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2007年3月22日 (木)

イチャモン保護者

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 鈴蘭水仙
 (すずらんずいせん)
 彼岸花科 ギリシャ語で白いすみれ


B_2

 花言葉は - 皆をひきつける魅力


 (普通に見る1本の茎に花が連なるように咲くすずらんは
 スズラン科 スズラン属)


毎日新聞(3/19日)から
特集ワイド、面白いタイトル(ブログ表題)で二人の女性が教育の場での保護者について書いている。1人は女優の丘みつ子(59)、若い頃、泳いで、自転車を漕いで、走る、の鉄人レースに挑み続けた女性として知っている。20年以上の陶芸歴がある。もう1人はフリーライターの福田ますみ(51)。

 丘の方は(大意)イチャモンというけれど、本当にイチャモンをつける保護者がそんなに多いのでしょうか。と投げかけ、大部分の親としては子どもたちを人質に出しているようなものですから、できれば波風を立てたくない、というのが本音じゃなおでしょうか、という。自分の小学生のころに戻り、担任の自宅に仲好しと連れ立って遊びにいったこと(50年以上前の頃には普通に見られる風景であったように覚えている)もあったが、もちろんいい先生ばかりじゃなかったですよ。でも、そんな時でも両親は子どもたちの前では担任の悪口は言いませんでした。今は親が子どもの前で平気で教師の悪口を言う。あれ、絶対にいけないと思う、と言う。

 10年ほど前から小学校時代のクラス会を開いているが、その中には個性の強い知人がいて、自給自足を地で行く陶芸家、もう1人、今は故人になったが、どこでも食べられるから、と型くずれも甚だしい背広のポケットをゆで卵で膨らませて、座る場所を見つければ腰を下ろし、リポートを書き出す始末だった、という。丘さんの感想はこうだ。こういった個性の強い人たちを見かけると、うれしくなってしまいます。きっとこういう人は鷹揚な育ち方をしたんでしょう。そんな人たちがもっと増えるといいですね。とこちらも鷹揚だ。

《しかし、一番のポイントはしっかり捉まえている。教師の悪口を子どもの前で平気で言う親がいることを。教育再生会議の委員でもあったワタミのように、すべて学校が悪い、というようなおっさんもいるが、これを聞いて子どもたちが教師を尊敬することができるのだろうか、何も分かっていない。》

次いで福田に移る前に二人の間に1コマ漫画が描かれている。(え・井上守正)
黒板を背にしたはげ頭の校長か教頭と、担任が並んで、縮み上がった様子で子ども連れの母親が突き出す指に怯えている。子どもは母親の後ろでポケットに手を入れたままその場の様子を観察している。母おやの台詞はこうだ。「しつけをもっと しっかりして下さい」とある。

《これが保護者の代表的な学校への言い分なんだろうか。全く救いようがない諷刺だ。家庭教育の何たるかも理解していないこのような親の話は、私の世代には想像することも不可能だ。躾けとは家庭でするもの、学校へ上がって集団生活ができように、親が恥をかかないで済むように育てるのが親の責任であった。私の小学6年の生活の中で、授業中に大声を出したり、席を立って歩き回るような生徒はただの一度も見たことがない。田舎の百姓の多い町だったが、親の躾は十分できていたように思う。上の漫画なら、立場が逆になり、さしずめ「申し訳ありません、これからはきっちり躾け直しますから、勘弁してやって下さい」と書くだろう。これが親の子育ての責任というものだ。》

さて、次の福田(ロシア、犯罪、教育が専門)の言い分は厳しい。
 一部の母親たちのリーダー格みたいな人が、欠席裁判で教師を追い込んでいくのが一つのパターンだと思う。担任と話し合う気など最初からない。いきなり、校長や教育委員会に怒鳴り込み、マスコミに訴える。子育てがうまくいかず、家で子どもをぶったりするような親に多い。見栄っ張りで体裁を気にし、何事も優位に立ちたがる人、自分はワンランク上だと考えているような人に目立つ。子育てがうまく行かないストレスを抱えていて、怒りっぽくて、被害者意識も相当強い。自分の子に問題が起きた時、親としての責任など一切省みず、すべて周りが悪いと思い込む。ひどい場合など子どもの言葉を鵜呑みにし、教師へ鉾先を向ける。学校側はマスコミの取材に応じたがらないので、報道はどうしても親の見方に傾く。

 マスコミは親の言い分を取り上げてそのまま書くことになる。学校が弱い立場になり、悪者にもなる。子どもが正しくて当たり前、教師は常に抑圧者の図式で記事を仕上げる。ここで彼女は自身が取材に当った例を挙げる。
 
 福岡県で03年、子どもが教師の体罰で精神的外傷を受けたとして、市と教員を相手に損害賠償を求める訴訟があった。一審で教諭の体罰は認められたが、原告の親の主張はほとんど認められなかった。事実は、「冤罪」と言ってもいいものだった、という。訴えられた教師は言った「保護者と教師は同等じゃないですよ。教師の方が何事も一歩下がって対処しないと、うまくいかないんですよ」と。

 学校は児童を「お子様」などと呼び、とにかく低姿勢であればいと思い、校長や教頭も事勿れ主義が染み付いている。親の不平や不満に根拠がないと思っても、その場をやり過ごすことで凌いでいる。親は、クラス替えに注文をつけ、「給食を残しても怒らないで」にもただ「ハイ、ハイ」だと言う。トラブルがあると、事実を確認する前に先ず謝る。学校のこの卑屈な態度を改めないと、福岡の例と同じ「教師いじめ」が繰り返されると思う。と書いている。

 福田が取材したこの親は、1964年(東京オリンピックの年)生まれで早世の歌手・尾崎豊と同じ世代だという。彼女の分析だが、あの世代には「学校は反抗するもの」「管理教育に反対せよ」といった意識が刷り込みのようにあるんじゃないだろうか。学校は「抑圧の場」であり、教師など交わり合えない、というかたくなな面があるように思う。長年のいじめや教育報道が学校を悪者にし、こうした考えを助長させてきたのだと思う、と結んでいる。

《誰が観察しても、現在の荒れる学校教育の問題点は、保護者、親の側にあることが察しられることなのに、福田が言うようにその根本的なところを掘り下げないで、上っ面を撫でて行く。福田が始めて43歳が代表する世代の問題点を指摘してみせたが、根はもっと早くにあったと思う。敗戦でアメリカからもらった民主主義、自由主義思想を、金科玉条として祭り上げ、本来の日本の道徳や倫理を、教育思想を全て悪として排斥することで、日本の指導者たちが、そのまま教育者として居座り続けたことから発したことだ。教師自身が民主主義や自由主義が理解できず、自由は責任が伴うことで自由であり得ることをしっかり教えず、生徒の側は自由は勝手気侭や放任と思い込んだ。そういう意味では尾崎豊がそのような人間形成の道を歩んでいたことは充分理解することができる。いじめる子も、暴れる子も、家庭教育や躾が出来ていない家庭の子だ、もう遅いことかも知れないが、100年先になっても仕方ない、遅いなりに保護者へのしっかりした教育をしなければ、学校は、教育は、子どもたちは、立ち治ることができないことになりそうだ。》

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