夫は仕事 妻は家庭
内閣府男女共同参画局の世論調査による「男女共同参画社会に関する世論調査」の結果、「夫は仕事、妻は家庭」に反対する人が初めて半数を超えた、と29日発表した。同局は「役割分担意識は変わりつつある。しかし、まだ不十分な面があり、現実とのギャップを埋める努力も進めたい」としている。
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という考えに対し反対は52・1%で、賛成の44・8%を上回った。この質問は92年の調査から開始し今回が5回目である。92年調査時は反対34・0%、賛成が60・1%であったが、その後、反対が次第に増え、今回過半数に達した。ただ、女性は反対が56・9%だったのに対し、男性は賛成が50・1%と、僅かながら反対を上回っている。
生活面で家庭を優先している人は32・4%で、仕事を優先していると答えた27・7%を上回った。ところが男女別では男性は仕事優先が40・2%で、家庭優先の18・5%を大きく上回り、反対に女性は家庭優先が43・9%、仕事17・3%となった。このことは実際の生活では「夫は仕事、妻は家庭」という傾向が根強いことをうかがわせる数字となっている。
調査は7〜8月、全国20歳以上の男女5000人を対象に面接方式で実施、3118人からの回答をまとめたものだ。
《内閣府の発表を受けた各紙の論調は、「夫は仕事、妻は家庭」をいかにも悪のごとき見出しで掲げた。ほんとうにそうなんだろうか。反対する女性の56・9%という数字の上限はどこまでを望んでいるのだろう。逆に男性の仕事優先の40・2%という低い数字は生活基盤になる経済的裏付けをどのように考えているのだろう。一家の大黒柱としての考えはなくなったのだろうか。働くものの意識は中流を自認し、加えて女性の社会進出はより豊かな生活を齎したのも事実だ。しかし、その昔、口汚く「貧乏人は麦を食え」と贅沢を戒めたばかりに不評を買った大臣がいたが、今、それを言う識者がいてもいいほどに、何処の家庭も生活レベルを高望みすることになった現実もある。一度中流を味わうと落ちることはできなくなる。
結婚は夫も妻もお互いに親を捨てて別生活を始める。家つき、カーつき、ばばあ抜きの。昔は違った。二世代三世代の同居が基本の家庭があって家族がいた。子は親の面倒を見た。親を楽にさせてやりたいとは子どもの願いでもあった。現在はどうだ、養老院が花盛りだ。
華々しく社会進出を始めた女性の妻となる以前の生活が、昔とは比べようもない贅沢なハイレベルが当たり前になっている。それが妻となった途端に単身時代の我が侭が制限を受ける。当然働かないと海外旅行には行けなくなる、ブランドは手に入らなくなる、旨いものが食べられなくなる。子どもが生まれても生活レベルを落とすなんてもっての他だ、家庭に縛られるなんてとんでもない、夫の収入だけでは贅沢ができない、働かないと、となる。考えてみれば昔のような長屋住まいでも良い、親と同居していれば、毎月高額のマンション代を支出する必要など全くないのに、だ。
「妻を働かせるのは男の恥だ」の心がけは、私(昭和一桁の私には半分はその気概は存在した)の前の世代が最後だろう。聞くところによると、課長あたりの給料は、時には部下の5人や10人を飲み屋で飲み食いさせられる収入があったと聞く。確かに現在の夫たちにはそんな大黒柱の感覚を持てというのは無理だろう。まして家族サービスという心身共に疲れる仕事が増えている。いや、そう思うのは我々の世代か。今では進んで家族サービスすることが大黒柱となるよりも大事、と価値基準が変化しているとみる方が正しいのかもしれない。》
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