです。その基準に当てはめて独自に調査しましたが、男性は59%、女性は48%が“メタボ予備軍”という結果が出たのです。これでは今後、むしろ医療費は膨大に膨れ上がり、国も企業も個人も崩壊する」と話す。これぞまさしく本末転倒と呼ぶべきか。
               ‥‥‥ つづく

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2007年10月26日 (金)

レジオネラ菌

毎日新聞(10/23)から
東京都足立区の温泉付きマンション「アパガーデンコート綾瀬」の温泉給湯設備から、国が定めた基準の最大8900倍のレジオネラ菌*が検出された。

 * レジオネラ菌 ‥ 河川や土壌など自然界に存在する細菌の一種で、空調設備や入浴施設の循環水など大量に水を溜める場所で繁殖する。感染すると肺炎や発熱を起し、身体が弱っている場合には死に至るケースもある。乳幼児や高齢者、病人など免疫機能の弱い人が感染しやすい。国の指針では100ミリリットル中の菌の基準値を10CFU**未満と定めている。

 ** CFU ‥ (Colony Forming Unit)バクテリア数の確定に用いられる単位。

東京都渋谷区の温泉施設爆発事故(6月)後に実施した足立保健所による検査で判明した。「設備の仕組みに衛生的な問題がある」との指摘を受けたマンション側が9月14日に給湯を中止していた。給湯設備4カ所のうち3カ所から同4日、菌が見つかり、うち2カ所の対する9日後の再検査で、基準の8900倍と5100倍の量の菌がそれぞれ検出された。同保健所は「菌の繁殖を抑えるために入れる消毒薬(塩素)の濃度が低く、菌が増えたとみられる」としている。マンションは05年8月に完工。77戸の浴室すべてに温泉が供給されている。

《差別化を狙い、高級イメージを狙ったのだろうが、給湯設備の管理について、幾つかの感染事例があることをどの程度参考にしたのだろうか。日本においては1996年、東京都新宿区の大学病病院で加湿器が感染源と考えられる事例があり、新生児3名が発症し、うち1名の死亡が発生しているのに続いて、過去10年間で主な感染事例が5件起っている。5例での死亡者は合計で14名に上っている。その全てが自宅の24時間風呂や、温泉施設、入浴施設での発症だ。家庭用の24時間循環式風呂で使用されていた循環フィルターや、入浴施設で多用される濾過装置のフィルターだけではレジオネラ菌の除去処理はできない。家庭用24時間風呂でも消毒薬の併用を必要とし、マンションなどでは各家庭への配管が長距離になると、十分な管理がなされないと、配管中の微生物の発生が避けられなくなる。》

同日、千葉県浦安市が長野県茅野市に所有する保養所「蓼科山荘」で06年6月、風呂の湯から国の基準値の430倍のレジオネラ菌が検出された記事が載った。浦安市は「客足に悪影響が出る」などとして公表せず、検査結果が分かってからも3人が風呂を使っていたという。

山荘を管理する同市地域ネットワーク課によると、施設の運営は浦安市内の介護施設運営業者に依託している。同年5月に水質の定期検査をしたところ、女湯で基準値の430倍に当る4300検出され、男湯も330倍の3300だった。検査結果は6月8日に判明し、業者に伝わったのは14日、市への報告は16日だった。市は判明前の2週間の宿泊客と分かってからの3人全員の計41人に健康状態を問い合わせたが、異常はなかったという。風呂は循環式で原因は分らなかったという。

山荘側は、浴場の殺菌消毒や濾過器の清掃などをし、22日に長野県諏訪保健所(諏訪市)に事実関係を報告。保健所職員立ち会いの再検査で基準値を満たしたため、30日から風呂の使用を再開した。

《原因が分らないままに、闇雲に温泉水循環の濾過フィルターを掃除したのか。そうではないだろう。入浴者の垢や汚れや脂肪を栄養分として、濾過フィルターに繁殖した微生物が形成することは分かっていることなのだ。常に循環フィルターを清潔に維持するためには消毒薬の投与は欠かせないのだ。明らかに依託業者の手抜き管理の失態だ。過去にも同様の事例がある。原因はすぐに分かったはずだ。人の命が失われたこともある恐ろしい感染症だ。それを公表もせず、宿泊客へは「点検のため」と言い逃れ、近くの公衆浴場の無料券でごましていたのだ。隠蔽体質はこのような地域にまで染み込んでいるようだ。》

佐久間利秋・同課長は「利用者数の減少や周辺の観光施設への風評被害などが心配されたので、あえて公表しなかった。7、8月には多数予約も入っていたので、利用者を不安にさせるのも申し訳なかった」と話しているという。

新藤宗幸・千葉大法経学部教授(行政学)は、市民の利用する施設で起きた衛生上の問題で、事実を公表し、どういう前後策を取ったのかも含めて、きちんと説明するのが行政のあるべき姿だ。責任を問われてもしかたないのではないか、と話す。

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2007年10月25日 (木)

全国学力テスト

毎日新聞(10/26)から抜粋
文部科学省は24日、全児童・生徒(小6と中3の約221万人が参加)を対象に、43年ぶりに実施した全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を公表した。

国語と算数・数学で(A)身に着けておくべき「知識」
         (B)実生活に役立てる「活用」
の小中学校計8分類を実施し、学習意欲などを聞くアンケートも行なった。

基礎知識に関しては7〜8割の平均正答率であったが、活用力を問う問題の平均正答率は6〜7割にとどまった。公立の都道府県別では大半が平均正答率の上下5%以内に収まるなど地域間格差は縮小傾向を示した。

国公私立別に比較すると、平均正答率は国立、私立が公立を上回る結果になった。紙面では『「国私」「公」格差は歴然』と書く。多様な子どもたちが入学し、特別な支援学校も含む公立とは異なり、国立や私立は入学試験などを実施していることから、文部科学省は「同一に比較するのは難しい」という立場だ。教育コンサルタントの森上展安氏も「入り口で絞っているわけだから、差が出るのは当然」としながらも、基礎的な知識を問う知識(A)で最大19・2ポイントの差が出たことを問題視する。氏は「基礎的な問題でこれだけ差が出るのは、学校の指導力の問題が大きい」と指摘する。

特に私立は公立よりも高い授業料が必要になる一方、学校マネージメントや成績評価の方法が優れていると言われており、指導力を含めた公立のマネージメント力が問われることになりそうだ。

《森上氏、教育コンサルタントと言うが、ありきたりのコメントだ。どうしても国立、私立が公立よりも上位にあると言いたいようだ。しかし、後に書くように、今回のテスト、国語と算数・数学8分類のうち5分類でトップの秋田県の学校は、森上氏の劣るという公立の学校なのだ。森上氏の偏見は改めるべきではないのか。》

その秋田県、40年前の全国学力テストで都道府県のうち40番台にとどまり、全国平均を上回ったのは音楽だけだった。24日記者会見した秋田県教育委員会の幹部は「びっくりしている」「驚いた」と戸惑いの表情を見せたという。

専門家は好成績の理由に、01年度から取り組んできた「少人数授業」を挙げる。秋田大の浦野弘教授(教育方法)は「1学級は20人前後で教育先進国のフィンランドと近く、目が届きやすい」と解説。また、「自習がきちんと成立し、学級崩壊が殆どない。勉強に取り組む姿勢が確立している」と分析している。同大の佐藤修司教授(教育行政学)も「貧富の差が著しく、階層化が激しい大都会に比べ、家庭が比較的安定している」と述べた。

《これまでブログで繰り返し自説を述べてきた。子どもの躾も家庭教育も一家団欒の家庭環境があってこそだということを。今回の結果驚いたメディアも早速秋田に飛んで取材を始めたようだ。家庭内に入り、家庭料理の店に入り、街頭での小中学生へのインタビュー、学校内での取材へと。浦野教授が話しているように、秋田県は、少人数授業は1クラス30人以内を目標に、1億円を超える予算を準備し、さきがけて改革を進めてきた。子どもたちはそのメリットを、「教室の隅々まで先生の声がよく聞こえる」と答えている。また、昔から秋田という土地柄から、気質として比較的温厚で、食事は皆が揃ってする家庭が多く、絶えず会話が飛び交い、家族間のコミュニケーションがよく取れていると思う、と。学生たちは「都会とちがって遊ぶところもない」、そう言えば何組ものインタビューに答えていた小中学生たち、1人として携帯電話はぶら下げていなかった。ある男の子の家庭では「家に帰りつくと先ず復習する、予習はあまりやらない」「遊ぶところもないし、他にすることないから勉強する」と言う。》

今回の全国学力テスト、77億円もの巨額の費用をかけて行なわれたが、このデータをどうとらえ、どう学校教育の現場にいかして行くのか。全情報を独占する文科省は明示しなければならない。

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2007年10月24日 (水)

哀れ「赤福」

創業以来300年と聞くが、昨今のバッシングはすさまじい。一族皆ご先祖さまの名を汚したと、自殺でもするのではないかと思うほどだ。時代が変われば変わるもの。社是にいう「赤心慶福」は創業からの心であったろう。

貧しい時代をくぐり抜け、今に至った長い歴史だ。創業の宝永4年といえば富士山の大噴火があった年だ。爾来築いてきた信用を、あっという間に失ってしまったのだ。

黒いダイヤが石炭なら、株式の場では小豆は赤いダイヤと言われる。特にその収穫は天候に左右され、景気の変動は価格に反映するからだ。赤福が偽装を始めることになった切っ掛けは、第4次中東戦争が勃発し、日本国内は石油不安でパニック状態になった直後の頃(1974〜75)だろう。食料品も、日用品も値上がりが続き、物は不足した。日本中がまさに狂乱騒ぎに陥ったといっていい。75年には長引く不況下で倒産する企業が続出した。

考えられるのは原材料の米、赤いダイヤの値上がりだ。当然「もったいない」が働いたと想像するのは難しくない。背に腹は代えられない。恐る恐る偽装をやってみた、苦情は起らなかった。次第にそれに慣れて行き数がどんどん増えることになる。心配は消費者への影響だ。お腹を壊したり、食あたりが発生することがないか、はらはらどきどきであったろう。どこからも、誰からも苦情が来なかった。

考えてみれば、それ以前から商人とは質素倹約を旨とする。一粒の米も無駄にはしない。食べ終わって釜(今なら電気釜だ)を洗う時、底や周りにくっついたご飯粒を、洗い水の中で手で掬い取り、もったいないからと口に持って行く、煮魚の骨には熱湯を掛けて汁をすするなどのことをするのが普通だった。わが家の明治生まれの祖母も、母も、下宿先の婆さんもそうだった。今盛んに口にされる“もったいない”からだ。

事件について苦しい弁護をするとすれば、顧客の中で食べてお腹を壊した人、身体に変調を来たした人の話は聞いたことがない。テレビ番組で、店の記念売り出しには前日から行列で順番待ちをし、嬉しそうに買い求める人を放映してみせる。口の肥えた人には違いも微妙に分かっていたかも知れないが、まずい、との苦情になるほどのものでもなかった。「赤福」だったからだ。

ことは、最初から分かって1万円以上もするバーバリーのマフラーを、1000円そこそこで購入して贋ブランドを身につける人たちが大勢いることとは同一ではない。その他ブランドのバッグでも同じだ。しかし、赤福にはヒントにはなった筈だ。どこのスーパーでもやるような、せめて期限切れに近いものなどは、割引きにする販売方法を取ることも可能だったのではないか。スーパやコンビニで必ず見かける主婦たちには、消費期限、賞味期限の確認も、如何に印刷された日時に頼っていることか、勉強にもなったはずだ。落ちているものを拾ってでも食べたい思いをした戦中戦後を経験した身には、今回の赤福騒動は、余りにも哀れとしか言い様がない。

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2007年10月23日 (火)

続 「長期脳死児」(診断後1カ月以上)60人

前回13日、過去8年間に行なわれた脳死下での移植件数を書いてその実態を示した。移植にかかる経費のことに触れるのは目的ではない。

国会に出された法改正の狙いは、欧米並に脳死を一律に人の死とし、現行15歳の年齢を12歳にまで引き下げて、脳死者の身体が冷えきらないうちに、待ちわびる人の数に比べて、絶対数の足りない臓器を逸早く解剖して取りだせるようにしようとの魂胆だ。あくまでも医学的な見地から見れば当然の処置なのだろうが、前回みたように、脳死後も、稀にでも6年間も心臓が動き続け、肉体的な成長を続ける例もあり、その他の症例でも1カ月以上も心停止のない60人を数える『いのち』があるのだ。本人が生前、提供の意思表示をしていれば何も言うことはない。一般には、脳死判定がでたからと、さあ急げ!で身体にメスをいれることをしてはならない。臓器を待つ身以上に『いのち』を失う側の家族のことを思えば切り刻まれることは耐えられることではない。私は弟を先に亡くした。もしもその身体にメスを入れる医者がいたなら、本人が意思表示していようと、その医者の行為を黙って見ていることはないだろう。美名に隠れた博愛など信じないからだ。

移植批判に対する反論も多くある。
♢移植は自然に反する医療か
健康を得て生存することは憲法で保障されている。そのための治療を選択・希望することは個人の自由で、尊重されるべきだ。反対の立場から、治療を拒否することも個人の自由だ。しかし、自分が移植に反対だから、希望する人の権利まで否定することはない。

♦反論の反論になるが、「自然に反する医療か」と設問しておいて、人の生存権に話をすり替えている。自然ということで言うならば、移植は自然に反していることに疑いはない。自然をいうならば、重篤の身は治療などせずに運命に任せ、自然死することが一番の自然といえる。私の生き方はこれだ。

♢移植は他人の死を待つ医療か
移植を待っている患者は、目前に迫る死の恐怖と戦いながら、1日も早い提供臓器の出現を願う気持ちなるかも知れない。しかし、それは不幸にも脳死に至る人たちの中に、提供の意思のある人が出ることを願う心理であって、個人の死を願うことなどでは決してない。

♦死の恐怖と戦っているのは、移植を待つ人たちだけではない。それが提供の意思のある人であろうと、ない人であろうと他人の『いのち』の終焉を待つことに違いはない。いくら時間がかかっても、待てば移植が受けられる人は幸せだ。しかし、給食費や保育費、年金保険料さえ払えない人たちが助かる可能性は極めて低い。“可哀そうなわが子に憐れみを”、と同情に縋ることしかできないだろう。確かに可哀そうだが、世界のどこかで栄養不良や病気のために10秒間に3人の幼い命が失われている。私は、たった1000円で150人以上が救えるユニセフへの募金の方を優先する。

♢提供移植は少数の人しか受けられず、本質的に不公平医療である
米国UNOS*の統計(1993)によると、
 移植を待てずに亡くなる患者の割合は心臓移植で33%
                  肝臓移植で18%
       欧州のデータでは心臓移植で 15・8%
の数字がある。
*UNOS(United Network for Organ Sharing)-全米移植臓器配分ネットワーク

臓器提供者の不足のため現時点では希望者全員が移植を受けられないのは事実だ。しかし、全員が助けられないからといって、一切移植してはいけないという主張は、沈没船で全員が助けられないから、不公平になるから誰も助けるな、というのと同じではないか

♦そうではない、難破船の例えでいうなら、助けられる人は助ければよい。間に合わなかった人は助けようはない。海の藻屑になるだけだ。アメリカ映画に「海の魂」(1937、ゲーリー・クーパー)というのがあった。波間に溺れそうになった人たちは助かりたい一心でボートにすがりつく、それ以上ボートに引き上げれば先に助けた女、子どもが海に投げ出される。その時リーダーがオールを手に振り上げると、ボートに縋りつく人間たちの手を叩きつけてボートから切り離す。ボートに乗り込んだ人は助かるが、海中に残された人たちの身は・・・。船が持つボートの数は少ない、運命だ。海事裁判が開かれたがリーダーは当然の処置として釈放される。
 医療では、海に投げ出された人たち、そこまで救えるとは思っていないだろう。提供者が少ないからといって、15歳の年齢を12歳に下げ、脳死即解剖、解体を可能に改正しようとは治療としては行き過ぎだ。

♢レシピエント(recipient - 臓器移植の受容者)の選択は公平に行なわれるか
金や権力を握っているものが優先され、弱者が後回しにされれのではないか
現在では厚生省の諮問機関である日本臓器移植ネットワーク準備委員会のレシピエント選択基準検討作業部会において、臓器ごとに厳正な基準が定められている。
 主として、血液型、組織的合性、臓器のサイズ、患者の重症度、待機時間などによって決められ、経済力や縁故などによって、順位に影響を与えることは起こり得ない

♦これはあくまで原則。必ず例外は起こりうる。例えば患者の重症度などというものは、如何ようにも解釈することは可能だ。

また、移植用臓器の売買が行なわれることも起っている。足りない臓器を死刑囚から移植した国も過去にはあった。秦の始皇帝の時代から、人は死をおそれた。しかし、人には寿命というものがある。人の死まで持ち望んで生きることもないだろう。私は誰の臓器も欲しくないし、肉親をのぞいては、誰にも与えたくない。

                 -- 完

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2007年10月22日 (月)

給食費未納教員 35人

うんざりするニュースだ。これまで何度にも亙って繰り返し報道されていることだが、あってはならない立場にいる教師の不始末だ。未納率の高い学校では、一食当りに掛けられる経費が少なくなり、給食が粗末になることを少しでも落とさないように、校長や教師たちがそれを補うために支出をしているところもあるという中での話だ。

毎日新聞(10/20)から
 東京都府中市の私立小中学校21校の教員35人が2〜5カ月分の給食費約47万9000円を支払っていなかったことが分かった。市の教育委員会は全員に督促状を送付し、支払いを求めたが、今月に入っても3人が納めず、再度の督促で支払っていたことが分かった。保護者の給食費未納が問題化しているだけに、市教委学務保険課の田中陽子課長は「全教員に再発防止を指導する」と話している。

同課によると、私立小中学校全33校で全校給食を実施している。市は保護者と教員から給食費を徴集しており、教員は小学校1カ月3950円、中学校同4300円の定額を口座振替か納付書による振り込みで支払っている。

同課が8月中旬、給食費の支払い台帳を確認したところ、21校の教員35人が4〜7月、未納だったことが発覚、8月21日に督促状を送付しが、期限の同月末までに支払いを確認できたのは16人、各校にさらに催促したが、10月に入っても3人が未納だった。3人のうちの2人は昨年も督促状を送られていた。

未納の理由については異動で口座番号変更の手続きミスなど数件あったが、多くの教員は「公務で忙しく納める時間がなかった」や「入金がおっくうだった」「忘れていた」と話しているという。全く責任感のない小中学生並の言い逃れとしか思えない。

同市では給食費未納の教員に対し、昨年度も1年を通じて129通の督促状を送っているが、05年度も数通送付しているという。田中陽子課長は「非常に残念。これでは保護者の理解が得られない。今後は未納の教員には厳しい対応を取りたい」と話している。

今さらではないが、もう、いっそのこと学校給食は廃止したらどうだ。教育の一環、ということで明治以来続けられてきたようだが、教育の一環ならもう少し毅然たる態度で給食費は徴集するべきだ。貧しい貧しいや、或いは母、父子家庭をいうが、給食に対しては補助も行なわれている。明治、大正、昭和初期のような極貧の家庭はそうはない。バースコントロールの知恵も医学も発達していない時代、下層の家庭では貧しいが故に、生まれた子を“間引き”で窒息させたり、棄てられる子は現在の比ではなかった。また命を拾って生き延びても、女の子であれば長じては、貧しい親たちは、一家の食い扶持を減らすため、売らねばならない時代もあった。それほどに日本は貧富の差の激しい貧しい国だった。

その時代に比べれば、現在の世を、格差社会と論(あげつら)うにはまだ恵まれている。支払える給食費を未納だ滞納だと叫んでその頭数やパーセンテージを拾い集める。そのような集計作業に無駄な労力、人件費を割くよりは、貧しくても貧しいなりに、弁当を持参するように制度を変えればよい。敗戦後のアメリカから助けられて再会された学校給食だが、昭和一桁世代は富んだ家の子も、貧しい家の子も皆親の作ってくれた弁当を持参していた。おかずは梅干し1つと沢庵2、3切れ。卵焼きなどと言う贅沢なものはない。アルミニウムは酸に弱く、梅干しに当る蓋の位置は、すぐにぼろぼろに犯されて穴が開いた。しかし、それでいじめが起ったと聞いた試しはない。貧しいとはどういうことかを皆が知っていたからだ。

貧しいことから生まれる心の温かさを現在の子どもたちは知らない。親も教える知恵を持っていないのだ。権利を主張し、我が侭を通す親はそこら中にいるようなのに。給食から学ぶことは山ほどある。そのことを教える立場の教員が、約束事を守らないようでは教壇に立つ資格はない。

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2007年10月21日 (日)

消費税上げ?%

17日、上げ率2%以上と報じられたが翌日にはいきなり10%の数字が紙面に踊った。いよいよ来た感じだ。

毎日新聞(10/17、18)から
自民党財政改革研究会会長で同党税制調査会小委員会の与謝野馨氏は16日、インタビューに答え、消費税率引き上げについて小刻みに「1%ずつ上げていって選挙に負けたのではしょうがない。負けるんだったらドーンと上げなくてはいけない」と述べて2〜3%程度を念頭に置く考えを示した。消費税の引き上げについては「自民党は逃げない。参院選では逃げたが、逃げていると(政党の)評価はだんだん下がってくる」と語り、年末の与党税制大綱で社会保障財源として消費税率引き上げを明記する考えを明らかにした。

《何だか恐る恐るの2〜3%の弱腰で、当りを探っているようだが、基礎年金を全額税負担でという民主党の案では当面の対策にはなるだろうが、将来につながる良策とは言い難い。学生「未加入者に不支給」確定の中で提案したように、例えばスウェーデンのように、年金保険料を税として徴集する方式を推奨した。その中の「給与水準の違いによる税負担の差の国際比較」を参照してもらえればよいが、平均して日本の給与所得に占める税負担は、先進国の中では格段に低い。社会構造的な違いはあろうが、高福祉国家を目指すためには、国民1人1人の納税意識を高めることが必要になる。未納率が50%そこそこの意識レベルの低い現状では、極力公平な課税方式をもとに、強制的な徴集を行なうことが必要となる。》

与謝野会長は、基礎年金の国庫負担を現行の3分の1から09年度に2分の1に増やすための財源(約2・5兆円)について「法人税や所得税など直接税を上げるのは至難の業だ。大きな税収が期待できるのは間接税しかないのが常識だろう」と述べ、消費税率引き上げで対応すべきだとの考えを示した。引き上げ幅と時期については明言を避けたが、「消費税増税による景気の下落効果も当然あり、そういうものとの総合的な判断になる」と話した。

ところが明けて18日になると、新聞紙面にはいきなり「消費税10%台が必要」の大見出しになった。
 政府の経済財政諮問会議(議長・福田康夫首相)が17日開かれ、社会保障の給付と負担について内閣府が試算を示した。現在の医療、介護の給付水準を維持した場合、2025年度時点で現在より財政を悪化させないためには14兆4000億〜31兆円を増税か社会保険料の引き上げでまかなう必要がある。消費税増税ですべて対応すると、25年度時点で消費税は11〜17・25%(6〜12・25%の税率アップ)に引き上げなければならず、政府・与党の税制改正論議に影響が出そうだ。

    2025年度時点での財政規律維持に
      必要な増税額 (内閣府試算)
 2011年度まで ケース 増税必要額  消 費 税 率 
 の歳出削減額       (兆円)      (%)
  14.3兆円  A   14.4〜28.7  11  〜 16.5
         B    8.2〜24.1   8.75 〜 14.75
  11.4兆円  A   16.3〜31.0  11.75 〜 17.25
         B   10.0〜26.5   9.5 〜15.75
     ケースA‥‥給付維持・負担上昇
     ケースB‥‥給付削減・負担維持
      (消費税率は現行5%を含む)
試算によると、負担額を現在の水準にとどめる場合は給付を3割減らす必要があり、負担を増やして給付水準を維持するか、給付を減らす代わりに負担は増やさないかという選択肢を国民に示す内容になっている。

少子高齢化の進展や人口減が現実となる中で、医療、介護、年金の社会保障費の増大に対応するには、国民の負担増の論議は本来、避けて通れないものであったにも拘わらず、国民には痛みを伴うことから自民党など与党には論議することさえ強い抵抗感を抱えていた。しかし、社会保障関連の歳出増の圧力は強まるばかりで、「負担増の議論を先送りしたままではもはや対応不可能」(内閣府幹部)な状況にある。

首相が消費税引き上げの議論から逃げない姿勢を明確にしていることもあって、社会保障費の安定的財源を確保する議論が諮問会議でようやく始まった形だ。

   1人当りの社会保障給付と負担の変化
          (年額、内閣府試算)
             2008年度  2025年度
   高齢者数      2800万人  3500万人
   
   高齢者が受け取る  238万円   269万円   
   給付額      (12万円)  (21万円)

   現役世代数     7600万人  6700万人

   現役世代の負担額  121万円   162万円
 ♢医療、介護、年金の現行給付水準を維持した場合の試算値
 ♢給付額の上昇は、現制度に基づく自然上昇分。カッコ内は
  高齢者の自己負担分

ただ内閣府試算は25年度が目安だが、現実にはもっと早い時期から負担増を迫られる可能性が高い。試算は11年度に国・地方の基礎的財政収支を黒字化する政府目標達成が前提にある。だが、これを達成できるのは07〜11年度平均で名目3%の経済成長率が実現し、歳出削減も14兆3000億円という目標の上限まで実施できた場合に限られる。成長率が2%程度に伸び悩んだり、歳出削減が甘かった場合、目標をクリアするには11年度で最大5兆8000億円の増税が必要となる。また、08年度以降に年間1兆円規模で歳出増があれば、11年度の増税必要額は6兆6000億円まで膨らむことになる。

自民党が早期の財政再建を目指す財政改革研究会を再開させ、税制調査会の小委員長も兼ねる与謝野会長が2〜3%の消費税率の引き上げに言及したり、税と社会保障の一体改革を議論する政府与党協議会の設置が検討されているのもこのためだ。しかし、参議院の多数を握った民主党が行財政改革の推進を前提に消費税率の据え置きを主張している中、与党がどこまで踏み込めるか疑問視する声も多い。

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2007年10月20日 (土)

デボラ・カー死去

大好きだった女優、“熱情”のアリダ・ヴァリの死は先に触れた。今日はヴァリに劣らず好きだった“知性”の女優デボラ・カーが18日、86歳の天寿を終えたことが報じられた。彼女については05年の朝吹登水子の死去の際、サガン原作の『悲しみよこんにちは』の項の中で簡単に触れた。

最初に彼女をスクリーンで観たのは彼女が映画界に入っての二作目、『黒水仙』(1946、英)での修道女の姿だった。それまで軍国少年の神仏だけで育ってきた私はこの年14歳になっていた。初めて接するキリスト教は別世界だった。まして野性的な男性と尼僧たちの間で繰り広げる信仰と愛、愛欲の世界は理解することも不可能な謎であった。ただ凛として知性的な尼僧姿が似合うデボラ・カーにはうっとりと見蕩れたのを覚えている。

彼女は1950年、アメリカへ渡り、ハリウッドの女優になった。そして、これから取り上げる映画『地上より永遠に』(ここよりとわに、と読ませる。1953年)にでた。日本がハワイマレー沖海戦と呼ぶ真珠湾攻撃までの数カ月間の軍隊内の出来事をドラマにしたものだ。日本はアメリカと戦って敗れてから8年が経過していた。
 私にとって彼女の代表作は何と言っても『地上より永遠に』だ。

1941年の夏、1人の青年がスコフィールド兵営に転属しきた。先の配属先で上官に反目し、降格されての配転となったのだ。新しい配属先の中隊長はボクシングに夢中で、転属されてきたプルーイット(プルー)が以前ミドル級のチャンピオンだったことを知り、下士官昇進を餌にプルーにチーム入りを進める。しかし、プルーは過去の試合で戦友を失明させたことで二度とボクシングをしないと決心していた。ボクシングに夢中の中隊長以上に実質的に中隊を支配する軍曹は、プルーに反抗することを警告したが、聞き入れなかった。日増しに中隊長からの圧迫が強まり、プルーはしばしば虐待行為を受ける。

イタリア系アメリカ人の兵卒マギオだけはプルーの見方になった。中隊長の妻カレンは外に女性のいる夫を憎んでいた。カレンの満たされない心の隙をついて軍曹はカレンに近づくき、いつしか不倫を重ねて行く。マギオはプルーを慰安所に連れ出す。プルーはそこで働くアルマと知り合う。恋におちたプルーは結婚を申し込むが、いずれは足を洗い、アメリカ本土で厚生を夢見る彼女は心良い返事が返せない。プルーに対する虐待行為は依然続いていたが、彼は決して屈しなかった。ある夜、マギオが無断外出して深酒の末、MPに逮捕されて営倉入りになった。日ごろ営倉係から目の敵にされていたマギオは、意趣返しのような虐待を受け、脱走してプルーのところに逃げ込んだが、内出血がひどく絶命する。プルーはマギオの恨みを晴らすため、復讐を誓う。ある夜、軍曹を町の裏小路に呼び出し、決闘してケリをつけるが、自らも深手を負い、アルマの家に身を隠した。

その頃、カレンは本土に引き揚げようという夫の言に悩んでいた。軍曹との仲もうまくいかなくなっていた。そして、ハワイは12月7日(日本時間12月8日)の朝が来る。日本軍が真珠湾のアメリカ大平洋艦隊を攻撃したのだ。アルマの家でこのことを知ったプルーは脱走した兵営に帰隊すると言い張り、必死の引き止めを振り切り、よろめきながら兵営に向かう。脱走がばれないようによろよろと物陰を伝って歩くうち、誰何(すいか)されたが無言で走り出したところを射殺される。

数日後、本土へ向かう船上でカレンは若い女と知りあった。彼女は戦闘機のパイロットだった許婚が、真珠湾攻撃の日に戦死したと語りかけた。若い女はアルマと名乗った。

《カレンを演じたデボラ・カー。清楚で知性だけの女性かと思ったが、夫の部下の軍曹との不倫に走り、人のいない渚で打ち寄せる波を被りながらの抱擁シーンは、映画史上最も有名なキスシーンとの評判をもらうものだった。二人の他にも素晴らしい俳優が顔をつらねる。プルーを演じたモンゴメリー・クリフト。彼についてはドライザーの小説を映画化した『日の当る場所』でも少しだけ触れた。当時はマーロン・ブランドとファンを二分する男優だった人だ。そのプルーが殺されたマギオを偲び、夜の兵営で葬送曲に代えてマウスピースだけで吹いた就寝ラッパの響きは映像とともに、心に染み込む素晴らしいシーンだった。

映画が封切られたのは敗戦から8年目、私には、まだ人生の痛手が消えやらない時期のこと。真珠湾攻撃のシーン、現地はその日が日曜日でのんびり目覚めた兵隊たちの様子が一変して、日本軍の空襲を迎え撃つ兵営内の様子は冷静な目で見られず、奇妙な感覚に襲われたことも覚えている。

その後のデボラ・カーは56年に『王様と私』、57年に『悲しみよこんにちは』で、お目にかかった。『地上より永遠に』に出ていた俳優の殆どはすでにこの世にいない。(プルー)を演じたモンゴメリー・クリフトは1966年、(軍曹)のバートランカスターは1994年、(マギオ)のフランク・シナトラは1998年、(アルマ)のドナ・リードは1986年にそれぞれ亡くなっている。憎まれ役の(営倉係)のアーネスト・ボーグナインだけはまだ90歳になった今もテレビで活躍していると聞く。何もかもを溶かし込んで、情け容赦なく時は過ぎて行く。》

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2007年10月19日 (金)

アルツハイマーが不治でなくなるかも

1週間か10日ほど前になる。テレビで今後10年以内には治る病気になる可能性を報じていた。社会問題としてはともあれ、我が身のこと、或いは身近な知り合いにもそれらしい人もいないことで、詳しく聞かずに済ましていたが、思い直して取り上げてみようと思う。

去る9月21日*の毎日新聞にアルツハイマー**を飲んで治すことへの期待が記事になっていた。
  *9月21日 — は世界アルツハイマーデーになっている。
 **アルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD) — アルツハイマー型痴呆は、認知機能低下、人格の変化を主な症状とする痴呆性疾患の一種。アルツハイマーの名は、最初の症例報告を行なったドイツ精神医学者アロイス・アルツハイマーに由来する。アルツハイマー型痴呆は、脳の中に特殊な変化が起って次第に脳が萎縮し、ひどい痴呆になってしまう病気だ。早い人は40歳代後半に始まり、5年で重症化するといわれる。
 初期には、人の名前を忘れる
      約束を忘れる
      ものをしまった場所を忘れる
      自分の年齢が分らなくなる
      住所や日付けを書き間違う
      家の中でトイレと台所を間違える
 などの症状が起ってくるようになる。
ある時点を境にはっきりと症状が悪化する脳血管性痴呆と異なり、アルツハイマーの場合、徐々に進行する点が特徴的だ。症状が経過する途中で、被害妄想や幻覚(幻視)が出現する場合もある、

<記事の要約>
認知症の代表的な病気であるアルツハイマー病といえば、不治の病のイメージが強い。しかし、ここ数年、治療法につながる有望な研究が進み、「飲むワクチンで治る時代が目の前に迫ってきた。一体どんな治療なのだろうか。

約20年間、アルツハイマー病の治療、研究に取り組んできた田平武・国立長寿医療センター研究所長は「治療法がここまで進むとは夢にも思わなかった」と、最近のワクチン療法の進歩を語った。アルツハイマー病患者の脳に共通して見られるのは、シミのような老人斑がある。老人斑の主成分は、神経細胞を殺すアミロイドベータ(Aβ)蛋白。これが脳に蓄積して塊となると神経細胞が次々と死に、記憶障害なおが起きる。治療の焦点はこの老人斑をいかに減らすかにかかっている。

約10年前、突破口を開けたのは米国の研究者だった。マウスにAβ蛋白を注射したところ、脳内に抗体ができ、老人斑が減ることを確認した。毒性のないウイルスや細菌を注射して、免疫反応を起して抗体をつくるワクチンと同じ手法が、アルツハイマー病の治療にも通用することが明らかになったのだ。

99年には米国の製薬会社が、患者約300人を対象にAβ蛋白を注射する臨床試験を始めたが、途中で約6%の人に脳炎の副作用が起き、試験は中止された。だが、その後の研究で多くの患者で老人斑が消え、認知機能の低下が抑制できたことが分かった。

田平所長らは脳炎を起さないワクチン作りを目指した。方法としてAβ蛋白を作り出す遺伝子を組み入れたウイルスベクター(遺伝子の運び屋)を口から摂取し、腸管で抗体を作らせるようにした。マウス実験の結果、老人斑は著しく減り、迷路テストでも認知機能がよくなったことが分かったという。また、老齢の猿でも老人斑が減った。いすれの場合も、副作用の脳炎は起きなかった。「経口ワクチンの将来性を確信した」という田平所長だが、日本での臨床試験は安全性のハードルが高い。田平さんは日本の企業にワクチンの開発を呼び掛けたが、賛同する企業は見つからず、現在、手を挙げてるのは米国の大学や研究機関だという。

「食べるワクチン」を開発する試みも行なわれている。独立行政法人・東北農業研究センター(盛岡市)は、Aβ蛋白を作り出す遺伝子組み換え稲を栽培。米を食べて、アルツハイマー病を治すのが狙いで、現在、マウスを使って実験を実施している。吉田泰二上席研究員は「実用化は簡単ではないが、将来性は高い」と意気込んでいる。

現在、日本で認可されている治療薬は塩酸ドネペジル(製品名アリセプト)だけで、認知症の進行を遅らせる効果はあるものの、根本的な治療薬とはなっていない。田平さんは「あと数年で治療法の糸口が生まれるとところまで来た」と日本独自の経口ワクチンに期待するが、米国から逆輸入される可能性が高そうだ。

アルツハイマーが重度に進行すると、暴言や暴行、徘徊や不潔行為などの問題行動を伴うようになり、介護の上でも大きな困難も伴う。命には限りがあり、加齢は止められない。40歳からでも発症することもあり、65歳では1000(人 X 年)当り1・2と低いが90歳以上になると63・5と急増する。また、女性であることは避けられないが男性に比べて1・5倍アルツハイマー病になり易い。逆輸入になっても仕方ない、一刻も早いワクチンの完成を期待する。私も生を享けて75有余年、自己診断では心身ともに健全のつもりだが、願わくば残りの年月も穏やかなままであって欲しいものだ。

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2007年10月18日 (木)

二階に上げて梯子を外す

♦これまで散々家族愛を持ち上げてきた周りから、一斉に梯子を取り払われ、奈落に落とされたような亀田一家。やくざ紛いの親子のつながりにも、マスコミは足を運び、黄色い声の女性ファンが群がり、握手攻めに逢う場面も度々放映して人気を煽った。

それがどうだろう、敗戦で一夜明けてからは避難の声轟々だ。如何にも正義づらした解説者たちが弱いもの(事実、大毅は弱かった)いじめに変身した。親父に関しては、早くからその教育方針についても、言説についても問題視する良識人はいた。しかし、その父親を神と崇める子どもたちについては、神の指示に従うマリオネットに過ぎない生き方に疑問を呈した人間はいなかった。動物本能で、父の大きな羽の下で外気から守られ、本来なら知らねばならなかった世間の波風に当ることもなく成長してきていた。

長く低迷を続けているボクシング界に、久し振りに大向こう受けの狙える人材が生まれた、と早合点したボクシング界は虎の威を借る狐の実力も無視して、ボクシングのできない未熟なボクサーを世界戦に登場させた。結果は誰もが眼にした哀れな敗戦だった。

普通に言う、出ると打たれる釘ではない。打たれたのは自らの品位を傷つけた反則技の繰り出しの結果であった。修羅をくぐり抜けて実力の伴った対戦であればまだいい、野球で言えば高校野球の一級品のピッチャーでも、いきなりプロでの活躍は難しい。アマチュアレベルの人間をあれよ、あれよで世界戦の場に引っ張り出すことが、正しい人選であったのかどうか、反省することは多くある筈だ。

作られた選手像に乗っかってその気になった大毅選手はまだ18歳だ。父神は地に堕ちて只の偶像になったのだ。これからは間違った庇護下ではなく、人間としもまともな生き方ができる指導者を選び、再出発すればいい。

♦生意気盛りの女性タレントの発言が、連続して物議をかもしている。方や沢尻、こなた桃尻。両人とも私には無縁の女たちだ。たまたま、沢尻の舞台挨拶はテレビで放映したのを見ていた。「別にいー」なんて糞生意気な女め、と感じたのが正直な感想。

これまで10代のころからの世間知らずの大口を、“大物ぶり”と周りが褒めそやしたツケが跳ね返ってきたのだろう。一気にバッシングの嵐に変化した。あまりのことに本人が驚いたらしい。それが自分のキャラクターで許されてきたから、これだって、とも思っていた錯覚が崩れ去り、早速平謝りの体たらくとはなった。

♦次の桃尻女も同じことだが、尻の青いのもとれないうちから周りでちやほやされて有頂天になり、一廉の偉い人間のつもりになる。それを周りもただ見守るだけの繰り返しだ。沢尻は若い女性たちのファッションの対象として、桃尻は男性ゴルフ界の低迷をなんとか支えている女性ゴルファーの若手として。こと繁くメディアが取り上げ、提灯持ちの記事を書く。二人とも、心までまだ大人になり切れない中途半端な年齢では、有頂天になっても周りがそうさせるからには仕方のないこととも思える。

7日の上田桃子の発言「同級生とかで、バレーとかバスケとかをしてる子がもう不思議でしょうがなかった。と言うか、先がないスポーツを何でできるんだろうと思って」「プロというものがないじゃないですか?どうしてそこまで頑張れるのかなと思って」などとコメントした。これが怒りを買い、彼女のブログが大変なことになったという。

《情けない表現力だ、書かれているとおりに喋ったのら「・・とか・・とか・・とか」「というか」「じゃないですか」で単語をつないで行くことしかできない稚拙なものである上に、バレーやバスケットにプロがあることも知らないで他を蔑んでいるのだ。遊び半分でもこなせるゲームレベルのゴルフがどれほどの物か知らないが、現在のゴルフ界にはめぼしい男性ゴルファーが見当たらない(子どもが1人出てきたようだが)。勢いまだ尻の青い女性をタレント並みにマスコミが追い掛けることになる。女性であることだけで今ではめったに成績の上がらない名だけの選手をいつまでも、アメリカまでも追い掛ける。人気を女性に頼っているのが日本の(聞くところによればアメリカでも同じことのようだが)ゴルフ界だ。いい気になっていると何時の間にか梯子が外れ、頭を打たれることになるとも限らないが。》

それにしても躰だけ大人に見えても心身ともに大人になり切れない子どもがいるものだと思う。

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2007年10月17日 (水)

騒音訴訟問題

今から55年も前になる。黒澤明の名作「生きる」が封切られた。とある市役所の市民課に、三十年間無欠勤の「木乃伊(ミイラ)」とあだなをつけられた無気力な課長がいた。この人物が欠勤した。具合が悪くて診察に行った病院で「癌」の宣告を受ける。当時の感覚では当然のような「死」の宣告だ。なす術もなく夜の町を飲み歩くうち、彼に木乃伊の渾名をつけた事務員の女性と出会う。死んだような職場にはもう居られない、と退職願いに上司の彼の認めが必要なため、探し歩いていたところだった。話を聞いた「木乃伊」は次の日から別人になって過去に陳状のあった地域の整備に動き始める。最後には児童公園を完成させる。住民からの感謝の声を受けたその夜、独り粉雪の舞う公園のブランコで静かに歓びをかみしめて謳う「ゴンドラのうた」(命短かし 恋せよ乙・・・)は半世紀以上経った今でも忘れることはできない名作だった。

毎日新聞(10/16)から
つい先日、西東京「いこいの森公園」であった公園の噴水で遊ぶ子どもの声やスケートボードの音が苦痛だとして、同公園を管理する同市に騒音差し止めを求めた仮処分について、東京地裁八王子支部が今月1日、女性(心臓が弱く、不整脈の症状がある)の訴えを認める決定を出した。市は翌日から噴水を止めるとともに、スケートボード施設の利用を中止している、という。

決定が報じられると、市にはこれまで100件近いメールや電話が寄せられた。その9割が「子どもの遊び場がなくなる」といった裁判所の判断を疑問視する内容のようだ。このような反応をみて市は「子どもの歓声を騒音と感じる女性の感覚が問題」として今後も争う姿勢を示している。

今まで子どもを遊ばせていた主婦(37)は「子どもがかわいそう。私たちは声は気にならない」。仮処分を求めた隣人も「戸を閉めれば声は一切聞こえないし、開けていても気にならない」と話した。

《加害者側の意見はそうだろう。被害者は心臓が弱く、不整脈の症状を抱えている。女性は今も入退院を繰り返しているという。遊んでいる子どもたちの親にしてみれば、何があっても可愛い子、だ。しかし、他人には少しの事でも気になれば嫌悪される。まして子どもの金切り声は他人には我慢できる代物(しろもの)ではない。スーパーやコンビニ内での躾がされていない子どもたちの腹立たしい姿については、有り余るほどの意見が寄せられている。公園での金切り声が最初にそのように印象づけられれば仮処分の訴えを起しても何ら不思議ではない。同じことでも日に日に倍増されて感情が悪化して行くのが普通だ。》

《まして戸を閉めれば聞こえないとは人権蹂躙も甚だしい言い分だ。女性宅は公園の北側にあるということは、南側の戸を閉めろ、ということだ。生きるための当然の権利、日照も我慢して耳を塞いでいろ、と言うに等しい傲慢さだ。このような声で市側が勇気づけられているとすれば、西東京市という市は文明からは遠く離れた地域ということだろうか。これらの声は、権利だけを主張する昨今の流行りの考え方なのだろうか。》

「いこいの森公園」は05年4月に完成している。訴えた女性の家族は30年前から今の住所で生活してきたという。公園になる前のその土地には旧東大原子核研究所(約4万4000平方メートル)があったところだ。そこのわざわざ45メートルという宅地に近い位置に今回問題となった噴水を造った。市は「市民参加型で作った公園」というが、事前の説明会は2回だけ。噴水に最も近くにある女性宅を含む4軒には訪問すらしていない、という。

市の観測によると、子どもの声は女性宅前で60デシベルを記録した。都の騒音規制基準の50デシベルを上回り、数値に問題がないわけではないが、恐らく多くの子どもが集まる公園や遊園地などの近隣でも、基準を超えるところは他にもあるだろう。騒音問題の調査に当る国立環境研究所の黒川佳香主任研究員が「音は時代、慣性、社会、環境によっても受け取り方が変わる。許容できる範囲は、音の大きさで一律に決められるものではない」と言うように、騒音かどうかは、受け止め方で大きく異なる。

《騒音は大きな音だけではない。低い音でも硝子を擦った音のようなものもある。前にも書いたが、風鈴が騒音と捉えられて喧嘩になった例もあるのだ。また、最近言われるように、いじめられる側がいじめだと思えば、それはいじめだと言う考えが定着してもいるようだ。そうすればこの公園で起ったことも間違いなく騒音と言えるのではないか。少子化が妙なところで影響しているのか、「子どもが可哀そうだ」と言えば何事も許されるようなけったいな風習も起りつつある。「隣の市の公園では同じような騒音があるけれど、皆が仲良くやっている」、だからお前たちも・・・、は理由にならない。》

西東京市に隣接する武蔵野市に02年4月にオープンした武蔵野ストリートスポーツ広場では、市は近隣の1軒1軒に呼び掛けて設置場所についても聞き取り調査を実施したという。また、専門家のアドバイスで騒音がでない構造にしたり、根回しが十分にされた結果、現在まで騒音苦情は殆どないという。《殆どとは皆無ではないということのようだが》。

《記者のレポートによると、西東京市の市からの近隣住民への説明不足の上に、女性からの騒音に対する防音壁設置の要望に対しても「歓声を騒音とする女性の感覚に問題がある」と決めつけ、未だに真剣に対応していないという市の姿勢は、昔々のお上意識の残滓なのだろう。子どもの声を「歓声」と捕らえるか「金切り声」と捕らえるかはお上の判断ではない、聞き手の感情の問題だ。女性の感覚に問題がある、とする市の見解は人の心理が何も分かっていない人間の言葉としか思えない。と同時に、取材時のスナップ写真からだが、子ども同様に保護者の数も多く集まる姿が見られ、親たちの井戸端会議の目的もあるのだろう、みんなで騒げば恐くないの心境でもあるだろう。だから「私たちには騒音ではない」「戸を閉めておけ」などの意見が出るのだ。毎日音楽を聴きながら、パソコンに向かうのを楽しみにしている私でなくてよかった。神経を逆なでされるような金切り声には気が狂うほど苛立ち、とても我慢できないからだ。問題の女性以上に市にはクレームをつけているだろう。》

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2007年10月16日 (火)

(STD)性行為感染症

雪のニュースも聞こえ始めた季節 蕾をつけた 山茶花に、今朝(15日)も 夏の花 朝顔が 巻きついて咲いた。
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『ハイティーンの性および STD に関する実態調査』から
STD(Sexually Transmitted Disease 性行為感染症)予防のための情報公開、啓発活動を行なう「STOP! STDを考える会」(東京都港区・久保田恵里事務局長)が、東京・渋谷で遊ぶ高校生および20歳未満の若者にアンケート(自記式)したところ、17人に1人がSTDにかかった経験があると回答した。同会は「性行動が極めて活発と思われるグループのデータだが、性行動感染症の知識は不十分で、しらないうちに病気を広めている危険がある」と分析している。

調査は8月10日〜16日、渋谷駅周辺の路上で用紙に記入してもらい、466人分が集まった。
性交渉の体験があったのは68%で高校1年生で35%(1・7人)で、学年が上がるにつれて高くなり、2年生は55・1%(6・7人)、3年生で71・2%(3・5人)、高校卒業生では85・6%(13・1人)になった。全体の対象者の平均体験者数は7・1人であったが、個人差が多く、経験者の多いもの(50人以上)が平均を押し上げていると見られる。ただ、それぞれの設問に対する男女の性別が不明のままだ。

また、「性行為感染症にかかったことがある」と答えたのが5・8%あった。性関係の相手の数は平均で5・2人だったが、感染経験者に限ると平均37人と7倍以上多かった。感染したことがあると回答した人の平均体験者数は約37人で、感染したことがない人の平均(約5人)の7倍以上にも及んでいる。ここまで来ると若者の世代はフリーセックス世代と呼ぶに相応しいような乱れぶりだ。

彼らはSTDに感染したら誰に相談するかという問いには「友だち」が50・4%と半数を占め、「病院」22・5%、「彼、彼女」11・4%続き、「誰にも相談しない」という回答も9・9%あった、という。

「親」に相談するとの答えが見当たらない。上の回答に含まれない5・8%の中に、せめて1%でも親との答えがあることを願いたい。親に連れられ女学生がそっと病院の門を潜った時代もあったことを考えると、時代の推移とは言え、あまりにかけ離れた親不在の国になった気がする。反面、性行為感染症の知識を十分持たず、「説明できる」「聞いたことがある」と8割以上が答えたようだが、「聞いたことがあある」というのは知識じゃない。普通に捉えれば、ただの風聞とも言えよう。

その知識の程度も
「コンドームをつけないとSTDに感染し易い」については3人に2人は知っていたが、
「望まない妊娠よりSTDの方が10倍も罹りやすい」との設問では、
  全体平均で 16・3%
  男性平均  20・3%
  女性平均  12・2%
「クラミジアに罹って放置しておくと子どもが産めなくなる」といった正しい知識は
  全体平均で 15・5%
  男性平均  17・4%
  女性平均  13・5%
「子宮癌はSTDと関係があるので早く検査した方がよい」では
  全体平均で 11・8%
  男性平均  13・6%
  女性平均  10・0%
「エイズが若者の間に広まりつつある」ことについては
  全体平均で 40・1%
  男性平均  37・7%
  女性平均  42・6%
と、平均して女性の性行為感染症についての意識が低いことに恐怖を感じる。男性と同じように知識も十分に伴わないで遊ぶことが先行して、自らの身体を壊し、健全な子どもが産めなくなるようでは大袈裟に言えば国の将来も危ぶまれる。

そこで、彼や彼女たちは性教育の必要性を口にすることになるのだが、高校1年生時(64・0%)から3年生時(87・9%)、或いは卒業生(70・2%)たちは、それぞれ性教育を受けていても、集計のような情けない結果だ。性教育を受けていないと回答した64名中、なお性教育は必要ないと回答したものが26・6%いる。確かに産み落とされただけで、親から見放され、初期の性教育さえされなかった環境で育った人間には、生殖は動物や古代人と同じ本能の範囲なのかも知れない。あるいはまた、今あらためて受けることになる性教育は、問題になっている性行為感染症に罹らないで遊べる安全な知恵として利用されるだけのものになることだってあり得る。それでも感染症がある程度広がらないですむことで、よし、としなければならないのが、現実の日本の性モラルをなくした(若者世代に限らない事例はそこら中に転がっている)現状と諦めるよりないことか。

参照 性関係急ぐ必要ない 06/10/08
参照 携帯と若者の性体験 06/11/25

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2007年10月14日 (日)

目の前に黒い点々が飛ぶ

毎日新聞(10/12)読者からの相談事ではないが、「健康」を取り上げて解説するページから。
『飛蚊症(ひぶんしょう)すぐに眼科へ』とある。

(《内は体験から》)
目の前に本来見えないはずの黒や白、グレーの影や点などが見えるのは、飛蚊症と呼ばれる症状。右を向けば右に、左を向けば左に浮遊物がついてきたり、《ゆっくりと流れ落ちて来るように見えることもある。また、両眼とも限らない。》大半は加齢*に伴うもので心配はないが、2〜3%の割合で網膜剥離など失明につながる病気の場合があり、種田眼科医院(神奈川県相模原市)の種田芳郎院長は「自己診断は危険。症状を感じたらすぐに眼科で検査を受けてほしい」と話す。

 《* 必ずしも加齢で発症するものとは限らない。種田氏が加齢年齢を何歳でいうのか不明だが、私の現役時代、40歳代でその症状を訴える同僚がいた。医者にも相談したが、進行性のものではないし、心配することはない、と診断されそのまま放置していた。定年まで勤めたがその後も従来以上に進行した情報は聞いていない。(種田氏のいうように検査を受けたから判明したことだが)》

原因として多いのが硝子体(しょうしたい)混濁だ。硝子体は目に詰まっているゼリー状の物質で、加齢とともに液体化し、主成分のコラーゲン線維が凝縮する。これが網膜に近づくと浮遊物の影が見えるようになるものだ。老化現象で(《の場合は、と言うべきだろう》)心配はないが、網膜剥離の前兆の場合もあり、半年に1度は検査を受けて、影などの数が増えるなど変化があった場合は病院へ行くことだ。気になって仕方がないという人もいるが、種田院長は「お友だちになってつき合う気持ちで」と話している。

《私の場合は突然やってきた。退職後2、3日した14〜15年前(61歳)のある朝のことだった。前日、前々日くらいに左眼球に猛烈な痛くて痒い感覚があって普通に強く擦ることを繰り返していた。手水(ちょうず)を使い、洗面台に俯いた時だった。真っ白な洗面に一掴みの砂を播いたように無数の点々が散らばっていた。「おーい、洗面で何を洗ったんだ?」と大声で妻を呼んだ。妻が来るまでの間に蛇口を捻り、砂を流したが全く消えない。何度か繰り替えしたが砂は流れないのだ。自分の異変に気がついて洗面台の鏡を覗き込んだが、何も変わったところはない。再度蛇口を開いて砂を流そうとしたが全く変化が起らなかった。次に片目ずつ塞いで洗面を覗き込んだ。左目を塞いだ時、突然砂がなくなり左目の異変に気がついた。「左目が変だよ」とだけ妻には話した。現役時代の同僚の知識があった。さして慌てることもなかった。翌日には元に戻るだろう、程度にしか考えなかったし、痛みも何もなかった。

次に日になっても点々は相変わらず洗面台に広がっていた。気にしなければ普通に物は見えるし、不自由を感じなかった。しかし、症状が続くことで多少は医学知識のある妻が、嫌がる私を無理に眼科へ引っ張って行った。(文字どおり、医者嫌いの私を病院に連れて行くのは難儀させた。)診断は網膜剥離とされた。「心配ないですよ、今はレーザー光線で焼いて癒着させて治療できますから」町医者のところではレーザー光治療ができず、大学病院を紹介された。その病院へは翌日行けばよかった。このことがその後の私の眼に取っての最悪の状況を招くことになった。

町医院を出てから買い物が必要だった。当時のわが家には野良猫が生んだ子猫が5、6匹育ち盛りで家の中を走り回っていた。餌が必要だった。車でスーパーまで出かけて餌の缶詰類をワンサと買込んだ。苦労して重い荷を運んだ。網膜剥離では、力むことは最もしてはならないことだった。医院から帰宅してそのまま静かに眼球を冷やしていればあるいはひどくならなくて済んだかもしれなかった。

翌日大学病院で診察を受けた。町医者が言ったような2、3発のレーザー光で済むものではなくなっていた。照射の度にチクチクと眼底に軽い痛みを感じてのほぼ10発だった。そのまま待機してから車椅子が迎えに来た。即入院となった。家の中は散らかしたままで来ていた。頼んだが帰宅はさせてくれなかった。その日にベッド入りとなった。

1週間後に最初の手術、部分注射だから眼の中に突き刺されるメスや器具が見える。時間の経過は知れないが、終わる直前に叫んでいた。「押さえ付けて、暴れそうだ」「終わりましたよ」痛かった。数日後診断があった。視界の中心近くで黒い塊が邪魔をしていた。助教授が執刀医に呟いた。「リオペ」すぐに理解した。失敗だ!、リ・オペラチオン再手術だ。2度目は全身麻酔にしてもらった。

入院は丁度30日間だった。その後の左目だが、完全に世の中のものから縦にも横にも直線を失った。くねくねと波打ったままだ。それに水平線が右さがりに3〜4度傾斜して倒れて見えている。両眼で見ると全てが捻れている上にダブっているのだ。ただ、左目の視力が落ちて弱ったことで右目の映像がくっきりと認められ、距離感は正常に働いているから、自動車の運転には支障が起らずに済んでいる。》

次に多いのが硝子体剥離。硝子体は液体化するにつれて小さくなるが、その際に外側の硝子体膜の一部が残った状態になる。残った部分があってもきれい剥がれれば心配はないが、膜を引っ張っていれば手術が必要となる。若くても硝子体の性質によって飛蚊症になる場合もある。注意しなければならないのは、網膜剥離、眼底出血や硝子体出血、ぶどう膜炎など失明に至る危険性のある病気が原因の場合。網膜剥離はすぐに手術が必要だ。眼底出血は網膜での出血のことで、それが硝子体に広がったものが硝子体出血となる。ぶどう膜炎は眼の外側を囲むぶどう膜(虹彩、毛様体、脈絡膜)に炎症が起きることで、いずれも内科的治療が必要となる。

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2007年10月13日 (土)

「長期脳死児」(診断後1カ月以上)60人

   今年も秋になって咲き始めた ヘヴンリー・ブルー
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行列を作って死者を待つような脳死移植には、基本的に反対の立場からこの問題を考えてみる。

毎日新聞(10/12)から
 脳死*状態と診断された後、1カ月以上心停止にならない「長期脳死」の子どもが全国に少なくとも60人いることが、全国約500病院を対象ににした同社の調査で分かった。長期脳死児がこれほど多数に上ることが明らかになるのは初めて。臓器移植法は15歳未満の子どもからの臓器提供を認めていないが、年齢制限を撤廃する法改正案も国会に提出されており、議論を呼びそうだ。

 * 脳死 ‥ 脳の全機能が失われ、二度と回復しない状態。臓器移植法は臓器提供をする場合に限り、脳死を「人の死」とする。法的脳死判定基準(対象6歳以上)は、
  1)深い昏睡
  2)瞳孔が開いたまま
  3)脳幹反射の消失
  4)自発呼吸の消失
の5項目について、6時間以上の間隔で2回判定することを求める。6歳未満については旧厚生省研究班が00年、2回の判定間隔を24時間以上とする基準をまとめている。

調査は今年8月〜10月、日本小児科学会が専門医研修施設に指定する計522施設を対象に実施。医師が脳死状態と診断後、医療やケアを提供中の長期脳死児(診断時満15歳未満)の有無などを尋ね、272施設(52・1%)から回答を得た。

その結果、診断から1カ月以上経過しても心停止に至らない患者は39病院の60人で、うち14人は在宅療養中だった。年齢は2カ月〜15歳7カ月で、診断後の最長は10年5カ月だった。このうち、25病院の31人は、法的脳死判定基準か、旧厚生省研究班が00年にまとめた小児脳死判定基準の無呼吸テストを除く全項目を満たしていた。他の患者は全項目の判定はしていないが、主治医が脳死とみられると判断した患者だった。

臓器提供を前提に、小児脳死判定基準が妥当だと思うかとの問いには、回答した医師270人のうち42%が「分らない」とした。理由は「長期脳死児を『死者』**として受け入れることは、家族だけでなく医療者側も難しい」など。「妥当ではない」は17%、「妥当」は12%だった。

 ** ‥ 1997年10月、臓器移植に関する法律が施行され、本人が脳死判定に従い臓器を提供する意思を書面により表示しており、かつ家族が脳死判定ならびに臓器提供に同意する場合に限り、法的に脳死が「人の死」と認められ、脳死移植が可能となった。しかし、このような厳しい法の下で、ドナーの数が非常に少ないのが実情だ。

 【参考】欧米・アジア・オーストラリアなどでは、臓器提供に関係なく脳死を人の死とし、本人の意思が不明であっても家族の承諾で臓器の提供が可能となっている。

法的基準をつくった際の調査では、子どもの場合、脳死から10日程度で心停止に至るとされた。だが、小児の基準を検討した旧厚生省研究班の調査は、87年4月からの12年間に長期脳死児が25例いたことを報告している。日本小児科学会の04年の調査でも18例が報告された。この原因の究明などは進んでいない。

国会に出された法改正では、欧米並の脳死を一律に人の死とし、提供年齢も12歳以上に引き下げるなどの2案となっている。同学会の調査を担当した小児神経科医の杉本健郎・びわこ学園医療福祉センター統括施設長は「これまでの調査よりかなり多い結果だ。臓器提供を否定はしないが、脳死診断後も長く心停止に至らない子どもが多数いることを厳粛に受け止め、単なる『死』と片付けずにオープンな議論をすべきだ」と話している。

《脳死移植を、腹を減らした大勢の客たちが待っているからと、包丁が入るまで水槽で泳いでいた魚が、水から上がり、死んで、或いは首を落とされて、調理人の手で解体されるのと同じように考えていいのだろうか。料亭の仕入れた材料が足りないから、死んでしまえば皆同じ、若い魚でも稚魚まで料理してしまえと同じでは困る。料亭に上がることが可能な裕福な客人だけが腹を満たし、食欲を満足させるようではなお困る。

他にも昨年度、分かっている例では脳死の判定後、6年間心臓が動き、今でも人口呼吸器をつけて生きている7歳になった男の子がいること(東京新聞)、脳死判定の6日後に呼吸が戻った男の乳児がいて、その後4年3カ月生存したこと(朝日新聞)、アメリカ、カナダで脳死の判定を受け、家族らと日本に帰国後意識回復した3人がいたこと(毎日新聞)が報告されている。日本でもそうだが、特に死生観の違う海外では脳死即治療打ち切りになることもあり得ることを知っておくべきだ。》

1999年2月、日本で法律(「臓器の移植に関する法律」)に基づいて脳死移植が初めて行なわれて(高知赤十字病院)から2006年までに行なわれた移植件数を記しておく。
   1998ー2001 2002 2003 2004 2005 2006 計
提供者数  18    5   5   8   8   9  53
 心臓   13    4   2   8   6   9  42
 肺    10    3   3   6   5   6  33
 肝臓   16    5   3   4   3   5  37
 膵腎    6    2   3   4   5   9  29
 膵臓    1    -   1   1   1   -   4
 腎臓   27    6   3   8   7   9  60
 小腸    1    -   -   -   -   1   2
 計    74    20   15  31  27  40  207
    (日本移植学会「臓器移植ファクトブック2005」から)
                 ‥‥‥ 未完

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2007年10月12日 (金)

中身はどうでもいいの?

毎日新聞(10/12)くらしナビ Fashion のページから
昭和一桁にはこれはファッションというよりも単なる物真似、みすぼらしい流行としか映らない。

先にひとりごと 07/03/で、独りよがりのセンスのないコーディネーターたちによって、あたら中年おじさんの清々しい良さを惨めで無惨なものにした姿を伝えた。今回は「新おじさんのおしゃれ講座(改造編)」として第1回目に‘眉’を取り上げている。前回と同じく担当は女性だ(資生堂ビューティークリエーション研究所長・富川栄)。他に服装についてはオンワード樫山メンズ商品開発室長・黒部和夫、松屋専門課長・宮崎俊一、特に何をしたか不明だが資生堂ビューティーアーティスト篠塚富良らがいる。

前編ではコーディネート後の写真は白黒だったが今回はカラーになっている。事前のシッルエットはよれよれの衣服でいかにも哀れに装わせ、事後との対比を図っているようだが、特段代わり映えしているようには見えない。やはりセンスのないコーディネーターたちの独りよがりに過ぎない。

眉については事細かく説明しているのだが、富川いわく「平山さん(読者モデル)のように濃くて立派な眉毛の人に多いのが、眉頭より眉尻の方が太い形。これだと眉尻の方が下がって見えるため、ちょっと情けない印象になります」、という。そこで事細かく図解入りでカミソリの入れ方を説明している。そうすることで精悍に見えるからだって。そうすると、現在の日本の女性たちはみな、精悍に見せるために猫も杓子も眉を吊り上げているのだろうか。己の顔かたちを見極めるセンスもなく、とにかく眉を吊り上げる。道ですれ違うおばさんたちは特に恐い形相だ、いや違う、滑稽な形相だ。

昨今、見た目が○○%といったような外見ばかりを気にする書物も出ているが、男の値打ちは眉で決まるものではない。『男は40歳になれば自分の顔に責任を持て(リンカーン)』は眉毛を剃ってつり上げろ、ということではない。読者モデルは45歳、他人からあれこれいじられなくても、十分に自分の顔の責任ぐらい持てるようになっているだろう。自信がないのは眉のせいではない、よほどノーテンキな生活を送って来たものと思う。

毎日のテレビで、眉が下がった男性アナウンサーを何人も見掛ける。とっても人の良さそうな人間性を感じながらニュースや話を聞いている。

女性たちがよく言うように、「おしゃれは人に見せるためにしているのではない」が真実なら、人の目など気にすることはない。それを45歳のおじさんに寄って集って見苦しく装うことは迷惑、余計なお世話というものだ。悲しいかな、モデルの男性は「(眉を)整えたいとは思うんですが、眉が太すぎて・・」との相談を持ちかけている。また、衣服担当はたちは「どんな服でもオーバーサイズはだらしない印象に。自分だけの見立てでなく売り場の店員に是非サイズが適切か聞いて下さい」と宮崎の弁。コーディネータを名乗る連中がこの程度で、うっかり店員に訊ねられるものか。

また、ストールも大切なポイントです。「恥ずかしがる人も多いのですが、40代以上のおじさんには必須」、年齢が出るノータイの首元をさりげなくカバーし、おしゃれ上級者にも見えますので、是非お試しを、だって。ストールが必須のものとは呆れる。写真は中尾彬ふうに垂らしているが、中尾彬自体決しておしゃれにも見えないし、あれが優れたコーディネートとも見えない。「年齢が出るノータイの首元」ってどんな首元? 40歳の首元、50歳の首元を何故隠さなければならないのだろうか。ストールを売るためのキャッチフレーズなんだろうか。

男はやはり清潔でさえあれば、おしゃれなど必要ない、素のままなのが一番だ。ボロボロに汚して破れた角帽、翻るマント、白い鼻緒の書生下駄、熱海の海岸の間貫一だが、このバンカラ・スタイルもおしゃれと言えばおしゃれであったのかもしれないが。

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2007年10月11日 (木)

学生「未加入者に不支給」確定 - 2 -

 全国9地裁に起された学生「無年金障害者*」訴訟では先月28日の初の最高裁判決で元学生側が敗訴しており、第3小法廷もこれを踏襲したかたちとなった。社会保障制度に関して国の裁量を幅広く認め、当時の国民年金法の規定も「著しく合理性を欠くとは言えず、不等な取り扱いとは言えない」と判断した。
 原告側は「20歳未満で障害を負ったら未加入でも支給され、20歳過ぎだと不支給なのは不平等」などと主張していたものである。

 * 無年金障害者 ‥ 国民年金未加入時に重い障害を負い、障害基礎年金(一般では月額8万2508円)を支給されていない人。
 1) 制度改正で強制加入になる前に障害を負った学生(推計4000人)や専業主婦(同2万人)
 2) 国籍要件撤廃前に障害者となった在日外国人(同5000人)
 3) 加入義務がありながら未加入・未納だった人(同9万1000人)など
1)は、05年に創設された特別障害給付金(1級で月額5万円)による救済対象で、今年7月現在、学生3737人、主婦3656人が受給している。

9日の第3小法廷の判決以前、同じく20歳以上の学生の国民年金加入が任意だった91年以前に、未加入のまま重い障害を負った東京、千葉、新潟の元学生らが、障害基礎年金の支給などを国に求めた2件の訴訟の上告審で、最高裁第2小法廷(津野修裁判長)は先月28日、いずれも上告を棄却していた。「法の下の平等に反し違憲」との原告側主張に対し、判決は「国の広い裁量の範囲内で合憲**」と退けていた。原告逆転敗訴の2審・東京高裁判決が確定した。

 ** 82年の最高裁判例「国民年金のような社会保障制度でどのような立法をするかは国会の裁量に委ねられている。」

全国9地域に起された学生無年金障害者訴訟で初の最高裁の判決であった。社会保障制度に関して国の幅広い裁量を認めた従来の判例に沿った判断で、残る7訴訟でも元学生側の違憲主張は退けられる見通しになった。

原告側は、当時の国民年金法を巡り
 1)同じ未加入でも、20歳未満で障害を負ったら支給され、20歳過ぎだと不支給
 2)同じ20歳以上でも、学生以外は強制加入なので原則支給され、学生は任意加入が必要
などの規定は「平等に反する」と主張していた。

判決では1)について、所得保障***の必要性が高い20歳未満の障害者に限り、保険料負担なしに支給する例外的な制度である、と判断。
    2)でも、保険料負担や加入の必要性・実益などを考えて学生に判断を委ねた仕組み、だと指摘した。いずれも「著しく合理性を欠くとは言えず、原告側が主張する差異は、不当な差別的取扱いとは言えない」と結論づけた。

 *** 「所得保障」とは老齢者、疾病者、母子など労働力あるいは所得能力を失った人たちの、一定の生活水準を確保するために国が保障することを言う。

原告は東京、新潟両地裁に訴えた男性5人(48〜40歳)で、1審は04年、「不平等の救済措置を怠った立法不作為は違憲」と述べ、1人、700万〜500万円の賠償を国に命じたが、2審は05年、請求を棄却し、原告側が上告していた。

一方、請求棄却の広島高裁判決が、9日の最高裁でも元学生側の上告を棄却したことで、違憲判決が出た東京・新潟・広島の3地裁の原告はいずれも全員敗訴したことになった。

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2007年10月10日 (水)

学生「未加入者に不支給」確定

いささか古いニュースになるが、06年度の国民年金保険料の実質納付率が49・0%となり、初めて5割を切ったことが社会保険庁の調べで9月25日、明らかになった。社保庁は06年度の納付率を66・3%と公表しているが、これは保険料を免除されている人などを除いて計算している数字だ。加入者全員で見た場合、保険料を払っているのは2人に1人いないことになり、国民年金の空洞化が一層進んでいることが裏付けらられたことになった。

06年度の国民年金加入者は2123万人。このうち未納者は322万人だが、未納とは別に、所得が低く保険料を免除されている人が320万人、猶予されている人が208万人もいる。社保庁はこうした制度上保険料を払わなくてもいい人を納付率の計算に含めておらず、06年度の公式納付率は前年度比0・8ポイント減の66・3%としている。

ただ、民主党は「実勢を反映していない」として、全加入者を対象とした納付率の算出を求めており、社保庁が試算した結果、06年度は前年比1・1ポイント減の49・0%であった。実質納付率が50%を割ったことで、基礎年金(国民年金)を全額税でまかなう税方式導入論に火がつく可能性もありそうだ、と書いた。

《預貯金ゼロでも老後の心配のないスウェーデンなどではどのような保険料の徴集法を採用しているのだろう。現役時代に保険料を支払わないことのペナルティーをどのように科すのだろう。スウェーデンのように、預貯金なくても老後の生活が保障されるためには、すべての国民にたいして若い時から強制的な貯蓄をしてもらう必要がある。それが無理な低所得者には、国が代わりに払えば良い。その結果が等しく老後も生活保護に頼らなくても最低限の生活が支えられるのだろう。全額を税で賄う法もあるが、スウェーデンでは年金保険料を税として徴集している。当然、収入に対する税負担は増える。

  給与水準の違いによる税負担の差の国際比較をみると(2003年)<OECD 2004>より
   国      水準の  水準の   差
          0.67倍  1.67倍
 アイルランド  16・7%  35・2%  18・5
 ハンガリー   41・0%  55・8%  14・8
 フランス    37・6%  50・7%  13・1
 ベルギー    47・5%  60・3%  12・8
 フィンランド  39・5%  50・4%  10・9
 デンマーク   39・9%  50・3%  10・4
 ドイツ     46・7%  57・0%  10・3
 ノルウェー   33・7%  43・3%   9・6
 イタリア    41・3%  50・2%   8・9
 イギリス    26・2%  34・2%   8・0
 アメリカ    27・1%  34・6%   7・5
 スイス     26・6%  33・4%   6・8
 スウェーデン  44・8%  51・2%   6・4
 韓 国     12・9%  19・0%   6・1
 カナダ     27・6%  33・3%   5・7
 トルコ     40・9%  44・5%   3・6
 日 本     26・1%  29・6%   3・5
 オランダ    37・6%  39・9%   2・3
 ポーランド   41・6%  43・9%   2・3

ここに見るように、日本は比較的高所得単身者と比較的低所得単身者との間の税負担率の差が小さいことが分るが、一方、収入に対する税負担は、高福祉国と比較するとその負担率は格段に低い。

日本も福祉国家を夢見たいのなら、年金保険料の税金化があってもいのではないか。格差社会を楯に納税意識の低い現在の状態のままでは、ますます未納額は増え、年金制度そのものが崩壊することが懸念される。》
 
【閑話休題】
毎日新聞10月10日から
20歳以上の学生の国民年金加入が任意だった91年4月以前に、未加入のまま重い障害を負った広島県の元学生の男性2人が、障害基礎年金の支給などを国に求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(堀籠幸男裁判長)は9日、元学生側の上告を棄却し、「国会の広い裁量の範囲内で合憲」と退けた判決を下した。原告逆転敗訴の2審・広島高裁判決(06年2月)が確定したことを報じた。
                  ‥‥‥‥‥ つづく
  
 

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2007年10月 9日 (火)

「もう拉致日本人はいない」と言うが

ノムヒョン韓国大統領の北朝鮮訪問に特別随行員として同行した文正仁(ムンジョンイン)国際安保特命大使は8日、京城(ソウル)駐在の外国メディアと懇談し、南北首脳会談の場で、キム総書記が「もうこれ以上、拉致された日本人はいない」と語ったと明らかにした。

《これまでキムは「拉致問題は解決済み」と口にしていたが、ムンの言葉を信用するならば、今回は拉致された日本人の存在すらも否定したことになる。しかし、現実には横田めぐみさんを始め、未だ未帰還者の多くの被害者は生存しているものと考えられている。めぐみさんに至っては別人の「遺骨」を持ち帰らせておいて、いないと言うのだろうか。この他にも多数おり、拉致問題調査会では数百人に及ぶ日本人が拉致されていると見ている。》

ムンによると、ノムヒョン大統領が福田康夫首相のメッセージを伝達した後、「日本人拉致問題」と直接的な表現を使って解決を促したのに対し、キムは解決済みとして話に応じなかったという。ノムヒョンが「日朝関係が改善されてこそ、南北協力に役立つ」と指摘すると、キムは「それは同意する」と述べたという。

また、キムは韓国人拉致問題については「志願して北朝鮮側に渡り、我々も歓迎儀式をやって受け入れた」と主張し、韓国人拉致被害者はいないとの従来の立場を繰り返した。

《キムの言うように、北朝鮮が歓迎儀式をやって受入れた人間も多くいたであろうことは同民族間の問題として十分理解できる。一方、日本が言う拉致被害者にあたる韓国人がいるかどうか、日本人にはいるかも知れなしし、いなかも知れない、としか言えない。》

いずれにしても、日本政府は北朝鮮の核実験から1年を経過した今日9日、午前の閣議で、貨客船「マンギョンボウ号」など北朝鮮船舶の全面入港禁止措置と北朝鮮からの全品目の輸入禁止を14日から半年間延長することを結決定した。これら禁止措置は日本独自の制裁で、昨年10月の核実験を受けて実施し、今年4月に半年間延長していたものだ。

町村信孝官房長官は同日午前の記者会見で「拉致問題に具体的な進展がないことや、核問題を含む北朝鮮を巡る諸般の情勢を総合的に勘案して判断した」と今回の延長措置について説明した。「北朝鮮が拉致問題を含む諸懸案の解決に向けて、具体的な行動をとることを改めて求めたい。わが国の今後の対応については北朝鮮の行動を踏まえ検討したい」と述べ、北朝鮮が拉致や核・ミサイル問題で前向きな対応を示さない限り制裁を継続する考えを示した。

《6カ国会議で北朝鮮の核廃絶を狙ったアメリカは木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊になったようで、北朝鮮にすれば核を振りかざす瀬戸際戦術が強力な武器になることを確信している。経済援助は着々と進行し、国連の安全保障理事会の制裁決議
 1). 通常兵器、大量破壊兵器の関連物資の禁輸
 2). 贅沢品の禁輸
 3). 大量破壊兵器に関与した個人、団体の資産凍結、
     関係者の入国禁止
などすら骨抜きになったのが現実だ。すでに中国も対北朝鮮への輸出は今年1〜8月期で約8億6241万ドルと前年同月比9・22%も贈貸している。アメリカを骨抜きにした北朝鮮が日本の拉致問題を、もう北朝鮮には日本人の拉致被害者はいない、と嘯(うそぶ)くのも当然のように思われる。先守防衛、核武装を煽動する中川や麻生のようなヤツの声は今のところ静まったが、従来以上に交渉の相手として難しくなった北朝鮮だ、対話と圧力を言う福田総理のこれからの対北朝鮮外交を期待しよう。骨になっても日本へは戻れない懸念もある拉致被害者たちの逸早い帰国を祈るのみだ。》

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2007年10月 8日 (月)

歌麿とダ・ヴィンチ

日本が世界に誇る江戸の浮き世絵師、喜多川歌麿の絵の発見と、もう一方は発見ではないが古城から盗まれていたイタリアの巨匠ダ・ヴィンチの絵「糸車の聖母」が見つかった記事と絵が同日の紙面に並んで載った。

♦歌麿の「女達磨(だるま)図」がニュースの時間にテレビに映し出された瞬間、達磨の扮した遊女が纏う朱の衣の余りの鮮やかさに圧倒される思いだった。遊女の美しい歌麿特有の端麗な顔だちが一層際立って見事な一幅の掛け軸だ。

縦36・5センチ、横56・5センチで、歌麿全盛期の少し前の寛政2〜4(1790〜92)年に描かれたとみられるものだ。昭和初期の資料には記載されてあったが写真もなく、幻の存在であったという。

所有者の女性(栃木市)の夫が20〜30年前、廃品回収業者から3000円ほどで購入していた。現存する歌麿の肉筆画は30点ほどで、学術的に貴重な発見という。千葉市美術館の浅野秀剛学芸課長が鑑定し、筆運びなどから真作と判断された。

♦ダ・ヴィンチの方はテレビでは見られず、新聞もモノクロの小さな写真だけのものだ。「糸車の聖母」は3作品が残されていて、いずれも真贋が詳らかではない。

英国警察当局は4日、03年に英スコットランドの古城から盗まれていたレオナルド・ダ・ヴィンチの作品とされる油絵「糸車の聖母」を北部グラスゴーで発見、事件に関与した男4人を逮捕した。「糸車の聖母」は16世紀初頭(1501或いは02年とも)の作品で、推定3000万ポンド(約71億円)とされている。作品は古城に住んでいた美術蒐集家として知られた富豪が所有していた。彼は発見直前の今年9月に83歳で死亡していた。

毎日新聞紙上の「糸車の聖母」はバックに草原の奥に丘か、或いは海の遠くに島状のものが描かれた絵で、他の2枚の山並が描かれたものと異なる。「最後の晩餐」の精細な研究でもわかるように、ダ・ヴィンチはパースペクティブ(遠近法)を取り入れた細心の構図で画面を構成していることがわかる。しかし、真贋の定かでない3枚には、背景を単純化した奥行きのない海(草原?)1点と、樹木の生えていない岩山だけの背景(2点)で如何にも絵が薄っぺらで平板だ。特に今回発見されたものの贋もの臭いのは、聖母と幼子イエスに共通する毛髪の描写の頼りなさだ。何だか小学生が色紙を指先で千切って張り付けたような全く量感のない髪。ということは聖母には後頭部へ続く丸みが感じられないことだ。

3枚の絵は親子ともコピーしたように同じポーズで描かれている。3枚に共通の目につく特徴として、マリアの右手のまるで近代の短焦点レンズで撮影したように大きく強調された違和感である。2つ目は、幼子イエスの極度に誇張され、デフォルメ(醜くすること)されて歪んだ顔面だ。

優れた絵には素直に感動する感受性を自慢する私には、「聖母子」が描かれている割に、何の感銘もないとても安っぽい絵に映った。ダ・ヴィンチが描いたものとはとても思えない。僻根性からではない、71億円もする値打ちはないだろう。

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2007年10月 7日 (日)

アメリカとはこんな国

6日の各紙がグエン・ベトさん(26)の死去を報じた。

1981年、ベトナム中部ザライ省で弟のドクさんと下半身がつながった状態で生まれた。同省はベトナム戦争中(1960〜1975年)、アメリカ軍が枯れ葉剤*を大量に散布した場所で、2人は戦争の悲惨さの象徴として世界的に知られた。86年にはベトさんが急性脳症を発症し、特別機で日本に運ばれて治療を受けた。ベトナムに戻った2人は88年にホーチミンのツーズー病院で日本の医師も協力して分離手術が行なわれた。ベトさんはその後、同病院で寝たきりの生活を送っていた。

ドクさんは分離手術のあと、成人してからは同病院職員として働く一方、枯れ葉剤*の被害を世界に訴える活動を続けている。

 *枯れ葉剤 - ベトナム戦争中にアメリカ軍によって撒かれた枯れ葉剤は軍の委託によりダイヤモンドジャムロック、ダウ、ハーキュリーズ、モンサント社などにより製造された。不純物として催奇性があるとされ、ダイオキシン類等を含む除草剤の一種で、主に綿の栽培で飛行機により空中から撒布して使用していた。

アメリカ政府は枯れ葉剤と奇形児出生の因果関係は認めておらず、戦後補償も行なっていない。一方、ベトナム側の説明によると、国内には約400万人の枯れ葉剤被害者がおり、結合双生児や脳性麻痺の子どもたちが今も生まれているという。

枯れ葉剤だけではない。ベトナム戦争では敵の陣地攻撃やジャングルに潜む敵兵を殲滅するために、アメリカ軍はナパーム弾**を開発し、投下した。極めて高温(900〜1300度)で燃焼し、広範囲を焼き尽くし、破壊する。

 **ナパーム弾 - 主燃焼材のナフサにナパーム剤(パーム油から抽出したパルミチン酸のアルミニウム塩、乳化剤としてのナフテン酸などを混合)と呼ばれる増粘剤を添加してゼリー状にしたものを充填した油脂焼夷弾である。これに信管をつけて空中から投下、また、火炎放射器の噴射剤としても用いられた。

遺伝子組み換え作物の栽培で使われている除草剤のラウンドアップは、ベトナムで使われた除草剤を製造していたモンサント社が開発したものだ。遺伝子操作でラウンドアップに耐性を有する作物(ダイズ、トウモロコシ、ナタネ、ワタ)は、生育中にラウンドアップを散布しても枯れないで、すべての雑草を除去しながら栽培される。また、アメリカは麻薬作物の除去を名目に、コロンビアやアフガニスタンなどでこれを空中撒布する作戦を展開し、対象地区の農業や環境に被害を与えているのだ。

にも拘らず、アメリカは、ノルウェーなど有志国が禁止する条約を08年中に作ることを目指している「オスロ・プロセス」を嘲笑うかのように、新型のクラスター爆弾を開発し、配備に向けて動きだしたのだ。北朝鮮をテロ支援国家といえる立場ではないだろう。他国へまで侵攻し、自身がテロ行為とおぼしき戦争を仕掛け、戦火を広げているのはまさしくアメリカ自身だ。今回のクラスター爆弾は、従来の不発率の高かった爆弾に比べ、電池で自爆装置を作動させる技術が導入され、不発率は低いという。全面禁止を求める動きがある中で、あえて実戦配備するだけに、反発を招くのは必至とみられる。

不発率は低いのであって、ゼロではない、必ず投下されれば今までと同じ、爆発するとは限らない不発弾が混じるのだ。1発2発の不発の問題ではない。落とすとなれば数え切れない数を投下するアメリカ軍だ、その子爆弾の数は考えるだけでも恐ろしい数量になる。

新型のものは対人・軽装車攻撃用で、42個の子爆弾(M80型)が搭載されている。1800発製造され、米国防省筋によると、今秋にも900発(子爆弾3万7800個)が実戦配備される見通しだという。イラクやアフガニスタンへの配備が検討されている。20年以上使わずに倉庫に保管しても、電池などが劣化せず品質を維持できるという。約20年前から開発が進められ、総費用は「数億ドル以上」(国防総省筋)にも上った。

従来の爆弾は、不発の場合、内蔵された第2の爆発も不発に終わる危険性が高かった。昨夏の第2次レバノン戦争ではイスラエル軍の使った自爆装置付きの同爆弾の不発率は6〜10%に上る「国連地雷除去センター(UNMACC)現地調査」と推計している。

アメリカでは陸軍の保有する450万発(個爆弾6億個)の大半が80年代までに製造された旧型(不発率4〜16%)で、自爆装置を持たない。アメリカ軍は03年のイラク戦争の当初約1カ月で約1万発の同爆弾を使用した。子爆弾の数にして4万〜12万個以上が不発弾として残り、多くの民間人が死傷した。

これまでも、侵攻した他国に多くの被害をもたらした事実を知りながら、その因果関係に目を瞑ってきた。アメリカ国務省は、01年、クリントン政権末期に内規で決めた「05年以降に製造するクラスター爆弾の不発率は1%以下とする」とした、すでに現在の実態からはかけ離れた目標を後生大事に、依然としてクラスター爆弾の軍事的有効性を重視する姿勢を見せつけた。自らを世界の警察と任じながら、大国の武力統治の論理で我を通す。これが民主主義というのなら、日本は民主主義でないことを選んだ方がよい。

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2007年10月 6日 (土)

代理出産公募 後日譚

長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長が、不妊夫婦の受精卵で妻に代わって別の女性が出産する「代理出産」のボランティア公募に応じた40人の女性たちに送ったアンケートに、回答してきた人がいなかったことを4日、明らかにした。結果、当面はボランティアによる代理出産は行なわないという。

同病院では今年8月、ボランティアに応募してきた20〜50代の女性にアンケートを発送した。「家族の同意があるかどうか」「経済的な支援が不要かどうか」そして、「もしあなたが亡くなっても家族は納得できるかどうか」など9項目に亙る設問に答える形式となっていたという。女性が出産することは、命がけの仕事であることを理解してもらうためだ。

厳しい設問もあり、当初から志願者が減ることを予想していたとはいえ、40人からなる応募者の1人として返事すらなかったということになる。病院からのアンケートに恐れをなしたものだろうか、そうだとすると、妊娠・出産をどの程度のものと心得ていたのだろうか。当初の応募者の中には悪戯と思われるものも1名おり、代理出産を依頼したい側なのか、代理出産をする側なのかはっきりしない10名の応募もあったようだ。アンケートを送付したおよそ40名は病院の趣旨を理解した40名であったはずの人たちだと思う。病院の話ではその全員が自身の出産を経験した人たちであった。

ボランティアとはいうものの、実際にはまだ確立されていない病気や死亡への補償制度のないことが、出産の経験はあったとしても、不安に感じられたものと思われる。

毎日新聞(10/4)から
60代の独身女性が米国で第3者の卵子、精子による受精卵提供を受けて妊娠し、現在15週目の女性が、帰国後、複数の医療機関に診察を求めたが断わられていた。今年9月に同クリニックを訪れてきた。
 ▽女性が高齢で母体の健康管理が難しい
 ▽血縁関係のない子どもが生まれると、親子関係にひずみが生じる可能性がある
などの問題があるが、根津院長は「望んで妊娠したのだから」と女性を診ることを決めたという。

《この女性の妊娠までの経過を考えると、受精卵が母体にとっては全く関係のない他人のものであるという点では代理出産と何ら変わらない。通常の代理出産のように、依頼者がいての妊娠でないことだけの差異に過ぎない。米国には日本からの代理出産の依頼者もおり、東洋人の卵子も精子もバンクに保存されている。髪の毛の黒い子が望みなら要望に答えられる準備は出来ているのだ。》

01年に60代女性が米国で提供を受けた卵子と夫の精子で妊娠し、国内で出産したケースはあるが、卵子、精子とも第3者から提供を受けた高齢の独身女性の例が明らかになるのは稀である。

国内では、厚生労働省の生殖補助医療部会が03年、不妊夫婦が第3者から受精卵提供を受けることを認める報告書をまとめたが、独身者は対象になっていない。根津院長は「患者をたらい回しにするのは医療として問題だ。緊急避難としても、こういった受け入れシステムを検討すべきだ」としている。

《根津院長の『いのち』に対する取り組みは、すでに十分理解しているが、今回のような事後処理的な事例が「緊急避難」としてシステム化されることになれば、緊急避難が通常化することの危惧が懸念され、緊急避難は例外事例ではなくなる。良い例が例の離婚後300日問題だ。1人のふしだらを認めることで皆で渡れば怖くない連鎖で、法律まで変えざるを得なくなる。大義名分は「生まれて来る子に」或いは「生まれた子に」罪はない、で済まされることになるのだ。》

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2007年10月 5日 (金)

続 躾け

2005年5月16日、老いに鞭打ってブログ「世相」を立ち上げた。6月に最初の「躾け」を取り上げて以来、多くの数の、無責任な親の育児放棄に近い実態を書いてきた。幼児から子ども、学生から大人、現在の親たちが受けたであろうその上の世代の親たちの躾にまで遡り、敗戦後の働くことでやっと生き延びてきた、親の世代の責任の大きさに改めて気づくこととなった。

3日、親の育児責任に触れた東京地裁の判決で、躾けのできていない親に対して賠償命令が出された。
 マンション上階に住む幼児の走り回る足音で苦痛を受けたとして、東京都板橋区の男性が幼児の父親に240万円の賠償を求めた裁判で、東京地裁は3日、36万円の支払いを命じた。中村也寸志裁判官は幼児の父親の対応が極めて不誠実だったとしたうえで、「足音は受忍限度を超えている」と述べた。

男性は妻と6階建てマンションの1階に住んでいたが、幼児の家族が04年4月ごろに2階に引っ越してきてから、当時3〜4歳の幼児が室内を走り回り飛び跳ねる音に悩まされ、妻は不眠になったという。男性は父親に抗議したが突っぱねられたため、騒音計で測定し、50〜65デシベルの音だったとして提訴した。

判決は、足音がかなり大きく聞こえた時には深夜まで及んでいたと認定。「父親は幼児を躾けるなど住まい方を工夫し、誠意ある対応を行うのが当然だった」と批判した。幼児の家庭は05年11月に引っ越している。

親のすることは子どもを見ていれば簡単に分かる。子は親の鏡である、とはそういことだ。小中学校でのいじめ、学級崩壊、きちんと座って先生の話が聞けない、などなど皆、親が毎日の生活の中で子どもの前で見せていることの真似や反映に過ぎない。上の階の父親は抗議を受けて「建物を建てた人間に文句を言えばよい」と逆切れして追い返したという。最近は苦情が減っていたが、いっとき、どこもかしこもメンツだけの飾りピアノを競争して買う時代があった。防音装置のないマンションで習い事のピアノの雑音のトラブルが頻発し、事件にもなった。また、風鈴の音がうるさい、と隣同士のトラブルも多発した。現在、日本の世にはやっている自己の利益だけ、自己主張だけはするが他人との関わりに全く気がつかない人間の典型だ。

この家族はマンションへ引っ越しして来た時にも、近所への挨拶をしていなかったそうだ。やんちゃ盛りの子がいれば、走り回ることは引っ越す前から分かっていることだろう。一言の挨拶が交わされていれば、違った展開になっていたことも考えられる。我が家でも同じようなことを経験した。先の旦那を追い出して2度目の男が入り、連れてきたゴールデン・レトリバーと住むようになって事件は起った。躾ができいなかったその犬は、繋がれていなくて庭一面が糞便で埋まって行った。自宅の玄関先に溜まっている糞の山を、隣の夫婦は片付けることをしない。横並びの我が家の玄関周りも我慢ならない悪臭に汚染された。挨拶がないから名前がわからない。とにかく保健所に連絡して不衛生を注意してもらった。全く効き目がなかった。2度掛け合ってくれた。何の効果もなかった。

或る夜、声を荒げて男を呼び出した。大喧嘩になった。こ1時間話し合った。話の内容は上の話の父親と変わらない手前勝手だけだ。どうやらこうやら話は終わった。翌日から数日間かかって糞便の山は片付いた。それからの結果も同じだ、今は出て行っていない。

安倍が首相であったとき、「親学」を口にした。彼が言ったことで、褒めるものが何もない中でただ一つ、よいことを言ったと私が褒めたのがこれだった。

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2007年10月 4日 (木)

赤ちゃん置き去り続発

夕食どき、たまたまNHK「クローズアップ現代」を途中から見た。少子高齢化で日本の将来も危ぶまれている一方、厚生労働省によれば毎年、捨て子の相談数は年間200件前後も発生しているという。幼児遺棄事件もここ2年間で94件も起っている。最近の半年間では30件以上の遺棄があり、一週間に1人の赤ちゃんが棄てられていることになる。「こうのとりのゆりかご」の熊本市の慈恵病院では24時間の電話相談を受け付けたところ、全国から‘産んだら預けたい’と200件を越す相談の電話がかかってきて、パニック状態で対応に追われているという。

産んだ子を棄てる母親の多くは10代後半から20代前半で、経済的な困窮を訴えたり、相談相手がなく、レイプされた少女であったり、周囲から孤立した女性が殆どのようだ。一方で、そのような母親の出産を経済的に援助したり、赤ちゃんの特別養子縁組に取り組むNPOの活動にも触れて、乳児遺棄事件の背景なども取材している。

テレビを見ていた時間は途中からだったから、あと寄りの15〜20分ほどだけだった。25分構成の全てではないので不確実ではあるが、私の見た限りでは、画面の外から番組のナレーションを読み上げる声が男性であるだけで、それ以外に男性が関わっている様子は全く感じられなかった。番組の主張は、女性の事件への見方が一方通行で進行し、如何に女性は社会から疎外され、無責任な男性によって虐げられているか、NPOが動いてやらなければ余りに哀れなことではないか。というのが嫌味なほど聞こえてきた。男女7人が殺された福岡の殺人事件でも、男に命じられて殺したとしても、手を下した女性が反省し、再犯の可能性も低く、死刑の適用は躊躇せざるを得ないとして、死刑から減じられて無期になっても、直接手を下していない男は死刑になる時代だ。これから書くことで女性を攻撃するには勇気がいるが仕方ない。

18歳にもなって妊娠の摂理も理解できない女性は家族への相談もできずに乳児を撲殺。河原で生活する全く生活能力のない無職の男性の子を妊娠し、腹を蹴られて中絶させられた女性。9カ月でトイレで早期出産したが、金がないから子どもは棄ててこい、と言われて棄てた女性。いずれも同情せよ、と言われても、無理だ。この彼女たちを、ああ、哀れ、可哀相に、だけで見ていいのか。経済的な思慮のなさ、人間的未成熟、性知識の欠除を社会的な問題だけでみていのか。私には自業自得と映る。

そもそもの妊娠の切っ掛けは、レイプは避けようもないことだが、殆どはお互いの合意の上で行なった性交渉の結果だ。妊娠、出産はそれなりの対応をしなければ、誰もが知っている当然の結果として起る。経済的に育児が不可能(学生、失業など)な立場にある場合、肉体的にも親として不適格(未成熟)である場合、人間関係の希薄さから、簡単に出会い系サイトで結びつく場合など、氾濫する性情報の割に、正しい性知識、避妊知識の欠除が遺棄事件の全体的な背景にある要因として大きい。

派遣社員だから、アルバイトだから、パート社員だからは乳児遺棄の言い訳にはならない。低収入だったら、だからこそ避妊は守る、守らせるべきだし、‘できちゃった’はいくら世間で流行っているからって、ふしだらまで真似をすることではない。男の子は普通目にしない女性誌のセックス記事を小学生から女の子は眺めている。男に比べ女の子は早熟だ。加えてバカな親たちが、何の犯罪防止にも役立たない携帯を、人に遅れを見せたくないだけで買い与える。子どもたちは喜んで出会い系サイトを眺め、利用することになる。きらびやかなファッションやセックスだけが興味の対象になる。

同じく同日の他局の番組中、自称山奥から出てきたという、14歳(中3)15歳(無職)の女児が東京・新宿の歌舞伎町界隈のファーストフード店で勧誘(1説にナンパ)され、奄美大島まで移されていた話をしていた。どこの山奥から出てきたのか不明だが、幼い女児が2人連れ立って、何の目的で生き馬の目を抜くとも例えられる怖ーい東京へ出てきたのか。家出ということだが、ただファッションに憧れ、大都会に憧れる乙女心と言ってしまえばそれまでだが、思春期の娘を育てている親は育児の監督責任をどのように思考えているのだろうか。

話をNHKの内容のことに戻そう。ある女性は男と別れ、仕事も打ち切られ、ぎりぎりの生活の中から出産費用のおよそ30万円を支払うと、少ない預金がなくなる、と訴える。自治体から24万円、NPOから6万円の支援で無事出産したという。知っているのだろうか、彼女が国民健康保険の加入者だったら「出産育児一時金」として30万円が支給されることを。或いは本人(妊婦)または配偶者が自分で保険に加入していない場合でも、(例えば妊婦がまだ学生で未成年、父親の保健の扶養家族になっている場合)受け取る資格(『家族出産育児一時金』)があるということも。彼女の例ではNPOが支援しているということなので、それらのことを熟知した上での対処であったとは思うが。男はセックスには興味があっても、女性の身体の生理や仕組みまでは理解しない(理解できない上に無理を言う)。自業自得と言われないためにも女性自身が自分で自分の身は守ることと、表面(おもてづら)だけではなく、じっくりと相手を見定める期間を持ち、下らない男を見極めて、相手にしないだけの見識を身につけること、泣きを見るのは何時も女性ということになるのだから。

NPOの活動の中には養子縁組で里子の世話も行なっているという。一般の里子と違い、実の母も里子に出したわが子と逢うことができる仕組みだという。毎年、毎年人工妊娠中絶が30万件(裏の数字は100万件)も出ている日本の現状から考えて、遺棄事件の発生もそれに連れて起きるのだろうが、それだけ男と女の仲というものが、簡単に解決できるものではない、ということでもあるのかもしれない。

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2007年10月 3日 (水)

懲りない面々(円天のL&G捜索)

毎日新聞(10/3)から
私のような銭(かね)のない、銭(かね)に縁のないやつには関係のない事件だが、ちょっとばかり銭(かね)のあるやつ、大きな銭(かね)のあるやつ、それに加えて欲の皮の突っ張ったやつや金(かね)の亡者たち、どうしてこうも学習能力もなく懲りないのだろうか。

どう考えても世の中に、そんな旨い話が転がっている訳もないのに、易々と引っ掛かって泣きを見る。確かに騙すやつが悪いことは百も承知していても、いつもいつも引っ掛かるやつが出ることが、貧乏人から見ていると、僻み根性も加わって愉快で堪らない。その額20年前の豊田商事(儲け話しは彼らに似つかわしい金(きん)の地金そのもの)の2025億円、2万7000人が被害者となった悪徳商法から、今回の円天の「エル・アンド・ジー(L&G)*」の1000億円(約5万人の会員から)にのぼる巨額詐欺事件となった。

 * エル・アンド・ジー(L&G)‥ 波和二会長が87年に設立。民間信用調査会社によると、遠赤外線を利用した健康蒲団「バイオゴールド」が主力商品とされる。年商約88億円で、約60人の従業員がいたが、先月下旬に大半が解雇された。同社を中心としたグループには、他に企業13社とNPO法人がある。現金を預けると同額面のポイントを支給する「あかりポイント制」を04年に導入。この制度を基に携帯電話を利用する「円天システム」を作り上げ、多くの会員を集めた。

無限の価値を生み出すとされた電子マネー「円天」を使った集金システムで、現金を一度預けるだけで毎年継続的に独自の「電子マネー」が携帯電話に振込まれる。元金も返還されるとうたい「お金を減らすことなく、毎年支給される円天で暮らせます」と宣伝していた。

円天で買い物ができる東京・銀座の販売オフィス「円天市場」には一時、食料品や蒲団、貴金属類がずらりと並んだ。しかし、「減らない金」のように見える仕組みにはからくりがある。商品を販売する加盟店は、円天での売上げをL&Gに渡して額面25%の現金と“換金”していた。それでも元が取れるように、加盟店は例えば本来現金なら2万円程度の商品を10万円天以上で売っていたという。

同社幹部も「日本円が入ってこなければシステムは回らない」と話し、現金あってのシステムだったことを認めている。一度の出資で無限の価値を生み出すとされた円天構想は幻想に過ぎない。一時期でも一定の場所で円天を使って商品を購入できた以上、全く価値のないものと引き換えに現金を集めたとも言い切れないところだ。警視庁と宮城、福島両県警の合同捜査本部が3日、出資法(預かり金の禁止)違反容疑でエル・アンド・ジー本社や役員宅など約60カ所の家宅捜査を始めた。

     〈年代順の主な悪質商法事件〉
               (警視庁など調べ)
 企業・団体名 (摘発年)  推定  推定
              被害額  被害者数
 投資ジャーナル (85) 584億円  7800人
 豊田商事    (87) 2025億円  27,000人
 茨城カントリー
    クラブ  (92) 1200億円  50,000人
 経済革命倶楽部 (97) 350億円  12,000人
 ココ山岡宝飾店 (98) 420億円  12,000人
 法の華三法行  (00) 950億円  22,000人
 大和都市管財  (01) 1100億円  17,000人
 八葉グループ  (02) 1549億円  49,000人
 ジー・
  オーグループ (02) 300億円  33,000人

肉親の勧めで投資した女性は「お金でもてあそばれた」と嘆き、高齢の男性は「約束は守って」と声を荒げたと聞くが、一事が万事、何事も、旨い話には特に、疑うことで生きてきた私の世代には、金、金、金の虚ろな声にしか響かない。
 

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2007年10月 2日 (火)

息子・娘が高齢の親を虐待

『高齢者虐待』、というものの、その内実は子による親への虐待が半数を占める実態が明らかになった。メディアは子による虐待を副題(半数が息子・娘)に書いているがそのような生易しいことではない。

高齢者への蔑視は生活苦に喘ぐ若者たちが、通常に高齢者社会への緒施策からくる被害者意識として抱いていることは、日常の言説でも十分に読み取ることができる。卑近な例では、この老人のブログにも、「独断と偏見」のブログであることを謳っているにも拘わらず、それも理解できないで、口を極めての罵りのコメント(早く死ね、死ね、を100以上も書き連ねて来るものがいる)をよこす若者もいる。

敗戦後、目上を敬う(これも時代錯誤と罵られそうだが)心や礼儀、道徳は麗しい日本人の心からは疾うに消え失せた。敗戦の責任を背負って荒んだ心で日本の土を踏んだ帰還兵たち、戦争が終わったことを歓びながらも国を護り切れなかった帰還兵の受け入れに、何らかの抵抗を持って迎えることになった国民の多くの人たち。そのような人たちが敗戦後の渾沌とした日本を、手探りしながら復興に向けて脇目も振らずに必死になって働いてきた。だが、そのことが大事なものを次の世代に伝えることができなかったことの責任を負ってもいるのだ。

敗戦で、戦前には日本を訪れた多くの外国人が異口同音に口にした、日本人の優しさ、遜譲の精神を何処かに置き忘れることになった。西洋に追いつくことを目標にした戦前の日本の教育は、一気に世界に類のない高水準を誇っていた。幼い子どもたちにも理解できる平易な‘修身’という名で人としての基本や、社会生活に必要なルールを学んだ。親や年長者を敬うことは小さい頃から教えられた。人に迷惑を掛けないこと、困っている人には親切にすることなども親による家庭教育や躾で自然に身についた。

問題は、教育勅語や青少年学徒に賜わりたる勅語というものがあった。特に男はみな、大きくなったら天皇陛下のため、御国のために戦うんだということが柱になっていた。敗戦は、その教育勅語の否定、教育の否定、神を否定し、権威を否定し、日本の歴史を否定して再出発した。封建制度の上で安泰であった男尊女卑は崩れ、家族制度が崩壊した。

これから先は何度も取り上げているが、親を捨てることで成り立っている現在の婚姻のあり方が、一層の拍車を掛けて親・子・孫で成り立つはずの家族の団欒が失われ、親子の愛情は希薄なものになっていった。それをもう一つ決定付ける要因に、高齢化社会の問題が加わったのだ。早くから核家族を営み、親の家へは年に1度か2度顔を見せ、手土産で無沙汰を誤魔化す。愛情の交換などできるはずもない。そのようにして年とともに親は疎外されて行く。親は息子や娘に老後の面倒を看てもらいたいと思っても、口に出して話し合いができるような心のつながりは疾うになくなっている。子は頭もぼけ、身体も弱くなってきびきびと動けなくなった親は足手纏いになるだけの存在に変わっているのだ。年老いた親への虐待が始まる。親が子に継がせる財産や遺産があれば話は別だ。

毎日新聞(9/22)から
家族や親族による65歳以上の高齢者への虐待が全国で昨年度1万2575件に上ることが21日、厚生労働省が行なった高齢者を対象とした虐待調査(速報値)で分かった。昨年4月施行の高齢者虐待防止法*に基づく初の調査になる。家族・親族による虐待では、8割以上は同居の家族からで、被害者の約6割は介護が必要な認知症の高齢者だった。在宅介護の難しさが家族を追いつめ、虐待に発展していく実態が浮かんだ。

 *高齢者防止法 ‥ 05年11月に議員立法で成立。施設従事者に虐待を発見した場合の通報を義務づけ、家庭内の虐待でも通報や早期発見の努力義務を課した。命に危険が及ぶ恐れがある場合、市長村長に立ち入り調査の権限を与えている。厚生労働省が毎年度、都道府県から件数と対応報告を受け公表することを決めている。

家族から虐待を受けた高齢者は、女性が77%と多く、80歳以上が約5割を占める。67%が要介護認定を受けており、認知症の判定では62%が介護が必要な「日常生活自立度2」以上だった。

虐待をしていたのは、半数が息子(37%)と娘(14%)で、配偶者は19%。身体的虐待が64%と最も多く、排泄の失敗を責めるなどの心理的虐待が36%。お金を渡さないといった経済的虐待や介護放棄も2割以上あった。虐待に気づいて市町村の窓口に通報したのは、ヘルパーなどが4割以上を占め、本人からの相談は12%にとどまる。

発覚後の市町村の対応では、介護施設や病院への入所・入院などで家族と分離したケースは36%。4割近くは「助言・指導」や「見守り」しかしていなかった。調査は施設内での虐待についても行なわれ、53件の虐待が確認されたという。

老年精神医学を研究している松本一生・大阪人間科学大教授の話「気をつけなければならないのは、悪意はないのに精神的に追いつめられた介護者の虐待もあることだ。重要なのは犯人探しではなく、追いつめられた介護者を社会がどう支援するかということだ」と述べた。

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2007年10月 1日 (月)

やっと がてんがいった

今年も既に4分の3を通過した。
毎日新聞(10/1)に面白い記事を見つけた。なるほど、そうだったのか、と思わせる内容だ。韓国ソウル支局の堀山明子から寄せられたものだが、『韓流ざんまい 姦通罪は女の武器?』とある。幸い私は韓国ドラマには全く興味がない。一度も見たこともないし、見ようとも思わない。それなのに何故今回取り上げることになったのか。私から見ての話だが、何故あれほど女性たちが黄色い声を上げ、空港まで出向き、カメラの砲列を布き、海を越えてまで男優を見たいと思うのか。韓国ドラマに反応する多くの日本の女性たちの気持ちが理解できないからだ。以下は彼女・堀山明子のレポートを鵜呑みにした上で書き進める。

《1997年、日本のテレビドラマ界は安っぽい不倫ドラマ「失楽園」がもてはやされた。同じ頃韓国でもアジア通貨危機の頃から始まった文化輸出を目指す国策を背景にして、2000年前後から韓国ドラマが東アジアの国々で放送されるようになり、俳優や韓国文化全般に対する人気が高まってブームが形成されていった。

日本で韓国ドラマに火をつけたのが2003年の「冬のソナタ」NHK衛星放送で、同年末同じく衛星で再放送、これで足らずに地上波に乗せて2004年12月に三たび放送して、一大ブームを巻き起こすことになった。世を上げて欲求不満のおばさんたちを中心に「韓流」を作り上げ、血道を上げたおばさんたちが大挙して海を渡り、ロケ地に降り立つばか騒ぎが発生した。その当時のことだが、妻の買い物に連れ立ち、スーパーやコンビニを回れば見たくもないのに‘ぺ’(よんじゅん)なる男優にぶつかった。至る所にポスターが貼られ、吊り下げられ、あのにやけた垂れ目で見られ、見おろされていた。日本でもおばさんたちのお相手をする男たちと同類のやさ男のタイプだ。昭和一桁男には我慢ならないにやけた類いなのだ。そういえば、その後目にする韓国男優の殆どがこのやさ男なのに気がついた。髯をつけて見せてもきりっとした男には知る限りにおいてお目にかかった試しがない。》

さて、本論に移ろう。
「法律は蒲団の中に入るな!」。ソウルの現役判事が9月上旬に起した違憲訴訟で、こんな挑発的な文言が訴状にあり、注目された。「姦通罪は『性の自己決定権』を侵害し、違憲」と提訴したのだ。韓流ドラマが男女の泥沼劇であふれているからと、韓国を「自由恋愛の国」と誤解するなかれ。韓国刑法には姦通罪の規定があり、“不倫”は犯罪行為として2年以下の懲役となる。

憲法訴訟は90、93、01年にも起きたが、「撤廃は時期尚早」との世論を受け合憲と判断された。かつて日本にも姦通罪はあったが、夫にしか提訴権がなく、47年に撤廃された。これに対し韓国は男女平等原則に沿って夫婦どちらからでも提訴できるよう、53年に改正した。このため社会的弱者である女性を保護し、夫の浮気を防ぐ「女の武器」として女性団体からも評価されてきた。しかし、4度目の憲法判断となる今回は様子が違う。約6万人が参加したポータルサイトの世論調査では「姦通罪の維持」に
  賛成 49・63%
  反対 50・37% と拮抗している。

この変化を「不倫が増えたから」と解説する人もいるが、離婚・再婚の増加で、結婚形態が多様化した実態が背景にありそうだ。

韓国最高検察庁の統計によると、姦通罪の親告件数は85年に1万7000件余だったが、05年には約8700件と半減した。中央日報が最近2年間の訴訟を調べた結果、親告したのは男性が51・8%であった。もはや姦通罪が「女性の武器」とは言えない時代になった。

そもそも韓国の姦通罪の親告は、離婚訴訟が条件となっているため、夫婦を「元のさや」に収める効力はない。夫が別の女性と同居したことが原因で離婚した知人の30代女性に「姦通罪での提訴を考えたことあった?」と尋ねたら、「どうせ別れるなら、刑事罰より慰謝料をしっかり取る方がいいでしょ」と言われた。韓国女性の結婚観が日本並みにドライになってきている感じだ。

結婚式を挙げてもすぐ届けを出さない夫婦が何組もいる。「夫婦にもお試し期間があってもいい」という考え方だ。05年の韓国統計庁調査によると、挙式から1年以上経て結婚届を出す夫婦は4組に1組というから、珍しくもないらしい。

「法律は蒲団の中に入るべきか」という姦通罪の存廃論争は、法律の枠を超えた「お試し夫婦」が増え続ける中で、すでに実態とズレているかもしれない。と結んでいる。

《日本ではまだ「お試し夫婦」という言葉は聞こえてはこないが、敗戦後間もなくの頃、人生2度結婚説を説いた人がいた。現在、はやっている年下の男と年輩女性からでもよいが、その年下の男性が年輩になった時、年下の若い女性をめとる。そして次には女性がある年齢になった時今度は年下の若い男性と、という具合につないで行くという考えだった。当時はとんでもない考えとして一笑に付されたが、当時思春期の身に、破壊された価値観の中で、将来の何でもありに展開するであろう性道徳に、恐ろしい不安を抱いたのを覚えている。

話はいきなり現在に飛ぶが、日本では韓国以上に不倫に浮気が広がっている。その典型的な例が、ここ数年騒動を起している離婚後300日規定の問題だ。日本の「失楽園」で不倫に涙した女性たちが、韓国の「冬のソナタ」に涙する。日本国に姦通罪はないが、「貞操は法律上の義務」である以上、不義こそ裁かれねばならない筈のものが、不倫の子が安っぽい人情論に摺り替えられて「生まれた子に罪はない、どうぞ同情を」で泣いてみせることで法律までも曲げようとする。韓国不倫ドラマにさきがけた日本の「失楽園」は、韓国ドラマの不倫話の受け入れには既に十分な素地が準備されてあったのだ。加えて韓国のイケメンと呼ばれるやさ男たちの姿が心地よく女心をくすぐる。そこに日本の女性たちが、韓国ドラマの男女の泥沼話にうつつを抜かす人気の一端があったのだ。

やっと理解できたように思う。韓国ドラマの人気の秘密は日本女性の不倫の心を癒してくれる強い支えでもあったのだということを。しかし、日本女性を熱狂させた韓国ドラマも06年度の日本向けに輸出された23本は興行的にはすべて失敗したということだ(西日本新聞)による。ここでも日本女性の浮気の虫は次のターゲットを見つけたのだろうか。》

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