« 携帯 有害サイト | トップページ | 離婚後300日問題 »

2007年2月 7日 (水)

勝負あったのか

今日(2/7)野党が衆議院予算委員会に1週間ぶりに顔を出した。野党の審議拒否は、少子化問題を討議する大事な委員会の初っぱなに、「女は子どもを産む機械」発言で時代錯誤を露呈した柳沢厚労相の罷免を求めてのものであった。、出来の悪い子ほど可愛いいと見えて、安倍はずっと彼を庇い続けて来たが、国会審議の場は野党不在の一週間だった。

野党の審議拒否で不在のまま、2006年度補正予算案が通過。野党の柳沢更迭要求に対し、首相の現職に止まって責任を果たしてもらう、と回答の押し問答が続いたが、与党側の思惑には4日に行われる、愛知県知事選、北九州市長選の様子を見てからの判断にしよう、との時間稼ぎの魂胆があった。結果はどうであったか、北九州市長選で敗北、愛知県知事選で辛うじて勝利と出た。これで勝負あり、と?

可笑しいのは選挙の結果と、柳沢罷免を天秤に掛けたように見えたことだ。宮崎県知事選で無所属のそのまんま東氏の当選がよほどショックだったのだろう。判断しかねるところもあったのだろうが、腹をくくっていた。本来柳沢の人間としての資質の問題と、この度の選挙の結果とには何の関係もないはずだ。選挙に勝とうと敗れようと、失言大臣の責任問題は、それ事態で判断する必要があった。大臣の一言で、選挙が左右されるのなら、今までにはもっと酷いことを口にしたものもいた。対立する党が一挙手一投足に反応するようには国民は素早い反応をするわけではない。選挙民が即座に反応するほど政治に関心が高ければ、日本はもっと早く民主国家になっていただろう。

日本人は、昔から「お上」意識が強く、お上の言うことには逆らえない、との諦めムードを持つ国民性がある。言い換えれば“言っても仕方ない”という感情だ。考えれば、都道府県、市町村で行われる選挙の投票率を見れば一目瞭然だ。権利を持ちながら、半分もの人が無関心、棄権をするところ、時もある*。そして、行われる施策には好き放題の難くせをつける。日本人の民主主義理解は、自由や権利の主張はするが、責任には知らぬ顔する程度のものだ。彼らの選挙結果をまって、柳沢の人事を決めるなど、全く持って辻褄の合わない話だ。

*(例:統一地方選挙---与えられた選挙権の行使に国民こぞって参加した昭和26年当時、約90%、同50年当時、約72〜77%、から最低の数字になった平成7年には55〜60%にまで下がってきている)。

北九州、愛知ともに敗れた場合には、安倍も仕方ないから柳沢に責任をかぶせて更迭を考えていたのだろう。愛知での辛勝で完全に開き直り、北九州での敗北には触れずに柳沢の留任を決めた。喜んだのは柳沢本人と与党だけではない、厚生労働省としてはトップの首が飛んだのでは、今国会に提出するはずであった15もの法案の採否の問題や、それ以前の問題として省それ自体の機能が働かなくなることも心配だったからだ。

やっと国会も正常化したかに見える。あとは7月の参院選が控えている。今国会を、数の暴力で押し切るだけの審議ではなく、密度の濃いものにして欲しいものだ。

|

« 携帯 有害サイト | トップページ | 離婚後300日問題 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107998/13823339

この記事へのトラックバック一覧です: 勝負あったのか:

« 携帯 有害サイト | トップページ | 離婚後300日問題 »