« 熟年離婚 | トップページ | さくら 咲く »

2007年3月30日 (金)

遂に LIFE までも

毎日新聞(3/27)から
ショックだった。まさか、と目を疑った。米メディア大手タイム社の主要写真誌「LIFE」が4月20日号を最後に廃刊になる。今回の廃刊に至るまでにも幾度か経営危機があった。テレビ普及の影響から72年に1度休刊。78年に復活して00年まで発行したあと、04年10月から週間の新聞折り込みに姿を変えて続けていたが。広告収入の減少が主因となり、経営に行き詰まった。

同誌は週間写真誌として1936年に創刊された。第二次世界大戦の連合軍によるノルマンディー上陸作戦を取材したロバート・キャパや土門拳の作品などを紹介している。ほかにも日本関連のものでは昭和天皇や故・吉田茂の葉巻きをくゆらせたポートレートもあった。今後はオンライン版での「再生」を目指すことになる。

私が「ライフ」を知ったのは敗戦間もない頃だ、学校の帰りには必ず家までの途中に2軒ある書店を訪ねていた。当時、戦争一色から一変して、世の中に溢れていたエログロ・ナンセンスの類いのけばけばしい表紙の雑誌にもこわごわ目が行く年頃でもあった。そして出会ったのが下のミケランジェロがシスティナ礼拝堂に描いたフレスコ画だ。神と人類の歴史を描いた天才の画業にただ驚嘆するだけであった。中学生の頃、絵の教師から“芸大の受験生で、一番下手なレベルだ”と言われ、目を掛けてもらっていた。なら受験まで後5、6年あるから大丈夫、とデッサンに励んだが、上には上がいた。絵を描くことを捨ててから身の回りの物は全て処分したが、このミケランジェロと翌年(1951.12.17号)出版されたティントレットの「聖家族」の特集号の2冊は書棚のいつでも手が届く位置に並んでいる。

Sun_and_moon天地創造(表紙)
 1950年 1月 2日号

Adam_4





     アダムの創造

Tennjo_1
 






      天井画(幅約13 X 長さ約40メートル)

 文豪ゲーテは、システィナ礼拝堂を訪ねたおり、「この絵を見ないでは、人は何をなし得るかを知ることはできない」としたためた。今から57年も前の出版物の上、決して印刷技術も上等なものではない。ただ、掲載されている20ページを超えるミケランジェロの筆の跡は、約500年の時を経過し、煤やゴミにまみれていても、圧倒的な迫力で見るものに迫ってくる。(1981年から13年間、修復され、現在はミケランジェロが描いた当時の状態に復元され、鮮やかな色彩で見ることができる。)

現地に立って見上げても、アダムの創造図のように、神の手からまさに命を吹き込もうとするアダムの指先の、微妙な交感の息詰まるような緊迫感は掴みにくい。美しく復元されてから二度その場に立ったが(最初は観光客の目も気にせず床に寝た)ライフの写真ほどの緊張感では見られなかった。彼ミケランジェロは天井画だけではない。祭壇のある壁には高さ約20メートル幅約13メートルに描かれた最後の審判がある。じっと見つめていると、いつの間にか周りの騒音は消えて静かな全く音のない空間に佇んでいる自分に気がつく。私自身はカトリック信者でも、信仰心の篤い人間でもないのに、余りにもミケランジェロに心酔しているせいだろうか。ロンダニーニのピエタの前に立った時もそうだった。

ライフ誌が消えるのは寂しいが、バチカンに、これからも行く機会があれば、是非あの音のない空間をもう1度味わいたい。

|

« 熟年離婚 | トップページ | さくら 咲く »

コメント

久方ぶりです。ペケコです。(´v`)

本文とは脱線してしまいますので、余計でしたらこのコメントは削除して下さって結構です。
わたくしは残念ながら芸術的なセンスは一欠けらもないですが、絵画や彫刻、建築物を見るのは大好きです。
こうべいさんは、ミケランジェロがお好きなようですが、わたくしはどちらかというと、女性的で繊細な画風のラファエロが好きです。
ミケランジェロと共にルネサンス期の三大巨匠の1人ですが、2人は彫刻と絵画どちらが芸術的価値が高いか、などと争ったほどライバル同士だったようですね。
どちらの芸術的価値が高いかはわかりませんが、芸術家としての技量は、ミケランジェロの方が抜きん出て高かったことはど素人でもわかりますね。(笑)

わたくしがミケランジェロの作品で衝撃を受けたのは、サン・ピエトロ大聖堂のピエタです。
あれは本当に彫刻なのか。。。?
美しいとか、感動したとか、そんな言葉よりも、あれが、魂を持たない冷たく堅い大理石であることが信じられなかったです。
芸術作品を見て、鳥肌が立つような、今まで自分が信じていた価値観を全て覆されるような、そんな衝撃を受ける芸術家は、後にも先にも彼しかいないでしょうね。

投稿: X子 | 2007年3月31日 (土) 06時55分

ペケコさん、お久しぶりです。
早朝からキーを叩いていただいて恐縮です。私めは今朝はまだ布団の中でした。(年寄りは朝が早い、というのはどうやら私には当てはまらないようです。放って置けば目を覚ますのを忘れるかも知れません。)

1976年、最初のヴァチカン宮殿でのピエタとの出会いの時はまだ、防弾硝子の奥ではありませんでした。狂信的なハンガリーの若者にハンマーで叩かれたために、現在のように、ルーブルのモナリザ(こちらは盗難さわぎですが)と同じ運命に逢う羽目になりました。

カトリック2000年記に向けての改修工事中は、内部の撮影も自由にできて、ラファエロの「アテネの学堂」は好きなだけストロボを焚いて撮りまくりました。勿論好きな天才の一人です。

ペケコさん、ドリコム・ブログの軽妙洒脱な文章、読む人を飽きさせませんね。ずっと続けて下さいね。私には最近の音楽はファルセットの安売りで、気味悪いだけなんですが、特に男性の女性と間違えるような声音には肌寒さを覚えます。私にはビートルズでさえ、げてものに聞こえた程です。

そうそう、snookの方に書いていらっしゃる鼻毛のこと、ネタついでですが、つい先日、地下鉄の車輛内で、堂々と手鏡で鼻毛抜きにいそしむ女性に出くわしました。飲み物、食い物、化粧などはもう時代遅れのようです。次はひょっとすると、脇毛抜きになるかも知れないですね。

それと、余計なことでしょうか、女性に対してでれでれするような男に、「鼻毛を伸ばして・・」と書かれてありますが、私たちの時代は、「鼻の下を伸ばして」と表現したものです。如何にも阿呆づらですね。

今のわたしがちょうど、久しぶりのコメントが嬉しくて、鼻の下が伸びたようです。

投稿: 小言こうべい | 2007年3月31日 (土) 14時00分

お後がよろしいようで。。。と思わず声に出してしまったペケコです。(´v`)
またまたこんばんは。

すいません、うちのくだらないブログをいろいろと読んでいただいたようで。。。しかもそのくだらない内容についてコメントを捻り出すのも一苦労であったであろうと想像すると、こちらの方が恐縮の極みです。(汗)
敢えて言わせていただきますが、お気遣いは無用ですので。
やはり、こうべいさんとわたくしの知的レベルは雲泥の差であり、低い次元でのたくっているわたくしの記事については、もう無視で結構です。(笑)

また遊びに来ます。

投稿: X子 | 2007年4月 2日 (月) 01時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107998/14450855

この記事へのトラックバック一覧です: 遂に LIFE までも:

« 熟年離婚 | トップページ | さくら 咲く »