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2007年7月31日 (火)

安倍「私の内閣」不信任

参院選挙の結果を見て誰もが感じた「ボロボロ内閣」。安倍内閣が10カ月前に出現した時、私はブログ上に「怖い内閣誕生」と書いたが、彼の「おつむ」には爺さん譲りの憲法改正以外には何も詰まっていない「おばかさん」と分かって怖い内閣の思いは一層強くなっていた。人を見極める能力がないから適材適所の人事もできず、閣僚の不適切発言に対して叱責も指示も出せず、管理・統括の無能を曝け出し続けた。一方では私物化し、玩具のような「私の内閣」は、民主主義とは何かも理解出来ていない連中で占められ、烏合の衆が集まった衆愚政治となって出てくる法案は強行と頭数だけで次から次に通過させ、ますます国民の人心から離れて行った。

小泉から引き継いだ格差社会は一層強く国民を苦しみに陥れ、我慢の限界を越していた。閣僚の多くが2世3世議員で構成され、親や先祖の築いた地盤に安住し、己の分際も弁えない成り上がりに慢心していた。参院選の惨敗は誰もが予見していた。拮抗する数を読む予想も種々あったがそのような生易しい敗れ方では済まなかった。

これで「安倍も終わりだ」と見た。党の主要ポストにある要人が、敗れて去ることになった。安倍も「全ての責任は私にある」と潔い言葉で首相の座を降りることを宣言すると思った。しかし彼はどうしてもおもちゃ箱「私の内閣」の座長の座から離れたくないようだ。「戦後レジームからの脱却」のレジームとは、実は彼が引きずっている祖父岸信介の亡霊であった。その亡霊を頭から払うために自身の脱却が必要だったのだ。しかし彼の亡霊は「ケンポー、ケンポー」と取り憑いたまま残った。座頭の居座りは座員の皆も認めた(30日)。座頭が勤まる代わりの役者が見つからない。口のひん曲がった麻生じゃ人間が薄っぺら過ぎる。

安倍は自分の責任を口にした後、だかしかし、「政権の基本路線は多くの国民に理解されており、間違っていない」と選挙の結果が何であるかをも理解出来ていないとんちんかんな言葉を続けた。取り巻きのお偉いお方からは「謙虚、真摯、厳重に受け止め・・」が連発されたが、安倍はそれでも「不退転の決意で政権運営に当りたい」と語った。国民の、安倍政治への不信任が理解できない救いようがないお坊っちゃんだ。また、拉致被害者問題に理解があると思われ、それも加点されて生まれた内閣だが、解決の糸口を失って今では手も足も出せない苦境に嵌り込んだままだ。

今回の参院選、女性の当選者が過去最高の26人が誕生した。86年4月の男女雇用機会均等法の施行を切っかけに、女性の社会進出は大きく進展した。
【参考】  参議院
 選挙回数  定数   女性   割合
  第1回  250人  10人   4・0%(昭和22年4月)
  第2回  250人  12人   4・8%(昭和25年6月) 
   ・
   ・
  第17回 252人  34人  13・5%(平成7年7月)
  第18回 252人  43人  17・1%(平成10年7月)
  第19回 247人  38人  15・4%(平成13年7月)
  第20回 242人  33人  13・6%(平成16年7月)
   平成16年10月  34人  14・0%

反面、下らない現象も見えた。何だろう『女性党』ってのは。おばさんたちが12人集まって井戸端会議でも始めようってのか。何故、こんな時だけ「女」なんだ、自らを差別した名前で女を強調して何を訴えるつもりなんだ。女と名がつくだけで1人でも当選すると本気で思っていたとすると余りに甘ったれた考えだ。

怖い政府が取りかかった日本全土に地上配備型迎撃ミサイル「PACK3」を敷きつめる計画は着々と進められている。第1陣の航空自衛隊入間基地(狭山市)に配備されて4カ月が経過した。同基地を管轄する東京防衛施設局(さいたま市中央区)が27日、さいたま新都心合同庁舎で「ミサイル防衛」をテーマに第1回の防衛問題セミナーを開催している。30日に講師として演壇にたった防衛省弾道ミサイル防衛室長・加野幸司が日本で初めて配備されたPAC3について「これにより日本独自の弾道ミサイル迎撃能力を初めて保有することになった」と説明した。住民からの「PAC3配備に伴う地元住民や県民のメリットとデメリットは何か」との質問を受け、「どこに置けば効率的なのかを考え、戦略的に配備した。埼玉県をはじめ、首都圏を含めた関東地方の安心、安全のために必要だろうと判断した」と答えている。

安倍をこのまま放って置けば、間違いなく日本が再び戦火にまみれる危険性が高まる。1日も早い安倍の退陣を期待する。

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2007年7月30日 (月)

愛という名の猟奇

昔、阿部定という女がいた。
昭和11(1936)年5月18日、東京市荒川区尾久町(当時)の待合〈主として忍び逢う男女に席を貸して遊興させる宿〉で事件は発生した。性器を切断されて腰紐で首を絞められて死んでいる男性が発見された。三日後には犯人の女が逮捕されるという事件があった。所謂阿部定事件だ。芸者から娼妓、足を洗って料亭の女中となるが、妻のいるその家の主人と忍んで愛しあうようになっていた。

時代は昭和5(1930)年のウォール街の株価暴落のあおりを受け、翌年からの日本は失業者が溢れ、農村の疲弊、女性の身売り、エロ・グロ・ナンセンスの泥沼の様相が続く中、軍部では国家改造を目指し天皇親政の内閣を樹立せんとした動きが活発化していた。そして翌年2月26日、陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに1483名の兵を率い、内大臣、蔵相、教育総監らを殺したクーデター未遂事件を起していた(2・26事件)。阿部定の事件はそのような騒然とした世情の中で起り、稀代の悪女としての名を轟かせることになった。「女として好きな男のものを好くのは当たり前です」。愛欲にまみれたこの事件は当時、猟奇事件としてセンセーショナルに世間を賑わせた。6年の判決の受刑中、時が彼女の刑期を短くした。

昭和15(1940)年は日本の肇国以来、皇紀2600年を祝う国家行事が犇めいていた。定は恩赦を受けて出所した。釈放後は一般人として生活していたが、今次大戦後、暴露本が出版され、身元がばれると同棲中の男の知る所となって失踪した。その後の定について昭和46(1971)年までの消息は分かっていたが、置き手紙を置いて身内からも姿を消したまま生死は不明となった。

この女性は時が流れて再び大きくクローズアップされることになる。昭和51(1976)年、「愛のコリーダ」(大島渚監督)のタイトルで映画化される。猟奇事件の女としての阿部定が描かれた映画で、今度は猥褻かそうでないかの対象として裁判にかけられることになった。映画の中の写真とシナリオをまとめた単行本が出版されたが、裁判は被告人(出版社)有利となり、1982年東京高裁で検察の控訴が棄却され無罪が確定した。映画は2000年にノーカット版として修正されるまで日本国内では上映禁止になったシーンが復元されている。

続いて平成9(1997)年、新聞小説「失楽園」が同名で映画化され、主演女優(黒木瞳)の名を一躍有名にする。大正12(1923)年、軽井沢で人妻の婦人公論記者と有島武郎の縊死心中事件がモチーフとも、阿部定がモデルとも見られているが、原作者渡辺淳一は、ふんだんに性的描写を盛り込んで読者の興味を惹き、映画に続いて1997.7.7〜9.22の期間ドラマ化され茶の間に流された。その中で極めて多く描かれた性描写で視聴率を稼ぎ、不道徳な男女関係を恋愛面から描くことで正当化し、世の中の不倫が愛や恋愛として美化されるさきがけとなる風潮を生んだ。

新聞紙上では不倫、浮気がもてはやされ、時代が違えば猟奇事件となるようなことが、日常茶飯事で出来している。その風潮はモラルをも無視するところまで来ており、同情することもない離婚後300日問題も、時代が変わったというだけで、目を子どもに向けさせ「哀れな子に同情を」で法律まで曲げさせようとしている。

このように書いたことを踏まえて最近の年の差結婚、や小柳ルミ子(55)の噂を耳にする時、その昔の猟奇事件が頭をよぎる。52歳で26歳年下の愛人と一緒になった秋吉久美子、51歳で12歳年下の男と結婚した大地真央、小柳に至っては虐待とも見える27歳年下の男との交際(本人は否定したようだが)など、猟奇の世界が「愛」という字で表現されるには程遠い、ただ快楽にまみれた女と男に見えてくる。まるで年老いた牝馬と種馬のように。

人間の抱く「愛」の感情は恋や好意などに比べて深く、強く、崇高なものとされることが多いのだが、現在一般的に使われている愛は、小説(特にロマン主義小説)の恋愛至上主義に犯されたように、ただ恋愛感情に流されるだけのものが愛と呼ばれているように見えて仕方ない。勿論愛の概念を定義することは不可能ともいえるが、人間が人間を好く時、倫理的にも宗教的にも文字にされていなくても、制限されること(もの)があってもいいはずだ。

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2007年7月28日 (土)

有害ネット 法規制

毎日新聞(7/26)から
総務省は、インターネット上のポルノ画像や残虐映像など青少年に有害な情報を法律で初めて規制する方針を決めた。ネット時代に対応して制定する「情報通信法(仮称)」の中で、ブログや掲示板の情報発信に「青少年の保護」「人間の尊厳の尊重」を求めることを明記する。罰則は設けないものの、プロバイダー(ネット接続業者)、検索エンジンなどの業界は自主規制のルール作りを迫られることになる。

対象となるのは、ポルノや残虐映像のほか、自殺サイト、爆弾の作り方など青少年に深刻な悪影響を与える有害情報。刑法などで取り締まれず、野放し状態になっているもの、事件や事故の被害者を侮辱するような内容も規制の対象とし、業者が迅速に削除するよう促す。

総務省はネットでの「表現の自由」にも配慮し、司法そのものには罰則はつけないが、自治体がこの法律を根拠に条例で罰則を設けることは容認する。同省の研究会「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」(座長・堀部政男一橋大学名誉教授)が年末にまとめる最終報告でこの方針を打ち出し、同省は年明けから具体的な法案づくりに着手する。同省は当面の青少年保護策として業者と協力し、利用者がサイトに有害情報が含まれるかどうかを事前に判別できるシステムの開発にも乗り出すという。

また、PG12(12歳未満の鑑賞には成人保護者の同伴が必要)やR15(15歳以下の鑑賞禁止)など年齢制限を設けている映画の制度にならい、ネットでも同様の仕組みを作ることを検討している。

内閣府は今月6日、「情報化社会と青少年に関する意識調査」の結果を発表した。
 高校生の 96パーセントが携帯電話やPHSを使用し、
 中学生は約6割
 小学生も約3割 がつかっており、
携帯電話が広く行き渡っている実態が分かった。

調査は10〜29歳の男女5000人と、小中高生の保護者2000人を対象に3月、面接や郵送で実施した。
小中学生2468人(回答率49・4%)、保護者1145人(同57・3%)から回答を得た。
 携帯電話やPHSからインターネットにアクセスっしている
  高校生  95・5%
  中学生  56・3%
  小学生  27・0%
 パソコンからは
  高校生  74・5%
  中学生  68・7%
  小学生  58・3%
アクセスする目的は
 1、宿題の答えを調べる
 2、ホームページ、ブログを見る
 3、メールをする
が、それぞれ小中高生とも上位を占めた。

一方、保護者の約4割が「暴力的、性的、反社会的な内容を含むサイトにアクセスすること」を心配していたが、
 こうしたサイトにアクセスしないよう心掛けているという
  高校生は 40・7%
  中学生は 43・4%
  小学生は 30・0% にとどまっていた。

有害サイトを判別してアクセスを防ぐ「フィルタリングサービス」を使用している小中高生は、携帯、パソコンとも0・5〜2・7%しかいなかった。

《いかに保護者や親が、子育て、家庭教育に無責任であるかが如実に反映されていることが解る。甘えさせることを愛情と勘違いし、子どもの生活に無関心になっている結果だ。養育下にある子どもの携帯やパソコンを管理するのは親の義務であり、チェックする責任があるのだ。まして、通信料を支払っているのが親であれば、子どもには内容に関して秘匿する権利など存在しないのだ。その意味では子どもにはプライバシーなどないのだ。フィルタリングサービスは、携帯、パソコンを購入し、プロバイダーと契約する時点で親の責任で使用させるのが正しい。それが親の子に対する監督責任が負えることになるのだ。》

《私の考えは小中学生に持たせる携帯は、電話機能以外は必要ないものと考えている。最小限必要だとしても、緊急時の非常発信機能さえ役にはたたないと考えている。興味を呼ぶ余計なものが付随しているから使うことで問題になる。複合商品も行き過ぎては開発者のマスタベーションに成り下がり、他の機器類にもあるように、全く使用しないまま廃棄処分となるものさえあるのだ。》

民間の「インターネット・ホットラインセンター」(東京都港区)が昨年6月の開設から1年間で受けた通報約6万件のうち、殺人予告、脅迫、児童ポルノ画像の提供など法律で取り締まれる情報は15%程度にとどまっており、大半が法的な規制がない有害情報であった。ドイツなど欧州*では、有害情報の発信に対して放送並みの罰則つきの厳しい規制を導入しているところもある、という。

《*しかし、文化も、歴史も異なる外国、ドイツの法規制がそのまま日本に当て嵌まると考えるのはおかしい。中学生の頃、西洋と日本の文化の違いについて、教師から教えられた分りやすい例がある。羞恥の感情について学んだ時だが、女性が裸体になった時、西洋人は胸を隠すが日本人は前を隠す(ジェスチャーで)、と。50年以上も前の倫理観が現在もそうである確信はないが、ドイツでは、青少年にとって「有害なメディア」(わいせつ物、有害図書、ソフトポルノなど)と「極めて有害なメディア」(民族の憎悪表現、暴力を伴うハードポルノ、子どものポルノなど)に大別されている。そして、花を持って裸ではしゃいでいても、ソフトポルノ。性器描写以上に暴力肯定か否定かが有害性の判断の決め手になるという。必ずしもドイツを引き合いに使用して納得させようとするのは正しいやり方ではない。》

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2007年7月27日 (金)

タバコと酒の話題

〈タバコ〉その1
 もう1カ月ほど前、目にした記事がある。イギリス全土が禁煙になるという話。何でもイングランドでは1日から禁煙法が施行され、公共の場での喫煙が全面的に禁止されことになるということだ。余りにバカなニュースに信じられず、幾つかの情報を集めてから書くことにしたが、その後詳しいことは何も伝わっては来ないから真実なのだろう。

Dscfmap イングランドは英国を構成する
  4つの連合国の1つの地域
   他の3つとは
  北アイルランド
  ウェールズ
  スコットランド

 実は、イングランドで7月1日から禁煙法が施行され、公共の場での喫煙が全面的に禁止されるとうことだった。イングランドといえば上の地図で赤く色をつけた地域だ。規制の対象となるのは、店鋪やオフィスのほか、パブ(大衆酒場)やレストランなども含まれる。屋外や個人の自宅では対象外。個人の違反者には最大50ポンド(約1万2400円)、企業や施設管理者には同2500ポンド(約62万円)の罰金が科されることになった。

《イギリス全土ではなかったし、屋外は適用されないということで、少しは見直したが、屋外で吸うことまで禁止する笑っちゃうような国もあるからイングランドというところ、平常心を失わずにいる人たちがまだまだいるようだ。》

〈タバコ〉その2
 喫煙で肺癌を起す遺伝子を発見
自治医大などの研究グループが、喫煙者の肺癌の細胞から肺癌を引き起こす新たな遺伝子を発見した。グループは、喫煙が原因でできた異常な遺伝子とみており、新たな治療薬や診断法の開発につながる可能性がある。7月12日付の英科学誌「ネイチャー」(電子板)に掲載された。

肺癌は日米で癌の死亡率の1位。EGFRと呼ばれる遺伝子の変異が関係しているとされるが、この遺伝子変異は非喫煙者に多く、喫煙者の肺癌に関与する遺伝子は分かっていなかった。

グループは、喫煙歴のある肺癌男性患者の癌細胞から多数の遺伝子を採取し、正常な細胞を使って実験、癌化を進める遺伝子を探した。その結果、「EML4」と「ALK」という二つの遺伝子が半分ずつ融合した異常な遺伝子を発見した。マウスを使った実験などから、この遺伝子が、癌細胞を増殖させる酵素を作り出すことを突き止めた。

この遺伝子を他の肺癌患者75人で調べたところ、7パーセントに当る5人から見つかった。5人のうち喫煙者は4人、非喫煙者1人だった。グループの野間博行・同大教授は「この遺伝子の有無は痰の検査で調べられ、早期診断に応用できそうだ」と話している。

《エっ!、そしてやっぱり、だ。私はずっと肺癌は喫煙が原因であることの医学的根拠はない、と言い続けて来た。肺癌患者の全体を喫煙組、非喫煙組にわけてその発症率を無理矢理に比較したに過ぎないからだ。そのために、アスベスト被害から発症した患者まで喫煙によるもの、と診断した医者が現実にいたのだ。この曖昧な喫煙と肺癌の関係を野間教授たちのグループによって、その一端を露呈してみせたたようなものだ。》

〈酒〉その1
 フィギュアスケートの織田選手、飲酒運転で検挙
27日午前0時45分ごろ、大阪府高槻市芥川町の市道で、関西大3年の織田信成(20)が酒を飲んでミニバイクを運転したとして、道交法違反(酒気帯び運転)容疑で大阪府警高槻署に検挙され、反則切符を交付された。

調べによると、彼は大阪市内のサウナ施設で26日午後8時から約2時間半、大学関係者と飲食した後、約20キロ離れた高槻市内の自宅へ向かったという。ビールをジョッキで2杯、焼酎水割りを1杯飲んだといい、飲酒検問で基準値を超える呼気1リットル中0・3ミリグラムのアルコールが検知された。織田は容疑を認め、それを知った大学側は「法律を犯したことは許されることではなく、大変遺憾です」とコメントを発表した。

日本スケート連盟の常山正雄・専務理事は27日午前「社会人として許されない行為であり、誠に遺憾」とコメント。倫理委員会を開き、処分を検討するとしている。

《顔だけ見ていると、まだ子ども子どもしていて、とても酒が飲める年齢とも思ってもいなかったが、今年の3月25日でやっと成人していた。唄にもある。酒が飲める、酒が飲める、酒が飲めるぞ!と覚え始めたばかりの酒に飲まれたようだ。これで順風満帆の将来に、暗い翳りを背負うことになった。結果は飲んだ彼の責任でだれのものでもない。ただ、酒の席は大学の関係者の集まりだったようだ。彼がミニバイクで通学していることを知っている人間はいなかったのだろうか。飲酒を止めてやる配慮が働く人間はいなかったのだろうか。すすめて飲ませることはなかったのか。取り立ててちやほやする必要はないことだが、少なくとも現時点では日本に多くない優れたその道の人材だ、厳しい生活面での指導者が傍にいてやるべきだ。本人も他人を殺傷しなかったことだけは何よりだ、二度とバカな真似はしないように立ち直ってくれることを願って置こう。》

〈酒〉その2
 酔っ払いが乗って飛んだ宇宙船
宇宙飛行士が打ち上げ直前に大量の酒を飲み、少なくとも2回は酔って任務に支障が出る状態で飛行していたことが、米航空宇宙局(NASA)が外部専門家に依託した調査で判明していた。米航空宇宙業界紙「エビエーション・ウィーク」(電子板)が26日報じた。

2月に女性宇宙飛行士(当時)が誘拐未遂(恋敵と思い込んでの)容疑などで逮捕されたことを受け、飛行士の健康状態などに関する調査で判明したものだという。

飲酒飛行士の氏名や打ち上げ時期、機体などは不明。医務官や同僚飛行士が、酒酔い状態がひどく「飛行の安全が脅かされかねない」と警告したが、打ち上げが強行されたと報告書は指摘している。NASAは打ち上げ12時間前からアルコール摂取を禁じているが、複数の飛行士が禁止時間帯に「大量の飲酒」をしていたことも判明したということだ。

《乗った経験がないから何とも言えないが、打ち上げられたロケットが、自分のハンドル捌きで右へ行ったり左へ曲がったり、前進や後退をさせられるものではないだろう。船内では地上ステーションとの交信をするだけじゃないのかな。何人かは寝ていても目的地には到着するのではないのだろうか。これは飛行士同士は黙認事項になっていたのじゃないだろうか。人類最初の時には酔っ払っていたとは思えない、無事地球に返って来られるかも解らないひょっとすると死出の旅であったかもしれないからだ。 何度かの経験は人間をずる賢くしたのだろう。それとも織田と違って、こちらは根っからの慢性アルコール中毒だろう。》

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2007年7月26日 (木)

親子カフェとは

夏休みに入ってスーパーやコンビニ、ファミリーレストンが矢鱈賑やかになっている。しばらく取り上げなかったが、バカな親子がいなかったわけではない。こちらが我慢することを学ばなければ、命の危険が生じる世の中になって来たからだ。

相変わらず店内にはママ、パパの大声が飛び交い、走り回る子どもたち、耳を覆いたくなる泣き声は絶えない。馴染み同士がカートで通路を通せんぼしながらの立ち話。今では井戸端会議はスーパーやコンビニで行われるらしい。一通り店内を回って戻ってくると、カートの数が増え、通り抜けることもできない。仕方ないから急がば廻れで又後戻りして避けて通ることになる。訊ねてみたいのが、食品売り場の主婦たちの動作。消費期限、正味期限の他に、何を基準に選別しているのか、野菜だろうと魚だろうと加工品だろうと、奥の方から手に取り、掴んでは横に、掴んでは下にと選り分ける。その後に手を出すことはどうしてもできない。食べ物だけに不潔感が先立って洗えば済むことでも買い損ねることになる。変わったところでは、近ごろとみに目について来た高齢男性1人の買い物客だ。連れ合いは家で留守番か、すでに亡くしたからか、足元も弱々しくて哀れに見えてすれ違う度に心が痛くなる。「ひょっとすると、我が身にも」の思いが付きまとう。

考えてみればこのような主婦たちでも、今日の毎日新聞に紹介されている「親子カフェ」に集まる主婦の親子よりは健全かも分からない。その理由だが、子育て中の親が、子どもを店内併設の遊び場で遊ばせながらくつろいだり、飲食ができる「親子カフェ」が人気を集めている、という記事だ。

3年ほど前から首都圏などで増え、8月3日には玩具メーカー大手、バンダイが東京都江戸川区に初めて開店する。異業種の大手企業参入で、親子カフェの広がりに拍車がかかりそうだと見られている。

スーパーで足手纏いの子を連れて、顰蹙すがたで買い物をする主婦たちに比べ、のんびりと暇を持て余し、子どもたちをゲームや遊び道具に熱中させておいて、仲間同士のお茶やおしゃべりに寄り集まる時間がとれる悠長な首都圏の主婦たち。

親子カフェは、滑り台など遊具を置いた子ども向けのインターネット利用コーナーなどを店内に併設したもの。リクルート出身の藤代聡社長が設立した「スキップキッズ」(江戸川区)が04年、同区西葛西に開いたのが国内初の店鋪とされる。氏はファミリーレストランなどで子どもが騒ぎ、親が落ち着いて食事ができないことに着目した。気兼ねなくくつろげる場として親子カフェを発案したという。現在は千葉県を含め7店を展開している。子育て世代が集まるため、店内の一部を家庭用ビデオカメラなど新製品のPRや市場調査の場として大手企業などに賃貸しているのも特徴となっている。同社は一店鋪平均で一カ月約5000人が来客するなど売上げを伸ばしている。

《ファミリーレストランで子ども連れで食事する家族で、親が子どもに周りへの配慮から注意している姿など滅多に見ない。周りに客がいてもお構いなしに一緒になって大声で騒いでいるのが大方だ。第一、このような産業が生まれたことが日本の母親の手から包丁を奪い、お袋の味を失わせる大本となったものだ。別に場所を設けてやらなくても親子は大手を振ってファミリーレストランに詣でているのだ。今になって政府が食育を叫んでみても後の祭だ。》

バンダイは、自社のおもちゃをPRできるとして参入を決めた。一号店は約280平方メートルで「それいけ! アンパンマン」のキャラクター玩具などを置き、親向けには雑誌やマッサージチェアを用意する。会員制で、8歳以下の子どもと親か、妊婦が対象。初年度は6000万円の売り上げを目指す、という。

《金儲けの話には誰よりも鼻の利く人間たちが甘い餌で、親と子二人だけの肌の触れ合いの貴重な時を切り離す。会員制と言うのも閑な主婦たちには一種のステータスになるのだろう。子育てや生活に苦労している様子は露ほども感じられない。》

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2007年7月25日 (水)

専業主夫

タイトルの「しゅふ」は1度で変換されない(ことえり、ATOK14forMac.OS9.2)。因にAtok17fofMac.OSX -Tigerの方では変換可になっていた。

保母、保父が保育士に、看護婦、看護士が看護師に、助産婦が助産師に、婦人警察官が警察官にと、女性であることが一目で理解できる言葉を神経質なまでに分りにくくしている*世の中で、主婦と主夫を分けて扱うのもおかしな話だが、1990年代から日本でも欧米並にこのようなライフスタイルが知られうようになった。主夫とは家事・育児などを担当する夫のことで女性の主婦にあたる。主夫のうち家事・育児を専業とする人を専業主夫という。

*分りにくくしたのは、上の例に上げたものの他に、頭を傾げたくなるような改名もある。営業マンが男女営業マンに、スチュワーデスがラブホテルの客室用務員のような客室乗務員に、と。

毎日新聞(7/15)から
パートタイム労働が一般的*で、仕事と家庭生活を両立しやすいと見えるオランダだが、働く女性の悩みは日本と共通する。

*《日本の女性のパートタイムをオランダと同じ意味で捉えてよいのだろうか。日本の場合パートタムを「仕事と家庭生活が両立しやすい」と捉えている女性は少ないのではないかと思う。平成18年5月21日の公布から、平成19年4月1日、改正男女雇用機会均等法の施行に伴い、従来以上に男女ともにパートタイムからフルタイム労働への意欲を強く抱いているだろう。》

オランダ南部で女性へのカウンセリング会社を経営するアンネミ・スハウテマークルさん(45)は「仕事も家庭も完璧にしようとして、燃え尽き症候群になる女性が多い」と語る。「仕事と家庭で自分の時間がない」と訴える女性には、必ず「一度に100匹のサルを肩に乗せないで」という古い諺を伝えるようにしている。「全部自分で抱え込まないで。夫と強力を」という助言を伝えられると考えているからだという。

週1回1時間半の面談を10回受けると、料金は2000ユーロ(32万6000円)。高額に思えるが、創業4年で1000人の顧客を抱えている。スハウテマークルさんは「働く女性の悩みが、それだけ多いことの証明です」と真顔で話した。

オランダでも日本と同じ昔から「男は仕事、女は家庭」という「性役割意識」と、正反対の暮らしを選んだ人もいる、として紹介されたのが次の男性だ。ボクシングで鍛えた肉体を持つブラム・ジョエル氏(44)は2500人の会員でつくる「オランダ主夫連盟」の会長を務めている。

彼はコンピューターメーカーの営業課長だったが、2年前から「専業主夫」になった。「大学を卒業してから20年も働いた。今は子どもと暮らしたい。彼女はキャリアを積みたがっていたので、役割を交代してもいいのではないか」と考えたという。妻のアンネルス・スハルテさん(41)が保険会社部長として年収12万ユーロ(約2000万円)を稼ぎ、子育てや家事はジョエル氏が担当する。

お互いの納得ずくの選択だが、夫は変人扱いされ、妻は「子どもが恋しくないの」と聞かれ勝ちだという。彼女は「夫への目はまだ厳しいし、私も男性の2倍働かないと認められない。でも、若い時代はこんな選択があることに気づいてほしい」と語る。ジョエル氏は、中学や高校で講演し「外で働くのも家事も同じ仕事だ」と訴えているという。

《日本の国勢調査では主婦と主夫の区分は設けられていないし、他の調査でも主夫と失業者の区別もされいないため、明確な統計上の把握はされていない。主に現在用いられているのは、国民年金の男性の第3号被保険者の数だが、これでみると、日本における専業主夫の数は増加傾向にあると、みられている。(但し家事専業の有配偶男性は、平成12年度国勢調査では1%未満であった)

その後2005年2月、内閣府が発表した「男女共同参画社会に関する調査」によると、
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」の考え方に
      反対    賛成
 1979年 20.4%  72.5%
 2005年 48.9%  45.2%
 と、女性が外で働くことに反対する人は随分減っている。しかし、女性の社会進出に対する意識変化だけではなく、夫婦で働かないと苦しい、或いはより豊かな向上を目指す家庭生活の背景もあるだろう。

面白いデータがある(Hatena::Question)
2006年3月23日(対象女性のみへ質問)
 ♦結婚相手が「専業主夫」を望んだら
  自分が家計を支える  66%
   〃 支えたくない  34%
 ♦専業主夫のイメージは(複数選択)
  進歩的・革新的    18.7%
  素敵な夫       19.8%
  男女共同参画の見本  31.2%
  あまり褒められない   3.1%
  何か特殊な事情が   20.8%
  ヒモ・自堕落      3.1%
  社会不適格       3.1%
 女性自身に主夫への偏見もあるようだ。

しかし、更生労働省によると、男性の第3号被保険者は1997年から7年連続で増加の傾向にあり、2003年度は8万108人と初めて8万人を突破、10年前の96年度と比較して、約2倍にも上っているという。女性起業家も多く生まれ、男性以上の収入のある女性も多くなっている。皮肉だが、日本には女性化した男性も多くなった、喜んで専業主夫を受け持つ男性も増えるのではないだろうか。

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2007年7月23日 (月)

年長者の部下

毎日新聞夕刊、毎週月曜日の「愛したい」欄については度々触れてきた。今回は、いつもの熟年女性の不倫、浮気の相談ごとからちょっと趣を変えた内容になった。

相談は47歳の会社員から。『年上部下の扱い方で悩んでいます。人当たりは良いのですが、仕事が遅い上に間違いが多い。例えば、締め切りが迫っている報告書を「前回と同じで、数字だけ変更して下さい」と頼んだところ、なかなか取り掛からない。尋ねれば「忘れてしまった」で済ませる。しかも、出来上がりを見れば、個々の数字は変わっていても、合計金額が変わっていない。そのくせ、よその部署の知り合いがくれば、長い世間話に興じている。若い者からは「いない方が仕事がはかどる」とまで言われています。どう対処していけばいいでしょうか。』というもの。

回答者は心理学者を名乗る38歳の伊東明。人物像には、男性・女性心理やビジネス心理を専門とし、企業研修やコンサルティングのほかマスコミなどでも幅広く活躍。「恋の心理法則50」「男は3語であやつれる」など著書多数とある

《この会社、この部署、相当人間関係の悪いところと見受ける。年長者をずっと邪魔者の目で見る上司と若い社員たち、当人は職場から完全に孤立しているように感じられる。その年長者が他の部署の知人と世間話に興じるのは、自分自身の未熟さをさておいて、相談事として新聞社にまで投書してきた、47歳の傲慢な上司自身に問題があるように感じる。“目は口ほどにものを言い”、年長者は長く人生を歩んできて、口に出されなくても人の心を読む術(すべ)を身につけているものだ。はなから不安、猜疑で言い付ける命令(どんなに優しく猫なで声を出そうが、丁寧だろうが)に、人間味のない上司の心を見抜いているのだ。周りにいて苦々しく見ている若者たちの陰口もまた、防ぎようもなく当人の耳には入ってくる。だから故意に間違い、中途半端な仕事をしているとは言わないが、上司が変わらなければ部下も変わらない、子を見れば親が分かると言えるように、部下もまた上司の鏡なのだ。》

伊東氏の回答は殆ど役に立たない。学者だからって彼も又、若年の故にか完全に人を見下している。人間関係が壊れることを恐れて部下を叱れない。褒めることもできずに中途半端な対応が多い。忘れたことに対しては「忘れてもらっては困ります。仕事が遅れたら周りにも影響が出ますから」ときちんと伝えよ。しかし、相手は年長者だ、怒りをぶつけたり、責めるような口調はNGです。「どうすれば忘れないようにしていただけますか?」など、相手から引き出しつつ、具体的な行動プランに‘落とし込む’「コーチング」という手法が効果的です、だって。

《この程度の事が分からない47歳の上司だとすれば、もともと何人もの部下を持たせたことが誤りだ。なお、心理学者と言いながら伊東氏、‘落とし込む’とは見下した表現だ。せめて具体的な行動プランを‘考えさせる’とでも言えないのか。》

伊東氏の回答は、相談者の『部下を指導する立場』で終始し、年長者への注意を怠るようなことでは、周りから「あの人にだけ何も言わないのはおかしい」「甘い」と思われ、組織全体の意識低下につながります。「ダメな部下と、何も言えないダメ上司」とのレッテルを張られかねません。ピシッと言って年長者の部下が反発したとしても、正義はあなたにあるので、周りは味方になってくれるはずです、と結んでいる。

《企業研修やコンサルタンティングなどに活躍している心理学者とは言うが、木を見て森を見ない人間だ。まず疑うべきは相談者の指導者としての資質の問題ではないのだろうか。「投書するより先に社内に悩みごとを打ち明けられる人脈を持たないのか」「悩みを打ち明けることを、恥じか汚点とでも考えているのか」などから諭して行くべきではないのだろうか、と私は思う。》

相談者も、回答者も65歳定年制*のことを知らないのだろうか。
現在、65歳未満の定年制をとっている事業所は、2006年4月から
 ♦定年を引き上げる
 ♦退職後に雇用契約を結び直して再雇用する「継続雇用制度」を導入する
 ♦定年制を廃止する
のどれかを実施するように義務づけられたのだ。
 *(改正高年齢者等雇用安定法、平成18年4月から施行)

ただ、定年又は継続雇用制度の対象となる年齢は、改正法と同時にするのではなく、平成25年度までに段階的に引き上げてもよいことになっている。
 対象年齢の段階的引き揚げは
 △平成18年4月1日〜平成19年3月31日 62歳までの義務
 △平成19年4月1日〜平成22年3月31日 63歳
 △平成22年4月1日〜平成25年3月31日 64歳
 △平成25年4月1日〜          65歳

《こうなった時、日本の企業の職場には高年齢者の数は現在とは比較にならないほど多くなる。相談者のような上司ではとても職場を統括していくことはできなくなるだろう。年長の彼らがみな、投書に書かれているような邪魔者とは限らない。当然、肉体的にも思考力にも衰えが目立って来るだろうが、逆に若者の及ばない豊富な人生経験が蓄積されている人も多くいる。それを活かしていくのが上に立つものの腕であろう。高年齢者たちも、現在荒れに荒れている年金問題を抱え、年金生活への不安から、それを受け取れる年齢ぎりぎりまで働くことになるだろう。それは、若者にとっては現在よりも一層厳しい職場となる、俗に言う‘上がつかえている’職場となるからだ。また、同じ理由で女性の職場進出も現在以上に難しくなって行くことだろう。

65歳定年制もいいが、その先をきちんと読んだ施策を準備しておかないと、事前に分かっているはずの団塊世代の退職を読み切れず、真際になって慌てる企業の轍を踏むことになるだけだ。やはり、いつの時代でも企業は人なりだ。

 

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2007年7月22日 (日)

6ヵ国協議

北朝鮮から日本はずしを云われるまでもない、日本は協議には出る必要がないのではないか、とさえ思える。拉致以外に云う言葉を持っていないのだから、日本にいて拉致、拉致と声を出していればいいのではないか。19日、日本は3月にベトナムのハノイの日朝国交正常作業部会以来の北朝鮮と、およそ一時間の2者会談を持ったようだ。話し合いを終えた日本の首席代表佐々江賢一郎は記者の質問に、「お互いに議題について解決に向かって協議することに同意した。議題については例の如しで分かってるでしょう」と述べた。何をどのように話し合うのかは相手のあることだから、ここでは言えない、とだけコメントして消えた。推測するに何も成果がなかったことのようだ。

アメリカは仲良く北朝鮮と前打ち合わせを済ませ、これからの他の国は、その2者の事前協議の内容を聞かされて追認するだけの会議になりそうだ。ますます日本の出る幕はなくなる。にも拘わらず毎日新聞は21日の社説に書いた。「引き延ばし戦術を許すな」と。拉致以外口にしない日本にそんなこと要求する力はない。

懸念された通り、北朝鮮は引き延ばし戦術に出た。「初期段階の措置」に続く「次の段階の措置」をいつまでに履行するかという期限の設定を拒み、結論は8月の作業部会に持ち越された。《「懸念されていた通り」、とは予想どおりということで今さら驚くことではない。であればそうならないように話し合いを進めるのが協議であったはずだ。「核施設の無能力化」という大前提では北朝鮮も合意したのだ。ここはじくりと腰を据えて取組むことが大事だ。敵対的な考えだけで北朝鮮と対峙していては雪解けは一朝一夕で成るものではないだろう。》

ヒル米国務次官補は20日に終えた今回の会合の前に、北朝鮮を含む関係国を往復した。「すべての既存核施設の無能力化」と、高濃縮ウランなど「核計画の完全な申告」という「次の段階」の内容を具体化し、8月には6カ国の外相会合を開いて、核廃棄の日程表を決定できるという自信をのぞかせていた。だが、協議開催前に米朝2国間協議を3回もやったが、北朝鮮は「次の段階」に進む意志があるというだけで、問題は先送りされた。要するにアメリカは北朝鮮に手玉に取られた格好になった。

次の舞台は作業部会になる。米国は北朝鮮の戦術を再吟味し、日本や韓国、中国との足並みをそろえておく必要がある。そうでないと、議論は空転を繰り返すだろう。《日本がアメリカの足を引っ張ることはあり得ない。拉致問題は進展がないままでも、尻尾を振ってついて行くだけなんだから。》反面、北朝鮮は元公安調査庁長官が介在して詐欺事件に発展した在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の土地・建物の問題を取り上げて来た。日朝の作業部会に尾を引く可能性がでてきた。

しかしながら、取り敢えずは次の作業部会につなげたという点では、必ずしも失敗したというわけではないが、ずるずると北朝鮮のペースに嵌らないよう警戒が必要だろうと新聞は書く。《とはいうものの、今までも北朝鮮ペースで事は進んで来た。アメリカを始め、どの国も北朝鮮の掌(たなごころ)の上で踊っていたような感さえある。日本などはその輪の中にも入っていないのだが。》

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2007年7月21日 (土)

続・麻生太郎、このばかなるもの

麻生太郎、このばかなるもの(2006年2月16日、記)

この男、人を蔑むことに掛けては天下逸品のヤツだ。歴史認識の欠落もさることながら、一般常識すら持ち合わせないらしい。彼の頭の中の潜在意識下にあってとぐろを巻いているものが、時として軽はずみに口に出る。人生を事にあたって真剣に学んで来ず、先祖の築いてくれた地盤、レールの上を無能に滑って来ただけの人間だ。思考力に不足しているから歴史から何も学ぶこともできず、口にすることは単なる耳学問の域を出ない。

19日の富山県高岡市での講演でのアルツハイマー発言、彼の潜在意識の中では彼らは屑の類いなのだ。テレビ、メディアは「アルツハイマーの人でも・・」と表現しているが、当日の講演の録画で聞く限り「アルツハイマーでも・・」と口にしている。彼にはアルツハイマーは人でもないのだ。

時は将に選挙戦真っ最中だ、次から次ぎに続く政府の軽はずみな発言、不祥事に青くなった彼は、慌てて陳謝弁明に勤めているが、すでに口から出た言葉は一人歩きを始め、後の祭りの状態になっている。自殺閣僚を出す、辞任閣僚を出す、安倍の「私の内閣」は断末魔の状況になっている。

麻生はポスト安倍の有力候補の1人と見られていると聞くが、この程度のレベルが政権を担うことになれば近隣諸国からの失笑続き(で済めばまだ助かるが)の日本になるだろう。幸いにも(そう、幸いにもだ)恐らく参院選挙は惨敗するだろう、そして、これまた幸いなことだが、麻生の夢は海の藻屑となるだろう。

箍(たが)の外れた政権に、政府・与党内からも嘆きに近い言葉が漏れているようだ。「軽率だ。選挙戦にマイナスはあってもプラスになることはない」(自民党町村派幹部)「もう勘弁して。緊張感を持ってやってくれ」(公明党幹部)「どこから矢が飛んでくるかわからない。民主党には敵失はないのか」(首相近辺)といったように情けなくも、対立党派の失言など破綻を待ち望んでいる発言さえある。

麻生の下手な日本語の口調を好く人間も一部にはいると聞くが、しばしば不用意発言を口にし、都度物議を醸して来た。(上に上げた昨年ブログにも幾つか取り上げたが)20日にも鳥取県倉吉市の演説でも「酒は『気狂い水』だとか何とか皆いうもんだから・・・」《彼の口癖だが、彼の例えも知識も耳学問レベル、自分の口から出した言葉も人づてに聞いたものを表現する、「皆いうもんだから」などと》の問題発言が飛び出した。

自民党内では「総裁候補の有力候補がこんなことを言うようでは、もっと慎重な人を求める声が出てくる。党内で麻生さんを推す動きが鈍るだろう。参院選後の政局でも、この発言は響くと思う」(町村派幹部)との見方もある。一方、野党は「全く人権意識がない」(社民党の福島党首)などと批判を強めている。民主、社民、国民新の3党は罷免を要求する構えだという。

麻生が今あることの方が私には信じられない。疾うの昔に彼の浅学な人間性など見抜ける人が近辺にはいなかったことが、彼を今まで持ち堪えさせていたに過ぎない。早く政治の舞台から姿を消すよう神頼みしたい気分だ。

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2007年7月20日 (金)

犬も食わない話

騒動は今月の始め5日の日、東京は有楽町の雑居ビルで起っていたものらしい。何でも若い夫婦の刃傷沙汰の犬も食わない例のヤツ。

知り合って2カ月後には結婚し、一カ月後には別居したとか、忙しいことだ。今流行りのばか者同士のカップルだがこれがまたまた驚く。お互いに、少なくともいい大学と呼ばれている慶応義塾(男23)と東京大学(女23)を出ている阿呆だ。

人目惚れというのは昔からあることだ、知り合って次の日に結婚したって可笑しくもないことだ。しかし、すぐに始めた新婚住居からは女の悲鳴で「キャー、止めて」が聞こえていた、とは近所の話。今朝のテレビはしきりに高学歴同士をアピールしている。高学歴とは勉強がよくできました、というだけで、常識が備わっていることでも、知恵があることでも、利口なことでも社会で生きるために必要ななモラルやものごとを判断する価値基準が備わっていることでもない。この二人に関して云えば、根っからのバカもの同士だ。これこそ二人を育てた親の顔を見てみたいものだ。普通以上の生活レベルで学資を出してもらい、近所からは頭の良いお坊っちゃん、お嬢ちゃんで来たのだろう。小遣いに不自由せず、金銭感覚には最も重要な労働の対価も教えられず、使い方だけを知る。社会生活に大事な他人(ひと)を思いやる心も教えられていないから、他人の心の痛みも察することもできない阿呆が出来上がる。

この騒動、要は代表的な犬も食わないバカ夫婦の話だ。

通常国会最終日の5日、改正DV防止(配偶者暴力防止法)が成立した。9日の新聞は『ドメスティック・ヴァイオレンスと呼ばれる家庭内暴力が後を断たない』。と書いた。何の気なしに読むと可笑しくないが、これ、可笑しいよ。日本語に直して見ればこうなる。そもそもドメスチック・バイオレンスが「家庭の暴力」→「家庭内暴力」として使われている。結局英語と日本語で2度言い方を替えて表現していることになる『馬から落ちて落馬して』とおなじことだ。横文字コンプレックスの間の抜けた表現だ。

この法律、議院立法による01年の制定から2度目の改正で、来年1月施行だ。全国の警察が昨年1年間に認知した家庭内暴力は1万8200件を超え、過去最多になった。内閣府のアンケートでは、配偶者から暴行を受けた経験がある女性は4人に1人に上るという。

DV法の柱は被害者の申立てを受けて、裁判所が加害者に対し、被害者への接近を6カ月間禁止や住居から2カ月間退去の保護命令を出す制度だ。従来の法律では申立ては棒力を受けた被害者に限っていたが、改正法は生命・身体への脅迫を受けた人も対象に広げた。命令内容も、新たに面会要求や無言電話、連続しての電話、メールなど8項目の6カ月間禁止を加えた。

さらに、接近できない相手を被害者本人と子どもに限定していたが、被害者の親族や支援者らにも拡大した。被害者が配偶者の被害が親族にも及ぶことで離れられないケースもあることからだ。

昨年裁判所が出した保護命令は2200件を超え、こちらも過去最多だった。命令違反は1年以下の懲役などに問われるが、昨年は命令違反の検挙が53件に上っている。12月には徳島県で、接近禁止命令を受けた夫が探偵を使って別居中の妻の居場所を突き止め、刺殺する事件も起きた。命令によって逆上した末の凶行であった。

今までの交通事故や少年犯罪などの裁判で“加害者保護”とそしられたことが、この改正家庭内暴力保護法では厚い被害者保護へと考えを動かしたようだ。まして大概の被害者が女性であることが厚い上に厚い保護で覆われることになった。

しかし、家庭内暴力は結果の行為だ。結婚するに当って、或いは同棲するに当って、どんなに勝手でがさつな男であったとしても、最初から配偶者たる女性に暴力が加えられることを期待して挙式や同棲をする人間がいるわけがない。結果には何らかの原因がある。女性の保護を100パーセントとするような法律だが、多分に女性の側に己が蒔いた種でもある部分があるはずだ。だからといって暴力が許されないことは承知だ。喧嘩両成敗を唱えるわけもない。最初に取り上げたバカな二人もそうだが、お互いに人格を確認することもなく、知り合えば慎みなく即セックスが先行する男と女の中では売り言葉に買い言葉の口論が起っても当然だろう。

新聞は「根本解決を目指すには、DVが重大な人権侵害であると加害者に認識させることが不可欠だ」「加害者をどう更生させていくか、国はその調査研究を進めてほしい」と書く。

昔から泥棒にも3分の理(理屈)という言葉がある。家庭内暴力を振るう夫にも泥棒の理屈があるであろう。昔は「臭いものには蓋」で済んだが、現代の世の中は臭いものは元から断たなきゃダメだ。乱れ切った性モラルの建て直しを図らない限り、諦めに近い心境になるが限り無く犯罪と取締りの追いかけっこは続くだろう。

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2007年7月19日 (木)

バカ親クソがき そして  - 2 -

「先生を孤立させない体制を」、これは毎日新聞(7/9)の社説のタイトルだが、保護者、バカ親は、あれほど攻撃の矢面立たされていた先生を、メディアも庇わざるを得なくなるほど理不尽、非常識なクレームを突きつけるようになっている。

前回取り上げた幾つかのクレームの他にも「写真の中央に自分の子どもが写っていない」「給食が必要だと云った覚えはないので、給食費は払わない。」「登校時に友だちとトラブルになるので、学校が送り迎えしてほしい」などや、これまでにも取り上げて来た授業を妨害し、学級崩壊ともなる児童の母親を指導すると、「先生に魅力がないから」と反論してみたり、「不登校の子が自宅でストーブを蹴り倒した。学校が弁償してほしい」「子どもの喧嘩の責任を取れ」など、常識のカケラもない親たちがいるのだ。このように無理難題の苦情や抗議を執拗に繰り返す保護者や住民に学校が困惑しているという。

勿論、これは一部の親たちのことだ。しかし、その対応に時間を奪われ、精神的な余裕を失って授業や校務に打ち込めなくなり、療養しなければならない教師も出ている。全体的な統計数値はまだないというが、年々こんなクレームやトラブルが増えているというのが学校現場の実感だという。東京都のある教師は「毎晩9時に保護者から子どもの1日過ごし方について電話がある。1時間半の電話が半年続いた」また「評価に納得しない保護者が1年半通知表を返してくれなかった」や広島県福山市では06年9月、父親が「教師が息子の腕をつかみ怪我をさせた」として、校長を呼びつけて10万円を脅し取り、恐喝容疑で逮捕されたことがあった。これらを受けて、東京都港区は弁護士と契約して学校や教師たちに専門的助言をする制度を創設した。同じように、OBや臨床心理士らがチームで支援するなど、サポート体制をつくる動きや機運が各地に広がり始めている。

主要都市の19教育委員会が支援チームや職員研修などの対応策に乗り出していることもわかった。東京都江戸川区教委では苦情件数が過去5年間で3・5倍に急増し、教育現場が対応に苦慮している実態が裏付けられた。同教委では、苦情電話が02年度59件、03年度87件、04年度96件、05年度156件、06年度206件、と年々増え続け、今年度は3カ月間で89件と年度では300件を超える勢いになっている。

これに対し、京都市教委は6月下旬、医師と弁護士、警察OBや臨床心理士の専門家らでつくる「学校問題解決支援チーム」の結成を発表した。また、北九州市では今月中にも、専門家による同様の支援を始める。福岡市教委は05年、元小学校校長と臨床心理士による「学校保護者相談室」を開設し、第三者の立場で両者の悩みを聞き、トラブルの早期解決を図りたいとしている。

一方、東京都福利厚生事業団は00年、教職員向けに訴訟保健をつくった。賠償を命じられた場合に保健で賄うもので、当初は1300人だった加入者が、07年度には2万1800人と16倍を超えた。「自治体や学校というより、直接管理職を問題にしたいとう親も少なくない。保健なしでは不安だ」という。東京都立川市立立川第一中校長は「大部分の親は良心的だが、一部が突出した主張をする。行き場のないストレスが学校への不満として噴出するケースも少なくなく、誠実な対応で納得する親もいる」と話している。誠実に意を尽くした対応をしても、余りに非常識な要求が執拗に続くのであれば、毅然として学校の判断と責任で対応を打切ればよい。

厳密だった学区制度が緩められ、親が学校を選べるようになって勝ち組負け組と囃し立てる報道に巻き込まれ、少子化などによる子どもへの過剰な期待や保護意識が生まれた。家庭教育の空疎化などから「自己中心」「云ったもん勝ち」といった社会風潮が出来上がって来る。地域社会の中での連帯意識がなくなり、育児や教育について相談や不満を語り合う相手もなくなり、その捌け口が直接教師や学校に向かうようになったとも考えられる。或いは、これはちょっと違うが、親たちが「高学歴化」し、教師を見下すような傾向が表われたと指摘する専門家もいる。いつの時代の親たちの学歴を比較しているのか定かでないが、今は高学歴といっても名前だけの学歴が殆どだ。学歴はなくても社会通念としての道徳、常識や家庭内の躾や育児教育は、遥かに古い時代の親たちの方が優っていた。少なくとも子どもを預ける教師に対して見下すような親はいなかった。子どもの前で教師を貶めるようなことは口にしなかった。教師は皆聖職者として尊敬していた。

加えて昨今、情けないことに男性の女性化が激しい。昔の男は泰然自若として妻の云うことを聞き流したり、人を責める妻を宥め、諭すのが家長であったが、今では妻と一緒になって責め、喚き立てる男の保護者が多くなったと聞く。夫婦喧嘩を学校にまで持ち込み、子どもをどちらが取るかの言い合いまで演じたりするらしい。また、大人たちが子どもの前で平気で学校や先生の悪口を云う。それをテレビが面白可笑しく全国に向かって電波にのせる。少しでも学校や先生に不満を抱く子は喝采して眺める。子どもが先生を尊敬しないのも頷ける。昔と違うのはこのところだ。大人の知識や知恵で飛び交う言葉は昔の子は耳にしないで済んでいた。子どもは子どもの成長して行く段階で身につける知識や知恵、価値観でものごとを判断できた。少しずつ自力で成長することができた。今は情報過多で取捨選択する知恵もないところで自分に都合のよいことだけを取り込むことになる。悪知恵がますます発達することになる。この影響は子ども世界のあらゆる分野に広がっているといってもいい。

親と学校の交わりあえる接点はどこにあるのだろう。社会性の欠如した親、保護者、そして教師も考えなければならない。社説の終わりには次のように書いている。「話が噛み合わない—。これは学校だけに生じている現象ではない。先月出た国民生活白書は諸データから家族、職場、地域社会で人間関係の希薄化が進んでいる。それは情報化社会が急進するのと裏腹のコミュニケーション(意思疎通)の薄れであり、今の学校と保護者間の問題もその一つの表れといえる」と。

国民生活白書に頼らなくても社説に書いた程度のことなら問題意識をもって毎日を送っていれば誰にでも推察できる。情報過多のコミュニケーションの中から何を取り入れ何を捨てるかの知恵がなく、振り分ける作業ができないで、降りそそぐ情報に振り回されているのが現状だろう。それがコミュニケーションの薄れとなっているのだ。それでは何をすればよいのか、先ずは学校と保護者との間の本音で話し合える信頼関係をつくることだ。30人クラスの保護者会に数人しか顔を見せない現実もある。教師と保護者が溝をうめるための対策を考えることが必要だ。

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2007年7月18日 (水)

いい名前考えて(エコノミークラス症候群)

Dscfmiss アカシアの種
 9日経過したが
 発芽せず
 失敗に終わる

 来年もう一度やってみよう

エコノミークラスの名前で呼ばれている症候群がある。いかにもイメージの悪い名がついたものだ。差別に対する考えが浸透してくる頃、昔あった1等、2等、3等などと呼ばれていた客室、船室が3等の廃止から始まって2等区分制になり、列車の場合は1969年5月1日のモノクラス制移行にともない旧1等は‘グリーン’に旧2等は‘普通’と呼ばれるようになった。飛行機の場合、ファーストクラスがあり、英単語の上では2等と呼ばれるエコノミークラスがあってその中間にビジネスクラス(インターメディエイトクラス=中間クラス)がある。カタカナに紛らわされているが、何のことはないその昔の1等、3等、2等だ(列記順)。

医者が困って便利に名付ける症候群、これもそうだ。特に海外旅行で長々と体を横たわることのできるファーストクラスと違い、3等クラスの窮屈な飛行機の座席で同じ姿勢を続けていると、下肢や上腕その他の静脈に血栓が生じる疾患だ。しかし、必ずしも飛行機内で長時間座ることだけが原因ではない。脱水や、感染、長期の臥床などでも発症する。エコノミークラスの特有のものではないのだ。正式病名は「静脈血栓塞栓症」とある。

発症すれば死亡することもある怖い疾患だ。3年前の中越地震では、死者が3人も出た。それから3年後の今月16日、前回に近い上中越沖を震源地とする地震に見舞われ、17日はほぼ1万2000人が避難先で夜を過ごした。避難生活が長引けば静脈血栓塞栓症を発症する危険性がある。この人たちに海外旅行など物見遊山に関係のある飛行機の3等クラスの名を冠した病名で呼ぶことは相応しくない。

新潟県災害対策本部は余震による2次災害や出火、漏電などに注意するなどを呼び掛けている。また、中越地震で1500人以上の被災者を調査した新潟大医学部の榛沢和彦医師は「被災によるストレスや避難所での生活も要因となるので適度に体を動かしたり散歩するなどして血行を保ってほしい」と指摘している。

狭い体育館など碌に睡眠も取れない環境の中で、疲労困憊している被災者に呑気に散歩を呼び掛けるなどいかにも学者の仰ることだ。被災地の人たちのためにも何かいい名前が考えられないのだろうか。


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2007年7月17日 (火)

バカ親クソがき そして

そしてダメな教師。最近のテレビ、新聞、雑誌の攻撃の鉾先は、いっときの教師から重点的にバカ親に移っているようだ。

バカ親と呼ばれる所以を挙げるのに困らない。保育料未払い、給食費未払いに理不尽なクレーム。“いただきます を言わさないで”“休んだ一週間分の給食費を返して欲しい”“クラスに気にいらない子がいる。その子を別のクラスに替えてほしい”“いじめに遭うわが子を転校させるので、交通費を出してほしい”“喫煙を注意されたが、人に迷惑をかけていないので指導は必要ない”などなど、一々書いていてはこちらの気分が悪くなるような、ものばかりだ。

そもそも私が2005年5月にブログを持ったのは、「世相」の副題とも言える、昨今のように荒れに荒れる親の世代のモラルの不足、理不尽さを取り上げたかったからだ。以来最も多く教育について、親と子についてはもの申して来た。当時はまだ今ほど教育おける親の責任問題に注意を向けて解析する風潮はなかった。いじめ問題もやっと新聞だねとしてちらほらページに登場する程度だった。それ以上に注目されていたのは、女性の職場進出に伴ういろいろな性差別からくる諸問題であったように思う。しかし、どうしても書きたかった、昭和一桁の目をとおして小中高校に見る教育現場にあるまじき荒んだいじめや親の無責任から生じる学級崩壊の拠って来るものを。

敗戦を切っ掛けにして授かった「民主主義」、旧い日本には言葉では知っていても実態としてなかった自由と権利や平等を与えられたことに有頂天になり、義務や責任を疎かにしてきた戦後の教育で、捨ててはならなかった日本の美徳をまで旧来の陋習(ろうしゅう=悪い習慣))*として葬り去ったことが、教育現場が荒れる大きな要因としてある。美徳とは一つには「和」の心であり、人への思いやり、気遣いのことだ。和はやわらぐ、なごむ、なごやか、なぎ、なごむなどと読むことができる、人と人との心をつなぐ言葉であった。今でも企業にはこの一字を書いた額が必ず何処かに飾られているだろう。

敗戦後、昭和一桁の人間たちは戦地から帰って来た人たちと一緒になって荒れ果てた日本を再建するため寝食を忘れて働いた。世界でも指折り数えられる低賃金の時代であった。しかし、そのために家庭から団欒が失われ、家族が犧牲になった。結果は、モラルを持ち合わせない薄っぺらな心だが物質的には恵まれた経済大国に蘇った。

それまで日本の歴史の中で家を支えて来た家長と呼べる柱がなくなり、家族制度が崩壊を始めていた。少しずつ生活が落ち着いて来ると改めて男女同権が口に上るようになって来た。その時代の中で未曾有の景気が訪れ、消費こそ美徳の社会が実現した。そのバブルが崩壊した後になっても外国人のマータイ女史がモッタイナイを云うまで、日本人の美徳でもあった倹約は忘れられていた。そのように一度身についた華美の消費生活は好景気が終焉しても、世界でも有数のブランドものの消費大国を維持し、日本の女性たちを飾り続けている。

家長の位置をなくした男たちは同時に家族の掌握力を失うことにもなる。家と家の結びつきであった結婚は次第に当人同士のことになり、親や祖父母は子や孫たちにはたまに遭った時小遣いをくれるだけの人になった。人のつながりは消え失せ、金の嵩が善い人、そうでない人の差になっていく。

戦後強くなったのは靴下と女性と云われる時代があったが、それ以上に目立つのは弱くなった男性だ。今では男尊女卑はすっかり女尊男卑と様変わりしていると云ってもいいだろう。女性の発言力は凄まじい勢いで世の中を動かして行く。300日問題のように法律を犯した結果でも、「法が悪い」と変えさせる力さえ持っているのだ。無理が通れば道理が引っ込むの勢いだ。今や日本人は遵法の精神を忘れてしまったようだ。気に食わなければわが子、わが親でも殺す。このような大事なこと、先に上げた「和」のこころを家族から失わせた責任は、日本復興のためとは言え、家族を顧みず、子供達を家に閉じ込めて鍵っ子にし、家庭教育を疎かにし、人の心の痛みを考えることの大事な躾もせず、ただ働き過ぎた昭和一桁世代が蒔いた種、心苦しい限りだが、100年かかるか200年かかるか分からないが、遅まきながらやっとメディアも親の責任を問いかけようとしている。昭和一桁世代として役にたつことがあれば参加していきたい。

今、教育の現場はそのような祖父母を親に持つ両親の世代、或いはもう一世代後になっている。どの世代も社会一般の常識が欠除している。安倍晋三のように戦争をするために必要なモラルを云うのではないが、善悪を判断することさえできない人間(教育の場ではバカ親、クソがき、そして・・・)たちが多過ぎる。

                 --- つづく

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2007年7月16日 (月)

離婚せず病死 遺族年金は本妻、内妻どちらに

現在進行中で状況がそっくりの人、ちょっと考えようね。

本妻と離婚しないまま内妻と同居中に病死した東京都の男性の遺族年金を巡り、06年12月に東京地裁判決が1審で出した内妻を受給者とする判決を取り消す逆転判決を、11日、東京高裁が言い渡した。小林克己裁判長は「本妻と事実上の離婚状態だったとまでは言えない」と述べ、本妻に受給資格を認めたものである。

男性は90年に結婚したが、95年から内妻と同居し、02年に肺癌で死亡した。遺族年金は本妻に支給され、内妻が社会保険庁を相手に不支給処分の取り消しを求めて提訴した。

判決は、本妻との婚姻関係が長期に亙って完全に実態を失っている場合に限り、内妻に受給資格があると指摘した。今回は、
(1)生前に離婚の合意はない
(2)別居後も本妻に送金したり税務上の配偶者とし、一緒に外出することもあった
(3)男性は身勝手な行動に終始し、離婚訴訟を起しても認められる余地はなかった
などを上げ、こうしたケースには当らないと判断した。

内妻については「深い愛情を込めて男性を看護し、固い絆で結ばれていたことがうかがえる」と理解を示したが、訴えは認めなかった。

東京地裁の1審では「男性との同居期間は本妻の約4年に対し、内妻は約6年5カ月。本妻への手紙や遺書などから、男性は一貫して離婚を望んでおり、本妻との婚姻関係は実態を失っていた」と逆の判断をしていた。

《愛人をつくり家を飛び出した夫が、その愛人の手厚い看護で最後を看取られたいきさつは、内妻と呼ばれる女性への情状から1審のような判決がでるのも頷けることだ。しかし、この本妻、先を読むことに長けていたのか、いつかは自分の所に戻ることを信じて待ったのだろうか。今となっては分からない。或いは本妻には生活能力がなく、愛人と暮らす夫の資金援助がなければ飢えるため、長年の援助をうけざるを得なかったのか。また、税務上の配偶者とはれっきとした夫だ。長期間世間を騒がせた不道徳者同士でこしらえた前夫の子問題、いわゆる「300日問題」と根は同じ、どれだけ同居の男に愛情を注ごうと、愛人と他人の夫の関係だ。
 熟年離婚ばやりの昨今、慌てて男をつかまえて、同じ轍を踏まないように、男をしっかり見極めることが肝要と思いますよ。》

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2007年7月15日 (日)

北朝鮮 どう対応、そして日本は

毎日新聞(7/13.14.15)から
大国アメリカを向こうに回して蛙が蛇を飲んだような北朝鮮外交は、資金送金問題を解決させ、今度は核停止と引き換えに米朝軍事会談を提案*して来た。

*北朝鮮人民軍談話(要旨)
 ♦交戦相手である米国の威嚇に対し、自らの生存権を守るため、必要な自衛手段を整えた
 ♦米国が核問題を理由に今後も圧力を加え、韓国での大規模演習や武力増強を中止しなければ、(核廃棄に向けた6カ国協議の)2月合意や6カ国協議(の枠組み)は破綻する
 ♦朝鮮半島の平和と安全保障に関する問題を討議するため、双方が合意する時期・場所で、国連代表も参加する米朝軍部間の会談開催を提案する

これは寧辺の核施設の稼動停止・封印などの初期段階措置履行で協議のプロセスが進展する気運に乗じ、かねて切望してきた朝鮮戦争休戦協定**の米朝平和協定への転換を一気に進めようという北朝鮮側の巧妙な戦術といえる。

**朝鮮戦争休戦協定・・第2次世界大戦が日本の敗北で終わるや、満州から南下を続けるソ連軍が朝鮮半島に進駐し、南からはアメリカ軍も進駐してくる。アメリカはソ連に38度線を境に半島の分割占領を提案し、ソ連は提案を受け入れる。国連は南北で総選挙を実施した上で、統一国家を作ることを決定する。しかし、米ソが激しく対立し、南は大韓民国、北は朝鮮民主主義人民共和国となり、二つの国家に分断された。1950年6月25日、38度線付近の北朝鮮軍の挑発(北朝鮮は韓国がわから、という)から戦争が勃発する。アメリカは国連軍として全面的に介入。戦況は二転三転して膠着状態に陥り、ソ連が休戦を提案。1953年7月27日、韓国は反対して署名しなかったが、国連軍、北朝鮮、中国が休戦協定に署名して休戦が成立した。しかし、朝鮮半島は38度線で分断され戦争は終結したのではなく「休戦」状態のままだ。

北朝鮮の13日に示した提案について中国・北京の外交筋では「6ヵ国協議を前に、提案に対する各国の反応をみる目的。6ヵ国協議の枠組み外であるうえ、中国や韓国を除いている。そんな協議に米国側が応じる可能性は高くない」と指摘している。

鈴木典幸ラジオプレス理事も「米国は平和協定については中国、韓国も入れた4ヵ国で協議する方針だ。核の問題が実質的に進展していない状態で、平和協定の話を動かすわけにもいかず、中国、韓国を無視もできない。米国は肯定的に受け止めつつも拒絶するだろう」とみている。

6ヵ国協議の米首席代表、ヒル国務次官補も14日、滞在先の神奈川県箱根町で記者会見し、北朝鮮人民軍が提案した米朝軍事会談には「和平協議は軍ではなく政府間で行われるべきだ」と取り合わない姿勢を示した。

18日の再開が決まった北朝鮮の核問題をめぐる6ヵ国協議の首席代表会合では、「初期段階措置」に比べ、「核計画の完全申告」と「核施設の無能力化」という、より踏み込んだ第2段階措置へ向け、北朝鮮がどう対応するかが焦点になる。今年2月採択の合意文書では、第2段階の履行で北朝鮮側に重油95万トン相当の支援が提供されるとしたが、日本は拉致問題が進展しない限り支援には加わらない方針を堅持している。4日の朝鮮中央通信では「義務履行を拒否している日本が6ヵ国協議の対話に参加するというのは、どの面から見ても不安定要因である」と繰り返し批判している。同協議からの日本はずしの主張を鮮明にさせ、日本側の方針の転換を要求して揺さぶりを掛けてきている。

一方で中国は、まだ初期段階の実行もしていないうちから、国連安保理の対北朝鮮制裁決議解除を検討するよう呼び掛ける日本にとっては気になる動きも出て来た。米国もヒル国務次官補が、朝鮮戦争終結のために、南北朝鮮と米中による4ヵ国協議の開催を仄めかしている。これまで「拉致問題」だけの日本の及ばないところで核施設の稼動停止、封印のための国際原子力期間(IAEA)の監視、検証要員を受け入れるまでに「初期段階措置」は進んでいる。中国や、ヒル国務次官補の発言は、形を変えた日本はずしではないのか。

14日の箱根での記者会見では「北朝鮮は間もなく核施設の稼動を停止するだろう」との見通しとともに6ヵ国協議で合意された「北朝鮮の核計画の完全申告」について、「数週間か数カ月以内に行われると期待している。核施設の無能力化に先立って行われると考えている」とも語っている。

これでは北朝鮮で日本への帰りを待ち望んでいる拉致被害者が生きて日本の土を踏むことは、ますます不可能なことになりそうだ。

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2007年7月14日 (土)

何を 今さら

毎日新聞(7/13)から
13日の金曜日、何の関係もないか。
夕刊一面にキャビネサイズのカラー写真が載っている。ごろごろした石を並べた何やらカタカナやローマ字が幾つか見える。写真の添え書きがあって「富士山頂の火口付近に多数見られる石の文字」=06年8月、環境省沼津自然保護官事務所提供とある。

余りの汚さに、世界遺産登録が認められず、アルピニストの野口氏の富士山再生キャンペーンが始まって今年は7年目になる。写真はその環境行政不備の張本人、環境省の撮ったものだ。

《私が最初に富士の山頂に立ったのはもう40年以上前になる。その時にも同じ火口付近にはまばらにケルン状のものが散見できた。ケルンは100年以上前から登山者には馴染みの石積みだ。先に登った登山者が、後に続く人が道に迷わないように、道しるべとして近くの石を積んで案内代わりにした道標だ。写真に見える限り、火口全体に石がばら撒かれ、ケルン状のものは姿を消している。さしずめ後の人が先のものを壊して落書きの材料に使ったのだろう。日本ではあちこちの山頂にも大小の石を積み上げてあるがが、これは単に登頂の記念の石積みの類いでケルン本来の目的のものではない。》

写真の説明には「天空 恥並べ」とタイトル代わりに掲げてある。半世紀近く前からケルン状以外の落書きも混じっていた。環境省は何を今更寝ぼけたことを言うのだろう。「コケ類に悪影響」だって。石を並べて書いた落書きが、火口一帯に棲息するコケ類などに悪影響があると指摘されていることが分かった、という。山頂の歩道脇にある噴火口周辺には、石を置いて描いた絵や名前などが数え切れないほど並んでいる。

《健康のためにハイキングを、と呼び掛けたのはよいが、真似をすることに長けた日本人、我も我もと金魚の糞よろしく行列を作って登り始めた。多くのモラルに欠けた連中の糞便の垂れ流し、ゴミ放棄などがいっそうの拍車を掛けて激しいモラル崩壊を呼んだ。

こうなることは、多くの人の集まるところには必ず発生する悲しいが現実だ。何年も前から傾向はあった筈だ。環境省もそれに対する対策には無関心のままだった。山頂には気象庁の測候所もあった。そこに1964(昭和39)年に気象レーダーも設置した。厳しい環境下何人かの人も常駐していた(1999年まで)。何年間も火口付近の変貌については見て来た筈だ。コケが最近になって棲息を始めたわけでもないだろう。何十年間、何故対策が打てなかったのか。登山者のモラルも最低だが、呑気に見過ごして来た気象庁や環境省のお役人さまたちの無責任振りもひどい。野口氏が富士山再生キャンペーンを始めてからでも7年目になる。今さら何を寝ぼけたことを云ってるのだろ。》

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2007年7月13日 (金)

症候群ばやり

最近の医学は医者の手に負えないものはひっくるめて皆、○○症候群になる。いかにも病気の仲間入りしたような気になるから不思議だ。それらに特徴的なのは、殆どがストレスというこれまた訳の分からないものが原因とされることだ。今日取り上げるのは流行の先端を行く時宜を得たともいうべき症候群、その名も『主人在宅ストレス症候群』である。時宜を得たというのは、昨年来云われてきた団塊世代の退職に誘因があるということのようだ。長年職場勤めで草臥れた夫が重い責任から解放されて、やっと心置きなく休めることのできるわが家に46時中いることで、妻が精神的に受ける鬱陶しさの苛立ちが原因だと云う。それを裏づけるように(作意のレポートかも知れないが)街の奥さまたちの声も、返ってくる言葉は見事に決まっている。「亭主元気で留守がいい」だった。言い出しっぺの医者がテレビで話すのを聞いた、いや、見た。そして結論は「夫の意識改革しかない」という、とんでもない診断だ。

先月のブログ「夫の収入10万円減ったら」07/06/29で述べたが、これまた物事を己の都合よい面でしか捉えられない学者の論文だが、妻の夫婦間系満足度を云う山口一男教授(経済産業研究所客員)によれば、平日の「食事」「くつろぎ」と、休日の「くつろぎ」「家事・育児」「趣味・娯楽・スポーツ」の5活動で構成される「共有主要生活活動数」の活動が増えれば妻の満足度は高まる、と出たという。その中でも影響度の大きいのが、夫婦の共有活動吸うの増加、夫婦の平日の会話時間の増加、夫婦の休日の共有時間の増加となっている。

しかしこの反面、「過ぎたるは及ばざるがごとし」で来る日も来る日も顔突き合わす夫婦の間に、好き勝手が出来なくなる主婦の不満が蓄積されることの不安を書いておいた。奇しくも昨日のテレビはその妻の本音がはっきりと見えるものだった。ところが言い出しっぺの医師は、妻の側の意見だけを集めて夫を責めた。「亭主関白でやりきれない」「朝食に、いつ起きてくるのかもわからない」「買い物に店内まで来てくれない」特に、外出には「何処行くの?何時に帰るの?と聞かれる」というのだ。少なくとも会社勤めをしてきたある程度の年齢の男なら、少なくとも1人や2人の部下はいただろう。部下への監督責任から行き先、必要時間、帰社時間を聞くことぐらいは当然の業務としてあったはずだ。その癖がついつい出ても仕方ないことだ。追々直していくように話し合えば済むことじゃなかろうか。それを「束縛感が耐えられない」と仰る。そりゃ口喧しく云われることもなく、自由に過ごしてきたそれまでと比べれば、窮屈にはなるだろう。

山口教授の調査のように、きれいごとを並べる反面、本音を殺してきたことが定年退職を手ぐすね引いて待っていたような離婚劇となるのじゃないか。

毎日新聞(7/13)、時宜よろしく夫婦の問題が。
例の石田衣良の白黒つけます、から。夫・妻は恋愛対象か、恋愛対象でないか?(《内》は私見)
今回、石田の元には圧倒的に女性からの投票が多かったらしい。先ず、恋愛対象ではない、の意見から。
「背中に乗ってマッサージをしてる最中におならをするような夫に恋するかっていうと・・ありえない!」(東京都調布市・匿名)。「恋愛対象では困ります。炊事も掃除も洗濯もうわの空でできなくなってしまう。恋愛は外に向かってする。そうしていつまでもおしゃれをして、若々しくいるに越したことはない」(和歌山県橋本市・自由子)。《58歳、後述の世代別の数字にもはっきり出ているが、女性のこの世代、どうも飢えているようだ。》「夫は単身赴任中。お互い空気のような存在で、夫の前では化粧もしませんし、色気も何もあったものではありません」(大阪市東住吉区・たっつあん)。《わが家も似ている。終始、お互いに空気の有り難みを感じているわけではないが、無ければ窒息して死んでしまうだろう》。「結婚してから恋愛対象よりももっとレベルの高い関係になったのでは。恋愛というより、人生という道をいっしょにたたかう戦士のような間柄かな」(愛知県阿久比町・朝顔)。

<有効投票数>2659(男1015、女1644)
      夫・妻は恋愛対象  対象ではない
  全  体   60・8%     39・2%
    男    63・0%     37・0%
    女    59・4%     40・6%
 10代以下男  71・4%     28・6%
 10代以下女  81・8%     18・2%
 20代  男  69・2%     30・8%
 20代  女  79・7%     20・3%
 30代  男  65・4%     34・6%
 30代  女  62・4%     37・6%
 40代  男  61・8%     38・2%
 40代  女  51・3%     48・7%
 50代  男  53・8%     46・2%
 50代  女  36・4%     63・6%
 60代  男  36・8%     63・2%
 60代  女  46・4%     53・6%
 70代以上男  33・3%     66・7%
 70代以上女  66・7%     33・3%

《見事に団塊世代が抱えている社会現象ともいえる離婚問題が浮き彫りになる。50代、60代女性の夫に無関心以上に、不満を抱えた目が外に向いていることが明瞭に出ている。それに比べると、全体的にもその傾向が覗けるが、甘えん坊の男が純情さを見せる。それでも60代、70代を過ぎたころから男としての自信を失い、逆にそれに抵抗するかのように、夫の目は、意識は、妻以外の外に向く。女の70代以上の目が一気に夫に向けられるのと対照的だ。》

続いて恋愛対象だという意見から
「結婚5年、ばりばりの恋愛対象です。どこのだんなよりもうちにがかっこいいと思ってます。ほしいものをがまんして、だんなには服やアクセサリーを買ってあげます。自分のドキドキ感を継続するための投資ですね」(広島市南区・働く母)。《20年、30年先まで持ち続けて下さい。》「この春子どもたちが入園入学を迎え、子育ても一段落。先日の私の誕生日には、夫が会社を休んでくれ、ふたりで銀座でランチデートをしました。大好きで結婚した相手に恋できなくなる人生なんて、もったいない!」(千葉県市川市・てっこな)。《育児は入園で一段落したなんて考えないで下さい。手の掛かるのはこれから先ですよ。》「結婚16年。母が亡くなったとき、阪神大震災のとき、いつもそばにいてくれました。わたしひとりだったら、心がつぶれていたかもしれない。なにより家族を大事にする人だとわかったのは結婚してから。いつまでも恋愛対象だと信じています」(神戸市垂水区・鈴蘭)。「結婚しても男と女であり続けることは大切です。結婚って、好きという気もちをずーっと維持していくこと。大人の究極の恋愛なのではないでしょうか」(東京都足立区・恋するお嫁)。《その気持ちわかるけど、それが中々難しくてね。》

最後に「結婚9年目、毎日顔をつきあわせているわけですが、ふとしたとき妻にいとおしさを感じます。恋愛時のような強い感情ではないけれど、じんわりしみじみと。これからもこうしていっしょにいるんだろうなと思うわけです。これを恋愛感情と呼ぶのはまちがっていないと思うんですね」(千葉県八千代市・久史、49歳)。《そう、そのとおり、ふとした弾みふとした時にね。》

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2007年7月12日 (木)

生体臓器提供者に合併症

毎日新聞(7/7、9)から
国内で実施された生体肝移植で、臓器提供者(ドナー)の3・5%に再手術が必要となるなど重い合併症が出ていたことが6日、日本肝移植研究会ドナー安全対策委員会(清澤研道・長野赤十字病院長)の調査でわかった。生体肝ドナーの合併症の実態が明らかになったのは初めてだ。

同委員会は89〜05年に生体肝移植を実施した施設を対象にアンケートを行った。37施設から3005例の報告があったものをまとめた。

重い合併症を発症したドナーは105例(3・5%)で、手術後の発症が90例、手術中17例、手術前3例。46例は再手術を受けている。この他京都大病院で03年に1人が死亡していた。

手術後の合併症(90例)の内訳(複数回答)
 胆汁洩れ  45例
 大量出血  8例
手術中(17例)の合併症
 大量出血  16例
 胆管への傷  1例
同研究会が04年に実施した調査では、生体肝ドナーの約4割が今後の健康に不安を感じると回答していた。

清澤委員長は「施設によって手術のレベルにそれほど差があるとは思わない。生体移植はどうしてもドナーにリスクがあり、このような重い合併症が起ることもありえるということを医療者が十分に説明する必要がある」と話している。

《ドナーのリスクは生体肝移植に限らない。生涯に亙って透析から逃れられない苦しみから逃れたいため、海外の臓器売買での生体腎臓移植を受けにフィリピンへ渡る日本人が増えている。》

臓器売買となる恐れのあるフィリピンで今後腎臓移植を受ける患者に対し、その事後処理にあたる診療はしないという方針を打ち出す動きが国内の病院で広がっているという。事後の診療が結果的に臓器売買という犯罪の手助けにつながることを懸念したためだ。今後、フィリピンで腎移植を受けた患者が国内で治療先が見つからなくなる可能性がでてきた。このため医療関係者は「フィリピンでの移植は控えてほしい」と呼び掛けている。フィリピンでは臓器移植の際、ドナーへの「謝礼」提供を認める新しい移植制度案を検討している。これに先行して、既に制度案に沿ったかたちでの移植も行われているという。

しかし、日本では昨年、宇和島徳州会病院(愛媛県宇和島市)で起きた生体腎移植を巡る臓器売買事件では、移植を受けた患者(レシピエント)らに初の有罪判決が出ており、事後処置が刑事事件となることを懸念する病院が相次いでいるという。

東邦大医療センター大森病院(東京都大田区)の相川厚・腎センター長は「刑事事件になるため、診療は実質不可能だ。売買は移植の発展にも繋がらない」と話している。神戸大(神戸市中央区)や東京医大八王子医療センター(東京都八王子市)も「法律に触れる可能性がある」とし、診療できないとしている。もしも診療、治療を行った場合、臓器売買を認めてしまうことになるとの懸念からだ。

一方、岡山大の栗原剛教授(医事法・生命倫理)は「たとえ犯罪者であれ、困っている患者を診るのは医師としての職業倫理の根幹」と語り、治療すべきだと反論する。医師法では、正当な理由がない場合の診療拒否は認められておらず、今後はその解釈なども議論になりそうだ。

《倫理と法の問題だが、相手は一度移植手術をうけた後、或いは合併症を発症してからの事後処置になる。現在日本の医療現場では、医者が善かれと思ってやったことも、裁判になって立ち直れないところに追い込まれるケースもある。日本では臓器売買は犯罪だとした判例があるかぎり、犯罪人になることを覚悟しないと手が出せないのではないか。》

長崎医療センター(長崎県大村市)の松屋福蔵医長は「結果的に金で臓器を買う患者の行為が正しいのか疑問が残る」とする一方、「移植ができずに透析で苦しんでいる患者がいるのも事実。ドナー不足の日本でも、腎移植がもっと受けられるよう前向きに議論すべきで、このままの状況では問題の根本的な解決にはならない」と訴えている。

《現状でどのように話し合ったところで解決策などないだろう。要はドナーの絶対的な数が不足していることがあるからだ。これをどのように増やすことができるのか。臓器を提供するということは、己の体から臓器を切り取るということなのだ。「あなた、困っていらっしゃるのね、だったら私の腎臓でも肝臓でも上げますよ」って簡単に結論がでるものではなかろう。まして、現代医学をもってしても事後の合併症が起る確率も3・5%と大きい。死を覚悟しなければできることではない。試験管の中で簡単に、代わりの臓器ができるのとは訳が違うことを考えないでは議論しても机上の空論で終わるだけだ。》

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2007年7月11日 (水)

思いの届かない沖縄

毎日新聞夕刊(7/11)から
沖縄県議会は11日の本会議で、大平洋戦争末期の沖縄戦で起きた住民の集団自決を巡り、日本軍の強制性の記述を削除するよう求めた文部科学省の検定意見の撤回と、強制性の記述回復を求める意見書を再度、全会一致で可決した。

沖縄では検定意見の撤回を求める超党派の県民大会開催を模索する動きがあり、教科書問題は「島ぐるみ」の抗議という新局面を迎えることになりそうだ。

県議会は6月22日に同趣旨の意見書を可決し、県や市町村長会、市町村議長会とともに文科省に撤回を要請したが、文科省がこれに応じていない。同趣旨の意見書を再び可決することに県議会事務局は「恐らく始めて」としている。

意見書は文科省の検定を
♦集団自決を巡る日本軍隊長の命令の有無を争点に係争中の民事訴訟を理由にし、隊長側の主張だけを取り上げている
♦検定の経緯が明らかにされていない
 などとして「到底容認できない」と批判している。

《沖縄タイムス(7/7)から。(大意)【沖縄県議会文教厚生委員会(前島明男委員長)は6日、渡嘉敷、座間味島を視察後「軍の関与は間違いなくあった」と語り、軍関与の記述の復活に向けて文科省への要請を続ける意向を示した。
また、沖縄戦があった当時、座間助役だった宮里盛秀氏の妹、宮平晴子さん(80)ら体験者6人の証言を聞いた。「玉砕命令を聞いた」「梅沢隊長は『舌を噛み切って死になさい』といった」などの証言が次々に飛び出したという。】沖縄戦に限らない、あまりにも悲惨な体験のため、今まで口を閉ざして語らなかった数少なくなった元軍人の中からも少しずつ言葉が出てきている。黙して語らないまま鬼籍に入ることに耐えられない、との思いが強いようだ。》

さらに沖縄県議会を含む沖縄の全42自治体議会が同趣旨の意見書を可決したことを挙げ「県民の総意が明らかにされた重みへの配慮がなく遺憾だ。集団自決は日本軍による関与なしに起り得なかったことは紛れもない事実」としている。仲里利信県議会議長は「これまで語らなかった体験者が、思い切って口を開いてくれた。それだけ教科書検定問題は重く受け止められているということだ。われわれも体験者の思いに真摯に向き合い、歴史を子どもたちに正しく伝えるため、検定意見が撤回されるまで動き続ける」と話した。

《意見書にある、係争中の梅沢隊長については4月の「沖縄戦集団自決について(教科書検定問題)」で書いた。当時の軍隊ではどんな小さなものでも一個といえども粗末には扱えない天皇からの下賜品であった。数が揃わなければ懲罰の重営倉(じゅうえいそう=民間の獄舎に近い)が待っていた。それゆえに、軍事作戦上の備品である銃器、銃弾、手榴弾が民間人の手に渡ることは、軍が支給しない限り、或いは盗まない限りにおいて民間人の手に渡ることはあり得なかった。軍の関与の有り無しは、それだけでも多言を要しないだろう。梅沢の言い逃れは、敗戦から半世紀も経過して嫌なことはなかったことにして、云ったことも綺麗さっぱり忘れてしまったのだろう。それとも有名人の自伝によくある己のマイナスは消し去るか、書かないか、それとも浄化させる裏技があるが、梅沢も、寄る年波に勝てなくなったか、記憶を失ったか、消し去ったとしか思えない。》

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2007年7月10日 (火)

一応・・らしい で大判振るまい

どうにも止まらなくなった安倍政権の出来損ない役者たちの舞台裏。松岡自殺の後を継いだ赤城が奇しくも松岡と全く同じ説明のできない事務処理費でニュースを賑わせている。記者団の質問に対する答弁も、安倍が庇う話も同じ言葉の繰り返しを見ているようだ。彼、赤城は騒ぎをそ知らぬ顔で、記者会見を途中でうちきり、逃げるように外遊(大臣として文字どおり最後の外国での遊びになるだろう。)に出発した。自殺した前任とおなじように、戻っても椅子を失うことを見越して(旨い汁は今のうちにと)の税金の無駄遣いを図ったんだろう。どこまで茶番劇が続くのか国民は愛想を尽かしているのだが。

【閑話休題】
毎日新聞(7/10)から
年金問題で揺れる年金記録洩れ(公的な納付記録も領収書もない人が対象)で、第三者委員会(年金記録確認中央第三者委員会、委員長=梶谷剛・全日本弁護士連合会会長)が9日、総務省で開かれ、「明らかに不合理でなく、一応確からしい」という判断基準と、それを具体的に例示する関連資料や周辺事情などの「別表」を盛り込んだ基本方針を決定し、菅総務相に提出した。今月中に全国50カ所に設置される地方第三者委員会が判定ガイドラインとして活用することになる。

《‘お上’からしてモラルもクソもない現在の日本の世情で、このような性善説が通用するのだろうか。もらえるものだったら何としてでも話を繕う輩が出てくることだって大いにあり得ることだ。先ずは疑って掛かることの方が必要だ。支払う方は自分の懐が傷むことではない、「どうせ税金の分配だ」程度に考えて取組んだのでは予算はいくらあっても足りないことになる。》

「一応、らしい」ことを判断して記録洩れ被害者の救済を図り、有力な証拠がなくても「総合的に判断する」としている。「一応、らしい」と容認できる周辺事情として
国民年金の場合は
 ♦未納とされる期間が短期間または期間数が少数回
 ♦配偶者などの同居親族は納付済み  などを上げた。
厚生年金では
 ♦保険料納付を推定できる資料として、給与明細や賃金台帳の他、健康保険や雇用保険の記録を認め、これらがなくても、雇用主の証言や依託先の社会保険労務士が保管する被保険者台帳などに記載があれば「らしい」と推定する方針だという。

参院選にあたって党首に問うの問答で、面白いやり取りがある。(♦の発言は安倍)
「安倍政権は国民投票法、教育関連3法など重要な法律を成立させた一方で、閣僚の不祥事発覚や失言が相次ぐ現実をどう考えるか」
♦閣僚の交代は大変残念なことだし、任命責任は私にある。しかし、後ろを振り返るよりも前向きに全力を尽くしたい。各閣僚の志気を高めながら、結果をだしたい。

《「後ろを振り返らない」が、どうでもよいレベルの問題であれば何も云うことはない。後ろを振り返らないということは、へまをやっても、悪いことをしても反省なんかしないということだ。任命責任を口にしながら自殺した僚友の責任は死人に口なしで、何もなかったかのようにチョン、で済ます。そしてまた、反省をしないから全く同じことを繰り返そうとしている。》

「祖父の岸信介氏も首相時代、逆風を受けました。現在の逆風なら乗り越えられるという自信はあるか」
♦乗り切らなければと決意を新たにしている。困難によってさらに鍛えられる。支持率については、山あり、谷あり。山の上にいる時には傲慢にならずに、そして谷にいる時には不屈の精神で乗り切っていく。「われに艱難辛苦(かんなんしんく)を与えたまえ」と云った人もいる。

《彼、安倍が歴史にも「やっぱり」というべき中途半端なことを露呈した一言だ。酒飲みがよく云う『酒は適量飲めば良薬だ』と同じ後半部分の警句を故意に切り捨てる幼稚なレベルの引用だ。「われに艱難辛苦を与え給え」は昭和一桁なら小学校で習った山中鹿之介の故事で誰でも知っている。戦時中の小学読本では、毛利の軍門に下った尼子のお家再興を願った武将山中鹿之介が、三日月に祈祷して口にした、どんな苦しみにも打ち勝つ覚悟を表わした言葉として、軍国少年に叩き込んだ一文だ。安倍の歴史を生半可というのは、かっこいい四文字熟語で現在の苦境を表わしたつもりなのだろうが、この武将、二股の膏薬宜しく織田信長につき、羽柴秀吉に取り入り、お家再興どころか最後は捕らえられて(捕虜)処刑されているのだ。『勿論、私も軍国少年だった時代には、鎧姿の山中鹿之介が三日月に向かって合掌する挿し絵の姿には見蕩れた。お家再興がなればいい、と願ったことがあった。』因に、山中鹿之介は1545〜1578年に生きた戦国時代の武将である。

安倍が山中鹿之介から学んでいればよいのだが、大事なことを「艱難辛苦」から学んでいない。同じように第二次世界大戦からも何も学んでいない。歴史を顧みて学ぶ姿勢を持っていない。彼は祖父の願った憲法改正を含め、反省もせず、日本を再び戦火にまみれる国にしようと願うだけのようだ。もしも山中鹿之介から学ぶことがあれば、今のままでは彼自身が「凋落」か「滅亡」することになるのが見えるはずだ。彼の歴史への認識の甘さ、認識不足はいよいよ無気味なものに見えてくる。》


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2007年7月 9日 (月)

人生いろいろ

 アカシアの種を蒔くために
Dscakasia


 100℃で10分間煮沸



Dsakasia

 煮えくり返った湯のなかで、
 この小さな命の粒が
 ほんとうに生き延びたのか心配だ



Dakasia

 園芸書に書いてあるとおりに
 一粒一粒置いていった

 上から土を覆ってやる必要はない
 と、書いてある

Dscfakasia

 濡らした新聞紙で覆ってやる
 渇いたら都度濡らしてやること

 と、書いてある。
 1〜2週間で発芽するらしい。

 ♦毎日新聞(7/7)から
熊本市の慈恵病院(蓮田太二理事長)に設置されている「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」に、生後10〜20日とみられる女児が預けられていたことが分かった。開設以来これで4人目になる。生後4週間未満の新生児の預け入れは初めてになる。病院や熊本県は「人権を守るため、個別情報は非公開」と事実関係を明らかにしていない。

5月10日の開設以来ほぼ2カ月、このままで行くと年間には24名の赤子が大量に預けられる計算になる。個人情報は非公開とする秘密裏の仕組みだ。病院と熊本県が口を噤んでいれば、当初から心配されていた、人助けか捨て子かも把握できない状況になっている。いずれにしても、日本の法律では明らかな保護責任遺棄という犯罪であることには間違いない。

 ♦同(7/9)から
「働いても報われぬ 嫌になった」京都市伏見区の民家で3兄妹が絞殺された事件で、睡眠薬を飲んで自殺を図った父親の尾子光明容疑者(42)が京都府警の取り調べに対し、「まじめに働いても報われない世の中が嫌になった」と供述していることが分かった、という。96年にマイホームを新築。「幸せそう」と近所でも評判だったが、その裏には金銭的に追い詰められわ尾子容疑者が垣間見られる。府警は事件を無理心中とみている。

「はたらけどはたらけど 猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」明治の天才石川啄木(1886〜1912)の短歌集「一握(いちあく)の砂」の中の一首だ。彼は19歳で幼馴染みと結婚し子もうまれるが、生涯貧困の生活から抜け出ることができなかった。質に入れられるものは次々に入れては出しを繰り返し、患った肺結核の治療も薬代が払えず、医者にも診てもらえないような日々の末死ぬのだが、「一握の砂」はその最晩年の作だ。

時代は違うが貧乏は誰でも嫌だ。私も若い頃は質屋通いをして生き延びた。勇ましい口上を残して田舎を出たが本当にその日暮らしだった。質種がないときは落ちているものを洗って口にしたこともある。だが、尾子容疑者と異なるのは私は当時はまだ独身であった。一日ぐらい絶食しても平気だった。戦時中の苦しい毎日を生き延びた自信があった。

尾子容疑者は妻(39)と中高生の子ども3人、母(72)の6人家族。母は近くの飲食店に勤め、人づきあいのよい女性だったようだ。彼女が女手一つで尾子容疑者を育て、土地も購入、05年に完済した家のローン数千万円も肩代わりしたと見られている。

一方、容疑者の方は「仕事相手と意見が合わないと、すぐに仕事を放り出した」という。3年以上前から、母が嫁に内緒で毎月30万円を渡すようになっていた。その金を妻には給料と偽って渡していたが、彼の供述によれば「6月分はもらわなかったので、幸せな間に(子どもを)いかせてやりたい」という内容の遺書に繋がったのでは、とみているようだ。末っ子の長女を最後にしたのは一番短い時間しか生きていないから、一番最後まで生かしておきたかったから、という。子どもたちの首を絞めた紐は4月上旬に、自分が首を吊って死のうと思って購入したものであったという。

供述のように、気に入らないと直ぐに仕事を放り出してしまうような性格では、雇ってくれる仕事先がなくて当たり前だ。嫁もまた給料明細を3年の間一度も見なかったのだろうか。それ以前に容疑者の母という人だ。脅迫されて出したのか、哀れんで出してやったのか、息子家族が貧困に苦しむのを見たくないからなのか、或いはそこまで甘やかすのを母の愛とでも思ってのことか、想像するのは難しい。また、容疑者が子どもの首を絞めた理由もどこか無常を感じるが、短絡的で勝手な屁理屈としか言い様がない。


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2007年7月 8日 (日)

世論「輿論」

久間の「しょうがない」発言から小池へトップが替わる目まぐるしい交替劇があった。輿論は久間の原爆投下がしょうがなかったの発言に飛びついた。新聞もテレビも一斉に久間断罪の火ぶたを切った。政府与党、野党からも、非常識、暴言、閣僚にあるまじき発言と誹謗された。振り返って私の知る限り、発言の内容について静かに考えてみようという受け止め方をしたメディア、識者を知らない。長崎からは抗議文を携えて市長までが乗り込んできた。その直後久間の辞任を知って逆に驚きのコメントを口にした。広島市長も抗議声明を出した。

輿論とは実(げ)に恐ろしいものよ。沸き起こった流れに立ち向かうことは一切許さないとの狂気さえ感じる。だが、じっくり考えてみよう。彼、久間が云ったことがそれほど攻撃されなければならなかった発言であっただろうか。4日のブログと重複するが彼は次のように云っている、「原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。勝つと分かっている戦争に原子爆弾まで落とす必要があったのか」と。その当時の疲れ切った日本人の気持ちには、どれだけ戦争が終わったことで安堵したかは4日のブログ《久間「しょうがない」辞任》を読んでもらえれば理解されよう。彼は原爆の投下に疑問を投げかけ、しかしその結果として戦争は終わったのだから、「しょうがない」という意味なのだ。日本語の読解力があれば、彼が原爆を是認も肯定もしていないことは分かる筈だ。

分からないのは長崎市の方だ、先輩市長本島等氏は明確に原爆の投下を肯定している。「日本がそれまでに他国にやって来たことを考えると、原爆の投下は日本に対する報復としては仕方なかった。落とされるべきだった」とまで語っているのだ。今度の抗議文はどこに持って行くべきだったのだろうか。私の考えは「しょうがない」は同じだが、より効果的な殺戮兵器の開発競争に遅れをとった日本は(当時アメリカは日本人をジャップと呼んで蔑んでいた)、その時点で実験台のモルモット代わりに、アメリカから原子爆弾を落とされる運命にあったとしても「しょうがなかった」と考えている。それが戦火を交えるということなのだ。

その死の原因が、何であれ、人間1人の死に軽重の差があっていいものではない。戦後いち早く出された統計によれば(1945年9月23日、防空総本部作成)、日本中では死傷者53万5227人、東京(八王子、立川を除いて13万2689人、大阪市内3万6764人、広島12万8284人、長崎4万3984人となっている。この他に無傷であっても家を全半焼したものなどを含めば実に罹災者と呼ばれる人の数は871万人を超える。沖縄以外は戦場とならずにすんだが、戦争とはこのように天皇がいう無辜(むこ)の人たちも命を失い傷つくことだ。

輿論は支配者の統治を正当化するために重要であり、特に議会制民主主義にもとずく社会では政治的支配の正当性を左右する。すなわち輿論は政治的リーダーに対する国民の意思表示としての機能をもつといえる。メディアの発達で種々の輿論調査というものが流行のように表れるが、単にマスメディアの意見、或いは願望が輿論として紹介されることもある。いわゆる輿論操作と呼ばれる現象だ。付和雷同する大きな声に弱い日本人だ、反対意見や対立意見は無視することで簡単に操作が可能になる。戦時中の国民が洗脳されたのも権力にべったりのマスメディアの輿論操作の結果だ。

「しょうがない」を辞任させた政府はそれ以前の1964年、日本の航空自衛隊の育成強化に功績があったとして、日本への原爆投下を指揮したカーチス・ルメー米空軍参謀総長の来日にあわせ、勲一等旭日大綬章を贈っていることをどう説明するのか。そして、これからも皮肉にもアメリカの核の大樹の下で守られて国際社会で生き続けなければならない日本は、どこかに置き忘れてしまった非核3原則をもう1度正面に据えて考えなければならない時期に来ている。

久間のいった「しょうがない」は私の世代には62年前の世界情勢からは正直な日本人の気持ちとして理解できる。問題は現時点で原爆をどう捉えるかだ。被爆者のむごたらしい姿は今ほど個人情報にやかましくなかった戦後、ニュース映画の画面に写された悲惨さは目に焼きついて離れない。時を隔てた二つの事象が絡まり合って論じられているのが現在の与論の現状だ。今を問われれば、私ははっきりと原爆は悪だと言い切れる。

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2007年7月 7日 (土)

書く

昔中国(東晋の政治家、生没年不祥、生年に303、307、321など諸説あり)に書のとっても上手い人がいた。名を王羲之(おうぎし)という。中国でも『書聖』の名が冠せられ、末子の王献之と併せて二王ともいわれる。

さて、明日から第一期(7月11〜16日)の第59回毎日書道展が国立新美術館で開かれる。第二期(7月18〜23日)第三期(7月25〜30日)第四期(8月1〜5日)東京都美術館=前期(7月8〜11日)後期(7月13〜16日)と右往左往しそうなスケジュールだ。

現地に行ったわけではない。毎日と冠する書道展らしく毎日新聞紙面には受賞作26人の書が2ページに亙って紹介されている。えっ!これが書? 私は少なくとも字は読むことも、書くことも、覚えることも誰よりも好きだと思っている。以前から不思議だったが、香典袋に書く字のような薄墨の頼りない印象の字が堂々と書の世界に仲間入りしている。少なくとも学校でならったレベルでは墨は硯でしっかりと摺ることを教えられた。なのに作品には多過ぎる筆に含ませた水がカンバスを滲ませ、書としては汚れとしか映らないものがある。かと思うと、カンバスに殆ど白い部分が残らないほどバケツで墨を撒いたようなアバンギャルド書には、作者は次のような題名をつけている。「ZENのリズム2007『原点』」と。絵画展に行っても同じような訳のわからないものを出品する作者がおり、絵の具を塗り付けただけの絵を見かけることがある。自己満足の愚作でしかないと思うが、ちゃんと入選している。

絵でも書でも同じだ、アバンギャルドと呼ばれる書は自己陶酔の世界でしかない。少なくとも展覧会に出品することは、自己以外の目にふれることを前提としているはずだ。見るものの共感を得たいと願うはずだ。しかし、そこには自己満足の世界から一歩も出ていない小さな世界があるのが見えるだけだ。

ところが審査部長の貞政少登は、それぞれに大業なコメントをつけて褒めそやしている。題名には「こころ」とついている。題名が無ければ決してこころとは読めないものに、「ビートな線が走る。音が聞こえ、色さえ見えてくる。書のかたちが楽しげに現れ会話をしているようだ。快作だ」と。前出の「ZEN・・」には「真っ黒なボリュームある線《線などどこにも見えないただ黒い塊があるだけ》を組み上げ重量感のある作品に仕上げている。黒の深さも魅力だがそこから覗く白の輝きが美しい」なんて意味不明なタイトルによくもこれだけ作文するものだ。どうもセンスが狂っているとしか思えない。。

また、書とは呼べない工芸品の刻字も混じってる。おおきなハンコを扱うハンコ屋さんが出品しているようだ。書というよりは彫刻の技術較べのようなものだ。

過去最高の出品点数3万1345点のうち入選以上の全作品が展示されるらしい。それらの中には誰もが読める字もあるのだろうが、どうしてこうも普通の日本人に読めない字(行書、草書、篆書など)ばかりが入選するのだろう。書を習っている人間だけが読み書きできる限られた閉塞的な世界が書の世界なんだろうか。

中国の王羲之、日本の空海、菅原道真といった難しくても筆の跡が辿れる字、凛として美しいと感じられる字、限られた趣味の人だけでなく、誰でも読める字、多くの人が共感できるような字を見たい。

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2007年7月 6日 (金)

「移動性睾丸」

何日か前の毎日新聞、5歳の孫がこのように診断されたがどうすればいいのか?との祖母からの相談が「子ども相談室」に載っていた。

常日頃、テレビの画面からは女性の生理用品のコマーシャルが改良される度に、どこがどう改良され、どのように効果があるのか、液体を流し入れてまで説明してくれる。モデルさんが蒲団の上でごろごろと寝返りを打ってお尻のアップが画面を占める。この歳になっても男性の身には凝視するのは恥ずかしいが、70歳を過ぎたわが山ノ神さままでが、「恥ずかしい」とおっしゃる。

このような世間が普通のこととすれば、育児書でもなく、婦人雑誌の子育てページでもない新聞が、睾丸問題を取り上げるのに、一々文句をいうこともないのだろうが、新聞の紙面づくりに本当に必要な記事なのかどうか疑問に思う。

折角取り上げたことなのでこの「移動性睾丸」がどんなものなのか気になった男性もいるだろから紹介してみよう。「5歳男児。睾丸が陰嚢から足の付け根まで上がったり、下がったりする「移動性睾丸」と診断されました。本人に痛みはなく「ドキドキした時や寒い時に上がる」と話しています。泌尿器科で「手術が必要かもしれない」と言われたのですが、どのような手術でしょうか。このまま放置するとどのような問題があるでしょうか。(山形市・66歳祖母)からの質問となっている。

<回答は省略>

わざわざ泌尿器科まで行って医者とも逢い、話もしてきたものを、何故新聞にまで投書するのだろう。その医者に詳しく聞くか、不安なら専門医を訪ねれば済むことだろう。記事として風疹やインフルエンザのようにごく一般的な事象についてのことなら理解できるが、「移動性睾丸」なる症状は、私自身この歳になるまで聞いたことがない。それほど数多くはない症状と思うのだが、世に警鐘を鳴らすためのものならまだ理解もできるが、特殊なケースを新聞紙面に露出趣味よろしく掲載することはないだろうと思うのだが。

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2007年7月 5日 (木)

「男のくせに」

この言葉、石田衣良は「子どものころいわれて嫌な思いをしたなあ」と感慨深げに書いているが、私の子どもの頃は「男」とは武士であり、軍人を指していたように思う。男は強くなければならなかった。学校の先生も、大人も、勿論両親も男を強く育て、「お国のために役立つ」(命を捨てる)ことがその男の完成品としての具体像としてあった。めそめそしたり、なよなよしたり、泣くことなどはまっ先にその資格の無さの叱責の矢面に立つことになる。当の云われたガキどもは、歯を食いしばって我慢した。外で喧嘩して泣いても、先生から引っ叩かれても、家には泣き顔を持ち込まなかった。ことあるごとに「男のくせに」と云われて育った。そのせいか、未だになよなよのオカマには「タマついてんのか」と寒くなり身震いがする。

さて石田のアンケートに入ろう。題して「男のくせに」はセクハラ?違う?
 メールは賛否まっぷたつ。でも、面白いのは、「女のくせに」という逆バージョンについては、セクハラだという点で意見が一致していることだ。女性がこんな言葉から解放されたのなら、そろそろ男性も自由になっていいかも知れないですね、とは石田の弁だ。
《「女のくせに」が話題になった当時、一体「女」って何だ、が争点になった。同じように「男のくせに」の男とは一体何だ。私の世代の男には、いくさをするために必要な頑健な肉体を備えていることが大事な条件の大部分を占めていたように思える。そこには封建時代の男尊女卑の概念で作り上げられた男性像があった。現在の男性像には何を求めればいのだろうか。世の中を見ても、なよなよした女性と見紛う風采の、優しげな人間が溢れている。従来「女のくせに」が云われた頃、フランスの思想家、ボーボワールが『第二の性』で云った女は女に生まれてくるのではない、女につくられるのだ、は男にも通用することだろう。》

では女性票が微妙に多かった「セクハラじゃない」から(《内は私見》)
「最近の男性は女々しいのが多い。多少いわれてもしかたないんじゃないでしょうか。女性は長年耐えてきたんです。そんなことにこだわるなんて、『男のくせに』話になりません」(広島市・匿名)。「男性として、女性として、最低限に守るべきものが果たせないときに浴びせられる言葉ではないでしょうか。問題は発する側の異性への意識です」(新潟市・匿名)。《これは男、女の定義から始める必要がありそうだ。お互いの最低限とはどこにあるのだろう》

「女性の社会進出が盛んになった今、男のくせにといわれる男性は、たいてい女のくせにと口にしています。おたがいさまということで、あえてセクハラではないに投票します」(熊本県人吉市・こざる)。「古くから日本の社会に定着したことわざのようなもので、男性を勇気づけたりする美しい日本語なんじゃないですか」(北海道芽室町・木偶)。《石田も驚いている、書いたのは69歳だが、決して美しい日本語だとは私も思わない》

ここで寄せられた数字を見ておこう。
<有効投票数>3015(男1242 女1773)
          セクハラだ  そうじゃない
   全 体     50・2%   49・8%
     男     53・0%   49・8%
     女     48・3%   51・7%
 10代以下 男   58・8%   41・2%
 10代以下 女   53・3%   46・7%
 20代   男   56・6%   43・4%
 20代   女   45・5%   54・5%
 30代   男   52・8%   47・2%
 30代   女   50・3%   49・7%
 40代   男   54・3%   45・7%
 40代   女   47・4%   52・6%
 50代   男   44・8%   55・2%
 50代   女   48・6%   51・4%
 60代   男   40・0%   60・0%
 60代   女   38・1%   61・9%
 70代以上 男   33・3%   66・7%
 70代以上 女   50・0%   50・0%

続いてセクハラだと思っている派の意見
「男のくせにといっても、罪悪感は薄いけど、やはりセクハラ。そうでなくても完全な男女差別です」(横浜市・K子)。《「女のくせに」がセクハラなら、男女同権でいうなら「男のくせに」も立派なセクハラだ》「性別にかんすることで、自分の都合を押しつけることをセクハラと考えるなら、セクハラです。あなたの男性像なんて押しつけないでよというはなしです」(さいたま市・真砂代)。「男のくせにはセクハラ以上に、生きかたまで強制される響きがあって、非常に不愉快です。男らしさを強制されるなんて、まっぴら。安倍さん、美しい国の男たちはみんな男らしく国のために命を捧げるんでしょうね」(千葉県八千代市・久史)。《年齢不明だが、男に対するイメージ上のかくあるべしの固定観念に縛られて苦しんでいるようだ》

投票の数ではほぼ五分っだったが、メールで寄せてきたものは圧倒的にセクハラ派が多数だったらしい。その内容においても結構激しいものがあったようだ。結びの言葉として、石田はお互いにこんな言葉を使うことは止めようよ、と呼び掛ける。《その通りだろう、それよりはお互いに使っている「女の、男のくせに」の女とは、男とは、がお互いに何が不足し、何を望んでの言葉なのかをぶつけあうのも面白いのではないか。》

最後に紹介されたメール。
「語尾にくせがつくと、人としての器の小ささがにじみでるようで嫌です。ほかにも、大人のくせに、子どものくせに、主婦のくせに、作家のくせに・・・。それをいう人が相手より優位に立つことを誇示しているようです。男性の行為や性格を批判するなら、具体的な事象について指摘したほうが、よほど正々堂々としてカッコいい」(愛知県碧南市・アジサイ)。《たしかに、相手に求める「男らしさ」(女らしさ)は千差万別であってよいことだ。しかし、私について云えばある種の人間に対する偏見は拭い切れないままだろう。》

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2007年7月 4日 (水)

久間「しょうがない」辞任

6月30日、千葉県柏市の麗沢大学で行った講演の中で原子爆弾投下について、「米国はソ連が日本を占領しないよう原爆を落とした。無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったという頭の整理で、今しょうがないなと思っている」と語った。

その後の数日間の動きはここで書くこともない。テレビやメディアで繰り返し報道されている。長崎からは3日午前11時前、防衛省を訪れ、抗議文を手渡した。午後になって正式に辞任が決まり、同時に棚からぼた餅の次期防衛大臣に、モッタイナイやエコふろしきの小池おばさんが取って変わることも決まった。

1日からメディアが文字にする「原爆、しょうがない」発言。アメリカが原子爆弾を広島と長崎に投下したのは事実だ。日本の為政者たちや軍部が国民に向かって「撃ちてし止まむ」「最後の1人になるまで戦え」と本土決戦の号令から、一転して無条件降伏となるポツダム宣言の受諾(8月14日)となり、日本の敗戦が決定した。それ以前の7月26日、米、英、中3国は、日本に降伏を求めるポツダム宣言を発表したが日本はそれを無視、8月6日広島に原爆投下、8月8日ロシアは日ロ不可侵条約を無視して満州・樺太に攻め入る。翌8月9日は長崎に原爆が落ちていた。

天皇は1945年8月15日正午ラジオから敗戦の声(録音)を発した。「(前略)敵ハ新タニ残虐なる爆弾ヲ使用シテ 頻(しきり)ニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 眞ニ測ルヘカラサルニ至ル(後略)」、戦争を仕掛けておいて恨みつらみの甲高い声だった。国民は誰もこの時落ちた「新た(な)残虐なる爆弾」が原子爆弾という名の爆弾とは知らなかった。

戦時情報統制は情報の流れを停滞させていた。原子爆弾という名前の恐ろしい爆弾であることを知るまでには、数日間の遅れがあったが、その期間は疲弊しきっていた国民の胸に、“戦争が終わったんだ、防空壕に逃げ込まなくてもいいんだ、火の海を逃げ回らなくてもいいんだ”そして何よりも“もう誰も死ななくていいんだ、生きていけるんだ”の安堵・安心の気持ちを生んだのは事実だ。広島や長崎の惨状を、当地以外の日本人の誰もが知るまでには時間の経過が必要だった。

原爆は日本でも研究が進められていた、悲しいかなアメリカが先を越した。有色人種を劣等民族とみていたアメリカが、黄色人種の日本人に原爆の威力をテストするのにためらう必要はなかった。これが逆ならアメリカに原爆を投下することに日本軍は何の躊躇もしなかったであろう。当時の日本人は‘アメリカを、アメリカ人を1人残らず地球上から抹殺するんだ’と教えられていた。お互いが憎しみあっていた。お互いに殺し合うのが戦争だ。戦争にヒューマニズムなどあってはならない。ヒューマニズムはセンチメンタリズムと通じ、戦に敗れることになる。チャップリンの映画に「殺人狂時代」(1947)がある。絞首刑になる殺人鬼が「平時1人殺せば犯罪人だが、戦争で1000人殺せば英雄だ」の台詞がある。

戦争では、より強力な武器を持つことで敵に勝つ可能性はより大きくなる。そのために日米は互いに原子爆弾の開発に取り掛かっていたのだ。日本はそれにも負けた。戦争中日本の為政者や軍部が国民に流した風評、「敗ければ女は皆強姦され、男は皆殺しにあう」などと敗戦の恐怖を必要以上に植え付けたのは、裏返せば日本が勝てば敵にはそうする、を言外に云い換えたものと思えばよい。沖縄戦で多くの婦人が米軍に追い詰められた時、陵辱をおそれて断崖から身を投げたのもその風評を信じたからだ。

今回、原子爆弾の投下を「しょうがない」と発言した久間、これにはどうやら伏線があるようだ。1975年アメリカ訪問から帰った昭和天皇が記者会見で「遺憾に思っているが、戦争中のことなので、広島市民には気の毒なことであるが、やむを得ない」と。また、カトリック信者であった元長崎市長の本島等氏は「原爆投下は仕方なかった」も同じだ。しかし、2人の間には決定的な違いがある。先の人は戦争を始めた人、後の人はそのために原爆の被害を受けた人。私も本島氏と同じ意見だ。アメリカが云うように「戦争を早期に終わらせるために」「罹災者をこれ以上増やさないために」は結果論だが確かにその効果はあった。日本は早々に戦争終結に動きだしたのだ。植民主義に動かされ、軍部の独走が抑えられず、開戦を止められなかった天皇が開戦の詔勅を出し、ハワイの真珠湾攻撃の奇襲を行った結果がこの結論を招いた。原子爆弾が今、非人道的だと叫ばれているが、勝つためには卑怯であれ手段を選ばないのが戦争だ。それがどんなに残酷な負け方をしたにしろ、日本は自らが招いた結果と云う意味で仕方のないことだったのだ。

戦争での死が、原子爆弾であろうと、ピストルの弾であろうと、機関銃の弾であろうと、空襲爆撃、地雷、ナパーム弾、高射砲による墜落や飛行機や魚雷であろうと、或いは細菌や毒ガスによるものであっても、人間1人の命の重さに変わりがあるとは思わない。そして、日本全国では広島や長崎を併せた数よりもずっと多い人たちが空襲によって亡くなっている。広島や長崎の人たちだけが被災者ではない。久間さんよ、辞任することなどなかったのだよ。

今、靖国神社にのうのうと眠っている東條を始めとする戦争を指導した戦争犯罪人たち、日本人の手で彼らの罪を裁くことこそ生きている人間の勤めであると考える。

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2007年7月 2日 (月)

チャイコフスキー・コンクールと 拍手

6月13日のブログで書いたばかりだ。同月8日、ルーマニアで行われたバルトーク国際オペラ指揮者コンクールで入賞した(1位と3位)2人の日本人指揮者(橘真貴、菅野宏一郎)のことを。

今回は4年に1度モスクワで行われるチャイコフスキー・コンクール*(ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、声楽など)の29日のヴァイオリン部門の最終選考で神尾真由子(21)が優勝したと伝えられた。小学校4年生だった96年に第50回全日本学生音楽コンクールで全国大会小学校の部で1位になっている。98年のメニューイン国際ヴァイオリンコンクールのジュニア部門では最年少の11歳で入賞している。その後、米国、英国、フランス、ロシアなど世界各地で演奏活動を重ね、国際的にも高い評価を受けている若手の逸材だという(スイス在住)。

*チャイコフスキー国際コンクール—作曲家チャイコフスキーを記念して1958年に創設され、4年に1度モスクワで開催される。ベルギーのエリーザベト・コンクール、ポーランドのショパン・コンクールと並ぶクラシック界の登竜門。

29日で演奏したのはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、シベリウスのヴァイオリン協奏曲と報じられているが、どちらも大曲だ、最終選考では当然時間をおいてのことだったと思われるが、演奏が終わってしばらくは拍手が鳴り止まなかったと伝えられた。《残念ながら、私はまだ聴く機会がない》

チャイコフスキー・コンクールといえばもう1人、1990年、当時最年少で優勝した諏訪内晶子(1972)がいる。彼女も又コンクールでは負けていない。
 1981年 全日本学生音楽コンクール(小学校の部)第1位
 1985年     〃   〃   (中学校の部)第1位
 1987年 日本音楽コンクール          第1位
 1988年 パガニーニ国際コンクール       第2位
 1989年 エリーザベト王妃音楽コンクール    第2位
そして1990年18歳でのチャイコフスキー・コンの 優勝と続く
彼女はそこから演奏活動には入らず、1991年から1995年までの間ジュリアード音楽院に留学、コロンビア大学では政治思想史を履修する。1995年、アンドレ・プレヴィン指揮NHK交響楽団定期演奏会で日本での演奏活動を再開する。その後は世界のオーケストラ、ニューヨークフィル、ピッツバーグ、パリ、ブタペスト祝祭管弦楽団、バイエルン、ベルリン・フィル、などと共演が続く。一方、CDへの録音も重ね、シャルル・デュトワ指揮フィルハーモニア管弦楽団でショーソンの「詩曲」を含む1枚をリリース(2004年2月)。夭逝したフランスの女流ヴァイオリニスト、ジネット・ヌヴーの古い録音(1946年)と聴き比べた。どうしてもモノーラルのヌヴーに軍配が上がる。これ以上のものはちょっと出ないかもしれない。58年の時間の差を越えて、ヌヴーのヴァイオリンが光る。‘おそく神秘的に’の指定を持つこの曲を、深い憂愁で包んでくれる。

古いところを思い出したついでに、日本が戦前に世界に送りだした女流ヴァイオリニスト諏訪根自子のことを語っておきたい。現在でこそ日本の女性の海外クラシック界への進出は珍しくもないことだが、戦前海外で活躍した器楽奏者は彼女ひとりであった。彼女が生まれたのは1920(大正9)年、今も変らない幼少(4歳)からの習い事でヴァイオリンを持つことになる。1932(昭和7)年、12歳で日本青年会館で初リサイタルを開いた。36年にベルギーのブリュッセルに留学。37年にパリに移り、パリを拠点にヨーロッパでのリサイタルを開く。42年にはクナッパーブッシュ指揮ベルリン・フィル、ウィーン・フィルなどと共演、フランス、ドイツ、オーストリア、ベルギー、スイスなど各国にわたる。日本人としてこれだけ世界的に活躍したヴァイオリン奏者は諏訪根自子が初めてであり、名実ともに当時の第一人者であったといえる。《この頃のことだろう、天才少女、スワネジコの風評は小学生の私の耳にも伝わっていて、今に頭の片隅に余韻として残っている。》

彼女がヨーロッパで大きく活躍しようとした頃はちょうど、第2次世界大戦と重なる。パリの小村で休暇を楽しんでいた1939年9月1日、突然大音声の太鼓の音を聞く。ドイツ軍がポーランドに電撃侵攻したことを知らせる太鼓だったという。第2次世界大戦の勃発だった。英仏両国はドイツに宣戦布告する。諏訪は勉強を続ける予定で日本へ帰国せず、パリにとどまる。諏訪は日本の対独親善政策でベルリンに移る。さらにドイツ軍占領下のパリとの間を往き来しながらリサイタルを続ける。日本は1940(昭和15)年9月27日、日独伊3国同盟を締結する。1944年6月連合軍のノルマンディー上陸とともに諏訪は在留邦人たちとともにパリからベルリンに避難する。

1945年4月30日、ヒトラーのピストル自殺でドイツは5月7日、無条件降伏する。諏訪は米軍に抑留され、米国船に乗せられ、ペンシルバニアへ運ばれる大西洋の船上で広島への原爆投下と終戦を知った。同年12月日本への帰国を果たす。彼女25歳の時である。《因に彼女の愛器ストラディバリウスは戦時中のドイツ宣伝相ゲッペルスが贈呈したものといわれる》

諏訪は翌46年からリサイタルを再開する。44年ジュネーブ、ローザンヌで催したコンサートで「輝かしいテクニックと音響の美しさ」「軽妙にして情熱の技量」「オルフェのごとく、諏訪根自子は音楽の平和で崇高な魔術を展開した」といわれた音楽を日本に持帰り、55〜60年ころまで各地でコンサートを開いたが、結婚、夫の海外転勤で演奏活動から離れていった。その後日本に戻った諏訪は、日に3時間は欠かさなかったという練習の成果をアルバムにまとめた。諏訪(58歳になっていた)の芸術家としての集大成となる78〜80年にかけて出したLP3枚のアルバムだ。バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ、BWV1001/6』全6曲である。私の手元にあってヘンリク・シェリングの3枚と、時に聴き比べて楽しんでいる。

Dscfviolin

 諏訪根自子(中央LP)

 諏訪内晶子(右)


 五嶋みどり(左)



現在、世界で活躍する日本の女流ヴァイオリン奏者は当時と比べ遥かに多くなっている。諏訪が学んだ小野アンナ、彼女が桐朋学園で教えた前橋汀子、潮田益子たち、漆原啓子、諏訪内晶子、千住真理子、竹澤恭子、藤川真弓、堀米ゆず子、と次々に出てくる。意識して1人飛ばした。そう、天才の名を恣(ほしいまま)にしてきた五嶋みどり(1971)がいる。彼女はコンクールとは無縁の人だ。彼女もやはり4歳から、バイオリン奏者の母から手ほどきを受け、1982年アメリカに渡りジュリアード音楽院で学ぶ。10歳の時その天才的な才能をズービン・メータに認められ、彼の指揮でニューヨーク・フィルと共演、15歳でジュリアードを自らの意志で中退した後、早くから社会事業に関心を持っていて1992年、教育環境が行き届かない都市部の公立学校の生徒を対象に音楽の楽しさを教える活動を進める非営利団体「ミドリ&フレンズ」を設立した。2001年には心理学を専攻していたニューヨーク大学ガラティン校を最優等で卒業している。

ヴァイオリン曲の殆どを演奏、録音しているが、私が謎と思えるのは未だに、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のCD化がされていないことだ。ただ1998年5月24日、NHK FMで放送したことがある。(ヒュー・ウルフ指揮:フランクフルト放送交響楽団、1997/9/19フランクフルト・アルテオパー大ホールで)幸いその時エアチェックしたからメタル・テープで聴くことは可能だが、この音源をミドリがCD化することを許可していないことが考えられる。

さて、チャイコフスキー・コンクールからどんどん逸れて行くが、逸れ序でにもう一歩逸れてみよう。毎日新聞6月30日の記事からだが、クラシック音楽会での拍手の仕方が分からない。それがクラシックコンサートの敷居を高く感じさせているのではないか。ということで悩んでいる人へ。
私は今まで幾度も書いて来た。同じように気にする人が多いからだが、誰が考えても同じだが、日本の御詠歌を聴いて拍手する人がいないのと同じこと、宗教曲を聴いてそうは拍手をする人はいないだろう。ましてそれが教会の中で行われるミサ曲のようなコンサートともなれば拍手などしない方がいいのに決まっている。

ドイツ歌曲、例えばシューベルトの場合、歌曲集も全曲で24、20、16曲、シューマンにも全曲で26、16、12、9、8曲などがある。新聞では一曲一曲の拍手はしない、それは曲の並べ方には作曲家の配慮があり、調性効果を狙って並べていることも多く、転調でその世界に導いたりしており、また同じ作曲家のものが連続して歌われる場合にはその途中に拍手を入れない、などと書いているが、クラシックを聴きに集まるファンの皆が、ドイツ語を理解し、それを熟知していると思っているのだろうか、また、逆に云えばそこまで専門知識を持たないと、或いは知らないと、ドイツ歌曲のコンサートの会場には来るな、ということだろうか。

これもまた何度も書いて来た。何も畏まって聴く必要はない。自分の琴線に触れれば、どこで拍手しようが声上げようが構わない。逆に聴いていて何も感じなければ拍手することもいらない。周りに釣られてお世辞で拍手する必要はさらさらない。憮然としていればよいことだ。

拍手の問題はヨーロッパでも歴史的に長い間議論されてきた。北ドイツでは拍手を一切しない時期もあったらしい。ピアニストのクララ・シューマン(古い話だ)は「よりどころがなく、つらい」と、その「冷たい演奏会」を嘆いたと云われる。それでも良いことだ。戦後、その昔名が高かった人たちが何人も来日した。昔日の面影をなくした人が何人も来た。哀れな演奏だった。拍手などしなかった。名前だけでは芸術ではない。入場料の多寡では芸は計れない。その芸に値すれば手が痛くなるほどの拍手を返す。

新聞の記事で納得できる内容があった。間違っていなくても《どういう意味だ》、迷惑な拍手もある。曲が終わるや否や「私はこの曲を熟知しています」とでも言いたげにすぐ、パーンと入る拍手だ。《或いは、これも書き疲れるほど書いてきた。例の気狂いたちの大声で叫ぶ『ブラボー』だ。銃でもあれば撃ち殺したくなる。》余韻をぶち壊し! 曲によっては作曲家が最後に休止符をつけその上にフェルマータ(延長させること)の記号を付けていることもある。無音の響きを味わって下さいということだ。そんなところで拍手(ブラボー)が入ったら台無しだ。

拍手の仕方は、聴衆と演奏者が曲をよりよく味わうために決められている。《それは可笑しい、拍手は誰もが揃って手を打つことではないはずだ。そんな拍手ならしない方がよほど良い。》分からない場合は、周りが拍手し始めてからやおら拍手をするのが無難だ。(記事:梅津時比古)《バカをいうんじゃない、拍手は人につられてするものか、面白くなければしない方が礼に叶ってる。もっとしっかり歌え、もっとしっかり演奏しろ、の無言の励ましとなる。お情けの拍手をもらって喜んでいるようじゃ芸術家じゃないと思え!だ。》

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