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2007年5月31日 (木)

救急車「軽症はお断りです」

救急車出動の急増を受け、東京消防庁は明日6月1日から、救急隊が現場で明らかに緊急性が低いと判断した患者に対して自分で病院に行くことを進める「患者の選別」(何故か分かりにくい横文字を使ってトリアージと呼ぶらしい)制度の試みに全国で初めて踏み切ることにした。しかし、現行消防法には緊急搬送の対象となる「緊急性のある患者」の明確な定義がなく、東京消防庁は原則的に全通報者を搬送してきた。今回の試行で、患者や家族から搬送を強く求められたときの対応の問題など、来年3月までを試行期間とし、本格的な運用に向けて問題点の洗い出しを行うことになる。

高齢化が進む中で、搬送の遅れが重大な結果を招く状況が増えていることから、軽度の患者や救急車をタクシー代わりに使おうとする通報者には、民間搬送の利用を求めるものだ。東京消防庁の昨年の出動件数は68万6901件で10年前に比べて約22万件増えている。交通状況にも寄るが10年前に比べ、現場への到着時間が約50秒遅く(7分30秒)なったという。

重篤患者の搬送遅れが生死を分けることもあり、このため同庁は05年から救急隊が搬送の必要性を判断できる基準づくりを進めてきた。搬送されない可能性があるのは「手足の切り傷」「鼻血」「(体全体の1%以下の)手足の火傷」「体の1部の痒みや発疹」などの7症例。「麻痺の有無」や「頭部に傷がない」などの項目をクリアし、意識、呼吸、脈拍に異常がない場合には、応急処置をして医療機関を紹介したりする。

実際、同庁が昨年9月19日〜10月31日と今年2月の計71日間にあった12万115件の搬送者を調べたところ、緊急性が明らかに認められないケースが0・7%あることが判明した。これをもとに年間約5000件の緊急性のない出動要請と試算した。しかし、軽症でも本人の同意が得られない場合は従来どおり搬送する、としている。

同庁は「本当に緊急性の高い人を優先するための措置で、サービス切り捨てではない」と説明している。

《05年、高松発のショッキングなニュースだ。「1年間に50回近く救急車をタクシー代わりに呼んだ男逮捕」(3月)「公務執行妨害や障害の罪で同男に懲役3年6月の判決」(7月)。彼は身勝手な要求を拒否され隊員に暴行を加えたものだ。『タクシーや自家用車で病院に行ける場合は救急車は呼ばない』という、当たり前のモラルも通用しない。高松には男性のような困った常連は他にも20人程度いて、救急係にマークされているという。

東京も似たりよったりのことは想像がつく。「コンタクトレンズが外れない」(彼女はタクシーでも行ける程度だ、と指摘すると、「対応が悪い」と抗議した)。ほかにも「虫刺され」「歯痛」「検査のための通院」など、タクシー代わりが明瞭なもの、「夜間に病院への問い合わせが面倒」「緊急で行けば待たずにすむ」など倫理観の欠除が激しい。消防庁でも緊急度の低いケースの有料化の検討を始めているようだから、上記の男のような暴力行為が多発しないためにも、「コンタクトが外れない」だけで救急車を呼ぶことのないよう、可及的速く法制化することを期待する。》

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2007年5月30日 (水)

リマ会議 閉幕

不発弾が市民を無差別に殺傷しているクラスター爆弾の禁止条約作りを目指し、ペルー・リマで開催されていた「クラスター爆弾禁止リマ会議」は禁止対象をめぐる意見の隔たりが大きく、条約について結論が出せないまま25日、閉幕した。

結論など最初から見え透いていた日本にとって、アメリカの御機嫌を損ねることは不可能なこと、「廃棄するかどうかは今後の議論」として、今まで道り不可能な手続きを主張するだけだ。日本の言うところは「100カ国以上が参加する国連の枠組での議論を重視する」と。他国にまで侵攻し、戦争を続け、地球の上に最も多くのクラスター爆弾をまき散らしているアメリカという国が入った会議を求めているのだ。日本は、はなから禁止条約など眼中になく、アメリカの出方を窺い、「アメリカが禁止に賛成ならば、我々も」の主体性など全く持てない国なのだ。

その日本には極めて不良品で不発率の高い(2〜20%以上)クラスター爆弾を陸空自衛隊は保有しているのだ。リマで全面禁止を議論しているさなか、田母神・航空幕僚長・田母神の「不発弾による(日本国民の)被害も出るが占領される被害の方が何万倍も大きい」との発言を聞いた、同会議に出席していたイギリスのエルトン上院議員は「日本国内で使えば市民の犠牲は免れない。軍の論理よりも民間人への犠牲を最大に配慮するべきだ」と疑問を呈している。

人道上の問題で全面禁止を議論している会議でも、日本は席上「人道面と安全保障面のバランスを考慮しつつ対処することが必要だ」、「防衛上必要」とも述べた。NGOの連合体「クラスター爆弾連合」のトーマス・ナッシュは「信じ難い発言だ。日本を占領できるほど軍事力を持つ敵だったら、クラスター爆弾程度で撃退できるわけがない」と語った。

戦争を知らない世代がリードする現在の日本、原子爆弾が本土に落ちる瞬間まで、女性に竹槍を持たせて1人1殺で国防を説いた60数年前の焼け野原になった日本を思い起こさせる発言だ。全面禁止に慎重である独・英・カナダでさえ、不発率1%以上の爆弾を対象に廃止を提案しているのに、不良爆弾を抱え込んでいる日本が、その不発率が遥かに高い旧型爆弾の廃棄にさえ躊躇しているのだ。オスロに続いて今回の会議でもまた、日本は孤立した。

「禁止すべきクラスター爆弾とは何か」という定義など、次回今年12月に予定のウィーン会議で目標とする08年末までの条約作りに向けて、多くの課題が明らかになって終わった。

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2007年5月29日 (火)

認知症ドライバー

Dscf0100_2Dscf0094_2 孔雀さぼてん
 フレッドバウチン
 数年ぶりに
 一輪開いた。

逆走してみたり、いきなりUターンしてみたり、認知症ドライバーの事故が絶えない。“ぼけ”老人がいけないということで、何か偉い人のような呼称「にんちしょう」なる言葉を作って貰っても、中身は立派なぼけだ。現在のような事故が続くと、本人には「ぼけ」と知らせた方が自身怪我もなく、他人や器物に危害や損害を加える立場になることも予防できるような気がする。

環境によっては車がないと通院にも不自由し、なくてはならない移動手段であることを訴える意見を多く見る。だからといって放っておいて、怪我でもすれば行政の怠慢として大問題になる。ここ数年は、団塊の世代の認知症予備軍が大量に世の中に出てくることも予想できる。彼らには面倒を見る子供達が共に生活している家庭はそう多くはないと思われる。意見として、老年齢に達した親は、子どもに運転を任せて助手席にでも腰掛けることをアドバイスする人もいるようだが、そのような家族は少ないのが実情じゃないだろうか。妻(夫)と二人だけの老後では、夫が免許証を持っていれば、足腰が弱った妻の日常の買物の専属運転手(わが家はそうであるが)になるケースが多いであろう。

それにもっと厄介なのは、認知症と呼ばれる人たちには、自分の運転技術に頑固なまでにプライドを持つ人が幾人もいることだ。これらの人たちは、医者から認知症と宣告されていても、ハンドルを離さない人が多いようだ。

毎日新聞(5/15)から
全国の公安委員会が認知症を理由に運転免許を取り消した件数は、06年までの4年半で257件にとどまることが警視庁の調べで分かった。・・件にとどまった、ということは全体では多くの認知症の対象とされる人たちがいることになる。認知症で免許証を保有している人たちは、65歳以上だけで推計30万人とされている。家族が取り消しを求めても警察が取り消しに消極的なケースも多く、専門家や家族は、危険な運転を防ぐ新たな対策を求めている。

道路交通法の改正で02年6月以降、認知症患者の免許を取り消せることになった。
 しかし、同庁によると、実際の取り消しは
 ♢02年(6〜12月) 5件
  03年       29件
  04年       47件
  05年       63件
  06年      113件
 *別に、6カ月以内に回復の見込みがある患者の免許を停止処分にしたケースが4件あったという。

免許取り消しと停止を合わせた行政処分計261件について、切っ掛けを調べたが、約3分の2に当る170件が「家族からの相談」であった。また、事故処理の過程で当事者が認知症であることが分かった例が42件あった。

警察庁によると、65歳以上の免許保有者は05年末で約977万人いる。認知症の免許保有者の推計人数は、厚生労働省の年代別患者の割合を基に推定している。同庁運転免許課は「免許は本人の権利なので、本人の協力が得られなければ処分は難しい。ただ、家族の相談は危険な運転を把握する機会でもあり、適切に対応するよう指導したい」という。

一方、国立長寿医療センター長寿政策科学研究部の荒井由美子部長らが04年、3県警本部(県名非公開)に行った調査によると、患者の運転を止めさせたい家族が警察に相談しても、行政処分を避け、自主返納などを進める方針が採られていた。しかし、本人は病状を自覚していないため、拒否する例が多かったという。新井氏は「警察の現場レベルで具体的な指針がないことも一因だ」と指摘している。

本人とは別に、認知症患者の運転を止めさせられずに悩む家族も多く、その支援策に厚生労働省の研究班が今年度、対応マニュアルの作成に乗り出すことを決めた。3年間かけて、運転を止めさせるべき一定の判断基準を設け、どのように患者の説得を進めるかの手順づくりをする。また、高齢者が車を手放した後の生活に何が必要か、行政や社会に対し問題提起していく。

センターの荒井部長は「患者の多くは運転中止を拒むが、家族はどこに相談していいのかも分からず孤立している。現状では運転中止の中心的役割を家族が担わざるを得ないため、介護負担の軽減に役立つマニュアル作りは急務だ。同時に、運転中止後の生活に支障が出ないためのインフラ整備も訴えていきたい」と話している。

私もそろそろ近づいている、来年は免許の更新がある。前回のテストでは何も不都合は見つからなかったが、過信はしていない。いずれその時が訪れることを予測もしている。幸い2、3年前に近くに停留所のある路線バスが走り始めた。少ない日常の買物には妻が一人で乗降車も出来そうだ。

♦認知症を書いているが、認知症でなくてもそれ以上にボケた奴らが世の中にはいる。昨年も北海道で同じようなことをやった大学生たちがいたが、今年も負けず劣らずのことをやったバカどもがいる。
27日午前5時25分ごろ、愛知県美浜町野間獅子堀の県道で、同町河和北田面の会社員、大久保裕志(22)のワゴン車が、運転を誤り道路左側の街路樹に衝突。助手席に乗っていた同町北方のアルバイト、榊原良紀(17)が全身を強く打って意識不明の重体の他、大久保ら4人が足の骨を折るなどの重軽傷を負った。県警半田署によると、現場は緩い右カーブで、大久保がスピードを出し過ぎ、バランスを崩したらしい。ワゴン車の定員は4人だったが、大久保の他、助手席に2人、後部座席に4人、トランク部分に2人の計9人が乗車していた。9人は会社の後輩や同級生ら。その日の早朝に同町のコンビニに集合し、近くのサーキット施設に遊びに行く途中であったという。

気楽な仲間どうし、朝から一般道をサーキット感覚でハンドルを握っていたとしか思えない。定員の2倍以上の車への加重が、曲線を走行する時、遠心力がどのように車に作用するかも考えることもできないで、カーブを曲がり切れず、樹木にぶつかって命拾いしている。世間で認知症とは言わなくても、このように若くてもぼけている奴もいるのだ。詰め込んだ状態での運転マナーもそうだが、定員という言葉がそもそも理解できていない。彼らは事故を起してよかったと思う。何事も起っていなかったら、この先いつ何時、彼らのような脳無しは、他人を巻き込んだ大事故を起すことになったかも知れないからだ。

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2007年5月28日 (月)

内閣支持率急落 32%

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 チロリアンランプ
 別名 浮釣木(うきつりぼく)
 
 花言葉 憶測・尊敬

毎日新聞(5/28)から
同社は26、27両日、電話による全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は32%で、4月の前回調査比で11ポイント下落、昨年9月の政権発足以来最低となった。不支持率は44%で最高となり、2、3月の調査と同様に支持を上回った。夏の参院選で自民、民主のどちらに勝って欲しいかを尋ねた質問では民主が初めて自民をリードした。選挙が今行われたとしても、比例代表、選挙区ともに民主が自民を抑える結果になった。要因の一つには、選挙直前になって大きく問題化した年金問題(保険料納付記録5095万件が不明)に有権者が厳しい目を向けていることがあることは理解できる。

しかし、「想像を絶する結果だ。年金問題以外に理由は考えられない」という自民党の青木参議院議員会長が記者団の取材に語った、この程度にしか捉えられない問題意識は、如何に自民党が数を恃みの衆愚政治を漫然と行って来たかをはっきりと示している。トップに立つ安倍の頭には、A級戦犯の祖父・岸がやり残したと自らに刷り込んでいる「憲法改正」しかなく、トップにどれほど居続けられるかは念頭になく、何が何でも己の任期中に通そうと手を尽くすかに見える。そのためには外堀を埋めるための法案を次から次に出させ、反対派の意見には耳を貸さず、烏合の衆の数を寄せ集めて碌に議論もせずに、これこそが民主主義と「数の論理」で通過させる。

ごく最近のものを挙げても「国民投票法」「イラク復興支援特別措置法」「改正少年法」、6月には国会を通過しそうな「教育改革関連3法案」などなど、すべて数で押し切ったものばかりだ。

《《4時のニュースで何とか還元水の松岡が自殺したことを報道している、なんと無責任な男だ。大臣の籍にあって疑惑の渦中にありながら、何一つ説明責任を果たすことなく、あの世へ逃げ込むとは、呆れ果てたやつだ。死ねば“ほとけさま”となって誰も悪く言わないことが日本人の美徳とされてきたが、だから進歩がないんだ。もしも罪があれば死んでも消えない。とことん追求し続けなければならない問題だ。彼を任命した安倍くん、ちょうど「君の」内閣の支持率も下がったところだ、この際引責退任してはどうかね。》》

週末に地元入りした与野党議員には、有権者から政府対応に強い不満が伝えられたという。自民党内には「松岡農相の光熱水費問題も影響した」との見方もある。安倍は、何が何でも憲法改正を争点にして正面突破を考えているようだが、「04年参院選と同じ構図になりかねない」(参院幹部)との不安が党内全体を覆い始めている様子だ。

管理を少しでも学んだ人間には、問題意識を持て、とは耳にタコができるほど言われたことがあるだろう。難しい言葉ではなく、簡単にいえば、問題には♢問題が見つけられない問題、♢何が問題かが分からない問題、♢問題が(で)あるのに問題が(で)ないと思っている問題、♢問題が(で)ないのに問題であると思っている問題などがある。「年金以外に理由がない」と思っている青木、「なんとか水」の間抜け発言が影響したと聞き込んできただけの議員たち。日頃から、賛成起立、賛成起立、で烏合の衆の問題意識を持たない員数合わせで動くだけの多数派の議員。まるで一党独裁の衆愚政治そのものだ。テレビ中継が入り、反対派の意見に聞く耳もたない傲慢な態度、ことばこそ丁寧だが「お前たち勝手に喋っておれ」が見え見えだ。このような姿を見せられる国民に、何時か愛想が尽きる日がくることを想像もしないのか。

日本の国技と言われる大相撲の千秋楽を見ずに、昨日はダービーにお出かけの安倍くん、当り馬券で喜んだようだが、これとて、岸爺さんの跡をなぞるように、凡そ半世紀(49年)振りの観戦だそうな。そうまでして憲法改正への思いを継ぐことに意欲を燃やしているように見えるのはひが目か。

だが待てよ、今度の「君の」内閣への支持率をどのように思う?どうやら意外に早い凋落の兆しと見えるのだが、君はどう捉えるのかね。

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2007年5月27日 (日)

同情はいらない

Dscf0087 ベロペロネ(Beroperone)
 和名 小海老草
 俗に、べろべろそう とも呼ぶ
 花言葉は“剽軽な”。“女性の美しさの極致”や“可憐な人”ってのもあるが想像できる?

昨26日、正午過ぎころ、浜松市南区倉松町の遠州灘海岸で遊泳中の名古屋市昭和区川名山町の中京大学一年生(女18)と、同区八事富士見の専門学校生(女19)、同市緑区の専門学校生(男18)ら3人が溺れていると110番通報があった。

男性は自力で岸まで戻ったが、間もなく沖合い約30メートルで救助された女性ら二人は病院に搬送されたが、約3時間後に水死が確認された。

浜松東署の調べによると、死亡した二人と男性は中学時代の同級生ら計5人で遊泳中、波にさらわれたらしい。

遠州灘は遊泳禁止で、静岡地方気象台によると当時、海岸付近の波はうねりを伴う高波で、波の高さは最大約2・5メートルであった。4月29日にも静岡県袋井市沿岸で男性(47)が貝を採取中に水死する事故があった、という。

毎年警告や注意を無視して死亡する事故が発生する。昨日は関東でも午前中から突風に近い強風が吹き、家の周りの電線からは、無気味な虎落笛(もがりぶえ)のような音を立てた風が吹き捲くっていた。テレビに写された限りでは、静岡地方でも強風の影響があったはずだ。当の遠州灘海岸にもはっきりと遊泳禁止の看板が立てられてあり、付近の海岸線は波が荒れ、うねりも大きく、海中に入らなくても波打ち際に立てば足元を引き波にさらわれる危険のある状況が一目瞭然だ。彼らが水着になっていたかどうか情報がないが、浜辺に立った状態で引き並みにさらわれたとすれば、泳ぐためには不便なものだったろう。衣服を着用していれば、あの荒波で泳ぐことはできなかったことは充分想像できる。しかし、海水着になっていたとすれば、泳ぐのは自由、自ら死を望んだと解釈すればいい。

それにしても親学だ、徳育だとうるさいが、このような「禁止」の意味も知らない(教えられていないのか)バカな子供達が後を断たない。あと数年で大人になる年齢だが、このような決めごとが守れないまま大人になり、世の中の決めごとを守らない大人の仲間入りをすることになるのだ。

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2007年5月26日 (土)

「私の」NHK と 飛鳥美人

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 か
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 ゆ
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♦「私の」内閣と私物化した表現で捕らえる安倍が、今度は放送界でまたまた私物化を図っている。
NHK経営委員会の石原邦夫委員長(東京海上日動火災保険社長)が4月10日、委員長職を同日付けで辞任した(菅総務相の依頼で委員としては任期終了(6月)までは在籍する)。

代行にJR四国会長・梅原利之が就いていたが、先週末、内定と報じられたNHK経営委員会の新委員長に、富士フィルムHDの古森重隆社長(67)の就任が固まった。古森なる人物、安倍を囲む仲好しグループでつくる“四季の会”のメンバーだ。菅総務相の検討していた時期委員長候補には古森の名は上がっていなかったが、安倍の肝いりで仲好しの名前が上がってきたものだ。

国民の物言う権利を狭め、言論統制を目論んでいる安倍の放送法で定められている独立を無視する人事だ。もともと委員長は衆参両院の同意を得た委員の互選で選ばれ、首相は追認するだけだ。立大教授・服部孝章(メディア論)は「安倍首相が『政府任命の委員たちがオレに逆らうはずがない』とタカをくくっているのでしょう。国のトップが自ら正規の手続きを放棄した異常人事です」と語り、それを黙って見過ごしているNHK側も情けないことだ、という。

往年の『大本営発表』のように、政府の都合良いことしか国民には知らせない放送機関に成り下がり、安倍の「私のNHK」となるのだろうか。

♦放送話の序(つい)でに。見る度に胸が詰まる思いの奈良の高松塚古墳について。1300年を一足飛びに超えて別世界へ出された飛鳥美人たち、美人と呼ぶには余りに無惨な姿に変わり果てているではないか。色白だった肌は真っ黒な黴が覆い、目鼻立ち、容貌さえ判別できないほどだ。35年間の密室での管理が如何に杜撰なものであったかを如実に国民の目の前に曝け出している。現世の汚れた空気に見舞われた彼女たち、瞬くうちに色褪せ、魅力を失って行った。

今はもう、取り戻すことは現代科学をもってしては、35年間の不始末から判断しても不可能なことだ。10年の歳月を掛けて修復できたとしても、手を加えては元々の価値は失せる。レプリカと如何ほどの違いがあるのか。まして明日香の人たちが望むような現地保存なんてことは、古墳に故事来歴の有り難さがあるとしても、最早国宝として有り難がる対象ではないだろう。それよりは、速やかに「国宝」の指定を解除し、科学に名を借りた惨めな保存への取り組みとして、衆人監視の的として、博物館にでも陳列することを薦める。結果的に、国費(税金)の無駄遣いになるだけを嘆く。

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2007年5月25日 (金)

クラスター爆弾禁止リマ会議開幕

毎日新聞(5/23、24)から
不発弾が市民を無差別に殺傷するクラスター爆弾の禁止条約作りを目指す「クラスター爆弾禁止リマ会議」が23日、今年2月のオスロ会議(49カ国参加)を上回る68カ国、八つの国連機関、25カ国の非政府組織(NGO)の参加を迎えてペルーのリマで開催された。ペルーやノルウェーは、同爆弾を大量に保有しながら禁止に消極的な米露中が加わらない「有志国連合」で、「全面禁止」を柱とする条約を締結するよう提唱した。一方ドイツや日本は、国連の枠組み内で米露中を含めた議論を行うよう求め、会議は冒頭から条約作りの枠組を巡り対立している。クラスター爆弾を大量に保有しながら会議に参加していない米中露などへ国際的な圧力が強まりそうだ。

会議の冒頭でペルーのグティエレス副外相が「会議を全面禁止に向けた重要な足掛かりにしたい」と開会を宣言して、ノルウェーと共同で作った「即時全面禁止」の議長国案*を説明した。まっ先に口火を切ったドイツは米中露が参加し、国連の枠組内にある「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)締約国会議」が、「議論の場には最適である」と訴えた。ドイツと同じく慎重派であっても日本の立場は少し異なる。オスロ会議の時もそうであったが、アメリカの顔色を窺ってからでないと何も物が言えない。それまではやっと保有しているクラスター爆弾は手放したくない。安全保障上の必要性を強調することでCCWでの議論が「効果的」と慎重姿勢のままだ。

*即時全面禁止条約案要旨 毎日新聞(5/12)から
 ▼禁止事項・・いかなる状況下でもクラスター爆弾の使用、開発、生産、貯蔵、移転(輸出)を認めない。使用時・使用後に民間人に受け入れ難い危害を及ぼすためだ。
 ▼定義・・爆発性の子爆弾を持つクラスター爆弾を禁止対象とする。(子爆弾が、発煙弾、照明弾、追尾する誘導弾であるものは含めない)
 ▼在庫の廃棄・・6年以内の期限内に終わらない場合は、締約国会議等で10年を限度として延長を。
 ▼不発弾処理・・10年以内の期限内に終わらない場合は、締約国会議等で10以内の延長を認める。
 ▼国際協力・・・(略)
 ▼被害者支援・・(略)
 ▼発効後・・・・加盟国は自国の履行状況を国連事務総長に年次報告の義務。発行後5年後に再検討会議を。それまでは締約国会議を毎年開く。
 ▼発効の要件・・20カ国目が批准してから6カ月目の月初めに発効する。
 ▼留保・・・・・特定条項を留保(して署名・批准)することは認められない。
 
しかし、そのCCWの再検討会議で禁止合意に至らなかったことを不満とする25カ国が昨年11月、スイス・ジュネーブで禁止を求める宣言を発表。その後の約半年間で、禁止条約づくりに参加する国は約2・5倍に増えている。クラスター爆弾使用禁止に積極的な国々は、一気に条約づくりを進める考えだ。今回の会議での議論の叩き台として「即時全面禁止」の議長条約案を作成した積極派の国々やNGOは、全会一致方式のCCWでは何も決められないとして、CCW重視は「何もしない」というのと同じだ、と主張している。

独仏英などがいうように、国連の枠組み下にあるとしても、当初から明確な反対姿勢を示している米露中、イスラエルなどを加えたCCWで、何が決まるというのか。日本はアメリカが態度を決めてくれなければはっきりした主張は口にできない。それまでは、慎重派の尻馬に乗ってどっち着かずで安倍流ののらりくらりを続けるしかない。これでは議長国がいう「何もしない」のと同じだと言われても認める他ないだろう。

リリアン・バジョン、ペルー外務省安保・軍縮部長(名前から想像できるように女性)が22日、毎日新聞記者との会見で次のように語っている。「不発率が低ければ容認するという考え方は人道的に受け入れ難い」と語り、独**英などが唱える「部分禁止論」を退け、全面禁止を主張した。

**ドイツ条約案は「不発率1%未満」を当面の禁止対象から外すとする。

バジョン部長はリマ会議の実務責任者で、ノルウェーなど他の積極派の国と連携してクラスター爆弾の「即時全面禁止」を柱とする議長条約案の作成に係わっている。続いて「2月のオスロ会議に参加しなかった国からも今回、参加申し入れが非常に多かった」と語り、条約策定に向けた国際世論の高まりに自信を見せた。12月に予定される次のウィーン会議まで半年間あることを念頭に「オスロ会議で生まれた条約作りへの力強い動きが失速することのないように、今度の会議で弾みをつけたい」と語った。

【付】
ノーベル平和賞受賞者でケニアの元副環境相のワンガリ・マータイさんは、22日、リマ会議を前に現地で市民フォーラムを開催したNGOにメッセージを寄せ、不発弾が無差別に民間人を殺傷しているクラスター爆弾に強い反対を表明した。「リマには多くの国々が結集し、廃絶に向け準備が進んでいる」と廃絶への支持を表明し、これまで一部の外交官が同爆弾の禁止について議論しながら結論が出ず、昨夏の第2次レバノン戦争でクラスター爆弾が使われた実態を批判した。

5月26日、追記
♦軍事国家を目指す安倍にとって、北朝鮮が打ち上げるミサイルは逆効果となって彼を後押ししてくれるものとなる。北朝鮮が騒げば騒ぐほど、ますます集団的自衛権の言葉が真実味を増してくれるのだ。25日午前9時ごろ、2発或いは数発という海上投棄とも思える花火を東と西に打っていた。訓練とも言えない情けない数だ。他所さまの庭の片隅であった話だが、早速安倍はコメントを出した。「日本の安全保障にとって、重大な問題とは認識していない」と。さすが、こんなことでは驚かないぞ!という気らしい。

♦「クラスター爆弾は防衛に必要」、恐ろしい日本の空幕長。
防衛省の田母神(たもがみ)俊雄空幕長は25日の定例会見で、「日本は島国で海岸線が長く、クラスター爆弾は防衛に有利」と述べ、手段として必要、と語った。上陸してくる敵(北朝鮮以外は考えにない)を海岸線で防ぐために使うことが想定された発言だ。「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防衛手段を持っておくべきだ」と述べた。

また、久間防衛相も「国土が蹂躙されるか、守り抜いた後に不発弾処理をした方がいいのか」と話して、自分は戦争が終わってから、不発弾処理をする方がよいと思うとの考えを示した。

《二人とも、ともにトップにあるものが、日本国民が戦って(守り抜いて、とは戦火にまみれて、ということ)死ぬことを選び、死体の中をかき分けて不発弾を拾って歩くことを選ぶという。海外でどれだけ多くの人が被害を受けていて、今、将(まさ)にペルーのリマでは世界の国々がクラスター爆弾が非人道的な兵器であるかを議論し、全廃を提議している最中だ。アメリカが廃止に反対しているからとて、その虎の威を借りた陰で、北朝鮮向けには有効武器であるとは余りにも国民の命を蔑(ないがし)ろにするものではないだろうか。このような戦争がしたくて堪らない安倍は、虎視眈々、憲法の改正を大目標に、周りの溝を次々に埋めて行こうとしている。

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2007年5月24日 (木)

政治とカネ

  飛んできた種で 増え過ぎた 虫取り草
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Dscf0078 23日、たまたまのことだが、滅多に見ることのない衆議院予算委員会の中継を途中しばらく見た。稀にしか見ないのは、追求の甘さと人を食ったような答弁を聞いていると俗に言う“胸くそ”が悪くなるからだ。多くの会議では質問事項は前もって答弁する側に知らされ、それに基づいての質議になるのだが、答弁する側に一向に真剣さが感じられない。回答が苦しくても辛くても、言い逃れでも何でも良い、時間にさえ耐えられればいずれ烏合の衆の多数決で賛成でも拒否でも、好きなようになることが分かっているからだ。民主主義とはいうものの、やっていることはいうならば衆愚政治そのものだ。

格好の見本が昨日の松岡利勝農相の答弁であり、虚ろな表情で、しどろもどろで庇う安倍の発言だ。松岡は自身の巨額の光熱水費について「法律に基づき適切に処理している」との答弁をバカの一つ覚えのようにただ繰り返すだけだ。任命責任を問われることになる安倍が、庇わざるを得ないことを承知しているからだ。案の定民主党の追求に対し安倍は「法律に求められている中で説明を果たされた」と繰り返すことしかできなかった。

この問題は、光熱費や水道代がかからない議員会館にしか松岡の事務所がないのに、01〜05年の5年間で計約2880万円の光熱水費がかかったと政治資金収支報告書に記載していたというものだ。「何とか還元水」発言からすでに2カ月が経過、あの間抜け大臣が居坐れるのは何故だろう。

一方の民主党にしても、小沢代表の資金管理団体が約10億円の不動産を所有していることを突かれると、松岡への追求は尻切れとんぼに終わり、期待に外れない“胸くそ”の悪い芝居を見た後のような、消化不良の思いをするだけだった。

お前がやるなら俺もやる、と自民党は若手議員(松浪健太)を小沢の10億円の不動産攻撃に立たせた。この男、質議の間中、あらぬ方を見てしゃべり通した。正面を向くことは殆どなく、大きく首を右後方に捻り、何を、誰を見てのことか、そっぽを向いた姿勢の質議だった。両成敗を狙ったようなまるで幼稚な子どもの喧嘩並みのレベルだ。そうは言うけれど、お前のところだってどうなんだ?と。小沢が公表した不動産の関連書類を「偽物の可能性が高い」と指摘した。些か勇み足の言だ。この若造の言い分に民主党が怒った。「根拠のない誹謗中傷だ」と松浪の懲罰動議を衆議院に提出した。


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2007年5月22日 (火)

浅草、三社祭の神輿乗り逮捕

Matsuri2Natsuri_1 古いアルバムから
 探しだしてみた。
 どうみても何人も
 乗れる大きさの
 神輿ではないのだが。

東京都台東区の浅草神社の三社祭で、警官の制止を聞かずに神輿に乗ったなどとして、警視庁浅草署は20日、神輿の担ぎ手の男3人を東京都迷惑防止条例(粗暴行為の禁止)違反や、公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。

私が毎年のように三社祭を見たのは遠い昔だが、その頃はまだ担ぎ手には女性の姿が混じることのない時代だった。その後華やかな芸者衆の乗り物が加わったり、担ぎ手の中に威勢のいい女性の姿が少しずつ増えて行って、現在のような賑わいを見せる大祭となった。それでも日本に昔からある喧嘩祭のような荒々しい気配はなかった。しばらく前から三社祭には行かなくなったが、それまでの間、神輿の上に若衆が乗って囃し立てる姿を見たことは1度もなかった。新聞(毎日5/22)によると、昨年の祭で神輿の1部が壊れる事故が発生したことから、神社側が神輿に乗らないよう厳しく監視し、乗った場合には来年の「宮出し」を中止する姿勢を示していたという。

神社の心配も理解できるが、日本には古来から“血湧き肉踊る”と形容される男衆が我を忘れる祭が全国に点在している。毎年中継が出る300年引き継がれている大阪岸和田の「だんじり」、平安時代以前が起源とされる7年ごとに行われる信州諏訪大社の「御柱祭」(4社をそれぞれに囲む御神体の大木計16本を伐り出し、山出しで100メートルもある急坂を落とす。若衆が死を厭わずその大木に乗ろうとしがみつく)や、神輿をぶつけあって競う名高い「灘の喧嘩祭り」(兵庫県姫路市)などがある。これらの祭には善し悪しを別にして死人が出ることは珍しくはなかった。それでも祭は途絶えずに残ってきた。誤解を恐れずに言えば、祭での「死」は若者の勲章とも言えたのだろう。

しかし、都市部では(都)市電が走り始め、京都や高山、秩父、福岡などには辛うじて残る山車はまち中を走るが、多くの市街で山車が神輿に変り、岸和田のような引き回しは次々に姿を消して行くと同時に、祭は大人しい行事に変質して行かざるを得なくなった。

浅草の騒ぎでは、3人のうち1人は20日午後3時ごろ、台東区千束3の路上で警官の警告を無視して神輿に乗り、混乱を誘発する行為をした疑い。他の2人は千束1で同日正午ごろ、神輿に乗っている担ぎ手を逮捕しようとした警官に体当たりした疑い。他にも10人以上が神輿に乗っていたといい、浅草署は特定を急いでいる。昨年も都条例違反で5人が逮捕されているという。

ワーキングプアーなる新語が生まれ、働けど少しも楽な生活が持てず、ほど近いところには貧しい人たちの溜まり場のような山谷がある。ネットカフェの寝泊まりを強いられるものもいる。担ぎ手が少なくなってからは、在のものでなくても女性でも参加できるようになった。貧しい政治への怒りの持って行き場のない若者が、祭の場に加わり我を忘れたとしても攻められない一面がある。岸和田のだんじりの上で颯爽と扇子を振る若者や、諏訪の山出しを見せられては同じ若者として山車に乗りたくなる心理は健康でさえある。その結果が自分や祭の当事者だけの災害として命を落とすことになっても本望だろうし、警察権力を使ってまで取り締ることもなかろうというものだ。

浅草神社や警察署の心配は、祭に吸い寄せられて集まってくる見物人への被害だ。行ってみればわかる。大袈裟に表現すれば、進むことも退くこともできない程の人混みだ。この中を練り歩くのだから怪我人ぐらいは出ても不思議はないのだが、不思議と怪我人はあまり出ない。意外に浅草の三社祭は統制が取れているのだ。昨年も逮捕者は出ているが、怪我人が出たとは聞かない。周りの見物人が心配なら、神輿に近づかないように、こちらを遠巻きにさせればよい。祭はもともとその土地の者たちのものだ。当事者たちはどうなっても自己責任で羽目を外すことなのだから。

【7月25日 追記】5月22日に書いた「浅草、三社祭の神輿乗り逮捕」について、沢山の人が寄り道して下さった。
 その時に願った来年の祭での宮出しが中止にならないように、との思いが届かなかった。三社祭を主催する浅草神社と同神社奉賛会は24日、来年の祭で本社神輿の宮出しから宮入りまでを中止することを決めた。今年の祭で、禁止されていたのに神輿に担ぎ手が乗ったためで、同会によると、中止は初めて。主催者側は「原点に戻った。決断しないと崩れた祭は正しい道に戻らない」と決意表明した。各町の神輿は通常どおり担ぐことができる。全国の祭で祭の興を壊すような行為を繰り返す輩が多い。浅草神社の毅然とした態度が参考になるのではないだろうか。

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2007年5月21日 (月)

小1プロブレム

毎日新聞(5/21)から
新聞は「問題」という日本語があるのにわざわざ「プロブレム」とカナ文字で書く。何か違いでもあるのだろうか。日本語では解決できないハイカラな解決法でもあるのだろうか?新聞の用法は、プロブレムを「問題行動」と訳して「・・による問題行動「小1プロブレム」に、」と勝手に重複させて使用する。

問題は、以前から取り上げられている学級崩壊がテーマになっていることだ。授業中にウロウロ歩き回る、ロッカーに物をしまえない、おしゃべりが絶えないなどなど、こらえ性のない小学一年生の問題行動に、教師たちが手を焼いている。これらはすべて、家庭教育の不在がもたらす結果であることが明白であるのに、改善の兆しは少しも見えない。

話は横道に逸れるが、去る日曜日、改装開店した家電量販店に顔を出した。いつも行きつけの馴染みの店だ。今まで味わったこともない人数でごった返していた。商品を見て廻るうちに、繰り返し叫びあう子どもの甲高い声に思わず首が竦(すく)んだ。しばらくして大きな冷蔵庫の並ぶ後ろから、ふざけ合いながら2、3歳だろう兄妹と若い両親が店員と顔を出した。店員に案内される親は移動する、騒ぐ子を振返ることもない。ぎゃーぎゃー喚きながら子は後を追う。100台そこそこの駐車場に入るのに、30分も並んでやっと入った店だったが、5分と店内に居られずにほうほうの体で逃げ出した。この子たちが入学するまでにはまだ数年懸かるのだろうが、現在の小学校にはこのような親に育てられた子どもたちが入って来るのだ。

次は新聞の投書(5/20)から。神奈川県在住の主婦(58歳)、父親同伴の男児小学生の兄弟。混んでいた電車内に空席が見つからず、優先席前の吊り革に手を掛けた目の前に座っていたのがこの親子。男児は荷物を抱える投書の女性をちらちら気にするが、目が合うと逸らしてしまう。小さい頃から親が躾けていれば、自然に席を譲ることもできたしょうに。「混んできたら子どもは立つ」、ごく当たり前のことなんです。心して下さい、とある。

《電車内の子どものことについては、私も、何度かグログに書いた。我田引水のわが子(男)の例も上げた。子どもは小さい頃から聞かせておけば、大人に席を譲ることに誇りを持って繰り返し進んで行動する。後になって聞いてみたことがある。「うん、偉くなった気分だった」と胸を張った。子どもに誇りを持たせられるような家庭教育、躾がされないどころか、並んでいる人をかき分け、我先に走り込んで席を取らせる親の多いことにも何度も触れた。躾がされていないどころではない、逆に躾など無視することの方を教えられていることが背景にあるのだ。親はまた、子どもに輪を掛けて常識を逸していることが多い。給食費未納の問題など代表的なものだ。》

話を戻して、
このような状態に、独自の対策に乗り出す自治体や学校も増えてきている。どう指導すればよいのか一つの小学校を取材した。神奈川県相模原市の富士見小学校の例。

この春入学したての頃は「おしっこ」と叫んでいた女児児童は「トイレ行きます」と授業中に呟いて教室を飛び出し、廊下に消える。断わりなくトイレに立っていた頃とくらべると大きな前進だという。02年に開校したこの小学校では、開校直後から一年生が授業中に、勝手に席を立ったり、友だちとふざけて騒ぐ子もいて、授業の成立に苦労したからだ。

新入生のクラスでは4月いっぱい毎朝、先生を囲んで本の読み聞かせ、これは幼稚園や保育園がやっていることで、大里校長は言う「先生の話に“耳を済ましてもらう”には」《なんという表現だろう、“耳を済まさせる”と言えないのだ。まるで腫れ物に対するようだ》「絵本読みが効果的です」と。

先生に抱っこをせがんだり、ロッカーに物がしまえず騒ぎ出したりする子に対応するために、高学年の親や大学生ら25人のボランティアがいる。「生活習慣を身につけ授業に集中できるように手助けするのが私たちの役割」と語る。

この小学校では、新一年生をまず、生まれた月別に4クラスに編成する。担任を決めず、複数の先生とボランティアが児童たちを観察する。5月初め、子どもの特徴や成長の度合いに応じ、再度クラス分けして、担任を決める。

《これは理解されやすい。幼い児童で、4月生まれと3月生まれとの差(まる1年)は大きい。今に始まったことではないが、2世代3世代が同居していて躾けのできていた昔と、そうでない今とではそのまま成長差、経験差として出てしまうからだろう。しかし、それも学校に通ううちには縮まるし、なくなり、逆転することだって当然のように起きる。》

1年生のクラスでは、「机の上には筆箱だけにしましょう」と声を掛けるだけでは指示は伝わりにくく、黒板にも書いてある。休み時間に済ませておくことを、書いて口と文字で確認させる。整理が苦手な子がいるため、壁にはロッカーへの収納法を図示してランドセルの位置、教科書の位置、粘土など、図を見れば片づけも手間取らないでできるようにしてある。など細かいところまでの心配りができているようだ。

富士見小学校には全国の小学校が視察に訪れ、相模原市の別の小学校が、富士見小式のクラス編成を取り入れている。

《本来親がしておかなければならなかった躾まで、学校にまる投げにし、学校は家庭や親のし足りなかったものまで背負い込んで苦労しているのが実態だ。なぜこのような幼児に近い1年生が目立つようになったのか。東京学芸大の小林宏己教授は「少子化と地域の教育力の低下で、人と係わる体験の少ない子が増えている。保護者の養育態度も多様化し、生活リズムの乱れも珍しくない。学校ではきちんと振る舞うべきだという規範も薄れ、複合的な要因で小1問題が起きている」と話す。

後は学者たちや教育委員も似たり寄ったりのことを言うだけだ。
家庭教育の質の低下もある。「家で我慢したり譲ったりする経験が少なく、欲望を抑えられない」
「授業参観中に大声で他の親とおしゃべりするような親の子どもは自制心がないまま育っている」
乳幼児の発達に詳しい名古屋大大学院の氏家達夫教授は「祖父母が躾けに手を貸していた昔と違い、今は子を見守る目が少ない。親だけに責任を負わせず、地域と学校が積極的に手助けすべきだ」と語る。

《学校が手厚い態勢を作れば作るほど、ますます家庭教育や躾を疎かにし、学校にまる投げする保護者を増やすことになる。反面学校への言い掛かりや注文は声高になって行く。子育ての責任は親にある。地域やボランティアには協力を要請しても彼らには直接的な責任はない。小学校に上がって先生の話が行儀よく聞けるような子どもが入学する時代は、親が変らない限り悲しいことだが、まだまだ何百年も先になるだろう。》

 参照 小1プロブレム - 2 - 09/05/30

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2007年5月20日 (日)

壱岐で子守唄フォーラム

Dscf0067  竹田の子守唄 1971年
  竹田の地が京都であることは
  後に分かることになる。
   唄)赤い鳥    
     (EPレコード)

Dscf0068 ブログの殆どに3番の歌詞の
 間違いのままの転用が目立つ
 (唯一 mufuan.comさんは例外)
 誤:守も一日 やせるやら  
 正:守も一日 くれるやら 

5月19、20日の両日、「日本子守唄フォーラムin壱岐」が長崎県の離島「壱岐」で開催された。実行委員会主催で、NPO法人日本子守唄協会共催となっている。
 大会委員長、西舘好子は「神話の故郷「壱岐」は母なる大地、懐かしい日本の心の原点に位置します。歴史の深く眠る自然の懐に抱かれたこの地からもっとも人間の心を育てる「親子の愛の唄 子守唄」を発信したいと思います。子守唄は人々がその風土や日々の暮らしの中から自然発生したもので、その唄はその土地でしか味わえない心情や風景、生活が盛り込まれて今に唄い継がれてきたものです。いわば日本の生活、暮らしの記録であり、貴重な歴史の一ページ、今となれば文化財とも呼べるものです。」といい「親子の愛の特質である日本を感じ体験していただけることを願い、この会が日本再生の一歩となることを確信する」と語っている。

先に出すなり叩かれた「親学」にもいう、母乳、子守唄、朝ご飯の中の子守唄である。子育てに子守唄がセットのように言われるのはさして珍しくもないが、子守唄とは「親学」や西舘が言うような、親子の温もりを感じるものだけではないことを知っておく必要がある。各地の子守唄を幾つか知っていれば、子守唄には日本人には特に、甘いノスタルジーのように耳に残る“ねんねんよ おころりよ”に代表される、親が子どもを守りするものの他に、食い扶持を稼ぐために奉公に出され、他家の赤子の子守りをする女児(貧しい生活を助けるため、幼い少女が)たちがいたことは、貧しい時代の日本には決して珍しいことではなかったことが分かる。絵本の挿し絵にも、少女が手拭いを頭に捲き、大きなねんねこにくるんだ赤ちゃんを背中におぶった絵を見かけたことがあるだろう。姉が背負うこともあるだろうが、絵本の挿し絵は大抵守っこ少女を描いたものと見てよい。

子守唄は親が唄うものと、それら子守りをしていた守っ子たちが口ずさんだ労働歌とがあったことになる。民謡にも木挽き唄や、馬子唄、土搗き唄など労働歌があるが、この子守唄も働く少女たちが口ずさむことで民謡化していった労働歌でもあった。これらは少女たちが自分の仕事の辛さを唄ったものとして、歌詞も曲調もどうしても暗いものになりがちだ。中には世間を辛辣に皮肉り、嘆き、恨みをぶちまけたものなども幾つもある。

写真の竹田の子守唄も、1971年発売から3年間で100万枚を売り上げたシングル盤だが、初めて耳にした時の感動は今でも忘れられない。今も手元から離せない愛聴盤になっている。売れるほどに地域の特定に興味が移り、4番の歌詞にある「在所」が、ある特定の地域をさすことが話題になり、テレビ局も放送をしたがらなくなり、いつの間にか忘れられて行った。(このいきさつを詳しく書くことが今日の本意ではない)

幼くして親元や故郷を離れ、奉公先で守っこ娘たちが唄った子守唄の歌詞を幾つか紹介しておく。
 五木の子守唄(熊本県) 
   ねんね一ペンいうて
   眠らぬやつは
   頭たたいて 臀ねずむ
 ねんねこさっしゃりませ(岡山県)
   つらのにくい子を 俎(まないた)に乗せてさ
   青菜切るよに ねんころろん
   じょきじょきと 
   ねんころろん ねんころろん
 宇目の唄げんか(大分県)
   あん子のつら見よ 目は猿まなこ
   口はわに口 えんま顔
 (元唄になるともっと激しく恨みや嘆きが口に上る)
   ねんねねんねと寝る子は可愛い
   起きち泣く子は面憎い

   面ん憎い子は 田んぼに蹴こめ
   上がるそばから 又蹴こめ ヨイヨイ

   子守りゃ辛いもんじゃ 子にゃいがまれち
   人にゃ楽なように思われち ヨイヨイ
 
   奉公すりゃこそ 吾んような奴う
   お主さまじゃと たてまつる ヨイヨイ

   私しゃ唄いとうて 唄うのじゃないよ
   余りに辛さに 泣くかわり ヨイヨイ
 越後の子守唄(新潟県)
   守っ子というもの つらいもの
   おかかにゃ叱られ 子にゃ泣かれ
   泣くな 泣くな 泣くなよ
 
奉公先の女主人のことを子守りを命じられた少女たちは、どのような目で観察していたか、
 博多子守唄(福岡県)
   家の御寮さんな がらがら柿よ
   みかきゃ良けれど しぶござる
   ヨーイヨイ
   
   家の御寮さんの 行儀の悪さ
   おひつ踏んまえて 棚さがす
   ヨーイヨイ

   御寮よく聞け 旦那も聞けよ
   守に悪すりゃ 子にあたる
   ヨーイヨイ
   
   家の御寮さんは 手利きでござる
   夜着も蒲団も 丸洗い
   ヨーイヨイ

現在も、泣き止まない子を巡っての大人がする虐待や殺人が後を断たない。遊びたい盛りの幼い少女たちが仕事とはいえ、ひとさまの子を守りするのだ。大人でもいらいらすることのある乳幼児の守は、小銭を稼いで帰る娘の帰りを待つ親のことを考えれば、諦めてはいても泣きじゃくる背中の子を疎ましく思うこともあっただろう。
子守唄にはわが子を愛おしむ親の立場から唄ったものばかりではなく、悲しい裏の面があったことを忘れるわけにはいかない。
 

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2007年5月18日 (金)

男性喫煙率4割を割る

5月1日、名古屋地区(名古屋と近郊19市町村)のタクシーの全面禁煙が朝からスタートした。法人から個人までの約8000台が一斉に禁煙化された車輌になった。三大都市圏や、政令指定市でのタクシーが全面禁止になったのは全国でも初めてだ。

名古屋では、平成15年5月1日に施行された「健康増進法*」で公共交通機関の事業者に受動喫煙の防止が努力義務として課されたことや、病院など全面禁煙の場所が増え続ける世相を背景にして踏み切ったものだ。

しかし、愛煙家小出氏(中日新聞の本社常務・編集担当)はスタートを控えた4月29日の朝刊で、「決め方にいささかの薄っぺらさを感じる」タクシーは「個別選択的な乗り物」で、「全車禁煙という一律主義に本能的な危険を感じる」と書いた。

勿論、同新聞社への抗議が殺到したようだし、NPO法人「日本禁煙学会」も氏に抗議文を送付している。氏は「禁煙者と喫煙者の共存のための選択肢が必要だということを書いたつもりだったが、配慮を欠いた部分もあった。文章を訂正する必要はないと考えている。今後反省するべき点は反省する」という。

私もブログで小出氏と同じ意見を書いた。「学校敷地内禁煙」07/04/22

【参考】
*健康増進法 第25条
学校、体育館、病院、観覧場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店、その他の多数の者が利用する施設**を管理するものは、これらを利用するものについて、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。

厚生労働省健康局通知(2003年4月30日)
**「その他の多数の者が利用する施設」とは、鉄軌道駅、バスターミナル、航空旅客ターミナル、旅客船ターミナル、金融機関、美術館、博物館、社会福祉施設、商店、ホテル、旅館等の宿泊施設、屋外競技場、遊技場、娯楽施設等多数の者が利用する施設を含むものであり、同条の主旨に鑑み、鉄軌道車輌、バス及びタクシー車輌、航空機、旅客船などについても「その他の施設」にふくむものである。

また、大分県でもタクシーが6月までに全面禁煙へ県全体の規模で実施される。大分県タクシー協会に加盟する法人タクシーと県内の個人タクシー2800台がすべて対象となる。県全体で達成すれば、全国でも初めてという。大分市内では昨年4月からタクシー約1000台が先行して禁煙を実施していた。利用者からの評判は「嫌な臭いがなく気持ちよく乗車できる」との声が聞かれ、県内の他地域にも急速に浸透していった。4月現在で県内を走る禁煙タクシーは約2600台、禁煙率は90%以上。6月1日までに日田市や豊後高田市などで営業する残りの約200台が禁煙化を目指すという。

《禁煙タクシーに関する街頭インタビューに答える人たちは、数少ない(のはテレビ局の作意か)愛煙家と多数の嫌煙派の意見が混じる。その嫌煙派の異口同音の言葉は、「乗り込んだ時のくさい臭い」がすべてだ。「健康増進法」では臭いのことには何も触れていない。言葉尻を捉えての揚げ足取りではない。副流煙と臭いとは別物だ。ただ、たばこが嫌いだけで愛煙家を爪弾きする権利は嫌煙派にはない。長時間勤務を続ける愛煙家のタクシー運転手、どこかで一服できなければ気が狂うだろう。それが窓を開けた愛車の中であるここともあるだろう。小出氏の言う「個別選択的な乗り物」がタクシーだ、決して公共の乗り物ではない。》

毎日新聞(5/17)から
厚生労働省が16日公表した05年の国民健康・栄養調査で、成人男性の喫煙率が前年調査より4ポイント低い39・3%になり、同調査以前の65年から調べているJTの統計も含め初めて4割を切った。女性の喫煙率は、ほぼ横這いの11・3%。全体では前年比2ポイント減の24・2%と過去最低を更新した。

男性の喫煙者は30代が最も高い54・4%で、他の世代はいずれも5割以下。過去は習慣的に吸っていた「禁煙成功者」は40、50代で4人に1人、60代は3割以上に上る。

政府の「癌対策推進協議会」は先月、癌対策基本計画に「喫煙率半減」の数値目標を掲げることで合意したが、厚生労働省が作成した基本計画の事務局案には、この目標が盛り込まれていないことが分かった。年間2兆円を超えるたばこ税に配慮する厚労省の姿勢が、見え隠れする。協議会は癌患者や専門医らで構成、基本計画のもととなる厚労相への答申を今月中にも纏めることになる。

喫煙率半減の目標は4月17日の第2回会合で合意された。会長の垣添忠生・日本対癌協会長は報道陣に「癌による死亡率を減らすなら、喫煙率の引き下げを数値目標として示さないわけにはいかない」と明言していたが、基本計画の事務局案には目標は入っていなかった。合意について事務局を務める厚労省癌対策推進室は「意見の一つで、合意とは認識していない」と説明する。

たばこ税収は04年度で2兆2992億円。喫煙率削減は税収減につながるため、目標を基本計画に盛り込むと、財務省などが反対し閣議決定できないことを厚労省は恐れているということのようだ。(喫煙率は昨秋、厚労省が生活習慣病防止のため2010年までに男性35〜25%以下、女性10〜5%以下とする3パターンの数値目標を掲げたが、日本たばこ産業(JT)などが反発し先送りされていた。)

日本たばこ産業は先月下旬、「たばこは合法な嗜好品」などと、目標設定に強く反対する意見書を厚労相や財務相らに送った。同社広報部は「トーンダウンしたことに安堵している。委員の先生方が常識的な判断をされたのではないか」と話している。

厚労省は「基本計画に盛り込むかどうかは、残り2回の審議や国民から寄せられた意見を踏まえて検討する」と説明している。

《記事中の無駄な文言を省いたが、それは記事に外国の例を引き合いに出したものだ。外国の話なんかどうでもよい、「喫煙率の削減目標を設定する国も多い」外国では、英国が、米が、仏が、韓国がしかじか、といった下らないことを列ねている。ことは日本の事じゃないのか、日本人の健康の事を心配すればそれでよいことだ。今日もテレビで日本の医療費のことに触れた番組があった。32兆円に上るという。》

最後に、市民団体「たばこ問題情報センター」の渡辺文学代表の話が載っている。「厚労省が今回のような弱腰で、国民の健康を考えているのかと問いたい。たばこの監督官庁が財務省という国は世界でも日本ぐらいだ。喫煙に起因する医療費や労働力損失は7兆円以上という試算もある。目先の税収に目が眩み、国全体のバランスを考えていないのではないか」と。

《監督官庁がどこであったっていい、それが日本だけであってもだ。それに喫煙に起因する医療費が、というが、たばこと同じように嗜好品であってたばこ以上のドラッグ性の高いるアコールもまた、その医療費は7兆円になるのだ。たばこ、酒合わせて14兆円、日本の医療費の凡そ半分近い巨額の医療費はたばこと酒で占められているのだ。どちらも税収は2兆円そこそこ。

酒が俎上に上がらないのは、1920年代、アメリカはギャング華やかであった時代、彼らの資金源となってアルカポネなる人物がのさばったように、禁酒法が失敗の憂き目にあっていることが先例としてあるからだろう。日本人はアメリカ人以上に酒に弱い人種だ。どんなに厳しくしても飲酒運転はなくならない。たばこと同列で禁酒を取り上げればそれこそヤクザたちの思う壷だろうし、禁酒法を口にすることも叶わないことなのだ。だから、叩きやすいたばこに集中することになる。

どちらにしても、愛煙家の権利をどのように守って行くかを配慮するべきだ。愛煙家たちは、当然世に言われるそのリスクを承知で嗜んでいるのだ、命を縮めようが、癌を得ようが、死のうが、自己責任の範疇の問題だ。たばこ産業のいうように「合法的な嗜好品」であることには間違いないのだから。》

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2007年5月17日 (木)

一人で朝食を

1961年の映画「ティファニーで朝食を」などというのんびりした話題ではない。安倍内閣があの手、この手で“美しい国”という恐ろしい国づくりを目指して、再生会議で録でもない思いつき提言を出させている。その中の一つに「親学」なるものがあった。この内容が「母乳による育児、子守唄に朝食を」と謳った。早速‘とんでもないこと’と大いなる不評を買い、急遽、目の前に控えている参院選のことを考えると、いつもの数を頼みで押し切ることも苦しくなるとの思惑から、「親学」の名前も取り下げることに方針を転換してみせた。

母乳というけれど、乳のでない母もいる、と言うのが最大の論拠。しかし、母乳の出る母親なら、母乳で育てることがわが子と接する最大の歓びであることを疑う人はいまい。子守唄にしろ、朝食にしろ、何も間違ったことを提言したのではないが、母乳の出ない母親がいることへの配慮が見えないことを突っ込まれ、たじろいでしまった結果だ。特に最近、やはり教育絡みで朝食の大切さが報道されることが多く見られるようになり、盛り込んだものと思える。

給食費の未払いと併行して、朝食を取らずに登校し、空腹に耐えられずに疲労を訴える生徒も出ていることも影響しているのだろう。しかし、これらを取り上げれば社会的な問題を内包しており、簡単には口にすることが難しい。格差の問題、父、母子家庭、共働き、長時間労働などが絡んでくるのだ。私も常にブログでは、働くことが先行し、育児に掛ける時間が疎かになる親たちの傾向を指摘し続けているが、これを言えば返ってくる言葉は決まって『頑迷固陋な男尊女卑』或いは男女差別となる。育児よりも、他人に子どもを預けても母親が働くことが完全に【善】として価値づけられているのだ。反面、男性の育児不参加を手厳しく攻め立てる。しかし、世界有数の長時間労働を強いられているのは日本の男性たちなのだ。それが元で自殺者さえ出ている現実があって、育児に係わることの難しさは並み大抵ではないはずだ。

閑話休題
毎日新聞(5/17)から
中学生の4人に1人が朝食を一人で取るなど、4割以上の子どもの朝食に大人が一緒にいないことが、構成労働省が16日公表した国民健康・栄養調査で明らかになった。肥満でも痩せ過ぎでもないない「普通」体形の小中学生が減っていることも分かり、同省は「食事など生活習慣の乱れが一因にある」とみている。

調査は05年11月に3588世帯に実施。朝食は9割以上の小中学生が毎日取っていたが、子どもだけで食べている割合は、小学校低学年で41%
       高学年 40%
       中学生 43%
 で、93年の前回調査時より 1〜14ポイント上昇した。

今回初めて調査した「一人で食べる」割合は、
    小学生低学年で14%
       高学年 12%
       中学生 25% だった。
 夕食を午後7時以降に取る子どもは46%で、
  前回調査より10ポイント高かった。

子どもの体形は「普通」が男女とも57%(前回60%)で、「肥満」や「痩せ過ぎ」の傾向がそれぞれ2割前後に上った。特に男子中学生は「普通」が半数以下の48%(前回58%)で、3人に1人が「痩せぎみ・痩せ過ぎ」と判定された。運動の量は総じて増えていることから、厚労省は「体形のばらつきは食生活の影響が大きいのでは」と分析する。

大人の体形は、中高年男性の肥満傾向がさらに強まり、40〜60代の肥満率は3割を超えていることが分かった。

《家庭の崩壊はここまで来ている、と言わざるを得ない。一家団欒とは家族が揃って食卓を囲む風景を表わす言葉だった。忙しい父親が朝食にいないことは昔からあった(わが家もそうであった)ことだが、子どもたちは母親のつくる味噌汁を、母親と揃ってすすって一日が始まった。今はそれがない家庭が増えた。子どもたちも朝食に両親がいなくても、どこの家庭も同じ日本の家庭の朝の始まりと受け止めている。

問題なのは、世界的な風潮だが、女性の痩せ願望が家庭の中で育児にまで影響を与えていることに気がついていないことだ。調査の結びには大人の特に男性の肥満傾向が書かれているが、女性の痩せ過ぎについては触れられていない。女性の痩せへの転換は1970年代の高度成長期に始まり、その後も一貫して痩せの傾向はとどまらない。

痩せの基準は今までにも触れたが、体重÷身長の二乗が18・5未満(ボディーマス指数:BMI)と定義されている。これで各国の女性との痩せ具合を比較すると、特に目立つのはパキスタンやバングラデシュなどイスラム国だが、ガーナ、フィリピン、タンザニアなどにつづいて日本は39カ国中10位に当る痩せっぷりだ。日本の女性だけで年齢別にみると、17歳(文部科学省調べ)は比較的落ち着いた横這いだが、20代、30代、40代、50代それぞれに1971年の体形から痩せに激しく移行し続けている。60代になると痩せることを諦めたのか、1994年ごろからは殆ど痩せの傾向に歯止めが掛かったようにみえていたが、2002年からまた、痩せへの挑戦を始めたようだ。(国民栄養調査「厚生労働省」2005年データ更新)

ここに子どもたちの約半数が朝食を大人と一緒に食べられないことと深い関係が見えてくる。母親たちは、おしなべて痩せることに疑いもなく、食べることへの執着もない。それが我が子に係わる食事の無関心へと繋がっていくのだ。職場進出する女性が増えたこととも関連するが、女性たちが無理してでも憧れるファッションの世界でも、痩せ過ぎで出演禁止にあうモデルも出て‘死活問題’と騒いでいるところもある。痩せることは良いことだのような宣伝が姦しく、ますますキリギリスのような女性が増え続けている。子どもたちが食育(なんて言葉がつかわれるようだが)の恩恵に与れるには、母親たちが痩せ願望から解放されなければ期待できない。それに気がつくまでは、子どもたちがずっと1人で朝食(だけではない筈だが)を食べる風景が、日本の朝(夕べ)の家庭の食事風景として定着するだろう。》

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2007年5月15日 (火)

遺憾なこと

懸念していたことが実際に起った。今月10日に国内で初めて運用が始まった熊本市の慈恵病院(蓮田太二理事長)の赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」に、開始初日の同日午後3時ごろ、3歳とみられる男児が預けられていたことが分かった。懸念されると同時に危惧もされ、恐れてもいたし、反面、現在の風潮から予測もされ、前もって警告までされてはいたが、現実に捨て子を突き付けられては驚かざるを得ない。

最も心配されていた保護遺棄事件だ。分かりやすく言えば『子捨て』だ。病院側も新生児が念頭にあっただろうが、初日から犯罪が発生するとは考えていなかっただろう。慈恵病院は運用開始時点で「人権団体から赤ちゃんの人権に配慮し(公表について)非常に厳しい反対意見が寄せられている」として「ポスト」の利用状況については6カ月後に利用の有無と件数、性別と健康状態などについてのみ公表するつもりだったという。

関係者の話によると、男児は自分の名前と、年齢を「3歳」と答えており「新幹線に乗って、お父さんと(病院に)来た」と話した。健康状態は良好だという。

今日15日午前、病院は「もし(こどもが預けられたのが)事実だとしても、そうでないとしても、医療人としてはコメントできない」とする理事長のコメントを出した、という。思わぬところで安倍のお株を取ったような言い種だ。「あったかどうか、なかったとも言わないよ」と。犯罪行為と知った上のコメントとしては無責任極まる発言だ。

カトリックとして宗教上の戒律(守秘義務)で言わないのではなく、「医療人」としてだそうだ。それは法治国家の病院の責任者としておかしい。本来の目的の嬰児を引き取るのではない。子を捨てた犯罪者を守ることは許されることではない。嬰児のためのポストにしても、国は制度として認めたものではない。理事長の志しを酌んだ配慮の結果の開設だった。当然ながら今回の幼児遺棄については厳しい指導がされなければいけない。

塩崎官房長官は3歳とみられる男児が預けられたことに関し、「あってはならないことだ。親は子どもを育てる義務があり、遺憾なことだと思う。当然、児童相談所などが対応しなければならない」と、15日午前の記者会見で述べた。

児童福祉法によると、監護する保護者がいない状態の児童(要保護児童)が発見された場合、警察などからの通告を受けて児童相談所が一時保護することになっている。今回、3歳児が預けられたケースについて熊本県中央児童相談所は「個別事案は言えない」とした上で、「一般論としては、2カ月間ほど保護した後、保護者が名乗り出れば子どもを帰す。名乗り出ない場合は県内に12ある養護施設に移すことになる」と説明している。

子どもを捨てて犯罪ともならず、この程度で済ませられるのでは、これを切っ掛けに安心して子捨てが続くことが一層心配される。「子どもの命」の掛け声が免罪符となり、安っぽい人情論が横行してカトリックの救済が悪用されることにならなければよいが。

参照 赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」06/11/23


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2007年5月14日 (月)

話 二つ

毎日新聞(5/14)から
一つは重苦しい話題の国民投票法案がいとも簡単に通過した事、もう一つは対極の、軽佻浮薄な「おじさんのお洒落」が、同日の新聞種で並んだ。憲法改正の手続きを定める国民投票法は14日昼、参議院本会議で採決され、自民、公明両党などの賛成多数で可決された。4月に衆議院を通過して参院に回され、まともな審議もされないで、わずか一カ月での通過となった。投票権を18歳に引き下げたことは、民法を始め100以上のその他関連する法とも絡み、検討しなければならないことは山ほどもある。こちらの話題は先送りして、女性用と見紛うばかりの化粧品(香水)について書いてみよう。

『男性も香水を・・・と聞いて、「ああ、汗ばむ季節だからね」と思った方は、認識を改める必要あり。女性と同様、今は男性も香りを積極的に身にまとう時代。「自分の香り」を持つこと、おしゃれの基本でもあります。どんな香りをどう付けたらいいのか、香水術のいろはをご紹介します。』とは香水の輸入・販売を手掛ける「わかば」(東京都台東区)のフレグランススタイリストの荒川操の弁だ。全く場違いの私には知らなくて当然の職業だが、香りを演出する人のようだ。

最近テレビの中で特に数が増えて目立つ‘おかま’の跳梁。彼らが言動とともに化け物に変身するためには化粧品も必要だろうが、まともな男性には化粧品も香水も全く不要の物だ。夏場暑くて汗をかき、匂い立っても気にすることはない。宣伝に寄って売上げは上がるし、そのために宣伝費をすることになるのだが、宣伝に踊るのは女性だけで結構だ。化粧の匂いや香水の匂いをさせた‘おかま’や‘おとこ’とすれ違うことでもあれば、私などは反吐を吐きかねない。男性らしい汗臭い匂いの方がよほど好ましい。

尤も美容院には‘おとこ’も通う世の中とか、以前は散髪屋さん以外には男性には用のなかった‘女らしいおとこ’の世界だ。しかし、そのおめかしも口で言うほど良い結果があらわれるものじゃない。髪はもじゃもじゃ、ひげぼうぼう、美容室で金を掛けてわざわざみっともない風体にするだけだ。流行とはいえ、これで化粧品や香水の香りとは似合うわけがない。男は汗臭くていい(いっとき死ぬほどつらかった男女の腋臭を抑えるエチケットは身についたようだから)。そうでなければ男はさっぱりと石鹸の爽やかな香りが最高だ。

要は男は化粧品会社の銭設けの宣伝に踊らされることのないように。自分が好みでも、他の人も同じものが好みとは限らない。若い女性たちが群がる、あまり高級品の並んでいない店の前を通り過ぎる際は、混ざりあって不愉快な匂いが嫌いな私は息を止めて通り過ぎる。おとこの香水も同じだ、自分は好くても他人が迷惑する匂いの場合だって十分考えられる。男性は、特におじさんは、加齢臭など気にすることはない。香水など決して使わないようにして欲しい。


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2007年5月13日 (日)

密室を出た「飛鳥美人」

文化庁は12日、奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末〜8世紀初め)の石室から「飛鳥美人」と呼ばれる女子群像が描かれている西壁を、取り出した。

作業の様子はテレビカメラが茶の間に運び、吊り上げ作業の瞬間を映像で見せてくれた。発見から35年、密室に厳重に保存された状態は、特殊な立場の人間だけが肉眼で見ることを許され、国民の殆どにとっては存在だけは知っている「国宝」であった。

1300年の眠りから醒めたにも拘わらず女人たちは、再び陽の目を見ることが叶わず、現代科学を過信する連中に、今度は35年間の囚われの身を再び暗闇で過ごすことになった。その間、環境の変化は彼女たちの体を蝕み、黒黴に見舞われる無惨な災難に遭っていた。にも拘らず、古墳内の環境変化を甘く見た文化庁は、姑息な手段で継ぎはぎ程度の修理でその場を凌ぎ、遂に抜き差しならない状態にまで劣化させてしまった。

密室内での管理はこれ以上不可能、即断の必要を遅らせ、益々ダメージを大きくした。今回の取り出しの際には女人群像には白いレーヨン紙が貼られ、カメラに映った映像からは判別することができなかったが、黒ずんだ黴
らしきものが透けて見えていた。

この後はまた大方の人間からは隔離され、10年を掛けた修復が待ち構えている。日本人男性の平均寿命は78.56歳(平成17年調べ)。私の残りの人生が平均どおりとすると、「飛鳥美人」が元通りとはいかないまでも、黒黴まみれから抜け出せた姿を拝めるかどうか心もとないが、できるなら拝みたいものだ。また、多くの人たちも、再び女人たちが暗闇の世界に隠れることは望んではいない。すべての壁画の部分だけを剥離して(キトラ古墳に倣って)誰でも見ることができる施設を準備することを望みたい。遺跡の現地保存にこだわった結果が、取り返しのつかない失態(1300年間の遺跡内環境の再構築の不可能性)であったことを反省し、常に観察が可能である状況下に置くことで、対応できる環境を作って置くべきだろうと考える。

参照 飛鳥美人を救え 07/03/13

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2007年5月12日 (土)

クラスター爆弾禁止リマ会議

毎日新聞(5/12)から
不良品の確率が高い不発弾による深刻な人道被害が問題となっているクラスター爆弾の禁止を目指し、23日からリマで開かれる国際会議「クラスター爆弾禁止リマ会議」を前に、議長国のペルー政府が事実上の「即時全面禁止」を柱とする禁止条約案を作成したことが分かった。

今年2月、「オスロ宣言*」が出された後3月20日、英国が主要国としては初めてクラスター爆弾の一部(特に不発率の高い二種)の使用禁止を正式に発表した。2月のオスロ国際会議で08年までのクラスター爆弾の使用、生産禁止条約づくりを目指す宣言が採択されたことから、国際的な世論を勘案してのクラスター爆弾規制論議で主導権を狙う巧妙な英国の外交戦略と見てよい。

*オスロ宣言については次を参照『続・クラスター爆弾と「オスロ宣言」』07/05/01

禁止対象となるのは英軍がイラクやコソボ空爆で使った空中投下のRBL755型と、M26ロケット砲弾の二種類とされている。廃棄される子爆弾は2800万発以上になる。不発の場合に自爆装置のついたイスラエル製のM85型クラスター爆弾は今後も使用する考えで、今回の決定は不発率の高い二種類に絞った「部分禁止」に過ぎない。

ロケット弾M26は米ロッキードマーチン社が製造する「多連装ロケット発射システム(MLRS)用に作られ、03年以降のイラク戦争で米英軍が大量に使用したことが知られている。一発当たり644個の小爆弾を持つM26を12発連射し、効果的な殺傷力を備えており、同システムは、日本、ドイツなど多くの米同盟国が採用している。英国の即時使用禁止は、これらの国々にクラスター爆弾利用の再考を迫るものになりそうだ。

MLRSを導入しているのは、独、仏、伊など欧州諸国に加え、イスラエル、韓国などがある。日本も陸上自衛隊が国産の同型システムを保有している。日本はこのシステム用のクラスター爆弾を92〜04年にかけて米国から購入している。爆弾を保有する理由を日本の防衛省は、本土侵攻があった場合の防衛に必要だと主張している。

《このように現実味のない仮想敵を作っておくことで、日本の為政者たちは国民の目を北朝鮮に向けさせ、どんどん国防費を巨大化し、日本列島に軍事基地を敷き詰め、その重みで最終的には日本を海中に沈めさせるまで止みそうにない。》

一方、英軍は今回、空軍保有のクラスター爆弾RBL755型も即時使用禁止とした。原形であるBL755型は1960年代に開発された旧世代の爆弾で、即時使用禁止には、前倒しで新兵器に差し替える狙いもあることが推定される。

4月には昨年夏の第二次レバノン戦争後、中国製のクラスター型ロケット弾の子爆弾がレバノン南部で発見されていたことが分かった。このロケット弾の実戦使用が確認されたのは初めてだ。中国製子爆弾は「MZD-2」と呼ばれる型で、122ミリロケット弾の中に約40発が装填されているもの。レバノン南部での不発弾除去・処理作業で見つかった。これまでに南部地域で処理した子爆弾約11万発のうち、中国製の割合は1%以下だったという。

《一割とはいえ、偽物づくりで世界中を席巻している国だ。輸出が増え、不良品が出回れば、被害はどこまで広がるか想像するだけで恐ろしい。》

主なクラスター爆弾の製造国と輸入国
(投下型爆弾) 製造国     輸入国
BL755型爆弾  英国   イラン、イタリア、ナイジェリアなど
CBU87CEM  米国   エジプト、ギリシャ、トルコ、日本など
CB470爆弾   南ア   イラク、ジンバブエ
CB500爆弾   チリ   エチオピア、エリトリア、イラク、スーダンなど
RBK爆弾  ロシア(ソ)  シリア、キューバ、北朝鮮など
(地上発射型)
ロケット弾M26MLRS 米  英国、イスラエル、韓国、日本など
ロケット弾DPICM イスラエル/ アルゼンチン、スイス、英国、米国など
(国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」資料などから)

その後4月に入ってドイツ政府が将来的な全面禁止を謳った条約案を各国に提示しているが、ペルー案はそのドイツ案よりも厳しい内容になっている。全面禁止に積極的な有志国や非政府組織(NGO)は今後、ペルー案を軸に交渉を加速させることを狙っている。
《クラスター爆弾禁止・規制の関する各国の立場》
 積極派  ノルウェー、ペルー、ベルギー、アイルランド
      オーストリア、ニュージーランドなど
 慎重派  日本、ドイツ、フランス、英国など
 反対姿勢 米国、中国、ロシア、イスラエルなど

ペルーはノルウェーなどと並び、2月23日に採択された「オスロ宣言」に基づき来年中の禁止条約作りを目指す「オスロ・プロセス」の中核国だ。ペルー案は全22条からなり、リマ会議で議論の叩き台となる。

《当然日本も出席するが、オスロ会議の時と同じように、安倍流に言えば、「禁止するか、しないかは言えない」と煮え切らない態度で終始するだけだろう。何せ軍事のことは特に、アメリカさまのお決めになることの後について従う以外は独自には何事も決められないのだから。それは文字通り、独立国とは名ばかりの、アメリカの飼い犬であることから逃れられない日本国の姿なのだ。》

5月28日【追記】
この後開催したリマ会議の事、日本のクラスター爆弾に対する考え方など書いた(5/25)。参照して頂ければ有り難い。
      


 

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2007年5月11日 (金)

「現代の性」

毎日新聞(5/9)から
厚生労働省と社団法人日本家族計画協会の「第3回男女の生活と意識に関する調査」から見えてくる「現代の性」はどのようなものだろうか。

調査は全国の16歳から49歳の男女3000人を対象に実施したものだ。調査期間は昨年11月2〜26日で、回収率は51・9%。総じて10代が最もまじめに考えている結果が出た。一方、夫婦のセックスレスは年々増える傾向があり、全体の3分の1を占めることが分かった。

10代(16〜19歳)に15歳当時の性交経験率を聞いたところ、女性は8%、男性は11%だった。20〜24歳は、女性は12%、男性は14%で、性体験の低年齢化には歯止めがかかっているように見受けられた。また、始めての性交への考え方も、16〜19歳の8割以上が「重大なこと」と答え、全年代の平均の7割を上回った。始めての性交のきっかけは「なんとなく」が40〜44歳の男性で17%と最多なのに対し、16〜19歳の男性は6%だった。

また、始めての性交時の避妊については、10代男性の82%が行っており、全体平均の66%を上回っていた。「避妊方法について相手と相談しているか」の問いにも10代女性の53%が「よく相談している」と回答している。この割合は、全世代の中で最もよく話し合っていることがうかがえる数字だった。

婚姻関係にある人で、一カ月以上性交のない「セックスレス」(日本性科学会の定義)の人は34・6%で、前回04年の時より3ポイント高くなった。理由は
  面倒くさい    ・・・・・・・     19%             
  出産後、相手の一方的なセックスに     14%
  セックスより趣味など楽しいことがあるから 13%
 などだった。

調査した家族計画協会の医師、北村邦夫さんは「若者の性モラルは乱れていると思われがちだが、実態は今の40代よりも性に対し、真面目という結果になり、興味深い」と話したという。

今月1日のブログ記事、「不貞の輩(やから)」07/05/01でも触れたが、若者の性モラルには今回の調査と同じような傾向が見て取れた。願わくば今のままで成長してくれればいいが、過って300日問題を引き起こして世間を騒がせたような、不貞を働いて生まれた子に悲しい思いをさせないように、連中の真似だけはしないように気を付けて欲しいものだ。

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2007年5月10日 (木)

話題 二題

熊本市の慈恵病院(蓮田太二理事長)で5月1日に完成、保健所の検査を通過して開始が注目されていた赤ちゃんポスト「こうのとりのゆりかご」が、今日5月10日正午から受付を開始することで、朝から各テレビ局が取り扱っている。真昼から持ち込む母親はいないだろうから、夜間を狙っておそらく隠しカメラを準備して張り込みをやるだろう。放送局によっては時に過激な発言をするコメンテーターが、「子捨て箱」と命名するべきだ!と手元のボードに書いたが、見過ごしてはならない意見だと思う。最近は、離婚後300日問題でも分かるように、子どもを引き合いに出すことで、殆どの無理は一歩下がって妥協する風潮がが生まれている。この「こうのとり・・・」も同じだ、“子どもの命を先ず優先”で、ほかは目を瞑ることになる。コメンテーターが多くを語る時間は与えられなかったが、最後の選択として子どもを手放すことになった母親の身になって考えてみれば、同情するべき点もあろうが、生んでは捨て、殺す母親も現実に存在するのだ。このような女性がいる限り、「こうのとり・・」が無差別に匿名の女性を救済することになるかどうかはわからない。心配は、捨てる方の母親を助長させることになるのではないか、ということにある。

早くから取り組んで来たドイツでも、昨年のブログでも記したように、未だに法的な位置づけが曖昧で、設置以後の捨て子や保護者による乳幼児殺害が減ったというデータもないのが実態のようだ。いずれにしても、しばらくの間はマスコミの興味の対象になるだろう。

もう1つテレビからの話題を。
つい昨日まで34億円と報じていた全国の保育料未払い金の総額が、な、何と65億円と報じる番組みを見た(私はテレビのチャンネルに疎く、番組名も担当のアナウンサーやコメンテーターも固有名には殆ど興味がない。気になったものを後から調べてみるのだが、今朝のこの話題を報じた局も番組も突き止められなかった)。

34億円は昨年度の全国での未払い総額だが、今朝の数字は過去5年間の集計になるものだ。局の違いを強調するための差別化を狙ったものかどうかは分からないが、34億円を超えて印象は強烈だ。給食費の滞納22億円の時も驚いたが、その給食費の優に3倍に上る。ただし時効を勘案した数字だとすると、給食費の方は時効2年、一方保育料は5年が時効となっているから、総額はその違いもあるかも知れない。

どっちにしても驚く保護者のモラル低下の現実を見せつけられた数字だ。給食費では33%の家庭が経済的な理由で支払いのできない理由となっていたが、保育料に関しても、払えるのに払わない保護者が問題となっているようだ。子どもを保育園に押し付け、面倒を見させておきながら、身勝手な滞納を続けておれば率園でき、5年過ぎれば払わないで済む。我侭な鉄面皮の親が得をすることになる。その一方で預けたくても入れない子が2万人も待機している。だからといって無碍に未払いの家庭の幼児を退園や通園拒否をすることは児童福祉法が足枷となってができない。そのため未納額は今後とも増加することが懸念されている。各自治体の未納者リストを見て気がつくのは、当該自治体職員が未納者リストに名を列ねており、その額も膨大な金額になっている。当然保育園の運営は地方自治体の税金で賄われていることを熟知している人間たちだ。一般市民の上を行く悪質な親たちだ。各自治体が保護者に納入を促すためにはまず足元から姿勢を正さなければ市民の協力は得られないだろう。

悪質な保護者の中には車の支払いや住宅ローンを優先させて、保育料を納めると生活が苦しくなるから支払わない、という言い訳が相変わらず目立つ。子どもの保育費が支払えないのなら、園から引き取って待機組の子に回すことを考えればいい。子どもは必ずしも保育園に入れる必要はない筈だ。保育料が支払えないのなら子どもは最初から保育園や幼稚園には入れなくて良い。きちんと支払うことがで約束できる保護者の子を受け入れる仕組みを作ればいい。入園を許可する際に、滞納の違約が発生した時には退園を求められた時には応じることを。保育費の支払いが苦しい保護者には個別の対応を考えれば良い。

保育料は児童福祉法を根拠とする負担金であると解釈されており、滞納の場合は同法の規定により、地方税の滞納処分の例にならった処分をすることが可能だ。自治体によっては長期の悪質滞納者には督促状を送付したり、3カ月、或いは4カ月と滞納が続く場合、電話や勤め先、自宅訪問などによる納付の呼び掛けや、自治体によっては給料の差し押え、財産の差し押えなどの強硬措置に踏み切らざるを得ない実態が起っている。

自宅訪問では子どもに対応させ、保護者がカーテンに隠れて様子を窺うようなことさえ発生した例も報告されている。滞納、未納の親たちは、地域住民の税金を泥棒しているようなもの、食堂に入って無銭飲食で食い逃げするようなものだ。払えるのに払わない親たち、言い訳や逃げ隠れする親たち、あなたたちを親として成長した子どもたちが将来の日本を作って行くことになるのだ。子どもの手本となれるよう、行いを正して欲しいものだ。

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2007年5月 9日 (水)

またぞろ きな臭いことに

先に小泉が騒がせた靖国問題、やはりというべきか、戦争を学問でしか知らない安倍が引き継いで、靖国はまたもや世情を騒然とさせる雲行きになって来た。靖国の春期例大祭(4月21〜23日)の期間に、今年もぞろぞろと徒党を組んだ議員たちに混じって、安倍が一緒に出かけた様子はなかったが、大祭期間中に供物(真榊)を総理大臣名で供えていたことが明らかになった。

これについて安倍と記者団との問答
▽どのような思いで真榊*(まさかき)を納めたのか
「国のために戦って亡くなられた方々に敬意を表し、ご冥福をお祈りをし尊崇の念を表する。その思いを持ち続けたい。このように思っている」
▽奉納は参拝の代わりか
「靖国神社に拘わることが外交、政治問題化している以上、私が参拝するしない、お供え物を出した出さないについて申し上げないことにしていこうと思う」
▽奉納の事実を否定するのか
「ということも、出したか出さないかについても申し上げない」
▽諸外国への影響があるからか
「今申し上げた観点だ」
▽奉納の事実は否定しようがないのでは
「否定はしていない。否定も肯定もしていない」
▽特定宗教の宗教活動を助長しないか
「答えている通りだ」
▽中国や韓国は懸念を示している
「そういうコメントに対し私が申し上げた結果、むしろ外交問題になるのではないかという観点から申し上げない」
▽首相の姿勢は国民の理解を得られるか
「私は今こう申し上げており、、国民の理解をいただきたい」

*真榊
大江志乃夫・茨木大名誉教授(日本近代史)によると「戦前の神社史を見れば、真榊奉納は天皇の特権行為。玉ぐし料よりも重大で、公式参拝と同じ行為と言え、政権分離の観点から問題がある」と指摘している。
 靖国神社側によると、首相の真榊は河野洋平衆議院議長、古賀誠・日本遺族会会長らより上座の「神道で最上位となる右列の本殿に最も近い位置に置いた」という。

このこんにゃく問答で、国民が理解すると思っているのだろうか。安倍は総裁選の時から口にしている「行くか、行かないか。行ったかどうかも明言しない」とは全くもって掴みどころのない曖昧な考えだ。いつかは必ずばれる行為をこっそりとしなければならないほど、彼が真実慰霊の信条が正しいと思うなら、中国や韓国、侵略を受けた被害国へ、困難を排して相手が理解するまで説得をするべきだ。しかし、特に第2次世界大戦を体験し、親兄弟を、或いは夫やわが子を、高所から命令し死に追いやったA級戦犯とともに合祀されていることには同意しかねる遺族が多くいることは忘れないで欲しい。

ここに来て昨年来、昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示した資料が相次いで公開されている。A級戦犯に命令された人たちは、その天皇のために戦って死んだ人たちが眠っている廟だ。それで戦争犯罪が免責されるわけではないが、大戦を反省した天皇は、はっきりと自分の分身でもあるA級戦犯を「悪」と認め、合祀以降の参拝を中止したのだ、。現天皇が1度も参拝しないのは、父天皇のその反省を知っているからだ。しかし、心のうちは安倍や麻生以上に靖国に眠る人たちへの慰霊の念は強いと察しられるが。

昭和天皇の思いを知った日本遺族会(会長・古賀誠自民党元幹事長)は8日、「天皇にお参りいただくことへの期待感、悲痛な叫びが(遺族会の)根底にある」と、75年以来途絶えている天皇参拝を実現させるために、分祀の是非に関する勉強会の初会合を東京都千代田区の九段会館で開いた。ただ、結論は1、2年掛けて出せばよい、との声もあるようだが。

曖昧な信条の安倍に結論は出せまい、彼は憲法を改竄することのみに思いを集中している。この際、中国や韓国に心を配ることはない。日本人が日本人の手で、同胞に死を命じたA級戦犯という殺人者たちを、靖国から追い出すことをすればよいだけだ。別に改めて国費を使って墓地を作る必要もない、例え拵えてやっても、この騒動の後だ、誰が「A級戦犯」と折り紙付きの墓所に参拝する人間がいるものか。私は前から主張している、彼らにはみな、祖先伝来の墓所がある、そこに移ればそれで済むことだ。

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2007年5月 8日 (火)

書けない漢字

たった今配達された夕刊(毎日新聞)を開いている。2面に軍事アナリスト小川和久の自衛隊についての記事が載っている。讀む前に今年1月、庁から省に昇格して書き換えた看板の、取り付け除幕のスナップ写真が記事内に嵌め込まれているのが目についた。

以前、宝塚出の小母さんが、国土交通省のトップに座った際、自筆の書き換え看板を嬉しそうに眺めたのを記憶している。その時にも今回と同じことを感じた。「こりゃなんと!恥ずかしくないのか」って。余りにも下手で貧相な漢字が書かれていることか。少なくとも省の、或いは庁の顔になる看板だ。こんな貧しい字で書かれては省・庁が泣こうと言うものだ。立派な金釘流(かなくぎりゅう:字の下手なのを流派のように言って嘲ることば)の2大広告塔になっている。。

日本には確かな漢字が書ける書道家が幾らでもいるだろう。どうして彼らに依頼しないのか、ボスに立った人間に敬意を表しての事かも知れないが、これほどへたくそな字では、それこそ日本の漢字力がバカにされるだけだ。両省庁の看板は早々に書き換えをするべきだ。

本日の夕刊を見て、急遽、朝刊で取り上げられた小中学生たちの漢字力の貧しさについて書くことを思い立った。与えられた出題は各学年とも前学年で修得した漢字が対象になっている。ということは1年生で習った漢字から、6年生までに習った字の範囲だ。

小2  言葉     誤   正答   正答率
   ひとつ    人つ   一つ  70・8%
   いつつ    一つ   五つ  83・3%
   あおしんごう  —*   青   84・2%
小3 かいがい   会外   海外  37・4%
   しんせつ   新切   親切  38・0%
   ほうがく   方 -*   方角  50・9%
小4 はなす    話す   放す  29・1%
   とうこう   通校   登校  32・8%**
   めざす    目差す  目指す 38・4%
小5 かんしん   感心   関心  20・7%
   ふきん    府近   付近  31・9%
   ひでり    日出り  日照り 37・7%
小6 しじ     指持   支持   7・0%
   きじゅつ   記術   記述  15・2%
   ぶっし    物紙   物資  17・7%
中1 じゅうらい  住来   従来  15・5%
   えんせん   遠線   沿線  15・6%
   きゃくそう  客装   客層  16・2%
《 *印の2つは
  部首 青 の下が月ではなく 日に
  部首 角 の下が用になっているため、変換不能
 **とうこう 通る 「とおる」が正しいことを知らないと間違える》
   
このような漢字の読み書きをめぐる実態が日本教育技術学会の調査で分かった。読み、書きともに、日常生活で使用頻度が低い漢字は正答率が低くなる傾向にあり、同学会は宿題だけでなく、授業で指導する重要性を指摘している。

調査は04年4〜5月、全国480の公立小中学校(延べ3万7835人)の協力を得て、学習指導要領に示されている小学校の学年別配当漢字(1006字)のうち前年度に習った漢字の学年別修得状況を調べたものだ。平均正答率は「読み」が各学年とも90%代を維持したが、「書き」は学年が上がるにつれて落ち込み、4年生以上では6割台だった。高学年では、日常生活に使用することの少ない漢字で誤りが目立っている。

調査した千葉大教育学部の明石要一教授は「生活に密着していない漢字は放っておくと定着度が低くなる。高学年の正答率は先生の指導が影響している」と指摘している。

《大学生の漢字レベルが小学生並みであることを何度も書いて来た。小学生のまま漢字の知識を増やすことをしないで、高校、大学へと進んでいる様子がよく分かる。携帯やパソコンで漢字は眺めるだけで、書いて覚える訓練をしていない実態があるのだろう。書けばひらがなの多い文章になるのは、投書や、ブログなどを見ていれば一目瞭然だ。

私が漢字好きなのは何度もブログで書いた。遠く65年ほども前学んだ小学校は、毎週全学年一律の問題を解かせる漢字テストを実施していた。40〜50字、低学年生も上級生と同じ問題に挑戦できる歓びを味わえる仕組みになっていた。難易度で確か10階級に分かれており、合格すれば学年に拘わらず最上段に行けた。1点、1画、ハネやトメまで正確さが要求された。難しかったが全問正解の時の歓びは何ものにも替え難かった。四年生の時には2年上に在学中だった姉を抜いて、当時の小学校で学ぶ漢字はすべて読め、書き取ることが出来た。この歳になるまで、漢字で苦労したことが殆どないのは、この当時の田舎の小学校に入学したお陰であった。

小学校で学ばない漢字は父の封書からでも教えられた。匆々(そうそう)、所以(ゆえん)、如件(くだんのごとし)、砌(みぎり)、所謂(いわゆる)などは皆、手紙に使用されていた漢字から、その読みや書き、意味を教えてもらった。知っている漢字をどんどん増やす意欲も湧いた、殆どが宛て字のようなカタカナ言葉を漢字にしたものを覚えて行った。蒲公英(タンポポ)、莫大小(メリヤス)や外国の国名や都市名などの漢字にしたものなど、覚える漢字は無尽蔵だった。友好国の獨逸(ドイツ)、伯林(ベルリン)や、交戦国の亜米利加(アメリカ)、桑港(サンフランシスコ)、英吉利(イギリス)、倫敦(ロンドン)などはまっ先に頭に入れた。

小学生のころに覚えたものは、昨日の事さえ忘れるこの歳になっても、漢字に限らず、ずっと後々まで記憶の中にある。小学生には難しい漢字が並んだ教育勅語は高学年になると毎週1時限目に原稿用紙に書き取った。すべてを暗記して行った。音読みだけでなく難しい訓読みを覚えた。

新しい発見にも出会える。この歳まで読むことも書くことも、知らない漢字があった。横溝正史が小説の中で使用しているかどうか読んだことがないので知らない。彼には関係の深そうな『祟り』だ。「崇める」(あがめる)は読むことも書くことも簡単だが、『祟り』は全く読む事ができなかった。字が小さいから判り難いが、山の下に宗が(あがめる)、一方は出るの下に示すだ。これを(たたり)と読む。これで知ったかぶりは恥ずかしいことだった。

いろいろと書いてきたが、要は漢字は小学生の頃に覚えられる限り、数を増やすことだ。後はその漢字に出会った時に吸収していけばよい。昔の漢字と違って点が省略されたり、同じ漢字でも画数がうんと減って覚え易くなっている。‘くさかんむり’は以前は十を2つ横に並べて書いたから画数は1画増える。涙(戻るも同じ)の中の大は以前は犬だったから、1画増える、といった具合だ。

漢字だけを知っても中途半端だ、総合的な国語力がないと意思の疎通が滞る、外国語の翻訳をしても、日本語としての文章に置き換えることはできない。数学の出題の意味が理解できないでは答えは出ない。漢字と共に国語力、日本語力を身につけることが、特にこれからの知識人には必要になる。全国学力テストもいいが、1つの小学校でもいい、私が世話になったような小学校が生まれれば、漢字検定1、2級など簡単なことだ。

最後に「国家の品格」を書いた藤原正彦氏の言葉を思い起してもらえればいい。1に国語、2に国語、3、4がなくて、5に算数、英語など・・・・。算数はロジカルな学問だ、論理のうえにたった豊かな日本語力が身につけば、国際人として世界と渡り合える日本人になれる。》


       

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2007年5月 7日 (月)

思いつくまま

Dkakitsubata_4 かきつばた

年寄りがブログを立ち上げて丸2年が経過した。昨年もそうだったが、このシーズン「マイフォト」を訪問してくれる人がどっと増える。ゴールデンウィークに海外へ出かけた人たちが、覗きに来てくれるようだ。もう10年も前のものが中心になっているが、それぞれの国を少しずつアルバムにしたものだ。全部で14都市、165カット、この2年間のアクセスは3万7013回になる。拙い写真を見てくれた人たち、感謝感謝です。

本体の記事は514件、自分ながらよく続いたものと思っている。アクセス数11万2723、訪問数7万5710となった。老人が、たった一人でない知恵を絞って続けているブログにしては、飽きずに訪ねてくれる人もいらっしゃる。訪問数が10万になるのはまだ先だが、その時にアクセスカウントを表に出そうと考えている。1年ほど前からずっとGoogleで「世相」を探せば、常にトップで検索可能になった。それに絞り込み検索をかけてみたところ、私のブログの殆どがトップか少なくとも1ページ目に集められていて、追跡には自分でも利用でき、参考になっている。Googleで自分のブログのすべてが検索できるなんて何だか面映い心地がするものだ。

♦毎日新聞(5/5)から
警察関係の資料で見たことはないが、「全日本遊技事業協同組合連合会」(約1万4000店加盟)の調査による、パチンコ店駐車場の車内に子どもが放置されているのを巡回中の店員が見つけ、熱中症などの事故を防いだケースが昨年度中に北海道、埼玉、大阪など全国9都道府県で37件、56人に上ることが分かった。今後、気温の上がるシーズンに入り、熱中症の危険も高まることから、同連合会は5〜10月を強化期間に定め、加盟店に対策の徹底を指示した、という。

保護者がパチンコに夢中になる間に車内に放置された子どもの死亡事故が社会問題化したため、同連合会は04年から駐車場の巡回などに取り組んでいる。車内に放置されて大量の汗をかいた状態で見つかった子どもなどのケースは04年度は43件53人で、05年度26件40人であったが、昨年度はさらに人数が増えた形になった。

店員の巡回で注意を受けた両親は20〜30代が目立っているが、祖父母が孫を連れて来た例も6件あった。昨年9月の例では、さいたま市のパチンコ店で起きたケースで4〜5歳の幼児が車内にいるのを店員が見つけ、店内放送で60代の祖父を呼び出して注意した。この祖父は1カ月前にも幼児の孫2人を車内に放置して、店員から注意されていたばかりだった。その時の祖父の店員への言い訳は、「夜間は涼しいから放置しても大丈夫だと思った」と話したという。

今年度になっても4月に兵庫県三田市と青森県黒石市のパチンコ店から計2件、3人の事故防止報告が続いている。正式な統計はないが、パチンコ店の駐車場の車内放置による死亡事例は、昨年度(5月)も長野県で生後9カ月の乳児が、愛知県で(同5月)生後2カ月の乳児がそれぞれ熱中症で死亡している。

どちらも夏には未だ遠い5月の出来事だ。晴れた日には車内の温度はこのシーズンでも想像以上に高温になる。保護者が遊び呆けている間に大切な子の命を失う事故が起る。パチンコ店にいる時間はコンビニで買物を済ますような短い時間ではないだろう。熱中すると我を忘れる遊びだ、初めから幼い子どもを連れて時間を過ごす場所でないことぐらい分からないでどうする。

♦今日、テレビが殺人を報道した。
東京都町田市、34歳の男が知り合って3カ月、近々結婚を控えた相手の28歳の女性を絞殺した、と。原因は男の携帯を盗み見した女性が、男に猥褻画像が記録されていることを詰(なじ)ったのが事の発端であったという。しかし、それだけのことではなかったようだ。知り合って日が浅いが、男の言い分では女性の重なる暴力沙汰に耐えられなくなっていたようだ。暴れると灰皿が飛ぶ、鉄アレイが飛んでくる。男は自身の身の危険と家族へ被害が及ぶことへの心配があった、と話したという。

取り調べに際して「申し訳ないという気持ちは全然ない」といい「家族への被害を防げた」ことの安心感を口にした、という。

これを受けてテレビ局は早速街頭インタビューで、相手の「携帯をチェックするか?」を聞いて廻った。データでは全体の31・3%が「する」となり、中でも女性は37・7の者が「する」と答えた。

私には我慢ならない街頭の声だ。なぜ、他人の携帯の中身をチェックするのか。付合っていても、夫婦でも、お互いに別の人格を持った人間だ。その相手の人格を犯すようなことは絶対にしてはならないのだ。昔から諒解のない限り、封書の勝手な開封は犯罪であることは常識だ。携帯も全く同じだ。私は常々保護者が未成年の被保護者の携帯をチェックする必要を説くのは、被保護者には保護者との関係ではプライバシーなどないからだ。しかし、保護、被保護でない他人同士の間では明確なプライバシーがある。私には他人の携帯を覗く心理が理解できない。相手の人格を疑うことになるからだ。自分が犯されないための個人情報の保護があるように、他人もそれを持っているのだ。夫であろうと、妻であろうと、恋人同士の間であろうと、それは存在する。

事件の男のように猥褻画像であっても個人情報として守られなければならないのだ。それを覗き見ることは犯罪だ。中身が卑猥であることで、女性の怒りが当然とするのは間違いだ。それが卑猥かそうでないかは、見なければわからない、それを保護するのが個人情報の保護になるのだ。個人で眺めてにやにやするのは、社会とは関係ないプライバシーの範疇だ。私は携帯を持たないが、持っていると仮定して、もしも私の妻が同じことをしたら、私も殺さないまでも人として認めたくないほど妻に失望することだろう。以前にも触れたが、私の妻は携帯を持って5年になるが、私は妻の携帯を1度として覗いたことはない。

個人を尊重するとは、そういうことだと思う。

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2007年5月 6日 (日)

大学生はバカになった?なっていない?

石田衣良の「白黒つけます」から
《設問を決めた本人が一番戸惑った様子が手に取るように分かる。普通に世間で良く口にする‘バカ’に‘阿呆’。このなかなか簡単には答えの見つけられない二つの言葉、何がバカかという根源的な質問であることに後から気がついたようだ。こたえは勿論学力や知識だけではない。集計に当ってそのあたりは「自分でちゃんと考えて下さいね」と投げ出したようだ。だって「ぼくにも、どういう大学生がバカかなんて、難しい質問には答えられませんから。ひょっとして、バカなのかしらん」としている。

学力や知識だけで判断するものなら、エリートの中のエリートだけしか入れなかった帝国大学と比べると、裾野を広げ、無用なほど増え、偏差値と学業成績だけが優れていれば誰でも入ることのできるようになった敗戦後の大学は、一層その垣根は低くなり、少子化の恩恵も手伝って、望んで金さえ続けば誰でも一応卒業できる場所にまでに落ちた。

話は一転するが、私は現役時代、足がかり程度の役職を与えられたころ“お前は バカになれないからな”とはよく上の者から言われた言葉だった。偏屈で、長いものには決して捲かれない、権威を振り回すものには絶対に屈しない、何事も納得が行くまで説明をもとめるような会社人だった。サラリーマンとして、組織の中を要領よく泳ぐことのできない人間だった。そのため、出世の道は最初から自分で選ぶ気はなかった。反面部下からの信頼はある程度は寄せられていたと思う。この場合の私への上司の台詞の“バカになれないからな”は石田のいう、学力や知識ではない、知恵と言ってもいいものかも知れない。しかし、これこそが私の人格そのものだし、今でも変らない私の生き方になっている。》

さて、アンケートに戻ろう。
回答は、圧倒的少数になってしまった「大学生はバカになっていない」派から。
「昔の方がよかったというのは、永遠に変らないくり言です。いまや情報量は飛躍的に増大していて、それを受け入れている現在の大学生が、昔にくらべてバカということはありえない」(埼玉県所沢市・ドン・キホーテ)。「計算力とか知識量という意味では確実に落ちています。しかし、これはサッカーでいえばリフティングみたいなもの。一方で戦術眼とか視野の広さとか、そう言う意味での学力は落ちているように感じません。ネットやマスコミの資料を集め、まとめる能力は昔よりもうえです」(東京都世田谷区・隆)。

《情報量を多く受け入れることや、それらの資料を集めたり纏めることがバカでない証拠にはならない。それらの氾濫する情報をどう取捨選択し、どう整理し、どう活用するのかが問題だ。資料などパソコンに向かえば何の苦労もなく即座に集まる。纏めることは彼らの力じゃない、機械がやってくれることだ。》

もう一つ。「就職に有利な資格のためなら、つらくても多くの学生ががんばっている。だが、大学の授業や自分で見つけた課題に真摯に臨む学生は少ない。能力はあるのに、懸命に学んで批判的な目を養っても、社会では報われないことを知っているのではないだろうか」(札幌市・匿名)これに対する石田のコメントは、「そうなんだよ、お得なことしかやらないんだよ。でも、勉強って無駄なところが面白いはずなんだけど」とある。

《石田も言う通り、無気力そのものだ。まさにフリーターにニート予備軍だ。これでバカになっていないとは。》

<有効投票数>2867(男1402、女1405)
          バカになった なっていない
   全体       72・9%   27・1%
        男   71・0%   29・0%
        女   74・7%   25・3%
  10代以下 男   71・1%   28・9%
        女   76・0%   24・0%
  20代   男   68・1%   31・9%
        女   71・5%   28・5%
  30代   男   68・8%   31・2%
        女   75・6%   24・4%
  40代   男   72・0%   28・0%
        女   75・6%   24・4%
  50代   男   80・1%   19・9%
        女   79・8%   20・2%
  60代   男   72・5%   27・5%
        女   72・2%   27・8%
  70代以上 男   82・4%   17・6%
        女   57・1%   42・9%

《いつも思うことだが、時代を比較する時、昔をどう捕らえるのか、が問題となる。今回は特に昔の大学生を知って現在の大学生との価値観を比較するとなると、昔を10年一昔とすると最低でも年齢は30歳から上の意見がポイントになるのだろう。まして10代以下に大学生が云々できるとは考えられない。誰かからの聞きかじりや、知識として知っている昔の大学生との比較など参考にはならない。20代でもほぼ同じことが言える。10年昔の大学生を批判できるはずがない。》

それではバカになった派の意見を聞いてみよう。
「学生に接する機会が多いのですが、知識不足というより、考えることをしない者が多い。学力低下より、考える力をどう育てるかを問題にしてほしい」(岡山県・かめ)。「進学率が1割だった親の世代より、3割のわたしたちのほうがバカだし、5割の今の学生はもっとバカ。明治時代のほんのひとにぎりの大学生は、それはそれはエリートでした。高度な学問が理解できるヒトは、いつの時代もすこしです」(東京都・一応大卒)。「この春から大学生ですが、正直同じ学科のメンバーにがっかり。ごく少数の個性的な友人以外、幼いというか、人間的に付合いたいという魅力を見出せません。学力おいても、もの足りない気がします」(横浜市・わた)。

《人はそれぞれです、人間的とは何か、人間だから人を殺す、騙す、裏切る。それらを知ることが、学問や知識だけじゃないこれから先の人生で、それはもっと大事な勉強になるんだよ。一枚の薄い紙にも表と裏がある。ものは一面から見ただけでは本質は掴めませんよ。人をそのように見ることは鏡に映った己を見ていることでもあるのです。》

続いて、「大学の男子寮の管理人として3年。学年が若くなるほど、幼稚化していくようです。今の1年生はトイレは汚しっぱなし、水は流しっぱなし、平気でたべものを捨て、食事のしかたもなっていません」(東京都文京区・一彦)。

《これは者申す相手を間違っています。この若者を作ったのは、ここまでの長い間、家庭教育をして来なかった親の責任です。社会人として最低の躾すら施していない子を、世の中に送り出しているのが現在の親たちです。20年近くの間放って置かれた子どもたちが、大学生活の短い期間で修正できるものではない。男だけに限らない、女性のだらしなさも同じだ。》

石田のまとめは次のようになる。
回答からは、今の大学生はバカになってしまった! 学生諸君、くやしかったら、バカにされないようにがんばってください。まだまだ先は長いのです。人生は笑っちゃうほど一生勉強なのだ、と。ここで最後のメールを紹介する。
「確かに入学したら、自分の望む勉強ができないとあきらめてしまったり、なんとなく大学にはいったという人もいました。でも、その人たちはバカなのではなく、ただ夢中になれるものが見つからなかっただけなのです。情報が溢れる現代社会で夢をもつのは容易ではなく、人々の考えは現実主義に偏っています。そんななか無気力にすごしている大学生が単純にバカあつかいされてしまうのは心外です」(横浜市・梅紫)。そして石田の結びはこうだ。その現実を自分の頭でつくり変える、それがほんとうの知性です。みんなでいっしょにがんばろう。バカは脱出できるのだ!と。

《現代の若者の代表的な意見だろうか。己の進む道や目標が持てないのは、世の中の仕組みが悪いからとして、その先がない。溢れる情報の整理の仕方も分からない。無気力を社会のせいにしてそこでとどまる。何のために大学まで入ったのか、学力や知識だけではない。日本の最高学府といわれる大学を出ても、バカをしているバカな官僚は掃いて捨てるほどいる。現在の大学生がバカだというのは、昔の大学生がみなバカでなかったことを意味するものではない。》


              

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2007年5月 5日 (土)

武器輸出三原則

Dscfuji4 仰ぐ藤棚は半逆光になり
 カメラ位置に苦労した
 藤の色再現が上手くいかず
 Photoshopの世話になった

いよいよ危ない安倍政権の本性が牙を剥き出し始めた。手始めの教育基本法の問題から次々にくり出す法案を「私の政府」は数を頼りにすべて通して来た。その最期の狙いは言わずと知れた祖父A級戦犯総理岸が果たし得なかった憲法の改正を虎視眈々と狙っての策略だ。何としても9条をねじ曲げることに執心してのことだ。いきなり国会に持ち込んでも改正は不可能なことを知って(衆参両院の3分の2以上の賛成がないと改正はできなに)いて、国内の意見を操作することを考えた。憲法改正を俎上に乗せる以前に世論を煽り、仮想敵を誇大に吹聴し、国防意識と結びつけることだ。

そこで国民投票法案を提案し、国粋主義の改憲派を動員しての現憲法をアメリカから押し付けられたもの、とする説を撒き散らすこととなった。たしかに戦争を知らない世代の総理や同調者らは、敗戦直後の日本の老若男女の国民が、挙って諸手を挙げて受け入れた現行憲法の戦争放棄の条文を知った時の感動を知らないだろう。学校では一冊づつの憲法読本が手渡され、多くの子供達が目を輝かせて戦争のない日本の将来を夢見た(中には私のようなへそ曲がりも居て、教師の欺瞞にますます臍だけでなく、ケツやツムジを曲げるところを増やしたヤツもでたが)。ただ、戦争を放棄したことがどれほど人々を幸せにすることか、子どもたちだけでなく、貧しい生活は暫くは続いたが、周りの活き活きとして働く親や、大人たちを見ているだけで理解できた。

どれほど家族から戦争で死ぬ人を出さないで済むという思いが、その後の日本人の生活に明るい希望を持たせたか、今となっては団塊の世代にすら理解を求めることは難しくなって来た。その敗戦後の精神的な拠り所を嘲るように、安倍が企んでいることとは、アメリカから押し付けられたという現行憲法を改正し、違憲を承知で作り上げて来た自衛隊を正当化するために、自らの意思と手で憲法を改竄し、より一層アメリカの軍隊の一翼を担って戦えるように、独立国とは夢の夢、より明確なアメリカの植民地となるように軍備を整えようとすることなのだ。

その背後には早速、財界の陰がちらほらと蠢いていることも想像がつく。5月4日の毎日新聞記事から。アメリカに渡っている防衛庁長官・久間は2日午後(日本時間3日午前)、ワシントン市内で講演を行った際、日本政府の武器輸出3原則*について、「この先、日米で装備の開発が進むと、現在のままでいいのか検討する時期に来ている」と述べ、武器の国際共同開発を促進する観点から、さらなる緩和に向けて検討を進める考えを表明した。

日本政府は04年末、小泉内閣がミサイル防衛(MD)の日米共同開発・生産に限り、武器輸出3原則を一部緩和した。06年には同原則の例外措置としてインドネシアに海賊対策用の巡視艇を供与した。これに関し、久間は「防衛装備の開発は一国だけでは金が掛かり、共同開発に頼らざるを得ない」と述べ、武器の開発・生産コストを削減するために3原則の緩和を指摘した。

*【武器輸出3原則】
1967(昭和42)年、佐藤内閣の時、外国為替及び外国貿易管理令についての政府の運用方針として、具体的には、次の場合は、武器輸出は認められないこととされている旨を明らかにしたもの。
 1. 共産国向けの場合
 2. 国連決議により武器等の輸出を禁止されている国向けの場合
 3. 国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合

76(昭和51)年になって三木内閣が適用を拡大し、武器は原則輸出禁止とした。続いて83(昭和58)年、中曽根内閣は米国に対して武器技術供与を認めることになる。

このように3原則は防衛省や自民党のナショナリストだけでなく、防衛関連産業の要望に応じてそれに応えるように緩和されてきた。産軍癒着のようななし崩しの武器輸出にさせないために、どのように歯止めをかけるか課題は残されている。5月3日の一昨日のブログに書いた(「憲法記念日と・・・・」)ように、日清・日露の戦のころから、第2次世界大戦に至るまで、軍需産業で企業を拡大して来た財閥は、武器で膨大な利益が生まれることを知り尽くしている。ワシントンでの久間の発言には心を強くしてほくそ笑み、頷いているであろう。銭設けのできるチャンスが再び巡って来たことを期待して。

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2007年5月 4日 (金)

近ごろ みっともないもの

Dscfmitsu






  頭隠して尻隠さず ラベンダーの蜜を吸う みつばち

今朝の毎日新聞を見て驚いた。ロゴが緑色で印刷、一面も緑色で構成されている。「みどりの日」と黒字で書いてある。今年からなくなったものと思っていたら5日後に復活していた。念のためカレンダーで確認した。ちゃんと印刷されていた。テレビでも小倉何とかいうキャスターがやはり面喰らった発言をしていた。ついでに解説していたが、今日が祝祭日の取り扱いに決まったため、来年からは、4日が日曜日と重なると次の日になる決めは、その次の日は元々5月5日の祭日のため、もう1日繰り延べになり、5月6日が休日になる。遊びたい連中にはまたまた休日が増え、楽しみが大きくなる算段だ。おっと驚いた話題を書くつもりではなかった。

3日夕刻、センスの悪い洋服をまとった女性がお手手つないで、羽田空港に帰って来た。そう、安倍夫妻の写真が掲載されている。安倍が総理大臣になって、そろそろ1億円になる税金を使っての外遊が始まった。彼は言う「参勤交代じゃあるまいし、何も急いで・・・」はその通りだろう。就任そこそこに飛び廻ったのでは何をはしゃいでいるのか、との揶揄の声が活字になる。

外遊は当然ニュースになって流れる。小泉の時には単身だったが、安倍には伴侶がついて廻る。みっともないのはこれから先だ。挨拶があって飛行機に乗り込む、或いは降りてくる。およそ一国の総理夫妻の出発、到着の雰囲気ではない。慣れていないこともあるのか知らないが、伴侶さんの行動が、落ち着きなく幼稚園児の遠足が嬉しくて堪らないといった様子。にやにやと半開きにした口元で、昇る時にも降りる時にも安倍の手を探して握りにいく。あーみっともない。

天皇と美智子さんの姿や海外からの賓客が、タラップを昇り降りする際の何気ないお互いの気配りを交わす姿を見慣れているせいか、見ているこちらが恥ずかしくなるようなみっともない姿だ。俗に言われるファーストレディの品格などどこにもない。度を重ねれば少しは慣れるのだろが、この恐い政権、どこまで保つことか。

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2007年5月 3日 (木)

憲法記念日と、不貞の子の旅券は前夫の苗字(姓)

♦5月3日、日本国憲法施行の日。朝から憲法問題に関する番組が犇めいている。敗戦後に新しく生まれた憲法は、いまや60年目に入った。なし崩しに拡大解釈を繰り返した運用を続け、既成事実を積み重ねた上、海外へ武力派遣まで行う軍隊とも呼べる戦力を持ってしまった。

そこで為政者たちは「時代にそぐわなくなった」「時代に合わない」の詭弁となって人心の攪乱を狙いだした。安倍は「私の政府」と、政府を個人的所有物であるかのように言い、ここに来て憲法の改正を目標に据え、国民投票法案を強引に通過させ、たかが総理の分際で憲法の改正のための解釈見直しを有識者会議に命じた。その理由はやはり「時代が変って行く中で(憲法を)どう解釈すべきか議論してもらいたい」(4月23日、内閣記者会のインタビュー)と。また、憲法改正についても夏の参院選の争点にかかげる方針を示した。一方、公明党は憲法9条1、2項の堅持や、集団的自衛権の行使を認めない立場を明確にしており、政府与党内に波紋を広げそうだ。

集団的自衛権にしても、世界のあちこちで積極的に戦争を仕掛け、展開しているのはアメリカだ。自衛を考えることなど一切ないのがアメリカだ。その国の傘の下で、うろうろしているだけの日本に、自衛のための軍隊など必要はないだろう。例えば、傘から飛び出して独立して自衛のための戦争をするだけの軍事力を持つことをアメリカが黙って見ているか。第一次世界大戦で敗戦国であったドイツが年を経ずしてヒトラー率いるナチス・ドイツとして復興し、ヨーロッパを席巻したことを思い出せばよい。かつて日本の侵略で被害を受けた国々や国際社会がそれを許すか。どのように戦力を増強してみても、根本的に核兵器や原子爆弾の一つも持たないことを宣言した日本という国を、例えば仮想敵の北朝鮮が恐れるか。

日米秘密保護法違反で問題となっているイージス艦の心臓部と言われる情報も、世界最高水準の防空、迎撃システムといいながら、クラスター爆弾並みの不良率の高い、信頼性のないものかも知れない。こんなものに頼る集団的自衛権など片腹痛い。

憲法を検討するより早く、仮想的(北朝鮮)に向けて迎撃陣地を日本列島に布き始め、クラスター爆弾を隠し持って戦備の増強を図っている。憲法を踏みにじりながら後追いかけるように帳尻あわせの改竄を考るのが為政者のやり方だ。憲法で明確な戦争ができる軍備を整えれば、軍需物資で儲かる企業は手ぐすねひいて待ち構えている。戦前、戦中、軍需産業で巨万の富みを築いた大企業、財閥は、“夢よもう一度”と跳びつくことだろう。

♦毎日新聞(5/2)から
外務省が「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」と推定する民法772条のために戸籍がない子供らにパスポート(旅券)を発給することを決めた問題で、外務省は旅券発給の条件として「前夫の姓」の記載を条件の一つにしていることが分かった。無国籍児の旅券取得を後押しして来た市民団体などは「子の人格を尊重して普段使われている姓を旅券に反映させてほしい」と反発している。

外務省は近く旅券法施行規則を改正する方針で、
◎子供を戸籍に記載するための裁判手続きを起している
◎海外への渡航を認める人道上の理由がある
 などを無戸籍児への発給条件としていたが、さらに、
◎前夫の姓にあたる「民法の規定で決まる法律上の氏の記載」
 が必要とした。

外務省旅券課は、772条で離婚後300日以内に生まれた子は一律に前夫の子と推定されるため、前夫の姓にせざるを得ないとしている。裁判で現夫の子と確定後なら、旅券の姓を訂正できるという。同課は「申請者の事情には同情し、法務省などと議論を重ねてきたが、772条が現状のままである以上これがぎりぎりの対応。法律を超えた裁量は取ることができない」と話している、という。

《旅券課の説明は全くその通りだ。子供が可哀想だというだけで法律を曲げることが許されることはない。親に反対され、許されないままに子が生まれ、祖父母になった親から孫に免じて婚姻を許される家庭内の人情話とは違う。親が法律のような家庭内のことであれば、その親が泣くか、或いは許せば済む。しかし、日本には民法という人々が等しく守らなければならない法律がある。その法を破ったとなれば、相応の罰があるのは当然だ。「私たちは何も悪いことをしていない」とは離婚の成立も待ち切れず婚姻関係の継続中に、或いは別居中に不貞をはたらき、離婚後300日以内に子を生んだ男女の言い分だ。女性だけを責めるものではない。妊娠に至るまでの立場や状況を考えれば、法を犯して関係を持とうと(夫への裏切り、悪いことを)するのだ。そこでお互いの配慮をするのが大人だろう。女性にとって暴力夫であれ、夫以外の男に好意をいだいたであれ、男の側からは、離婚していない以上は人妻だ、妊娠を避ける配慮があって当然だろう。

《それを「子供が生まれてしまったんだ、この子を可哀想と思え」、「子供の人格を認めろ」というのが現在の法を蔑ろにした大方の同情意見だ。責任を取らなければならないのは見境なく子供を拵えた男女にある。一方で、性道徳の乱れの結果をDNA鑑定で片をつけてしまおうとする意見もある。生物学的にはそれで親子関係のけじめはつくのだろうが、社会の仕組みはそれだけで済む単純なものではないだろう。法を遵守することは社会生活を営む親の責任だろう。自分達で責任の取れない勝手なことをした結果、都合が悪いから“法律を変えろ”では余りにも虫が良過ぎる。

《外務省は法のぎりぎりのところで善処しようとした。それが気に食わないのなら、海外への旅行などしなければよい。それが自己責任の取り方だ。どうしても現夫の姓での海外旅行がしたいのなら、外務省が提案するように、現時点できることは、裁判でそれを認めさせることだけだ。憲法も民法もどちらも法だ。

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2007年5月 2日 (水)

丸の内界隈と国際フォーラム

このところ何だか丸の内界隈が騒がしい。地上38階の新丸の内ビルが4月27日に誕生した。連日、地方から或いは東京に住んでいるお上りさんたちがワンサ、ワンサと集まって口あんぐり、きょろきょろと歩いていらっしゃる。テレビのインタビューを受け、カメラに向かってはしゃいでいらっしゃる。「とってもシックで高級感あふれる感じ」と答えて。

こういう連中が集まる間は私は却って避ける、へそ曲がりの所以(ゆえん)だ。未だに六本木ヒルズとやらにも出かけていない。お上りさんに混じって行列を作ってぞろぞろと歩くのが一番の苦手だ。旧い方の(といっても私がいうのは1920(大正9)年から1999(平成11)年まで建っていた)丸の内ビルヂングのことだが、始めてビルの中にあった先輩の弁護士を訪ねた時、入り口のレリーフのビル「ヂ」ングに驚いた思い出がある。

その後今度の新丸ビルが建ち、続いては東京中央郵便局が取壊されことが決定、跡地には地上37階の建物が建てられることが計画されている。ビジネスの街が、様変わりをはじめ、買物の街、食べ物の街、散歩の街として歓楽地に変ろうとしているようだ。

その中で、今クラシック音楽が丸の内界隈で、連休中の行事として盛り上がっているようだ。これに先立ち、ウイーン国立歌劇場の音楽監督を休養(2006年1月帰国、気管支炎、帯状疱疹などで入院治療)していた小澤征爾が4月29日、約1年5カ月振りでワーグナーの歌劇「さまよえるオランダ人」で、オペラ座での現場復帰を果たしたニュースが流れた。海を渡った日本人も多かったようだが、丸の内界隈は、海の向こうから来たメンバーが目玉になっての盛り上がりだ。

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」『熱狂の日』音楽祭2007と銘打って、ゴールデンウイークの会期中に東京国際フォーラムの7つの会場で入場料無料の比較的小規模、0歳児から入場ありから、普通のクラシックコンサートと比べると格安の入場料で聞けるものまで計200以上のコンサートの開催が予定されている。
長たらしい横文字は、そのままの「熱狂の日」のとおり、ヨーロッパの数ある音楽祭でも熱狂的な展開をみせるコンサートであるらしい。普通は嫌われる子どもが好んで混じるにはそれなりに音楽への情操教育が意識され、手拍子もあり、鼻歌ありの親子の家族団欒の場としての時間が過ごせるのも狙いになっているようだ。

たびたび書いて来たが、クラシック・コンサートのストイックな雰囲気が大嫌いで、いつも演奏中平気で咳をする私には向きそうだが、「熱狂の日」は聞いたことがない。子どもが飽きないように数分の短い曲をまぜ、楽器に触れさせたり、弾かせたりの御機嫌を取ることもするらしい。要はクラシックが尊大なものではないことを幼い時から理解させることで音楽への幅広い理解を植え付けようとしているようだ。クラシックとは長い時間を通ってきた音楽、ということで理解するのが1番いいことだ。クラシックは西洋音楽だけにあるのではない、日本の古典(クラシック)も同じだ。クラシックの本来の意味は、時間的、線的なもので、内容や価値を指すものではない。ポピュラー音楽でも古くなれば古典的(クラシック)だ。そう考えれば演歌ファンも古賀政男などはすでにクラシックに分類される。クラシックは決して羽織はかまや夜会服で、息を詰めて聞かなくてもいい。

モダン・ジャズでは早くから俗に言うクラシックとの融合を試みて、数々の名作を生み出している。上流階級の食事におつき合いをし、踊りや、ナイフやフォークの触れあう音、殿方ご夫人方のお喋りが弾むよう、作曲したクラシックも数多い。宗教音楽や教会音楽があったり、苦虫噛み潰した表情のベートーヴェンもいるが、もっともっとクラシック音楽は楽しんで聞くことを薦める。

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2007年5月 1日 (火)

不貞の輩(やから)

三つ(二つ)の蕾に一つの花“あのことは当分秘密”(花ことば)
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不貞は当て字、正しくは不逞の輩と書くが、どちらにしても、ふてい奴らだ。しかし、今日(5/1)もまた、300日問題が紙面を賑わしている。もともとは“不貞のやから”たちの招いた結果を、「生まれた子が不憫」というだけで法を曲げようとする話だ。本来、法にてらせば不貞(不義密通の男女)をこそ裁かなければならないのに、世の中上げて不貞の輩たちを救おうと懸命だ。理由はただ、時代が変った、性道徳などというものは守る必要はない、ということにあるようだ。

現在の世の中どうもも狂っているとしか思えない。婚前の性交渉の結果の出来ちゃった婚、男か女か判らないような人間の跳梁、不倫に虐待、子捨て、子殺しに親殺し、離婚がステータスのような賑わいだ。

今度もまた、みんなで渡れば怖くない式の数を頼みの世論調査だ。調査の方法(28、29の2日間、コンピューターで無作為に選んだ電話番号を使うRDS(RDD)*法で全国の有権者1000人を目標に電話で調査し、1085人から回答を得たもの。)
 *RDS法(Random Digit Sampling)の略。RDD法(Random Digit Dialing)ともいう。

 質問と回答
 ♦離婚後300日以内に生まれた子どもは、前夫の子と推定する民法の規定についてうかがいます。この規定を見直す必要があると思いますか。
        全体    男    女
  必要だ   73    69    75
  必要ない  18    22    16
 年齢別でみると、「必要」としたのは40代(84%)が最も高く、30代(77%)、50代(73%)、60代(72%)、20代(58%)70代以上(52%)の順となっている。
【必要】と答えた人に
  法務省は、離婚後に妊娠したことが明らかな場合に限って、離婚後300日以内に生まれた子でも、前夫でなく今の夫の子とする出生届を見直しを行います。離婚前に妊娠した場合でも、今の夫の子と認めるべきだと思いますか。
  認めるべき 68    63    71
  認めるべきでない
        24    31    19
【必要】と答えた人に
 ♦DNA鑑定を使って親子関係を判定する見直しに賛成ですか。
  賛成    82    82    82
  反対    12    14    11
   (数字は%、小数点以下四捨五入。無回答は省略)

《ここでも何故この問題が発生しているのかの根本が伏せられたままだ。民法733条、女性は婚姻解消後6カ月の再婚禁止期間、再婚をしてはならない、を無視したままで回答を求めているのだ。法律で言う婚姻解消とは前夫と別居していることでも寝室を別にしていることでもない。法律上の離婚が成立して6カ月が経過しないと再婚の婚姻届も受理されないことになっているのだ。これは人間の妊娠期間から親子関係が複雑になることを予め配慮してのことだ。この法律上の再婚が成立する以前の妊娠が、現在問題となっている300日問題なのだ。
DNA鑑定は、医学的には精度の高い結果を出すだろうが、単なる逃げ道に過ぎない。なぜなら、不貞を不問に付して、生まれてくる子への憐憫を迫る証拠となるだけのことだから。

《日本医師会でも「母親の不貞を明らかにして家族関係を混乱させかねない」などの理由で慎重な姿勢を示している。私が驚いたのは、性モラルなど無関係、とばかりに遊んでいるかに見えた20代の4割強が、70代のほぼ5割に次いで、規定の見直しを「必要ない」とみていることだ。70代が現在の性の乱れに顔を歪めているのは想像できるが、若い20代が、大人よりも厳しい道徳性を備えていることに安堵した一瞬だ。これからの日本、案外捨てたものではないのだろうか?

《自民党保守層からも「結婚制度にかかわる」「不倫を助長する」などを理由に上げて、慎重意見もでているようだが、保守だの革新だので考える問題ではないだろう。要は法律の根幹に係わる問題なのだ。幾度も書いてきたが、変えても良い法と、変えてはならない法がある。300日問題、不貞のやからの言い分が通るのだろうか。

    

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