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2007年9月29日 (土)

男女の友情は 成立するか しないか

『男とは死ぬことと見つけたり』を叩き込まれながら、敗戦の痛手から抜け切れず、男女共学が当たり前の当世の学生たちには想像もできないだろうが、隣に女子生徒が机を並べていることに堪らなく違和感を覚えて過ごした3年間。田舎の学校であったが、こちこちの私と違って待ってましたと言わんばかりの男女交際を楽しむ人間も出現した。生徒同士ばかりではない、教師との交際もすでに現れていた。この女生徒は卒業後間もなく教師と結婚し東京へ出た。

私が普通に女性を女性として見ることができるようになったのは、大人(1948年7月施行、1949年1月15日から始まった成人式はあったが、実施されたのかも分らないままに、祝ってもらった覚えはない。)になってからだった。今回のテーマである「女性は友人として生涯付き合えるか」や、「結婚は何のためにするのか」、など青臭い話を、友人たちと集まれば何度となく交わし、自問自答した時代があった。

石田衣良の「白黒つけます」が選んだのが今回のテーマ。石田衣良もいうとおり、男女間の友情というのは、永遠のテーマ。誰しもそれぞれの人生の中で、楽しかったり、痛かったりといろいろな経験を持っているであろう。先ずは少数派の成立しない派から。

(《》内は私見)
「友人として好意を持てるような相手だったら、異性としてどこか意識しているもの。すくなくとも片方にそういう気持ちがなければ、わざわざ友だちでいる必要もありません。ただの友だちという人がいるけれど、はたからみてると好きなのがバレバレだったりします」(40代の主婦:さいたま市北区・匿名)、「男女間の友情が成立しない最大の理由は、本人同士というより周囲にあります。本人が友人と思っていても周囲が認めなければ、恋愛関係と見なされてしまう。つまり男女の友情を成立させるには、それを認める社会環境がなければダメなのです」(40代:千葉県八千代市・久史)。

《先の女性、人間は無機質なものではない、愛情がなければ友情も成り立たない。何度も取り上げている毎日新聞紙上の“愛したい”が“恋したい”、或いは殆ど“抱かれたい”の感情のように受け取れる現在の風潮では、友情も愛情も即恋愛とみるようだ。心と心で触れあう愛情がないところに友情など育つことはない。それに後の男性だが、自分達の友情をなぜ、他人に認めてもらう必要があるのか理解できない。それほど自分の行為に自信が持てないのか。他人の目のために君は生きているのではないはずだろう。だから人がするから俺もするの自分の顔がなくなるのだ。他人がどう思おうと、自分は自分を生きなければ人生ちっとも輝けないよ。》

「成立しないに一票! 男と女って恋愛をするために生まれたと思うから。愛しあい、子どもができるなんて、素晴らしいこと。みんな、たくさん恋をしようヨ!」(埼玉県草加市・秘密のリンゴ)。

いつものように集計がある。
 <有効票数>2778(男1062、女1716)
         成立する    しない
   全体     68・0%   32・0%
       男  58・8%   41・2%
       女  73・7%   26・3%
 10代以下 男  63・6%   36・4%
 10代以下 女  79・2%   20・8%
 20代   男  61・9%   38・1%
 20代   女  75・3%   24・7%
 30代   男  58・6%   41・4%
 30代   女  73・1%   26・9%
 40代   男  59・9%   40・1%
 40代   女  73・5%   26・5%
 50代   男  54・1%   45・9%
 50代   女  70・6%   29・4%
 60代   男  38・1%   61・9%
 60代   女  81・8%   18・2%
 70代以上 男  75・0%   25・0%
 70代以上 女  100%     0%

《いつもデータに多少の不安が付きまとうが、年代構成が不明なことだ。その世代の回答が1人なら、1人がイエスなら100%イエスとなる。上のように男女の間で大きく違いがあるのは何だろうか。古来から言われる衝動的な男と受け身の女性の違いだろうか。 》

続いて 賛成派
「わたしには絶対に性的魅力を感じない異性がいます。そういう人とは友情以外ありえない。一番長い友人とはもう11年のつきあい。旅行では同室だし、相手の家には泊まりに行くし、わたしの家にも来ます」(神戸市・himi)、《そのくせ酒を飲んだときには下ネタに走らないように気をつけるとか。絶対に性的魅力を感じない割には要心深い心がけをしているようだ。》「半世紀をこえる人生の中で、同じ質問に何度か遭遇していますが、きいてくるのが決まって男なのはなぜでしょう。この質問の底に、あるわけないよね?という男のウヌボレが透けて見えるわたしはへそ曲がりかもしれません。異性という感情抜きでひとりの人間として対等につきあえる男性は、幸いにしてたくさんおります」(茨城県牛久市・いやはや)、《男を男として感じない女性ってどんな人なんだろうか。》「異性への評価が恋愛対象かどうかだけなんて、あまりにさびしくて退屈じゃないですか。個人的なことをいえば恋愛の相談にのってもらうのは男友だちばかりです。しりたいのは男心だし・・・」(京都府長岡京市・紅茶猫)、「わたしの親がとてもむずかしい病気になった時、一番の支えになってくれたのは男友だちでした。彼の親も同じような病気になり、苦しみを共有できたのです。夫も支えにはなったけれど、その友だちとは病気の専門的な話もできたので、すごく救われました。わたしが異性との友情が成り立たないという価値観だったら、あの一大事を乗り越えられなかったでしょう。夫でも恋人でも女友達でもダメなことってあると思います」(大津市・ぱち)。

『石田衣良の白黒つけます』は今回で最後となる。
《最後に“友情”でどうしても書いておきたいことがある。ジャン=ポール・サルトルと女友だちのボーボワールのことだ。サルトルは“実存は本質に先立つ”の言葉で知られる実存主義の哲学者、ボーボワールは「第二の性」で‘女は女に生まれるのではない、女としてつくられるのだ’と言った作家。サルトルの実存主義の考え方を基本として、二人はともに作品を生み続けた。お互いに結婚という概念には捕らわれず、男と女の対等の友情を実践しようとした。お互いが違う相手との恋愛もしたようだが、それでも生涯はなれず友情を持ち続けた。晩年に「私にとって恐ろしいことはたった一つしかない。それはサルトルが死ぬことなのだ」と言ったボーボワール。そして1980年、サルトルが亡くなってから6年目に、ボーボワールも亡くなった。二人は夫婦ではないため、同じ墓に入ることに問題はあったが、今はモンパルナスの同じ墓の中に眠っている。周りはどう見ようと、二人には友情の関係であったのだ。》

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