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2007年3月 4日 (日)

継体天皇(大王:おおきみ)陵

継体天皇(男大迹王=をほどのおおきみ)を葬ったとされる古墳の発掘が続いていた大阪府高槻市の「今城塚古墳」(6世紀前半)で、謎となっていた埋葬施設の一部が発掘されている。これまで大王陵とされながら、古墳のどこに埋葬したのかが判明していなかった。同市教委の過去の調査で内堤から巫女や武人、大刀などの形象埴輪が元の位置のまま大量に出土しており、大王の葬送儀礼や古墳祭祀の解明の重要な資料と評価されていた。宮内庁*は今城塚古墳の西約1・5キロにある太田茶臼山古墳(同府茨木市太田)を継体陵に指定しているが、考古学上は5世紀中ごろの築造であるとされ、現在発掘中の今城塚古墳が真の継体陵とされている。

*宮内庁・・すべての天皇・皇后・太皇太后・皇太后の陵のほか皇太子・親王の墓を管理しており、ほかには分骨所・火葬塚・灰塚など陵に準ずるもの、髪・歯・爪などを納めた塔などの供養塔、被葬者の確定できないが皇族の墓所の可能性が考えられる陵墓などがあり、これらを総称して陵墓とよんでいる。
 宮内庁の管理下にある陵墓は1都2府30県に広く所在しており、歴代天皇陵が112、皇后陵など76で計188。皇族等の墓が552、準陵が42、髪歯爪塔など68、陵墓の可能性のあるもの46。総数では896となっている。
 これら陵墓は現在も皇室による祭祀が行われており、研究者といえども自由に立ち入って調査することができないことになっている。これに対して考古学界からの批判も強く、近年は地元自治体などとの合同調査を認めたり、修復のための調査に一部研究者の立ち入りを認めるケースも出てきている。

毎日新聞(3/2)から
今城塚古墳は類例のない石組みで、大王墓に相応しい大規模事業の一端を見せつけ、出自や即位の経緯に謎の多い「異色の天皇」の横顔を改めて浮き彫りにした。

《記事にある「異色の天皇」とは特にその出自にある。継体の前の天皇は第25代武烈天皇(5世紀末〜6世紀始め)。現在の皇太子に男児のいないことで世継ぎ問題が取りざたされているが、実は武烈の時代にももっと大きく天皇制存続の危機が起っていた。『記紀』の内容にはおぞましい武烈の行為が記録されている。「妊婦の腹を裂いて胎児を見たり、人の生爪を剥いで山芋を掘らせたり、樹に登らせた人を弓で射落として笑ったりした」などの残虐行為が描かれている。一方、武烈には後継ぎがなく、その崩御後、皇統断絶の危機が訪れる。

『日本書紀』ではこの問題を次のように記している。「大伴金村大連(おおとものかなむらおおむらじ)らは、まず仲哀天皇の5代の孫、倭彦王(やまとひこのおおきみ)を軍兵を引き連れて迎えにいったが、彼は兵たちを見ると恐ろしくなり逃げ出して行方不明になる。次に応神天皇のこれまた5代の孫、近江にいた男大迹王に当りをつける、すなわち継体になる男だった。疑心暗鬼で向かえた継体は、疑いを捨て切れず、即位しようとはしなかった。そこで密使に大連らの真意を伝えさせ、ようやく樟葉宮(くすのはのみや)で即位(507年とされる)した。

しかし、その後もただちに大和に入ろうとせず、筒城宮(つつきのみや)、弟国宮(おとくにのみや)と遷都しながら盤余玉穂宮(いわれたまほのみや)を経て大和に入るまでに20年も懸かっている。これには抵抗勢力との争いがあったためとも見られ、じつは王族との血縁など持たない地方豪族であった継体が、王権を奪い取ったのであり、応神5代の孫というのは継体の系譜にある天武天皇が『記紀』の編纂に当って書き加えさせたに過ぎないとも見られるのだ。しかも、この5代の中間の系譜については『日本書紀』『記紀』ともに全く記されてはいない。いずれにしても、応神天皇の5代孫という赤の他人に等しい傍系の即位は、前代未聞の出来事であったであろう。》

今回の古墳の発掘で、埋葬施設が斬新な横穴式石室で、墳丘のスタイルが伝統的な三段築成であることを明らかにしたことは、日本の古代王権が連続していたのか、断絶があったのかを巡る論議にも影響が出そうだ。戦前の皇国史観では天皇は万世一系とされていたが、敗戦による開かれた歴史観で「古事記」や「日本書紀」を批判的に読むことで古代には血統を異にする三つの王朝が入れ替わって成立したという王朝交替説が生まれた。

今城塚古墳の三段築成が、実在した最初の天皇とされる崇神からが古王朝(三輪王朝、イリ王朝)、応神からが中王朝(河内王朝、ワケ王朝)、継体からが新王朝と呼ばれ、それぞれ、考古学の時期区分である古墳時代の前期(4世紀)、中期(5世紀)、後期(6世紀)にほぼ重なっている。今城塚については、真の継体陵とすることには学界に異論はないようだ。今後の王権の連続性についての議論に影響を与えることになるのは必至のようだ。

参照「紀子さん懐妊」06/02/09

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コメント

緊急アピール!今城塚古墳の現状がむちゃくちゃな行政手法の強行工事により経年価値が破壊されていっています。内堤なんか見るも無残です。「偏愛高槻市」で検索してみて下さい。今の現状の真実が市民目線で投稿されています。今城塚古墳を愛する一人でも多くの人に現状知らせたい。

投稿: 今城塚古墳が大変 | 2009年8月10日 (月) 17時06分

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心ないマスコミの報道が、かなりのストレスになっているようです。お早い回復をお祈りします。 [続きを読む]

受信: 2007年3月 6日 (火) 23時19分

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そういわれれば最近あまり見なかったですね。ガンだったそうです・・・ご冥福をお祈りします。 [続きを読む]

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