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2007年3月31日 (土)

さくら 咲く

まだまだ先かと思っていた矢先、満開の情報で正午過ぎに自宅近くの川辺に足を向けてみた。思いきり強い風に吹かれたが、まだ落ちる花びらもなく、日中で人込みが少なくて酒の臭いや、イカを焼く焦げる嫌な匂いも漂う時間ではなかった。近所の若いお母さんと乳母車の乳飲み子の親子のスナップに協力して上げたり、遡上してくる鯉の群れを(産卵期で40〜50センチのものが数知れず)追いながら両岸を往復した。

Sakura2SakuraSakura1






対岸からの眺めは最悪だ、全く持って不粋極まる青テントに俄商売の出店が並ぶ。まあ、上野にしろ桜を眺めるのは子どもはいざ知らず、酒飲みの口実だ。こちらも昔はこんなでもなかったが、人口の増加とともに(7万から30万を超す)この時期酒飲みの集合場所に成り果てた。もう20年ほど前からしらふの人間には近寄れない酒のみ天国の場になってしまった。

さくらと言えば、日本の桜開花宣言の標準木、靖国のさくらが思い浮かぶ。この時期、小泉の靖国参拝で世間を賑わせた戦犯の、合祀、分祀問題がまたもや持ち上がってきた。この問題の経緯がどうあれ、戦犯が祀られていること自体が戦死した人たちに対する冒涜だろう。「死にに行け」と命じた人間と、命じられて死んだ人とが同格で住まうところであってはならない。今さらだが昭和天皇に関するメモ(富田メモ)が発見された昨年、その存在の信憑性を疑う論評を述べる人間もいたが、天皇の合祀への不快感は明瞭にうかがわれた。今回発表された国立国会図書館が公表した資料には、戦争放棄をした平和憲法を喜ぶ国民を逆なですることになる戦犯合祀はあくまでもこっそりと、密かに行う必要があったことの経過を明るみにだしたと言える。合祀に否定的であった皇族出身(明治天皇の孫)の前宮司・筑波藤麿の後を継いだ松平永芳宮司が、合祀に踏み切ることになる。政府は積極的に合祀の意向を靖国神社側に働きかけていったことを裏付けるものだ。この辺りのことについてはブログでも触れた。(参照:「分祀でなく、出てもらえばよい」06/08/04

私の主張は変らない、戦犯は早く靖国から追い出し、各人の先祖たちの眠る墓で休ませるが良い。国が係わっていたこともはっきりした。政教分離を口では称えておきながら、裏取引をしていたことは、歴史を多少とも齧っておれば察しはつくことだった。戦犯たち、軍人恩給がつくだけでもよしとするが良い。
 一刻も早く国に殉じて散った英霊たちが、心休める家となる靖国にしなければいけない。


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2007年3月30日 (金)

遂に LIFE までも

毎日新聞(3/27)から
ショックだった。まさか、と目を疑った。米メディア大手タイム社の主要写真誌「LIFE」が4月20日号を最後に廃刊になる。今回の廃刊に至るまでにも幾度か経営危機があった。テレビ普及の影響から72年に1度休刊。78年に復活して00年まで発行したあと、04年10月から週間の新聞折り込みに姿を変えて続けていたが。広告収入の減少が主因となり、経営に行き詰まった。

同誌は週間写真誌として1936年に創刊された。第二次世界大戦の連合軍によるノルマンディー上陸作戦を取材したロバート・キャパや土門拳の作品などを紹介している。ほかにも日本関連のものでは昭和天皇や故・吉田茂の葉巻きをくゆらせたポートレートもあった。今後はオンライン版での「再生」を目指すことになる。

私が「ライフ」を知ったのは敗戦間もない頃だ、学校の帰りには必ず家までの途中に2軒ある書店を訪ねていた。当時、戦争一色から一変して、世の中に溢れていたエログロ・ナンセンスの類いのけばけばしい表紙の雑誌にもこわごわ目が行く年頃でもあった。そして出会ったのが下のミケランジェロがシスティナ礼拝堂に描いたフレスコ画だ。神と人類の歴史を描いた天才の画業にただ驚嘆するだけであった。中学生の頃、絵の教師から“芸大の受験生で、一番下手なレベルだ”と言われ、目を掛けてもらっていた。なら受験まで後5、6年あるから大丈夫、とデッサンに励んだが、上には上がいた。絵を描くことを捨ててから身の回りの物は全て処分したが、このミケランジェロと翌年(1951.12.17号)出版されたティントレットの「聖家族」の特集号の2冊は書棚のいつでも手が届く位置に並んでいる。

Sun_and_moon天地創造(表紙)
 1950年 1月 2日号

Adam_4





     アダムの創造

Tennjo_1
 






      天井画(幅約13 X 長さ約40メートル)

 文豪ゲーテは、システィナ礼拝堂を訪ねたおり、「この絵を見ないでは、人は何をなし得るかを知ることはできない」としたためた。今から57年も前の出版物の上、決して印刷技術も上等なものではない。ただ、掲載されている20ページを超えるミケランジェロの筆の跡は、約500年の時を経過し、煤やゴミにまみれていても、圧倒的な迫力で見るものに迫ってくる。(1981年から13年間、修復され、現在はミケランジェロが描いた当時の状態に復元され、鮮やかな色彩で見ることができる。)

現地に立って見上げても、アダムの創造図のように、神の手からまさに命を吹き込もうとするアダムの指先の、微妙な交感の息詰まるような緊迫感は掴みにくい。美しく復元されてから二度その場に立ったが(最初は観光客の目も気にせず床に寝た)ライフの写真ほどの緊張感では見られなかった。彼ミケランジェロは天井画だけではない。祭壇のある壁には高さ約20メートル幅約13メートルに描かれた最後の審判がある。じっと見つめていると、いつの間にか周りの騒音は消えて静かな全く音のない空間に佇んでいる自分に気がつく。私自身はカトリック信者でも、信仰心の篤い人間でもないのに、余りにもミケランジェロに心酔しているせいだろうか。ロンダニーニのピエタの前に立った時もそうだった。

ライフ誌が消えるのは寂しいが、バチカンに、これからも行く機会があれば、是非あの音のない空間をもう1度味わいたい。

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2007年3月28日 (水)

熟年離婚

あと5日(昨日書き始めたので今日から言うとあと4日)で離婚時の年金(会社員の厚生年金や公務員の共済年金)を分割できる制度がスタートする。社会保険庁は昨年10月から、離婚を考える50歳以上の人を対象に、分割して受け取れる金額の目安を伝えるサービスを始めていた。

折しも団塊世代の定年退職が今年いよいよ本格化する。増え続けていた離婚件数が、2004年〜05年はその件数が大きく減少したが、これには離婚を考えていた妻が、制度のスタートする2007年4月まで控え、定年退職を迎える夫が退職金を手にするまで離婚を控えていたことも影響していたと見られている。離婚の話は妻の側から出ることが多く、夫は「年金を減らされる側」になることが多い。

これから定年退職を現実の問題として迎えることになる男性としては、「ひょっとして」の戦々兢々でその日を迎えようとしているものもいるかも知れない。3月23日の毎日新聞に「熟年離婚ちょっと待った」と、エッセイストの小川有里さん(60)が離婚しなくても、と記者との対談で、彼女なりに秘訣を開陳している。ちょっと耳を傾けてみよう。

彼女の近著に「定年オヤジのしつけ方」(講談社)がある。彼女自身が「理想の夫育て」に成功した裏話を盛り込んだものらしく、刺激的なタイトルに惹かれて購入した女性も多くいたらしく、発売一ヵ月ですでに1万部が売れ、増刷もしている。彼女の6歳上の旦那さんの定年を切っ掛けに過ごした数年間の夫とのきしみを参考に書いたものだ。最初の数年間は、彼女は夫に嫌みを言い、夫は黙り込むといった“冷戦状態”が続いた。仕事に追われる彼女は家でごろごろしている夫が、目障りで仕方なかったという。お互いにストレスが溜まって行くのがわかった。その生活の中から流石、エッセイストらしく彼女は夫の「しつけ方」を綴った。

まず、仕事で家にいることのなかった夫の昼食を準備すること(専業主婦は概ねこうなる)で彼女は余計な家事が増えた。これまで全く料理をして来なかった夫に湯の湧かし方、包丁の使い方、電子レンジの使い方を教えて行った。出来るものでよい、インスタントであっても構わない、彼女の負担は少しでも和らぐことにつながったのだ。さらに、料理ができなくても、スーパーやコンビニで口にするものを調達することを覚えてもらう。何を、どこで、どのように調達することができるかも知らない男性もいるからだという。調達能力さえあれば万が一、妻が倒れても困らないだろう。「妻が何もかも世話をやいていると、いざというとき。困るのは夫の方」と言う。

退職しても妻の生活は何も変らず、夫だけが好きに過ごしていては不満が出る。少しでも分担してくれれば妻は楽になるし、分担してくれる夫への労いの言葉も出る。食事の後片付けでもいい、雑巾がけでも、庭掃除でも良い、夫に何かしらの役割を持たせることだ、と彼女はいう。そして、ここで彼女の“秘訣”が出てくる。それは『笑顔と感謝の言葉』だ。家事をさせる秘訣は「これやってくれると助かるんだけど」と優しい口調と笑顔で接し、すぐにうまくいかなくても根気よく言い続けること、「これくらいやって当然」と思っても「助かったわ、ありがとう」と感謝の気持ちを言葉にすることを忘れずに、と仰る。

彼女の経験上から「なんで何もしないの?」「これくらいやってよ!」といった命令調や嫌みは逆効果だ。また、あれこれいっぺんに効果を求めず、2年、3年かけて徐々に「理想の夫」に近づけることが大切だ、と。夫の現役時代は、早朝家を出て夜遅く帰宅し、夫婦の会話がなくてもさほど支障はなかったかも知れない。しかし、定年後は打って変り、一緒の時間が長くなる。「これまでまともに向き合って来なかった夫婦も、定年前後こそ、夫婦仲を修復したり、関係を再構築する絶好のチャンスではないだろうか。『これから二人でこんなふうに暮らしたい』と妻から切り出してみては」との提案だ。

他にも彼女が挙げる幾つかの夫育ての箇条書きがある。
 ♦夫専用の部屋を用意し、1日中居間で夫婦べったりの生活をしない
 ♦突然の変調には気を配らなければならないが、快適な睡眠には夫婦別寝
 ♦妻について廻るのではなく、一人で外出できるようにする
 ♦夫婦別々の趣味を持つことで会話が広がる
 ♦時には連れ立ってデート、散歩する
 ♦褒め言葉を惜しまない
 ♦夫の地域デビューを応援する
 ♦干渉は控えめに などが、夫操縦の極意のお勧めになるようだ。

《この程度で家庭円満が保たれるようならば何も心配はないだろう。心配なのは、4日後の年金分割の施行される日を手ぐすね引いて待っている女性たちだ。人によっては離婚後の計画まできっちりと立てて、次の男となる相手探しまで相談所に相談を持ちかけている女性もいるようだ。住宅ローンを引き継いで、住宅を自分名義にする代わりに、慰謝料はなし、子どもはすでに自分の側に抱き込んであり、養育費をがっちりと取る、弁護士への謝礼や、結婚相談サービス料まで試算済みだ。現在の夫との別離は別の男との愛の巣を見つけるための過程でしかない。現在の風潮は、女性が申し立てればマスコミは挙って男を悪者に仕立ててくれて、離婚は簡単に成立する勢いだ。

熟年離婚の原因・背景は性格の不一致、異性関係、暴力、浪費、家庭を顧みないなどが挙げられているが、これはどの世代でも例外なく挙げられる要因だ。性格の不一致とは何十年も連れ添ってきて、何を今さらのことだろう。私たちの世代では、お見合い結婚がごくごく一般的な形態であった。家と家との結びつきから、家の面汚し、親不孝、などのしがらみから、性格の不一致や暴力などがあっても、現在のように簡単に離婚はできなかった。一方、現在の家庭のありようからは、好きになったから一緒になる、飽きたから別れる以上の理屈は必要ないもののようだ。しかし、縁あって一つ屋根の下で暮らしてきた夫婦だ、ここは一つ小川女史の声に耳を澄まし、これまで日本の経済復興を支えてきた夫だ、じっくりと向き合って話し合いを始めてみるのも良いかもしれない。》

参照「団塊会社員と退職金」06/04/09

 

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2007年3月26日 (月)

未成年者の飲酒、喫煙は時代によって許される?

テレビをつけた途端に聞こえてきた。加護亜依が喫煙云々、ホテルへ云々。謹慎中の行為であるらしい。年齢19歳を取り上げて、芸能レポーターという最低の職業で食っている人間が、女性をこき下ろしている。かの女のことは聞いたこともないし、見ても分からない。しかし、もう19歳といえば法律上では未成年だが、やってることは大人と変らないだろう。14歳で母になる女性も話題になる日本だ。19歳にもなっていれば、タバコにセックスぐらいおかしくないのが今の日本だ。

毎日新聞(3/19)から
現、文部科学大臣・伊吹文明が未成年時代のことを書いている。タバコも酒もやったことを広言して憚らないのだ。加護よ、19歳でタバコぐらい、どうってことはない、安心しろ。彼の家庭は江戸時代から続く繊維問屋。「父は厳格で、母は教育ママ」だったと言う。小学校時代は地域社会がしっかりしていたから、「いじめなんてありませんでした。」「父には、言いつけに従わないとかでよく殴られました。」

《大臣様の言葉遣いは変だ。言いつけに従わないとかで・・・」の「とか」は他の何を言うのか。言いつけに従わなかったほかに、「口答えした」とか、「反抗した」とか、なら「とか」は使用できるが、言いつけに従わなかっただけでは「とか」は使用しない。「いいつけに従わないと、(或いは「従わない時は」よく殴られました」でよい。義務教育が終わったら、殴られなくなったのを良いことに、高3(17、8歳)のころは酒を飲んだり、タバコを吸っていた。友人のお寺で庭を眺めながらビールを飲み、深夜1時頃の帰宅にも親からは何も言われなかったと、書いている。ただ、父には「公に尽くす心を持て」「妙な金儲けをしていかん」と言われました。と仰(おっしゃ)るが、大臣の周りには、使途不明という殆ど公金横領か脱税とおぼしきことを、平気でやるお人たちがごろごろといらっしゃる、折角のお父上の教えだ、そんな輩どもは切り捨てて欲しいものだ、と思う。》

「今の自分があるのは、親のしつけが一番大きいかなあ。古今東西の本を飼ってきてくれて、読書癖もついた。僕は親に恵まれていたが、恵まれているからきちんと育つわけでもない。大きな分限を持っていてもあんまり役割を果たさない人より、小さな分限でも一生懸命頑張る人の方が人間として値打ちがある。おのおのの分限の中で、子どもにできるだけよくしてあげることが大切だと思います。」

「今の学校には、かつて家庭や地域社会がやっていたことがほとんど機能しないまま、いろんなことが集中しています。先生は忙しすぎて気の毒ですよ。(中略)卒業すると、先生の家を訪ねて、一緒に酒を飲んだりね。」

《この「だり」も補えば「歌ったり」「騒いだり」が言いたいのだろう。》

「本当は飲んじゃいけないんだけど、そういう時代でした。先生との人間の触れ合いがとてもあったと思います。今は忙しすぎてできないんでしょうね。」

《酒を飲んだことを、喫煙したことを「そういう時代」で現・文部科学大臣さまが誤魔化し、言い訳する。未成年が飲酒することはどんな時代でも禁じられているはずだが、時代によっては酒、タバコを未成年者が嗜むことが許されているのか。いけないけれど、いいんだね。だったら、冒頭の可哀そうな女性タレント、遠慮せずにタバコぐらい吸えば良い。「生まれた子には罪はない」と変なヒューマニズムを叫び、親の無責任な行動が帳消しされ、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子、という民法が変えられそうだし、同じく産み落とした乳飲み子を捨てることまで安っぽいヒューマニズムで、法制化されるかも知れない雲行きだ。日本は今、女性への過剰な同情が判断の物差になっている。女の子に限らない、未成年者よ、大勢で声を揃えて飲酒、喫煙を叫べば、そのうち年齢引き下げをしてくれるかもしれないよ。》

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2007年3月25日 (日)

行列はごめんだ、 ほか

♦創業46年目というから、私が東京へ出て来たあとに店を開いたことになる。つけ麺発祥の店として知られる東京・東池袋の「大勝軒」が、20日にのれんを下ろした。再開発による立ち退きで半世紀近い歴史にピリオドを打つ。古くから「おやじ」と慕われた店長、山岸一雄さん(72)の人柄と味に魅せられた馴染みの客が、店じまいの噂を聞いて、連日100メートル近い行列を作った、という。

会社勤めをしていた頃からそうだが、昼休みになると、近所の(青山界隈)には必ずといってもよいほど行列ができる食事どころや、小さな喫茶店があった。私はねっから行列が嫌いだ。どんなに味は劣っても、行列しないで食べられる店を探した。サラリーマンにとって一時間の短い昼休みに、行列に費やす無駄な時間を惜しんだからだ。近くには結婚式場があるため誰でも入れる青学の食堂があった。結婚式の客で溢れることもあったが、行列を作って無駄な時間を費やすことはなかった。ほかにもラーメン、和食、洋食、うどんなど、数分歩けば必ず何処かに並ばないで腹を満たす店はあった。並ばなければ食べられないなら、食べない方がよかった。一度の昼飯を抜くことぐらいは平気だった。昼だけではない、休日でも外食する時は必ず行列は避けた。

これほど並ぶことの嫌いな私だが、この歳になるまでの間に一度だけ、3時間、4時間、いや、それ以上の時間を並んだことがあった。社員5、6人で並んだが、耐えられずに女性社員の一人は途中で貧血を起して倒れた。1964(昭和39)年、上野の美術館脇に臨時の展示館を準備し、そこにルーブル美術館が門外不出の彫像、ヴィーナスを展示した。敗戦によって西洋史を学ぶことになり、激しいカルチャーショックを受け、古代ギリシャを知る機会を得た。絵を選んで学び始め、エーゲ海のミロ島生まれのヴィーナスを知り、以来彼女の頭部は何度もデッサンしていた。石膏の頭部も自費で購入し、自宅でも描き続けていた(東京へ出る時、母校へ置いてきた)。大人になってギリシャの地を踏む夢を抱いて成長した。体は確かに大きくはなったが、目指した画家には成れずにサラリーマンの道に入った。サモトラケ島の海底から上がったニケもルーブルにはあることを知った。いずれ見に行くことを心に誓った。

そのヴィーナスが日本にやって来た。何をさて置いても見なければ悔やまれる。いずれルーブルに会いに行くことを誓っていても、夢で終わる公算も大きい。東京会場は4月8日〜5月15日。何度も引っ越しを重ね、入場券を紛失し、出かけた日にちが定かではないが、休日が取れるような会社でなかったから日曜か、祭日だった。晴天の中長蛇の列が延びていた。

Venus 写真最上部の円筒形の建物が展示館。
 延々と延びる行列が終わりの見えないほど続いている。
 東京会場には開館中、83万2382名が、続いて京都会場(5月21日〜6月25日)には89万1094名が訪れた。

朝日新聞社刊 LA VENUS DE MILO より、(4月29日撮影)

気分が悪くなるのは女性だけではない。のろのろとは進むが、あちらに廻り、こちらに折れ、肝心の建物にはなかなか近付けない。堪え難い時間が経過してやっと展示館に入ることができたが、大混雑の館内に辟易するだけだった。係員が声をからして人ごみを導くが鮨詰めの解消には程遠い。しかも見る物はただ一点だけ、ぐるりと自分の足の長さ分だけよちよち歩いて心太(ところてん)式に出口に押し出される。疲れ果てて何の感動もない。案内して連れ立った仲間を悪い目に合わせたような心苦しい思いをして帰途についた。「いいや、どうせ、何時か会いに行ってやる」と、この時決心した。

このあと会社の命で海外へ行く機会に恵まれ、1976年に思いは届いてゆっくりと見ることが出来、その後、引退後に妻を連れて2度会うことが出来た。フランスのルーブルにあるが、彼女はギリシャ出身、またルーブルのもう一つの白眉、サモトラケのニケもギリシャ出身だ。

世の中には行列好きは多い。大売り出し、大安売り、開店祝い、開幕戦、デパートの福袋、並んでも何の益もなさそうな宝籤発売日、贔屓チームの戦い、海外ブランドの日本進出開店、そして、うまいと評判の食い物屋、などなど、ああいやだ、中の一人にはなりたくない。

♦初めて知ったこと。
パソコンを初められた東京都にお住まいの73歳の女性の投書から。「パソコンを始めて一番先にやることは、自分の名を検索することと書いてあった記事を思いだした」とある。彼女は早速試してみたらしい。名もなき自分が検索できるとは、ゆめ思わなかったと。しかし、自分の名を検索して驚かれたらしい。映画の試写会に応募したり、新聞記事に感動して投書したところ、採用されて掲載されたことがあったことかららしい。「私の名前が出て仰天した」と書かれている。

不肖、私の与り知らないことだった。彼女の記事を目にしてからも結構日が経つが、自分を検索などしようとは思わないし、誰がいつごろそんな話を何のためにしたのか理解に苦しむ。ただひたすらにパソコンに興味を持たせるためだけの策なのか、他に何か意味のあることなのか、何故一番先にやることなのか、私にはどうでもいいことのように思えるのだが。私が最初にやったのは、ゲームであった。まだパソコンが一般的でなく、Windowsも存在しなかった頃だった。会社でゲームを自分でプログラミングして、少しずつ馴れて行った。社員が上の人間が仕事中にゲームで遊んでいる、と告げ口に走る時代だった。世の中まだ真空管の全盛時代であった。いけない、回顧趣味人間にはならないでおこう。

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2007年3月24日 (土)

少子化と「一人っ子広告」

1月の新聞をひっくり返して眺めていたら、面白い発言が目についた。正月の雰囲気も醒めやらない14日(日曜版)に掲載された風俗研究家のケーシー松原氏のものだ。

《総務省は3月22日、昨年10月1日現在の推計人口を発表したが、それによると、日本の総人口は1億2777万人で、外国人の入国が増えたため、前年同月比2000人の増となった。日本人(1億2615万4000人)は5万1000人減少し、戦後初めて死亡者数が出生数を6000人上回る「自然減」となった。日本人の人口減は2年連続となった。出生児数は3000人増の107万8000人と、8年ぶりに増加に転じたが、死亡者数も1948(昭和24)年の調査開始以来最多の108万4000人となった。》

松原氏の説はこうだ。(大意)
『わが国の少子化問題は政府・自治体の諸施策にもかかわらず、05年の合計特殊出生率1・26と、年々下がり続けて歯止めが掛からない。少子化問題にはさまざまな切り口があるが、私のように風俗を研究しているものからすると、見過ごされている問題がある。その一つが「一人っ子広告」というものである。』
『これは、企業等が新聞・テレビ・チラシ・ポスターなどビジュアルな形で行う広告において、そのモチーフとして家族を取り上げる場合に、両親と、子どもを一人しか載せない広告を指す。今、問題にすべきは、日本ではこの「一人っ子広告」が氾濫しているのに、何も顧みられていないことである。』と今までにない面からの切り口で問題提起、提案をされている。

《氏はしばらくフランスに滞在されていた頃の、街の風景や風俗を書く。各地で行われるフェット(祭り)で配るパンフレットを含め、子ども一人の広告は殆ど見かけたことがなかった、と覚えている。フランス人の知人は、日本の広告は一人っ子政策をやっていた中国の広告みたいだと言った、という。氏が知る限り日本と同じように少子化が社会問題になっている先進国において日本だけに顕著な現象だという。》

氏は続ける、『人がものを考え、意見を持ち、判断を下す場合に、全てを記号や文字の組み合わせで行っているわけではない。論理学でいう「表象」、平たくいえば、「イメージ」の世界が存在する。これに、個人的な好悪の感情や先入観が加わって、コンピューターなどの機会では分析し切れないものになる。』氏が仕事柄集まる「サロン」(学者・作家ら文化人らが集まり談話する場)について、人に説明するのにサロンそのものの「絵画的イメージ」を持たない人に理解してもらうには、一万言を費やしても難しいという経験がたびたびある。』
『ルネッサンス時代の学者フランシス・ベーコンが同様のことをイドラ(偶像)と呼んだ。そして、これが民衆に及ぼすイメージの感化力を最大限に利用したのが現代の独裁者たちだった。』

『市民や消費者の生活に浸透し、その深層心理に直接影響を及ぼしかねない「一人っ子広告」の垂れ流し状況は、一方向的に影響を与え、子ども一人の家族像を、われわれ日本人一般の心に定着させることになる。そしてそれは、固定観念となり、出産の動機や出産計画に影響を与えかねない。こうした観点からは、「子どもは一人が普通」という認識が無意識のうちに定着し、一人っ子用の商品が「予定販売」され、それをさらに「一人っ子広告」が煽って行く、という「少子化再生産」の循環に陥っているといっても言い過ぎではない。』

『広告の持つ、非言語的なメッセージの大きさについて考察する必要があるのではないか。「賑やかで、幸せで、明るい家族像」を広告が提示することによって、人々の家族像も豊かに膨らむだろう。そのイメージが、ひいては社会全体に、家庭で子どもを多く持とうという風潮、時代のエートス*の形成につながるのである。』と。
 
《*エートス:ギリシャ語の(Ethos) -- アリストテレス倫理学で、人間が行為の反復によって獲得する持続的な性格、習性。ある民族や社会集団にゆきわたっている道徳的な慣習、雰囲気をいう、とある。》

《以上のことを踏まえて松原氏は次のように提案する。「少子化の社会的影響が懸念される今日、政府・自治体・公共事業体・公共広告機構が率先して、今後、家族をモチーフに使う場合には、子ども数を少なくとも2人、乃至は3人以上にすること」と言う。‘ウチは菓子屋だから子どもは多い方がいい’と言いながら、母子2人の食事風景を平然と広告に使っている鈍感さを自覚して欲しい。たかが広告、されど広告である、と。》

《随分前のことになる。1960年代だったろうか、たしか、ミヤコ蝶々と南都雄二が司会した“夫婦善哉”という番組の前に流されたコマーシャルだ。勿論カラーではなかった。いきなり豊満な臀部かと見紛うアップで始まった。カメラは徐々にロングに引いていくと、農作業を終えた帰りだろうか、田舎道を夫の曵くリヤカーの上に乗った母子だ。その豊満な部位は女性(母親)の胸元で、揺れるリヤカーの上で、手拭いを被った母に抱かれて赤子が乳房に顔を埋めるようにして吸い付いている風景だった。カメラはしばらく後ろをついて写していた。この頃は、現在問題になっている少子化のことなど気にしないでもよい時代だった。家族団欒を彷佛させる素晴らしいショットだった。コマーシャルを見て、この家族には、写っている赤子だけが子どもだろうか、いわゆる一人っ子だろうか、などと考えることもなかった。そこには粗末な格好だけど、親子3人のほのぼのとした家族が写っていた。しかし、ここに弟(妹)を見守り、母の乗るリヤカーを押す兄か姉が加われば、その効果は百倍にも千倍にもなり得るだろう。確かに松原氏のいうように、されど広告である。》

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2007年3月23日 (金)

主要100社新卒採用 選考で重視するポイント

毎日新聞(3/22)から
同紙が行った主要100社の採用計画調査で、各企業の積極的な新卒採用の動きは来春も続く見通しが浮き彫りになったようだ。国内外の生産拡大に備えて人材の確保を目指すメーカーや、営業力の強化を図る大手銀行などが大量採用方針を打ち出した今春の高水準の採用計画を引き続き維持するようだ。

08年春に採用増を示した36社のうち、シャープ、川崎重工業、東洋紡、セブンーイレブン・ジャパン、伊藤忠商事など13社が「自社の業績向上が見込めるため」と説明。ビール事業が好調なサントリー、経営統合後のリストラを進める一方で海外事業が好調な第一三共など8社が「人員が不足する部門がある」と回答している。幅広い業種で業績改善の影響がうかがえる。

「来期は今春並み」と答えた企業も、みずほフィナンシャルグループ、キリンビール、イオン、第一生命保険、日本マクドナルド、NTTドコモなどが「長期的な観点で、一定人員を継続採用する」との理由で高水準の採用を保つことになりそうだ。

これらの企業が新卒人員の確保を競う動きから、企業の採用活動時期が早期化する傾向が強まっている。ただ、青田買いが先行すると、内定辞退や入社後の早期離職につながる職業選択のミスマッチが心配されるため、企業説明会から入社までの間に、企業がそれぞれ頭を絞った対策を考えているようだ。

今回の調査では、企業が学生を選考する際に、評価の基準として重視する項目(三つまでの複数回答)を挙げてもらった。(回答数 270項目)
 最も多かったのが「コミュニケーション能力」-- 81社
 次いで「行動力」             -- 55社
 「会社・仕事への熱意」を見る       -- 37社
 こうした傾向は昨年の同じ調査から大きく変っておらず、個々の人物重視、入社後の成長可能性に期待する企業の姿勢が分かったという。また「学業成績」と答えた企業は1社もなく、「専門的な知識」や「語学力」も選考段階では必ずしも重視されない状況もうかがえた、と総括している。

《270の回答がグラフにして載っている。幾つかの項目については上に出ているような分布になっているが、私なりにこの表から薮睨みの考察を加えてみる。
 まず、「責任感」を重要視する企業の少ない(24社)ことに驚く、あとはフリーターでも昼寝していても勤まる会社ということか。もっと驚くのが「学業成績」は全くのゼロ回答。大学もピンからキリまであるが、学業成績が問われないとすると、キリの学生たち、卒業証書だけがあれば良い。自信を持って面接に行けよ。小学生レベルでも良い。ただそれまでに、携帯から目を転じて読み書きに馴れ、せめて、て、に、を、は、が正しく使えるように、幼児ことばの「・・てェー」「・・でェー」を極力使わなくても話が通じるように、敬語が使えるようになっていることだ。或いは序数詞の使い方が全く出来ているとは思えないから、年齢を数えるのに「1コ、2コ」でしか表現できなくては採用される見込みはないことを知っておくがよい。
 「語学力」を求める企業がたった1社、ここでいう語学は言語学者レベルをいうのではなく、英語が代表する外国語をいうのだろう。あれほど文科省が幼児からの英語を宣伝しているにしては、企業(商事や物産、電気・通信機などある中)では全く必要ではないと言っている。「語学力」と同じく「忍耐力」も1社だけ。「協調性」が23社。人間関係でうまく行かず、仕事が嫌になれば辞めてくれても結構、と最初から考えているようだね、ならば、嫌になればさっさと辞めることだ。「会社・仕事への熱意」が37社。最近の若者の性格が企業側にそのように考えさせることになったのか、仕事に飽きていやいやこなしていても、仕方ないこと、と思わせているのは若者か。

これまでに挙げなかった項目では「専門知識」4社。「課外・学外活動の経験」2社。「人柄」33社がそれぞれある。要は、責任は2の次でも会話力・聞き取る能力(81社)で、動き回ることができる・何でもやる課、のような(55社)人間を企業は求めていることになる。

多過ぎる大学に関しては今までにもくどくなるほど書いて来た。辞書も使えず、漢字も小学生レベルの国語力では、企業はそこまで面倒は見てくれないぞ。新卒者の最も足りないのがコミュニケーション能力だろう。この問題は今に始まったことではない、しばらく前からどの企業の担当者からも聞こえていたことだ。携帯や、パソコン、ゲームとばかり向き合っているから、他者と面と向き合ってする会話ができない。

来春の就職期までにはもう時間がないぞ、携帯なんか捨てて、中学時代の国語の教科書を読み返すことだ。漢字を覚えることだ、声に出して読んでみることだ。》

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2007年3月22日 (木)

イチャモン保護者

A_1


 鈴蘭水仙
 (すずらんずいせん)
 彼岸花科 ギリシャ語で白いすみれ


B_2

 花言葉は - 皆をひきつける魅力


 (普通に見る1本の茎に花が連なるように咲くすずらんは
 スズラン科 スズラン属)


毎日新聞(3/19日)から
特集ワイド、面白いタイトル(ブログ表題)で二人の女性が教育の場での保護者について書いている。1人は女優の丘みつ子(59)、若い頃、泳いで、自転車を漕いで、走る、の鉄人レースに挑み続けた女性として知っている。20年以上の陶芸歴がある。もう1人はフリーライターの福田ますみ(51)。

 丘の方は(大意)イチャモンというけれど、本当にイチャモンをつける保護者がそんなに多いのでしょうか。と投げかけ、大部分の親としては子どもたちを人質に出しているようなものですから、できれば波風を立てたくない、というのが本音じゃなおでしょうか、という。自分の小学生のころに戻り、担任の自宅に仲好しと連れ立って遊びにいったこと(50年以上前の頃には普通に見られる風景であったように覚えている)もあったが、もちろんいい先生ばかりじゃなかったですよ。でも、そんな時でも両親は子どもたちの前では担任の悪口は言いませんでした。今は親が子どもの前で平気で教師の悪口を言う。あれ、絶対にいけないと思う、と言う。

 10年ほど前から小学校時代のクラス会を開いているが、その中には個性の強い知人がいて、自給自足を地で行く陶芸家、もう1人、今は故人になったが、どこでも食べられるから、と型くずれも甚だしい背広のポケットをゆで卵で膨らませて、座る場所を見つければ腰を下ろし、リポートを書き出す始末だった、という。丘さんの感想はこうだ。こういった個性の強い人たちを見かけると、うれしくなってしまいます。きっとこういう人は鷹揚な育ち方をしたんでしょう。そんな人たちがもっと増えるといいですね。とこちらも鷹揚だ。

《しかし、一番のポイントはしっかり捉まえている。教師の悪口を子どもの前で平気で言う親がいることを。教育再生会議の委員でもあったワタミのように、すべて学校が悪い、というようなおっさんもいるが、これを聞いて子どもたちが教師を尊敬することができるのだろうか、何も分かっていない。》

次いで福田に移る前に二人の間に1コマ漫画が描かれている。(え・井上守正)
黒板を背にしたはげ頭の校長か教頭と、担任が並んで、縮み上がった様子で子ども連れの母親が突き出す指に怯えている。子どもは母親の後ろでポケットに手を入れたままその場の様子を観察している。母おやの台詞はこうだ。「しつけをもっと しっかりして下さい」とある。

《これが保護者の代表的な学校への言い分なんだろうか。全く救いようがない諷刺だ。家庭教育の何たるかも理解していないこのような親の話は、私の世代には想像することも不可能だ。躾けとは家庭でするもの、学校へ上がって集団生活ができように、親が恥をかかないで済むように育てるのが親の責任であった。私の小学6年の生活の中で、授業中に大声を出したり、席を立って歩き回るような生徒はただの一度も見たことがない。田舎の百姓の多い町だったが、親の躾は十分できていたように思う。上の漫画なら、立場が逆になり、さしずめ「申し訳ありません、これからはきっちり躾け直しますから、勘弁してやって下さい」と書くだろう。これが親の子育ての責任というものだ。》

さて、次の福田(ロシア、犯罪、教育が専門)の言い分は厳しい。
 一部の母親たちのリーダー格みたいな人が、欠席裁判で教師を追い込んでいくのが一つのパターンだと思う。担任と話し合う気など最初からない。いきなり、校長や教育委員会に怒鳴り込み、マスコミに訴える。子育てがうまくいかず、家で子どもをぶったりするような親に多い。見栄っ張りで体裁を気にし、何事も優位に立ちたがる人、自分はワンランク上だと考えているような人に目立つ。子育てがうまく行かないストレスを抱えていて、怒りっぽくて、被害者意識も相当強い。自分の子に問題が起きた時、親としての責任など一切省みず、すべて周りが悪いと思い込む。ひどい場合など子どもの言葉を鵜呑みにし、教師へ鉾先を向ける。学校側はマスコミの取材に応じたがらないので、報道はどうしても親の見方に傾く。

 マスコミは親の言い分を取り上げてそのまま書くことになる。学校が弱い立場になり、悪者にもなる。子どもが正しくて当たり前、教師は常に抑圧者の図式で記事を仕上げる。ここで彼女は自身が取材に当った例を挙げる。
 
 福岡県で03年、子どもが教師の体罰で精神的外傷を受けたとして、市と教員を相手に損害賠償を求める訴訟があった。一審で教諭の体罰は認められたが、原告の親の主張はほとんど認められなかった。事実は、「冤罪」と言ってもいいものだった、という。訴えられた教師は言った「保護者と教師は同等じゃないですよ。教師の方が何事も一歩下がって対処しないと、うまくいかないんですよ」と。

 学校は児童を「お子様」などと呼び、とにかく低姿勢であればいと思い、校長や教頭も事勿れ主義が染み付いている。親の不平や不満に根拠がないと思っても、その場をやり過ごすことで凌いでいる。親は、クラス替えに注文をつけ、「給食を残しても怒らないで」にもただ「ハイ、ハイ」だと言う。トラブルがあると、事実を確認する前に先ず謝る。学校のこの卑屈な態度を改めないと、福岡の例と同じ「教師いじめ」が繰り返されると思う。と書いている。

 福田が取材したこの親は、1964年(東京オリンピックの年)生まれで早世の歌手・尾崎豊と同じ世代だという。彼女の分析だが、あの世代には「学校は反抗するもの」「管理教育に反対せよ」といった意識が刷り込みのようにあるんじゃないだろうか。学校は「抑圧の場」であり、教師など交わり合えない、というかたくなな面があるように思う。長年のいじめや教育報道が学校を悪者にし、こうした考えを助長させてきたのだと思う、と結んでいる。

《誰が観察しても、現在の荒れる学校教育の問題点は、保護者、親の側にあることが察しられることなのに、福田が言うようにその根本的なところを掘り下げないで、上っ面を撫でて行く。福田が始めて43歳が代表する世代の問題点を指摘してみせたが、根はもっと早くにあったと思う。敗戦でアメリカからもらった民主主義、自由主義思想を、金科玉条として祭り上げ、本来の日本の道徳や倫理を、教育思想を全て悪として排斥することで、日本の指導者たちが、そのまま教育者として居座り続けたことから発したことだ。教師自身が民主主義や自由主義が理解できず、自由は責任が伴うことで自由であり得ることをしっかり教えず、生徒の側は自由は勝手気侭や放任と思い込んだ。そういう意味では尾崎豊がそのような人間形成の道を歩んでいたことは充分理解することができる。いじめる子も、暴れる子も、家庭教育や躾が出来ていない家庭の子だ、もう遅いことかも知れないが、100年先になっても仕方ない、遅いなりに保護者へのしっかりした教育をしなければ、学校は、教育は、子どもたちは、立ち治ることができないことになりそうだ。》

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2007年3月21日 (水)

不倫のすすめか?(離婚後300日「前夫の子」規定問題)

Panji_a 三色すみれ(パンジー)
 パンジーの花が、人が頭を垂れ物思う姿に似ているところから、フランス語のパンセ(思考)の名がついたとされる - この表現にそっくりの大理石の彫刻がある(ロダンの「瞑想」)

Panjii_b


(花言葉)物思い、純愛、私を思って、思慮深いなどの他に、別離、門出など


毎日新聞(3/20,21)から
社が繰り返し世の性風俗の乱れを加速させるために取り組んできた「離婚後300日以内に誕生した子は前夫の子」の現行民法772条を、政党や地方が見直しをする方向に動き始めた。民法733条にある前夫との離婚後6ヵ月の結婚禁止期間を無視し、夫以外の男と性衝動の赴くままにした行為で妊娠し、子が生まれた。子に責任は無い、現在の男との間の子として認めろということだ。明治の人間ならいざ知らず、平成の男女には性道徳などに縛られてたまるものか、したくなればするんだ。兎に角実績を作る方が先だ、で法律の精神は無用なものになった。

国会では自民、公明両党がプロジェクトまで作り上げ、特例新法の規制で合意し、20日には民主党の検討チームまでもが発足した。20日の閣議後法相は「父子関係を早期に確定し、家族関係を安定させる考え方では合理的」と772条の存在意義を強調した。運用の見直しについて「早くやりたいが、早くやって(役所の)窓口が混乱するなどおかしくなっては困る」と慎重姿勢を改めて示した。

これより先、千葉市議会が8日、山形市議会が15日に国に見直しを求める意見書を議決している。千葉市議会の意見書は「戸籍が事実と異なる記載にならないよう運用実態について早急に調査し、現実に即した改正を強く求める」との内容で、安倍首相、長瀬法相、衆参両院議長に当てた。同市議会の長谷川市議は運営委員会での議論では「国も早急に対応すべき」「時代の流れでやむを得ない」「(現行の規定は)現実に即していない」などの声が殆どだったという。また「改正論議自体が遅過ぎる。法務省や国会議員は今まで何をしていたのか」との強硬意見も出たという。

山形市では、離婚した女性から届けのあった300日以内に産んだ男児について、職員が本来は前夫の戸籍に入れるべきなのに、女性の戸籍に誤って入れてしまうトラブルが先月発覚した。同市議会が意見書を議決した背景には、こうした事情もある、としている。

《山形市の背景と呼ばれるものは、余りにもお粗末なミスであって、法の規定とは何のかかわりもないものだ。担当者の専門知識の不足からきたミスで、「間違いを起し易いから」と、こんなことが法改正の根拠に加えられるようでは、役所の所内教育の未熟さを表面化しただけじゃないだろうか。》

そして、ここに来て自民、公明のそれぞれのプロジェクトチームは20日、772条の見直しと合わせ、女性の離婚後の再婚禁止期間を定めた民法733条について、現行の6ヵ月から100日への短縮も検討することで合意したが、再婚禁止期間をめぐっては、与党内でもさまざまな意見があり、合意に至るかは微妙な問題である。

《今までメディアは733条について後ろに隠したような扱いをして来た。離婚後(別居ではない)の再婚が法律どおり守られており、男女の不道徳な関係がなければ離婚後300日以内の出産は婚姻関係のある夫以外の子ではあり得ないからだ。従って現在発生しているような問題が持ち上がることもない。離婚後6ヵ月(180日)というのは女性が再婚を禁止されている期間の長さだ。この期間は生まれた子が、前の夫の子か、今の夫の子か分からなくなる事態を避けるために設けられているのだ。もっと云えば、180日が経過した日に受胎しても、それから10月10日後に出産すれば、それは離婚490日の後でなければならない。別居をしていても、婚姻関係が解消されていなければ、離婚したことにはならない。それをメディアが現在の乱れた性風俗を良しとし、或いは当然とし、問題点を摺り替え、「生まれた子に罪はない」として心情に訴え、問題を大きくした。》

《現在検討されている離婚後、女性の再婚禁止期間を100日としても、法律を遵守すれば、離婚後の出産は410日の後になる。法律を守らないことを前提として、別の角度から運用を考えるむきもある。与党の特例法の試案では、300日以内に生まれ、DNA鑑定で前夫の子でないと確認された場合は、現夫の子と認める内容などを盛り込んでいる。加えてもっとお優しく、再婚禁止期間を100日にすることで、再婚後200日間に出産した子は現夫の子と認められる可能性もでてくるため、救済期間が延長される、などと法は破られてこそ法律だ、とでも言いたげな配慮までしてみせる。お目出度い国のお目出度いお役人様だ。それよりも、再婚の届出の際に、離婚後6ヵ月が経過していない場合の入籍を認めない(受理しない)ことで問題の多くは片づくはずだ。》

再婚禁止期間をめぐっては、法制審議会が96年2月に100日とする民法改正案の要綱をまとめたが、選択的夫婦別姓などの内容も盛り込まれていたことから自民党内で慎重論が出て意見集約ができない状態になったままだった。

《民法改正については、現行法が明治時代の錯誤、と指摘する向きもあるが、時代の流れの中で逐次改正され、733条、772条ともに平成16年、法律147号で改正されたものだ。決して古臭いものではない。今回検討されている改正(?)を認めれば、安倍がしつこいほどに口にする道徳や、美しい国日本は、不道徳、醜悪な国日本を意味するのではないか。そうか、法律なんて、皆んなで破れば怖くはないんだ、ということなんだ。》

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2007年3月20日 (火)

従軍慰安婦問題 2、

毎日新聞(3/8、13、18)から
加藤良三駐米大使は7日、米下院のラントス外交委員長(民主党)と会談し、同委に提出されている元従軍慰安婦への謝罪要求決議案について、日本政府がすでに公式な謝罪をしている点などを強調し、採択回避に向け理解を求めた。ラントス委員長は今後の対応について「私が考えて決める」と述べるにとどまった。
 加藤大使は会談後の記者会見で「客観的事実に基づかない決議が採択されることは日米関係にとって必要ないだけでなくいい効果をもたらさない」と述べ、議会に対する説得工作を続ける考えを示した。米下院で何故今かの背景については、「それなりの内政上の政治地図がある」と述べ、韓国系米国人らを多く抱えるなどの選挙区事情があるとの見方を示唆している。

一方、日本では自民党の「歴史教育を考える議員の会」の会合が8日午前、党本部で開かれ、河野談話に関する政府への提言案が示された。
 「慰安婦問題の誤った認識は河野談話が根拠」として
 ❶ 日本政府に謝罪を求めた米下院での決議案の採択阻止
 ❷ 同問題の再調査
 を政府に求めることが柱となったものである。当初議員の会の方針であった河野談話自体の見直しは盛り込まなかった。

提言案は「証左に基づかない非難には反論を行う必要がある」と強調し、米下院での決議案は「客観的史実に基づかない一方的な認識」として指摘した上で、日本政府に理解を得るための外交努力と採択阻止を強く求めるものとなった。また、「軍や政府による強制連行の事実はなかったことを示す資料があった」として、根本的解決のため実態の再調査を要求している。

《93年8月時点の調査で見当たらなかった軍の関係がなかったとする資料が、どこからか突然手品の種明かしのように出現するとはお笑いだ。これまでにも何度も書いてきたが、天皇の負けました、の宣言(8月15日)を聞くや否や、進駐して来る連合軍の性処理が頭をよぎる役人どもだ。3日後の8月18日には「特殊慰安施設協会」なる機関まで作り上げ、全国に日本人女性の募集を今で云う地方自治体の警察署を通して働きかけるような国だ。当時、密かに囁かれたことだが、将校クラスのお相手には、それなりの氏素性の女性が別途集められていた、ということまで伝わっているのだ。砲弾飛び交う激戦の中で戦う兵たちの慰労目的に、売春宿を作り、兵の志気を高めることに配慮して慰安婦を徴集することぐらい、考えるだろうし、権力を嵩に着た当時の軍人、特に憲兵たちの横暴は聞くだに恐ろしいイメージで伝わっていた。》

7日になって朝鮮中央通信は、北朝鮮外務省報道官は従軍慰安婦を巡る「強制性」に疑問を呈し、謝罪を求める米下院外交委員会の決議案が採択されても「謝罪することはない」とした安倍首相の国会などでの発言を「妄言」と非難談話を発表した。従軍慰安婦問題に関して北朝鮮が公式の立場を表明したのは初めてになる。

【3月13日】
3月11日、NHKの報道番組で安倍は「慰安婦の心の傷は大変な傷。心からおわびしている」と発言した。中国の主要各紙は12日付紙面で、「強制性」を否定した日本の首相が、今度は「おわび」の意思を表明したと揃って報じた。中国政府は反日感情の強い国内世論に神経質になっていて、日本の首相が譲歩した、との印象を広めることで温家宝首相の4月に予定されている訪日に対する反対ムードを抑える狙いがあるものとみられている。共産党機関紙、人民日報も「安倍首相が慰安婦に対しおわび」との見出しで報道し、環球時報は「自民党の中川秀直幹事長と麻生太郎外相も同様の態度を見せ、日本政界の3巨頭がおわびした」と強調して報道している。

自民党の議員連盟と首相官邸との間で押し付けあいになっている慰安婦問題に関する提言で、議連と官邸が対立したまま、どちらも再調査については「調査するつもりはない」という状況で、提言は宙に浮いたままになっていたが、結局、従軍慰安婦問題の再調査に関する議論は先送りし、当面は再調査しないことで一致した。13日、自民党の議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」会長の元文部科学相(中山成彬)と下村官房長官との党本部での会談に、中川政調会長が仲裁の形で加わり、党と政府が協力し、従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求めている米下院決議案の採択回避に向けた努力を優先すべきだとの認識で一致した、という。

《自民党の議員連盟が「ある」という強制性はなかったとする資料が現実に発見されたのなら、そのソースを明確に見えるところに出し、どこに遠慮することもない発表すればよい。官邸だ議員連盟だと、調整作業の押し付けあいなどしている場合じゃないだろう。河野談話は資料不足の結果だったが、調べてみたら従軍慰安婦たちは自ら集まってきたものだった、と云えば良い。》

【3月18日】
17日付の韓国主要紙は、日本政府の16日の閣議で決定した答弁書「政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」について、中央日報と京郷新聞は、「河野談話を公式に否定」といった見出しで批判的に報道した。
 外交通商省も17日、スポークスマンの論評を発表し「(日本軍や官憲の)強制連行への直接関与を認めまいとする姿勢を見せているのは、過去の過ちを縮小し歴史的真実を糊塗しようとするものであり、極めて遺憾に思う」と日本政府を避難した。

《安倍が11日、「慰安婦の心の傷は・・・・」とわびたのは何だったのか。16日には閣議決定で、手の平返したようにアカンベしてみせて、首相個人のおわびは政府の見解ではありません、とでもいうようなものだ。学術論文でもそうだが、自説に有利に作用するもの(権威や派閥や思想も含めて)を選び、不利になるものは見ない、知らない、無い、として切り捨てる。或いは故意に強調することもある。チャップリン(「チャップリンの殺人狂時代」1947年)ではないけれど、平時、1人殺せば殺人だが、1000人殺せば英雄となれるのが戦争だ。平時に裁くことの難しさを国家としてどのように決着つけるのか見極めたい。

満州馬賊になって暴れ廻っていた故人を知っている。幼女の強姦を誇らしげに聞かされたことがあった。軍人の帰郷話しにも進軍中の出来事として、息を引き取る前の半死半生で道ばたに横たわっている支那人(当時)を、打ち捨てておけず、そのまま苦しむのは可哀相だからと次々に銃剣で刺し殺して進んだこともあった、と聞かされたこともある。》

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2007年3月19日 (月)

従軍慰安婦問題 1、

今年1月31日、米下院に日系のマイケル・ホンダ議員(民主党)らが従軍慰安婦問題で日本政府に謝罪を求めた決議案を提出して、第二次大戦下の当時日本が植民地化していた朝鮮半島や中国で行っていた慰安婦問題が、再燃するところとなった。

安倍(当時、衆議院議員)はかつて「従軍慰安婦の強制性について検証する文書が出ていない」(97年5月27日の衆議院決算委員会分科会)と口にし、旧日本軍の直接的な関与に疑問を抱いていたが、首相就任後は旧日本軍の関与と「強制性」を認めた河野談話*を「受け継いでいる」との立場を明確にしている。

*河野談話『93年8月に、河野洋平・官房長官(当時)が述べた談話のこと』
 慰安所の設置や慰安婦の移送に旧日本軍が直接、間接に関与したことを認めた談話。韓国人の元慰安婦らが日本政府を相手に補償を求め提訴したことを受け、政府は事実関係を調査。その結果を受けて出された。慰安婦の募集は主に「軍の要請を受けた業者」が当ったとする一方、「官憲等が直接加担したこともあった。慰安所における生活は、強制的な状況下での痛ましいものであった」ことを明確にし、「心からおわびと反省の気持ちを申し上げる」と謝罪した。

安倍(首相)は当初、河野談話には否定的な立場であった。それは従軍慰安婦の強制性について、河野談話に語られている「官憲が家の中まで入って(女性を)連れて行った」など「狭義の強制性」で解釈されていたため批判した。だが時間が経過し、「自分としては行きたくないけど、そういう環境の中にあった」など「広義の強制性」で解釈されるようになり、談話を受け入れたという経過がある。

一方海外では、強制性の微妙な使い分けは通用せず、首相の「(狭義の意味での)強制性を証明する証言や裏付けはなかった」との発言が、従軍慰安婦への関与を認めることに否定的と受け取られている。3月6日の毎日新聞はこの時点で、米下院の決議案が可決された場合は、日韓だけでなく、日米間の摩擦にも発展しかねない事態にあることを懸念している。

《なにも海外でなくても日本人にも安倍の屁理屈では理解することはできない。当時の日本軍は“上官の命はただちに朕が命と心得よ”に徹していた。命に背くことは「死」を意味した。平時の現在でも上位等級者の部下への命令にも、その伝え方には段階のあることを知っていよう。性差によっても言葉遣いに差が出るのが当然だ。柔らかく「お願いします」の依頼の形を取るものから「これをしろ」「やっておけ」の完全命令調と変化するように、組織の中ではその強制力は「くび」を覚悟でないと逆らうことは無理だ。まして戦争のさなか、安倍が云うような、官憲が直接女性を抱え上げ、無理矢理連れ出したことだけを狭義と言えるような、状態になかったことは容易に察しがつく。全ては軍隊という組織の中で行われた強制力の結果だ。強制力と云うのは「相手に無理矢理強制する“威力”」のことなのだ。それにもっと考えなければならないのは、敗戦とともに、証拠となる書類の類いの焼却、滅失が行われたことはこれまた容易に察しがつく。60年以上経過した今日、探しても見当たらないのは当たり前の話だ。これをして、「証拠がない」というのはナンセンスでしかない。》

《加えて、古今東西、幾千年の昔から、男の戦争に女が付きまとうのは、歴史の伝えるところだ。敗れた国の男子は殺され、婦女子は奴隷として、或いは慰み物として指揮官から兵へ与えられていた。近代においても中国で、朝鮮で、勝ち誇っていた日本軍の敗退に伴うソ連軍の日本人婦女子への暴行、強姦、ヨーロッパにおけるドイツの敗戦では同じくソ連のドイツ人婦女子への暴行、強姦など、平時の価値観から見ればあってはならない行為が人間性をなくして行われた。日本国内でも、敗戦により占領のため進駐して来るアメリカ兵に、女性たちは皆強姦される、と噂が流れた。敗戦で日本政府は朝鮮や中国で行った日本兵の性処理での経験を活かし、アメリカ兵の性処理のための施設を何よりも先に検討した。》

《原子爆弾が落ち、日本の負けが決まった(8月15日、天皇の戦争に負けた宣言)直後から、占領統治で上陸するアメリカ兵の性的慰安施設の検討にかかっている。9月2日の戦艦ミズーリでの降伏文書への署名さえしないうちの8月18日、政府は「特殊慰安施設協会」を設置する。即座に内務省、地方長官に占領軍向け性的慰施設設置を指令した。勿論各地でも鬼畜米英で洗脳されていた国民は、アメリカ軍の上陸を恐れ、性的慰安施設の設置を自ら進言するところも出ている。早速、政府がすすめた慰安施設の最初の売春宿が東京の大森で営業を始める。(後の経緯については‘参照’を参考)》

5日の参院予算委員会でも「狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」とする安倍の発言で、自民党の「歴史教育を考える会」(会長・中山成彬元文部科学相)は「強制連行の事実はない」との立場から、河野談話の見直しを求める考えであったが、反発する中国や韓国との間で板挟みになる首相に配慮して、見直しを求めないことで落ち着いた。中国の李外相は「日本政府は歴史の事実を承認し、責任を負い、この問題を適切に処理しなければならない」「日本の軍国主義が犯した深刻な罪の一つ」「歴史認識は一種の強大な進歩の力であり、後ろから足を引っ張るような時代遅れのことをすべきでない」と日本側に配慮を求めた。

また、大平洋戦争の戦場にもなったフィリピン外務省は5日、声明を発表し「この重要で微妙な問題について、フィリピン政府は、河野官房長官談話や、02年に小泉純一郎首相(当時)がフィリピンの従軍慰安婦被害者に送った書簡の内容を遵守するよう求める」と訴えている。同じように台湾も、安倍の「日本軍による強制を裏付けるものはなかった」と発言したことに対し、「深い遺憾と抗議を表す」との声明を発表した。

参照「慰安婦問題」06/07/05
                   -- つづく --
 

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2007年3月18日 (日)

北朝鮮への金融制裁と、拉致問題

今日3月18日夕方のテレビニュースで、米財務省が14日、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)と凍結中の北朝鮮関連口座を、6カ国協議で核廃絶への「初期段階措置」で合意した際、米側は金融制裁問題を30日以内に解決するとの声明を受けて、今日の米朝間の会談が、友好な雰囲気の中で進んだことを報道した。前日までの北朝鮮の強気の「全面解除」が約束されなければ核廃絶はないとの意見に対して、どう友好的に話がされたのかについては具体的な説明はなかった。米側が行う、北朝鮮との核廃絶の駆け引きの中には、日本の掲げる拉致の問題は切り離して取り上げないことは分かっていることだ。

毎日新聞(3/16)から
また、韓国は6カ国の中でも魁けて北朝鮮への重油5万トンの提供で他国を先導し、3月末からの南北交流事業を加速させたい腹づもりだ。この支援を先行して実施することで韓国は、6カ国協議で主導権を取り、国際原子力機関(IAEA)による査察の受け入れを北朝鮮に促す構えだ。韓国は先月下旬、輸送費も含めて200億ウォン(約25億円)を「南北協力基金」から支出方針を決定し、米側に外交通商相が訪米した際、6カ国協議と連動させる考えを説明している。アメリカとの役割分担についても事前に調整したとみてよい。

一方、中国では米財務省がマカオの銀行の凍結口座の扱いをマカオ金融当局に任せたことで、いつ、どのような形で凍結解除するかの判断は、中国政府の意向が左右することになりそうだ。中国外務省の秦剛副報道局長は15日の記者会見で、BDAの北朝鮮関連口座の扱いについて「マカオ当局が適法妥当に処理することを支持する」と述べ、マカオ当局の自主性を尊重する姿勢を示した。

米・韓・中それぞれに比べ、拉致問題一辺倒の日本の立場は非常に難しくなっているのは事実だろう。日本政府は、米国がBDAの北朝鮮関連口座の凍結解除を容認したことについて「これによって急に今までの流れが変ることはない」(塩崎恭久官房長官)と比較的冷静に受け止めている。安倍晋三も「想定していたことだから、日朝交渉も含めて影響があるとは考えていない」と記者団に語ったが、同じ日麻生太郎は6カ国協議が動きだしたことは評価すべきだ、と述べている。日本国の首相と、外相の間での他国と比べて動かない日本の立ち場の捉え方の違いは、6カ国協議を通じて北朝鮮の非核化と拉致問題の両者を追求する日本政府の難しさだろう。

毎日新聞は「北朝鮮にごね得を許すな」と書いた。本来、核問題と切り離して解決すべき不法行為について米政府が譲歩したのは、膠着状態に陥った6カ国協議を前に動かすためだった。6カ国協議の最終目標は朝鮮半島の非核化にあり、金融制裁というカードをいかに巧みに使うかは米国に課せられた判断であることは云うまでもない。金融制裁が全面解除されなければ非核化には部分措置でしか応じない、という北朝鮮の言い分を、筋違いと云うものだ、と。偽ドル、麻薬、大量破壊兵器取引、資金洗浄の問題は、それ自身が国際規範に反する行動と云わざるを得ない。次回協議を身のあるものにするには、北朝鮮のごね得戦術を許さない工夫が欠かせない、と。

しかし、考えてみればその長年‘ごねる’ことで大国アメリカでさえ手を焼いてきたのが事実だ。日本が拉致を云っても馬の耳に念仏の状態がずっと続いている。そしてその日本は拉致以外には船舶の入港を禁じてみたり、送金を禁じることが精一杯の取る手段だ。事実問題として核実験までも行った北朝鮮に、拉致問題だけを大上段に振りかざしてみても、既に日本以外の国によって動き始めた北朝鮮への救済の手は、日本を置いてけぼりにして加速するだろう。拉致問題はますます遠退いて行こうとしている。のんびりと安倍の云う「想定していたこと」で澄ましてはいられないのではないか。

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2007年3月17日 (土)

海外の日本食優良店

毎日新聞(3/17)から
この問題を持ち出した人間の頭の中が理解できない。言い出したのはやはり‘あの’なんとか還元水の農林水産省の親分、松岡利勝なるけったいなお人だ。何でも昨年11月のことになるらしい、海外の日本食レストランには日本食と呼べない料理を出す店も多い。として考え出したものだという。早速有識者会議をつくり、「日本食レストラン認証制度」の検討を始めたのが切っ掛けであるらしい。

ヘルシーということで海外でも人気を呼ぶ日本食、いわゆる日本食店のその数も全世界で約20,000店、アメリカだけでも約9000店に上り、最近の10年間でおよそ2・5倍に増加している。

2006年12月22日、農水産省は19年度予算案で認められなかった上記の思いつきについて、財務省と復活折衝を行い、計上した予算の2億7600万円の全額復活を発表した。農林水産省の有識者会議(座長・小倉和夫国際交流基金理事長)は、07年3月16日、素案にいう「認証制度」を和らげて、民間主体で設置する組織が「推奨マーク」を与える方式が望ましいとする提言をまとめた。

政策目標とするところは『海外における日本食の信頼性を高め、日本食ファンを世界に拡大』することとし、その内容については次の2点をあげる。
1、海外日本食優良店についての調査の実施
 ♦海外日本食優良店についての基準策定等のための基礎調査を実施します。
2、海外日本食優良店に対する支援の実施
 ♦海外日本食優良店についての具体的な基準の策定及びその普及促進のための広告宣伝の実施、日本食の技術の普及のための料理人講習会の開催等を行います。となっている。
 《要するに、億にのぼる税金を使って海外で食べ比べをして歩きます、ということのようだ》

推奨の基準は国や都市ごとの組織が個別に決めるとし、世界統一の基準は見送った。「スシ・ポリスではないか」「税金の無駄遣いだ」の国内外の声に押された結果だが、「推奨マーク」の提言に欧州の日本食レストランを経営する宮川正行さん(52)は「日本食を広めるきっかけになればよい」とした上で「外国人の評価する日本食と生っ粋の日本食は異なることを理解してほしい」と注文をつける。一方、英ガーディアン紙のロジャー・トゥース記者は「醤油だけで味付けするチェーン店も多い。日本が推奨マークを出すことは意義深い」と評価する。

また、よく日本食レストランに行くという銀行員、本多秀俊さん(42)は「人の味覚に政府肝いりでとやかく云うこと自体がおかしい」と強調するものもいる。

《私自身はブログにも載せているローマの日本食店「六甲」と「濱清」には2度づつ、ギリシャ・アテネの「風林火山」にも行ったが、どこも申し分なかった。3店とも日本人調理人が顔の見えるところで応対し、すしをにぎり、煮炊きをする。日本国内にあって、私など近寄ることも出来ない特別高級な構えの店でもなく、至って庶民的な店構えである。

国会議員の顔を出すような料亭の日本料理、北大路魯山人レベルの口にしか合わないような料理を日本食と呼ぶのなら、我々庶民が口出しする問題じゃない。しかし、現在の日本人はその魯山人時代の食習慣はとっくの昔に捨て去っている。特権階級の日本人の口に合うものを日本食と云うのなら、今現在、日本国内でも日本食レストランの殆どは失格だろう。特に海外の日本食レストランで話題となるのが「すし」だろう。この「すし」が曲者だ。

生魚を嫌った初期の外国人は、自分達の食習慣にあわせた「にく」をすしに使った。「すし」は海外に出た途端に、日本食は名ばかりの生っ粋のものではなくなっているのだ。物まねのうまい日本人はこれを逆輸入した。現在カリフォルニアロールと名がついて日本人の多くが口にする食べ物になっている。

特に現在の日本人の大部分は、米食、魚、野菜中心の食習慣から離れ、肉やパンなどを中心とする西欧の食習慣に慣れ、純粋の日本食を知る機会もなくしている。ある家庭の子どもの好きな巻きずしのネタが、1にウィンナー、2にハンバーグ、3にはアボカド(投書による)と聞いたなら、松岡は一体何を思うだろうか。また、ご飯にマヨネーズをかけて食べる人間さえいるのだ。

『巻き寿司』1つとっても、ネタや味付けになる材料には、驚くほどの西欧のネタが取り入れられ、日本国内で商品化され、人々の胃袋に吸収されているのだ。順不同で挙げてみよう。
 マヨネーズ、カレー粉、胡椒、ツナ、スライス・チーズ、ハム、ビネガー、ウィンナ、パスタ、トマト、レタス、パプリカ、ケッパーとマヨネーズのソース、牛肉、キムチ、サラダ、とんかつ、メンマ、チャーシュー、クリームチーズ、納豆、天麩羅、明太子パスタなどなど、私などは、このような巻き寿司は、目にするだけで吐き気を催すものばかりだ。

これを現代の日本食と云うのではないのだろうか。現在のように流通網が張り巡らされ、自由に文化の交流が行われ、食文化もすでに国境のないものになっている。今度の問題の中にも海外の日本食店で料理やすしを作るのが日本人でないところのあることが、話題にもなったようだが、では、日本国内の外国料理店は皆、その国の人がやっているのだろうか。そんなことは決してないはずだ。日本人が、例えばフランス料理を日本人向けに味付けし、アレンジするのが普通だろう。外国人が日本食を料理してもおかしくはない。そして、その国の材料を使うこともまた、極々自然のことだろう。その国に馴染んでその国の人たちの口に合う食べ物になれば良いことだ。日本国内でも私の世代には反吐がでるような巻き寿司でも、多くの日本人の口には定着した日本食として愛されているのだから。いまに、高級料亭、高級寿司屋にしか残っていないようなものが日本食では、この先、食の博物館でだけ食べられるものが、日本食の名で食べられる料理になるのじゃないだろうか。

《けったいな男の思いつきで集められた有識者という名の愚かな人たちが、税金と時間を無駄に使って、益のないことをやるほど馬鹿らしいことはない。》

参照 食習慣が壊れている - 2 - 06/09/25
 

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2007年3月16日 (金)

新聞がおかしい

毎朝、毎夕手に取る新聞(わが家は父親の大阪毎日以来、私が今の家庭を持って関東に東下りしてからも、ずっと毎日新聞以外購読したことがない)だが、ごく最近目立つ現象がある。無闇矢鱈と広告紙面が増えている。例えば今日3月16日の朝・夕刊で数えると、一ページ全段抜きのものが32ページ中10ページ、夕刊は16ページ中3ページにも上る。他に紙面の半分、三分の一を集めると、これまた、同じほどの量になりそうだ。

新聞経営が広告抜きにして成り立たないことぐらいは知っているが、最近の紙面構成は度を越してひど過ぎる。まともな記事が書ける人材がいなくなったのか、社の方針で社会性を捨てて娯楽を表面に出して行くのか、かつては朝日とともに2強を誇り、ジャーナリズムを先導してきた毎日が、拡販競争と経営危機で遅れを取り、読売、朝日に先を越され、プライドを失ったかに見える。

記事についても女性の性中心の記事が目立つようになり、特に今、民法733条の離婚後の再婚禁止期間(6ヵ月)の禁欲ができない男女の問題を、772条の修正だけで片付けようとしている感のある問題提起を続けているに至っては、性モラルを一層廃頽させることにつながる危険性を感じる。離婚後300日満たずに出産することは、6ヵ月の再婚禁止期間を考えれば前夫の子ども以外にはあり得ない出来事だ。そうでなければ当然不義密通、姦通、浮気、不倫の妊娠となるが、法の遵守の面から考えれば、733条こそ守らねばならず(現在問題となっている前夫、現在の夫騒動の問題回避の期間)、反対に性道徳の乱れを是認しての問題提起となると、チェック機能を果たすことを怠り、新聞社は社会の敵と云わざるを得ないことになる。女性問題となると男尊女卑の裏返し、女尊男卑ような風潮が社会全体を覆っているのが現実だ。

これがまた不思議なことに国会のせんせいと呼ばれる連中までもが、耳を貸し、公明党は特例新法の試案まで作ったようだ。民法772条の見直しに取り組み、離婚後の妊娠が明らかなケース(これは証明が難しい、離婚成立以前に前夫との性交渉が長期間なく、離婚前に妊娠することはあり得ることだ)や、前夫が自分の子でない認めた場合(こちらは明確に判定可能だが、分かれた元妻への嫌がらせもあり得るぞ)などについて、前夫の子でない出生届を認める特例新法の試案をまとめた。民法改正には時間がかかるため、特例法で緊急対応を図るのが狙いだ。「与党内で早急に合意し、5月にも施行を目指したい」としている。

お偉いせんせいたちも、毎日新聞の法を軽んじる姿勢に同調したようだ。733条なんてどうせ、民法程度のことだ、離婚成立なんか待つ必要ないよ、好きなら幾らでも性交渉をもてばいいよ、法律が窮屈なら、都合のよいように作り替えてあげるからね、とでも云っているようだ。

携帯やパソコンの文字は読んでも、わざわざ新聞購読料まで払って活字を追い掛けることをしなくて済む時代になった。時代を反映した言葉は使えるが、日本語としての正しい言葉遣いが新聞紙面からも消えつつある。横文字が増え、カタカナ文字が並び、奇を衒った当て字が並ぶ。広告ページばかりが嵩張り、内容も薄く、権力に迎合するだけで独自の色を失った日本の新聞も、多過ぎる大学同様にそろそろ淘汰される時代に入ったと見るべきだろうか。

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2007年3月15日 (木)

子どものパソコン・保護者による制限

携帯の機能が追加されるごとに悪用のされ方も多様になってきた。子ども同士のいたずらや、誹謗中傷、いじめ、盗撮、出会い系サイト、援助交際に売春など、監督責任のある親が子どもの「人権」などと口も出せず、恐れる親をしり目に子どもは野放図に使い放題だ。一方、携帯以上に豊富な情報量を持つパソコンが、携帯の二の舞いを踏まないよう、何とか親、保護者の不安を解消しようと、遅まきながら対策を講じたのがウィンドウズビスタの制限機能になった。

昨年2007年1月30日、全世界で発売されたマイクロソフト社のOS(基本ソフト)ウィンドウズビスタには、子どもに有害なサイトを見たり、ゲームに熱中し過ぎないための、保護者による子どものパソコン利用規制機能が付いている。ドライブを暗号化することで機能選択が可能になるのだが、従来のXPにも搭載されていたFES(暗号化ファイルシステム)に加えて、ビジネス向け上位機種、家庭向け・ビジネス向けの全機能を搭載した最上位機種につけられる BitLocker と呼ばれる暗号化システム機能とに分かれる。

ビスタは従来機種Windows XPの後継機で、一般家庭向けや企業向けなどに機能の異なるエディション(種類)が8つ(日本発売は6つ)あり、Windows史上で最も種類の多いバージョンとなっている。

子どもがどのようにパソコンを使用しているのかをチェックしようにも、パソコンにアレルギー状態の保護者はまだまだ多い。どこにでも持ち運べる携帯電話と同じように、家庭内でも子どもに個室を与えるのが常識のような現在の日本の家庭環境では、パソコンの使用に関して親の目が届かなくなることが普通だろう。それにパソコンの使用を制限しても、携帯電話が放任では片手落ちだが、それでも保護者は安心なのだろうか。とにかくその制限機能を眺めてみよう。

保護者による制限機能には次の5つがあるが、前提として、まず保護者自身が管理者としての権限(ユーザーアカウント:利用者として登録すること)を持つことが必要になる。利用者としての登録が終わると続いて子どものための標準ユーザーの登録をし、制限する内容を設定することになる。

♦ ビスタの専用Webフィルターを使ってインターネットで見られるサイトを制限する。中を二つに大別することができて、一部に制限(許可したサイトだけ、或いはOSの自動判断に任せる)か、全てを制限するかが選べる。勿論有害なエッチ画像、違法画像などの取込みの禁止もできる。
♦ パソコンの使用時間を決められる。日、曜日、午前・午後などの時間帯と長さなど、細かく設定することができる。
♦ ゲームは「レーティング」(審査団体が決めた年齢規制)により年齢相応(暴力や性表現など)の内容、国別の規制が選べる。
♦ 使用するソフトを制限する。ウィルス感染で情報の流出などが心配されるソフトを使えなくできる。
♦ パソコンをどのように使用したか、誰とメールのやり取りをしたか、どのようなサイトを見ていたか、などがレポートされる機能がついている。

機能は盛り沢山でも、指導、管理する親の側がパソコンに無知では役にたたない。設定した内容が守られているか、知られてはならない親のアカウント(IDやパスワード)が子どもに知れて、勝手に設定変更していないかチェックできなくては機能したことにはならない。逆に、子どもの成長に応じて設定変更してやることも必要になって来ると思われるが、時に応じた保護者の監視は欠かせない。しかし、

モラルも常識もなくした親の溢れる世の中だ、子どもだけに清く正しく、を押し付けるのも可哀相な気もするが。


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2007年3月14日 (水)

矢祭町長 引退表明

毎日新聞(3/14)夕刊から
根本良一町長(69)を取り上げるのはこれで3度目になる。
根元町長といえば、国が飴と鞭で進めていた平成の大合併に、浮かれたように次々に名乗りをあげる全国の市町村の流れに、2001年10月31日、「小さいからこそ輝く町」を掲げ、町として何もメリットのない合併をしないことを宣言したことに続いて、翌年2002年7月22日には住民基本台帳ネットワークへの不参加を表明。これは日本全国の全住民に住民票コード(11桁の番号を割り振る)がネットワーク化されるシステムだ。住民票に記載される本人情報は、氏名、住所、性別、生年月日、住民票コード、およびこれらの変更履歴などで、個人情報の流出を懸念する根本町長が逸早く不参加を表明した。矢祭町を追い掛けるように、東京都国分寺市が、同杉並区、三重県小俣町、同二見町、神奈川県横浜市へ、9月11日には東京都中野区へと続く魁となった。
 これを町民が、町議会(福島県矢祭町)が支持し、根本町長の姿勢は全国の地方自治のあり方を再考する一石を投じた。また、近くは全国からの善意の図書、291、398册(1/11現在)の寄贈を受け、2007年1月14日「矢祭もったいない図書館」をオープンした。

今回も、03年の引退表明をした町長を、町ぐるみで翻意させた民意があったように、同じくすんなりと引退といくかどうかが流動的、と捉えられている。03年の時には町のおばさんたち100人ばかりが町長室に押しかけ、以前「女の涙」と蔑んだ首相もいたその涙で引退を思い留まらせたという話もある。次期町長選でも他の立候補者もないことや、10人の町議のうち9人から慰留する発言も続いたという。

国政を預かるクラスから地方自治体に至るまで、2期、3期と続けるうちには、どんどん腐って行く指導者の多い中、6期を全うし、7期への期待が望まれる指導者とは、羨ましくも幸せな人間だと思う。上に立つもの常にかくありたいものだ。

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2007年3月13日 (火)

飛鳥美人を救え

本日の夕刊(毎日新聞)から
高松塚壁画の修理施設が完成して、文化庁が報道陣に公開(12日)した写真が載っている。同古墳の北西約750メートルの国営飛鳥歴史公園内に建てられた、鉄骨の約490平方メートルの平屋建て。総工費は約3億2600万円で、修理作業室のほか、修理機材や分析室、専用窓からは壁画を見学できる一般公開用の通路などがある。

安定した室内環境を維持するため一部を二重壁構造にし、各所に防犯カメラを設置。修理作業室には、揮発性の有機溶剤を無毒化して排出する管や、壁画が傷まないように紫外線を遮断する蛍光灯も取りつけられた。写真に写っているのはおよそ集まった10人ばかりの報道陣のちらほら。490平方というのは昔人間には約150坪、300畳と云った方が広さが掴める。その天井にぶら下がるのは部屋中をカバーできる回転可能の巨大な集塵用の鍔を持つ排気設備だ。石室解体後、運び出される極彩色壁画を約10年掛けて修理することになる。

《しかし、その通り行くのか不安だ。容れ物は出来上がったが、肝心の主の輿入れがない状態が続きそうだ。だらだらと調査ばかりで時間が経過する。文化庁は5日、石室天井石のすべてを検出、大きさや形状が判明したと発表した。むき出しにしたところで新たな亀裂がみつかったほか、想定していた大きさよりも小さい石があり、今後、石材の吊り上げに使う鉄製用具の改良や作り直しなど解体方法の再検討が必要な「深刻な状態」といい、4月上旬開始予定の解体日程にも影響を与えそうだ、という。

《また、ほかにも亀裂が発見されたり、石の欠損部を手当てした漆喰と石とに隙間が生じ、木の根が入り込んでいたほか、1ミリ大の蟻が侵入した穴も確認している。石の側面には黒い黴が散見されるなど、石室の劣化につながる要素も明らかになった、という。石室の解体のために準備していた鉄製の機械では、亀裂の入った石を挟むことは出来ず使いものにならないざまだ。用具の作り直しには約1ヵ月はかかるという。これからは気温も高くなる季節に入る。さんざん苦しんできた黴がますます増殖を始める。

《『国宝』を有り難がって慎重になり過ぎているが、国宝指定は誰がどのように決めたのかは知らないが、有り難がった結果がこの始末だ。石室などレプリカで十分だ。完全な修復が可能とは思えない進捗状況だ。ならば思いきって、すでに発見時の美しさを失ったとはいえ、今以上に黴だらけになる前に、一刻も早く壁画を救出することこそ大事なことではないか。暴言のようだが何十億何百億かけてみたところで1000年万年の保証が得られるわけのものではない。壁画を救うことを第一に、亀裂の石などどうでもよい、石室などたたき壊してでも壁画を救う荒療法が必要だ。救いだされた壁画は、誰でもが見ることのできる展示館に収納することが、見られる飛鳥美人にとっても幸せなことだと考える。

参照 高松塚古墳解体決まる 06/09/21

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2007年3月11日 (日)

東京大空襲 提訴問題

1945(昭和20)年3月10日未明、B29爆撃機330機による約10万人の命が失われた東京大空襲(下町、江東地区中心に、約2時間20分間にわたる)の被害者や遺族ら112人(57〜88歳)が、国に一人当り1100万円(総額約12億3200万円)の損害賠償と謝罪を求め9日、東京地裁に提訴した。

この時の被害状況は被災者の総数では112万人、死傷者12万人、住宅23万戸、下町一帯は全滅している。この後半年もしないうちに広島、長崎には原子爆弾が落ちる。敗戦までの日本本土への爆撃は、全国でおよそ400ケ所、罹災者は1500万人といわれ、非戦闘員の死没者数は38万人にのぼるとされている。この度の国への提訴を行った原告は、東京、大阪、北海道など20都道府県に住み、弁護団は全国30都道府県の110人からなる。訴状には、原告全員の被災や戦後の生活実態を1ページずつ盛り込まれているという。原告団の中の年齢57歳という人は、空襲のあった5年後に生まれた人で、空襲とのつながりは詳細を見ないから理解できないが、安倍晋三がいう狭義、広義の使い分けでもあるのだろうか。

訴状によると、旧軍人・軍属やその遺族は国家補償を受けているが、空襲などの民間被災者に補償制度がないことから「法の下の平等に反する」と主張している。この大空襲が、日本軍の中国・重慶爆撃*などの先行行為(原因)の結果として受けた被害である点からも、国に責任があると指摘している。このほか、空襲被害の実態調査や国立の追悼施設建設を求め、首相名での謝罪文を官報に載せることも請求している。

*重慶爆撃 ・・ 日中戦争時、1937(昭和12)年、当時の中国の首都・南京への日本空軍の爆撃の後、1938年の陥落により、蒋介石の率いる中国国民党は、揚子江上流の四川の奥深い地重慶に移転して日本への徹底抗戦を叫んだ。1941年になって日本軍は重慶に対する戦略爆撃を行った。1937年は、スペインの独裁政権フランコ将軍を後押しするヒットラー・ドイツがゲルニカ(ピカソの絵に有名)を爆撃し、日本軍の南京爆撃、重慶爆撃とともに航空機による無差別爆撃のはじまりと云われることになる。

空襲訴訟をめぐっては最高裁が87(昭和62)年、名古屋市の2女性が国家賠償を求めた訴訟で「戦争は非常事態であり、犠牲や損害は国民が等しく受忍しなければならなかった」との判断を示し、原告敗訴が確定している。

敗戦後62年が経過した。現在、今次大戦を反省から侵略、悪、とみる考え方が大半だが、開戦につづく戦捷の大本営発表、マスコミの大々的な勝利の報道には日本国民は欣喜雀躍して喜んだのは事実だ。当時、憲兵や特高の拷問に耐えきれず、転向するものもいたが、拷問にも屈せず、戦争反対を口にし地下活動を続け、獄死するものさえ出したのは共産党員であり、ごく1部の学識者だけであった。しかし、敗戦後、自分は戦争に反対であったと白々しく口にする文化人とよばれる輩が輩出した。それほど日本人は教育勅語や軍人勅諭で洗脳されていたとはいえ、戦争には協力的であった。戦死者を軍神と讃え、その母や妻を軍神の母、妻とよんで敬った。

62年の時の流れはその価値観に劇的な変化を与えた。それが訴訟問題につながろうとは夢思わなかった。

参照「1945(昭和20)年 8月 05/08/16

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2007年3月 9日 (金)

これでも親、保護者?

毎日新聞(3/9)から
記事の見出しは「川崎市長 自ら督促行脚」となっている。
 川崎市の阿部孝夫市長は8日、認可保育園の保育料を長期滞納している市民全員と面談して催促すると発表した。政令指定都市トップの督促は極めて異例で、阿部市長は「同情すべき事情のない方にはすぐ納めてもらうようお勧めする」と話していいる。
 同市内の保育園は市立・私立合わせて117園で、1年以上の滞納者は129人に上るという。滞納額は2月末時点で計約6000万円で、3年以上の滞納者は16人いる。保育料は父母の前年度収入に応じて設定され、阿部市長は「支払い能力がないというのはあり得ない」という。同市長は「保護者の都合に合わせて保育所で面談する。『合わない』という人には強制執行(給料の差し押え等)をするとも述べた。
 面談は4〜9月を予定しているが、担当の市健康福祉局こども計画課は「突然のことで驚いている」と話している。

《給食費滞納、授業料滞納などのニュースが流される昨今、さして珍しいことではなくなった気がする。保護者のモラルの低下は恐ろしいほど根深く、各家庭の中に浸透しているようだ。過去から続く国民年金保険料の未払いによる制度の崩壊さえ心配されるものもあるが、同じくNHK受信料の未払いを、マスメディアが局側の問題を大々的に報道したことを後ろ楯に、契約者の未払いを支持に近い姿勢で連日のように取り上げて、数字の推移を流し続けた。日本人はこのようなことには節度を弁えず、すぐに同調する連中の多い国民性だ、面白半分に未払いが増え続けた。凶悪犯罪ですら愉快犯の生まれる付和雷同する人種だ。情報が流れる度にその数は増えて行く。ましてその情報は網の目のように張り巡らされている。こいつは一丁加わってみようじゃないか、となる。

《話は変るが、長い間馴染みにしている書店がある。週ごとに顔をだし、1冊1冊の購入は微々たる金額だが1ヵ月2ヵ月溜まると結構大きな金額になる。ある日、書店の責任者のボヤキを聞かされたことがある。定期購読を結んでも、驚いたことに毎週きちんと受け取りに来るとは限らない客がいるのだそうだ。私など次の発行が待ち遠しく、書棚に並ぶ書籍を眺めるのも楽しいし、必ず買って帰らないと生活のリズムが狂う気さえするほどだ。その店主が云うに、溜めてから受け取りに来る人の中には何ヵ月も経ってから来て、「何でこんな高いんだ!」と文句を云い、「1度には払えないぞ!」と次に回す人がいるんですよ、と嘆いたことがあった。まさしくこの手の人間が今、書店でも多くなっているんだそうだ。

《保育園の滞納も心理としては変らないんだろう。だらしない己の性格が却って自分の進む道を狭くしている。ほかの自治体の事情は分からないが、川崎市の場合市長の説明では、保育料は「保護者の収入に応じた金額で、払えない人はいないはず」だという。それでも払わない保護者はわが子を預ける保育園が、ボランティアで預かってくれているとでも錯覚しているのだろうか。入園に際しては園の規則の説明も聞いているだろうに。預けた子どもに何か事故や異変でも起れば、園の責任を激しく詰問することになるだろう。子どもを預けるからには親に代わって保育の責任を依託することに対して、その対価を支払う義務がある。手の懸かる他人の子を預かるのに今どき無償の愛を期待するなんて虫が良過ぎる。給食費の不払いによく使われる、「義務教育だから」の情けない親とはまた違った親たちだが、滞納する保護者の数、その金額が発表される度に、このような親たちは、だらしない連中でも同類の多いことが心強く、ますます支払わねばならない義務感を投げ捨てて行く。そのくせ何かの時には権利だけはずうずうしく主張する。

《自治体によっては貧困が原因で滞納しているところもあるようだが、概ねはモラルをなくした親たちの問題だ。
 沖縄の那覇市では、保育料の滞納は5年間で5700万円(07年3月1日現在)、件数で3476件となるが、市では生活困窮が主な原因とみているという。市は滞納者に対して分割納付の相談も行っているが、困窮者でなく、誠意のみられない保護者には段階的に厳しい対応を取っているということのようだ。

 仙台市では市の保育料滞納は累積で2億円を超え、督促にも応じなかった保護者の預金の差し押え、という強制処分にまで及んだケースも起っている。

 先月26日のブログでも触れたが、先生までもが給食費や授業料の滞納があった、大阪市では市立保育園の保育料の未収納額が約20億円にのぼり、市は悪質な滞納者の給与の差し押えに乗り出す姿勢を見せている。

 こちらも市の職員になるが、京都市内の保育所に子どもを通わせる同市職員の保育料滞納が01年から5年間で、37世帯計約3600万円にのぼることがわかった。京都でも昨年12月8日を期限として、払う意思がない職員には、給与の差し押さえ等、厳しい対応をとることを決めた。

同じく京都府城陽市の保育園では保育料の未納が05年度決算で192件、5386万円あった。請求はこれら未納分について「法的措置を含め保全と徴集をはかるよう市長に勧告すべき」とし、徴集の時効を5年とする市の判断にも疑義があるとしている。市は悪質な滞納者に対し、昨年12月から給与、預金の差し押えを前提とした督促状を送付している、という。

《全国の自治体に広がっている、支払わなければならない滞納問題に、都合のよい言い訳の種が増えた。いわく、「格差社会のしわ寄せを受けている」「非正社員のような低所得層には支払えない」などだ。自治体としても、無碍に情け容赦のない取り立てをし辛い。弱い者いじめと取られかねない。ついつい弱腰になって滞納総額の金額が膨大なものになる。これをまた良いことに、みんなで払わなければ怖くない、とますます悪循環の泥沼にはまり込む。払う側も、受け取る側も、これだけ大きな金額になる前に、お互いの責任をしっかりと把握するべきだ。いずれにしても滞納する側に問題のあることには変りないことだが。》

  

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2007年3月 8日 (木)

続・クラスター爆弾と「オスロ宣言」

2月23日、突然のミス・タッチで原稿の後半を失った。末尾に早ければ5月、リマで開催される会議に合わせて取り上げる予定を書いた。それまで待てなくなった。3月7日、8日と毎日新聞紙上に私に近い世代の老人2人の投書が載った。どちらも2月23日のクラスター爆弾の使用、生産を禁止する条約創設を目指す「オスロ宣言」の採択に、日本政府が態度を保留したことに対する失望を強い怒りをもって綴っておられる。

東京都町田市・遠藤幸男氏(80、無職)から「(前略)会議に集まった49カ国の中に、米・露・中の不参加があったが、欧州主要国は賛成、日本は支持を見送った。その理由は、「人道上と安保上のバランスを考えねば」と実に奇怪なものだった。かつて対人地雷の禁止条約の際には、時の故・小淵恵三首相がリーダーシップを発揮し日本の名を上げたが、今回はどうしたことか。(中略)安倍晋三首相は、日米同盟を優先させる政策のようだがら「オスロ宣言」を見送ったのであろうか。外交政策はいつでも憲法を国是に、軸のぶれることのないようにすれば、わが国の国際的位置づけも高まるであろうし、本当に美しい国といえよう」と。

昨日7日には、東京都板橋区・久保田智子(71、無職)さんは「(前略)クラスター爆弾の残虐性・非人道性はいうまでもない。日本政府が態度を保留したのには失望と、強い憤りを感じている。この「宣言」を採択することは、恐ろしいクラスター爆弾の製造を国内で許し、自衛隊が所有している政府にとって都合が悪いのか。参加していない米国への遠慮なのか。
 どちらにしても、女性ばかりか人間の命を軽視する安倍晋三内閣の姿勢の問題である。
 そもそも「専守防衛」を掲げる自衛隊がクラスター爆弾を備蓄し、使用も辞さないというのは許しがたい。不発弾が多く、戦争中に加え戦後にも被害者を生み出し続け、長く苦しめる爆弾は、対人地雷と同様に即刻禁止、廃棄するよう政府も努力すべきだ」と書いておられる。

参照「クラスター爆弾と「オスロ宣言」07/02/23 に引き続き、先日の後半を再び書いてみよう。

そしてまた、日本の航空自衛隊がボール状の子爆弾が広範囲に飛散する「クラスター爆弾」を、1987年度から16年間かけて数千発、計148億円分も購入し、各基地に配備しているのだ。また、陸上自衛隊も同じような子爆弾を持つミサイルを保有していることも判明している。これについて政府は「専守防衛であり、よその国に持って行っての使用は考えていない」と、うそぶくばかりだ。言うことはあいも変わらず仮想敵を北朝鮮に置き、迎え撃つということらしい。実際に軍事行動を想定すれば、日本の海岸線に攻めて来る(実際の戦争はロケットやミサイルが空中を行き来するだけのものではない)敵から国を(第二次大戦時と同じく国民ではない)守るためには、上陸してきた敵を叩くために、日本本土でもクラスター爆弾は使用することを前提として考えていることなる。すでに各地の戦場跡で問題になっている戦争終結後に起る不発弾による被害は、子どもや一般市民を巻き込んだ犠牲者を増やしているのだ。日本の自衛隊が保有していることは、有事の際、日本国民の頭上に降り注ぐことを覚悟しておかねばならないのだろうか。

クラスター爆弾は劣化ウラン弾とならんで、1996年国連小委員会で非人道兵器と決議された。この時、米国だけが反対している。会議に出ていた日本はこの時「棄権」しているのだ。こっそりと大量のクラスター爆弾を購入し、国民の目から隠し持っていたのだ。当然お世話になっている米国の手前もある。

同じことが2月23日に採択された「オスロ宣言」のクラスター爆弾禁止条約創設に、態度を保留した日本政府の姿勢に見える。バカの一つ覚えのように「専守防衛」をかざし、爆弾を保有している日本としては、会議に姿を見せない米国への配慮を抜きにしては‘はい、わかりました’とは表明できないだろう。22日には逸早くオーストリアは使用停止を表明したことを明らかにした。クラスター爆弾についてはベルギーで製造・使用を禁止する法律が成立。ノルウェーも使用停止を宣言している。オスロ宣言案に難色を示していた英独やイタリアなど主要国は、ノルウェーによる修正案を受け入れて最終段階では宣言受け入れに転じている。

英独などと同様の立場で会議に参加したはずの日本は2日間の会議中、黙して語らずのだんまりを続けた。そして最後に、鼬の最後っ屁のごとき「幅広い議論が必要だ」とだけ述べて態度を保留し、支持を見送っている。日本の態度は極めて消極的であった。これに対して、各方面では日本を次のように見ている。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチの兵器問題担当者スティーブ・グース氏は「宣言を支持しないということは、クラスター爆弾の被害から市民を守る条約に参加する準備ができていないということだ」と批判。さらに「対人地雷全面禁止条約の時も、日本が参加する方向になったのは調印式の1ヵ月前。今回も時間が懸かるのだろう」と皮肉った。

一方、レバノン紛争で大量に使ったイスラエルは「1部の国の参加では問題の真の解決策を見い出すことは出来ない」(イスラエル外務省)と他人ごとのような発言だ。また、イラク戦争で使った米国も「クラスター爆弾は重要な軍事的効果をもたらす合法的な兵器である」(米国防省)とこれまた非人道兵器をもって他国を侵略中の米国は、その爆弾を合法兵器と臆面もなく口にする。

08年までの条約制定を打ち出した23日の「オスロ宣言」。採択後に会見したノルウェーのヨハンソン副外相は「対人地雷全面禁止条約と同じ153カ国」の加盟を目標に掲げて語った。

毎日新聞(3/7)から
レバノン南部に残された約100万発の不発弾による甚大な被害に世論が受けた衝撃は大きく、スイスでは国民議会(下院)でクラスター爆弾禁止する法律をつくろうという動きが進められている。クラスター爆弾禁止法はベルギーが昨年に制定しており、スイスの動きはそれに続くもので、今年6月にも同議会で審理され、採択される見通しという。スイス軍は、イスラエル企業とのライセンス契約に基づいて国内で生産されたクラスター爆弾の親爆弾20万発を所有している。スイス政府は子爆弾の数など詳細を明らかにしていないが、親爆弾一基には12〜84発の子爆弾が収納されており、子爆弾は総数で約1000万発に達すると推測されている。実際には最終的に立法が完了するまでには数年かかることもあるという。

《冒頭に引用した2人の日本政府に対する失望と怒りは、世代が近いこともあり、痛いほどわかる。71歳の女性が敗戦を向かえたのが大体10歳の頃になるはずだ。生活をしていらしたところがアメリカの空襲被害を受けていれば、火の海を逃げ惑った記憶は追い払うことも出来ないままに心に染み付いているだろう。80歳の男性は、恐らく兵役についておられた年齢だ。生々しい戦争の記憶をお持ちのことだろう。文字で伝え切れない戦争の体験者であろう。浄化され、或いは切り捨てられる歴史教育の及ばない陰の部分を覗いて来られた世代だ。憲法改正を、専守防衛を口にする日本の政治家の、1番耳を傾けねばならない意見を持っている世代だろう。》

付【オスロ宣言全文】
クラスター爆弾に関する「オスロ宣言」の全文は次の通り。
 賛同国、国連機関、赤十字国際委員会、クラスター爆弾連合及びその他の人道団体は22〜23日、同爆弾によって生じる人道問題に対して効果的な対策を論議するためオスロに集まった。同爆弾がもたらす重大な結果と迅速な行動を取る必要性を認識し、次の通り表明する。
 一、08年までに、以下の点で法的拘束力のある国際文書(条約)を制定する
 1、市民に受け入れられない被害をもたらすクラスター爆弾使用、生産、移動、備蓄を禁止する
 2、被害者のケアとリハビリ、コミュニティーの復興、汚染地域の(不発弾)除去、危険性の教育、備蓄爆弾の廃棄など適切な処置を保証する協力・支援の枠組みを創設する
 二、これらの問題解決のため、国内レベルの措置を考慮する
 三、国際人道法の枠組み及びすべての関係する議論の場で、同爆弾に脅かされる人道問題への取り組みを継続する
 四、07年5月、リマ(ペルー)、07年11〜12月ウィーン(オーストリア)、08年初めにダブリン(アイルランド)で会議を開き、議論を続ける。ベルギーの地域会合開催提案を歓迎する。


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2007年3月 7日 (水)

日本どうする

5日、6日の2日間、ニューヨークで行われた米朝国交正常化の作業部会は、具体的な合意を見ることはなかったが、米・朝代表の談話では順調に協議が進んだことを強調した。先の6カ国協議で合意した北朝鮮の核放棄に向け着実に歩んでいきたい米側にとっては、一つの関門を抜けた感じだ。

毎日新聞(3/6、7)から
米国にとっての主要議題、北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除の問題では、最大の不安は日朝作業部会の経過だろう。ここで従来どおり、日本が拉致問題を優先議題に上げて強く対立すれば、核放棄、ひいてはテロ支援国家の解除への流れに悪影響を及ぼしかねない。日本政府が「拉致問題の解決を抜きにテロ支援国家の解除はない」との認識を示していることについては、米朝作業部会が開かれる前、「米国の立場はまだ決まっていない。まず、北朝鮮の指定を解除するかどうか米政府の内部検討プロセスを経ねばならない。拉致問題が解決しなければ指定解除しないというのは米政府の立ち場ではない」と語っていたが、会議が終わってみれば、日本人拉致問題も提起した、と明かし、「北朝鮮に対して日本との関係を発展させることが重要であることを伝えた。北朝鮮側も日朝関係の改善に理解を示した」と語った。

日朝国交正常化の作業部会が今日3月7日午前、ハノイの日本大使館で2ヵ間の日程で始まった。始めるに当って日朝両政府代表は6日、大使館で約一時間の非公式協議を行い、日本側は拉致問題と国交正常化を二つの分科会に分けることを提案したが、北朝鮮は代表団が少人数であることを理由に難色を示した。同じく6日の参院予算委員会で、日朝作業部会の会議に先立ち、日本の安倍は米朝作業部会について「私どもの立場は、拉致問題の解決も重要な要素だということだ」と述べ、北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除は拉致問題解決が条件になるとの考えを改めて示した。

午前中に開かれた日本と北朝鮮の公式な政府間交渉は、昨年2月の日朝包括並行協議以来約1年1カ月ぶりで、安倍が首相になって初めてのことだ。会議は日本側の「拉致問題の解決なくしては国交正常化なし」との基本方針を改めて伝えた。午後からは拉致問題を話し合うことで別れたが、午後になって北朝鮮側は、都合がつかなくなった、として会議が開かれない状態に陥った。

《早速、北朝鮮側はいつもの手を使ってきたようだ。最初から拉致問題では日本と話し合う積もりはなかったのだろう。米朝作業部会で米国が北朝鮮に「日本との作業部会で柔軟に対応するよう」にと促されていたことなど何も聞かなかったかの如き対応を見せた。北朝鮮のこの対応は日本では、誰もが予測していたものだと思う。これに対して日本も、一歩も引かぬ姿勢で拉致問題を俎上に出した。先の6カ国会議では米・中・韓・露を手玉に取り、一人勝った感のある北朝鮮、まんまと経済・エネルギー支援を勝ち取り、肝心の核放棄は実現するのか、それは何時か、分からないまま米・中・韓・露は重油5万トンの支援を請け負った。勿論、日本の参加はない。

《しかし、日本の拉致問題一辺倒の強硬姿勢はこれでいいのだろうか。北朝鮮が日本に対して折れて出ようとは考えることはできない。例えば、米ソ冷戦の雪解けを呼んだゴルバチョフのような、傑出した仲介ができる政治家でも出てくれれば、或いは何らかの切っ掛けも生まれようが、今のところ戦争好きの米国のジョージ・w・ブッシュではとても望みはないだろう。解決するのに何時まで拉致被害者をそのままにしておくことになるのか考える必要がある。米国も核放棄させることでその見返りを与えようとしている。日本を除く他の三カ国も支援を開始する。米国の傘の下で米国の植民地さながらに生きているのが日本だ。その傘の下に雨が降り掛かる様相を帯びてきた。日本が孤立の危機だって考えられる。逆に北朝鮮は安心して日本を無視することができるようになる。今後も長引くようであれば、拉致被害者にも寿命があることを考えなければならない状況が生まれる。

《北朝鮮に制裁の押しの一手は当て嵌まらない。押して駄目なら引いてみな。日本もそろそろ柔軟路線を検討するべき時期にさし掛かっているのではないだろうか。

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2007年3月 6日 (火)

政治家の常識

毎日新聞(3/6)から
年齢から学歴、職業や育ちまで、種々雑多な人間が犇めいている政治家のせんせい方、彼らの常識がどのていど国民の考える常識と合っているのかずれているのか、を訊ねたアンケート、石田衣良の『政治家は世間の常識と ずれている?いない?』が載った。

石田が何よりも驚いたのが、投票数の少なさだ。多い時の5分の1しかなかったからだ。彼が思うに、「これは質問が悪かったというのではなく、国民は政治家のことなどには全く関心がない、という意味だと、ぼくは思う」と解釈させた。つづいて「この新聞を読んでいる全国各地の政治家のみなさん、国民の多くは既存の政治にうんざりしているみたいです。このままだと、あなたがたは国民から見捨てられますよ。猛省して下さい。」とも書く。

まず、その石田が驚いた回答から見てみよう。
   有効投票数2529 男:1047 女:1482
         ずれている  ずれていない
    全体    95・5%   4・5%
    男     93・9%   6・1%
    女     96・7%   3・3%
  10代以下 男  86・8%  13・2%
  10代以下 女  87・5%  12・5%
  20代   男  91・4%   8・6%
  20代   女  95・0%   5・0%
  30代   男  94・5%   5・5%
  30代   女  96・7%   3・3%
  40代   男  94・9%   5・1%
  40代   女  98・9%   1・1%
  50代   男  94・9%   5・1%
  50代   女  99・1%   0・9%
  60代   男  97・6%   2・4%
  60代   女   100%
  70代以上 男   100%
  70代以上 女  83・3%  16・7%
 と、厳しい数字が並ぶ。

「ずれていない」派のメールから、「自分の選挙区の人たちの意向を実現する人が当選を重ね、力のある政治家といわれているわけですから、ずれていないと思います。ずれていたら当選できないでしょうから。そう考えると世間の常識って、かなりあいまいで怪しいですね」(山口県周南市・匿名)ずれていない派のメールとしては、これたった一通であったらしい。これでは無党派が増えて行くのは当たり前。

反対の「ずれている」派。「産む機械発言はいうにおよばず、年金問題を考えても、国民の状況とかけ離れている。25年間払い続けなければもらえない国民年金と10年払えばもらえる議員年金。世襲制で議員になったオボッチャマには国民のほんとうの気持ちはわからないだろう」(東京都豊島区・アビー)「政治家の殆どがお年寄りの男性だから、考え方にずれが生じるのも無理ないかもしれません。だから、わたしは選挙では若いかたや女性を選ぶようにしています」(大阪府豊中市・匿名)「政務調査費や事務所費などのニュースを見ていると、やはりお金の感覚が違うのかなと感じることが多いです」(大阪府岸和田市・渉)「政治家のかたがたには、これから未来を築いていく子どもたちの見本となるべき存在であってほしいわけですが、これほど愚かな姿をテレビ画面で見せられたら、何をお手本にしてよいのか、わからなくなります。そもそも政治家って、国民が選んだんですよね。なら、仕事はきっちりしてあたりまえ、できなければ即辞めてもらう。そのくらいの気構えが国民全てにあれば、政治屋ではなく真の政治家が育つと思うのです。常識はずれを生み出しているのは、この不条理な社会ではないでしょうか」(京都府八幡市・ゆか)

《とはいうものの、選挙で投票に出かけるのはその国民のおよそ半分。いいも悪いも、ずれている、いないも、残りの半分は物言う権利を放棄していることになる。投票権を行使してこそ、そこがいけない、悪い、ずれてるのじゃないか、と文句は言える。最近の衆・参議員選挙の実態は、衆議員の平成8年10月が59・62%、同12年6月が62・49%、参議員では平成7年7月が44・52%、同10年7月が58・84%と国民のおよそ半分の人間が投票権(物言う権利)を放棄しているのだ。この人たちの言い分は、ただのぶつぶついう不平不満でしかない、と判断されても仕方ない。不平や不満を口にしても、回答者も触れているように、面白おかしく取り上げて解説し、視聴率を稼ぐマスコミの解説の聞きかじりを、己の意見のように口にすることが多くなる。

政治に無関心が最大の政治家を悪くする原因になっている。もともとまともな人間は政治家にはならない。まともでない連中が、それ以上下らない人間にならないように監視するのが選挙だ。無関心が一層くだらない政治屋をつくる。お爺ちゃんがそうだったから、親父がそうだったから、たまたま親父が死んだから、代わりに出てきた。地域の利権が絡むから是非にと担がれて顔を列ねる。この手合いがポッと出てきて“せんせい”になる。期待する方がおかしい。

選挙に行こう、はいいが、選ぶ基準をもっとわかり易く、争点を国民が決め、それぞれについて語らせて、その違いを、善し悪しを、可能性を、決められるような仕組みづくりが必要だ。》

参照「勝負あったのか」07/02/07

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2007年3月 5日 (月)

三十後家

故事に言う。「二十後家は立つが、三十後家は立たぬ」と。毎週、毎日新聞に寄せられる三十歳から六十歳辺りの女性からの性(タイトルは‘恋’だが)の相談を見ていると、つい今は死語になったような言葉を思い出す。故事の言葉は、男尊女卑の時代、結婚は処女の身で床入りしたころに生まれた言葉だ。二十歳代で離別(死別)して寡婦になった女性は、夫婦生活の歓びも浅く、独り身を通すこともできるが、長く夫婦生活を味わって別れた寡婦は、再婚することが多い、ということを皮肉ったものだ。

ところが、翻って現在、だらしなく解放された性は、時には中学生の妊娠が起り、中高生の売春は末広がりの状態だ。性教育を云々する前に、週刊誌、女性誌を賑わす性病対策の記事が盛り沢山に書店に並ぶ。STD(性感染症:性行為によって感染する病気の総称)の性病の名が踊る。性器クラミジア、ヘルペス、淋病、エイズなどなど。当人たちは監視の義務を忘れた親の目を気にすることもなく、携帯電話は有害サイトへの接続も野放しの状況が見える。性病が男に原因があるのか女に原因があるのか分からない。おそらくはどちらの側にもあるだろう。売春は買う人間がいるから、と言われるが、今度の納豆騒動でも判る通り、金はあってもスーパーや店頭から消えた納豆は手に入らないのだ。売り物がなければ使い切れない金はあっても買えないのだ。

敗戦後、春を売って(売春)いたのは夫が戦死したり、外地からの引き揚げが遅れたり、どん底の生活でもなお苦しい女たちだった。売春禁止法が実施されるまでは国も厳しい性病検査(吉原などでは定期的な検査が義務づけられ、街頭に立つ女たちは警察の強制「いわゆる夜の女狩り」で性病検査を受けさせられた)で性病の蔓延を防止していた。現在の普通に生活している若者たちに広がっている性病は、当人たちの性病に対する知識や予防がなければ蔓延を防ぐ手だてはない。

嫁入りは処女で、なんて現代っ子たちには笑い話だろう。出来ちゃった結婚がもてはやされ、子どものうちに性体験を済ませる。故事の言葉がナンセンスになるのは当然のことだ。夫婦生活のマンネリは駆け足でやって来る。男にとっても女にとってもその隙間を埋めるように、携帯電話という便利な道具がその不満足を満たしてくれる。

毎新新聞(2/19、3/5)の相談から
30歳と32歳。30歳の方は結婚歴5年のセックスレス2年の夫婦。ある日、とあるだけでセックスレスになってどれくらい後かは分からない。最初の男との浮気が始まったが罪悪感で一カ月と持たず、次の男を探したが、これも同じく一カ月ともたない。又、別の男と交際しても一カ月と持たない。夫との生活がなくなるのは怖くて、いつも一カ月で別れる。夫が嫌いになれれば離婚も考える。離婚届を渡されれば判も押す。どうすればいいの、時間だけが過ぎて行く、だとさ。

《これが今時の30歳の女性の考えなのか。夫との会話はゼロなんだろうか。夫が別れてくれれば罪悪感なしに次々に男が取り替えられる、と言っているのだ。ここでやはり故事を思い浮かべる。罪悪感があるというのは建て前で、30女の性欲を浮気の形で満足させるのが目的だろう。夫の性欲が失われたのか、勃起不全なのか、結婚して5年の後、マンネリか、何らかの心配事か不都合が存在したことも考えられるだろう。それこそ仕事一辺倒のためのストレスだってあるだろう。もっと考えれば彼女に何らかの落ち度になる原因があるのかも知れない。平和な現在の日本では妻が夫を何年も待たなければならない戦争はない。その昔の女性は夫の留守を何年でも耐えて守った。浮気や不倫が全くなかったとは思わないが、夫との接触がなくなったまま遺骨となって帰ってくる夫を待つ妻も数多くいた。

《32歳の方は5歳の息子を連れて離婚。一年前から5歳年下の男と付合っている。今を時めく離婚後300日問題のケースかどうか不明だがやはり、30女の性(さが)なのか。男の携帯をチェックし、男を疑って自分から出合い系サイトで偽名をつかって呼び出す。吃驚する男に“もうしません”と言わせる。しかし、その後も男は書き込みを続けている(携帯を盗み見する女だ)。彼と付合いたければ、見ない振りをした方がいいでしょうか。彼を逃したら、もう新しい恋なんてない気もします、と言う。同棲している風ではないが、“合っている時は本当にしあわせです”は、子どもじゃあるまいし、逢ってお茶を飲むだけではないだろう。また、携帯を盗み見したとおり、恐らく若い男だ、ほかにも女性は何人もいて当然だ。優しくしておけば甘えさせてくれる、便利な小母さんで済んでいると思われる。32歳にもなって考えもなしに性欲に溺れきり、恋だの愛だの勝手に思い込んでいてどうする。5歳の息子を可愛がってくれるのも表向き、お駄賃になる女が待っていれば無理もするだろう。

《2人共に、そうそう欲情だけで日を送らないで、もう少し禁欲生活に耐えることを学んだらどうだろう。

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2007年3月 4日 (日)

継体天皇(大王:おおきみ)陵

継体天皇(男大迹王=をほどのおおきみ)を葬ったとされる古墳の発掘が続いていた大阪府高槻市の「今城塚古墳」(6世紀前半)で、謎となっていた埋葬施設の一部が発掘されている。これまで大王陵とされながら、古墳のどこに埋葬したのかが判明していなかった。同市教委の過去の調査で内堤から巫女や武人、大刀などの形象埴輪が元の位置のまま大量に出土しており、大王の葬送儀礼や古墳祭祀の解明の重要な資料と評価されていた。宮内庁*は今城塚古墳の西約1・5キロにある太田茶臼山古墳(同府茨木市太田)を継体陵に指定しているが、考古学上は5世紀中ごろの築造であるとされ、現在発掘中の今城塚古墳が真の継体陵とされている。

*宮内庁・・すべての天皇・皇后・太皇太后・皇太后の陵のほか皇太子・親王の墓を管理しており、ほかには分骨所・火葬塚・灰塚など陵に準ずるもの、髪・歯・爪などを納めた塔などの供養塔、被葬者の確定できないが皇族の墓所の可能性が考えられる陵墓などがあり、これらを総称して陵墓とよんでいる。
 宮内庁の管理下にある陵墓は1都2府30県に広く所在しており、歴代天皇陵が112、皇后陵など76で計188。皇族等の墓が552、準陵が42、髪歯爪塔など68、陵墓の可能性のあるもの46。総数では896となっている。
 これら陵墓は現在も皇室による祭祀が行われており、研究者といえども自由に立ち入って調査することができないことになっている。これに対して考古学界からの批判も強く、近年は地元自治体などとの合同調査を認めたり、修復のための調査に一部研究者の立ち入りを認めるケースも出てきている。

毎日新聞(3/2)から
今城塚古墳は類例のない石組みで、大王墓に相応しい大規模事業の一端を見せつけ、出自や即位の経緯に謎の多い「異色の天皇」の横顔を改めて浮き彫りにした。

《記事にある「異色の天皇」とは特にその出自にある。継体の前の天皇は第25代武烈天皇(5世紀末〜6世紀始め)。現在の皇太子に男児のいないことで世継ぎ問題が取りざたされているが、実は武烈の時代にももっと大きく天皇制存続の危機が起っていた。『記紀』の内容にはおぞましい武烈の行為が記録されている。「妊婦の腹を裂いて胎児を見たり、人の生爪を剥いで山芋を掘らせたり、樹に登らせた人を弓で射落として笑ったりした」などの残虐行為が描かれている。一方、武烈には後継ぎがなく、その崩御後、皇統断絶の危機が訪れる。

『日本書紀』ではこの問題を次のように記している。「大伴金村大連(おおとものかなむらおおむらじ)らは、まず仲哀天皇の5代の孫、倭彦王(やまとひこのおおきみ)を軍兵を引き連れて迎えにいったが、彼は兵たちを見ると恐ろしくなり逃げ出して行方不明になる。次に応神天皇のこれまた5代の孫、近江にいた男大迹王に当りをつける、すなわち継体になる男だった。疑心暗鬼で向かえた継体は、疑いを捨て切れず、即位しようとはしなかった。そこで密使に大連らの真意を伝えさせ、ようやく樟葉宮(くすのはのみや)で即位(507年とされる)した。

しかし、その後もただちに大和に入ろうとせず、筒城宮(つつきのみや)、弟国宮(おとくにのみや)と遷都しながら盤余玉穂宮(いわれたまほのみや)を経て大和に入るまでに20年も懸かっている。これには抵抗勢力との争いがあったためとも見られ、じつは王族との血縁など持たない地方豪族であった継体が、王権を奪い取ったのであり、応神5代の孫というのは継体の系譜にある天武天皇が『記紀』の編纂に当って書き加えさせたに過ぎないとも見られるのだ。しかも、この5代の中間の系譜については『日本書紀』『記紀』ともに全く記されてはいない。いずれにしても、応神天皇の5代孫という赤の他人に等しい傍系の即位は、前代未聞の出来事であったであろう。》

今回の古墳の発掘で、埋葬施設が斬新な横穴式石室で、墳丘のスタイルが伝統的な三段築成であることを明らかにしたことは、日本の古代王権が連続していたのか、断絶があったのかを巡る論議にも影響が出そうだ。戦前の皇国史観では天皇は万世一系とされていたが、敗戦による開かれた歴史観で「古事記」や「日本書紀」を批判的に読むことで古代には血統を異にする三つの王朝が入れ替わって成立したという王朝交替説が生まれた。

今城塚古墳の三段築成が、実在した最初の天皇とされる崇神からが古王朝(三輪王朝、イリ王朝)、応神からが中王朝(河内王朝、ワケ王朝)、継体からが新王朝と呼ばれ、それぞれ、考古学の時期区分である古墳時代の前期(4世紀)、中期(5世紀)、後期(6世紀)にほぼ重なっている。今城塚については、真の継体陵とすることには学界に異論はないようだ。今後の王権の連続性についての議論に影響を与えることになるのは必至のようだ。

参照「紀子さん懐妊」06/02/09

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2007年3月 3日 (土)

男性 78・56歳

Suisena

 すいせん


Suisenb


 
 冬の陽が傾くのは早い
 色温度が下がり、黄っぽくなったのを
 補正した


05年度、日本人の平均寿命が最高を更新した。女性が85.53歳。男性の平均寿命から私の残る命は3年と半年ということになる。

残る命をおよそ3・5年とみたが、ある年齢の人が平均してあと何年生きられるかという期待値を計算した数字がある。平均余命という。生まれたばかりの0歳児から100歳まで表になっているが、自分に近い前後を取り出してみた。
  年齢別平均余命 単位:年(平成16年)
        男      女
  50歳   30.70   36.90
  60歳   22.17   27.74
  70歳   14.51   18.98
  75歳   11.23   14.93
  80歳    8.93   11.23 とある。
これで考えると、平均でまだ11年以上は生きることになる。益々生きにくくなる日本でのこの先を考えると、長生きも決して楽じゃない。この歳になるまで麻疹以外の病気を経験していないから、交通事故にでも逢わない限り明日や明後日に死ぬことはなさそうだが、そろそろ死について考えておかねばならない年齢は自覚せねばならない。若しもの時の延命措置はしないよう、妻とも話し合っている。

人の魂を信じないで生きてきたから、死ねば焼かれて灰になるだけだ。魂がないから墓も必要ない、と考えている。後に残った人間が拝んでくれないからと、恨んで出ることもしない。エーテルのように空気中に彷徨うこともない。そう、その前の葬式もいらない。家族にとってこれほど金のかからない死に方はないだろうと思う。

しかし、このような親しい人の死を悼み、悲しみにくれる遺族を慰める葬式のあり方が、この5、6年で激変しているという。信仰心を失い、宗教、宗派に無関心な日本人には葬式だけの仏教から離れ、音楽葬、お別れ会など、親しい親族だけ弔う家族葬も増えている。葬式に金を掛けることはない。

昔は各家庭にあった仏壇も、持たない家が普通になり、毎朝灯明を点し、手を会わせる行事も見なくなった。敗戦後間もない間まで広場さえあれば賑やかに踊り明かした盆踊りも殆ど消えた。神社の前を通ってもお辞儀することもない。日本人にとっては神様は結婚式に、佛さまは葬式に利用するだけの重宝な飾りになり下がっている。

考えてみればこれから先、何万年、何百万年、いや何億年と人は死んで行く。その度に墓を作っていては生きて行く人間の住む土地が足りなくなる。だから今、アパートやマンション風の機械仕掛けの墓らしき物を作らねばならなくなった。作れば誰か参らなければならなくなる。祖先伝来の、田地田畑や墓を守るという考えも核家族では薄らぐ。

日本の法律では焼却しないと埋葬できないから、拾った骨は散骨することになるだろう。後は身近な人のこころに、多少とも懐かしんでもらえる死に方であればいい。灰を撒くのはどこにしてもらおうか。敗戦後、カルチャーショックを受け、少年の頃から憧れたギリシャの海、そうだ、地中海にでも撒いてもらおう。

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2007年3月 2日 (金)

イタリアで赤ちゃんポストが

日本でも厚生労働省は「法的に問題はない」と言っているが、安倍が「産むなら親として責任を持って」「匿名で置いていけるものを作るのがいいのか」と懸念を示し、国民の間でも賛否両論ある赤ちゃんポスト。

毎日新聞(2/27)から
イタリアで昨年12月、ローマ東郊にある総合病院が新設した「赤ちゃんポスト」に24日、1人目になる男の赤ちゃんが保護されたと26日、伊太利の各紙が報じた。男児は生後3〜4カ月のイタリア人とみられ、24日、病院に隣接するプレハブ棟のベッドに置かれた。センサーが感知して警報が鳴ったため、医師らが駆け付けて保護した。

同病院では育児が困難な若い母親を助けるために、赤ちゃんを受け入れようと、実験的に「ポスト」を設置した。入口には「捨てないで。私たちに預けて」と記されている。ドイツの場合も中世から捨て子を預かるシステムがあったが、同じようにイタリアでも12世紀末から19世紀にかけて教会などが捨てられた赤ちゃんを預かる制度があった。

現在、赤ちゃんがゴミ箱などに捨てられる事件が時折起きて、社会問題となっている。ANSA通信によると、同国では最近、少なくとも8ケ所で「赤ちゃんポスト」が設置されたという。同病院ではこの男児に名前をつけ、養子に出すことを検討している。医師はイタリア紙に「もし母親が赤ちゃんを取り戻したいのなら、経済的、心理的に支援したい」と話している。

イタリア政府のトゥルコ保健相とビンディ家族問題相は今回の保護を「見習うべき成功例」と評価し、産婦人科のある全国の病院で「ポスト」を導入すべきだと提案している、という。

《イタリアに長く住み、イタリアをよく知る日本人に言わせると、カトリックを国教とするイタリアだが、信仰心が厚い割には快楽主義というのがイタリア人であり、またそれを許しているのがイタリアのカトリックだとも思われる、と見ている。旅行でしかイタリアを知らない日本人からは至って戒律の厳しいキリスト教と思われるが、信仰と生活をうまく使い分けているのがイタリア人のようだ。その結果、生まれた子をゴミ箱に捨てることが時々起きるようでは、殆ど諦めの心境なのだろう、政府が「赤ちゃんポスト」を人助けポストと思うのも頷ける。日本の安倍が、何とか歯止めになれば、と「親の責任論」で懸念を口にするのがせめてもの慰めであろうか。》

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2007年3月 1日 (木)

ひとりごと

《“あるある”に大騒ぎしてスーパーを走り回った納豆ファン、騙した方は悪いが騙された方はバカとしか言い様がない。食べてダイエットできたり痩せられる食物は、毒物でない限り、この世に初めから存在しない。このテレビ局、叩いて出てきた埃が他にもまだ3件あった由。食べ物に限らない、うまい話にはどこかにからくりが仕掛けられている。最近、特にインターネットを利用してする売買の不正が話題になる。私のような何事も疑うことで生きてきた人間には、自分の目、自分の手で、じかに感触まで確認できるものの他には、1銭(子どもの頃、口に頬ばれないほどの大きさの飴玉が2個買えた)たりとも支払う積もりはない。特に衣服をテレビ画面の透過光で見る商品の色彩は、反射光下では違って見えることが多い。返品することが可能でも、手数がかかるだけ。

《似たような話は幾つもあるが、公取委が乗り出した問題も話題になった。考えるだけでもばからしいが、まんまと引っ掛かる人間もいるものらしい。人間年齢を重ねると骨まで萎縮するが、逆にその足の骨を伸ばすことができるとチラシで矯正や整体を宣伝した「コジマ身長伸ばしセンター」(東京都中央区)が、公取委に提出した資料からは根拠は合理的ではない、として不当表示と看做され2月22日、表示を行わないよう排除命令を出された。何でも「『コジマ式ローリングハイトストレッチャー』で全身を回転させて成長ホルモンの分泌を高め、骨がのびる」というもの。同時に、年齢とともに大きくなる頭の骨と骨の隙間を整えることで自然な小顔になれる「小顔整形術」なるものを宣伝していたという。こんなもの本当に信じるものがいるのだろうか。

《サンデー毎日、3・11号の発売の目次が目についた。渡辺裕二の記事、いつまで同じ髪型なの?と、女優の仲間由紀恵のことが書いてあるらしい。渡辺はジャーナリストだそうだが、年齢も風貌も知らない。仲間由紀恵といえば、先のNHKの連続ドラマで山内一豊の妻を演じた女優。この女優さん、並みいるいまどきの女性(女優に限らないから)とは軌を一にしない自我を持っている女性と感じた。これまでにも女性の化粧に関して書いてきたが、特に現在、日本人女性に下がり眉がいなくなった中で、普通のカーブで書かれた眉を持つ希有の女優じゃないだろうか。オカメ面であろうと、長面であろうと、四角面であろうと、柳眉を逆立て、怒りで逆上したような眉が日本中を歩き回っている。女優、アナウンサー、モデルにおばあちゃんたちまでが。中には眉を剃り落とした跡のあお青とした男の髯づらを見るような女性も混じっている。仲間由紀恵の眉がごくごく自然に見えるのは、そのような印刷物さながらの眉でないからだ。深剃りをせず、太いままの眉は、見ているだけで美しい。渡辺が云う同じ髪型のどこがいけないのか理解に苦しむ。

《日頃女性の眉の不自然さが目について困る年寄りに、今日3月1日の毎日新聞の“女の気持ち”欄に横浜市金沢区にお住まいの71歳女性の「まゆそり」なる投書が目に入った。
「私の場合をちょっとご披露いたしますと、顔剃りというよりもまゆそりなのです。毎朝のまゆそりは、私に一日のメリハリをつけてくれる時間。まゆだけでも凛と描けば、顔の印象は全くといっていいほど違ってくるものなのです。(略)顔全体は時々ですが、まゆだけは毎日そります。化粧水とクリームをぬり、老眼鏡をかけ、左手指でシワを伸ばしながら、カミソリでまゆの上下を丁寧にそっています。その後、ベビーパウダーで肌を落ち着かせ、まゆ墨でまゆのしっぽを描きます。(略)たかがまゆそり、されどまゆそりです。当分はまゆのお絵描きを楽しむつもりです。今日は富士山を描くつもりで描いてみました。そして、鏡の中の顔に笑いかけます。
 今日も一日よろしくね、と。

《読者モデル(58・男性)を「男性の装い」でもっとすてきに!と、おじさん変身させ隊!強力メンバー(オンワード樫山メンズ商品開発室長・黒部和夫、松屋専門課長・宮崎俊一、資生堂ビューティークリエーション研究室長・富川栄(女性)、同ビューティーアーティスト・向井志臣)ら4人が、寄ってたかって実験台にした。テーマは『老いを隠す正統派カジュアル」このために、まゆをキリリと目力を、と取り組んだのは、やはり女性富川。眉さえ上げれば人間が引き締まる、と勘違いしているのだ。そして、黒部は我々世代には聞いたこともない「ジップアップニットで首元カバー」だ。私は“自然”を最も尊ぶ。年輪は、或いは皺や白髪は経験を重ねてこそあらわれるもの、60歳は60歳、70歳は70歳のどこがいけないのか。

《入手可能な人は毎日新聞2月9日を開いて欲しい。変身前・後の写真(モノクロ)が載っている。後と先を差し違えて間違ったのではないか、とも思えるほど、変身後のスタイルは見すぼらしい。首元カバーとおっしゃるショートトレンチコート、襟から覗くだらしなく開いた立ち襟のカーディガンとシャツ、トレンチの幅広のバンドは見ているこちらが胸を締め付けられているようで苦しくなる、バンドはない方がすっきりとする。トレンチコートはショートやハーフよりは膝辺りまである方が年相応に気品が出る。変身前のセーターのすっきりしたスタイル、襟元が余ほど清清しい。それに、若づくりする必要はさらさらない。

《現在の日本のカリスマと呼ばれて有頂天のコーディネーターやスタイリストたち、美意識が根本的に狂っているのじゃなないか。ぼうぼうと伸びたハリネズミか山嵐のような髪、何カ月も洗髪もしていないように見えて、汚らしくてむさ苦しいだけだ。加えて女性以上に男の剃った眉は汚らしい。

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