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2007年2月23日 (金)

クラスター爆弾と「オスロ宣言」

毎日新聞(2/23)から
不発弾で一般市民が無差別に犠牲になっているクラスター爆弾*の禁止を目指す国際会議「オスロ・クラスタ-爆弾会議」が22日、ノルウェーのオスロ郊外で開幕した。日本や英独仏など48カ国、赤十字国際委員会(ICRC)や国連など6国際機関や非政府組織(NGO)が参加、禁止条約制定をうたう「オスロ宣言」案を討議する。宣言案は08年までの条約作りを目指すことになる。

*クラスター爆弾 -- 対人・対戦車用の空対地爆弾。集束爆弾ともいわれ、1個のケースの中に数個から数百個の子弾(爆弾や地雷)を搭載する。飛行機から投下後に空中でケースが分裂し、子弾を散布することにより広範囲にダメージを与える。

すでにベトナム戦争においても使用されており、その当時は「ボール爆弾」と呼んでいた。爆弾本体に野球のボール程度の大きさの子爆弾が300個ほど内蔵され、そのまた子爆弾の1つ1つに600個ほどの金属球が入れられており、これが爆発によって飛散する仕組みになっている。

搭載する子弾の数が多いため、どうしても不発弾が混じることになり、戦闘終了後も残留することで、戦闘に無関係な市民や子どもたちを殺傷する事故が起ることになる。子弾が地雷の場合の危険度はさらに高いものになる。アメリカで82〜97年に製造されたクラスター爆弾には不発弾になりやすい構造的な欠陥があることが、米政府の報告書からわかった。陸軍としては生産過程で欠陥に気づいたが、改善には経費がかさむためごく1部を除いて事実上放置していた、という。この爆弾は03年のイラク戦争や昨年夏のレバノン紛争で使用されており、残された不発弾で民間人の多くが死傷した。国連のレバノン南部地雷活動調整センターの調査によれば、2006年8月までにレバノンで使用されたクラスター爆弾は、子爆弾の4割までもが不発のまま残っているという。レバノンの戦闘では子爆弾644発を搭載したクラスター爆弾が最低でも1800発使用されたと見られ、これの散乱した不発弾全ての撤去には1年以上かかるとみられている。

03年のイラク戦争においても、アメリカ軍は国防総省が04年に米議会に提出した報告書から、子爆弾の不発率が4〜16%と極めて高いクラスター爆弾を、1500〜2500発使用したことが分かった。これだけでもイラクには不発弾4万〜12万個が残された計算になる。

こうした爆弾の07年時の米軍の保有量は450万発(子爆弾6億個)以上にのぼることが判明した。大量の在庫を抱えた米軍が、何時終わるとも見えない泥沼のような他国侵略で、今後も使用を続ける可能性が懸念される。そしてまた、日本も

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アッという間の油断だった。この後約2倍になろうという量を書いた。そして消えた、一瞬だった、全てが徒労になった。大国の傲慢、その影で姑息にふるまう日本の立場(日本の自衛隊も1987年から16年間にかけて数千発、計148億円分のクラスター爆弾を保有し、「専守防衛」の名の元に、仮想敵からの侵攻に対する攻撃のため備蓄していたのだ)と、世界の使用禁止への動きを綴った。
 宣言案によると「使用、生産、備蓄の禁止
 備蓄した爆弾の廃棄や被害者支援の枠組みの創設」など
堅苦しいテーマに疲れは倍増している。気を取り直して再度書くには疲れ過ぎている。会議は07年5月にリマ(ペルー)で、07年11〜12月にウィーンで、08年初めにダブリン(アイルランド)で引き継ぎある。いずれかの回で、改めて書いてみたい。それまでお預けにしておこう。
 

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