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2007年3月24日 (土)

少子化と「一人っ子広告」

1月の新聞をひっくり返して眺めていたら、面白い発言が目についた。正月の雰囲気も醒めやらない14日(日曜版)に掲載された風俗研究家のケーシー松原氏のものだ。

《総務省は3月22日、昨年10月1日現在の推計人口を発表したが、それによると、日本の総人口は1億2777万人で、外国人の入国が増えたため、前年同月比2000人の増となった。日本人(1億2615万4000人)は5万1000人減少し、戦後初めて死亡者数が出生数を6000人上回る「自然減」となった。日本人の人口減は2年連続となった。出生児数は3000人増の107万8000人と、8年ぶりに増加に転じたが、死亡者数も1948(昭和24)年の調査開始以来最多の108万4000人となった。》

松原氏の説はこうだ。(大意)
『わが国の少子化問題は政府・自治体の諸施策にもかかわらず、05年の合計特殊出生率1・26と、年々下がり続けて歯止めが掛からない。少子化問題にはさまざまな切り口があるが、私のように風俗を研究しているものからすると、見過ごされている問題がある。その一つが「一人っ子広告」というものである。』
『これは、企業等が新聞・テレビ・チラシ・ポスターなどビジュアルな形で行う広告において、そのモチーフとして家族を取り上げる場合に、両親と、子どもを一人しか載せない広告を指す。今、問題にすべきは、日本ではこの「一人っ子広告」が氾濫しているのに、何も顧みられていないことである。』と今までにない面からの切り口で問題提起、提案をされている。

《氏はしばらくフランスに滞在されていた頃の、街の風景や風俗を書く。各地で行われるフェット(祭り)で配るパンフレットを含め、子ども一人の広告は殆ど見かけたことがなかった、と覚えている。フランス人の知人は、日本の広告は一人っ子政策をやっていた中国の広告みたいだと言った、という。氏が知る限り日本と同じように少子化が社会問題になっている先進国において日本だけに顕著な現象だという。》

氏は続ける、『人がものを考え、意見を持ち、判断を下す場合に、全てを記号や文字の組み合わせで行っているわけではない。論理学でいう「表象」、平たくいえば、「イメージ」の世界が存在する。これに、個人的な好悪の感情や先入観が加わって、コンピューターなどの機会では分析し切れないものになる。』氏が仕事柄集まる「サロン」(学者・作家ら文化人らが集まり談話する場)について、人に説明するのにサロンそのものの「絵画的イメージ」を持たない人に理解してもらうには、一万言を費やしても難しいという経験がたびたびある。』
『ルネッサンス時代の学者フランシス・ベーコンが同様のことをイドラ(偶像)と呼んだ。そして、これが民衆に及ぼすイメージの感化力を最大限に利用したのが現代の独裁者たちだった。』

『市民や消費者の生活に浸透し、その深層心理に直接影響を及ぼしかねない「一人っ子広告」の垂れ流し状況は、一方向的に影響を与え、子ども一人の家族像を、われわれ日本人一般の心に定着させることになる。そしてそれは、固定観念となり、出産の動機や出産計画に影響を与えかねない。こうした観点からは、「子どもは一人が普通」という認識が無意識のうちに定着し、一人っ子用の商品が「予定販売」され、それをさらに「一人っ子広告」が煽って行く、という「少子化再生産」の循環に陥っているといっても言い過ぎではない。』

『広告の持つ、非言語的なメッセージの大きさについて考察する必要があるのではないか。「賑やかで、幸せで、明るい家族像」を広告が提示することによって、人々の家族像も豊かに膨らむだろう。そのイメージが、ひいては社会全体に、家庭で子どもを多く持とうという風潮、時代のエートス*の形成につながるのである。』と。
 
《*エートス:ギリシャ語の(Ethos) -- アリストテレス倫理学で、人間が行為の反復によって獲得する持続的な性格、習性。ある民族や社会集団にゆきわたっている道徳的な慣習、雰囲気をいう、とある。》

《以上のことを踏まえて松原氏は次のように提案する。「少子化の社会的影響が懸念される今日、政府・自治体・公共事業体・公共広告機構が率先して、今後、家族をモチーフに使う場合には、子ども数を少なくとも2人、乃至は3人以上にすること」と言う。‘ウチは菓子屋だから子どもは多い方がいい’と言いながら、母子2人の食事風景を平然と広告に使っている鈍感さを自覚して欲しい。たかが広告、されど広告である、と。》

《随分前のことになる。1960年代だったろうか、たしか、ミヤコ蝶々と南都雄二が司会した“夫婦善哉”という番組の前に流されたコマーシャルだ。勿論カラーではなかった。いきなり豊満な臀部かと見紛うアップで始まった。カメラは徐々にロングに引いていくと、農作業を終えた帰りだろうか、田舎道を夫の曵くリヤカーの上に乗った母子だ。その豊満な部位は女性(母親)の胸元で、揺れるリヤカーの上で、手拭いを被った母に抱かれて赤子が乳房に顔を埋めるようにして吸い付いている風景だった。カメラはしばらく後ろをついて写していた。この頃は、現在問題になっている少子化のことなど気にしないでもよい時代だった。家族団欒を彷佛させる素晴らしいショットだった。コマーシャルを見て、この家族には、写っている赤子だけが子どもだろうか、いわゆる一人っ子だろうか、などと考えることもなかった。そこには粗末な格好だけど、親子3人のほのぼのとした家族が写っていた。しかし、ここに弟(妹)を見守り、母の乗るリヤカーを押す兄か姉が加われば、その効果は百倍にも千倍にもなり得るだろう。確かに松原氏のいうように、されど広告である。》

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